[ホラーSS?]あの世を渡るウマ娘の話

  • 1◆X0l9h4vI9g23/08/16(水) 21:24:40

     お盆といえど、トレセン学園に通う一部のウマ娘に休みはない。というのも、トレーナーを持ち、クラシック期・シニア期を歩むウマ娘は学園側からの催しで某所に設立された合宿所に宿泊しなければならないからだ。しなければならない、と言えば無理強いをさせているように聞こえるが、ここでの練習は普段のものより効果的なものになっているため、多くのウマ娘は不満を持つことはない。
     この話の主役であるウィーウィルも、合宿所にいることを苦としないウマ娘の一人である。いつもと違い午前からのびのびと練習ができることに魅力を感じていて、トレーナーの指揮のもと今日1日は全身を使った練習を行った。
     その日の夜、夕食を食べる際なんとなく隣になったウマ娘と話の花を咲かせていた時のこと。
    「でもやっぱさ、この時期に親どころかおじいちゃんおばあちゃんに会えないのってなんか寂しくない?」
    「そうかな?」
    「小さい頃からの習慣みたいなもんじゃん、夏に実家に帰るって。それがなくなるって、さ」
    「わからなくもないけど、今はなんていうか、申し訳なさの方が勝ってるからなぁ」
    「あ……地雷?」
    「いや別にいいよ。むしろ戒めになるし」
    「ストイックだねぇ」
    「こうでもしなきゃ、私は勝てないから。誰よりも練習して、誰よりも速くならなきゃ」
    「ふーん」
     そこから先に会話は続かなかった。少し気まずい空気が流れてしまい、最近の流行りの話題の投げかけられても、そのての知識がないので、結局ダンマリするしかなかった。
     食器を片付け、お風呂に入り、他のウマ娘と共有する寝室に向かう途中、ふと、ある置物が目に入った。
     なんてことない、二つの野菜。異質な点があるとすれば、それらには三本の割り箸がそれぞれ刺さっていた。
    (何だっけこれ……)
     何年か前からこの置物を見ていた気がするが、名称とか、用途というものを知らなかった。結局その場では不思議だな、と思っただけで、その後に何か起こるなんて思いもしなかった。
     深夜になり、ふと目を覚ます。何となく手洗いに行きたくなったので、寝ているみんなを起こさないようにそっと移動する。部屋と廊下を仕切る襖の前に立った時、向かい側に気配を感じた。誰かが今まさに入ろうとしているのかと思い、その子に襖を開けてもらおうとしたのだが、なかなか開かない。そこでふとした違和感を覚える。
     あまりにも静かすぎる。

  • 2◆X0l9h4vI9g23/08/16(水) 21:25:21

     暗闇に慣れた目で後ろを振り返る。寝る前に見た光景と変わらない───ように見えて、多少の差異がある。誰もが同じ体勢で眠っていて、その顔には白い布がかけられている。イビキも寝息も聞こえず、それはまるで……
    「葬式……?」
    「開けて」
    「?!」
     襖から、声が聞こえた。聞き慣れた、それでいて聞こえるはずのない声。それはさっきからずっと襖の後ろに立っていると思うと、ゾッとする。
    (どうするんだっけ……だってあの声って)
    「開けなさい」
     優しく、厳しい声が頭に響く。どれだけ距離を置いても、おそらくこの声は届くのだろう。
     ふと、寝る前に合宿所の管理人から言われた言葉を思い出す。そうして、自分のやるべきこと───襖を開けるため取ってに手をかけた。
     そこには、一人のウマ娘が立っていた。芦毛で、緑色の頭巾を被った大人のウマ娘。彼女はウィーウィルを見ると口を開いた。
    「たまには実家に顔を見せなさい」
     やはりそうだ。その声は、幼い頃よく聞いた、もういない母方の祖母の声だったのだ。しかし目の前に立つウマ娘にあの頃見た名残はない。どころか声だって若々しく聞こえる。腕がこちらに伸びる。そうして近づいた手はそっと頭の上に置かれた。
    「元気そうだからいいけど、お父さんお母さんに迷惑かけないように、ね」
     温もりが去って、気がついたら襖は閉じられていた。やはり彼女は祖母だったのか、そう思って、張り詰めていた緊張の紐が解けて、今はただ眠りたかった。
     再び目が覚めた時にはすでに日の光が目に入り、あの時の出来事は夢だったのかと思っているところに、昨晩夕食を共にしたウマ娘がやってきた。
    「ねぇ。なんか昨日、変な夢見なかった?」
    「どんな?」
    「ここにいるみんなさ、夜中に目を覚ましたと思ったら、芦毛になってるおばあちゃんに会って、そのあと眠っちゃったんだって。あなたもそうなんじゃない?」
    「……」
    「やっぱり、お盆だからかな。死んだご先祖がこっちにも来てくれたんじゃないかなって思うわけ」
    「まさか。ただの夢だよ」
     あまり幽霊とかに耐性がある方ではなかったのでそういうことにしておきたかった。でも、あの時言われたことはちゃんと守ろうかな、そう心の中でウィーウィルは思った。

  • 3◆X0l9h4vI9g23/08/16(水) 21:25:59

     みなさん知ってると思いますが、お盆にはよくきゅうりとナスのオブジェが仏壇に飾られることがあります。これは精霊ウマ・精霊ウシと呼ばれるもので、お盆になり帰ってくる先祖を迎えるために供えられたものです。なぜきゅうりとナスを使うのかと言えば、これらは日本全土で採れるものであり、またお盆の時期に旬を迎えるものであるからです。
     きゅうりがウマ娘をモチーフとした形に模っているのは「ご先祖様が早く現世に帰って来れるように」、ナスが牛をモチーフとした人型とされているのは「ご先祖様がお土産を持ってゆっくり帰れるように」という想いが込められています。元来ナスは人の形でなく、一般的に知られる牛の状態でありましたが、時代が進み、擬人化文明が発達したことで、牛も人型にしようという流行が発生したことで、現在仏壇には二体の人形が飾られることになりました。
     お盆が終わったら、これらは塩を巻かれぬのに包み込として捨てなければなりません。あくまでこれらは先祖へのお供物でありこの世の人間が口に含めるなどということはあってはならないのです。

  • 4◆X0l9h4vI9g23/08/16(水) 21:27:37

     夏季休業が終わろうとしている8月中旬。トレセン学園内のある噂を耳にしたロッキンユーは深夜に部屋を抜け出し、暗闇の中ある部屋に辿り着いた。ドアをノックし、声がかかるのを待つ。
    「ろうそく」
    「百本」
     これが合言葉。正しい答えを聞いて、部屋の主は静かに来客を迎え入れた。その部屋には今入ったロッキンユーを含め10人のウマ娘がいた。そして部屋の真ん中に百本の蝋燭。
     今まさにここで百物語が行われようとしているのだ。新たな一つの伝説に関わる一人になれるのかという思いで心臓が揺れ動いているロッキンユー。心を落ち着けるためなのか、彼女の下に渡された間食は瞬く間に無くなった。
     そして突如部屋の中に鐘が鳴る。どうやら12時を伝えたようだ。その音を区切りに部屋の中の空気が凍りつく。ついに恐怖の体験が幕を開けようとしているのだ。



     自分の分の恐怖体験(10個の創作怪談)を全て話し終え、とりあえず良かったと安堵の息を漏らすロッキンユー。これで集中して他人の話を聞ける、と今話そうとするウマ娘に顔を向ける。一本の蝋燭に灯された目元の見えない顔はやはり不気味さが際立つ。そして百個目の物語が始まった。

  • 5◆X0l9h4vI9g23/08/16(水) 21:28:08

    「ついに最後の話となりました。ここまで来るとは思いませんでしたので、とっておきの話をひとつ。
     まず始めに、私たちのいた街は比較的平和なところでした。川が流れ、山があり、動物たちとも共存していました。
     そんなある日のことです。誰も向こう側を知らない山のトンネルから一人の来客が現れました。彼は初めて見る街に驚いていたのでしょう、あたりをウロウロと見回していました。それはもちろんこちらもです。向こう側の人間を知らないので私たちは矢継ぎ早に質問を浴びせました。聞いたところによると、どうやら彼はこことは違って明るいところから来たようで、目が慣れていないようでした。そこで私たちは彼にこの街を案内することにしました。
     いろんなところを歩きました。みんながみんな思い思いのところを案内するので一部は私も知らない場所まで歩きました。彼は興奮し、感動し、口に含んだものに驚きを覚えました。どうやら口に合わなかったようですが、それでも彼は何とかそれを飲み込みました。そうして彼は目が慣れたのか、自分が今どこにいるのかがわかったのです。
    『地獄だ』
     彼はそう叫び、元来た道を戻ろうとしました。ですがそれは叶いません。
     黄泉竈食ひ、というものをご存知でしょうか。日本神話のイザナギの話がいい例ですね。あの世のものを食べた人間はそこから抜け出すことができないと言われています。この催しを行う前みなさんに渡したきゅうりの酢漬けがそうです。そうして逃げれないことを悟った彼を私たちは食べることにしました。ここに住む動物───鬼の肉はあまり食べれたものではないので、人間の肉というのは貴重なのです。
     それがいけなかったのです。私たちはあまりに飢えていて当たり前のことを忘れていました。先程申した通り、あの世とこの世は本来自由に行き来することができます。それが不可能になるのは、あの世のものを口にするというルール違反を犯すこと。私たちにとってのあの世とはいわゆるこの世のことなので、この世のものを食べた私たちはあの世から追い出されてしまったのです。それはもう悲しみました。だってあそこは何をしても赦されたのですから。この世でしがらみを受け苦しんでいた私たちにとってあそこは天国のようでしたから。
     ですが、もう諦めました。
     今はこうやって、共に苦しむ仲間を集めているのです」

  • 6◆X0l9h4vI9g23/08/16(水) 21:28:52

     お腹の辺りが、疼いている気がした。蝋燭に照らされた彼女はまだ何かを喋っている。精霊ウマの成り立ちの話のようだ。そしてさっき話していた黄泉竈食ひとしてのきゅうりの話。嫌な仮説が繋がった。
     あの世を渡った乗り物としてのきゅうりは黄泉竈食ひとして機能するのではないか?
     何人か、同じことを考えたウマ娘がいた。だから私たちはこの部屋を後にしようとした。逃げ出したかった。それは叶わなかった。
     堂々と扉を開けた子がいた。開いた扉の先は、先ほどいた部屋につながっていた。
     窓から落ちようとする子もいた。その子はベッドの下から這い出してきた。
     必死に助けを乞う子がいた。その子の首に見えない手が絡みついた。
     悲鳴が一室を包む。ここに逃げ場はなかった。私たちはここで、永遠に、永遠に、永遠に、

  • 7◆X0l9h4vI9g23/08/16(水) 21:29:18

     アノむらさキハナんダ。

  • 8◆X0l9h4vI9g23/08/16(水) 21:33:05

     気付けばロッキンユーは自室のベッドで眠っていた。どうやら悪い夢を見ていたらしく、シーツは寝汗で濡れていた。漠然とある怖かった思いを頭の片隅に追いやり、ロッキンユーは今まで通りの日常に身を沈めた。
     沈むはずだったが、どうもそれが難しいことがわかった。


     だって暗闇のどこかに蝋燭の火が手招いているから。

  • 9◆X0l9h4vI9g23/08/16(水) 21:36:01

    というわけで、ウマ娘世界におけるお盆って、幽霊が当たり前に出るっぽいし、こういうことも起きるんじゃないかなっていう妄想でした。きゅうりも四本足ではなく三本足、ついでにナスもそうしちゃえ、とやっていくうちに最後の階段も生まれました。あんな話嘘っぱちです。信じないでください。

    今日は送り火を行う日らしいですね。みなさん、良い夏休みを。

    では。

  • 10◆X0l9h4vI9g23/08/16(水) 22:10:35

    >>9

    最後にやっちまった…怪談だよ馬鹿野郎が…

  • 11二次元好きの匿名さん23/08/16(水) 22:51:02

    真夜中のゾッとするお話はよき。こういうのはなんぼあってもいいですから

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています