- 1二次元好きの匿名さん21/12/13(月) 01:31:32
荷物を解いていたら昔の日記が出て来た。昔のアタシはこまめに日記なんてつけていたんだなあと苦笑する。何処に紛れ込んでいたのか、寮を出るときにすっかり捨てたものだと思っていた。
「いつの頃の日記なのかなー。最近は書いてた記憶が無いんだけど」
気まぐれに表紙をめくってみる。掃除が止まっちゃうなあと思ったけど、これもまた、醍醐味ということで。
最初の日付は、アタシがトレセン学園に入学してすぐの頃だ。模擬レースで3着ばかり取って嘆いていたっけ。あの人にはまだ出会ってない頃らしい。ってことは、もしかして探したら2冊目とか3冊目もあるのかな?
あの人がアタシをスカウトしてくれたこと。テイオーに勝ちたいとわざわざ日記に書いていること。若駒ステークスでテイオーに負けて3着だったこと。テイオーの居ない菊花賞でも勝てなかった。ページには濡れたあとがある。たぶん、涙だろう。
「いや、アタシどんだけテイオーのこと意識してるのさ」
日記にはテイオーかあの人の名前ばかり出てくる。若かったんだろうなー、アタシ。がむしゃらに走っていた頃が懐かしく思えてくる。
日記はクラシックの時の有馬記念の日付で終わっていた。2冊目は何処かにあるのだろうか。掃除ではなく、捜索のために段ボール箱をひっくり返すけど、見つからない。
「2冊目は書かなかったのかな。数年前のことでしょー、なんで忘れてるのアタシ」
いよいよボケが始まってるのかもしれない。ネイチャさんももうお歳ですからね。若い者みたいには行きませんよ。ごめん、やっぱちょっとショック。
いけないいけない、荷解きの続きをしないと。そんなに時間に余裕があるわけじゃないし、晩御飯も作らないといけない。日記帳を机の上に置いて、休憩を終わらせる。
よし、と気合を入れたところでインターホンが鳴った。 - 2二次元好きの匿名さん21/12/13(月) 01:40:50
「やっほー! このテイオーさまが遊びに来たよー」
「おー、テイオー。まだ荷解き終わってないけどあがってあがって」
ラフな格好に身を包んだテイオーがお土産の高そうなお菓子を持ってにかっと笑う。現役の時はちんちくりんだったのに、今じゃ私より背が高い。尊敬するシンボリルドルフ元会長に面影が似てきたと思うのはアタシだけだろうか。
「あれ、旦那さんは?」
「お仕事だって。アタシは引退したけど、トレーナーさんは引退したわけじゃないからね」
アタシはG1をプレゼント出来なかったけど、あの人も今はG1トレーナーの一人だ。チーム一つを請け負っているから、こっちが心配になるくらい忙しい。
「テイオーこそ、あっちこちで引っ張りだこで忙しそうだけど、大丈夫?」
「スケジュール管理はマネージャーがちゃんとしてくれてるもんね。これからテレビの収録があるからそんなに長居は出来ないけど」
アタシよりも早くトゥインクルシリーズを引退したテイオーは、今はウマ娘タレントとしていろんな番組や企画で大人気になっている。女性ファンが多いって聞いた時には同級生ながら納得したものだ。
「せっかくだしなんか食べてく? 時間も無さそうだし簡単なものになっちゃうけど」
「良いの? じゃあいただきまーす」
姿は大人びても天真爛漫なままのテイオーに懐かしさを覚えながら、荷解きをやめてキッチンに向かった。 - 3二次元好きの匿名さん21/12/13(月) 01:42:55
「はい、具沢山ニラ玉中華スープお待ちどうさま」
「いただきまーす、アチチ」
出来立ては熱い。ゆっくり冷ましながらスープを飲むテイオーを眺めながら、ふと気になったことを尋ねる。
「そういえば、テイオーってなんでタレントになったんだっけ」
「はへ、はなひはこほなはっはっへ」
「あー、ごめん、飲み終わってからで良いよ」
ごくん、とテイオーが具を飲み込む。
「足の怪我でレースは走れなくなっちゃったしさ。カイチョーみたいに、偉い人と向き合ってレースに携わるのも、なんか違うなーって思って」
「テイオーは難しい話好きじゃないもんねえ」
好きじゃないだけで、苦手じゃないのがみそ。
「でも、ウマスタとか見ててさ。こういうタレントって、凄いたくさんの人に影響を与えるって思って。だったらボクは、みんなをファンにして、ボクのやり方でカイチョーの理念を応援したいってなったんだー」
「それでほんとに大人気タレントになるんだから凄いよ」
レースで活躍したウマ娘がお茶の間でも人気になるのは確かだけど、それはあくまでプロ野球選手とか、そういうのと一緒だ。タレントとして番組に参加するのとは、また違う才能が求められると思う。
でも、テイオーにとってはそうでもないらしい。
「ボクはネイチャも凄いと思うけどなー」 - 4二次元好きの匿名さん21/12/13(月) 01:44:14
「アタシ?」
「うん、だって7年くらいずーーーーーーっとアタックし続けて、ようやくゴールインでしょ」
「あ、そういう話ね」
何のことかと思えば、何のことはない話だ。
「引退まで一緒に居たからねえ。酸いも甘いも通り過ぎた後っていうか」
「確かに。トレーナーと担当だから駄目ーって言われてたもんね」
「まあ、その時のアタシはだいぶかかってたと言いますか」
「そういえば、トレーナーにそんなこと言われたら、さっさと引退しちゃおうって気にはならなかったの?」
「んー、正直ちょっと思ったりもしたけど」
関係性を理由に逃げるんなら、関係を壊してしまえば良い、って考えなかったとは言えない。
「でも、競技者としてのアタシを見て支えくれたあの人が好きだった、ってのもあるし、何より」
「何より?」
「……あの人に、G1を取らせてあげたかったんだよね」
結局それは出来なかったけど。最後の有馬なんて、足にもう限界が来てるって直前で回避してそのまま引退になっちゃったし。
「でも、あんまり後悔はないんだね」
「そう見える?」
「うん。やれるだけやり切った、って顔してる」
言われてみればそうなのかもしれない。せっかくなら、という気持ちはあるけど悔やむような気持ちはない。 - 5二次元好きの匿名さん21/12/13(月) 01:45:11
「あ、そろそろ時間だ。行かないと」
腕時計を見たテイオーが声を上げる。中華スープはすっかり飲み干していた。次の収録とやらの時間が近付いているらしい。
「送っていこうか?」
「ううん、そんなに遠くないし、走っていけるよ」
テイオーは軽く左足を叩く。昔の怪我もだいぶ良くなって、ちょっと走るくらいなら問題ないらしい。
「また今度遊びに来るね」
「あいよー、前もって連絡してくれたらこっちも準備できるから」
「そういうこと言うと、サプライズでまた来ちゃうもんね!」
バタバタと元気に飛び出ていくテイオーの後ろ姿を眺めていると、自然と唇が緩む。
あのバチバチとやり合ってた頃は、確かに良い思い出だ。人生で一番輝いていた時期といっても間違いじゃないかもしれない。それで今が霞むことはない。テイオーはテイオーなりに、アタシはアタシなりに、今の生活を楽しんでいる。
「あー、と荷解きしないと。あの人に手伝わせるのも忍びないし」
荷物を整理して、お風呂を洗って、晩御飯を作って。あの人が帰ってくるまでにやりたいことはたくさんある。今日の献立は、あの人の好きなハンバーグだ。
「よーし、やっちゃいますかー」
袖をまくりをして、残りの段ボール箱の封を開けた。
『懐かしむ話』Fin - 6二次元好きの匿名さん21/12/13(月) 02:33:11
- 7二次元好きの匿名さん21/12/13(月) 02:52:08
昔を懐かしむ系のなんとも言えない読後感良いよね
- 8二次元好きの匿名さん21/12/13(月) 04:24:15
トレーナーさんの一着は取れたんだね…
- 9二次元好きの匿名さん21/12/13(月) 05:47:11
本当に欲しいものは取れたんだなと同時に、G1を自分で取らせてあげたかったネイチャの気持ちも考えると…
なんとも言えない気持ちになるな…
好きだ