【SS】シャディク・ゼネリの福音

  • 1◆6OL1zDTaQO9k23/07/23(日) 21:54:40
    久しぶりだな、グエル|あにまん掲示板 夜風に砂が舞う荒野の中。一機のMSと、二人の人影がそこにあった。「このタイミングで、まさかお前に助けられるとは……運命だな」「シャディク!?」 金髪の青年と相対している人物は、ジェターク社CEOグエ…bbs.animanch.com

    このスレの書き直し&続きです

    7レス目くらいまでの内容は重複しますが、一部修正箇所があります


    ・水星の魔女の続編の妄想SSです

    ・シャディクが死刑で亡くなったことを前提で進みます

    ・毎日少しずつ投下予定です。完結までの構想と書き溜めがあるので、エタりません

    ・特にフェルシーのキャラ変がすごいです

    ・ミオスレはほとんど出ません

    ・オリキャラ、オリMSが出てきますが

     オリMSは既存の機体と似た物しか出ません


    以上のことをご承知の上、お読みください

  • 2◆6OL1zDTaQO9k23/07/23(日) 21:54:54

     夜風に砂が舞う荒野の中。一機のMSと、二人の人影がそこにあった。
    「このタイミングで、まさかお前に助けられるとはな」
    「シャディク!?」
     金髪の青年と相対している人物は、ジェターク社CEOグエル・ジェタークだった。

     事の始まりは、数十分前に遡る。

    「この地域は荒れてますね。建造物も半分くらいは廃墟だし、ここで人が暮らしているなんて……」
    「十年前からそうだ。場所によっては、ここよりもひどいもんさ」
    「そうなのですか? 過酷な環境ですね、地球って」
     グエルは若い部下を引き連れ、売上や自社製品を地球へと寄付する活動を行っていた。この日も、アーシアンへの物資支援、及び現地への訪問を行っていた。
    「アーシアンからの信頼も徐々に集っていると思いますが、ジェタークCEOは何を目論んでいるのです?」
    「地球と宇宙の経済格差。これを減らしたいだけだ」
    「経済格差? 我が社の発展ではなく?」
    「ああ」
    「うーむ……やはりわからぬお人です、あなたは」
     夜になり、軌道エレベーターへと車を進める二人。途中、訪問先とは別の町を通りかかった。
    「ここもダメそうですね。さっきよりも廃墟が多いし、自然と一体化してる建物もある」
    「だが、人は住んでいるな。轢かないように注意して……」
     町の景観を眺めていると、一筋の赤い光が見えた。
    「っ!? 待て! すぐ停めて伏せろ!」
     その光が建物とぶつかり、大きな音が響く。遠くではあるが、車が震えるほどの衝撃が伝わってきた。

  • 3◆6OL1zDTaQO9k23/07/23(日) 21:55:05

    「モビルスーツ!? 議会連合か!?」
     光が飛んできた元を見ると、ベネリット製のMSが数機飛んでいた。

     宇宙議会連合。あれ以来も密かに力を蓄え、再び企業連合の解体を目論んでいた背景がある。グエルも、そのことには気づいていた。
    「ジェタークと地球とのつながりが漏れたか!?」
     射撃してきたMSが四機。こちらに向かって飛んできている。現地の武装組織がMSに乗って応戦を始めるも、敵より旧式な機体ばかりで相手にならず、次々と落とされていく。
    「四機、ハインドリーにザウォート……あの時と同じだな」
    「CEO! どちらへ!?」
    「MSで出る!」
    「自ら!? 無茶です!」
    「ここの人達を守らねば、これまでやってきたことの意味がない!」
     グエルは車を降りて廃墟を駆け回り、MS倉庫を見つけた。倉庫内には、以前どこかで寄付したであろうディランザが一機だけ残っていた。
    「CEO! ジェタークとアーシアンの癒着はバレてしまえば、奴らの思う壺です!!」
    「だからと言って、見殺しにはできない! ディランザ、出るぞ!」
     発進するディランザ。しかし、このディランザは使い古された機体。MSの提供は、ジェターク社が直々に渡したことがバレないよう、地上でも手に入るような低品質の物を寄付していた。これでは、敵も同時期の機体とは言え、性能は幾分も劣ってしまう。
     しかし、彼の腕は、ホルダーだった頃からなまっていなかった。
    「うああああああ!」
     ハインドリー・シュトルムの放つビームを掻い潜り、ビームトーチを胴体へ突き刺し、切り抜いていく。空上のザウォート・ヘヴィにはビームをばら撒きつつ弾を避け、相手にサーベルを抜かせる。フェイントを入れ、斬らせてから斬り返していく。残る遠距離を保つMSには牽制射撃をしつつ、味方のプロドロスに合図を送り、撃破していった。

  • 4◆6OL1zDTaQO9k23/07/23(日) 21:55:40

     グエルが加勢してから二分後、とうとう四機を葬り、戦闘が終了したかのように思えた。
     しかし、建物の影に隠れたザウォートが、明後日の方向に飛んでいくのに気づいた。
    「なっ、まだいたか!」
     グエルのディランザもバーニアを蒸かし、すぐに向かう。ザウォートの進路先には、一台の車が走っていた。それを狙っていると直感でわかった。
    「やめろぉぉぉぉぉ!」
     叫ぶと同時に、胸部のビームを放ち牽制、そして盾のアタッチメントを外す。ザウォートはふわりと空に浮かんで回避、そのままライフルの照準を車に合わせ、引き金を引く。
    「間に合え!!」
     ディランザが腕を振るうと同時に、輝く光線が地へと向かって放たれた。

     しかしその一撃は車ではなく、宙に浮いたディランザの盾に命中した。そして、ザウォートの自由落下に合わせ、ビームトーチを振り抜く。コックピット付近を貫いた。
    「しまった!」
     周囲に轟音が響く。当たりどころが悪く、グエルはザウォートをそのまま爆発させてしまった。ディランザはその爆風に耐えたが、近くにあった車はひっくり返っていた。
    「大丈夫か!?」
     ディランザから降りて、すぐに車のもとに向かうグエル。

    「っふぅ……助かった。礼を言おう」
    「なっ……その声は、まさか……!」
     車の中から出てきたのは、グエルにも見覚えのある青年だった。

    「久しぶりだな、グエル」
    「シャディク!?」

     シャディク・ゼネリ。何年も前の騒動で、実行犯として自首、長い公判の末に死刑判決になったはずの男。しかし、グエルの前に立っているのは、シャディクそっくりな人物。

  • 5◆6OL1zDTaQO9k23/07/23(日) 21:56:17

    「なぜお前が生きているんだ!? 死刑になったはずだろ!?」
    「ああ。シャディク・ゼネリは死んだよ」
    「何!?」
    「今の俺は、名も無いただの青年さ」
    掴みどころのない態度、声、容姿、どれをとってもシャディク・ゼネリそのものに見える。
    「名前を捨てて、罪を償い切ったとでも言いたいのか!?」
    「いや。俺は本当に死んだのさ」
    「本当に死んだ……? じゃあ、目の前のお前は誰だ!?」

    「GUND医療」
    「え?」
    「株式会社ガンダムが存続したことで、GUND技術の封印はなされなかった。新たに兵器転用する組織は現れていないが、非合法のGUND医療研究は行われている」
    「GUND医療の闇医者……ということか?」
    「そう。俺はあの日、確かに死刑を受け肉体は死に至った。だが、死刑執行犯の中には、俺の旧知の知り合いがいてね。遺体を回収してくれた」
     そう言いながら、シャディクは羽織っていた上着を半分脱いでいく。そこには、本来人間にはない色が見えた。
    「うっ!? その身体は!?」
    「GUNDの末路。簡単に言えばサイボーグさ。義手や義足の延長線上。傷んだ臓器は全部機械に置き換わっている」
    「臓器だと!?」
    「非合法の技術だからね。未だに認可されず、実用化に至らないGUND製の人工臓器を移植してもらった」
     鋼色の胸部を開き、中身を見せる。肺や心臓にあたる部分が金属質になっている。
    「半分は機械だ。機械にシャディク・ゼネリの皮がついている、と言ってもいいかもしれないな」
    「うぅ……」
     見慣れぬ光景に、グエルはわずかに吐き気を催していた。
    「そう怯えるなよ。ミオリネの理想の行く末さ」

    「そして、脳も機械に置き換わっている。完全に脳死したわけではなかったのだが、再生に至らなかった。そこで、死ぬ前に回収されたシャディク・ゼネリの人格データを装置に転写している。だからこそ、今の俺はシャディクであり、シャディクではない」

  • 6◆6OL1zDTaQO9k23/07/23(日) 21:57:30

    「そんな体になったお前が、なぜこんなところにいる? 何が目的で生き返った?」
    「あの事件の後、事態は良い方向に進んではいたが、すぐに元通りになった」
    「宇宙に資産が吸い上げられたことか」
    「そうさ。結局、十年前と同じ状態に戻っている。お前もわかっているだろ。故にジェターク社はアーシアンを支援している」
    「ああ」
    「そこで、お前に頼みがある」
    「なんだ?」

    「俺の存在は連合にバレている。今の襲撃もそうだ」
    「奴らの狙いはお前だったのか」
    「そこで、俺を匿ってくれ。そして、地球復興のために力を貸してくれ。企業連合でも上澄みのジェターク社の力がなければ、俺の目的は果たせない」

    「具体的には、どうするつもりだ?」
    「宇宙議会連合を潰す。企業連と議会連合では、未だに議会連合の方が強い」
    「また暴れるつもりか?」
    「現状を打開するためには、誰かが進んで壊さねばならない。そして、それを完遂できた時にシャディク・ゼネリは役目を終え、本当の死を迎える」
    「ちょっと待て。議会連合を潰した後はどうするんだ? 企業連合も残るのは不都合だろ?」
    「だから、トップに最も近い男に頼んでいるのさ」
    「俺は会社の社長なだけだ。ジェターク社も、企業連合のトップには昇り詰めていない」
    「お前に全て託す。何をするにしても、大勢殺した犯罪者は後の世には必要ない。違うか?」

     一方的なシャディクの提案に、グエルは悩んだ。志は同じでも、やり方が極端すぎるとは思ったのだ。そして、シャディクは自分が助からない道を選ぼうとしている。十年前と同じように。しかし、それは地球復興においては都合がいいのも事実であった。ただ、それを踏まえても悩ましいことではあった。

    「グエル。お前にしか頼めない」
     だが、かつての友の頼みというだけで、グエルは踏み込む覚悟を決めた。

    「わかった。地球の惨状を変えたいのは俺も同じだ」
    「交渉成立だな。短い間、よろしく頼む」
    「……ああ」
     風に舞う砂にまみれた町。寂れた地で、革命が始まろうとしていた。

  • 7◆6OL1zDTaQO9k23/07/23(日) 21:59:40

     グエルとシャディクは、夜風を浴びながら歩いていく。
    「だが、お前を匿う以上は、ジェタークの社員として俺達のもとで働いてもらう」
    「ああ。そうしてくれるとありがたい」
    「そのために、偽名で社員名義を作ろう」
    「ルイエ・ルグゾ」
    「え?」
    「俺の新たな名前さ。予め決めておいた」
    「そうか……じゃあ、ルイエ。最初の仕事だ」

     そう言うと、グエルは目の前の車を開ける。
    「CEO! ご無事で! あの、そちらの方は?」
     運転席に、先程の若手部下が乗っていた。
    「古くからの知り合いでな。今日からウチで雇うことになった」
    「ルイエ・ルクゾです。どうぞ、よろしくお願いします」
    「ああ、そうなのですか。よろしく。若いからといって、ウチは容赦ないですからね」
    「ええ、構いません。何もしないよりはマシですから」
    「そうですか。じゃあ、軌道エレベーターまで行きますよ」
     グエルの部下が車を走らせた。

    「しかし、そのまま入社させるわけにはいかないな。これを羽織れ。後、本社に着いたら髪は切れよ」
    「ありがとうございます、ジェタークCEO」
     彼の振る舞いはすっかり新入社員のものとなっていた。

  • 8◆6OL1zDTaQO9k23/07/23(日) 22:01:09

    …………

    「兄さん! お帰り!」
    「ただいま。いつもすまないな、ラウダ」
    「兄さんの頼みにはもう慣れたよ。今更断らないさ」

     ジェターク社の社長室。あの夜、軌道エレベーターの深夜便に乗って、グエル達は本社に帰ってきていた。地球訪問は日帰りできることは少なく、二、三日かけて行う。その間は、弟のラウダにCEO代理を任せていた。ジェターク社の社員でりながら、一時期CEOを務めていたこともあり、誰よりも適任だとグエルは考えていた。

    「兄さん、後ろにいるのは誰だい?」
     グエルの後ろには、フードを深くかぶったシャディクがいた。
    「ああ、新入りだ。ただ、ちょっと訳ありでな。帰ってきて早々で悪いが、少し席を外してくれないか?」
    「え? ああ、わかったよ。けど、顔くらい見せてもいいんじゃないかな? ここで働くんでしょ?」
    「事情があってな。話が決まったら、お前達にも見せるさ」
    「まあ、兄さんがそういうなら」
     不服ながらも、ラウダは部屋を後にした。グエルは扉が閉まったのを確認する。

  • 9二次元好きの匿名さん23/07/23(日) 22:02:24

    建て直しありがとうございます!この設定めちゃくちゃすきです
    楽しみにしてます

  • 10◆6OL1zDTaQO9k23/07/23(日) 22:02:34

    「さて、この部屋なら聞かれる心配もない。さあ、やっとお前と話せるな、シャディク」
     グエルの方から話を切り出した。
    「その名で呼ばれると、学生だった頃を思い出すな」
     フードを取ったシャディクは、瞳を閉じて、笑みを浮かべた
    「思い出話に花を咲かせたいところだが、今はそうじゃないな」
     グエルの表情が引き締まる。
    「さて、なにを話せばいいかな」
     シャディクは笑顔を保っていた。

    「お前がやろうとしていることの、具体的な計画を聞きたい」
    「計画か……」
    「議会連合を潰そうとしているのなら、切り札があるんだろ?」
    「察しがいいな」
    「無駄に付き合ってたわけじゃない」
     シャディクは目を細めながら微笑む。

    「あるよ、切り札」
    「どんな?」

    「議会連合の連中はGUND-ARMの製造を続けている」
    「何?」
     グエルは一瞬、彼の言葉を理解できなかった。
    「奴らは量産タイプのルブリスを隠し持っていた。それを用いて、GUND兵器の開発・研究を続けている」
     しばらくして、ようやく話を飲み込めてきた。
    「バカな!? ガンダムは全て破棄されたはずだ! クイン・ハーバーの格納庫だって、一機も残っていないはずじゃないのか!?」
    「あそこだけじゃなかったってことさ。隠し場所はいくらでもある」
    「氷山の一角だったってことか!? 議会連合め……」
     グエルの拳が引き締まる。シャディクは淡々と話を続けた。

  • 11◆6OL1zDTaQO9k23/07/23(日) 22:04:39

    「前の騒動では公には出なかったが、議会連合はオックス・アースを接収し、表向きには存続させて、ガンダムの製造および売買を続けていたのさ。戦争シェアリングなどというものが無くとも、アーシアンは奴らの手の上で踊らされる運命だった。それが、今も隠れて行われているわけだ」
    「なるほどな。予想はしていたことだが、今もガンダムが残っているとはな……」

     想像以上に、今の事態が深刻だと気付くグエル。しかし、彼はこれが答えになっていないことにも気が付いていた。
    「その話のウラは、どうやって取ったんだ?」
    「これも古い伝手さ。ガンダムを扱っていた組織に心当たりがあってね」
    「……フォルドの夜明けか」

     フォルドの夜明け……アーシアンの武装組織であり、地球上に拠点を置く。十年前にプラント・クエタを襲撃した者達である。その際にグエルも巻き込まれ、人質となった。しかし、その時の経験が今の彼を形作っている。フォルドの夜明けもかつて、二機のガンダムを保有していた。その提供元も、議会連合の傀儡となったオックス・アースである。

    「フォルドの夜明けは解散となったが、彼らは似たような組織として活動している。現在、連合がガンダムを保有している証拠も、彼らが持っている」
    「わかった。この話は信じよう」
     グエルは頷くが、未だに納得できない点があった。
    「だが、それならそのことを公表すればいいだけじゃないか。議会連合が非人道的な兵器を作っているとわかれば、それだけで失脚するだろうに」

    「そうできない理由は二つ。一つは、関わっている者全員のリストがない」
    「全員のリスト?」
    「今回の件は、議会連合のタカ派の人間が多く関わっている可能性がある。一人の責任で逃げられれば、解決にならない。関与者全員を追放する必要がある」
    「だが、それは後からでも問題ないんじゃないか? ガンダム製造の疑惑があれば、現場を抑えるまでの時間が稼げるだろ? 話のウラが取れてるなら、その情報だけでも突きつけられるはずだ」

  • 12◆6OL1zDTaQO9k23/07/23(日) 22:05:53

    「二つ目の理由は、それを訴えるには立場が必要だ。アーシアンの一人が訴えたところで変わらない」
    「なるほど……それで俺か」
    「議会連合のスキャンダルは、お前が発表してくれ」
    「いきなり大仕事を背負わされたな……」
    「すまないな、お前には押し付けてばかりで」
    「もう慣れたさ。だが、俺が話をするだけじゃ信用されずにかき消される。フォルドの連中の証拠を渡してくれ」
    「彼らから証拠を受け取るためには、相応の対価も必要になる。それでも、取引に応じるか?」
    「ああ。これが一番確実なんだろ? 報償は用意しよう」
    「だが、お前の手に渡すまでも手間だ。フォルドからジェターク社へ、いきなり手に渡ったというのは不自然過ぎる。俺の介入も読まれるだろう」
    「じゃあ、どうするんだ?」

    「グエル、近々ジェターク支社を地上に置くつもりはないか?」
    「ああ、既に地球支部の建築は始まっている」
    「そうか。ずいぶんと出世したな、グエル」
    「茶化すな。なぜそんなことを聞く?」

    「元フォルドの連中を向かわせる」

    「な、何を考えている!?」
    「宇宙の大企業が地球に足を伸ばそうとしていることに反感を持った武装組織。自らの母性に入ることを許さんと建造現場を襲撃。しかし、そこはジェターク社。あっさりと迎撃し、見事撃退してみせる。戦闘の後処理をしていると、議会連合のスキャンダルの入ったUSBを偶然入手」
    「……そういう筋書きか。だが、戦闘を行えば死人が出る可能性がある」
    「多少の犠牲はやむを得ないが、フォルド側にはこの筋書きを周知するよう伝えておく」

     シャディクの話を聞き、思わず黙りこんでしまうグエル。相変わらず、行動前の計画は練り込まれていた。

  • 13◆6OL1zDTaQO9k23/07/23(日) 22:07:43

    「どうだ? 俺のシナリオ」
     シャディクは笑顔で言う。

    「……死人を出さず実現できるなら、悪くない」
    「そうか。早速だが、フォルドと連絡を取る手筈を」

     早まるシャディクの前に、グエルは立ちふさがる。
    「待て。お前は友人であると同時に、今は一社員でもある」
    「えっ?」
    「しばらくはMS整備とテストパイロットをやってもらう」
    「整備? テストパイロット?」
    「この先どう考えているかはわからないが、恐らくはMSで戦闘を行う機会もあるだろう」
    「…………気を遣わせたな」
    「死なれたら困るからな」
    「そうか……ありがとう」

     今になって、グエルは彼に違和感を感じていた。グエルがそれまで見てきた着飾った態度でもなく、己の怒りをぶつける姿でもなく、素直に礼を言っている。しかし、彼の姿はあの頃のシャディクそのもので、それは疑いようもなかった。

    「ただ、お前はジェターク社にとって爆弾になる。若手には顔が割れてないだろうが、絶対に身分がバレないようにな」
    「わかっているさ」
    「社寮の地図を渡す。お前の部屋にも印をつけた。今日はゆっくり休めよ」
    「ああ」
     シャディクは再びフードを深く被り、社長室を出た。

  • 14◆6OL1zDTaQO9k23/07/23(日) 22:08:47

     話し終えたシャディクは、ジェターク社のMSドックに来ていた。中には、MSが何機も並んでいた。学園仕様と思しきディランザのような機体、軍用のディランザ・ソル、ジェタークにしては細身のディランザもあった。新旧揃い踏みとなっている。

    「こんな時間に何をしている」
     ふと、後ろから話しかけられた。振り向くと、ラウダがいた。
    「すみません、自分が乗るであろうMSを見ておきたくて」
     新入社員として振る舞うシャディク。
    「声は変えなかったのだな」
    「はい?」
    「兄さんから聞いた。快く歓迎とはいかないが、兄さんが決めたことだ」
     どうやら、彼がシャディクであるということは伝わっているらしい。
    「心配するな。他の社員には秘密にする。お前と面識のある者には伝えざる得ないけどな」
    「そうか……少し気が楽だ」
    「大変だな、期待を背負うのは」
    「それはお互い様じゃないか、ラウダ?」
    「だな」
     旧知の仲同士、二人とも笑みを浮かべながら話していた。

    「アーシアンと連絡を取りたいんだってな?」
    「ああ。ジェターク社からの通信は使えない。俺とのつながりが露呈する」
    「地球に降下できれば、通信はできるな?」
    「手配できる」
    「であれば、二週間後だ」
    「二週間後?」
    「地球支部の建設に、人員、物資ともに応援が必要となった。若手の力を借りたい」
    「……そういうことか」
    「その際、作業用のMSも何機か降ろすが、それらは護衛用も兼ねている。この機会を生かしてくれ」
    「わかった。どこまでも気遣われてしまったか」
    「たまたまだ。早く寮に戻れよ」
    「ああ、おやすみ」

  • 15◆6OL1zDTaQO9k23/07/23(日) 22:13:33

    …………

     あれから二週間後、シャディクは軌道エレベーターで地球へと降りていた。他のジェターク社員、そして七機のMSと共に。
    「お前が新入りか。確か、ルイエ・ルクゾとかいったか?」
     ガタイのいい男が、シャディクに話しかけてきた。
    「話は聞いている。色々手伝ってくれ。詳細な指示は後からする」
    「わかりました」
    「いざとなったら、MSで俺達を守ってくれよ?」
    「ええ。新入りの身で恐縮ですが、お約束します」
    「はっは! 冗談のつもりだったんだがな! ま、そっちも軍人じゃないし、そう気を張るなよ?」
    「はい。お気遣いありがとうございます」
     そう言って去ろうとすると、その男は顔を近づけ、小声で囁いた。

    「週休二日。休みになれば好きなところに行っていい。そこで通信をつなげ」
    「えっ?」
    「覚えてねえのか? 俺だよ俺。カミル・ケーシンク」
     聞き覚えのある名前だ。かつてのジェターク寮の一員で、グエルを影から支えていた男だと聞いていた。
    「カミルか。久しぶりだな。だが、君は確か、メカニック科じゃなかったか?」
    「ああ、最初は子会社でメカニックをしてたんだがな。色々思うところがあって転職したのさ」
     カミルは顔を上げ、シャディクの肩を叩いた。
    「んじゃ、よろしく頼むぜ、新入り」
    「はい」



    「おい! 工程遅れてんぞ! 新入りだろうが、キビキビやれよ!」
    「すみません」
     シャディクは他のジェターク社員と建設の資材搬入などに勤しんだ。工事は他社の作業員に任せるしかなかった。
    「よし、しばらく休憩だ。しっかり休め」
     休憩時間になった。休めと言われても、涼めるような場所もないが。

  • 16◆6OL1zDTaQO9k23/07/23(日) 22:15:05

    「ほら、ルイエも飯食えよ」
     ジェターク社員の一人が、弁当を渡してきた。
    「ありがとうございます」
     シャディクはそれを受け取り、その場に座りこんだ。弁当を開け、食べ始める。仲の良い人がいるわけでもないので、そのまま一人で黙々と食べていた。幼少期に比べれば、今の仕事は充実しているし、待遇も悪くなかった。ただ、その充実さが、彼の胸の中をざわつかせていたのも間違いなかった。

    「なあ、なんで今回の応援にはMSが来たんだ?」
    「なんでって……ここは過激思想のアーシアンが多い地域だからだろ? 聞いてなかったのか?」
     近くで休んでいた作業員と思しき人達が雑談をしているのが聞こえた。
    「いや、それは知ってるけどさ。別に今まで襲われたこともないじゃん? それに、護衛が必要だっていうなら、今回だけじゃなくて最初からMSよこせよって話だろ? 工事は二カ月以上前からやってるじゃん」
    「完成間近になって壊されるのが嫌なんじゃね?」
    「ええ? 完成までまだかかりそうだぞ?」

     今回、シャディク達の応援と共にジェターク社のMSが七機、降りてきていた。いずれも実戦仕様のMS。過去の機体となったディランザ・ソルが五機、そして新型のディランザが二機。

     灰色の新型は、ディランザ・ステアというらしい。従来のディランザよりもシャープなデザインとなっている、今の主力量産機だ。ソルからの軽量化と、それに伴う俊敏性の向上及び同程度の装甲強度を実現させた、ジェタークの技術向上を表す機体であった。コストは抑えられなかったので、高価なステア、安価なソルの二本柱で売り出している。

     MSの手配は、シャディクのシナリオ通りである。フォルドと交戦して返り討ちにできるだけの装備が地球に来ているのだから。

    「わけわかんねえよな、ジェターク社の若社長の考えることってさ。子会社に俺らアーシアンも雇わせてるし」
    「でも、あの人の言うこととかやることとか、何か信用できるというか、好きだぜ。俺は」
    「そうか? 騙されやすそうだもんな、お前」
    「んだとぉ?」

     シャディクは弁当を食べながら、日陰で微笑んだ。
     自分が思っていた以上に、あの男は信頼を勝ち取れていると感じたからだ。

  • 17◆6OL1zDTaQO9k23/07/23(日) 22:15:27

    「おいおい、一人で食べてんのか?」
     ふと、誰かに話しかけられた。顔を見ると、先ほど弁当を渡してくれた社員だった。
    「隣、失礼するぜ」
    「あ、お構いなく」
    「それはOKってとらえるぜ?」
     そう言って男は座った。短髪で焼けた色の肌の壮年の男性だ。

    「大変だな、入ったばかりなのに工事の手伝いとはねえ」
    「そうですね」
    「ルイエはどうしてここに入ったんだ?」
    「どうして?」
    「なんか理由ないのか? ここを選んだ理由さ」
    「うーん……なんとなく、でしょうか」
    「なんとなくか。ま、今は働けるだけありがたいのかもな」
     これだけ話しかけてくるが、社員の方も弁当を食べ進めていた。

    「ジェタークってさ、変だよな」
    「変?」
    「シビアな仕事が多いのに、妙に優しいんだよ。もちろん、厳しいこともいっぱい言われてきたが、なんか真っ直ぐなんだよな、ここの人間ってさ」
     笑みを浮かべながら話し続ける男。
    「あの若社長もそうさ。変なとこで意地張って、真っ直ぐでさ。アーシアンへの支援活動とか、アスティカシア学園存続とか、当時は社員からブーイングが飛んできたそうだ。利益に繋がらないからな。けど、そこは絶対に譲らず強行したんだよ。どっちも必要としている人がいるって聞かなかったらしい」
    「そうだったんですか」
    「でもさ、そういうとこに人間としての魅力を感じるっつーのかな。あの若社長は、人を惹きつける何かがあると感じるよ。ま、平社員の俺が言える立場でもないんだがさ」

     楽しそうにしゃべる様子から、グエルの影響力を感じる。悔しいが、ここまで信頼されるような人間だったのだ、グエル・ジェタークという男は。

  • 18◆6OL1zDTaQO9k23/07/23(日) 22:16:04

    「実は俺、社長とは、ちょっとした縁がありまして」
    「おっと?」
    「俺、彼に泣きついたんです。いい仕事があれば紹介してほしいって」
    「そうなのか? すげーコネ持ってたな、お前」
    「まさに幸運ですよ。とんとん拍子でジェターク社には入れたんですから」
    「そうか。お前もちゃんと、人間味があるんだな」

     彼のこの発言を聞き、シャディクは自分の中に異様な感覚を抱いた。それは、自分がシャディク本人ではない機械人間だからなのか、それとも、人間の感情を持つが故なのか。

    「ごちそうさま。今日は飯が美味かったな」
    「話してくれて、ありがとうございます。えっと……」
    「ナリバだ。ナリバ・タツマ」
    「はい。ナリバ先輩、ありがとうございました」
    「おう、残りの仕事がんばれよ!」
     シャディクも弁当を完食し、搬入作業に戻った。

  • 19◆6OL1zDTaQO9k23/07/23(日) 22:17:05

    …………

    「お久しぶりです、お元気でしたか」
     ついにやってきた休日。シャディクは離れた町の宿にて、通信を繋いでいた。
    「その声、プリンスか! 生き返ったのは本当だったか!」
     相手はフォルドの夜明けの代表、ナジであった。といっても、今はフォルドの夜明けではないのだが。
    「生き返ったわけではありません。別人ですよ」
    「そうか……んで、要件は例のヤツか?」
    「ええ。そちらへの報償やMSの手配は後程お伝えします。実物を運んでいただきたい」
    「場所は?」
    「ジェターク社地球支部建設地」
    「なるほどねぇ……だが、わかりやす過ぎやしないか?」
    「最短経路で行きます。時間がかかれば、連中はさらにのさばる」
    「あんたがそう言うなら構わんさ。日時はいつがいい?」
    「連携のための時間を考えれば、四日後にしてもらいたい」
    「四日か。わかった。こちらも行けるよう準備しておく」
    「よろしく頼みますよ。キャンセルになった場合はまた連絡します」
    「ああ。お互い、生きて帰ろうぜ」

     通信を切った。彼は、今日はここで寝泊まりし、翌日現場に戻る。通信履歴に配慮し、持参した端末ではなく宿のスタッフに借りた端末から通信していた。
     個室で寝そべり、シャディクは天井を見つめる。

    「アーレア・ヤクタ・エスト。さあ、グエル。お前はどう動く?」

  • 20二次元好きの匿名さん23/07/24(月) 00:15:50

    新たに続きを書いてくださって感謝…!
    応援してます

  • 21二次元好きの匿名さん23/07/24(月) 01:51:35

    これからの展開にワクワクします~!

  • 22二次元好きの匿名さん23/07/24(月) 08:19:37

    一応保守

  • 23二次元好きの匿名さん23/07/24(月) 16:27:39

    期待と応援を込めて保守

  • 24二次元好きの匿名さん23/07/24(月) 19:32:41

    保守

  • 25◆6OL1zDTaQO9k23/07/24(月) 21:05:13

    …………

     四日後。いつものように作業していたシャディク。計画の実行時間は決めていなかったが、いつ来てもいいように、心は身構えていた。当然、グエルにもこのことは伝わっている。工事現場にあるジェターク社の端末から連絡済みだ。グエルも、それを了承した。

    「結局よ、MSなんて持ってきたけど、何も来ないよな」
    「ま、平和が一番よ一番。さあ、口より手を動かせよ!」
    「は~い」
     平和ボケした世間話が聞こえるが、それは今日崩れ去るかもしれない。犠牲者が何人出るかは、状況次第であった。当然、被害は最小限に抑えたいのは双方の望みであるが、あからさまに行ってはカモフラージュにならない。

    「休憩だ! 各員、弁当を持ってけ!」
     カミルの一声と同時に、一斉に休憩時間となった。今日も一人、弁当を食べるシャディク。
    「実行の日は今日だよな?」
     黙々と食べていると、カミルが正面に来ていた。
    「ああ。恐らくは、この時間か夜だろう」
    「被害は最小限ってか。そっちの社員は戦えそうか?」
    「わからないが、大丈夫だとアイツは言っていたよ」
    「そうか……じゃ、後は信じるだけだな、俺にできるのは」
     しかし、休憩時間が終わっても、襲撃は来なかった。

     仕事が終わり、日が暮れる。作業員が労いの言葉を掛け合い、各々帰っていく。人が少なくなるが、翌日の動きを打ち合わせるために六人、いや、シャディクを含めて七人が残っていた。内三人がジェターク社の人間だった。その中には、ナリバもいた。
    「こうやって、みんなで火を囲むのも悪くないだろ?」
    「確かに、あまり経験がないです」
     カミルの提案で、打ち合わせる前に夕食を摂ることにしていた。木材に火を点け、その上に鍋を置く。傍から見ればキャンプファイヤーだった。
    「そろそろ頃合いか。明日以降のプランは、食べながら話していこう」
     そう言って、カミルがお椀を回し始めたその時。

  • 26◆6OL1zDTaQO9k23/07/24(月) 21:05:27

     グオン、という鈍い音が聞こえた。誰の耳にも聞こえるほどの、音量で。
    「なんだっ!?」
     一同が硬直した次の瞬間。周囲に轟音が鳴り響く。何かのエンジン音。しかし、車のそれとは比較にならない。突如、茂みの奥から光が見えた。その正体は、ジェターク社の人間にとって見慣れたものであった。

    「あれはディランザ!? 誰が乗っている!?」
     光の正体は、ディランザの頭部。護衛用に運ばれ、布を被って置かれていたはずのディランザ・ソルが、起動しているのだ。

    「俺が行きます!」
     シャディクが真っ先にMSの方へ飛び出す。フォルド襲撃の心構えができていた分、他の者より早く動けた。
    「俺達も行きます!」
     ナリバともう一人のジェターク社員も後に続いて走り出す。しかし駆け付けには間に合わず、起動したディランザは立ち上がってしまった。こうなると予測していたシャディクは、その近くにあるもう一機の方へと進路を取っていた。そして、コックピットに素早く乗り込み、起動させる。
    「行ける! ディランザ・ソルで出ます!」
     カミル達の端末へ通信を入れ、シャディクのソルは直立していく。
    「ルイエ! 敵もディランザ・ソル一機だが、足元に社員がいる! 踏むなよ!」
    「了解!」
     社員達を避けるため、ペダルを踏みこんで急上昇した後に、急接近していく。幸い、相手はビームライフルを所持していない。ただ、それは素早く飛んだこちらも同じであった。
    「こちらの機体を使うとは…………聞いてないんだがな!」
     威嚇としてビームバルカンをばら撒く。敵機も後方へとホバー移動して避けていく。しかし、その後退の隙に、シャディクはさらに接近していった。

  • 27◆6OL1zDTaQO9k23/07/24(月) 21:06:49

     ガコン、と金属同士がぶつかり合う音が響いた。敵の機体に組みつき、地面へと押し倒す。シャディクは、敵機の上に覆いかぶさる形となった。
    「ぐぅぅぅぅぅ!!」
     急な姿勢変化による衝撃を受けながらも、シャディクのディランザ・ソルは右腕を引き、盾からビームトーチを取り出す。その刃は、敵の盾と肩の間を通り、焼き斬った。左側も同じように動き、トドメに胸部バルカンの砲身も焼いていく。
    「その機体にはこれ以上武器はない。投降しろ」
     スピーカーから相手に呼びかける。ディランザ・ソルはほとんど操縦したことなかったが、シャディクは難なく乗りこなしてしまった。

    「すげえ……本当に新人かよ」
     作業員の一人が呟いた瞬間。別の場所から爆発音が聞こえた。
    「今度はなんだ!? 建物への攻撃か!?」
     建物ではなく、茂みの中の爆発だった。直前で光が見えるようなこともなかったことから、ビームではなく爆弾の類であると推測できた。
    「おいおい! あそこって確かステアを隠してた場所じゃ!?」
    「ヤバいんじゃねえの!? 逃げた方が!」
     作業員達が焦り出す。
    「とにかく避難だ! あっちの木々の中へ!」
     カミルが冷静に指示を出し、作業員達をMSから引き離していく。

  • 28◆6OL1zDTaQO9k23/07/24(月) 21:07:18

    「手榴弾か」
     シャディクの方でも爆発を確認できた。彼は、潜んでいた敵がディランザ・ステアに乗り込むために、乗ろうとしていた社員に向かって手榴弾を投げたと考えていた。すぐに近くで、ディランザ・ソルとディランザ・ステアの二機が起き上がる。通信が入った。
    「聞こえるか、ルイエ!」
    「ナリバ先輩! 聞こえます!」
    「ソルは確保できたが、あっちはダメだ! 盗られた!」
     やはり、ステアの方が敵の手に渡ってしまった。

     その上、さらにレーダーが反応する。こちらに向かってくるMSが四機の識別が表示された。
    「デスルターとプロドロス!? 骨董品じゃねえか!」
    「先輩はデスルター達を! ステアは俺がやります」
    「できるのか新入りに!?」
    「ステアのデータは把握してます!」
    「言い合ってる場合じゃねえな!!」
     そう言いナリバは、目の前のステアにビームライフルを放つ。避けられてしまったが、すぐさまライフルからビーム刃を形成する。
    「後は任せる、ルイエ!」
     ナリバの機体はステアに突撃し、相手のライフルを破壊した。しかし、その反撃としてビームトーチを貰い、右腕を斬り飛ばされソルは転倒してしまった。ステアがこちらへ向く。

    「一対五か……さすがにマズいなっ!!」

  • 29◆6OL1zDTaQO9k23/07/24(月) 21:13:11

     スラスターを吹かし、シャディクは一気に前進する。ステアの方もビームトーチを構え、突き刺そうとしてくる。

    「ディランザ・ステア。性能は全てこちらより上だが、弱点がある」
     シャディクは前傾姿勢だった機体に急ブレーキをかけその場に留まる。そして、突撃してきたステアのビームトーチを蹴り上げた。ソルの脚にも刃が当たり、亀裂が入った。

    「成功するかは技量次第だが!」
     シャディクのソルはステアにタックルをした。ステアも姿勢を崩しそうになるも、なんとか持ち直す。だが、その直後に再びシャディクはタックルした。またもバランスを崩しそうになるが立ち続けた。そこへ、今度は横からタックルをしかける。それでもステアは倒れなかった。
     しかし、ステアは棒立ちしている。いつの間にかビームトーチの刃は柄に収まり、シャディクの機体を追おうとする動作すら無くなったのだ。シャディクはすかさず、武装を全て破壊し、無力化した。

     ディランザ・ステアは軽量化によるスペック向上を図った機体。パワーはソルにも劣らないが、それはステア側が動いている間の話である。地上に立っているだけの静止時に、重量のあるディランザ・ソルに押されて負けるのは当然であった。それを何度も受けた衝撃が伝わり、ステアのパイロットは気絶してしまったのだろう。

     デスルター達が来るまでに無力化に成功したのだ。だが、敵もいつまでも待ってはくれない。既に、それらの機体が発射した実弾が飛んできていた。

    「旧式相手か。ライフルはいらない」
     シャディクはそのまま四機の方へと突っ込んでいく。四機も十字に展開し、互いに距離を取っている。前衛のプロドロスに向かってビームバルカンを発射するが、それだけで敵を無力化するには至らなかった。至近距離まで接近し、シャディクは敵の薙刀を盾で受け、敵機が振りかぶった隙にビームトーチで斬り上げた。あっという間に両腕を破壊した。
     その直後、両側からデスルターの機関銃がばら撒かれ、盾と装甲に直撃した。が、そこはディランザ。安価な実弾程度では傷がつくのがせいぜいであり、損傷は無いに等しい。シャディクは右側のデスルターへ近づいていく。簡単に接近でき、胴体と下半身の間を斬り裂き、機関銃を奪う。

  • 30◆6OL1zDTaQO9k23/07/24(月) 21:13:35

    「次は……あっちか」
     後方から撃ってくるデスルターの方に振り向き、機関銃の残弾を放つ。フレームから炎が上がっていたが、それでも向かってくる相手に、ビームバルカンを放ちながらシャディクは後退した。次第に敵機の腕や足は断線していき、動かなくなった。

    「次で最後だな」
     残った一機のプロドロスの方へ向かおうとした時、上空からビームが降り、プロドロスを突き刺した。レーダーがディランザ以外の機影を捉えた。
    「後ろから? 機体は……ザウォート・ヘヴィだと?」
     通信回線を繋げようとすると、相手もすぐに応じた。

    「こちらはジェターク社のルイエ・ルクゾ。そちらの所属は?」
    「こちら議会連合の駐留部隊だ。そちらが襲撃されたと通報を受け、援護に来た」
     やって来たザウォートは、議会連合の機体のようだ。これは、誰にとっても思わぬ横槍だった。USBを回収するため、ここをさらに荒らされると面倒になる。
    「残念だが、戦闘は終了した。後は俺達で始末をする」
    「そういうわけにはいかない。引き続き攻撃を受ける可能性を考慮し、ここの後処理は我々も行う」
     こちらの言葉に応じず、その場に留まろうとする議会連合。さらに追加で三機来た。

    「いてて……どうなった、ルイエ!?」
     ナリバのディランザ・ソルから通信が入る。
    「全機、撃破および無力化しました」
     戦闘終了。敵機全ての無力化および撃破に成功した。
    「本当か!? お疲れさん! 新入りだけど腕が立つな! もしかして学園育ちか?」
    「過去のことはあまり話したくなくて……」
    「おっと、そうか。すまないな。後処理は連合がやってくれるって?」
    「みたいです。情報を独り占めされるようで、腑に落ちませんが……」
    「まあな。相手の身元くらい、こっちでも探らせてもらうか!」
     二人はコックピットから降りた。

  • 31二次元好きの匿名さん23/07/25(火) 05:42:01

    ほしゅ!

  • 32二次元好きの匿名さん23/07/25(火) 12:04:21

    ほしゅる

  • 33二次元好きの匿名さん23/07/25(火) 17:01:13

    ほしゅ

  • 34◆6OL1zDTaQO9k23/07/25(火) 22:41:25

    …………

    「ダメだった」
     ジェターク社の社長室で、シャディクは話す。
    「議会連合が戦闘地域の後処理に介入してきた。USBは奴らに回収されてしまっただろう」
    「そうか」

     地球支部での戦闘から一週間。あの後、ジェターク社側でも敵機体の確認や戦場を調べることはできたが、あくまで議会連合への協力という形であった。故に、彼らにとって都合の悪い情報は回収されてしまう。機体や残骸などをくまなく調べたが、例のUSBは見つからなかったのだ。ただ、怪我人は出ても死人が出なかったのは幸いだったか。

    「連合に渡ってしまったか、あるいは機体と共に爆散してしまったかだな」
    「ああ、わかった。これで俺達の計画は白紙に……というのが、向こうの見解か」

    「そう。しかし、実物は今、ここにある」
     そう言うと、シャディクは自身の胸を開き、中からUSBメモリを取り出した。
    「お前が持っている口実はできた。そのデータを公表しても、俺とのつながりは露呈しないというわけさ」

     戦場で敵から重要情報を得る。実際に起こり得る出来事ではあろうが、予め状況を用意できる立場ならば、実物を戦場に持ち出すことは避けたい。今回、ジェターク社がそのデータを握っている理由を作ることが主目的であり、データそのものは最初からシャディクも握っていたのだ。

    「我ながら、とんだ演出だと思うよ」 
     シャディクがそう言うと、社長室のドアがノックされる。
    「失礼します。おや、お話し中でしたか?」
    「構いません。入ってください」
     ドアを開き入ってきたのは、ナリバ・タツマだった。
    「MS作業員のナリバです。先日の報告書です。お目を通しください」
    「報告ありがとうございます」
     グエルは、部下である彼の前でも物腰柔らかに振る舞っていた。

  • 35◆6OL1zDTaQO9k23/07/25(火) 22:43:41

    「ルイエはどうでした? 地球での様子とか」
     グエルの質問に、ナリバは笑顔で答える。
    「ええ、彼はとても優秀ですよ。仕事はテキパキ行うし、あの戦闘もほぼ一人でこなしてしまうんですから。けど、それ以上に彼は優しいんですよ」
    「優しい?」
    「誰ともわからない敵MSを撃破せずに、無力化していくんですから」
    「ほう? 無力化するだけだったんですか」
    「ええ。しかしホント、見事な手捌きでしたし、企業連合の軍隊の方が合ってるんじゃないですか? なあルイエ」
    「いやぁ、そんなことは……」
     照れるような素振りを見せるシャディク。
    「ナリバさん、そろそろ時間では?」
    「おっとそうでした。失礼しました~。ルイエ、がんばれよ!」
     気楽な言葉と共に、ナリバは部屋を後にした。

    「お前にとっては同胞なんだよな、地球の人達は」
    「犠牲者が出ないに越したことはないと思っただけだよ」
    「そうかい」
     シャディクもグエルも、互いに目を閉じて笑みを浮かべていた。

    「しかし、議会連合の介入が本当に来るとは思わなかった。フォルドとの連絡はこれ以上できない」
    「地球の宿から連絡したんだろ? それを聞かれたのか?」
    「恐らくは。通信内容には気を付けたよ。彼に実物持参を指定したのはそのためさ」
     ナジとは十年前にも関わりがあったため、シャディクは事前に根回しを行っていた。彼が生き返った後すぐにナジと会い、ここまでの計画のことを話していた。

    「さて、グエル。次の行き先だが……」

  • 36◆6OL1zDTaQO9k23/07/25(火) 22:44:30

    「フロント・アウセンだ」
    「フロント・アウセン? 確か、最も地球から遠いとされているフロントだったか?」
    「そう。そしてそこが、今現在ガンダムが隠してある場所だ」
     
     フロント。小惑星を基部としている人口居住地域。それらは地球の重力に支えられ公転しており、各フロントがラグランジュ・ポイントに位置する。しかし、従来のラグランジュ・ポイントを外れても、地球の重力で公転する場所があり、そこに作られたフロントこそ、アウセンだった。

    「地球や他のフロントから位置が遠い。だからこそ、議会連合以外の勢力が立ち入ることがほとんどない。隠れ藁にするにはうってつけだろう」
    「情報源は?」
    「議会連合のハト派の人物からのリークだ」
     その肩書きに、グエルはある人物を思い出した。
    「グストンさん達か……わかった。信じよう」
    「理解が早くて助かるよ」

    「そこで手に入れるのが、関与者のリストか」
    「そうだ。保管庫になっているのなら、強化人士の研究施設もあるはずだ」
    「強化人士!? ペイル社はもうないはずだ!」
    「ベルメリア・ウィンストンは関与していないが、やっていることは同じだ」
    「ガンダムのパイロットを作るため……か!」
    「ああ。恐らく、身寄りのないアーシアンも、大量に使っている」

     グエルの眉が吊り上がり、眉間には皺が寄っている。
    「お前は、そんな実態がありながら、よくここまで耐えてこれたな」
    「グエル。お前は勘違いをしている」
    「勘違い?」

    「俺達にとって、そんな状況が当たり前だったのさ」 

  • 37◆6OL1zDTaQO9k23/07/25(火) 22:47:45

    「何度もすまないな、ラウダ」
    「気にしないでくれ。しかしアウセンか……かなりの遠出だね」
    「ああ。片道で三日もかかるのは、俺も初めてだな」
     社長室にて、グエルとラウダが談笑していた。
    「ペトラには話したのか? シャディクのこと」
    「いや、話してないよ。そこは兄さんの指示に従う」
    「そうか……あの日はありがとう。アイツを匿うことを了承してくれて」
    「いや、それは兄さんが言うことだからよかったんだけどさ……」
     ラウダの顔が険しくなる。
    「なんだ? 何か心配か?」
     言おうかどうか躊躇いを感じていたが、ラウダは話し始める。

    「兄さんは、彼を信用しているのか?」
    「シャディクのことをか?」
    「どうなんだい?」
    「…………信じるさ」
     笑顔で答えるグエルに対し、ラウダは顔をしかめる。

  • 38◆6OL1zDTaQO9k23/07/25(火) 22:48:27

    「本当に、信じていい相手なのか?」

     予想していなかった質問に、グエルは驚いた。
    「信じていい相手、か……」
     答えに詰まり、地球で出会ってからのシャディクの様子を振り返る。彼が本当にシャディクであるのか? シャディクであったとして味方なのか? しかし、自分自身、シャディク・ゼネリという人物について全てを理解できていない。現段階では、答えは、見えない。

    「…………信じてみる。今はそうするしかない」
    「そうか。僕は彼を信用しきれない」
     ラウダの顔はさらに険しくなった。
    「結局、アイツは地球のために学園の人達を殺していいと考えていたんだ。生き返った後も、地球へ加担するのは目に見えている。それこそ、この会社を陥れることが、アイツの目的かもしれない」

     ラウダの言うことも最もだった。シャディクは、地球のために動いているのは間違いない。しかし、ジェターク社を目の敵にしているようには見えなかった。今なお、自身の所在を公に明かしていないのだから。

    「少なくとも、ジェタークの敵じゃない。だから、まだ様子を見る」
    「……そうかい。わかったよ。兄さんが甘いのは今に始まったわけじゃないからね」
     彼の答えに納得し、ラウダは歩き出す。
    「だけど覚えておいて。奴は兄さんに何かを隠している。全てをさらけ出すことはない」
    「それでも、俺はアイツを信じるだけだ」

  • 39◆6OL1zDTaQO9k23/07/25(火) 22:50:01

     一方、グエルとの話を終えたシャディクは、MSドックに来て一人、整備をしていた。自分が乗るかもしれない機体達を、少しでも良い状態へと持っていくために。

    「おっ? まだ残ってやってるのかい? 張り切るねぇ」
     聞き覚えのある声の、女性社員がやってくる。上へのハネ毛とは別に、伸ばした髪を後ろで一つにまとめている。ここで顔を会わせるのは初めてだった。

    「いえ。自分にはこれくらいのことしかできないので」
    「新人の割に随分謙虚なんだな」
    「謙虚じゃないですよ。事実です」
    「なんだい、そんなに卑下することはないだろ。聞いたぞ、地球でのこと」
    「いや、そんな……たまたまですよ、あの日戦えたのは」
    「だから、もうちょっと胸を張っていいんじゃないか?」

     仕事終わりだからか饒舌な彼女は、引き続きシャディクに話しかけくる。
    「君も物好きだねぇ。けど、MSをいじってるだけじゃモテないぞ?」
    「お言葉ですが、先輩はどうなんですか?」
    「わ、私? 初対面なのにグイグイ来るじゃん……ははっ、そういうの好きだよ」
     女性社員は笑い、目を閉じて手すりに肘をかける。
    「この年までMSと一緒にいる女なんて、相手してくれる男はいないよ。油まみれの野郎に囲まれてはいるけどね。私のようにならないよう、君も気を付けるんだよ」
     彼女はシャディクに視線を合わせ、人差し指を向けてくる。

    「先輩、質問してもいいですか?」
    「なんだい?」
    「あのディランザは、何でしょうか? 実戦仕様じゃないですよね?」
     シャディクが指をさしたのは、すすを被った薄緑色のディランザだった。角が生えている。学園で使われたものだろう。
    「ああ、あれか。私の機体だよ」
    「先輩の?」
    「十年前、あのディランザがCEOを救出したんだ。CEOの機体が爆発する寸前だったけど、消火弾が間に合って生き残ったんだ。それ以来、あんまり動かしてやれてないけどね」
    「先輩がCEOを? それはモテたんじゃないですか?」
    「うーん……そうだったのかもしれないね。でも、そん時はそういうのがよくわかってなかったし、モテたかったわけじゃかったしね。だけど、あん時にいい男を見つけておけば……なんて、思うこともあるかな」
     笑顔で言う彼女の顔は、どこか上の空だった。

  • 40◆6OL1zDTaQO9k23/07/25(火) 22:50:21

    「あの、僕達どこかで会ったことありませんか?」
    「え? 私、君とどこかで会ってた?」

    「会っているよ、フェルシー・ロロ」
    「ん? んん? ルイエ・ルクゾなんて知り合いにいなかったような……というか、今サラッとタメ口きかなかったか!?」
    「まだわからないか? 俺さ。グエルを助け出したのは君だったとは驚いたよ」
     そう言いながら彼女に近づくシャディク。その顔をしっかりと見たフェルシーは、目を見開いていた。
    「あぁ~っ!? シャ、シャディク先輩!?」
    「久しぶりだな、フェルシー」
    「なんで生きてるんすか!? ってか、先輩なら早くそう言ってくださいよ!」
    「ラウダやカミルも知っていたから、君にもバレていると思っていたが」
    「ええっ!? ラウダ先輩も知ってるんすか!? 何で誰も話してくれないんすか!?」
    「俺が生きていることは公にされていないからな。知られたら、ジェターク社も大変なことになる」
    「それはそうっすけど、なんでグエル先輩も教えてくれないんですかー! ってか、さっきまでの話忘れてください! 私、先輩に失礼なことを!」
    「気にしないでくれ。君の変化にも驚かされた」
    「えぇっ!? い、いや、忘れてください! 何もかも!! 先輩だと知ってたらあんな話してませんから!!」
    「はっはっは!」
     今度はシャディクが笑った。声を上げて。
    「あの頃の君を見ているようだ。懐かしいな」
    「先輩の方こそ、見た目はあの頃みたいじゃないっすか!」
    「ああ。訳ありでね」

    「おい、ルイエ! 勝手に正体をバラすな!」
     MSドックにグエルも入ってきた。
    「すまないな、俺の勘違いだ。知っている上でからかわれているのかと」
    「シャディク先輩は悪くないっす! 私が気付く可能性はあったっすよ!」
    「途中まで気付いてなかったようだが?」
    「ど、どこから見てたんすか!?」
    「まあいい。フェルシー、新型機の紹介をお願いしたい」
    「あ、そうでしたね! こちらです! せっかくですし、シャディク先輩もご一緒に」

  • 41◆6OL1zDTaQO9k23/07/25(火) 23:00:53

    「『トリニダンテ』……それが名前か」
    「はい」
     グエル達は先程とは違うMS格納庫に来ていた。新型のフラッグシップ機が完成したとの報告を受けており、今日見る予定だったのだ。フェルシーが機体について説明し、グエルが質問する形で行っていた。
    「スペックを見た時からわかってはいたが、白いダリルバルデだな」
    「ええ。ダリルバルデの後継機ですから」

    「肩についてるのは羽か?」
    「アンビカーのことっすね。盾としても羽としてもお使いになれます。パーメット塗料を塗ってあるので、微弱ながらビーム耐性もあります。ビームは撃てませんが、短いビーム刃の形成も可能です」
    「サーベル代わりにもなるとは、盛りだくさんだな。だから大型化したわけか」

    「背面のビットは一機……肩と合わせて合計三機だな」
    「イーシュヴァラのことですね。数は減らしましたが、性能はその分向上させてますよ。ビームの出力、俊敏性、どれをとってもピカイチです」
    「扱いやすくなるのはいいことだろう。武器はどうなんだ?」

    「ビームライフルとサーベル、頭部のビームバルカン、あとビームジャベリンもありますよ!」
    「あの長い槍か。取り回しに難があると思うが、そのためのサーベル装備か」
    「はい! ジャベリンもビットとして遠隔操作可能です!」
    「……ん? ジャベリンがビット? あの細身で自律飛行するのか!? スラスターはどこに!?」
    「柄の下半分はそうです。ビームクナイはオミットしてスラスターを組み込んでるんです」
    「いや、ビットは三機だけってコンセプトだと思ったら五機あるじゃねえか」
    「細かいことは気にしないでください。メカニックの奴らの気まぐれっす」
    「ああ……そうか」

    「これで一通り説明終了です。何か追加で質問あるっすか?」
     フェルシーがシャディクの方へ視線をやる。シャディクは、ここに来てから気になっていたことがあった。
    「今の、トリニダンテの後ろの方にある機体……あれは何だ?」
    「ああ、アロンザっすね。近くまで行ってみますか」

  • 42◆6OL1zDTaQO9k23/07/25(火) 23:05:59

     フェルシーの案内で、影に隠れていた機体に向かって歩いていく二人。近づいて見た時に、シャディクは気付いた。
    「この機体、赤く塗装されているが……グラスレ―の機体か?」
    「ええっ!? さすが先輩! なんでわかるんすか!?」
    「ミカエリスに似ている気がしてね」
    「すごいっすね~、さすがグラスレー寮長っす」
     フェルシーは顔を笑顔に戻し、説明を始める。

    「ベネリットグループ解散によって、ペイル社は倒産、グラスレー社は規模を縮小したんです。リストラで行き場がなくなったグラスレーの技術者を、ジェターク社で引き抜いたんですよ! グラスレーとジェタークとの共同開発によって産み出された機体、それがこのアロンザなんです!」

     色味も、パーツの形も、違うところが多かったのだが、シャディクはこの機体にミカエリスの面影を重ねていた。細身の腕と脚、丸みを帯びた肩、シンプルなバックパック。機体の形状から、グラスレーの風味を感じ取れる。ただ、特に顔の雰囲気が異なっており、十字に入っていたセンサーは一文字型になり、トサカは無く二本の角が生えている。

     しかし、シンプルに表現するなら、両手がある赤いミカエリス。シャディクは既にそう捉えていた。

    「汎用性の高い高性能機としてデザインされてるんです。武装も、手持ちの武器はだいたい扱えます。膝の装甲内にビームサーベルを収納しているので、そこは取り扱い注意っす。でも、両腕についてる小型シールドからビーム刃出せるんで、基本はそっち使ってください」
    「腕は飛ばせるのか?」
    「はい、有線で切り離し可能です」
    「そうか……」
     かつての乗機との共通点を見つけ、シャディクは少しだけワクワクしていた。
    「他にも、グラスレーの新たな技術が使われてるっすけど……まあ、使わないでしょうから割愛しますね」

    「あっ、そうそう! 今紹介した二機には消火弾の発射機構をマニピュレータに積んでます! 何かあった時にはそれで味方機を助けてください!」
    「おっ、気が利くじゃないか。コイツの説明もこんなところか?」
    「はい! 後は追加で何かあれば!」
    「そうか」
     今度はグエルがシャディクに話し始める。

  • 43◆6OL1zDTaQO9k23/07/25(火) 23:07:36

    「このアロンザだが、実は完成して間もなくてな。調整も途中までしか済んでないんだ」
    「グラスレーの人間とジェタークの人間とで揉め事がありまして、工程を進めるのに時間がかかったんです……」
    「期限は設けていなかったから良かったんだが、しかし赤く塗られるとは」
    「ジェターク側の最後の意地だったそうで……」
    「……ああ、わかった。見に行かなかった俺も悪いな」
     後悔から頭を抱えるグエル。

    「話が逸れたが、シャディク。テストパイロットのお前にはコイツの操縦と調整も頼みたい」
     グエルはアロンザを親指で差す。
    「俺がか? 新人がやると士気が下がるんじゃないか?」
    「地球での活躍を考えれば大丈夫さ。アウセンに行くまでの一カ月、頼めるか?」
     それを聞いたシャディクは、下を向き、小さく笑みを浮かべた。
    「俺好みにしてしまっても、問題ないか?」
    「ああ、構わない」

    「ありがとう、一カ月で仕上げてみせるよ」
     そう言ってアロンザへと近づこうとするシャディクの肩を、グエルは引き留めた。
    「待て。今日はもう夜遅い。明日以降やってくれ」
    「え? ああ、そうか。そうさせてもらうよ。おやすみ」
     シャディクは格納庫を後にした。

  • 44◆6OL1zDTaQO9k23/07/25(火) 23:11:01

    「グエルCEO! なんでシャディク先輩のこと黙ってたんですか!?」
     彼がいなくなった途端、しゃべりだすフェルシー。
    「隠してたのはすまない。だが、正直なところ…………」
    「ん? なんですか?」
     グエルは、詰まった言葉を何とか紡いでいく。

    「お前は、アイツが社内にいて何も思わないのか?」
    「思わないのか、って?」
     質問の意図がわからず、聞き返すフェルシー。
    「いや、世間から見ればアイツは犯罪者だ。アーシアンに学園を襲わせるよう手配していた。お前からしてみても、恨みがあるんじゃないか?」

     シャディクのことを伏せていた理由はいくつかある。外部への情報漏洩の防止もそうだが、十年前の件で暗躍していた彼を嫌う人間も多く、そういう社員からの反感を抑えることも理由であった。しかし、彼女はシャディクの存在を知っても、何一つ憎悪を見せない。それどころか、笑顔で接している。グエルは、ここに疑問を持ったのだ。

     そんなグエルの言葉を、少しずつ飲み込むフェルシー。
    「確かに、シャディク先輩のやったことは犯罪ですし、そのせいで辛い経験をしたし、許してはいけないと思います。けど……」
     フェルシーも思い切って話し始める。
    「それはそれとして、シャディク先輩の気持ちもわかるんです。グエル先輩を通して、地球のことを少しだけ知って、それだけでもひどいなって思って……そんなところに生まれたら、私もああなっちゃったかもしれないって…………だから、今のシャディク先輩が何をしたいのかわかりませんが、とにかく! 嫌いじゃないんです!」

    「嫌いじゃない、か……」
     稚拙なようで本音が見える彼女の言葉を聞いたグエルは、格納庫から出ようと歩き出す。その後をフェルシーがついていく。
    「グエル先輩! シャディク先輩はどうなるんすか?」
    「大丈夫だ。悪いようにはしない」

  • 45二次元好きの匿名さん23/07/26(水) 06:28:15

    大人フェルシーさん…良い…

  • 46二次元好きの匿名さん23/07/26(水) 12:46:34

    続き楽しみですー!

  • 47二次元好きの匿名さん23/07/26(水) 22:23:10

    このレスは削除されています

  • 48◆6OL1zDTaQO9k23/07/26(水) 22:23:42

    …………

     地球支部での件から約一カ月後。グエルはフロント・アウセンを訪問していた。表向きには、このフロントとも友好関係を築くための会合を開くということになっていたが、本題は議会連合のガンダム保有施設を調べることであった。
     
    「会合はどうでしたか? ジェタークCEO」
    「感触は悪くないな。いずれ支社も置かせてもらおうと考えてしまった」
    「辺境のフロントにも目を向ける視野の広さ、見習います」
    「二人でいる時くらい、その堅苦しいのはやめてくれ。今は誰もいないだろう」
     外を出歩いているということもあり、シャディクは一社員としてグエルと話していた。
    「お言葉ですが、そういう甘さが命取りなるのですよ」
    「そういうもんか?」
     どこか不満そうに眉をひそめるグエル。
    「今回の計画、俺達が出張る必要はなかったんじゃないか?」
    「最終的に物を言うのは、ご自身の感覚と記憶です。私と貴方が、この目で見ることが大切ですよ」
    「うーん……」
     納得いかず、また眉をひそめる。そのままホテルへの歩みを進める二人。

    「ん? 連絡だ」
     突然、グエルのスマホが震え始めた。
    「もしもし? え? 本当ですかケナンジさん!? ええ、わかりました。とりあえず戻ってきてください!」
     連絡をしてきた相手は、ケナンジだった。ドミニコス隊の隊長であり、現在もその任は変わっていない。ベネリットグループ、MS開発評議会は解体されたが、新企業連合でも特殊部隊が必要になるという流れで、現在まで存続していた。

    「ドミニコス隊員が施設らしき場所を掴んだ。すぐにホテルに戻るぞ!」

  • 49◆6OL1zDTaQO9k23/07/26(水) 22:25:11

    ……

    「小惑星部分に、後付けの建造物を発見。居住区域からでは見ることすらできない場所です。MSでの視察で判明しました」

     ケナンジ・アベリーが報告していく。ホテルの一室に集まり、作戦会議を開いていた。プロジェクターに映し出された映像は、MSから撮影されたものだ。小さく建物が映っており、近くにMSと思しき物も見えた。話を聞いたグエルが意見していく。

    「潜入するためには、MSが必要になりそうですね」
    「なくても行けなくはないですが、時間がかかりますから。それに武器がないと危険でしょう。なんせ、相手はあのガンダムですから」
    「ですね。隊員の皆さんはMSを用いて行くように」
    「日時はどうしますか?」
    「明日の昼がベストでしょう。宇宙議会連合の招集日。昼間は議会に出席しているわけですから、こちらに注意を向ける者は少ないはずです」
    「単純ですが、早めの行動が肝でしょうからな。いいでしょう。侵入ルートは既に各員の端末に通達済みなので、時間までに読むように! くれぐれも戦闘は避け、目的の物を入手次第撤退する手筈で頼みますよ。では、今日は解散!」

     ケナンジはパンと手を鳴らし、プロジェクターと端末を閉じた。ドミニコス隊員が退室していく。部屋に残ったのは、シャディクとグエル、ケナンジだけとなった。

  • 50◆6OL1zDTaQO9k23/07/26(水) 22:25:31

    「いやぁ、まさかあなたが生きているとは驚きましたよ、シャディク・ゼネリ」
    「ご冗談を。今はルイエ・ルクゾです。ただの青年ですよ」
    「いけ好かないお坊ちゃんだこと。相変わらずだねぇ」
    「これでも好かれるよう、努力しているつもりなんですがね」
     シャディクの返答に、はっはっは、と笑うケナンジ。しかし、急に彼の顔が険しくなる。

    「本当にいいのですか? 身の安全を考えれば、前線に立たずとも我々がやりますよ?」
    「俺達二人は十年前の経験もあります。その上、俺の方は機械の体だ。生身より頑丈ですよ?」
    「おっと、そうでした。ジェタークCEOから聞きましたよ? 全身GUNDで補助されてるって。どこぞの知り合いもそんなんだったっけかなぁ……」
    「オルコットさんのことですか?」
    「さあ、どうでしょう? しかし、うーん……どうしてこうも背負いたがるんでしょうな」
     ケナンジは頭を掻いた。
    「ただ、あなた方ももう立派な大人だ。当時者としての責任は取っていただきましょうか」
    「ええ、そのつもりですよ」
     
    「あ、そうそう。隊員には共有済みですが、今回の作戦には助っ人が一人来ますよ」
    「助っ人ですか? 誰です?」
    「これがちょっとばかし特殊でしてね……MSなしで潜入するってんです。敵のMSを奪取するためにね。その人物は、あなた方も知っていますよ」
     ケナンジに見せられた端末には、『セレク・F・ネイル』という名前が記されていた。
    「セレク? 聞いたことない名前ですが……」
    「まあまあ。このデータを全部読めばわかりますよ」

  • 51◆6OL1zDTaQO9k23/07/26(水) 22:27:32

    …………
     
     翌日、正午の十五分前。
    「ケナンジ隊長。MS全機、予定通りにポイントへ到達」
    「よし、潜入開始。各員、パスコードの用意を」
     ケナンジの合図に合わせ、グエルとシャディクもディランザ・ステアから降りる。隊員達はそれぞれ二人一組となり、別々の施設入り口から侵入する。事前に通達されていたパスコードを入力、扉を開け中へと入った。無重力下であるため、走るようなことはせず、ただ前へと流れて進んでいく。

     すぐにMS格納庫まで来た。中には、事前に聞いていた通りの光景が広がっていた。
    「ガンダム・ルブリスが……こんなにあるのか……」
    「増産されているからな。恐らく、現代のMSに合わせてチューンアップされている」
     格納庫内には量産タイプのガンダム・ルブリスが十機はあった。
    「これだけ存在していたなんて……スレッタがやったことはなんだったんだ……!」
    「見ろ、グエル」
    「ん?」
     シャディクが指を差した先を見るグエル。
    「……あれはなんだ?」

     並んでいる機体の中に、ルブリスとは異なるシルエットの機体があった。ファラクトのような顔と、機体全体を覆えるほど大きな背部ユニット、他の量産タイプと異なるのは確かだった。
    「新型のGUND-ARMだ。ルブリス・ウルやソーンとも違う」 
     もし高性能機であるのなら、破壊した方が敵の戦力を削れるだろう。しかし、今回の目的は関与者リストを手に入れること。敵機体の破壊ではない。グエルは黙ってその場を通り過ぎた。

    「ここだ」
     シャディクがパスコードを入力し、扉を開ける。
    「ここの端末を調べてみれば、リストに当たるかもしれない」
    「……なんだ、ここは?」
     広い部屋の真ん中は通路と思しき道があり、その両側には、透明の円柱内に満杯の水が入ったものがずらりと並んでいた。その中には、赤いような、桃色のようなものが浮いており……それが無数にあった。
    「これは、一体なんだ!?」

  • 52◆6OL1zDTaQO9k23/07/26(水) 22:29:00

    「人工子宮。ここで新たな生命が産み出され、消費されているのさ」
    格納庫よりも先にあった部屋は、培養部屋だったのだ。人間の。
    「なんのためにこんなものを!?」
    「遺伝子操作によるパーメット耐性向上を図ったものだ。これだけの数のリプリチャイルドがあれば、遺伝子の解析は捗るだろう」
    「ガンダムのパイロットを作るためだけに、これだけの命を産み出し、殺しているのか!?」
    「そうだ。これが、今の議会連合の実態だ」
     想像を超えた現状が、グエルの吐き気を催してくる。
    「人の命をなんだと……!」
    「それを言う資格があるのは、お前じゃない」
    「え……?」
     シャディクの表情が険しい。
    「……行くぞ。議会連合の人間に関する情報は無かった」

     二人は、さらに奥の部屋に行く。今度は、小型モニターが並んでいる部屋にたどり着いた。管制室といったところだろうか。
    「間違いない。この部屋には例のリストがあるはずだ」
     シャディクは一つの端末を起動し、データを確認していく。グエルは周囲を警戒する。
    「やはり、アーシアンの孤児を大勢拉致し、実験に使っていたか……」
    「なあ、シャディク」
    「なんだ?」

    「妙じゃないか?」
     グエルはここまでの道のりに違和感を感じていた。
    「ここに至るまで、誰からも邪魔されなかった。極秘情報の塊のような施設だぞ? なぜ、人が誰もいない? なぜ、セキュリティシステムもないんだ?」
     それを聞いたシャディクの表情が固まる。しかし、彼はそのまま端末内の情報を探っていた。
    「見つけたぞ、グエル」
    「本当か!?」
     モニターに表示された文字列は、確かに議会連合の議員名を連ねていた。
    「…………データ移送完了まであと一分か。すぐにここから出るぞ、退路を開いてくれ」
    「ああ、わかった!」
     シャディクに従い、来た道を戻るグエル。扉を開け、先程の培養部屋に入った。

  • 53◆6OL1zDTaQO9k23/07/26(水) 22:30:24

    「おや、ネズミに入られていたか」
     前から声がする。暗くて距離がわからないが、間違いなくドミニコス隊員の声ではなかった。
    「誰だ!!?」
     咄嗟に銃を前に構えるグエル。しかし、次の瞬間、後ろから銃口を突きつけられた。
    「ゆっくり銃を放せ」
     グエルは後ろの男の言うことに従い、銃を放し、両手を上げる。
    「こうして会うのは初めましてかな? ジェタークCEO。十年前は世話になったね」
     前からの声が近づいてくる。薄暗い中でも相手の顔が見える距離になった。
    「あ、あんたは……!?」
     その顔は、グエルもよく知っていた。
     
    「ノイエス・ゲイター……!」

     ノイエス・ゲイター。名は知らずとも、その顔を知らない者はほとんどいない。なぜなら、彼こそ宇宙議会連合の元議長であるのだから。十年前のクワイエット・ゼロを巡る騒動において、ILTS発射の指示は彼が行っていた。それが明るみに出ることはなかったが、事件の責任の一端を負い議長の座を辞任、しかし、議員として議会連合に残っていた。
     
     その男が今、グエルの目の前にいるのだ。

     不愉快な笑みを浮かべているノイエスへ、グエルの怒りは矛先を向いた。

    「元議長が、どうしてこんな真似に加担している!?」
    「どうして? 面白い質問をするね、君は。私がどういう人間かをまるで理解していない」
    「どういう人間か、だと?」

  • 54◆6OL1zDTaQO9k23/07/26(水) 22:32:03

    「私はね。力が好きだ」
     口角を上げたまま、ノイエスは語り始める。

    「権力、暴力、財力、どれを見ても魅力的じゃないか。力というものはステータスであり、スキルであり、パワーであり、自由なのさ」
    「一体、何を言っている?」
    「この宇宙でただ一つの政府機関。そのトップの座に立てば、この世界の行く末など簡単に決めることができる。それが楽しいんだよ。思い通りに動く世界というのは、とても面白い。私という人間が居て初めて成り立つという点も、なかなか幸福だ」
    「楽しい? 幸福だと? あの惨状を、そんな風に言うのかお前は!?」
    「言うさ。たのしいんだから。私こそ正しく世界の在り方を考え、そして動かすことができるのだよ」
     怒りに震える腕を、なんとか動かさないように保つ。

    「ああ、そうだ。質問に答えていなかったね。なぜ、こんなことをしているのか、だったかな?」
     目を閉じて、その場を少し歩いた後、ノイエスの顔は険しくなる。

    「あの日。私が全てを潰し、全権を手にするはずだったあの日! ILTSは一機のMSによって機能を失った。白いガンダム、キャリバーン! あの忌まわしい怪物によってな! 憎い、憎いとも!」

     先程までの笑みが消え、目を見開いていた。その顔に、狂気を感じさせる笑みが浮かんでいく。
    「憎いが、素晴らしいではないか! 私の想像も及ばぬ圧倒的な力、あれこそがこの世で最も強く、最も美しい力。手に入れたい……何としても……! どんな犠牲や対価を払ってでも!」
    「対価だと!? お前一人のために、何人犠牲になった!?」
    「知らんよ、数など。しかし、私はあの力には未だに到達できない。あくまでガンダムは武力の域を出ないのだ。悲しいよ。悲しい。十年前に生まれた私のささやかな夢は、これだけの年月が経った今も実現しない……」
    「ささやかだと!? ふざけるな!」
     グエルが顔を前へと動かすが、同時に突き付けられた銃をぶつけられる。
    「さて、おしゃべりが過ぎたか。他のドミニコス隊員に見つかれば面倒なことになる。君、グエル・ジェタークを処分したまえ」
     後ろの男が銃を握りしめる。

  • 55◆6OL1zDTaQO9k23/07/26(水) 22:32:28

     暗い部屋の中で、火花が二回、飛び散った。
    「……………………!!」
     死を覚悟し、グエルは目を瞑った。

     が、次第に自身の体の震えを自覚する。
    「…………あれ? 生きてる?」
     恐る恐る目を開け振り返る。後ろにいた男は力なく漂っている。そのさらに後ろから、金色の髪が見えた。
     シャディクだ。シャディクが、グエルの後ろにいた男を撃ったのだ。
    「処分されるのはあなただ、ノイエス」
     グエルの背後から、シャディクが再び引き金を引く。弾丸はノイエスに命中した。しかし、弾丸が当たったはずの宇宙服に穴はなく、へこんでいるだけだった。

    「やはりか、シャディク・ゼネリ! 生きていたのだな!」
    「防弾服か……」
    「もちろん、私自身が出張る時には最善の装備で来るとも。小さな弾丸を何発撃ち込めれようと、穴の一つも空かない完璧な防護服だ」
     高らかに説明しているノイエスの後ろから、誰かが出てくる。そしてすぐさま、こちら二人に対して発砲してきた。
    「うわっ!?」
     グエルのヘルメットにヒビが入る。シャディクの持っていた銃は弾かれてしまった。その誰かは、こちらに二丁の銃を向けている。

    「紹介しよう。我が最高傑作、アルナ・ゾネ。地球の孤児で、七年前にここへ連れてきた」
     宇宙服のメット内をよく見てみると、かなり若く中性的な顔立ちをしていた。青い髪で、学園の生徒と言われても納得するような背丈であった。
    「アルナのパーメット耐性は異常な数値だ。どんなリプリチャイルドよりも、オリジナルの耐性値が最も高かった。天性の才能だ。それでも、ガンダムの性能を引き出しきれないがね」
     ノイエスが説明していると、培養装置の影から数人の人間が姿を見せ、こちらに銃を向けた。囲まれてしまった。
    「グエル、目を瞑って前へ進め」
    「え?」

  • 56◆6OL1zDTaQO9k23/07/26(水) 22:34:01

    「今だ!」
     絶体絶命の状況。シャディクが叫ぶと同時に、辺りは真っ白になった。
    「っ!? 閃光弾か!? ゾネ、逃がすなよ!」
     焦って探そうとするノイエス達。しかし、目が慣れてきた頃には、グエルもシャディクも、既に部屋にはいなかった。


     格納庫を通り抜け、シャディクとグエルは、出入口まで来ていた。しかし、外への扉が開かない。
    「……パスコードが違う?」
    「なんだと!?」
    「グエル、ケナンジ隊長と連絡とれるか? 入った時と違うパスコードにしなければならないかもしれん」
    「それなら、コードのリストを預かっている。片っ端から試してくれ。ケナンジさんには連絡しておく」
    「すまないな、何度も。さっきは冷や汗をかかせただろう? 思ったよりもデータ移送に時間がかかった」
    「いや、俺の方こそすまない。お前を護衛するつもりだったのに不覚を取った。助かったよ」
    「そうか」
     お互いに、しゃべりながらも着実に手を進める。
    「ケナンジさん! 出口でのパスコードに引っ掛かって出れません! 色々試していますが、そちらから何機か来れますか!? 扉をこじ開けてもらいたいんです!」
     グエルはケナンジとの通信を続けている。
    「……ダメか。パスコードを変えられてしまったか?」
     シャディクは、全てのパスコードを打ち終えた。しかし、外への扉は開かない。
    「あと三分ですね! 早めにお願いします! …………隊員の機体がこっちに向かっている!」
    「グエル、悪い知らせだ」
    「なんだ?」

     シャディクは、来た道を指差す。暗闇の中に、宇宙服と思しき物が見えた。
    「追いつかれたらしい。恐らく、さっきのアルナ・ゾネという奴だ」
    「逃げ場はないぞ! どうする!?」
    「やむを得ない、俺が前に……!」

  • 57◆6OL1zDTaQO9k23/07/26(水) 22:35:44

     シャディクが前へと出ようとした時、突如右側の壁がガラガラと崩れ始めた。瓦礫の隙間から、格納庫にあった量産タイプのルブリスが見えた。あのうちの一機が動いているらしい。
    「こっちだ! 来い!」
     差し出されたマニピュレータに飛び乗り、コックピットに収容してもらう二人。ルブリスはそのまま前進し、壁を壊しながら外へと出た。

    「助かった、誰かわからんが礼を言いたい」
     狭いコックピット内でグエルが言うと、パイロットが振り向く。
    「わからない? 知ってるだろ、僕だよ」
    「え?」
     その顔は、社内でも見慣れた顔に似ていた。
    「お前、あの時のエランか!?」

     エラン・ケレス。ペイル社次期CEOであったが、クワイエット・ゼロの一件でペイル社を抜け、ブリオン社へと引き抜かれた男だ。ブリオン社とジェターク社とは今でも友好関係にあるため、時折顔を合わせる間柄だった。アスティカシア学園の存続支援も行っており、グエルも彼に頭が上がらない。

     が、それは本物のエラン・ケレスの話である。今、二人の前にいる男はその影武者である、強化人士五号。十年前はクワイエット・ゼロを止めるため、スレッタやグエルと共に行動した。その後の消息はわからなかったが、こんなところで再会するとは思っておらず、グエルも驚きを隠せない。ここではエランと表記した場合、彼を指している。

    「驚いたぞ! 助っ人がお前だったなんて!」
    「僕にもできるようなのはこういう仕事しかなくてね」

     操縦するエランの横で、グエルが通信を繋ぐ。
    「ケナンジ隊長! こちらグエル。エラン……いや、セレクと合流して助かった」
    『それはよかった! そのまま予定地まで撤退しましょう!』
    「了解!」
     ルブリスが進路を取った先には、ドミニコス隊の戦艦、ユリシーズがあった。

  • 58二次元好きの匿名さん23/07/27(木) 00:15:56

    5号ー!

  • 59二次元好きの匿名さん23/07/27(木) 00:48:54

    5号登場は嬉しいけど、5号がガンダムに乗ってる……

  • 60二次元好きの匿名さん23/07/27(木) 09:48:37

    保守

  • 61二次元好きの匿名さん23/07/27(木) 18:19:43

    ほしゅ

  • 62◆6OL1zDTaQO9k23/07/27(木) 21:24:22

    …………

    「なるほど。彼と一緒に帰ってきたということは、ディランザ・ステアは置いてきたのですね。しっかし、ノイエス・ゲイター本人がいるとはねぇ」
     ケナンジが話を切り出す。ユリシーズの会議室に、潜入を行ったドミニコス隊員とグエル、シャディク、エランが集まっていた。
    「ノイエス暗殺を試みましたが、失敗しました」
    「アドリブで暗殺は難しいでしょうし、問題ないですよ」
     シャディクの報告の次に、口を開いたのはエランだった。
    「僕も敵の新型を見つけたんだけど、コックピットに入ることすらできなかった。証拠品にできるルブリスは持ち帰ったからチャラってことで」
    「ええ。元々、その手筈だったので。CEOとプリンスはリストを手に入れたんですよね?」
    「はい。本来の目的は達成しました。これが関係者リストです」
     グエルが端末を机の上に置く。
    「ええ、確認しました。隊員の何名かも同じリストを回収しています。それから、隊員が他にもヤバい物を見つけたんですよ。これを」

     今度はケナンジが端末を置いて見せる。何かの設計図のようなものが映し出された。上部に『GUND-ARM LFRITH IS』と書かれていた。
    「これは、もしかして奴らの新型の?」
    「でしょうな。ガンダム・ルブリス・イス。その設計図とデータだと思われます」
    「グエル。この機体、俺達が通った格納庫にあったな」
    「ああ、間違いない。あの機体だ」
    「おおっ!? では、既に作られているのですね。全く、連中も困ったものだ……」
     ケナンジは腕組みをし、うつむく。再び目を開け、彼は説明を続けた。

    「この機体にはかつてのエアリアルと同様、複数のビットがついています。普段それらは合体し、翼を形成して背部に繋がっているようです。シルエットはコウモリに似ていますね」
    「にしても大きいですね……前に広げれば盾にできそうな」
    「ええ、パーメット塗料もバッチリ使ってビーム耐性を高めてあります。翼の状態で、機体すべてを覆うことも可能だとか」
    「だとすると、相当な防御力を持つわけですね。厄介だな……」
    「その翼は、六機の大型ビットに分かれるそうです。ビームの出力も、一般のライフル以上。機動性や推力も高い数値です。その分、パイロットへの負担もバカにならないですがね。こんなのと交戦するとなると、先が思いやられますな」
     ケナンジは端末を閉じた。

  • 63◆6OL1zDTaQO9k23/07/27(木) 21:24:47

    「しかし、こうもあっさり達成できたのは、やはり不審ですな……」
     ケナンジが首を傾げていると、部屋に艦のクルーが入ってきた。
    「ケナンジ隊長! これをご覧ください!」
     新たな端末が差し出される。何かの動画が映っている。
    「これは、連合の議会中継か?」
    「はい。先程まで放送されていたものですが、皆さんもよく聞いていてください!」
     一同が机の上の映像に注目した。

    『本日の議題はこれにて終了とするが、ここで追加告知したいことがあると申し出を受けた。アリム議員』
     一人の女性議員が立ち上がる。
    『この場にいる方々も、映像を見ている方も、落ち着いて聞いてください。私達は、証拠を掴みました。十年前のベネリットグループが解散、それに至るまでの数々の事件のことを、皆さんもご存知でしょう。その主犯であり死刑判決を受けた男、シャディク・ゼネリの名も皆さん知っているはずです』
     一呼吸置いて、議員は続けた。

    『彼は、まだ生きています』

    「えっ!?」
     グエルが声を上げる。
     映像内の会場も、ざわめきだしていた。

    『今なお、生きている彼の姿を収めた写真があります。そして、彼が今、ジェターク・ヘビー・マシーナリーにいるということも掴んでおります』

     会場のスクリーンに映し出されたのは、地球支部での戦闘を終えた後、作業服を着てMSの足元にいるシャディクの姿だった。

    『世紀の大犯罪者を匿う企業を、野放しにしてしまっていていいのか? 今ここで、私はジェターク社の全財産の差し押さえ、及びシャディク・ゼネリの身柄引き渡しを要求したいのです。議長!』
    『…………アリム議員の提案はわかりましたが、本日の議題は既に終了しています。その情報の真偽を委員会にて審査した後、次の議会で本件の処遇を決めます。本日はこれで解散とします』

  • 64◆6OL1zDTaQO9k23/07/27(木) 21:26:01

    「まずいことにはなったが、議長が中立派で助かった。即確保ということにはならなそうだ」
     最悪の事態を案じたグエルは、そうならないことに胸を撫で下ろした。

    「そういうことか! やすやすと情報を盗ませたのは!!」
     今度は、ケナンジが声を上げる。

    「こちらを潰す算段があったから、情報を握らせた! そして、先程のノイエスとのやり取りでシャディクがジェターク社と繋がっているというウラ取りは完了した……!」
    「えっ? ハメられたってことですか!? 俺達は!」
     ホッとしたのも束の間、グエルは焦り出した。
    「そう考える他ないでしょう。もちろん、先程盗んだ情報を公開すれば、議会連合は道連れにできる、いや、逆転勝ちもあり得るでしょう。けど、我々が今いるのは地球から離れた僻地。マスメディアとして公開できる場所まで移動しなければ、公の発表とはなりません」
    「なら、手段は問わない! 艦の通信で、奴らの証拠を公開しなければ!」

    「ジェタークCEO!! それが敵の罠です!!」
     ケナンジは、不安に煽られたグエルを一喝した。
    「罠……?」
    「そうしている間に、奴らはこの戦艦ごと葬り去る気だ! あれは時間稼ぎの情報開示! 我々の対応を遅らせるための!」
    「つまり、この艦を奇襲しようとしていると!?」
    「その可能性が高い! 十機以上のガンダムですよ!? それくらいのことはやるでしょう! レーダーはどうなってる!?」
    「はっ、現在MSの機影は確認されておりません」
    「しかし相手はガンダムだ。あの推力で近づかれれば……総員、直ちに戦闘準備を! CEOとシャディクも、新型に使って応戦を!」
    「わかりました!」
     会議室から、次々と人が出ていく。シャディク達は、MSドックを目指した。

  • 65◆6OL1zDTaQO9k23/07/27(木) 21:26:15

    「調整を済ませておいて正解だった」
     シャディクとグエルが、MSの前で話している。
    「一カ月という間に、よくやってくれたよ、お前は」
    「昔の勘を取り戻すのにはちょうどよかった」
     話しているシャディクは、どこか上機嫌だった。
    「覚えているか? グエル。お前と戦った時のこと」
    「あの時は、俺も頭に血が上っていたな」
    「だろうな。正面から突っ込んできていた」
    「ああ。闇雲に戦ってた気がするな」
     闇雲であれか……と内心思っていたシャディクだが、言葉を心に留め、アロンザのコックピットに乗り込む。
    「グエル」
     ハッチを閉める前に、グエルへ微笑むシャディク。
    「お前は死なないよ。俺が保証する」
    「なら、お前も死なないな」
     返事を聞いて、シャディクはクスッと笑った。

    「セレクさん、あなたには戦艦の護衛を……おや、あなたもガンダムに乗るんですか」
     ケナンジは、量産タイプのルブリス乗り込もうとするエランを見つけた。
    「僕の分の機体は支給してくれないって契約でしょ?」
    「堅苦しいことはしませんよ? ディランザやベギルペンデIIも予備があります」
     それを聞き、一瞬目を見開くエランだったが、すぐに穏やかな表情になった。
    「ま、いざという時だけスコアを上げるさ。それに……」
     何かを言おうとしたが、少し間を置き、エランは続ける。
    「どうせ、僕の出番はないだろうし」
     そう言い残し、ルブリスのコックピットに乗り込んだ。
    「ふむ……なんで十年前の学生さん達は自己犠牲的なのかねぇ」
     ケナンジも、ベギルペンデIIへと搭乗した。

  • 66◆6OL1zDTaQO9k23/07/27(木) 21:27:55

    ……

    「広範囲レーダーに複数の機影をキャッチ! 各MSは出撃してください」
     艦内にアナウンスが流れる。

    「全隊員に告ぐ。今回の任務は、母艦ユリシーズの護衛である。命を懸けてでも、情報と艦を守り抜き、議会連合のスキャンダルを公表するのだ。しかし、隊員でない方々は、ご自身の他の使命も自覚し、生き延びて帰ってくるように! 以上!」
     ケナンジの通信が終わると同時に、機体が一機ずつカタパルトから出撃していく。
     
    「生きて帰ったら、みんなに一杯おごってくださいよ、ジェタークCEO!」
     メカニックから冷やかされるグエル。
    「ああ、祝杯を挙げよう。トリニダンテ! 発進!」
    「約束ですよ。ルイエ・ルクゾ、アロンザ、出ます!」
     グエルの駆るトリニダンテと、シャディクの乗るアロンザ。どちらも宙域の中へ進んでいく。

    「我々はジェタークCEOとは違うポイントにて迎撃するぞ」
     ドミニコス隊も、グエル、シャディクとは異なる方向へ飛んでいく。
     
    「さ、のんびり構えてようか」
     エランのルブリスは、ユリシーズの周囲に留まり、護衛についた。

  • 67◆6OL1zDTaQO9k23/07/27(木) 21:38:09

    ……

    「十一時方向に敵を確認!」
     最前を飛んでいるベギルペンデから通信が入る。
    「MSの数は……二十? いえ、二十二です!」
     対して、今回出撃したドミニコス隊員はケナンジを含めて五人。ここにグエル、シャディク、エランを含めた八人。相手の数は倍以上であった。
    「多勢に無勢か……まいるねえ、この年でガンダム狩りなんざ」
     コックピット内で一人ぼやくケナンジ。いち早くスラスターを吹かし、デブリの影に潜んだ。

    「領域内に敵機侵入!」
    「了解! アンチドート、展開!」
     フォーメーションを取っていた他のドミニコス隊員も、ルブリスと交戦状態に入った。各機体、アンチドートを展開する。ルブリス達は構わず動き、ライフルを撃ち続ける。
    「ガンビットが使えなければ!」
     隊員達は盾を前にしながら、ライフルを撃ち合う。しかし、すぐに異変に気付く。

    「なんだ!? 赤い軌跡……!?」
     急にルブリス達から、一斉に赤い線が迸る。宙域をすいすいと進んでいく。
    「ガンビットか!? ぶつかれば爆発するぞ!」
    「アンチドートが効かない! スコアを上げたか!」
     何度も曲がる軌道すらも追いかけてくるビットを払うのは難しい。ましてや、その数が五十近くともなれば、なおさら。
    「自分の命も省みないのかよ!? わぁっ!?」
     次々と隊員が被弾していく。ビームライフルで落とした者もいたが、それだけでビットを全て処理できる者はいない。そして、この攻撃の恐ろしい点は、振り切れないことだけではない。

  • 68◆6OL1zDTaQO9k23/07/27(木) 21:39:07

    「コイツ!? 急に出てきて!」
     目の前に現れたルブリスを蹴り飛ばすベギルペンデ。ビットは、本体の同時攻撃が可能である。その脅威が、ドミニコス隊員を窮地に追いやる。
    「ビットなんかに構ってられるかぁ! うわぁっ!?」
     隊員がサーベルを抜いた瞬間、ビットが着弾。衝撃に怯んだ間に、ルブリスの接近を許してしまった。ライフルから伸びるビーム刃が胴体に突き刺さる前に、ルブリスの体が貫かれた。

    「まったく、ウチの隊員もまだ青いねぇ」
     デブリ裏に隠れていたケナンジの機体による狙撃だった。予め、ロングスナイパーライフルを持って来ており、デブリに固定していた。
    「さて、こっから反撃開始と行けるか!」
     彼の方に集まったルブリス達の注目を、他の隊員達も見逃さなかった。一機、また一機とライフルで撃ち落としていく。
    「なぁんだ、みんなやればできんじゃん?」
     弾切れになったスナイパーライフルを捨て、ケナンジのベギルペンデもルブリス達へ突っ込んでいった。

  • 69◆6OL1zDTaQO9k23/07/27(木) 21:39:58

    ……

    「ずるいな、そっちは使い放題か」
     エランも、ルブリス二機と交戦中だった。追いかけてくるビットを、一基、二基とライフルで撃ち落とす。また、ユリシーズからの砲撃が当たり、いくつかのビットも爆発した。

    「これじゃあ埒が明かないな!」
     エランは、追ってくるビットを無視し、敵のルブリスへと狙いを定める。それでも、多数のビットがエラン機の方へと向かってくる。
    「単調なんだよ、さっきから! 胴体と足ばかり狙ってさぁ!」
     そう言いながら、足を上げ、機体を回転させる。ビットがすり抜けていく。軌道の読みを当てながら、ライフルでビームをばら撒く。そのうちの一つが、敵機の肩に当たった。すかさず、エランはビーム刃を出し、敵のルブリスを突き刺した。
    「まずは一機!」

     機体を蹴り飛ばし爆風を避け、もう一機のルブリスへと照準を合わせる。しかし、すぐにエランは気付く。ビットが周りからいなくなっていた。残りのビットとルブリスが、ユリシーズの外壁まで来ていた。すぐさま向かうエラン。こちらへ振り向き撃ってくる敵機を前に、エランは冷静だった。
    「だから、単調なんだよ君達は」
     相手の弾を全て避け、彼の撃つ弾は全て相手の避ける先を読み切っていた。最後のルブリスも、あっさりと撃破してのけた。

    「くぐった修羅場の数が違うのさ。さ、後は休も……うん?」
     ルブリスのレーダーに急接近してくる機体の反応があった。

    「この機体識別は……嘘だろ!?」
     モニターに表示された文字列は『GUND-ARM LEFRITH UR』であった。
    「ソフィのガンダム……なんでまだ残っているんだ!?」

  • 70◆6OL1zDTaQO9k23/07/27(木) 21:41:00

    ……

    「これだけいるのに、当たらねえ!」
     グエルも、多数を相手に手こずっていた。ビームライフルがなかなか当たらない。
    「まだ近くに七機はいるぞ。手を緩めるな」
     シャディクのアロンザは敵の懐まで接近し、ビーム刃で斬り刻んでいく。無数に漂うビットが、トリニダンテとアロンザを執拗に追いかける。

    「グエル、ジャベリンを使え!」
    「ダメだ、極力殺さん! ぐあっ!?」
     ビットが二基が、トリニダンテに着弾した。

    「くそっ! 手加減できる相手じゃないか……!」
     グエルは、補助AIを起動した。肩のビットが外れ、ルブリスのビットへと向かって飛んでいく。ビーム刃を形成しながらぐねぐねと追いかけ、敵のビットを一基ずつ刺していく。
    「今のうちに本体を……!」
     トリニダンテは左腕でサーベルを引き抜く。ライフルを撃ちながら余所見をしているルブリス近づき、すれ違いざまに斬り抜く。さらにもう一機、斬りかかってきた機体の動きを見切り、振り抜く。
    「二機撃破! 残りは四か!?」

     振り向くと、アロンザが三機に囲まれている。放たれたビームやビットに引っ掛かり、脚や肩を被弾している。
    「シャディク! 手を貸す!」
     トリニダンテの肩ビットがアロンザへ急接近していく。そして、ルブリスの腕を斬り落とした。
    「そこだ!」
     アロンザも両腕を振り抜き、二機のルブリスの胴体を両断した。
    「これで最後!」
     グエルもすかさず残る一機を斬り抜いた。
    「シャディク! ドミニコス隊の動きが悪い! 行くぞ!」

  • 71◆6OL1zDTaQO9k23/07/27(木) 21:46:00

    ……

    「残る機数は……ん?」
     突如、ケナンジ機のアラートが鳴る。
    「上?」
     一言呟いた瞬間、大きな衝撃に襲われる。
    「ぐわあああっ!? な、なんだ!?」
     下へ投げ出される衝撃を受けながら、機体上方を見る。そこには、ビームサーベルを突き刺そうと見下ろすガンダムの姿が。

    「隊長をやらせるなぁ!」
     周囲のベギルペンデがケナンジ機の方へ向き、一斉にライフルを放つ。しかし、それらは敵機を貫かない。装甲表面に留まっている。次の瞬間、そのビームの塊は、元来た方へと戻っていった。跳ね返ったのだ。
    「ぐあああ!?」
     ベギルペンデがそれに被弾していく。ガンダムはサーベルを降ろし始める。
    「くそっ! ただじゃやらせねえ!!」
     ケナンジは盾を思い切り上へ投げた。目くらましだ。その裏で左腕にビームサーベルを握り、突き刺す。刺したのだが、信じがたい光景が広がっていた。

    「なにィ!?」
     敵機体の胴体まで明らかに届いているサーベルの刃が、刺さっていない。粒子が装甲を避けるように、分かれて散り散りになっている。
    「コイツ、例の新型か!?」
     ガンダムの翼が、六枚のビットへと分離し、ビームを放とうと光り輝いている。
    『魔女狩り部隊の伝説も、ここで終わりだ』
     知らない声の通信が入る。サーベルを降ろし、六枚のビットが斉射しようとしたその瞬間。

    「うああああああああ!!」
     ガンダムに何かがぶつかった。そして、そのまま押し出していく。ビットのビーム発射が遅れ、ケナンジ機の回避行動が間に合った。
    「白い機体……ジェタークCEOか!」
     宙に残ったビットは、親を追って離れていった。
    「って、棒立ちしてる場合じゃない!」
     ケナンジ機はすぐに体制を戻し、隊員の援護に回った。

  • 72◆6OL1zDTaQO9k23/07/27(木) 21:49:13

    ……

    「キッツイなぁ、あっちの方が性能は上か!」
     そう言いながらも、エランはルブリス・ウルが放つビームの雨を躱していく。
    「議会連合の奴らも悪趣味だな……僕とこの機体を戦わせるとはね!」
     隙間を縫って、近づきながらライフルを撃っていく。しかし、ルブリス・ウルもこまめに動き、なかなか当たらない。

    「ここらが潮時か……見たいものはもう……ぐっ、くぅぅぅ……」
     痺れを切らした彼は、ついにパーメットスコアを上げる。ルブリスはガンビットを展開し、敵へと絡みつかようと動かしていく。ビームを掻い潜り、装甲へとたどり着いたものが次々と爆発していく。しかし、それでも頑強なルブリス・ウルは壊れない。だが、エランも承知の上だった。
    「はあああああ!!」
     ライフルを乱射し、ビーム刃を振り回す。しかし、相手もビームサーベルを振り抜き、斬り払われる。
    「こいつ、さっきまでのより速い!?」
     そう言った瞬間、急に視界が効かなくなった。ガトリングガンを頭部へ投げられたのだ。すぐに見えるようになるも、そこには二本のビームサーベルを抜いて向かってくるルブリス・ウルの姿が。

    「ここまで来たら、やるか死ぬかだな……! いいさ!」
     スコアをさらに上げようとした瞬間。ルブリス・ウルの右腕が光り、千切れていく。

    「やらせんよ!」
     一機のベギルペンデが、サーベルを突き刺す。今度は左手に当たり、サーベルが宙に浮かぶ。
    「今だ!」
     エランは、ルブリス・ウルの胴体上部へビーム刃を突き刺した。爆発はしなかったものの、シェルユニットから光が消え、ルブリス・ウルの動きは止まった。

    「今度は死なせませんでしたよ?」
     通信が入る。ケナンジの声だった。
    「なんだ、意外と根に持ってたんだ」
     ルブリスのシェルユニットから色が抜けていく。
    「助かったよ、ありがとう」
     笑顔で返事するエラン。

    「だが、ジェタークCEOが危ない! 新型と交戦している!」

  • 73二次元好きの匿名さん23/07/27(木) 22:10:37

    5号とケナンジさんのやり取りいいなあ
    それはそれとして、5号の逆鱗一歩手前にあっさり踏み込んでくる議会連合くんがクソ過ぎる

  • 74二次元好きの匿名さん23/07/28(金) 02:23:47

    戦闘読み応えありすぎる!
    おつかれスレ主

  • 75◆6OL1zDTaQO9k23/07/28(金) 08:57:17

    保守兼告知です

    ここまでお読みくださってありがとうございます。
    明日のみ、昼十二時頃と夜九時の二回、投下しようと考えています。
    そして、明日の投下を最後に完結予定です。

  • 76二次元好きの匿名さん23/07/28(金) 15:20:55

    物凄く面白いです。読ませて下さってありがとうございます。

  • 77◆6OL1zDTaQO9k23/07/28(金) 22:53:51

    ……

     グエルは、ベギルペンデに取りついたガンダムを、タックルで押し出した。
    「うわっ!」
     新型ガンダム、ルブリス・イスに蹴られ、押し返される。その直後、ルブリス・イスの体のあちこちが光り始めた。勘を頼りに、敵機から離れるグエル。放たれたのは、何本もの細いビーム砲だ。近くで喰らったら致命傷だったかもしれない。
    「体中がビーム砲か!?」
     トリニダンテは、バックパックからジャベリンを引き抜き、肩ビットを展開する。ルブリス・イスはビットを繋ぎ、機体に戻した。

    『お前達は死ぬべき人間なんだ……!』
    「通信!? 解放回線!?」

    『パーメットスコア、シックス!』
     ルブリス・イスのシェルユニットが青く輝き始めた。飛ばしていた肩ビットが退き返し、グエルに向かって飛んでくる。制御を奪われてしまった。
    「オーバーライドか! ジャベリン手放せねえ!!」
     ビーム刃を形成し、肩ビットはトリニダンテを斬りに行く。ジャベリンでいなしていくが、ルブリス・イスのビットのビーム砲も飛んでくる。刺されるのは時間の問題だ。
    『はあ、はあ、はあ、はあ、落ちろ罪人!』
    「死んでたまるかぁ!」
     しかし、健闘虚しく、ジャベリンの間を肩ビットがすり抜ける。
    「しまっ」
     トリニダンテのコックピットにビーム刃が刺さると思ったその時。ビットはビームに押し出される。その隙に、グエルは距離を取った。
    「グエル、大丈夫か!?」
    「シャディク!?」
     アロンザが下方から向かってきていた。瞬間、グエルの脳裏に最悪のシナリオが浮かぶ。
    「待て! 奴に近づけば、オーバーライドされる! 来るな!」

     シャディクの体もGUND義体というべき状態である。これがデータストームを受けオーバーライドされれば、シャディクの体が動かなくなってしまう。それを端的に伝えたつもりだった。

     しかし、シャディクは構わず突っ込んでいく。ルブリス・イスも、ビームサーベルを構え、トリニダンテの肩ビットをアロンザへと飛ばしていく。
    「シャディィィィク!!」

  • 78◆6OL1zDTaQO9k23/07/28(金) 22:57:10

    「――――ジーグギフト、展開」
     突如、アロンザを中心にデータストームが押し退けられていく。肩ビットの動きも止まり、トリニダンテの方へと戻っていく。
    『なんだ!? オーバーライドできない!?』
     硬直しているルブリス・イスへ、アロンザがビーム刃を振り抜く。弾かれてしまうも、胴体を蹴って距離を取った。

    「ビットの制御が戻った!? シャディクがやったのか!?」
    「ジーグギフト、次世代型のアンチドートさ」

     フェルシーが機体解説の際に割愛していた、グラスレーの新技術。それが『ジーグギフト』である。アンチドートは無人機を止めるために作られた経緯があり、当時GUND-ARMも存在していなかったため高スコアへの対応はできず、対ガンダムの機能としては力不足であった。そこで、高スコア下のガンビットの無効化を目指し開発が進められたのが、このジーグギフトである。
     このシステムも未完成であり、アロンザに搭載されたものも期待されたほどの性能はない。しかし、パーメットスコア上昇に伴うデータスト―ム、それによる周辺機器のオーバーライドへの耐性を得ることはできた。

     つまるところ、アロンザに近い空間では、ガンダムは他の機器をオーバーライドできない。

    「攻め手を緩めるな、グエル!」
    「ああ!」
     すぐにルブリス・イスへ接近し、トリニダンテは二本のジャベリンで斬りかかる。読まれやすい動きであったため、あっさりと避けられ、蹴り返されてしまう。ビームサーベルを胴体に向かって振り抜かれるが、ジャベリンの刃先を突きつけ、鍔迫り合いに持ち込む。
    「避けるんだな、ジャベリンは!」
     その間に、トリニダンテの肩ビットを外す。三手に分かれ、追い詰める作戦に出た。ルブリス・イスは斬り払い、翼のビットを分離。トリニダンテの肩ビットと撃ち合わせる。

    『ノイエスが言っていた……グエル・ジェターク、お前は死すべき人間だと』
    「なんだ!? 死すべき人間!?」
    『だから俺が殺す。お前を殺して断罪するのさ!』
    「なぜ、お前が殺す!? こんなことをする必要はない!」
    『はあ、俺は苦しんだんだ……苦しんだ末に希望を手にした! ノイエスは褒美に罪人を裁く権利をくれたんだ! はあ、はあ、だから俺だけは、人を殺す権利がある!』

  • 79◆6OL1zDTaQO9k23/07/28(金) 22:58:50

     ルブリス・イスのビットが宙に広がり、二つの三角形を描く。先程よりも強い輝きで、光り輝いていく。
    『あの人は世界を憂いている! こんな俺にも地獄だけじゃなく、希望を見せてくれた!』
    「なんだ!?」

     グエルはその場を急いで離れた。直後、ビットからビームが放たれる。しかし、その規模はすさまじいものであった。MSのサイズを超えていたのだ。戦艦の主砲すらも凌ぐ威力だろう。直撃したら、恐らく一撃も耐えられない。

    『地獄を知らぬ罪人がぁ! 落ちろぉぉぉぉ!』
     グエルは視線を正面に戻すと、ルブリス・イスがビームライフルを連射しながら突進してきていた。
    「しまった!」

     直撃は避けられないと思ったその瞬間、トリニダンテの肩ビット、そして背面装着のビットが機体前方に展開する。ライフルの弾を防ぎ切った。

    「大丈夫か、グエル!?」
    「ああ、だが奴のビットに気を付けろ! 喰らったら終わりだ!」
    「わかっている」

     アロンザもライフルを撃ちながら、ルブリス・イスへと向かっていく。しかし、その弾も敵の装甲を貫けない。それどころか、ビットに当たったものは跳ね返ってきた。

    「ビームライフルを跳ね返すか……」
    『シャディク・ゼネリ! なぜだ!? なぜお前も敵になる!? 俺と同じアーシアンが、なぜ!?』
    「地球のためだからだ。何も知らず、不幸を嘆いているお前とは違う」
    『不幸だと……!? 俺はアーシアンの代弁者だ! お前こそ罪人、地球の敵だぁ!!』

     再び、体中からビームが放たれる。アロンザは盾を斜めにして受け流し、ビーム刃を突き返す。しかし、またしても刃を弾かれ、アロンザは身を引いた。

  • 80◆6OL1zDTaQO9k23/07/28(金) 23:01:51

    『はあ、はあ、お前達は、殺されて当然だぁ!!』
     宙を舞うビットから、ビームが乱射される。
    「くっ!?」
     途中、アロンザの肩先がビームに触れる。一瞬だったが、被弾した部分は溶けて穴になっていた。ビームの一本一本が、単体でも充分な威力を誇っている。
    『苦しみを持たぬ罪人どもがああああ!!』
     ビームを放ちながら、ルブリス・イスはグエルへと詰め寄る

    「お前のような子どもを、救うべきなんだろうな。だが今は!」
    『だまれええええ!!』
     ビームの雨は止まない。トリニダンテの爪先にも着弾し、溶けていく。

    「お前を止めなければ、もっと多くの人が犠牲になる!!」
     グエルはジャベリンを振り、二つのビットに叩きつける。

    「自分の世界しか見ていないお前などには負けん……!」
     シャディクもビーム刃を振ってビットを押し返す。そして、アロンザとトリニダンテの二機でルブリス・イスの胴体を思い切り蹴った。

    『ぐあああああっ!?』
     ルブリス・イスは体勢を崩し吹っ飛ぶが、周囲に散ったビットがすぐに集まり、再びビームを乱射する。

    「このままでは、突破口を見つける前に潰されるな!」
     シャディクも焦っていた。MSの戦闘において、ここまで死に近づいたのは初めてだった。
    「せめて、あのビームを弱められれば……」
     グエルはそう呟くと、ふと思い出したことがあった。

     グエルが学生だった頃の、アスティカシア学園でのエアリアルとの決闘。二回目はダリルバルデに乗っての挑戦であった。他の人間に邪魔されたくないと思っていた戦いであったが、その思いとは裏腹に妨害が入ってしまう。スプリンクラーの起動だ。あれを受けて、エアリアルのビーム射撃は全て届かなくなってしまったのだ。

  • 81◆6OL1zDTaQO9k23/07/28(金) 23:03:54

    「シャディク! 消火弾だ!」
     グエルが声を上げる。
    「消火弾だと!?」
    「撒くんだよ! ビームを弱める!」
     そう伝えるのと同時に、トリニダンテはマニピュレータから消火弾をばら撒いた。
    「わかった!」
     アロンザもばら撒き始めた。近場の宙域には、水の泡のような消火剤がいくつも浮かんだ

     ビームは何もない空中や真空を通ればそのままの威力で相手に届く。しかし、何かしらの液体を通せば、粒子が拡散していき弱まる。消火弾は液体状の薬剤を入れているため、これを通るビームの威力は弱まると踏んだのだ。

     ばら撒いた後、ビットからビーム砲が乱射される。しかし、消火剤を通った弾は、目に見えて細く、弱くなっていた。
    『貴様ら、一体何をした!?』
    「教える義理はないな!」

     ルブリス・イスへと近づいたアロンザは、今度は蹴りをお見舞いする。横へ、上へ、踵を落として下へ、色んな方向へ揺さぶるよう蹴る。しかし、すぐにその足を掴まれた。

    『とらえたぁ! 罪深き者!!』
    「お前はわかっていない……本当の地獄とは何か」
     アロンザの右腕からビーム刃が形成される。
    「自分一人では何も成し得ない無力感が……そして」
     シャディクは、ルブリス・イスの頭部に向かって刃を突き刺そうとする。しかし、やはり頭部にもビーム刃は通らない。

    「誰かを道連れにしてしまう葛藤と恐怖が!」
     周囲のビットがアロンザを囲んでいく。間一髪のその時、アロンザの右腕は相手の頭部を殴り抜いた。瞬間、ビットの動きが止まる。その隙に、シャディクは胴体を蹴り飛ばし、相手の拘束を逃れた。

  • 82◆6OL1zDTaQO9k23/07/28(金) 23:05:23

    『何も見えない!? 貴様、なにをしたぁぁぁぁ!!!』
     ビットが辺り一面にビームを乱射していく。明後日の方向へ放たれていくビームに当たる者はいなかった。頭部への衝撃で、ルブリス・イスのセンサーは一時的に機能不全になっていた。
    「グエル! 今のうちだ!」
     トリニダンテは、二本のジャベリンを投げつける。各槍のスラスターが展開し、さらにスピードを増して、ルブリス・イス胴体の一点に刃を突き立てた。
    「はああああ!」
     そこに、アロンザは左腕でビームサーベルを突き立てる。そして、右腕で思い切り殴りつけた。仰け反るルブリス・イス。胴体部分に、ヒビが入っていた。

    「シャディク! 今のヒビだ! あそこに攻撃を集中させれば!」
     シャディクも、アロンザの両腕を胴体のヒビに向かって撃ち出す。両方ともヒットし、ヒビが広がっていく。

    『見つけたぞ……!!』
     敵の声が響く。センサーが復旧した。
    『絶対に許さん、貴様らは!』
     叫びながら、ビットを翼状に戻そうとする。しかし、アタッチメントが噛み合わない。
    『なんだ、今度は!?』
     ビット同士の隙間に、トリニダンテのジャベリンと肩ビットが挟まっていた。
    「今だ!」

     トリニダンテが接近し、胴体へビームサーベルを突き立てた。サーベルの刃は弾かれたが、ルブリス・イスの胴体から何かが剥がれる。

    「まさか、パーメット塗料……!? なら!」
     傷から見えた胴体の白い部分。ここへはビームも通るはずだ。グエルがそこへとサーベルを刺そうとしたその時、声が聞こえた。

    「グエル! 離れろ!」
     エランだ。彼の声に従い後ろへ下がるトリニダンテ。直後、目の前を通り抜けるビーム。彼のおかげで避けることができた。さらに、そこへ青緑の楕円形コンテナが降ってくる。

  • 83◆6OL1zDTaQO9k23/07/28(金) 23:08:06

    「ビームは耐えられても、爆発の衝撃は防げまい!」
     上から放たれたライフル弾を突き刺す。コンテナは大爆発を起こし、ルブリス・イスは大きく仰け反る。その胴体部分の塗装は完全に剥がれ落ち、白い装甲が剥き出しになった。コンテナの正体は、ルブリスのビットを格納していたバックパックだった。
    「後は頼んだ!」
     エランが言った直後、彼のルブリスはビームに撃たれ、手足を焼き切られた。

    「うおおおおお!」
     グエルがルブリス・イスへ近づいた瞬間、トリニダンテの機体は三つに引き裂かれた。ルブリス・イスの六枚ビットから、ビームの刃が出ている。それが、トリニダンテの右腕と下半身を斬り裂いて分断した。

    『次は貴様だ、シャディク!!』
     トリニダンテの胴体を平手で押し退け、両腕の無いアロンザへと突進するルブリス・イス。

    『これで! 俺の!! 勝ちだぁぁぁ!!』
     真っ直ぐ前に向けたビームサーベルは、アロンザの胴体に刺さりそうではあったが、そのすぐ横をすり抜けた。機体同士が密着する。

    「お前の負けだ」
     アロンザの膝からビームの刃が伸び、ルブリス・イスの胴体を貫いた。刃は、膝の内側にあったビームサーベルの柄から出ていた。その数秒後、翼を広げた悪魔は炎の中に散っていった。



    「ぐ……ぁ……シャ、ディク……どうな、った……?」
     トリニダンテから通信が入る。損傷は激しかったが、コックピットや操縦系は生きているようだ。
    「グエル。俺達の勝ちだ。ガンダムはいなくなった」
    「そう……か……よかっ……」
     アロンザは、トリニダンテの胴体を抱え、ユリシーズへと戻っていく。

    「敵MS部隊、全機沈黙! 作戦終了! ケナンジ隊長! 我々の勝利です!」 
    「そうか……生き抜いたんだな、俺達は……」
     ルブリス・イスは、アロンザにより撃沈。残ったルブリス量産タイプも、ドミニコス隊員が全て撃破していた。

    「帰ろう、グエル。お前のあるべき場所へ」

  • 84◆6OL1zDTaQO9k23/07/28(金) 23:13:49

    ………… 

    「いやはや、化け物のような機体でしたなぁ。全員生存しているのが奇跡的だ」
    「ですね。ホントに死ぬかと思いましたよ」
     ユリシーズのブリッジにて、ケナンジもグエルも上機嫌だった。あの戦いにて、ドミニコス隊の死者はいなかったのだ。ベギルペンデも五機とも損傷はしているが、大破したものは一つもなかった。
    「いやいや、ご謙遜を! あの機体を攻略したのはあなたじゃないですか、ジェタークCEO!」
     ケナンジに肩を叩かれるグエル。
    「しかし、勝ったのはいいが、この後どうするんだ?」
     エランがケナンジに聞く。
    「どうするかはCEO次第ですが、まずは近場のフロントに立ち寄る。そこでマスメディアを通して議会連合のガンダム関係者の名簿を発表。シャディク・ゼネリを匿っている件についてもそこで言及。といったところですかね?」
    「はい。ケナンジさんの言う通りにやろうと思っています」
    「でしょうね。本社まで戻るとなればユリシーズでも三日はかかりますからね。議会の奴らに先を越されちゃあマズいですから。ところでCEO、シャディク・ゼネリはどちらへ?」
    「あれ? さっきまでドックにいたはずだが、まだ来てないのか?」
    「様子、見てきましょうか?」
    「いえ、俺が行きます」
     グエルはブリッジを出た。

    「まだここにいたのか」
     MSドックにシャディクは一人、アロンザを整備をしていた。
    「ああ。こいつには世話になったからな」
    「本社に戻れば予備パーツもある。今は休め」
    「そうか」
     シャディクは作業を中断する。
    「ブリッジで皆が待ってるぞ、英雄」
    「英雄はお前だろ、ジェタークCEO」
     それを聞いたグエルは、ふっ、と笑う。
    「なんかお前、人間っぽくなったな」
    「そうか?」
     シャディクは、胸の内にざわめきを覚えた。

  • 85二次元好きの匿名さん23/07/29(土) 07:27:51

    ああ〜すっごい良い…

  • 86◆6OL1zDTaQO9k23/07/29(土) 12:00:00

    …………

    「CEO、お時間です」
     ケナンジに促され、グエルは演台に上がる。
    『今、見えました。ジェターク・ヘビー・マシーナリーの代表取締役、グエル・ジェターク氏です』

     フロントに着くとすぐに、グエルは会見を開くと通達していた。予定の時間には、山ほどマスコミが集まっていた。

    「ジェタークCEOの、グエル・ジェタークです。お集まりいただきありがとうございます。本日の会見では、二つほど、皆さんに公表したいことがあります」
     カメラのフラッシュがあちこちで焚かれる。深く深呼吸し、グエルは口を開いていく。
    「まずは、議会連合の議員から出た情報、『シャディク・ゼネリ』が当社にいるということについてですが」

    「これは全くの嘘でございます」
     パシャパシャと、フラッシュの勢いが増す。
    「議員の方が提示されていた写真の人物は、シャディク・ゼネリではありません。こちらへ」
     グエルが小さく手招きすると、脇からシャディクが現れた。
    「彼が、写真に写っていた人物、ルイエ・ルクゾです」

    「彼の容姿がシャディク・ゼネリに酷似していることは認めます。しかし、その見た目からも察せられる通り、彼の年齢は二十一。シャディク・ゼネリが生きていた場合の年齢とは異なります。彼は、私が地球へ訪問した際に出会いました。訪問地域で戦闘が始まり、お互いにそこから避難した身でした。彼は職も身寄りもないと言い、私に悩みを打ち明けてくれたのです。それを聞いた私が、その場でスカウトしたという経緯があります」

     会場はさらにざわついた。恐らく、この発言を疑っているのだろう。
     しかし、それもグエルの想定通りだ。

  • 87◆6OL1zDTaQO9k23/07/29(土) 12:00:16

    「これが一つ目の公表です。二つ目の公表ですが、宇宙議会連合のスキャンダルを入手しました。こちらをご覧ください」

     グエルは、背面のスクリーンにいくつかの写真を映し出す。そこには、量産タイプのルブリスや、リプリチャイルドの培養室、パイロットとして実験に使われたアーシアンの写真、そのリストが表示されていた。
    「これらは、昨日ドミニコス隊が入手した写真です。フロント・アウセンの小惑星基部に、禁止兵器GUND-ARMの研究施設がありました。ジェターク社はその確たる証拠品として、製造されたガンダムの一機を保管しています。その座標データを追っていただければ、施設にたどり着けるかと思います」
     ユリシーズ内のルブリスの写真を表示した。

    「そして、こちらも研究施設内のデータから出てきたものです」
     ガンダム研究に関わった宇宙議会連合議員の名簿を表示する。会場は一気にどよめく。
    「ここに記されている者は、今回の施設と関係している議会連合の議員です。ここには、前議長ノイエス・ゲイターをはじめとする、何十人もの議員の名が連なっております」
     今日一番の勢いで、フラッシュが焚かれる。議会連合とジェターク社、どちらに信用があるのか、決定づけるように。

    「企業連合を代表して……いえ、一人の人間として言わせていただきたい。このような非人道的な活動を裏で行っていた議会が、どうして政治組織として信用できるのかと? 少なくとも、この名簿上の人物に関しては、実権を持たせるべきではないと! 思う所存であります」
     感情を抑えるため、今一度、グエルは深呼吸をする。

    「今この場で! 宣言する! 我々ジェターク・ヘビー・マシーナリーは、この名簿に記された宇宙議会連合議員、全員の辞任、議席の剥奪を要求する!」

  • 88◆6OL1zDTaQO9k23/07/29(土) 12:06:55

    …………

    「素晴らしい演説だったな、グエル」
     会見後、会場の廊下を歩きながら、シャディクは話しかける。
    「後は、世の中がどちらに味方するか、だな」
     グエルは険しい顔をしている。
    「俺達は地球の支援を優先している。宇宙の人間には反感を持たれているだろう」
    「そうでもないさ。お前は、万人に好かれているよ」
     シャディクは目を細めて微笑む。
    「議会連合解散までは時間の問題だ。俺の役目もここまでだろう」
    「……? シャディク?」
    「もとよりそういう約束だろ? 議会連合を潰せれば、俺の目的は達成される」
    「いや、まだだ。まだ議会連合は解散するとは決まっていない」
     シャディクは目を見開き、グエルを見る。
    「…………そうか。じゃあ、もう少しだけここに居よう」


    …………


     一カ月後。ジェターク社の会見後、初めての宇宙議会が開かれた。本社にて、議会中継を見ていたグエルとシャディク。
    『グエル・ジェターク氏の会見以降、ガンダム研究に関与していた者の議席を剥奪せよという声が、あちこちで散見されています。これについて、議会における議席の剥奪を実行する流れとなったことを報告いたします』

     グエルの訴えは世の人の意識を動かし、議会連合への不信感を煽った。無論、全人類がそうであったわけではない。シャディク・ゼネリを匿うジェターク社の陰謀だとする者もいた。しかし、宇宙、地球の双方において、ジェターク社の味方をする勢力が多かった。

    『しかし、議会連合における彼らの割合は、全議員の三割に満たないものであり、法に則り議会連合は解散の義務は無し。討議の結果、引き続き政府機関として存続することとなります。これにて本日の議題を終了いたします』

     裏でガンダム研究と関わった議員の人数は、それほど多くなかった。タカ派の人間全てが関わっていたわけではなかったのだ。ただ、倫理的に問題のある世間からの反感を得られれば、解散も余儀なくされるだろう、というのが前向きな見立てだった。
     だが、結果的には、後ろ向きな見立てが的中した。議会連合は解散しない。膿の一部を出すだけで終わった。

  • 89◆6OL1zDTaQO9k23/07/29(土) 12:07:59

    「解散、とまではいかなかったか」
     グエルは顔をしかめる。
    「残念だ。スキャンダルだけでは、議会の信用は落ちないか」
     シャディクはうつむき、部屋を出ていった。
    「おい、ルイエ!」
     グエルもすぐにその後を追う。



    「ルイエ! 待て!」
     走っていくシャディクを追っていると、MSドックにたどり着いた。シャディクは、アロンザのコックピットへ乗り込んでいる。
    「ルイエ! 何をするつもりだ!?」
    「議会連合が解散しないのなら、この手で壊す!」
    「そんなことをしてどうする!? お前はまた犯罪者になるぞ!!」
    「やはり体制を変えるのは力だ! アロンザで議会連合を襲撃し、解散せざるを得ない状況を作る!」
    「おい、ルイエ!!」
     しかし、生身のグエルがMSにできることはなく、アロンザは出ていってしまった。

    「グエル先輩、今のシャディク先輩っすか!?」
     偶然、同じドックにいたフェルシー。
    「そうだ! 議会連合を直接攻撃する! 帰らない気だ!」
     グエルも端的に伝える。
    「わかりました! 私が行きます!」
     フェルシーはトリニダンテのコックピットに乗る。
    「待てフェルシー! トリニダンテは今、ビットが無い!」
    「待てないっすよ! フェルシー・ロロ出ます!」
     グエルの言うことを無視し、トリニダンテも発進した。

  • 90◆6OL1zDTaQO9k23/07/29(土) 12:08:54

    「このまま月面周辺に同胞を集めれば……」
     月へ向けて進んでいくシャディク。しかし、フロントからまださほど離れていない宙域にて、すぐにレーダーが反応する。
    「白い機体……トリニダンテ、グエルか」
     アロンザは向きを変え、臨戦態勢を取った。通信が入る。

    「シャディク先輩!! 帰ってきてください!」
    「なにっ!? グエルじゃない!?」
     声の主は、グエルではなくフェルシーだった。

    「先輩、議会連合を攻撃するんすか! ダメっすよ、そんなことしちゃ!」
    「止めるな、フェルシー! いずれ誰かがやらねばならないこと! いや、誰かがやることだ!」
     そう言いながら、ライフルの銃口をトリニダンテへと向けるシャディク。
    「これ以上近づくなら撃つ!」
     シャディクはフェルシーに言い放つ。
    「撃つなら撃ってもいい! でも、私は止まらないっすよ!」
     左手をこちらへと差し伸ばしながら、近づいてくるトリニダンテ。その白い姿を見た時、シャディクはあの機体を連想していた。

    「ミカエリス……?」

     意図せず呟いてしまった。なぜそう思ったのかはわからなかった。だが、ふと学園の頃の記憶が蘇る。ホルダー制度がまだあり、決闘でミオリネを賭けてガンダムと戦った時のこと。勝たなくて良かった、勝たない方が良かった一戦だったはずが、思わず勝ちたいと望んでしまったこと。ミカエリスのコックピットに乗り込んだ時の、表には出さなかった高揚感。一人怒りで戦ってきた中に、違う感情が混在していた。しかし、なぜ今になってこんなことを思い出すのだろうか。あの頃の日々など、ただの遊びではないか。シャディクは、己の心を押し留めた。

    「くっ……警告はしたぞ!」
     シャディクは力みながら引き金を引く。アロンザはビームライフルを撃ち始める。
    「うわあああああ!!」
     トリニダンテは回避するも、避けきれず被弾した。足、肩、胴体、次々と当たっていく。しかし、スラスターを畳む気はないらしく、そのままのスピードでアロンザへと向かっていく。

    「な、なぜだ!? なぜお前がそこまでする!?」
     アロンザの手が止まる。迫りくるフェルシーに対し、シャディクは敵意ではなく疑問や恐怖を抱いていた。

  • 91◆6OL1zDTaQO9k23/07/29(土) 12:09:50

    「決まってるっす! シャディク先輩に生きていて欲しいからです!!」
    「なっ、なんだと……!?」
     予想外の答えに驚き、硬直しているシャディク。

    『生きていて欲しい』。なんて言葉を、今までかけられたことがあっただろうか。

     シャディクはこの言葉に光を感じた。

     しかし、同時に沸き起こる闇。今までの人生、地球での日々、人々の期待。一人の人間が背覆うには、積み上げた物が重過ぎた。それが一気に噴出する。

    「お前に……お前に何がわかる!? ただジェタークの人間として生きてるだけのお前に、俺のなにが!!?」
     怒りとして表出したシャディク。その言葉に対し、フェルシーは叫んだ。

    「わかんないっすよ!! グエル先輩も、シャディク先輩も! みんな話してくれないんですから!! なんでみんなして一人で抱えてるんすかぁ!?」

     『話してくれない』……またしても驚かされ、シャディクは怯んでしまう。

    「シャディク先輩は! シャディク先輩はなんでこんなことするんすか……?」
     フェルシーはしおらしく聞いてくる。勢いに押され、シャディクも答える。
    「誰かがやらねばならないことだ。俺は地球の民を解放したい」
     不思議と、そう答えた時に彼は冷静だった。
    「でも、そうだとしても、シャディク先輩が議会を攻撃すれば! また捕まっちゃうじゃないっすか!」
    「ああ。だが、それが一番だ。一度は犯罪者となった身。今さら何をしようと死で償うだけだ!」
    「そんなのダメです!!」
     フェルシーは、泣き出しそうにも聞こえる声で叫ぶ。
    「シャディク先輩は、これから長生きするんすよ!! ジェターク社の一員として、長く働いて、幸せな時間を過ごすんですよ!!」

  • 92◆6OL1zDTaQO9k23/07/29(土) 12:10:56

    「な、なんでそんなことをお前が……?」
     あまりに叫ぶ彼女に、シャディクは困惑していた。

    「シャディク先輩は、つらい思いをし過ぎっす! もっと、普通の生き方をして欲しいんですよ……!」
    「普通の、生き方だと……?」
    「そうっす! 普通に働いて、普通に遊んで! それから、おいしいもの食べて、みんなで苦労して! そうやって生きるべきです!」

     普通に働いて、普通に遊んで。
     昔は、そんな言葉すら知らなかった。

     しかし、今は知っている。
     学園生活を生きて。生き返って、ジェターク社に雇われて。

     だが、その幸せを、かつては拒絶した。使命と理想のために。

    「そんなことは、俺の……俺の望んだことじゃない!」
    「シャディク先輩が望んでなくても、私が望んでるんです! グエル先輩も、他のジェタークのみんなも、同じ気持ちですよ!!」

     トリニダンテの手が、アロンザに届いた。

     どんな言葉を投げても、こちらに投げ返してくる彼女。次第に、どう言えば諦めてもらえるかわからなくなり、どうしようもなくなり、けれど、それ自体を望んでいたような感覚もあり。シャディクは抵抗をやめた。

    「帰りましょう? シャディク先輩!」
     トリニダンテがアロンザの手を引き、フロントの方角へと戻っていく。

  • 93◆6OL1zDTaQO9k23/07/29(土) 12:11:46

    「やけに熱弁するじゃないか、フェルシー」
     ふと、他から通信が入る。グエルの声だ。
    「えっ!? グエル先輩!? いつから聞いてたんすかぁ!?」
    「最初からだ。お前が解放回線で通信してたんだろうが」
    「あっ! そ、それは……ぬあーっ!! なんでいっつも締まらないんすか私はぁ!?」
     頭を抱え悶えるフェルシー。

    「とにかく、ルイエも戻ってこい。お前に伝えたいことがある」
     グエルの言葉を聞き、うっすらと笑みを浮かべるシャディク。その顔は、幸せを味わっているようにも、何かを諦めたようにも見えた。

    「……わかった。帰るよ」 

    ……

    「ルイエ・ルクゾ。お前に一つ命令する」

     グエルに連れられ、シャディクは社長室に戻されていた。そのグエルに人差し指を向けられた。

    「お前はもう充分頑張った! だから、何もするな!」

    「な、何もするな……?」
     突然の命令の困惑するシャディク。
    「そうだ。後は、お前以外の人を信じろ」
    「何かしなければ世の中は変わらんと、思い知らされたばかりだろう!?」
     議会連合が解散にならなかったことを思い出し、反論するシャディク。
    「大丈夫だ、手は打ってある」
     安心させるように、グエルは笑顔になる。
    「議会連合の解散はできないが、この状況を解決し得る一手だ」

  • 94二次元好きの匿名さん23/07/29(土) 12:54:57

    フェルシーさん好き…
    グエルとシャディクが友人になれる道もあったのかなと思うと泣ける

  • 95◆6OL1zDTaQO9k23/07/29(土) 21:00:00

    …………

     翌日の終業後。シャディクは再び社長室に呼び出された。
    「急で悪いが、これを見ろ」
    「なんだ? ……会見の動画? 企業連合の?」
     グエルが見せてくる端末の画面を覗く。映像内の会見会場には、ジェターク社の時より多くの記者が集まっている。やがて、演台に上る人物が現れた。

    「あ……あぁ……」
     その姿を見て、シャディクは震えていた。

    『お集まりいただきありがとうございます。株式会社ガンダム代表取締役、企業連合理事のミオリネ・レンブランです』

     演台に上がった人物は、ミオリネだった。

    『本日ご報告させていただくことは二つあります。先のジェターク社の公表を受け、議会連合の対処がありました。三割に満たない数の議員が席を外されたことになりますが、このまま存続することが決定しました。しかし、世論では、宇宙議会連合への不信感が募っていることもあり、新たな暴動の火種となることを、宇宙の方々も不安視している状況にあります』

    『そこで、私達の方から提案させていただきたいことがあります。地球にも、独立した政府機関を設立したいのです。既に、政府機関設立を訴える署名活動は済ませてあり、議会連合はこの議題を討議する義務があります』
     ミオリネは、何万人もの名前が載っていた紙を記者たちへ提示した。
    「独立した政府機関だと……? そんなもの、急に認められるはずが……」
     シャディクは、動揺していた。諦観と期待が、彼の心に渦巻いていた。

    『もう一つのご報告としまして、企業連合理事で話し合い、私達の総利益の半分を予算として地球に譲渡したいと考えています』
    「総資産の半分を、譲渡!? なにを考えてる、ミオリネ……?」
    十年前も、ベネリットグループは全資産を地球へ売り渡したが、それは議会連合からの攻撃を止めるためでもあった。しかし、今度は違う。危機的状況にないのにも関わらず、資産を渡すと彼女は言っている。

    『それをどのように使うかは、地球の方々で話し合って決めていただきたいのです。政府設立のための費用としてもお使いいただきたいと思っていますが、地球に住む方々へ委ねたいと思います』

  • 96◆6OL1zDTaQO9k23/07/29(土) 21:01:09

    『改めて、議会連合には地球の政府機関設立を訴えかけることを宣言します。これにて会見を終了とさせていただきます』
     ミオリネが退場し、動画が終わった。

    「無茶苦茶なことをするね、彼女は」
     会見を見終えたシャディクは、笑みを浮かべていた。
    「既にいくつかのスポンサーには打ち切られてしまった。が、株主にも概ね賛同が得られたのは本当によかった」
    「下地は着々と作っていたわけか」
    「地球への理解を深めるのに、これだけかかったがな」
     シャディクは目を瞑り、頭を下げる。
    「すまなかった、グエル。お前達を信じることにするよ」
     そう言った彼は、どこか悲しげに見えた。

    「これで俺の計画は終了。用済みだ。お別れだな、グエル」

  • 97◆6OL1zDTaQO9k23/07/29(土) 21:01:21

     部屋を出ようとする彼に、グエルは言う。
    「ルイエ、お前はうちの社員だ」
     それを聞いたシャディクは足を止めた。
    「ん? ああ、そうだったな。だが、それももう終わりだ」
    「いや、終わらない。お前はまだ、ルイエ・ルクゾだ」
     グエルの発言に、シャディクも顔をしかめる。
    「どういう意味だ?」
    「お前はもう、シャディク・ゼネリじゃない」

    「誰かのため、何かのために、その名前を背負う生き方はもうするな」
    「なんだと?」
    「お前はもう、一人の人間だ。ルイエ・ルクゾ、ただの青年として生きろ」
     ルイエは、目を丸くしていた。

    「お前は、いや俺もか。お互い、一人の人間としては背負い過ぎたんだ。せっかく生き返っても、また背負おうとしている」

    「そんな生き方は、もう必要ない。お前はお前として、幸せになればいい」
     グエルは優しく笑みを向けるが、ルイエはまだ困惑していた。
    「しかし、俺は……」
     戸惑う彼に、グエルは提案する。
    「お前に会わせたい人がいる。来週、地球に降りるぞ」

  • 98◆6OL1zDTaQO9k23/07/29(土) 21:03:32

    …………

    「ここだ」
     グエルとシャディクは、地球のクイン・ハーバー近くにある、小さな建物に来ていた。
    「グエル、会わせたい人って、誰なんだ?」
    「すぐにわかるさ」
     そう言ったのと同時に、小屋の扉が開く。
    「シャディク、ずっとあなたを待っていたよ」
    「えっ……君は」
     出てきたのは、よく知る紫色の髪と、鋭い目付きの女性だった。

    「おかえり、シャディク」
    「サビーナ……!」

     思わず、彼女の腕を掴むルイエ。彼女も、彼に掴み返した。
    「生きて、いるんだな、サビーナ」
    「ああ。シャディクの方こそ、よく生き返ったな」
     穏やかな笑みを浮かべる彼女。
    「イリーシャやレネ達は?」
    「今は休暇を楽しんでいる。夜までには戻ってくるが、その前に」
     サビーナは扉の奥をへとルイエを連れていく。小屋の中にいたのは、またしてもよく知る人物だった。

  • 99◆6OL1zDTaQO9k23/07/29(土) 21:04:23

    「えっ……シャディ、ク……」

     綺麗な白い髪を揺らし、目を見開く彼女に、ルイエも思わず震えていた。平静を装って話を始める。

    「やあ。久しぶりだね。ミオリネ」
    「あぁ…………!」

     その言葉を聞き、ミオリネは涙を流した。

    「ごめんなさい……! 私、あなたのために、何も、できなくて…………!」
    「わかってるよ、ミオリネ。君が色々と話を付けてくれたのは。おかげで少し、寿命が伸びた。それに、君の会社の技術が、俺を生き返らせてくれた」

     泣いている彼女を見て、胸をくすぐられたような感覚が走り、笑みがこぼれる。

    「ありがとう、ミオリネ。俺を助けてくれて」
    「うん……! ごめん、ごめんなさい……!」

  • 100◆6OL1zDTaQO9k23/07/29(土) 21:05:08



    「あっ! グエルさ~ん!」
    「えっ!? ホントだ、おーい、グエル!」
     小屋の外にいたグエルへ駆け寄ってきたのは、赤髪の女性と金髪の青年だった。
    「久しぶりだな、スレッタ、セド」

    「議会連合のこと、聞きましたよ。大変なことになりましたね」
    「そうだよ! 議会連合に喧嘩売ってさ!」
    「ああ、色々あったよ。ガンダムとの戦闘で死にかけた」
    「えぇっ!? 戦ったんですか!?」
    「まあな。色々あってさ」
     ジェターク社の近況は、地球の人間にも知れ渡っていたようだ。
    「セドも学校の先生になるんだってな?」
    「そう! 今はスレッタさんの手伝いしてるんだ! 最近のガキどもはエネルギッシュで疲れるんだよな~」
    「あはは! 頼りになる先生ですよ!」
    「そうか」
     グエルも、彼らの現状を聞いて嬉しくなった。
    「じゃあ俺、そろそろ帰ります! 俺がいない方が仲良くやれていいだろうし! ニッシシ!」
    「あっこら! もう、からかって~」
     そう言いながら、笑みを浮かべるスレッタ。セドは走って帰っていった。グエルとスレッタは、二人きりになった。

    「…………なあ、スレッタ」
    「なんでしょう?」

  • 101◆6OL1zDTaQO9k23/07/29(土) 21:05:42

    「俺達のやったことは正しかったのかな……」
    「どうしてですか?」
    「議会連合は解散されず、地球での政府組織も設立できるかわからない。その上、今回の出来事でガンダムのパイロットは何人か殺してしまった」
    「それは仕方ないですよ。一人でどうこうできる問題じゃありません」
    「それに、自分の社員の幸せより、政治を優先したんだ。社長としては失格だよな……って」
     彼らしくない卑屈な態度に、スレッタも考え込む。
    「うーん……正しいって言えるのかは、わかりません。でも」
    「でも?」
    「間違ってもいいんじゃないでしょうか? 生きてれば間違うこともあるって、ミオリネさんも言ってました」

    「…………ああ、そうだな。間違ってもいい、か」
    「それに、間違いかどうか決めるのは、今じゃないんです」
    「今じゃない?」
    「時間が経って、未来になって、ようやく見えてきます。あの時のことが、正しかったかどうか」
     
    「それに、逃げれば一つ、進めば二つ。シャディクさんも、手に入ったんじゃないでしょうか」
    「ああ、それは間違いないな」

  • 102◆6OL1zDTaQO9k23/07/29(土) 21:06:35



    「……そう。ホント、色々あったのね」
    「ああ。短い間だが、色んな事が変わったよ。俺も、ジェタークの社員だしね」
    「想像つかないわね。アンタがグエルの言うこと聞いてるとこ」
    「だろ?」

     談笑するルイエとミオリネ。夕焼けに照らされた二人の表情は、とても穏やかだった。

    「だが、何より変わったのは、俺の心かもしれない」
    「心?」
    「生まれてきてよかったと、初めて思えたんだ。ジェタークの人間も、好きになった。地球の命運を背負わなくていいって思った時、変わらざるを得なかったんだろう。……話がまとまらないな」

     上手く言えず、ルイエは頭に手をやる。

    「それだけ、あんたにとって衝撃だったのね」
    「すまない、ミオリネ。本物のシャディク・ゼネリなら、こんなことも無かっただろう。君に会う時は、彼として会うつもりだったのに。もう、俺はシャディクから逸脱してしまったのか……」

     自分で言いながら、ショックを受けるルイエ。

    「シャディクであろうルイエだろうと、アンタはアンタよ。会えただけで嬉しい」
    「そうか? そういうもんかな?」
    「そういうもんよ」

  • 103◆6OL1zDTaQO9k23/07/29(土) 21:07:41

    「……学生だった頃も、感じていてもわからなかったことが多かったんだな、俺は」
    「私も、あの頃は言えなかった。素直に感謝を伝えることすら、できなかった」
     ミオリネの言葉を聞き、ルイエは彼女の父親を連想した。

    「そういえば、お父さんはどうなったんだ?」

    「……亡くなったわ」
    「え?」
     驚いて、ルイエは固まった。

    「二年前、病気でね。結局、ベネリット元総裁として責任を追及されてたけど、晩年は入院しながら落ち着いて過ごしてた」
    「そうか。すまない、嫌なことを聞いて」
    「いいわ。父さんのことは、もう自分の中で済んだから」
     つらい話題でも笑顔を向けるミオリネ。彼女のことを他所に、ルイエは一つのことを考えていた。

    「なあ、ミオリネ。聞きたいことがあるんだ」
    「何?」

    「サリウス・ゼネリは、今どうしている?」

    「グラスレーのCEOは降りてる。最近入院したって聞いたわ」
    「そうか……」
    「生きてるうちに会いなさい。死んでからじゃ、言いたいことも言えない」
    「君がそんなことを言うなんてね」
    「人は変わってくってことね。アンタも、私も」
    「ああ、そうだね。君と話せて良かったよ」

  • 104◆6OL1zDTaQO9k23/07/29(土) 21:09:05

    …………

     とあるフロントの病院。
     
     その一室に入院している一人は、かつては栄えていた会社のトップであったが、今は他の者にその座を譲っていた。血のつながった家族はいなかったが、唯一いた本来の後継ぎは、もうこの世にいない。
     そんな彼も、年に寄る波には勝てず、病気を患い入院生活を送っていた。

     一人余生を過ごす彼に、今日、面会人が来た。
     そこに立っていたのは、亡くなったはずの息子だった。

    「ずいぶんと、遅いお見舞いだな」
    「ええ。色々とありまして」
    「まあいい。後で聞かせてもらおう。 ……よく来たな、シャディク」
     もう会えないと思っていたため、この再会に笑顔が出てしまう。

    「いいえ。今の私はルイエ・ルクゾ。シャディク・ゼネリとは無関係です」
    「そうか……そうなのだな」
     名付けた名前を否定され、寂しい顔になる。

    「あの名は捨てたけど、今だけは、あなたの息子でいたい」
     その言葉に、目を見開いた。

    「サリウス・ゼネリ。十年前は申し訳ありません。あなたの期待を裏切り、恩を仇で返した。それと……」

    「ありがとう、父さん。俺を、シャディクを、育ててくれて」

     ここ何十年、流すことのなかったものが溢れた。

    「泣いてるのか? らしくないな、父さん」
    「馬鹿息子が……それを言われて泣かぬ親などおらんよ」

  • 105◆6OL1zDTaQO9k23/07/29(土) 21:11:28

    「…………そうか。今はジェタークで働いてるのか」
    「はい。まだ一年も経ってないけどね」
    「最初は誰でもそうだ。案外、CEOになっていたりするかもしれんな」
    「ははっ、まさか。その座はずっとグエルに預けておくさ」

    「父さん、俺、今が一番楽しいよ」
    「うむ……失った時間が、帰ってきたのだな」
    「そうだね。学生に戻ったみたいだ」

    「また、会いに来るね」
    「ああ。待っているぞ」


     A.S. 132――
     数多の企業が宇宙へ進出し、巨大な経済圏を構築する時代。
     モビルスーツ産業の大手企業「ジェターク・ヘビー・マシーナリー」。
     ここに、地球の廃墟の多い地域から、一人の若者が編入してきた。

    「ルイエ、我が社の新たな商品はどうだ?」
    「……ディランザ以外の量産機の整備は久しぶりでしたが、上手く仕上がってます」
    「うちの次の目玉商品だ。大切に乗ってくれ」
    「わかりました」
    「ルイエ」
    「はい?」

    「終わったら社長室に来い。久しぶりに飲もう」
    「わかった。たのしみにしているよ」

     名は、ルイエ・ルクゾ。
     光に洗われ無垢に染まった青年は、一歩ずつ、新たな世界を歩んでいく。

  • 106◆6OL1zDTaQO9k23/07/29(土) 21:17:28

     これにて完結です。長きに渡る拝読、お疲れ様でした。 申し訳ないのですが、さらに追加で長い後書きを。

     前スレを立てた直後、後悔していました。
     来たレスを見て、シャディク死亡確定の展開は、彼を推す方々にとってはダメージになると、配慮できていなかったと。
     同時に責任を感じました。あのスレを立てシャディク推しを傷つけてしまった以上、ハッピーエンドを書かねばならないと。
     そこで思いついた、終盤のミオリネとの再会と、シャディクは別人としてその後も生存するという展開。
     
     前スレ時点では、先の展開はほぼ浮かんでませんでした。最後はルブリスの派生機と戦うんだろうな~、くらい。
     しかし、上記の着地点を思いついた後は、色んな展開がポンポンと浮かんできました。私自身も、読者として楽しんでいた気分でした。
     ただ、長すぎると良くないと思ったので、最短距離で詰め込みました。

     実は、本スレ立て時点でミオリネ再会まで書き終わってました。
     ただ、推敲してなかったのと、本文が長いことから少しずつ投下することにしました。
     一気に投下しなくて本当によかったと思っています。推敲時の変更点も多く、色んなところで展開を追加しましたから。
     最初は、終盤のフェルシャディ描写も、サリウスとの再会もなかったんです。終わり方も、グエスレの会話のとこでした。

     色んなレスをもらい、影響を受けて初めて、書くことができました。
     皆さんに改めてお礼を申し上げます。ありがとうございました。

  • 107二次元好きの匿名さん23/07/29(土) 21:22:17

    スレ主お疲れ
    とてもいいものを読ませてもらった
    各方面に気配りしながら、
    これだけ完成度の高いものを書くのは大変だったと思う

    キャラクターの描写もそうだけれど、
    MS戦闘や政治の描写まで書けるのは
    本当にすごいと思う
    ありがとう

  • 108二次元好きの匿名さん23/07/29(土) 21:24:14

    このレスは削除されています

  • 109二次元好きの匿名さん23/07/29(土) 21:26:01

    ありがとう…!理想の続編だった…
    お疲れさまでした!
    ルイエもグエルも幸せになれよ

  • 110二次元好きの匿名さん23/07/29(土) 21:29:22

    ありがとう
    良いものを読ませていただきました!

  • 111◆6OL1zDTaQO9k23/07/29(土) 22:06:06

    蛇足になりますが、オリジナル用語の名前の由来も載せます。ネットで付けた知識ばかりなので誤りがあったらすみません。記載ないものは直感でつけてます。


    ・トリニダンテ
    3つや3重を意味するトリニティ + 詩人ダンテ・アリギエーリ から。ダンテは愛した人の死に対して「新生」という詩を書いている。

    ・アロンザ
    テンペストに出てくる人物、ナポリ王アロンゾーから。ミカエリスの名前の由来がセバスティアンであり、彼の兄にあたるのがアロンゾー。

    ・ガンダム・ルブリス・イス
    ウル、ソーンと同じくルーン文字から。イスは停滞を意味するルーンで、土台や軸を固める力がある。議会連合の地位を固める意味合いでつけられたが、結局は連合のガンダム開発を停滞させる原因となる。

    ・ジーグギフト
    アンチドートは日本訳すると解毒剤。解毒剤をドイツ語にするとGegengiftらしい。本来の発音はゲンギフトが近い。語呂重視でネーミング。

    ・アルナ・ゾネ
    謎あるね、のアナグラム。

    ・ノイエス・ゲイター
    本編で名前が出てこなかったため仕方なく命名。由来はノー、イエス。

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