(SS注意)ゼファーインワンダーランド

  • 1二次元好きの匿名さん23/08/08(火) 17:17:10

     気づけば、私は見知らぬ森にいました。
     未知の風のはずなのに、どこか懐かしいという不思議な風景。
     とりあえず、私は歩みを進めようとして────すぐに違和感に気づきました。

    「あら……この異風な装いは、ハンカチさんですか?」

     自身の身体に視線を向ければ、柔らかなブラウンの毛並みに包まれています。
     そして手から足の間に広がっているマントのような布、頭まですっぽりと覆っているフード。
     私は今ハンカチさん……ムササビさんを模した着ぐるみを身に着けているような状態でした。
     ですが脱ぐことは出来そうになく、私の身体の一部になっているよう。

    「ふふっ、不思議なことではありますが、悪風には感じませんね」

     その場でくるりと車風になって、感覚を確かめます。
     違和感ことありましたが、特に弊風はありません。私はそのまま歩みを進めることにしました。
     しばらくすると、長風に乗って慌てたような、煽風のような言葉が聞こえてきます。

    「わあ! 遅刻しちゃうよー! 君がもたもたしてるから!」
    「なんだと! 俺が悪いっていうのか!」

     聞いたことのある風声。
     私は足下に注意を向けながら、先ほどの風がやってきた方へと進みます。
     数分後、風早と進みながら、黒風のような言い合いをしている方々を見つけました。

    「僕達の大きさじゃもう間に合わないよ! 風も吹いてないし!」
    「くっそー! 今日は滅多に来ないゲストが来るっていうのに!」
    「たんぽぽさん、何かお困りでしょうか?」

  • 2二次元好きの匿名さん23/08/08(火) 17:17:34

     私は腰を落として、綿毛のたんぽぽさん達に声をかけました。
     良く覚えてはいませんが、以前にも言い合いをしているところにお会いしていたはずです。
     たんぽぽさん達はふわりとその場で浮かぶと、私に気づいたようにくるくると回ります。

    「君は……この間雲遊びをした! 今日はムササビなんだね!」
    「やあ、久しぶり! また一緒に遊ぼうか!」
    「何を言っているんだ、僕達はダンスパーティに行くんだろう!?」
    「ああ、そうだった……でもどうせもう間に合わないよ」
    「あの、もしかしたら何か帆風を送れるかもしれません、話を聞かせてもらえませんか?」

     たんぽぽさんは悩むようにその場を舞い、やがて話をしてくれました。
     どうやらここから少し離れた場所で、森の仲間達による舞踏会があるそうです。
     彼らもそれに参加するのですが、今日は風が凪いでおり、予定時間に間に合わなそうとのこと。
     ……以前、私がたま風に囚われた時、彼らに助けていただきました。
     今こそ、その風返をする時なのでしょう。
     私はポンと手を叩いて、彼らに対して言葉を紡ぎます。

    「たんぽぽさん、私に任せていただけないでしょうか?」
    「……でも風も吹いてないし、もうどうしようもないよ」
    「いえ、そんなことはありません。今は無風だというならば」

     まだ至軽風でしかなかった、あの時ならば言えなかったでしょう。
     ですが、今の私は違います。
     トレーナーさんに支えられ、テイオーさんと共に天風を目指し、色んな様々な突風と競い合い。
     そしてあの目に焼き付いた烈風に至り、それを越えたまことの風となった私ならば、自信を持って言えます。

    「私が、疾風となりましょう」

  • 3二次元好きの匿名さん23/08/08(火) 17:17:51

    「わあ! 早い早い! こんな風、今まで乗ったことないよ!」
    「君、ムササビなのに走るのも早いんだね!」
    「ふふっ、ありがとうございます。さあ、疾く疾くと行きますよ……!」

     私の包んだ手の中で、たんぽぽさん達は興奮気味に言葉を発しました。
     その言葉を追風に、私はひゅんひゅんと、森の中を勁風となって駆けていきます。
     本来ならば、このような勢いで木々の中を走ることなど不可能でしょう。
     けれど、今は何故かそれらが防風とならず、まるで道を開けてくれているかのようでした。
     そして、私達は目的地であり、広場へと辿りつきます。

    「まあ……!」
    「ありがとう! 君のおかげで間に合ったよ!」
    「もう皆来てるし、本当に助かった!」

     たんぽぽさんは楽しそうにふわふわと私の周りを浮かびます。
     しかし今の私は、森の広場の光景に目を奪われてしまっていたのでした。
     メガネさん、ぶんぶんさん、オレンジさん、くろまめさん……。
     たくさんの森の仲間たちが、楽しそうにダンスの練習をしながら舞風となっていたのです。
     ああ、なんというひかたな光景。
     私も共につむじ風となりたくなって、うずうずしてきてしまいます。

    「そうだ! 君も一緒に参加しようよ!」
    「えっと、良いのでしょうか? 皆様の邪魔をしてしまって……確かに今の私はハンカチさんですが」
    「なんて? ハンカチ? ……ああ、ムササビのことか!」
    「気にしない気にしない! パーティーなんだから人数が多い方がきっと楽しいよ!」
    「……そうですね、ではその順風に甘えさせていただきましょう」

  • 4二次元好きの匿名さん23/08/08(火) 17:18:05

     私はたんぽぽさん達の言葉に口元を緩めて、言葉を返します。
     その瞬間────場が黒南風に包まれました。
     ですがそれは真っ黒というわけではなく、少しだけ薄暗い、いわば宵闇。
     たんぽぽさんは勿論、広場に居る仲間達の姿もはっきりと確認することができます。
     何事かと周りを確認している最中、俄風のようなシャウトが響き渡りました。

    「……この声は?」
    「あっ、来たよ! 海外から来てくれたスペシャルゲストだ!」

     その場にいる皆が、一つの風向きに視線を向けます。
     私も釣られて見てみると、どこからともかくスケートボードに乗ったくろはなさんの二人組。
     恋人さんなのでしょうか、男女で息の合った様子を見せてくれていました。
     彼らは広場の真ん中に陣取ると、あっという間に台風の目となって、狂風の嵐を巻き起こします。

    「さあ、確かめよう!」
    「そして、見つけよう!」

     心が弾けて、溢れだしてしまいそうな熱風。
     まるで季節が変わるときの光風のような、ときめきでした。
     その場にいるすべての存在が彼らに目を奪われてしまいます。
     そして彼らもまた、その視線全てを巻き込む竜巻のように、激しく舞い踊り始めました。
     
    「素敵なサムシング────カモンッ!」

     くろはなさんたちは見事なタップダンスを披露し、私達もそれに合わせて踊り始めるのでした。

  • 5二次元好きの匿名さん23/08/08(火) 17:18:20

    「ああー! マジ神! 最&高にバイブスアガったわー!」
    「それなー! テンションあげみざわ! 君もそう思わん!?」
    「はい、素晴らしい豪風で、思い出すだけで身体が勝手に踊ってしまいそうです」

     ダンスパーティーは最高潮の盛り上がりのまま、幕を閉じました。
     気持ちの昂ぶりのあまり、たんぽぽさん達もヘリオスさんのような言葉遣いになってしまっています。
     しばらくの間、たんぽぽさん達とその場に残って、感じた風炎を語り合っていました。
     気づけば、くろはなさんを始め、森の仲間たちはその場から立ち去っており、残りのは私達だけ。
     
    「あら……いつの間にか静穏に」
    「えっ、あっ! しまった! もうこんな時間か!」
    「早くここから戻らないと『アレ』が来ちゃうよ!」

     突然、慌てだすたんぽぽさん。
     その様子に思わず首を傾げていると、肌を生ぬるく撫でつけるような陰風な気配。
     顔を上げると、私達の前に真っ黒な雲のような何かが迫っているのでした。

    「この黒風は……?」
    「ああ! もう来ちゃった! 急いで離れないと!」
    「これに呑まれたら俺達は大変なことになってしまうよ!」
    「それはあなじですね、わかりました。私の手の中に……!」

     魔風を感じて、私はたんぽぽさん達を掬い上げると、その黒雲の反対方向へと走り始めます。
     幸い、雲の動きそのものはゆっくりとしたもので、簡単に距離を取ることができました。
     しかし、本当の逆風はそこからだったのです。

    「……っ! 前からも……!?」
    「そんな! もう囲まれていたの!?」
    「なら上風になりましょう、しっかり掴まっていてください!」
    「どうやって!?」

  • 6二次元好きの匿名さん23/08/08(火) 17:18:36

     ぐるりと見渡せば四方八方から黒い雲がじわりじわりと近づいてきていました。
     私は近場にある一番大きな木に目を付けて、昇り始めます。
     ハンカチさんの姿になっているせいか、普段よりもするすると昇ることが出来、あっという間に天辺に辿り着きました。
     たんぽぽさん達もなんとか落ちずに済んだようで、ほっと一息。
     しかし、まだ向かい風は続いています。
     下を見れば、私達がいた場所をあっさりと埋め尽くした黒雲が、今度は空に向けて立ち昇ってきているのです。
     それは先ほどよりもゆっくりとした速度ですが、こちらはこれ以上進むことはできません。

    「どっ、どうしよう!?」
    「このままじゃ、すぐに巻き込まれてしまう!」

     絶望の声を響かせるたんぽぽさん達。
     これは私の判断ミスでもあります、せめて彼らだけでも放して逃がすべきでしょうか。
     いえ、今は風凪しており、彼らを放したところでそのまま地面に落ちて、黒雲に巻き込まれてしまうでしょう。
     万事休す、せめて風さえ吹いていれば、風道はあったというのに。

     そう考えた刹那────ぴゅう、と一陣の風が吹き抜けます。

     それはまるで真艫よりの風のように、私の背中を押してくれる凱風。
     いつまでも、どこまでも浴びていたくなるような、心地良い清風。
     今までも、そしてきっとこれからも、幾度となく私を助けてくれる恵風。
     私の大好きな、私だけの風が、森の中を何度も何度も流れていきました。
     心の中には春風のような暖かさ、諦めていた気持ちに再び風が吹き、私は声を上げます。

    「たんぽぽさん、この風に乗ってくださいっ!」
    「でっ、でもそれじゃあ君は!?」
    「大丈夫です、今の私は────ハンカチさんですから」

  • 7二次元好きの匿名さん23/08/08(火) 17:18:51

     たんぽぽさん達をふわりと風に乗せると、私も両手を広げて木から飛び降りました。
     それを見計らうかのように、一際強い大風が吹きわたり、私はその風に身を任せます。
     ふわりと、浮かび上がる私の身体。
     強東風は私達をさやさやと運んでいき、黒雲の遥か上空を駆けていきます。
     レースで感じる激しい風とはまた違う、穏やかで、優しい、気持ち良い瑞風。
     先程まで業風の真っ只中だったこともすっかり忘れて、気づけば私は森の滑空を楽しんでいました。

  • 8二次元好きの匿名さん23/08/08(火) 17:19:09

    「……んっ」
    「あっ、起きちゃった?」
    「……トレーナーさん? えっと、たんぽぽさん達は?」
    「……? とりあえず君の髪に少しついているけど」

     ぱちりと目を開けば、覗き込んでいるトレーナーさんのお顔がありました。
     頭の後ろには少し硬くて、それでいて暖かで、居心地の良い感触。
     私は彼の膝を枕に寝転がっている状態で、身体の上ではまんまるさんやひーよさんが羽を休めています。
     全身を包んでいるのは、ふわふわとしたブラウンの毛並みの、ハンカチさんの着ぐるみ。
     離れたところからは喧騒や歓声、歌声などの饗の風が流れていきます。
     ……思い出しました、今日は聖蹄祭。
     朝からクラスの動物カフェの手伝いをしていたはずなのですが、何故こんなところに……?

    「ゼファー、前日から料理の仕込みとか、ずっと手伝っていたんだって?」
    「はい、皆様は良いと言ってくださったのですが、風待ちをしてしまって」
    「きっと頑張り過ぎちゃったんだね、俺が来た時には裏で眠っていたらしくて」
    「……まあ、それは、その」
    「もう大丈夫だから連れて行ってあげて欲しいって言われてね、クラスの子達、君に感謝していたよ」

     脳裏に浮かぶのは、心配そうに声をかけてくださるクラスメートの顔。
     ……どうやらせっかくの便風を、仇の風で返してしまっていたようです。
     トレーナーさんにも楽しんでもらおうと頑張っていたに、花嵐の桜にしてしまいました。
     ようずを感じて顔を俯かせると、ぱたぱたという音と共に、そよ風が私の肌を優しく撫でます。

     私の大好きな、私だけの風。

     ハッ、となり顔を上げると、トレーナーさんは驚いたように目を見開いていました。

  • 9二次元好きの匿名さん23/08/08(火) 17:19:30

    「えっと、今日はちょっと気温が高くて寝苦しそうだったから扇いでいたんだけど……嫌だった?」
    「……いいえ、ありがとうございます。この谷風に、助けてもらいましたから」
    「……えっと、そっか、助けられたなら良かったよ」
    「はい、ひよりひよりです♪」

     心の中に満ち溢れそうになっていた黒雲は、気づけば浚いの風に乗せられていました。
     せっかくですから、もう少しだけこの時つ風を、楽しんでしまいましょう。
     私は力を抜いて、トレーナーさんの膝の上に頭を任せます。
     安らぎを感じている私の心を察したのか、鳥さんが集まってきました。
     周囲をくるくるとつむじのように歩いたり、羽風で伴奏を奏でたり、耳元で小さな歌声を披露したり。
     ああ、それはまるで森の仲間達のダンスパーティのよう。
     私も混ざってしまいたいところですが、今日はたくさん踊ったので、盛り上げるだけにしましょう。

    「……らるらら~♪ る~るるる~~♪」

     ちらりと、さえずりながらトレーナーさんを見ます。
     私の風招きに気づいてくれるでしょうか、気づいて欲しいなと、そんなことを思いながら。
     すると彼にはにこりを微笑んで、私の歌声に合わせて、メロディーを口ずさんでくれました。
     ――――ふふっ、いせちと祥風と瑞風と凱風が、いっぺんに吹いてきたみたい。
     私達は共に風音を響かせながら、昼下がりの穏やかな時間を過ごすのでした。

  • 10二次元好きの匿名さん23/08/08(火) 17:20:48
  • 11二次元好きの匿名さん23/08/08(火) 17:34:59

    雰囲気や口調のエミュ精度もさることながらちゃんと風先生が力を貸してくれるお話で面白かった

  • 12二次元好きの匿名さん23/08/08(火) 17:37:26

    すごく好き
    かわいい

  • 13二次元好きの匿名さん23/08/08(火) 18:02:40


    なんかサトームセンの人たちいなかった?

  • 14流星もふトレ23/08/08(火) 18:59:02

    まさか続きを拝読できるとは……!
    今回も凄く癒されました……かわいい……

  • 15二次元好きの匿名さん23/08/08(火) 20:23:02

    感想ありがとうございます

    >>11

    全話でムササビ着ぐるみという点をあんま活かせなかった反省ですね

    良い感じに機能していれば幸いです

    >>12

    ゼファーが可愛いのは世界の普遍の真理だからね

    >>13

    年齢がバレそう

    あのネタをリアルタイムで知ってる年齢層どこまでなんだろう……

    >>14

    素晴らしいスレ立てていただいたことと引き続き読んでいただいてありがとうございます

  • 16二次元好きの匿名さん23/08/09(水) 06:56:00

    もふもふゼファー撫でてみたいねぇ

  • 17123/08/09(水) 07:26:53

    >>16

    小動物的な可愛さも魅力ですよね

  • 18二次元好きの匿名さん23/08/09(水) 08:10:51

    好きぃーーーー!!

  • 19二次元好きの匿名さん23/08/09(水) 13:02:20

    ゼファーの可愛らしさが詰まった良SS
    ふわふわかわいい

  • 20二次元好きの匿名さん23/08/09(水) 13:03:29

    ムササビゼファーが楽しそうに飛んでてよい
    気持ちよさそう

  • 21二次元好きの匿名さん23/08/09(水) 13:06:21

    ゼファーらしさと爽やかな空気感が伝わってくる素敵な文章ですね。

  • 22二次元好きの匿名さん23/08/09(水) 18:29:21

    >>13

    ワンダーランドは秋葉原だった……?

  • 23123/08/09(水) 20:41:03

    感想ありがとうございます

    >>18

    ゼファー好きはいくら増えても良いですね

    >>19

    ゼファーは全身ふわふわ過ぎてアヤベさんになるね

    >>20

    ムササビ要素を何とか使えて良かったです

    >>21

    その辺りが伝わっていれば良かったです

    >>22

    貴方の近所ッスよ

  • 24二次元好きの匿名さん23/08/10(木) 06:30:14

    このレスは削除されています

  • 25二次元好きの匿名さん23/08/10(木) 06:30:53

    ふわふわムササビゼファーを膝に乗っけてバックハグしたり
    撫でたりしたくなった

  • 26123/08/10(木) 08:01:34

    >>25

    感想ありがとうございます

    なんかこう動物を愛でる感じで接したいですよね

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています