- 1二次元好きの匿名さん23/07/27(木) 18:05:32
休日明けのトレセン学園。
あたしはカバンを持ったまま、トレーナー室へと急いでいた。
なんてことはない。授業も終わってトレーニングに行くことを伝えるためだ。……嘘ついた。トレーニング前に少しでもお話をしたいと思ったからだ。
トレーニングが始まったら、そんなには話せないだろう。だからトレーニングが始まる前にトレーナー室まで歩いている。
「何を話そうかな……♪」
昨日沢山お助け活動したこと。ふと空を見上げたらキレイな景色が見えたこと。
きっと全部は話せない。だけど少しでも多く話したい。そんな思いが、朝起きてからずっと渦巻いていた。
ようやく辿り着いたトレーナー室の扉。大きく掲げた手をゆっくりと振り落とす。
トントン……。
「トレーナーさん!キタサンブラックです!」
「キタサン?トレーニングの時間はまだあるぞ?」
「えへへ……トレーナーさんと少しだけお話したくて、早く来ちゃいました!」
「そういうことか……。入っても大丈夫だよ」
やった!それなら遠慮なく入りますね!
叩いた手でゆっくりと扉を開けると、いつものような優しい微笑みのトレーナーさんがそこにいた。
「お邪魔します!トレーナーさん!」
「いらっしゃいキタサン」
ゆっくりと扉を閉め、弾む気持ちで足を踏み入れる。
早くお話がしたい!色んなことを!
ズンズンと前へ進んでいくと、トレーナーさんの机に見覚えがないものが置いてあった。 - 2二次元好きの匿名さん23/07/27(木) 18:05:47
「……あれ?これって……?」
見るからに全身がモフっとしているあたしの顔をしたそれは、クレーンゲームでよく見かけるぱかプチ……ではないか。大きいサイズだもんね。ちょっとレアものだ。
マイクを持って笑顔で置かれていて、何だか今にも歌いだしてしまいそう。
自分と同じ顔をしたぬいぐるみだから、正直まじまじと見るのは気恥ずかしい気持ちもある。
「ああ。キタサンのぱかプチだよ。昨日手に入れたんだ」
トレーナーさんがあたしのぱかプチをヒョイっと持ち上げる。そして、あたしの前に近づけてくれた。
うん……近くで見ると本当に大きいなぁ……。
こんなに大きいと取るのも大変だったんじゃないかな?取れるなんて凄いなぁ……。
手を伸ばして撫でてみる。うん。ふわふわしててとっても気持ちがいいや。
「こんなに大きいのを取れるなんて、トレーナーさんってクレーンゲーム得意だったんですね!」
「ま、まぁ……そこそこ……かな……。そんなでもないよ……うん……」
「あっ……」
あたしの言葉にそっと視線を外すトレーナーさん。その姿を見て撫でていた手を止めて、ゆっくりと手を離してトレーナーさんを見つめた。
なるほど……お金……結構使っちゃったんですね……。難しいですよね……クレーンゲーム……。
下手っぴなあたしにはトレーナーさんの気持ちが痛いほどによく分かった。
少しだけ気まずい空気が流れる。
「で、でも手に入れることが出来て良かったですね!よっ!流石トレーナーさんです!」
「うん……ありがとう……ちょっと気持ちが楽になったよ……」
少しでも空気を変えたくて、何とか言葉を捻り出す。その言葉を聞いて、トレーナーさんはこちらに視線を戻してぱかプチを撫で始めた。
ちょっとでも気が晴れたらいいな……。そう思わずにはいられなかった。 - 3二次元好きの匿名さん23/07/27(木) 18:06:06
「まぁそんなことはいいよ。キタサンはどんな話をしたかったんだ?」
「あ、そうでした!昨日はお休みありがとうございます!それでですね!」
それからあたし、は昨日あったことを全部話しすことになった。
「昨日は迷子探ししたり道案内したりして……」
「キタサンらしいな」
お助け活動の話をしたら笑顔になってくれたし。
「ちょっと大変でしたけど、見上げた夕焼けがキレイでした!」
「確かに昨日は一段とキレイだったよな」
見上げた景色を共有できたし。
「帰ってからもお手伝いたくさんしました!」
「……しっかりと休めたの?」
「……?バッチリ眠れましたよ?」
「それならいいか……いいのか?」
昨日あったことはあるだけ伝えることが出来た。
話を聞いている間、トレーナーさんはずっと笑顔だった。それを見られただけであたしも胸がポカポカと温かくなる。
……ずっと撫でられているぱかプチがちょっぴり羨ましかった。 - 4二次元好きの匿名さん23/07/27(木) 18:06:26
「聞いてくれてありがとうございますトレーナーさん!」
「いや、こっちも聞いていて楽しかったよ。ありがとう」
こんなところであたしの昨日までのお話は終わりだ。
チラリと時計を見てみる。……うん。まだ時間はあるみたいだ。それなら……。
トレーナーさんが未だに撫で続けている羨ましい存在に目を向ける。
この娘について聞かせてもらおうかな?
「トレーナーさん。その子って昨日手に入れたんでしたよね?」
「そうだよ」
「その……何であたしのぱかプチなんですか?他の子だっていましたよね?」
「……笑わない?」
「……?笑いませんよ?」
よくわからないことを言いながら、ぱかプチを撫でるのを止めて机に置いたトレーナーさん。
どんな理由が飛び出すのか。正直に言うと、ワクワクする気持ちと妙にドキドキする気持ちが一緒になってしまっている。
他愛のない話でありますように!
そんな風に考えながら、息を整えるトレーナーさんを見守った。
覚悟が出来た様子のトレーナーさんはゆっくりと口を開く。
「このぱかプチがいると、君が応援してくれてるみたいに感じるから……かな……」
「応援……ですか……?」
「歌っている時の君は走っている時とはまた違った魅力に溢れているんだ。力強くそして一生懸命で、心の中を熱くしてくれるんだ」 - 5二次元好きの匿名さん23/07/27(木) 18:06:45
「あたしの歌をそんな風に思ってくれてたんですね……」
えへへ……ほっぺたが緩んじゃうくらい嬉しい……。
あたしにとって歌は生まれたときから身近にあるものだ。父さんみたいに皆を笑顔に出来るように歌いたい。そう思って歌を歌い続けている。それがしっかりと届いているんだ。嬉しくないわけがない。
そんなことを思っている今のあたしは、きっと締まりの無い顔に違いないだろう。それを見られるのはあたしだって恥ずかしい……。
そのため、ほっぺたをムニムニと持ち上げて平常心を保つように心がけた。
「それを君がいない時でも心で感じたいと思って……。そうしていたら、このマイクを持っている君のぱかプチと出会えたんだ。何としても手に入れたいと思ったら……」
「あはは……中々取れなかった……ということですね……」
「はい……そういうことです……」
恥ずかしそうに視線を外すトレーナーさん。それとは反対で、やっとほっぺたが戻ってきたあたし。ようやく気持ちも落ち着いてきた。
心で感じるか……。その役目がこの子なんですね……。自分とは違う頼られ方をしているのが、少しだけ悔しかった。
「それがこの子がここにいる理由なんですね……」
「おかしいよな?」
「全然そんなことないです!あたしに出来ないことが出来るこの子が羨ましいくらいです!」
「そっか……ありがとう……キタサン」
「……?どういたしまして……?」
何のお礼か分からないけどトレーナーさんからの言葉はとても温かかった。
改めて机に置かれたぱかプチを見てみる。マイク片手に笑顔をみせていて、その笑顔は憎らしいほどに眩しかった。それを見てあたしはやりたいことが出来た。
もしかしたらいらないかもしれない。でもあたしにしか出来ないことであり、あたしだから出来ることでもある。 - 6二次元好きの匿名さん23/07/27(木) 18:07:02
「そのぱかプチを貸してもらってもいいですか?」
「いいけど……何をするんだ?」
「えへへ……口に出すのは、少しだけ恥ずかしいので言いません……」
よくわからない様子のままぱかぷちをあたしにぱかぷちを渡してくれたトレーナーさん。
両手を広げて受け取り、そのままゆっくりと胸の中に抱えた。
「………………」
少しだけ形が変わるくらい抱きしめる。
そして、変わらない笑顔のぱかぷちをゆっくりと撫でた。ふわふわしていて気持ちがいい。
「ありがとうございますトレーナーさん!この子を返しますね!」
「ああ……ありがとう……。……………。キタサン……今のは一体……?」
あたしはトレーナーさんにぱかプチをお返しする。だけど、あたしの行動に困惑するしかない様子のトレーナーさん。
説明もなくあんなことしたらそれもそうだよね。
「さっきトレーナーさんは、あたしがいない時に応援してくれてるみたいに思えるって言いましたよね?」
「ああ。そうだといいなと思ってる」
「そこにあたしの想いも預けたいと思います。あなたにはいつまでも元気でいてほしいから」
隠すことなく想いを伝える。
少しだけ照れくさい気持ちはあるけれど、そんなことよりも想いが届いてるかのほうが大切だ。
トレーナーさんの瞳をジッ……と見つめる。トレーナーさんはこちらに視線を返してくれた。 - 7二次元好きの匿名さん23/07/27(木) 18:07:17
「本当にありがとう、キタサン」
「想いは届きましたか……?」
「ああ。これ以上ないくらい貰えたよ」
「良かったです!……ですけど!頑張りすぎだけはダメですからね!そうなったらこの子はあたしが預かります!」
「わ、分かった……。それは本当に困るから絶対にしないと約束するよ……」
釘を刺すと思った以上に狼狽えるトレーナーさん。
短い付き合いのはずなのに、そんな風に想われてるとは……。本当に妬けてきちゃうな……。
まぁ……その気持ちは一旦置いておかないとね。この子に出来ないことをあたしがやるために。
そんな風に気合を入れて時計を見てみると、トレーニングまであと少しの時間まで迫っていた。
「……そろそろトレーニングの時間だな」
「そうですね。今日も張り切っていきますよ!」
「君は本当に頼もしいよ」
「あっ!トレーナーさん、その子をあたしにもう一度貸して下さい!」
「分かった。先に準備をしているよ」
トレーナーさんからもう一度受け取る。
やっぱりふわりとしていて、いくらでも触っていたい気持ちでいっぱいになる。 - 8二次元好きの匿名さん23/07/27(木) 18:07:34
暫くこの娘を見つめ続けていると、扉が開く音が後ろから聞こえた。どうやらトレーナーさんが出ていったみたいだ。
「ふたりきりになっちゃったね」
そう呼びかけてみるけど返事はない。分かってはいるけど寂しい気持ちはある。
それでもいい。もう一度想いを乗せるためにこの子を胸に近づけた。
「本当は少しだけ悔しい気持ちもあるんだよ。だけどあなたにしか出来ないことだから。だからね……。これからあたしがいない時はトレーナーさんをよろしくね」
ギュッと抱きしめて想いを込める。
さっきの分と合わせたら、きっと大きな想いが乗っているに違いない。
それはトレーナーさんを守ってくれるはずだ。
「任せたからね、キタサンブラック!」
机の上に置いてから頭を撫でる。
何度も、何度も撫でていると。
――任された!
そんな想いがあたしに届いた気がした。
もしかしたら気の所為かもしれない。それでもあたしは嬉しかった。
満足した気持ちで、この子を元いた場所へとゆっくりと置く。
「行ってくるね!」
声なき想いを受け取って、ゆっくりと扉に進んでいく。
振り返ってみたあの子の笑顔は、今にも歌い出しそうなくらい明るくて太陽みたいに煌めいていた。 - 9123/07/27(木) 18:08:36
色々忙しくて中々書けませんでしたが、ようやく書けました。
大きなぱかプチってもふもふしてそうでいいですよね - 10二次元好きの匿名さん23/07/27(木) 18:20:11
- 11123/07/27(木) 18:46:49
- 12二次元好きの匿名さん23/07/27(木) 18:54:01
キタサンブラック推しのワイ、昇天させて頂きました
彼女らしさが詰まってる物をありがとう…… - 13123/07/27(木) 18:56:43
- 14二次元好きの匿名さん23/07/27(木) 19:17:22
乙です
キタちゃん可愛くて好き - 15二次元好きの匿名さん23/07/27(木) 19:30:00
- 16123/07/27(木) 19:34:03
- 17二次元好きの匿名さん23/07/27(木) 19:49:32
今回も可愛かったぞ~!!!!
>>
「ちょっと大変でしたけど、見上げた夕焼けがキレイでした!」
「確かに昨日は一段とキレイだったよな」
見上げた景色を共有できたし。
こういうところ好き。
気持ち、感情、いろんなものを共有したい、分かち合いたいっていうキタちゃんの気持ちがとても尊かったです
今回も良いものをありがとう
- 18123/07/27(木) 19:54:56
- 19二次元好きの匿名さん23/07/28(金) 06:29:34
>ぱかプチ……ではないか。大きいサイズだもんね。ちょっとレアものだ。
ぱかプチの大きいやつは「ぱか」と言うのかな…?トレーナーさんが幾ら突っ込んだのかちょっと怖いけど、欲しくなるのも仕方ないですね
- 20二次元好きの匿名さん23/07/28(金) 06:41:32
感想ありがとうございます。
確かにぱかではないかもですね……。
お金に関してはちょっと今月のご飯が寂しくなるくらい……だと思います。多分……きっと……。
ただそれくらい魅力的なものだったのは間違いないです。