- 1二次元好きの匿名さん23/07/26(水) 21:59:20
芝が爆ぜる加速。
風を切る速度。
息を呑む渾身のラストスパート。
一度目にして以来、他の誰も目に映らなくなる輝かしい走り。
ダイイチルビーの走りは、紛れもなく俺の光だった。
その光をもっと近くで見られたら。その光を自らの手でもっと強くできたら。無謀を承知で無我夢中で試験に臨んだ。
仕方なく選ばれてしまって、ずっと萎縮していた。
でも、彼女も同じだった。理想と現実のギャップに立ち向かい続けていた。
望む姿に相応しい態度を。
いつしか、彼女自身が俺の導きの光だった。
しかし、気付いてしまった。自覚してしまった。
人混みの中でも聞き落とせない、凛とした声。
彼女の内に流れる誇り、その血を確かめる様に掲げられる細く小さな手。
学友の前では割と素直に動く艶やかな耳。
たった一度だけ見せてくれた華やかな笑顔。
気付いてしまったからには、決してルビーに触れてはならない。
一度でも触れてしまえば、身の程を知らない下卑た欲望に晒されてしまえば。
あの輝きはきっと燻んでしまう。
俺は値札だ。ショーケースに守られた至高の玉石、その傍らに立ち、その価値を衆人に知らしめるためのもの。
いつか、あの紅玉を手にする男を見送ってくずかごに放られるまで。
ダイイチルビーの輝きを高く貴く示し続けるのだ。 - 2二次元好きの匿名さん23/07/26(水) 21:59:36
今日はルビーに時間を空けておく様言われている。道着を持って道場に向かえば良いらしいが、執事さん達も護身術の指導者も見当たらない。
彼女にしては回りくどい指示のように思うが、何か意図があることだけは確か。ならば、必ず応えるのが彼女のトレーナーの使命。
目を伏せず。背筋を伸ばして毅然とした態度を。
紙切れ一枚であっても、彼女にとって必要なものなのだから。 - 3二次元好きの匿名さん23/07/26(水) 21:59:50
🐈⬛)))
- 4二次元好きの匿名さん23/07/26(水) 22:00:21
思えば、彼には多くの難題を課しました。
トレーナー選抜試験の事を聞いたミラクルさんが「かぐや姫みたいだね」などと言われた程。
もっとも、姫を手に入れようとする貴族たちと違い──彼は決して、私に触れようとしない。
「今日の護身術の稽古は貴方も参加を。私と組み手を行っていただきます」
「え、でも」
「護身術が相手を選ぶことを想定しないのは当然のことですので」
「普通に腕力で勝てるんじゃ……」
問うことはできない。彼の信頼を試してはならない。それでも、応えを聞いてみたい。
"トレーナーではない貴方は、走れなくなった私を求めますか"
「私から一本お取りくださいませ」
「…………わかった」
眉間に皺を寄せて逡巡するのは一瞬。
やはり、貴方は応えてくださるのですね。 - 5二次元好きの匿名さん23/07/26(水) 22:00:51
道着の襟と袖を掴んで組み合う。
人とウマ娘、大人の男と小柄な少女、俗人と貴人。
本来組み合うことのない2人が、初めて触れ合う。
「……っ」
(……流石は私のトレーナーですね)
崩せない。
私の動きを見定めることに関しては、私を指導なさった師範にも次ぐのでしょう。
しかし──やはり、仕掛けてはこない。
彼は私を受け流すのみ。応えてはくださる。踏み込んでは来ない。
(どうして)
傍に立つことを求めながら、貴方は私を求めてはいないのですか。
心の波打ちに押されて、彼の胸中を暴かんと踏み込んで──肩を押し開く様に崩され、その足を刈られた。
(内股──!?)
腰の支えを失う感覚と共に、身体が後ろに倒れてゆく。
どこか焦ったような彼の顔が遠ざかって──縋るような気持ちで、遮二無二組んだままの袖を力一杯引き摺り込んでしまう。
日頃の訓練の賜物と言うべきか、反射的に受け身をとる。
頭と背中を強く打つことはなく、しかしもつれ合う様に畳へと倒れ込む。
「ルビー……!?大丈、夫……」
「一本。……参りました」
改善すべき点はお互い幾つもあるというのに。
私は貴方に囚われた振りをする。 - 6二次元好きの匿名さん23/07/26(水) 22:01:15
袖を掴む手を、逃さぬ様に彼の手に添える。
"貴方は私を捕えました"
私を押し潰さない様、畳に叩きつけた片膝を私の脚で挟む。
"閉じる脚を阻まれ、その先はもうなすがまま"
襟を掴む手を、静かに降ろして見せる。
"私はもう抵抗いたしません"
押し倒され、腕で囲われた檻の中。
誰もいない道場、貴方は私を手に入れた。
──私は月の姫ではありません。輝きを、走る力を失う日が必ず訪れる。
いつか散る紅い花。誰もがその後に実る種のみを求めるのでしょう。
雨に打たれて、風に吹かれて、老い朽ちて。そうして堕ちた花弁のひとつひとつ。
貴方だけはきっと、それすら慈しんでくださる。
この後めちゃくちゃ飛び退かれて謝られた。
(…………ぴえん、しかしぱおんには至らず)
お互いの吐息の熱を吸い合う距離、貴方の瞳に紅く昏い輝きを見ました。
驚きと困惑の向こうに、飢えた牡の情炎。
血走った瞳には、はしたない顔で薄く笑う私が写っていた。 - 7二次元好きの匿名さん23/07/26(水) 22:01:32
- 8二次元好きの匿名さん23/07/26(水) 22:04:31
控えめに言って素晴らしい
- 9二次元好きの匿名さん23/07/26(水) 22:09:16
こういう話でルビーが出てくるとは思わなかったな…面白かった
- 10二次元好きの匿名さん23/07/26(水) 22:14:17
性!性ですわ!!
- 11二次元好きの匿名さん23/07/26(水) 22:17:18
エッチなことし……なかったんですね
- 12二次元好きの匿名さん23/07/26(水) 22:19:06
意中の人に囚われたいお嬢様は素晴らしい 古文書にも書いてある
- 13二次元好きの匿名さん23/07/26(水) 23:11:03
変なところでヘリオスの影響受けてる…
あと自分のこと値札とか思ってるルビトレは正座 - 14二次元好きの匿名さん23/07/26(水) 23:34:42
ルビーのできる最大限の誘惑に耐えたのかルビトレは
いやこれ耐えたのか?耐える以前の問題じゃないか?
それはそれとしていいもの読ましてもらいました
感謝 - 15二次元好きの匿名さん23/07/27(木) 03:46:56
- 16二次元好きの匿名さん23/07/27(木) 05:49:26
真剣な表情だと思ったらハート目じゃねえか!
- 17二次元好きの匿名さん23/07/27(木) 07:59:31
素晴らしいものを読ませてくれました。
下心に屈せず、とっくに恋心に陥落している両片思いはとても美味しいです。
特に思い詰めた片方の極端行動が根底から覆される瞬間を思うと堪りませんね。
購入済みのため値札は不要!承知した!ただし鑑定書に記載済みみたいなっ!
ルビトレの決意が無意味になる瞬間が見たいので次回作もお待ちしております。 - 18二次元好きの匿名さん23/07/27(木) 15:11:07
- 19二次元好きの匿名さん23/07/27(木) 15:32:41
こっそり見ていたミラクルとヘリオスとパーマーが
すごい複雑そうな顔してるのが浮かぶ光景だな - 20二次元好きの匿名さん23/07/27(木) 16:49:09
こういう誘惑も何度も仕掛けられてたらそのうちトレーナーも堕ちるやろ
それでも堕ちなかったら?
ダンスの練習にかこつけて必要以上に密着したり乱れた服装整えさせたりで堕とすだろう - 21二次元好きの匿名さん23/07/27(木) 23:04:03
感想ありがとう。超嬉しい。
ありがとう!元スレも良いのがいっぱいあるぞ。
自己を捨てて使命に生きる人が秘める我欲というものが大好物なのだ
元スレにすごく良いトレファイがあるから読むのだ。
ダイイチルビーのトレーナーは欲に流されたりしないってルビトレが言ってた
ルビーの輝きに磨きをかけた本人は契約前にルビーの光に目を焼き尽くされてるので気付かないのである
ルビーが言葉で求めた時点でゲームセットなので続きはないです!
ウワーッ!!!ありがとうございます!道着姿だ!前髪上げてる!髪結んでる!
予想外の所から想像以上の可愛いルビーをありがとう……!
ルビーの身近で最もオープンに「好き」を出力してる子だし、少なからず影響してると思うんだ
不在の執事たちが人払いしてるのでセーフ!セーフです!