【SS】スカウトされて、ごめん

  • 1二次元好きの匿名さん23/08/10(木) 00:30:42

    「遅れてゴメン!」
    「遅いってマジで。このソイラテ割り勘だからね」
    「本当にゴメンって。あー、でも割り勘するなら一口頂戴」
    「残念。もう氷しかないしー」
     トレセン学園の近くにあるスイーツで有名なコーヒーショップチェーン。
     今日のお昼に新作メニューが出たからみんなで行こうぜ! という話で盛り上がったというのに。
     結局来たのはあたし、ロンギー(あんまり気に入ったあだ名じゃない)ことビロンギングスと。
     レター……ハートリーレターの二人だけだった。

     その上レターは1時間も遅刻してきた。許しがたい。
     でも彼女のノリに免じて今回だけは許してやろう。

    「……って、あれ、ミラ子は? 一緒に来るんじゃなかった?」
    「今日もトレーニングだってさ。いや、ミーティングだけだったかな? 行けたら行く! って言ってたけど」
     しょうがないよねーとレターが笑う。

     レターの魅力はその笑顔だと思う。
     あたし達のグループ……といっても、もう分解気味だけど、その中でも一番魅力的な笑い方をするウマ娘だ。
     きっとデビューすればその笑顔でしっかりファンの心を掴むんだろうなって思ってしまう。

     ……デビューできれば、の話だけど。

     そのチャーミングなはずの笑みが、いつもよりもぎこちない。
     長い付き合いとまでは言わなくても、いつも一緒に教官の指導を受けたり自主トレをする仲なのだ。あたしは気づいてしまう。
     そのことを本人は気づいてるんだろうか。

  • 2二次元好きの匿名さん23/08/10(木) 00:30:54

    「行けたら行くは無理でしょ。あのトレーナーさんだし」
    「だよねー。あのトレーナーさんだし」
     二人して言い合う。
     たまにサボろうとするミラ子を教室まで迎えに来たり、意地でもプールに入ろうとしないミラ子に焼肉を奢ってまで泳がせようとする専属トレーナーさんのことは、あたし達グループの中では『あのトレーナーさん』だけで通じるくらいの有名人だ。

     あんな人にスカウトされたら超大変だろう。あたしだったら無理だ。
     すぐに逃げ出すと思う。それでも逃してくれなくて、地の果てまで追って話をしに来るのが『あのトレーナーさん』なのだろうけど。

    「もーミラ子待ってらんないよ。お腹減ったし喉も乾いたし。頼も頼も」
    「賛成ー。っていうか待ちくたびれたし」
     そんな人にスカウトされたら、辛いに違いないのだ。きっとこんなダラダラできる時間もなくなる。
     実際ミラ子も毎日のように「しんどすぎる。鬼ですよあの人。今日はもう無理。死ぃ~」なんてどんよりと
     でも、どこかキラキラした目をしながら言っているし。

     だから。
     羨ましい、なんて思ってやらないぞ。
     そう緩く心に決めて、あたしはレターとカウンターに向かう。

  • 3二次元好きの匿名さん23/08/10(木) 00:31:06

     新作のジューシーホワイトキャロットフラペチーノは期待通りの味だった。
     人参ペーストとは思えない甘さ。「わかってるじゃん」っていう感じの構成。
     ホイップが山盛りでカロリーもヤバイ。あと値段もヤバイ。原材料価格高騰だがなんだか知らないけれど1杯800円は学生の財布に穴が開く勢いだ。
     これからはレース用の蹄鉄もちゃんと揃えなきゃいけないのに。

    「……人、少なくなったねー」
    「まーね。みんな本格化来てるし、減らないと困るって」
     レターの言葉にスマホをいじりながら、当たり前の返事をする。

     トレセン学園は同じ学年、同じクラスでもちょっとしたグループができる。
     勝ってるか、負けてるか。デビューしているか、してないか。チームに所属している……スカウトされたか、そうでないか。本格化を迎えているか、まだか。
     スクールカーストとまで言わないけど、間違いなく格差はあった。
     みんな表立って口には出さないけれど、みんなちゃんとわかってる。

    「そういえば隣のクラスのヒタっち、転校するってさ」
    「マジで? 辞めるの? 地方?」
    「浦和だって。実家が近いみたい」
    「マジかー。きっつー。あたしあの子に負けたことあるんだけど」
     あたし達のグループは、本格化を迎えてるけど、チームに所属していない。どのトレーナーさんからもスカウトされていない。学園内の模擬レースの成績の成績も悪い。未勝利ばっかり。
     そんな底辺グループの1つ。
     ……1つ、だった。

     スカウトされて、チームに所属して、トレーニングが忙しくなって。あるいはデビューを諦めて。
     櫛の歯が抜けていくようにグループから人がいなくなっていく。
     残されたのはここにいる二人だけ。
     そして、それも──。

  • 4二次元好きの匿名さん23/08/10(木) 00:31:20

    「……ミラ子、すごかったよね」
    「そうだね」
     いくらフラペチーノが美味しかろうと、二人だと流石に話題が途切れ気味になる。
     必然的に誰かの話になってしまう。

     ミラ子のメイクデビューは小倉だったから流石に現地に見に行けなかったけれど、生放送でちゃんと見た。テレビの前だけど応援もした。ライブも最後までしっかりと見た。
     綺麗に差しが決まって、3馬身差の勝利。
     レース後の彼女はなんかフラフラしていて、むしろその後のライブのほうが動きが良かったくらいだけど……ちゃんと勝って。センターで踊っていた。
     半年くらい前まで、あたしの隣で座ってへにゃって笑ってたミラ子が。
     レースで、ライブで。輝いてた。

    「やっぱ、才能あったんだよね」
    「だね」
     もちろん才能だけじゃないことくらい、あたし達はよく知ってる。
     ズブくて体の温まりの悪い彼女が、あたし達が練習を終えた後もしっかり追い込んでたことだってちゃんと気づいてた。
     きっとあたしの1.5倍くらいトレーニングをしてたことだって、ちゃんと知っていたのだ。
     ただ、自分の努力不足を見つめたくなくて。
     気づかないふりをしていただけ。

  • 5二次元好きの匿名さん23/08/10(木) 00:31:32

    「次はホープフルに出ようってあのトレーナーさんから言われてるみたい」
    「ジュニア級の最高峰じゃん。出れんの?」
    「さあ? そのためにまずファンを増やすレースに出ようってハッパかけられてるとか」
     ミラ子が『あのトレーナーさん』にスカウトされたって話を聞いた時は、どこか納得感があったくらいだった。
     ああ、ようやく来たんだねって。良かったねって。

     この世界では才能が一番大切だってことくらいわかってる。
     それでもミラ子の努力は報われて当然だと思う。
     ……そう考えなくちゃ、やってらんない。

    「あー……どんどん先に行かれるなー」
    「先にって……もう追いつくとか無理じゃない?」
    「それあるかも」
     もちろん嫉妬がなかったわけじゃない。
     イチ抜けされた! ってショックも当たり前のようにあった。

     それよりも……あの子がスカウトを受けたことを、あたし達に話してくれた時。
     その時の彼女の申し訳無さそうな顔と。
     ポロッとこぼした言葉が……脳裏に焼き付いて離れなかった。

    ──みんな、ごめんね。

     それを聞いた時は何言ってるんだかって思ったけど。
     今ならそれが、よく分かる。

  • 6二次元好きの匿名さん23/08/10(木) 00:31:47

    「レター、ごめん」
     言わなきゃ。あたしも。
    「なに? 急に」
    「知ってるんでしょ。あたしが──」

    「遅くなってごめーん!」
     バタバタ、というよりノタノタという感じで芦毛と青と白のメンコが寄ってくるのが見えた。
     間が悪いことこの上ない。

    「ミラ子。あんた来たんだ」
    「なんで? 来るけど。行けたら行くってちゃんと言ったじゃん」
    「いやいや、どうせあのトレーナーさんのことだからミーティング長引くし無理だろうって。どうやって抜け出して来たのさ」
    「新作フラペチーノ食べられるの今日だけだから! って言いまくって押し切った来た! ふふん」
     新作は今月いっぱいは続くし、あと3週間くらいある。
     きっとあのトレーナーさんのことだし、見逃してもらったんだろう。
     いいトレーナーさんだと思う。ミラ子にお似合いだ。
     羨ましいとは、まあ、ちょっとは思ってやってもいいかな。

  • 7二次元好きの匿名さん23/08/10(木) 00:32:02

    「あーもう、先に頼んじゃってるしー。どうだったどうだった? あ、やっぱ言わなくていい。わたしも注文してくるから」
     重そうな荷物を空いていた席に置いて、ミラ子がパタパタとカウンターに向かう。
     彼女のカバンからはチラリと厚めのカタログが数冊見えた。あたしはそれを引っ張り出す。

    「へぇー。蹄鉄のカタログかぁ」
    「意外と真面目だよね、ミラ子」
     意外でもなんでもない。ミラ子はゆっくりだけどちゃんとやる子なのだ。
     でも彼女の雰囲気につられるせいか、ついついそう言ってしまう。

    「たぶんあのトレーナーさんに押し付けられたんじゃないの。まずは自分で選んでこいって」
    「ありそう。わかる」
     あたしからカタログを受け取ったレターはペラペラとページを捲って、『競技大会用』のページを開いた。練習用、じゃなくて。
     そのページにあるスラッとしたフォルムの蹄鉄に、目が奪われる。

     ……言わなきゃ。今。
     この時間は、もう終わるって。
     ちゃんとレターに伝えなきゃ。

  • 8二次元好きの匿名さん23/08/10(木) 00:32:14

    「……ロンギー。ごめん」
     レターがいきなり謝ってきた。
    「え、なに?」
     謝るのはあたしの方なのに。いや本当は謝る必要なんてない。
     それでも謝りたくなってしまうのはしょうがない。

    「……今日さ、スカウトの話あった。遅れたのはそのせい」
    「っ!?」
     びっくりして、ミラ子がやってくるのを待つために少し残していたフラペチーノを最後まで飲み切ってしまった。

    「ごめん」
     頭を下げられる。
    「なんで、謝るのさ」
    「いや、申し訳なくて。一緒に頑張って来たし、でも、先に抜けちゃって。ごめん」
     レターが名残惜しい感じでフラペチーノを啜った。実際名残惜しいんだろうけど。

    「……は、ははは……あはっはっははは……」
     口から乾いた笑いが溢れ始める。
    「ちょ、ロンギー。ショック受けすぎ……だからごめんて。自主トレはまた一緒にやろうよ。たぶんそれくらいの時間は取れると思うし」
     まさか。まさかこういうことが起きるなんて。

    「──あたしこそ、ゴメンだわ」
    「……そういうのって酷くない? 一緒に頑張ってきた仲間じゃん、あたし達」
     祝福して、許してもらえると思ってたんだろう。友達として当たり前だ。
     ショックを受けて目尻に涙を浮かべ始めたレターに慌てて首を振る。

    「違う違う、そうじゃなくて。あたしの方こそ言うのが遅れてごめん。本当はすぐ言うつもりだったんだけど」
    「え?」
     あたしはカバンから紙を取り出して見せつけた。
     担当契約書。チーム所属申請書。そう書かれた紙の控えを。

  • 9二次元好きの匿名さん23/08/10(木) 00:32:24

     それを見たレターが口を大きく開いて。「おめでとう」と言い。
     あたしも彼女に「おめでとう」と言った。

     ──あたし達の努力だって、ちゃんと報われたのだ。
     なんとなく、いい感じのタイミングで。
     いや、もうちょっと早くても良かったけどさ。

     そもそもこれでようやくスタート地点に立てたくらいで、本当の試練はこれからなんだろうけど。
     それでもあたし達は最初の一歩を踏み出せたのだ。
     ズブいミラ子に遅れて、だけど。

  • 10二次元好きの匿名さん23/08/10(木) 00:32:39

    「なになに? なんか面白いことあった? わたしも混ぜて~」
     のんきそうな顔をしてミラ子が戻ってくる。これがあたし達の先輩だとは思えない風格。
     その上、生意気にもフラペチーノだけじゃなくてシフォンケーキまで注文して。

    「いや~。ミーティングすると頭使うよね。糖分大事。今日は自分へのご褒美ってことで」
     糖分よりも脂質のほうが多そうだけど。
     そんなツッコミよりも。

    「ミラ子、今日はあんたの奢りね」
    「え、ええ? なんで? 遅れたから? いや大事なミーティングだったししょうがないじゃん」
    「いや、今日は奢り決定だから」
     レターも続いた。

    「は? なんですと? え~? なんでなんで?」
     困惑するミラ子にあたし達は二人してニヤリと笑った。

    「「今日はすっごいめでたい日だから」」

  • 11二次元好きの匿名さん23/08/10(木) 00:33:27

    おしまい


    ミラ子の友達のモブウマ娘はモブウマ娘名鑑さんのツイートを参考にさせてもらいました。


  • 12二次元好きの匿名さん23/08/10(木) 00:40:01

    友達が自分と同じじゃなかった現実を受け止めきれない、お年頃特有のひりひりした感覚とか
    それでも友達の良いところがすぐ思い浮かぶところとか
    ないまぜになった気持ちの動きが凄くリアルで自分の学生時代をちょっと思い出しました
    素敵な作品をありがとうございます

  • 13二次元好きの匿名さん23/08/10(木) 00:45:06

    モブが主役のお話もっと増えろ〜!

  • 14二次元好きの匿名さん23/08/10(木) 00:46:30

    Congratulation!!!

    おめでとう…!とても素晴らしい…!


    いいですよねこういう「ストーリーにいた子にスポットライトが当たる」の

    大大大好きなんですよ こういうの


    >>8

    「──あたしこそ、ゴメンだわ」

    ここ、最初は「そんなのゴメンだわ」って受け取られたんですなあ ちゃんと訂正されてるけど


    日本語って難しいけれど

    だからこそ多様な表現ができて素敵ですね

    こういった素敵な小説を見るたび思います

  • 15二次元好きの匿名さん23/08/10(木) 02:08:06

    ええやん…

  • 16二次元好きの匿名さん23/08/10(木) 06:06:48

    なんていうか、ミラ子が以前は大学進学も考えてたところとかアプリであったけど、ウマ娘がウマソウルとか関係なく普通の女の子として生きてる描写があるとすごくグッとくるよね
    いい話でした

  • 17二次元好きの匿名さん23/08/10(木) 09:03:11

    才能が一番の世界でもやっぱ友情が一番だったんやなって

  • 18二次元好きの匿名さん23/08/10(木) 12:15:27

    たまにGIで見かけて安心するよねこの子たち

  • 19二次元好きの匿名さん23/08/10(木) 12:37:38

    サイドストーリー、いいですな
    脇役の子であっても愛着が湧く

  • 20123/08/10(木) 22:51:58

    コメントありがとうございます!

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