【ウマ娘SS】皇帝が怪物の首を狙うお話

  • 1二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 14:35:16

    【登場ウマ娘】
    シンボリルドルフ、オグリキャップ、タマモクロス、他
    【文字数】
    約10000文字
    【あらすじ】
    最近、トレセン学園内にある噂が流れている。
    「シンボリルドルフとオグリキャップが真剣勝負をするらしい」
    噂ははたして本当なのか。

    よろしくお願いします。

  • 2二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 14:36:17

    シンボリルドルフとオグリキャップが真剣勝負を行うらしい。
    それも二人きりで。

    一週間ほど前からそんな噂がトレセン学園を駆け巡っている。出どころは不明だがもし噂が本当ならとんでもない話だった。
    かたや中央競バ史上初めて七冠を制し、ウマ娘の頂点まで登りつめた皇帝シンボリルドルフ。
    かたや地方競バ出身でありながら今や日本全土に名前を轟かせる怪物オグリキャップ。
    その一騎討ちが行われるなんて、そんなまさか、と誰もが思う。 

    「ウチもびっくりしたわ。で、ホンマなんか」とタマモクロス。
    「まさか」とオグリキャップ。

    トレセン学園内の食堂で昼食中に聞いてみるとあっさり否定の返事が返ってきた。
    そんな事あるはずがない、とオグリキャップは箸をすすめながら付け加える。
    せやろね、とタマモクロスは思う。

    ただ、可能性があるなら一度実現してもらいたいレースであることは間違いない。
    理由はひとつ。本気のシンボリルドルフが見られるかもしれないからだ。

    皇帝とまで呼ばれる強さをもつシンボリルドルフだが、最近は競技者よりも為政者や指導者としての活動が目立つ。

    もちろんトレーニングしている姿は見かけるし、たまに(模擬)レースも出ている。
    ただ本番ではいつも本気を出していなかった。それは傍目から見ても明らかで、流せば勝利できるから出す必要が存在しなかった。重賞を獲得するようなウマ娘でさえシンボリルドルフには全く歯が立たない。

  • 3二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 14:37:23

    もうしばらく前からシンボリルドルフが出るレースは誰しも二位を狙うようになっている。でも仕方ないよね、と。
    そんな白けたムードを壊せるミラクルウマ娘がいないものだろうか。
    誰も想像出来ない形で現状を打破できるウマ娘、そう、ひょっとしたらオグリキャップならいけるかも、と思う関係者は少なからず存在した。

    だからタマモクロスも少し期待していたのだが、いかんせん上手くいかない理由がある。
    ストップがかかっているからだ。

    タマモクロスとオグリキャップは、というより全てのウマ娘達は入学した時からあるルールを課せられている。
    書類を用意して契約を結んだ訳ではない。しかし、偉い人達やトレーナー、会長を中心とする生徒会から

    「君達はどんな時も注目されている。それを忘れないで欲しい」
    「ウマ娘としての自覚をもち、恥ずべき行いは慎まなければいけないよ」
    「公式のレース以外絶対に走ってはいけない。絶対にだ。どういう意味かわかるね」

    と真剣な面持ちで言われれば、察して、従わざるを得ない。
    潰しあい禁止というアンリトンルール。売れっ娘同士の共演なら特に、互いのブランドを守るために陣営はありとあらゆるケースを想定し、障害を排するものだった。

    ひょっとすればシンボリルドルフとオグリキャップは今後公式の場でさえ勝負する機会をもたないのかもしれない。
    両者とも気軽に走るには大きくなりすぎた。

  • 4二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 14:38:36

    アカン、百パー無理や。
    速く走っても解決しないことがある。それどころか共に走ること自体を禁じられている。白けたムードの奥に在るものが自分達を守ってくれているとわかれば二重に虚しい。
    タマモクロスはテーブルの上にだらしなくのびる。
    オグリキャップも食事を終えると空中に視線をやったままだった。

    「もしもの話やけど。走れるんやったら走ってみたいんか、会長と」
    「……興味はもちろんある。皇帝の実力がどれだけ凄いか間近で感じたい。きっと素晴らしい経験になる」

    オグリキャップの声は熱を帯びた真剣なものだった。
    ただその願いがいつまでも叶うことはないだろう。気怠い空気に潰されそうになっていると、

    「すいません」

    呼ばれてオグリキャップとタマモクロスは振り向く。
    テーブルのすぐ横、知らないウマ娘がひどく緊張した面持ちでひとり立っている。
    丁寧に切り揃えられた髪と真新しい制服。靴もピカピカでどうやら新入生らしい。
    どうかしたのかと聞けば、オグリキャップに挨拶するためここへ来たと言う。

  • 5二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 14:39:02

    目が滑る…

  • 6二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 14:39:38

    「……私に?」 何か理由があったかなと考える。

    新入生ウマ娘は身振り手振りをくわえながら熱っぽく語りはじめた。
    自分はオグリキャップの走りに感動してトレセン学園への入学を決めた。
    TVで偶然見たオグリキャップのレースはとんでもなかった。全身が震えた。涙が止まらなかった。
    そして思った。自分も走りたい。レースに出たい。
    今まで何もしてこなかったが、初めて自分の意思で行動を起こした。
    両親に話すと笑われた。しかし自分は本気なんだと説得して始めたウマ娘としてのトレーニング。驚くほど一生懸命になれた。毎日が充実していた。
    全部全部オグリキャップのおかげ。オグリキャップと出会わなければ自分は今もダラダラしていた。
    入学できたらすぐ挨拶に行こう、感謝を伝えようと決めていた。

    滅茶苦茶にまくしたてるから、タマモクロスが「よー喋るな」と茶々をいれた。すみません! と謝ってから、あとは、えっと、あとはグッズもいっぱい持ってます……と小声で付け加えたあたりで、

    「ありがとう、とても嬉しい」

    オグリキャップは席から立ち上がり、新入生の手をとって微笑みかける。

  • 7二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 14:41:25

    いいね

  • 8二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 14:41:32

    「私の走りが誰かの力になれたのなら、本当に走って良かった。そう思う」

    手の主は驚きで「ヒッ!」と絞め殺される鶏のような声をあげたが、これから一緒に頑張ろう、よろしく、とオグリキャップから声をかけられて満面の笑みになる。
    尻尾と耳が立ち上がり小刻みに震えていた。至福の瞬間をおくっているのだろう。

    タマモクロスはええ話やん〜、とウソ涙を拭う仕草をしてから、

    「ところで知っとる? ウチ、オグリと公式で三回やって二回勝ってんねん。天皇賞とJC。ウチの方が速いやん。なのにウチやったらアカンの?」

    低く恨めしそうなつぶやき。世間での圧倒的なオグリキャップ人気━━そして、それに端を発する自身への扱い━━には少し思うところがあるらしい。

    タマモクロスの言う事に嘘はない。戦績で言えば勝者はタマモクロスだ。
    しかし人気から言えばオグリキャップに軍配が上がっていた。
    カサマツでのデビュー後、運命としか説明のつかない劇的な道を歩んできたオグリキャップには日本中に熱狂的なファンが存在している。
    その活動とそれに伴う莫大なセールスは、地方そして中央競バの歴史を変えたとまで言われ、この新入生のような「生き方を変えられた」と宣言する来客もさほど珍しくなかった。

    タマモクロスだって、同じような事を言われた事はある。涙を流して喜んでもらえたことは大きな自慢だ。
    だがオグリキャップの計り知れないほどのファン人気をみると、いじけた気持ちにもなってしまう。

  • 9二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 14:42:37

    ウチも、自分で言うのもなんやけど結構ええとこあんねんけどな〜、と一瞥する。

    すいません、私オグリキャップさん一筋なんです!
    オグリキャップさんに勝って欲しくてレース見てました! オグリキャップさんはいつも一生懸命で応援したくなるって言うか、オグリキャップさんより速いウマ娘が現れても、オグリキャップさんより愛されるウマ娘はいないって言うか……

    「オ゛グ゛リ゛オ゛グ゛リ゛何゛回゛言゛う゛ん゛や゛!゛聞゛き゛飽゛き゛と゛ん゛ね゛ん゛!゛」

    タマモクロスはテーブルを叩いて叫ぶ。

    「クリークも言うとったわ! 『天皇賞でオグリちゃんに勝った時はひどい手紙がきた』て。『悪いことしたみたいに言われました』て。自分があの手紙出したんかー!?」

    新入生がまた「ヒッ!」と声をあげた。

    「オグリが街で声かけられたら『フ、ファンなんです……写真お願いできますか…』や。ウチが街で声かけられたら『タマちゃん写真撮ろうよー』や。おかしないか!」
    「タマは親しみがあるからな。いいと思う」
    「ようないわ! 知りあいか!」

  • 10二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 14:43:57

    オグリキャップとタマモクロスにすればいつものムードだが新入生ウマ娘は、だいぶん気まずそうにただ立っている。リードしてあげるべきか。
    オグリキャップは提案する。
    気にしないで欲しい。それより午後から予定が空いているなら一緒にトレーニングしないか。もちろん良ければだが、お互い勉強になるはず。どうだろうか。

    誘ってみたが申し訳なさそうに断られる。
    幸せを眼前で逃した絶望の表情で、何度も頭を下げながら、新入生は午後から全員で移動、そして外部施設で泊まりがけの講習会がありますと。

  • 11二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 14:45:04

    タマモクロスも午後からは移動、それも新幹線を利用する関西への長距離移動らしい。
    電車しんどいわ〜嫌や〜遠い〜と文句を言っていると、

    「オグリ、少しいいかな」

    シンボリルドルフが現れる。
    タマモクロスが、おっ珍しいなと軽く言う隣で新入生は目に見えて態度を固くする。尻尾と耳は先ほどとは違う震え方をはじめた。

    オグリキャップが憧れのスターに相当するなら、シンボリルドルフはさしずめ政府の要人か。
    粗相のないようにしなければ、と緊張している新入生はペコペコ頭をさげる。
    はじめましてシンボリルドルフだ、刻苦勉励の道を共に歩こう、と握手を求めると完全に縮こまってしまう。
    全身を錆びつかせたロボットのような動きでぎこちなく握手を交わし、見えない糸で釣られるような笑顔をみせる。

    そんな難しい言葉使わんでもええやんか。しかしオグリを迎えに来たて。まさかな……とタマモクロスが見つめていると、

  • 12二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 14:45:59

    「オグリとのレースの噂は私の耳にも入ってきたよ。私は清廉潔白でありたい。私達を支援してくれるファンやスタッフ、トレーナーを裏切る真似はしないと強く誓う」

    あっさり胸中を読まれてしまう。わかっているだろうに「当たっているかな」と確認までしてきた。タマモクロスは大きくため息を吐いて

    「ウチもう行くわ。またな〜」

    手をひらひらさせながら出ていく。
    昼の休憩時間が終わりに近づき、周囲もやおら席を立ちはじめる。新入生もお先に失礼しますと戻って行った。
    ほんの少しだけの立ち話━━天気がどうだとか、調子がどうだとか━━が終わる頃、食堂にはもうシンボリルドルフとオグリキャップだけになっていた。
    スタッフも閉めの清掃作業をはじめていた。そろそろ退室を促されるだろう。
    言われる前に食堂を出て、少し歩いたところでシンボリルドルフは横のオグリキャップに目線をやり、

    「勝負しようかオグリ」

    簡単に言ってのけた。

  • 13二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 14:47:28

    新幹線での移動中、タマモクロスはずっとスマホ画面を眺めていた。
    今回は一人で移動のうえ食事も学園で済ませてきたから、とにかく時間が余っている。
    知り合いのウマッターやウマスタグラムをひたすらのぞく。

    札幌に来ていまーす♪
    中山で美味しいものを食べています。
    小倉でレース準備しています!
    京都はとても良い天気だよー。

    ほうほう、自分らええやんか……と思っている最初のうちは気にならなかった。
    だがいつしか写真と文字列の多彩さに引っかかりを覚える。

    ウマ娘達の居場所はハッキリとわかるだけでも札幌、新潟、中山、中京、阪神、京都、小倉……日本各地へと散らばっている。いくらなんでも賑やかすぎた。
    レースや営業でウマ娘が地方へ足を運ぶ事はさほど珍しくないが、TLがそれ一色に埋まるほど頻繁にあるという訳でもない。

    タマモクロスは気になって、SNSを利用していないウマ娘や関係者にも聞いてみる。皆今どこにいるのかを教えて欲しいと。
    一通二通と返信がくるたびに、やっぱりと言葉が出る。十通目辺りで確信した。

    あれだけいるウマ娘や関係者のほぼ全員が東京トレセン学園から遠く離れた場所にいる。
    あの新入生は新入生全体で講習会があると言っていた。東京にはいるのだろうが、学園内にいなければ地方にいるのと変わらない。

    こんなに妙な偶然あるはずがない。
    目撃されると不味い事があるからそのためにトレセン学園の人(ウマ娘)払いが行なわれた。証拠を残さないために誰かがそう仕組んだのは明らかだ。

    タマモクロスはスマホをじろり睨む。あの会長やりよったな。

  • 14二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 14:48:54

    「会長権限で皆のスケジュールを調整させてもらった。我々の立場を踏まえて念入りにね」

    学園内のコースに競技衣装で立つシンボリルドルフ、そしてオグリキャップ。

    「トレセン学園に私達しかいないなんて……夢みたいで実感がないな」

    サクサクと小気味よく鳴るターフを踏み歩き、ゲート前に二人だけで立つ。
    小鳥の囀り、虫の鳴き声程度は聞こえても辺りに人の気配は全く感じられない。
    食堂を出てドレッシングルーム、着替え終えてターフに足を踏み入れるまで誰一人見かけなかった。

    目撃者が問題でレースが開催できなければ、一切の目撃者を許さなければいい。
    シンボリルドルフはその政治力と交渉術をもってして東京のど真ん中に見事な空白地帯を作ってみせた。

    数ヶ月前、オグリキャップはシンボリルドルフから「二人だけの真剣勝負がしたい」と要請された。

    驚くと同時にオグリキャップはアンリトンルールの存在を思い出す。偶然を装ってのレースだとしても、私達が競走すれば沢山の人が注目するだろう。
    一体どうやってルールを覆すのか。迷惑がかかってしまう事は避けないと駄目だ。そんな当たり前の事を聞くなんて。

    そんなオグリキャップの内心を見透かすような表情で
    「舞台は自分が用意する。絶対に。だから信じて待って欲しい」と言い切った。
    シンボリルドルフは本気で勝負を望んでいるとも理解した。

  • 15二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 14:50:49

    それでも、だからどうやって、としか考えられない。
    いい加減なことは言えない、と言葉を濁していたら「何故?」「私の事が信じられないのか?」とひたすらに迫られた。
    そして半ば一方的に約束を結ばされた。言質をとられたという表現の方がしっくりくるかもしれない。

    ずっとこのレースは実現するはずもないと考えていた。
    だからタマモクロスの問いに「まさか」と答えたし、断られなければ実際に新入生とのトレーニングに励むつもりだった。
    とぼけて嘘をついたわけではない……と思う。グレーゾーンかもしれないが。

    まったくシンボリルドルフの行動力は現実離れしていた。
    巧妙に人を配置し、オグリキャップの心を掴まえ、じっと機を待っていたのだ。
    そして今日、本当に誰もいないバ場を用意してみせた。アンリトンルールを覆し、自らの願いを叶えるためだけに。

    「予定の調整には随分腐心したが今日の午後二時間で限界だった。もう直ぐ十五時になるが十六時にはターフ管理の業者がやって来る。ままならないものだ」

    これだけの芸当をやってのけて未だ不満らしい。
    たった二時間でもこの巨大なトレセン学園から人とウマ娘を完全に立ち退かせるなんて、シンボリルドルフ以外の誰にも不可能だろう。
    学園が無人の場合にのみ成立されるレースを開催するなんて完全に想像の埒外だ。

  • 16二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 14:52:50

    ぬけるほど空は青く風は冷たく涼しい。
    こんな天気の日に親しい友人達と思い切り走れたなら、それはもう最高の気分だろう。

    オグリキャップはうつむいて漏らす。

    「何故、私なんだ」

    現実離れしたこの状況への興奮、こっそりルールを破ることの罪悪感、勝負への緊張よりも疑問が浮かんでしまう。
    何故ここまでして皇帝は自分との勝負を望むのか。申し訳無ささえ覚える。

    「私は何度も負けているぞ。私より成績の良いウマ娘は沢山いるのに何故私を選ぶんだ」
    「勝利数で実力は測れない。私と同じレースを10戦走ったなら誰でも10戦0勝だ。しかし一度でも二着を獲得したウマ娘なら━━私と大差はついているだろうが━━その娘は間違いなく才能がある。これが私の回答だ」

    オグリキャップは絶句する。
    とんでもない事を言いだした。大差をつけて勝った相手に向けて才能がある、なんて。鈍い自分にだって解る。

    「大体、オグリはどのレースでも相手の実力を引き出してしまっている。勝負に於いて、相手の実力を引き出す事は悪手に他ならない。私は『シンボリルドルフには負けて当然』とだけ思わせる。『オグリキャップにだって負けない』と思わせれば正念場で競り合いを呼びこむことになる」

  • 17二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 14:54:33

    勝てたレースはいくつもあったな、自分でも思い当たるだろう、とピシャリ。そこに情けや気遣いは皆無だった。
    もしスーパークリークやタマモクロスが今の発言を聞いていたら……想像だけで冷や汗が背中を伝う。ギャラリーがいなくて本当に良かった。

    「……強いんだな。心も、体も」

    気が利いた言葉を自分の中に探したが見当たらない。精一杯の賞賛と少しだけ皮肉をこめて返す。

    無論だ。私は強い。
    シンボリルドルフは続ける。

    マルゼンスキーが8戦8勝
    ミスターシービーが15戦8勝
    ナリタブライアンが21戦12勝
    タマモクロスが18戦9勝
    ……

    そして、オグリキャップが32戦22勝

    重賞獲得の経験のある中でも、とく優秀なウマ娘達の成績を淀みなくすらすら言ってのける。
    のみならず当時のバ場の状態から、タイム、レース場まで。オグリキャップは目を見開く。どれだけの情熱と時間をレースに注いできたのか知らされる。

  • 18二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 14:56:20

    「皆素晴らしい成績だ。ただ、どのレースも私がエントリーしていれば結果が大きく変わった事は否めないな」

    だってそうだろう、と。

    「私が出れば私が勝つ。後塵を拝する訳が無い」

    あっさりと言い切った。全てのデータを見知った上でトップに立つのは自分だと。
    先ほどからの態度、そして言葉を聞いたならほとんどのウマ娘は良い顔をしない。その場で喧嘩腰に「じゃあ確かめましょう」と言い出す者さえいるはずだ。

    「確かめたいんだが……私の目の前にいるのは、本当に本物のシンボリルドルフなのか? そっくりさんではないかと疑ってしまうぞ」
    「真正真銘のシンボリルドルフだ」

    皇帝はおかしそうに笑う。
    彼女の性格を詳しく知っているわけではない。誤解の可能性もある。それでも、そっくりさんと話しているような、ねっとりした違和感は拭えない。

  • 19二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 14:58:36

    ウマ娘の頂点に立つ存在がいるとすればそれは間違いなく彼女だろう。
    GⅠレースを七つ制覇した圧倒的な実力だけではない。規範たらんと立ち振る舞うその姿に憧れ、一目置く者は多い。そんなシンボリルドルフが会長を務める事に異議を唱える者はいない。

    だが今のシンボリルドルフは勝手気ままなライオンのようだ。
    圧倒的な力を隠そうとせず、その力を好き放題に振るって周囲を支配する。食いたいだけ食って、眠りたいだけ眠り、暇つぶしに弱者の意地を軽々と捻り潰す何よりもそれを隠そうともしない。
    皇帝とは表向きの姿だったのだろうか。軽蔑こそしないが、どうしても困惑は生まれる。

  • 20二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 15:00:39

    GⅠレースを制覇した時も纏った衣装で支配者の笑みを浮かべながら相手を正視する。
    凛とした佇まいは美しく、絶対的な勝者であり続けるシルエットは惚れ惚れするほど魅力的だ。
    シンボリルドルフはターフを走れなくても大成功をおさめただろう。おそらくどんな職種、世界であろうと。

    オグリキャップは少し見惚れてから、誰もいない世界でそのシンボリルドルフが自分を求めていると今さら意識してしまう。
    レースへ集中しなければならないのに、余計な事ばかりが頭の中を埋めていく。

    「混乱してきた……この状況は私には難しいようだ…」
    「では簡潔に纏めよう」

    シンボリルドルフは、すぅと息を吸ってから言った。

    「私は勝利したい。“あの”オグリキャップを完膚なきまでに打ち砕いてみたいんだ」

  • 21二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 15:02:09

    皇帝が本性をあらわす。
    シンボリルドルフの眼の最深部が輝いて色を変えた。同時に、身体からは火花のような光がいくつも飛び散り始める。

    「最高峰レースGⅠの称号は七つ獲得した。『シンボリルドルフの出るレースは結果がわかっているから面白くない』と評された。『絶対』とさえだ。何れも名誉ではあるが私は満足していない」

    ターフが逆立つと毛先が千切れて浮かび上がる。シンボリルドルフの放つ火花と混ざると燃えて塵になった。
    怯えたバ場がシンボリルドルフに服従をはじめる。
    ただ存在するだけで底が知れないほどの影響を生み出してみせる。可能なのかこんな事が。

    「私が欲するのは強者からの勝利だ。強ければ強いほど価値がある。今更、勝率が高いだけの強者もどき相手に先着する事のどこに意味がある? くだらないな」

    ゲートインさえしていない。
    それにも関わらず気迫は溢れて、何者相手にも先着を許さない強固な意思が伝わってくる。
    シンボリルドルフの纏う気迫が最高潮に達すると、

    「芝1600Mだ。マイルが一番得意だろう。準備はいいな」

  • 22二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 15:03:58

    シンボリルドルフが腹を空かせた捕食者の笑みを浮かべた。
    瞬間、オグリキャップの全身に電流のような強く激しい衝撃が走る。苦痛ではない。叫びたいほどの歓喜が震えとなって頭頂部から足の爪先までをくまなく襲う。

    ううう、と唸り声をあげながら頭を振り乱し、拳を強く握る。震えは止まらない。心臓が強く脈打って、絞り出すように限界まで身体を揺らす。

    十秒ほどか。ようやく震え終えた後、オグリキャップの乱れた髪の奥で瞳がバチリと光を放った。
    シンボリルドルフは、にまりと下品ささえ滲ませながら喜びを露わにする。

    「良いぞ!! 素晴らしく良い! “あの”オグリキャップだ! 待ち焦がれていたぞ!」

    破裂寸前の風船を想起させるような声に呼ばれる。
    ゲートインして呼吸を整えながら、遥か向こうのゴールを全身で捉えれば余計な気持ちは飛んでいった。
    腹の底から力が湧いてくるのを感じる。一切不安はない。あとはあそこまで目一杯駆け抜けるだけだ。

  • 23二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 15:06:23

    スタートは十五時。時刻を知らせるベルがあと十数秒で鳴る。
    不思議と、昂りながらも深海の底で眠るような落ち着いた気持ちでいられる。自分の中で高まりきったエナジーが解放される瞬間を待った。
    きっと生涯忘れられないレースになる。両者がそう感じた刹那、ベルが鳴りゲートは開いた。

  • 24二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 15:08:41

    「で、どっちが勝ったん」とタマモクロス。
    「……何の話だ?」とオグリキャップ。

    翌日のトレセン内食堂。
    二人だけの真剣勝負が行われたことは間違いない。早速問い詰めるが絶対に口を割ろうとしない。

    「ええやん。ウチにだけ教えてよ。誰にも言わんから」 箸を置いて両手のひらを合わせてお願いする。
    「……何を?」
    「えっ、それって会話としてどうなん」
    「何が?」

    一言だけ返して、オグリキャップはまた食事を再開する。
    人との会話を素早く切り上げたい時は、ひたすら疑問のみをぶつけましょう。話にならないと思わせたら貴方の勝ちです。
    ほー、そういう事かとタマモクロスは手をワキワキさせながらオグリキャップの背後へ回る。

    くすぐったる。泣いて謝るまでな。オグリキャップはビクリと警戒するが茶碗と箸を持っていた分初動が遅れた。タマモクロスはその隙を見逃さず、小学生サイズのその手をオグリキャップの脇に滑りこさせようとする。瞬間、

  • 25二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 15:12:53

    「緩慢で稚拙だな。誉められた動きではない」

    隣席のシンボリルドルフが即座に立ち上がり、がしりと掴まえて犯行を阻止する。
    自身も食事をしながら、タマモクロスの動き、そしてオグリキャップの発言にじっと目を光らせていた。

    口数が多いわけではない、そして上手なわけでもないオグリキャップがボロを出さないよう朝から影の如く付き纏っている。万事こんな調子だった。

    「オグリ、頬にご飯つぶがついているぞ」
    「……恥ずかしい、あまり見ないでくれ」

    イチャイチャではない。ただ許し難い。自分ら仲良しか、えぇ?
    両者の腿から脛まで巻かれた痛々しい包帯や、どこか微妙に近い距離感━━肉体的、精神的ともにだ━━とても腹立たしい。昨日までと違いすぎる。
    おおかた、オグリキャップの口から出てくる短い疑問文もシンボリルドルフのレクチャーによるものだろう。

    現場を見たわけではない。しかしこれこそ状況証拠に相当するものではないか、とタマモクロスは思う。
    今までこんな事は一度もなかった。おかしいやんか。
    注意深く目を光らすが決定的な証拠だけはどこにも見当たらない。強く強く歯噛みする。
    それなのにいくらでも探してみろと言わんばかりの余裕綽々の態度が気に入らない。タマモクロスはシンボリルドルフを正面から睨みつける。
    シンボリルドルフは流そうともせず受け止める。

  • 26二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 15:16:44

    「嫉妬だな。私とオグリは特別な関係だと理解したから湧き出た嫉妬だ」

    極めて小さな、しかしタマモクロスだけに聞こえる囁きと微笑を残す。

    「あ゛!゛?゛ も゛っ゛か゛い゛言゛っ゛て゛み゛ー゛や゛!゛」
    「どうしたんだ……そろそろ止めるべきじゃないか二人とも…」

    ここは公共の場所なんだから配慮に欠いた行動はとってはいけない。そうだろう。……駄目だ、聞いていない。
    他のウマ娘達はとっくに距離を取っているから周りの席はスッキリしていた。皆、被害の及ばない出入り口の近くで、こちらの名前を呼びつつ渦中を指さしている。
    お前が何とかしろと言うことなのだろう。私の責任なのだろうかとオグリキャップは問いたくなった。

  • 27二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 15:20:33

    オグリキャップは自分の脚に巻かれた包帯を見る。それだけで、昨日のレースを思い出して胸の奥が熱くなる。

    シンボリルドルフは背中に翼をもっている、そう錯覚するほど桁違いのスピードだった。
    ターフが焦げるほど力強い足取りと闘志で、数センチの無駄もなく最短距離を選択して、景色を切り裂きながら突き進む。
    最初の数歩で、まともな勝負にならないのではないかと思ってしまった。暗い考えを振り払い、ほんの一瞬で置いていかれそうになるのを必死に食らいつき防いだ。負けたくない。その一心でがむしゃらに地面を蹴って前進した。

    思えばたった1600M。たった90秒ほどだが何と濃密な時間だったろう。息をするのも邪魔に感じるほど集中された意識の中で、視界が真っ白になっていく様を覚えている。

    ただ誰かと競走しただけでは得られない、シンボリルドルフが相手だから可能となった再現不能な走り。フォームより、位置取りより、大歓声より、脳の奥から生まれ出る衝動そのものに身を任せて、真っ白な無音の世界に導かれていき、最後には身体全てが包まれた。

  • 28二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 15:27:44

    その意識のままゴールラインを割った時、夢から覚めるように色と音がかえってきた。「もう終わりなのか」と思ったが、あんな夢の体験がもう一度叶うかどうかわからないと悟りもした。

    完全に足を止めてようやく、そうだ勝敗、と思うオグリキャップの真横。
    普段通り、いつもと変わらないシンボリルドルフから、
    「私は幸福だ。オグリも同じ気持ちなら嬉しい」と言われる。
    迷うことなく「あぁ同じ気持ちだ」と答えた。

    翌朝は歩くのを躊躇するような痛みが脚にあったが、休むつもりはなかった。心の方はひたすらに軽かったから。
    登園して会ったシンボリルドルフも似たようなものらしい。どちらからでもなく自然と笑みがこぼれた。

    「うわあ!」と誰かの声がした。
    はっと見上げればタマモクロスは口から汚い言葉を吐いて、シンボリルドルフは口から炎を吐いていた。比喩ではない。

    あんなレースをまたしてみたい。
    だがシンボリルドルフの力を借りてどうにか辿り着いた世界を独力で見つけられるだろうか。難しいかもしれない。
    ただ同時に、悲観してふて腐れるほどではないとも思う。

  • 29二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 15:31:42

    自分は今までも素晴らしい勝負相手に恵まれて、新しい扉を開くことができた。
    カサマツの時からそれは変わっていないのだから、多分、これからも変わらないはずだ。
    一歩一歩続けていけば、大丈夫、辿り着けるはず。

    タマモクロスが今日一番の叫び声をあげる。

    「トウカイテイオーの前で言えるんかー! 大好きなトウカイテイオーの前で今の歯の浮くような台詞を言えるんかー!? えぇオイ!」
    「……日本語が達者じゃないか随分!」

    ついに引っ張り合いをはじめた。これはいけない。しかし……
    シンボリルドルフ、タマモクロス、スーパークリーク、イナリワン、レースで一度勝負しただけだが忘れられないウマ娘や他にもたくさん頼もしい敵がいる。
    私はとても、とても周囲に恵まれているのかもしれない。そう思いながらオグリキャップは立ち上がり、仲裁を開始した。

  • 30二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 15:36:13

    おしまいです。読んでくださった方に感謝。


    >>5

    サーセン。良い方法あったら教えてください…(´ω`)

  • 31二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 15:36:55

    な、なげぇ…

  • 32二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 16:03:35

    よかったです
    でもスレ消して渋なりなんなり他のとこで出し直した方がいいとも思う

  • 33二次元好きの匿名さん21/08/29(日) 16:28:15

    面白かった
    埋もれるのは残念なくらい

  • 34二次元好きの匿名さん21/08/30(月) 02:23:37

    言葉選びも含めてスラスラ読めた
    Pixivにあげた方がいい気がする

オススメ

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