(SS注意)バージョンアップ

  • 1二次元好きの匿名さん23/08/03(木) 11:35:06

     窓の外からは叩きつけるような激しい雨音。
     一時間前までは照り付けるような日差しが見えていたのに、今の空は黒い雲に覆われている。
     いわゆるゲリラ豪雨、時間帯を考えれば夕立というべきだろうか。
     俺は手持ちのタオルで濡れた服を拭いながら、隣にいる担当ウマ娘に声をかける。

    「ブルボンは大丈夫?」
    「はい、問題ありません。マスターの素早い判断に感謝を」
    「あはは、それは大袈裟だよ」

     栗毛の長い髪に微かに光る耳飾り、無表情ながらあどけない顔立ち。
     パーカーについた雫を拭きとりながら、ミホノブルボンは小さく頭を下げる。
     俺達は、トレセン学園から少し離れた街まで出かけていた。
     新作のトレーニング器具の展覧会に行きたい、ブルボンから頼まれたからだ。
     多種多様な器具やそれに伴う研究の話など、俺としても非常に勉強になった一日である。
     ……まあそれ以上に、見たこともない機材に目を輝かせる彼女の印象が強かったのだが。

    「いえ、マスターの素早いオーダーがなければ、ステータス『ずぶ濡れ』を獲得してたでしょう」
    「ちょっと空の感じがおかしくてね……まああまり濡れずに済んで何よりだ」

     帰り道、俺達は突然の大雨が襲われたが、被害は最小限に収まっている。
     展覧会を出た直後、空模様に違和感を感じて屋根の多いルートを選んだのが功を奏したのだ。
     空の様子と天気予報を見る限り、この雨は一時的なもののようである。
     しばらく雨宿りをして過ごすべきだろう。
     そう考えて、俺はブルボンに今日の展覧会の話を振ることにした。

    「それにしても器具の進化は凄いな、あそこまで効率的になってるとは」
    「今日は『驚き』の連続でした、私もマスターと共に『バージョンアップ』を重ねたいと思います」
    「そうだね、俺も一緒にバージョンアップしていくから、一緒に頑張ろう」
    「了解です、マスター。ミホノブルボン、新たな『目標』を設定します」
    「ところでブルボンは今日見た中で特に気になった器具とかは────」

  • 2二次元好きの匿名さん23/08/03(木) 11:35:23

     そう問いかけようとした瞬間、視界にフラッシュが焚かれた。
     直後、激しい轟音が鳴り響き、唸り声のような音が周囲を震わせる。
     ────まずい、雷だ、しかもかなり近い。
     ブルボンは雷が苦手だ、幼い頃に教え込まれた嘘がどうも影響しているとか。
     俺ですら少し恐怖を感じるほどの雷鳴、ちょっとした雷でも尻尾を隠そうとする彼女ではどうなるか。
     慌てて俺は、彼女の方に視線を向ける。
     
    「……あれ?」
    「マスター、どうかしましたか?」

     まるで何事もなかったかのように、ブルボンは平然としていた。
     流石に尻尾は少々逆立っていたものの、慌てる様子などは一切見られない。
     ……まあ、出会ってからもう三年近く経過している。
     彼女も毎日のように成長していく年頃だ、苦手の克服の一つや二つするだろう。
     言うなればこれも一つの、バージョンアップなのだ。
     彼女の成長への喜びと、ちょっとばかりの寂寥感。
     俺は思わず笑みを零しながら、言葉を紡ぐ。

    「あはは、これじゃあ俺が置いてかれちゃうな」
    「……マスター?」

     ブルボンは不思議そうに首を傾げてこちらを見た。
     ……急に笑い出したら、さすがにおかしいよなあ。
     俺は笑いを噛み殺して表情を引き締めると、改めて彼女に向き合った。

    「いや、君が雷を克服していたから、びっくりしちゃって」
    「…………」
    「君の成長に置いてかれないように、俺ももっと頑張らないとって思ってね」
    「…………成長、ですか」

  • 3二次元好きの匿名さん23/08/03(木) 11:35:39

     そう小さく呟くと、ブルボンは気まずそうに目を逸らした。
     素直な想いを伝えたつもりなのだが、何か不味いことを言ってしまっただろうか。
     刹那、右手が暖かい、柔らかい感触に包まれる。
     見れば、彼女の左手が俺の右手を掴んでいて────微かに震えていた。

    「……ブルボン?」
    「申し訳ありませんマスター、ミッション『雷の克服』は未達成です」
    「さっきは平気そう見えたけど」
    「……本当はすぐにでも尻尾を隠して、あなたの背中に隠れたかったくらいでした」
    「でも我慢出来たじゃないか、それだけでも立派だよ」
    「あれは、その……マスターに、ステータス『格好悪い』の私を見せたくなかったから」
    「……」
    「オペレーション『意地っ張り』で、表向きだけセーフモードを維持しただけです……っ!?」

     ブルボンがぽつぽつと言葉を発している最中、再度、光と爆音が俺達に降りかかる。
     尻尾と耳をピンと逆立たせた彼女は、俺の手を握り締める力を強めた。
     今度はその手だけではなく全身がプルプルと震えて、彼女自身の恐怖を示していた。
     やがて自分の状態に気づいたのか、彼女は小さいため息をつく。

    「ふぅ…………本当は『格好良い』、『バージョンアップ』した私をお見せしたかったのですが」
    「……いや、格好良いよブルボン」

     しゅんと表情を曇らせるブルボン、俺は正直な感想を口にした。
     震えるほど苦手の物に対して、一時的だったとしても意地を張り通せるだろうか。
     そうした後に、本当の事を相手に伝えることが出来るだろうか。
     俺には彼女のように振舞える自信がなかった、だから素直に、彼女を格好良いと思ってしまった。
     ……いや、それは少し違うな。
     掴まれたままの右手を彼女の目の位置まで上げて、俺は微笑む。

  • 4二次元好きの匿名さん23/08/03(木) 11:35:55

    「俺は君の努力する姿を、苦手を誤魔化さない姿を、ずっと格好良いと思ってるよ」
    「……!」
    「だから、格好悪いなんて言わないで欲しいかな」
    「…………了解しました、情報処理完了、格好悪いをNGワードに設定します」

     ブルボンの震えが止まって、彼女の顔に柔らかな笑みが戻ってきた。
     気が付けば雨音は徐々に弱まっていき、やがて完全に静まる。
     空を見上げれば、雲が散り散りとなって、茜色の光に染まっていた。

    「……もう大丈夫そうかな」
    「観測開始、空模様に異常無し、更なる降雨の危険性小と判断します」
    「じゃあそろそろ手を……ってうわ!?」

     手を離してもらおうと思った矢先、ブルボンは手を掴んだまま勢いよく歩き出した。
     その足取りは軽く、どこか自信に溢れているように感じる。
     何とか体勢を整えながら引っ張られていく俺に向けて、彼女は言葉を投げかけた。
     
    「ステータス『高揚』を感知、すぐにでもトレーニングしたい気分です」
    「えっ、今日はダメだよブルボン」
    「はい、理解しています。感情を抑制し、明日へ向けてスタンバイモードに切り替えます」
    「……うん、そうだね、明日から俺も頑張るよ」
    「それで、その、マスターへの希望を、一つだけよろしいでしょうか」

     そう言って、ブルボンは足を止める。
     じっとこちらを見つめる瞳は真っすぐで、純粋で、とても美しい。
     頬には微かな赤みが差しているが、それが夕焼けのせいなのかどうかはわからない。
     掴んでいた俺の右手を両手でぎゅっと包んで、彼女は想いを告げた。 

    「『バージョンアップ』を続ける『格好良い』私を、ずっと見ていてください」

  • 5二次元好きの匿名さん23/08/03(木) 11:37:06
  • 6二次元好きの匿名さん23/08/03(木) 12:06:54

    好き~~
    いじらしくて可愛いブルボン良い…。

  • 7二次元好きの匿名さん23/08/03(木) 12:12:57

    いいですねえ

  • 8二次元好きの匿名さん23/08/03(木) 12:52:38

    ブルボンさん...しゅき...

  • 9123/08/03(木) 14:47:26

    >>6

    >>7

    >>8

    感想ありがとうございます

    可愛らしく書けていれば幸いです

  • 10二次元好きの匿名さん23/08/03(木) 15:42:36

    大雨をしのいだ雨宿りって、周りに人が居ながらにして「小さな密室」ですよね…本音を吐露するブルボンが可愛らしいです

  • 11123/08/03(木) 20:38:11

    >>10

    雨宿りシチュは身近な特別感あって良いですよね

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