- 1二次元好きの匿名さん23/07/25(火) 00:07:21
「ゼファーおいっすー、突然だけどこれ知ってる?」
春風のような笑顔で私に声をかけてくださるネイチャさん。
彼女の手には一枚の紙はありました。
そこにはくろまめさんの行列のように細かい文字が並んでいます。
「……これは?」
「えっと、凱風を風招きするおまじない? なんてテイオーが言ってたよ」
「テイオーさんが? それにとても珍風なおまじないですね?」
「あっ、あはは、ソウデスネー」
目を逸らすネイチャさんに普段とは違う風を感じながらも、私は用紙に目を落とします。
テイオーさんの勧め、そして思わず風待ちしてしまう内容、興味を持たずにはいられません。
そして、しばらくの時つ風が流れた後。
「なるほど、このおまじないには尻尾ハグが必要なんですね」
「そうなんだよね、アタシにはちょっと難易度高いかなー、でもゼファーだったら」
「私にはすでに共に吹いてくださる凱風が、いますから」
「えっ、ああ、うん、そっか、そうだよねー、うん」
「それに尻尾ハグは……その……もっと色風なものなので……」
しまった、と言わんばかりの表情を浮かべるネイチャさん。
私はそのお顔に疑問を覚えつつ、八重の潮風となった記憶を思い出します。
学園内で饗の風となっていた『LOVEだっち』に出てきたウマ娘同士の行為。
それはいわゆる、とても特別な関係である人とともに巻き起こる、嵐のような行為。
私はそれをちょっとした小風と勘違いして、人前でトレーナーさんに対して実行しました。
……今でも、思い出すだけで頬に熱風が走ってしまいます。
やがて、ネイチャさんは煽風のように慌てて言葉を紡ぎました。 - 2二次元好きの匿名さん23/07/25(火) 00:07:36
「でっ、でもさ! これを使われて、凱風さんを他の人に取られちゃったら、なんて」
「……がいふうを、とられる?」
一瞬、ネイチャさんが何を言っているのか理解出来ませんでした。
凪いでしまった思考が回り始めると、心の中は即座に大時化となってしまいました。
凱風が、トレーナーさんが、他の人に、取られる?
私のトレーナーさんはそんな冷風な人ではありません、私を置いて風来坊になることはないでしょう。
ですが、もしも異風によって無理矢理、他の人のものになってしまったら?
見知らぬウマ娘と共に、木の下風となって笑みを浮かべるトレーナーさん。
見知らぬウマ娘の横で、ひよりを堪能するトレーナーさん。
見知らぬウマ娘が駆け、その勝利を抱き合って春嵐となるトレーナーさん。
それを、遠くから眺めている私。
これは勝手な妄想に過ぎません。
ですが少し考えただけで、脳が鎌鼬によってずたずたに引き裂かれるような心地になります。
「ゼファー!? 急に顔が青くなってガタガタ震え始めたけど大丈夫!?」
「ネッ、ネイチャさん……この紙を、頂いても良いですか?」
「えっ、良いけど」
「ありがとうございます……少し急風が吹いてしまったので……失礼します」
「ちょっと、ゼファー!? あっちゃあ……やり過ぎちゃったかな……」
私は居ても立ってもいられず、ネイチャさんの制止も聞かずに、風早にその場から立ち去ります。
おまじないによって、トレーナーさんを取られてしまうかもしれない。
ならば、先に私がこのおまじないを使って、改めて私だけの風にすれば良い。
────そんな子ども染みた、おかしな思考に、この時の私は何の疑問も持ちませんでした。 - 3二次元好きの匿名さん23/07/25(火) 00:07:54
清風の風道を辿り、くるくさんやまっくろさんに聞き込みをすれば、すぐに見つかりました。
中庭でベンチに腰かけて、何かの資料を確認している、私のトレーナーさんの姿。
遠くからでも感じる、その穏やかで優しい、ずっと浴びていたくなる風。
先ほどまで乱気流となっていた心が、あっという間にぽやぽやみなみのように暖かくなります。
足が止まり、頭の中に涼風が入り込み、恒風な思考を取り戻しかけました。
けれど、彼が他のウマ娘と『あいの風』となる光景が、吹き返してしまいます。
ああ、ダメです、それはとてつもない仇の風。
そんな可能性を考えただけでも、私の心は静穏には成り得ませんでした。
ネイチャさんから頂いた紙を取り出して、おまじないをもう一度確認します。
まずは、トレーナーさんと近風にならなければいけないようですね。
「…………こんにちは、トレーナーさん」
「ああ、こんにちはゼファー、今日は暑いけど薫風が気持ち良いね、なんて」
「ふふっ、そうですね」
私はトレーナーさんの隣にぴったりと座り、常風を装って声をかけました。
少し汗を感じるトレーナーさんの香風と肌の感触が、何故かとても好風に感じます。
すると彼は、桜まじのように暖かい微笑みをくれて、私に合わせた言葉をかけてくれました。
思わず私からも笑みが零れて────脳裏に黒南風が流れていきます。
ああ、こんなにも素晴らしい風を、手放すわけにはいかない。
私の中に眠る、狂風のように激しい私が、そう言って頭の中に警鐘を鳴らしました。
もう、風凪することなど、できません。
「えっと、次は」
「なにその紙」 - 4二次元好きの匿名さん23/07/25(火) 00:08:12
第二に、彼に尻尾を向ける必要があるようです。
最初はそよ風の如く、少しずつ暴風に。
ふぁさ、ふぁさと彼の背中を、尻尾で撫でつけます。
恥ずかしくてあの時以外できていなかったけれど、とても緑風を感じて、心地良いです。
「ゼッ、ゼファー?」
「……っ」
トレーナーさんからの驚きの声、周囲の好奇の視線。
全身が炎風に包まれそうになりながらも、私は尻尾の動きをよりあからしまな物にしていきました。
ばさばさと、撫でるというより擦りつけるように、尻尾で彼の背中に激しくなぞります。
疾く疾くと高鳴る胸の鼓動、ですがそれ以上に、心が満たされていくのを感じました。
尻尾ハグって、こんなにいせちなものだったんですね。
今まで、恥ずかしくて避けていたことが、あなじに思ってしまいました。
「ごっ、ごめんね、ちょっと用事があるから」
「……っ!」
時間を忘れて、尻尾を動かすこと数分、トレーナーさんが突然立ち上がろうとします。
刹那、おまじないの内容を思い出しました。
────そうでした、トレーナーさんが立ち上がった瞬間に尻尾を絡めなければ。
もう間に合いそうにありません。
ならば、私がトレーナーさんの風に対する、屏風となるだけ。
その腕に抱き着くように身を絡ませて、立ち上がろうとするのを阻止します。
彼は目を丸くしながらこちらを見て、腰を落としてくれました。
「……ゼファー、どうしたの?」
「……っ!?」
「ごめん、そろそろ喋って欲しい」 - 5二次元好きの匿名さん23/07/25(火) 00:08:29
トレーナーさんは少し呆れたように声をかけてきました。
ですが、今の私は思わぬ突風に巻き込まれて、それどころではありません。
腕に抱き着いたその瞬間、全身は干したばかりの布団に包まれたような安心感に満たされました。
こんな祥風、私は知りません、これは全くの未知の風です。
いずれもう一度浴びなければと考えながら、私は我に返り、彼の言葉に風返をします。
「……はい、どうぞ颯然と、風立ってください」
「いや、このままだと立ちにくいんだけど」
「大丈夫です、私も一緒に吹き抜けますので」
「いや大丈夫て……まあいいか」
諦めたようにトレーナーさんは息をついて、足に力を加えます。
私は息を止め、その一瞬の光風を見逃さないように、じっと彼の姿を見つめました。
ゆっくりと立ち上がる彼に合わせて、私もゆっくりと立ち上がります。
その刹那、すかさず私は彼の腰に、しゅるりと尻尾を巻きつけました。
ぴゅうと、東風が吹き抜けます。
風の吹く方向を見てみれば、そこには少し困った表情を浮かべたトレーナーさんの姿。
ああ、なんというおぼせなんでしょう。
森の仲間たちに包まれながら、草のベットに横たわり、共に恵風を浴びてるような心地。
こんな瑞風はなかなか味わうことが出来ません。
ですが、トレーナーさんとなら、こんな簡単に味わえる。
やっぱりこの人とは離れるわけにはいきません、私はそのことを改めて確信しました。 - 6二次元好きの匿名さん23/07/25(火) 00:08:46
「えっ、えっとゼファー、これは一体……?」
「……突然の大嵐、申し訳ありませんでした。ですが、もう大丈夫です」
「うん、何が?」
「ああ、ですがこれは毎日やらないといけないんですね」
「うん、何で?」
「ふふっ、あなたを悪風に浚われるわけには、いきませんから」
「うん、何を?」
ずっと首を続ける彼に、私はおまじないの記された紙を手渡しました。
そして、その次の日。
「……ネイチャさん、覚悟の準備をしておいてください」
「あっ、あはは~、ごめんね~……」
苦笑いをしつつ、両手を合わせるネイチャさん。
実際のところ、そこまで怒ってはいなかったので、話を聞くことにしました。
あのおまじないはネイチャさんとテイオーさんが協力してでっちあげた偽りの風説。
本当はすぐにネタバラシをする予定だったみたいですが、私がすぐ外風となってしまったため、その時つ風を見失ってしまったそうです。
「皆をこんなおまじないで騙していたら色々と楽しみにしておいてもらうところですが、私だけなので許します」
「……アタシが言うのもアレだけど、意外とあっさりなんだね」
「…………ふふっ、素敵な初東風と、出会えましたから」
「それはどういう……あっ、なんとなく察したのでイイデース」
ネイチャさんは少し頬を朱色に染めて、目を逸らします。
おまじないが偽物であることは、あの後すぐにトレーナーさんから教えてもらいました。
冷風に考えれば私もすぐにわかったはずなのに、あの時の私はきっと、正風ではなかったのでしょう。
ですが、それはそれとして────あのおまじないを続けられるようにトレーナーさんにお願いをしました。
彼は渋い表情をしながらも、最後には頷いてくれました。
あの行為を思い出すだけで、心の中には花信風が吹き抜けるようです。 - 7二次元好きの匿名さん23/07/25(火) 00:09:03
「……ゼファー、口が緩んでる」
「あっ、すっ、すいません、失礼しました」
「アツアツでなによりですなー、あっ、これはアタシとテイオーからのお詫びの品」
「……いえ、お詫びなんて」
「あー、今回の顛末聞いたテイオーから渡されてさ、アタシが受け取るのもおかしいし、貰って欲しいんだ」
「そういうことでしたら遠慮なく……これは、ぬいぐるみですか?」
「うん、テイオーがゲーセンで取ったんだって、なんかレア物らしいよ?」
ネイチャさんから手渡された、ふわふわと柔らかいぬいぐるみ。
それは見たこともない動物で、軟風感触とは裏腹に見た目はむしろ硬そうでした。
可愛いというよりは、そう、格好良いという表現が相応しい姿。
「金色で……背中に輪っか? これは一体なんという動物なんでしょうか?」 - 8二次元好きの匿名さん23/07/25(火) 00:10:00
お わ り
タイトルに偽りなしヨシ!
以下のスレが元ネタになっているSSです
尻尾バグ|あにまん掲示板簡単です!まず初めに 自分のとなりにトレーナーさんがいることを確認する。いないならトレーナーさんのいる場所に移動してください。しっぽを動かしてトレーナーさんに向ける。(しっぽの動かし方:微風のごとく、…bbs.animanch.com - 9二次元好きの匿名さん23/07/25(火) 00:14:42
あれが本当にasになるとは…
良いもん見させてもらった - 10123/07/25(火) 00:31:43
- 11二次元好きの匿名さん23/07/25(火) 00:40:24
結果
トレーナーさんゲット!
ゼファーさんと凱風さんが軽率にイチャイチャしてるところもっと見てぇ... - 12二次元好きの匿名さん23/07/25(火) 00:40:36
- 13123/07/25(火) 06:09:11
- 14二次元好きの匿名さん23/07/25(火) 13:16:11
困ったな。凱風もボルケニオンもゲットしたんじゃあ覚悟の準備をさせられないよな。
というか一周回って正規の手段なのでは?
素晴らしいssをありがとうございます。 - 15二次元好きの匿名さん23/07/25(火) 13:19:21
タイトル通りとは恐れ入った
- 16二次元好きの匿名さん23/07/25(火) 13:29:21
ガセネタをよくぞここまで良質な文に…
ただ原作はデータを消すからもう戻らないんだよね… - 17二次元好きの匿名さん23/07/25(火) 13:43:13
ゼファーがまた訳わからん題材で良質なSS書かれてて草
またネイチャさんが色風に巻き込まれていらっしゃるぞ! - 18二次元好きの匿名さん23/07/25(火) 18:42:02
いいねぶち込まれる楽しみにしててください!いちですね!!
- 19123/07/25(火) 21:28:18
- 20二次元好きの匿名さん23/07/25(火) 21:46:51
黄金の“風”…
繋がったな - 21123/07/25(火) 22:22:54
風ーゴ……
- 22二次元好きの匿名さん23/07/25(火) 23:04:48
この後ゼファーの妄想を具現化したような悪風ウマ娘が現れたらどうなるんだろう…
- 23二次元好きの匿名さん23/07/26(水) 00:27:57
- 24123/07/26(水) 05:35:28