後の祭りは祭りの後で

  • 1二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:15:19

     世の中、後の祭りという言葉がある。

     文字通り後ろのお祭り…というわけでもなく、時機を逃してしまい、それを後になって気付いたとしても今更取り返しがつかなくなってしまう様を指す。

     生きていると不思議なもので、今になって思うとなぜあんな事をしたのだろうかと疑問に思うような失敗を一度はするものであり、後の祭り…とは行かずともあの時こうしていれば…ともしかしたら今とは違う未来を迎えていたのではないかという後悔に駆られることもある。

     似た言葉で覆水盆に返らずとも言うが、まあこれは見ることはあっても使う機会そのものは後の祭りのほうが多いだろう。

     …そう。人とは、思いがけず後の祭りとなってしまうことをついやってしまいがちなのだ。

  • 2二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:15:36

    【はじまりのニゲラ】

     夏合宿も終わってトレセン学園のある街に戻ってきたウマ娘とトレーナー一同は、1週間後に始まる学園に向けて体を休めていた。

     今までは合宿と銘打ってトレーニングばかりの日々であったが、学園が再開するとなれば学業との両立がまた求められるのでウマ娘は憂鬱になる者が多いらしい。正直、気持ちはわかる。

     …しかし、この時期はごく一部のトレーナーもあまり迎えてほしくはないシーズンだったりする。

    「はあ…そういや今年担当だったの忘れてた…」

     溜息混じりに、自室でとあるパンフレットを手に目を伏せる。そこには、商店街主催の夏祭りの概要が書かれていた。

     トレセン学園近所の商工会の主催で毎年催している商店街の夏祭り。名義こそは商店街となってはいるが、実際は周辺の車道も歩行者天国にして開放するので範囲はかなり広範囲に及ぶので近隣から大勢のお客さんが来訪する為、それはもう毎年大盛況である。

     そんなにも楽しそうな催しのパンフレットを持っているにも関わらず、少し気分が滅入っている理由───、それは、この広大なお祭りの運営スタッフとして手伝うことが決まってしまったからである。

     というのも、かねてよりこの祭りには地域、地元住民との結び付きを強めるという目的でトレセン学園関係者からも出店することがあり、学園の生徒も数多くやって来るのもあって彼女らがトラブルを起こさないか、あるいは巻き込まれないか監視する必要があるのだ。

     本来であれば生徒会に委ねる案件だが、彼女らも学生であり、合宿で大半を過ごしただけでもアレだから夏の思い出を作って欲しいという、理事長からの厚意で毎年無作為で複数人のトレーナーが選出されるのだが…今年はそれに選ばれてしまったのだ。

    「まあ予定も入れてなかったしいいけど…めんどっちいなあ」

     そんなのするくらいなら正直部屋でだらんとしていたいし、どうせ祭りに行くなら祭りを堪能したいけど例年何かしらが起きてるって話を聞く限りじゃそれを期待するのも難しそうだ。

     とりあえず、何も起きずに終わってくれますように…。誰ともなく祈りを捧げて成功を祈念していると、来訪を示す呼び出し音が聞こえてきたのでモニタを見てみると───、そこには見覚えのあるおっきなリボンを身につけた少女が立っていた。

    「使い魔、ちょっと顔貸しなさい」

  • 3二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:15:50

    「どうした?今日はお出かけの予定とかなかったはずだけど」

     ドアを開けると開けるのが遅いと言わんばかりにムスッとした顔のスイープトウショウが現れた。一体何事だろうか…?

    「さっき、お出かけする用事が出来たのよ。ちょっとついてきなさい」
    「あー…夕方までに帰れるか?」

     有無を言わさないと言わんばかりの口調だったスイープに一応お伺いを立てるように聞く。というのも、さっき言っていた祭りは今日の夕方にあるので18時には集合場所で点呼を取る必要があるからだ。

     今の時刻は11時。昼付き合ってそのまま現地に向かえば間に合わなくもないのだが、体力を使うのはわかりきってる話ではあるので極力温存したいというのがこちらの弁だが…それで納得してくれるほど甘くはないようだ。

    「なによ!ご主人さまの命令が第一優先って前も言ったでしょ!?」
    「そうではあるけどね?その…ちょっと使い魔としてじゃなくてトレーナーとしての義務が発生しまして」

     俺は彼女からすれば使い魔でしかないのだろうが、レース界で見たらスイープトウショウのトレーナー、あるいは全てを引っ括めて中央トレセン学園所属のトレーナーでもあり、社会的に見たら一人の独立した大人である以上、彼女に全てを割きたくとも限度はある。

    「ちょっと!アンタは誰の使い魔なのよ!」
    「スイープトウショウさんの使い魔です…」
    「そこまでわかってるならアンタがすべき行動なんてわかるでしょ?ほら、早くついてきなさい」

     しかし、彼女からすればそんなの関係ないと言わんばかりにこちらの予定を強引にねじ変えようとしてくる。この後予定がなければついていくのも吝かではなかったのだが…行きたくもないものに行かざるを得ないストレスも手伝って心に暗雲が立ち込める。

     何故わかってくれないのだろうか。俺は用事があるから難しいと言っているのにどうしてそう頑なに俺を連れて行こうとするのか。

     別に彼女の知り合いは俺一人じゃないのに、何故そこまで固執する?どうして、なんで、何故───。

    「…悪いけど、今君に構ってる余裕はないんだ」

  • 4二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:16:07

     言ってから、ハッと我に返る。しまった、黒い感情が漏れ出てしまったと、顔から血の気が引くのを実感する。

     スイープはと言うと、瞳を大きく見開いたような顔をしている。目の前で、大切な何かが崩れ去る様を何も出来ずに呆然と眺めるように。

     その表情から察するに、この発言が彼女において如何に衝撃的な発言だったのかというのが見てとれる。

     やらかした、明らかに言わなくていいことを言ってしまった。脳が理解し、弁解するよう指示が送られて始めようとしたが…それはあまりにも遅すぎた。

    「…なによそれ」
    「えっと、その。今のは」
    「つまり、大人のアンタは忙しいからガキのアタシに構ってるヒマはないって言いたいのね」
    「ち、ちが」
    「違わないでしょ。今アンタ、はっきりアタシにそう言ったじゃない」

     感情もなく、抑揚もなく。氷を押し付けられてると思ってしまうほどに冷たい雰囲気を纏いながらスイープは言う。

     そこにいた少女は普段の快活な魔法少女とは程遠い、冷徹で血も涙もないと言えるような残忍な魔女のように映って仕方がなかった。その視線は、この場の空気を凍てつかせるのにはあまりにも十分過ぎるので顔もあげられなくなってしまう。

     …尤も、そんな魔女にしてしまったのは俺の無心が原因なのだが。

    「…そんなの、こっちから願い下げよ」
    「っ、…」
    「何するのか知らないけど好きにやってればいいじゃない、アンタにはもう頼まないから」

     そう告げると、彼女はこちらを振り返ることもなく炎天下の空の下に駆けて行く。あんな中走ったら暑いだろうになんて普段なら心配をしたり、機嫌をとろうと頭を捻らせるものなのだが───。

    「…バカかよ、俺は」

     自身への自己嫌悪でそれどころじゃなくなってしまい、行き場のわからない黒い感情を夕方の祭りまで燻り続けることになるのだった。

  • 5二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:16:25

    【さめざめアリウム】

     使い魔の部屋から全力で走って寮に帰り、汗だくになったからお風呂に入ったんだけどその時の記憶がかなり曖昧で相当うにゃうにゃしてたのは覚えている。お風呂からあがってさっぱりして、布団の中に潜る。

     きっかけは、何となく誘おうと思っただけ。近所でお祭りがあるって言うからどうせヒマそうにしているであろう使い魔を連れて美味しいものや楽しいことを全部奢らせようとか、そんな事をぼんやり考えてただけのことだった。

     …それに、別にお友達と行くのも良かったけど、使い魔だって合宿中は動き回ってたわけだしヘトヘトだろうからたまにはかき氷やラムネの一つや二つ、スイーピーが珍しく奢ってやろうかなとか、ちょっぴり労ってやろうかななんてらしくないことを考えてた。

     …でも。アイツの放った一言は、少し浮かれていたアタシに距離を置くような、キンキンに冷えたお水をぶっかけた。

    『悪いけど、今君に構っている余裕はないんだ』

     思い出すだけでもムカつく。人がせっかく自分の使い魔の事を気にしてゴホービをくれてやろうかなんて慈悲の心を見せてやったのに、あいつはそんなアタシの寛大な心をガキの遊びに付き合ってるヒマはないと吐き捨てた。

     つまり、そういう言葉が出るってことは常日頃からそういう風に思ってたってワケでしょ?

     結局、アタシは子供だから大人の使い魔が合わせてご主人さまになれてたってだけの滑稽なお話。

    「…っ、うぅ…」

     わんこを抱いて、自然と溢れる涙を止めようともせず嗚咽が漏れる。それほど、さっきの話はアタシにとって悲しくて、辛くて、腹が立つ出来事だった。

     使い魔からこんな酷いことを言われたからなのか、ついてきて当たり前のはずの使い魔から拒絶されたからなのか。

     一緒にいて当たり前だと思っていた使い魔は、向こうからしたらそうじゃないんだってことを知ってしまったからなのかよくわからないけど。

     ただただ、悲しくて悲しくて仕方がなかった。

     外でこだまする、蝉の鳴き声なんかよりはだいぶ小さくはあるけども。彼らの涙に紛れてアタシの嗚咽が埋もれるように響くのだった。

  • 6二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:16:48

    「…スイープさん、いる?」

     ひとしきり泣くだけ泣いて、もう涙も枯れちゃった頃。何もする気が起きなくてベッドの中でわんこをぎゅっとしているとドアの外からキタサンの声が聞こえてくる。その声は、どこか遠慮がちに聞こえた。

    「…なに?」
    「えっ…と、よければなんだけど…今日あたし達とお祭りに行かない!?」

     ドアを開けると一瞬、アタシの様子にぎょっとした顔になるも触れない方が良いと判断したのか、一時の逡巡をなかった事にして本題を切り出したけど…よりにもよってその話題なのね。

     なかった事に出来てないっての。

    「お祭りねえ…アタシはパスさせてもらおうかしら」
    「あー、そんな気分じゃなかった?」

     なんとなく、アタシの気分を察したのかわかんないけどキタサンはバツの悪そうな顔で苦笑いを浮かべながら顔を掻く。正直、この申し出がもう少しだけ前だったら乗り気で行くと言ってただろうに。

     でも、今行く気がないのは事実だしそんな気分で行ってもキタサンに気を遣わせちゃうだろうしキタサンはキタサンで楽しんでほしいからお誘いを断ろうとしたら、キタサンが気になることを言い出した。

    「そのね?今日はダイヤちゃんも一緒なんだけど…浴衣を着て行ってみたいって言うから懇意にしてるお着物屋さんのを着ていこうって話だったんだ」
    「お着物…浴衣…?」

     聞けば、キタサンもこの後のお祭りに行くことをサトノに伝えたら浴衣を着て行ってみたいと言ったらしく、折角だから他の子も誘おうということでアタシの所に来たらしい。

     …そういえば、グランマが昔初詣で着てた振り袖はすっごく大人で、かっこよかった気がする。子供のアタシが羽織っていたものとは程遠いほどに厳かで、それでいて絢爛で…。アタシがガキっぽい色合いだったのもあって誇り高く映ったのをよく覚えている。

     グランマにカッコいいねって言ったら、はにかみながらあたしもまだまだ捨てたもんじゃないねなんてケンソンしてたけど…あの時のグランマは、普段と雰囲気もガラリと変わって大人って感じで…本当に魔法を使ったみたいだった。

     もし、これを纏えば…アイツはガキとしてじゃなく、スイーピーを大人として見るようになるのかしら。

     そう思った瞬間、アタシの心は自然と決まった。

  • 7二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:17:11

    【後の祭りのカンパニュラ】

    「こんな人混みで何を見ろってんだ…見えるものも見えないよ」

     人でごった返す歩行者天国の一角を歩き回りながら吐き捨てるように呟く。普段ならもっと安値で買えるし作れるであろうものがやたら高くなって売られているってだけの、ボッタクリ上等のお祭りに何故好き好んでくるのだろうか。

     …そりゃまあ、楽しいからなんだろうけども。そんな当たり前のことにも頭が回らず、どうしても昼間の一件を引き摺ってるのを痛感する。普段なら楽しそうでいいなあなんて思うものも穿ったような冷めた視線で見てしまう。

     さながら、惨めで矮小なヤツだ。

     多分俺が第三者であれば、そんなヤツと祭りというか普段から一緒にいたくないと思うだろうし、敬遠されて然るべき存在と言えよう。

    「…そんなんだから、あんな事をよく考えずに言っちゃったんだろうな」

     何とか監視の時には持ち込まないようにと努めた黒い感情は収まることを知らず、今もなお通り掛かる人々が幸せそうだと一層自分を惨めに感じる中、改めて昼の騒動について考えていた。

     つい口からポロリと落ちた一言。アレは子供扱いを嫌う彼女に言うにはあまりにも配慮の欠けた発言だったと思う。

     子供とは、子供と呼ばれる所以があるからこそ子供ではあるが、それでも子供なりの理念や考えだってあるはずだ。その意図をちゃんと聞いたうえでこちらの身上を陳述するのだって出来る機会はいくらでもあった。

     周りから見たら俺とスイープは大人と子供であり、トレーナーと担当ウマ娘であるが…それはあくまで世間が勝手に言ってるだけであって俺達はあやすとかあやされるとか、そういう不平等の間柄ではない。

     子供であっても一人前として扱うと決めたし、対等に思うからこそ相手にしないのではなく、ちゃんと頭から爪先まで事情を説明する必要だってあった。

     そこまでわかっていたと言うのに。こうやって振り返って問題点や反省点、これをしたらこうなるとはわかっていると言わんばかりの自己分析が出来ていると言うのに。

    「何で防げなかったんだよ…」

     尋常ならざる後悔と自責の念、そして謝っても謝りきれない彼女への申し訳無さが環状を描き、混ざり合った黒い感情となって全身を支配する。

  • 8二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:17:28

     一応言い訳するのなら、この監視の仕事への感情が悪さをした。これがなければ、そもそもストレスが溜まった状態でスイープを迎えることにはならなかっただろうし、最善の対応が出来ずとももう少しマシな対応にシフトしてたはずだ。

     そう、この監視が悪い。俺を狂わせたのはこの祭りの予定だ。だからきっと俺は悪くなくて被害者なんだ…なんて、責任の放棄を試みた所でバカらしくて溜め息が出る。こういうのを後の祭りと言うんだったか。

     何が悪く、どうすべきだったのか等も全て完結させて納得まで持ってくることは出来たが…それを実際に起きた時に出来なければ次起こさないように気をつけるくらいにしか繋げられない。

     …尤も、次が来るかどうかと言われるとあんな事を言われてしまった手前、絶望的と思うべきだろうが。

    『…そんなの、こっちから願い下げよ』
    『アンタにはもう頼まないから』

     あの時の彼女の視線、威圧感、冷たさは忘れようとしても忘れられない。まるで脳裏に焼印を刻まれたかのような気分で思わず顔が歪む。

     昼の一件の後に訪れた後の祭り。これほどお誂え向きな皮肉もそうないだろう。

     明日には使い魔を解任されているのだろうか。もしそうなったら理事長やずっと俺達を気にかけてくれていたたづなさんに何て言おうかと、ガードレールに腰を預けて今後路頭に迷うやもしれぬ自身の先行き不安に俯いていると、あることに気付いた。

    「…あの人、はぐれたのか?」

     視線の先にいたのは、周囲をキョロキョロ見回している様子の浴衣の女性。この辺の土地勘がないのか、あるいは同行していた者と人混みで離れ離れになってしまったのか…事情は知らないがとにかく困っている様子だった。

     人の流れの中心とも言える場所で止まっていては前後から来る祭り客と接触して転倒するリスクがある。まずは広い場所に誘導しようと彼女の真後ろに行き、声をかける。

    「すみません、何かお困りごと───」

     声をかける最中、言おうとしていた言葉が彼方に消し飛ぶ。どうやら向こうも、俺からの声掛け以上に俺という存在がここにいることを信じられないような目で見ているので俺と同じことを思っているようだ。

    「…えっ?何で、アンタがここに…」

     なぜなら、そこにいたのは魔法でも使ったのかと疑うほどの変身を遂げた、よく知る少女だったから。

  • 9二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:17:46

    【お祭りテランセラ】

    「わぁ…!お着物がいっぱい…!」
    「ここは色んな柄や模様のものを取り揃えてるから希望があったら言ってね!」
    「ねえねえキタちゃん、ダイヤ模様はあるかな?」
    「んー…菱模様が近いのかなあ?ちょっと聞いてみる!」

     お祭りに行くことを伝えてから1時間後、アタシはキタサンに連れられてよくお世話になってるらしい着物屋さんに来ていた。店内を見渡すと、時代劇で見た事あるようなピカピカしたのだったり、落語番組で見たハデハデじゃないけど存在感のあるものだったり色々あって目移りしちゃう。

     帯も色から模様、長さまでいっぱいあるから調節も出来るしあえて長めのを選んで結び目を大きく見せるイナセ?なファッションもあるんだって。浴衣ってのも奥深いのね〜…。

     …大人っぽい浴衣って、どういうのかしら。

    「キタサン、何というかこう…ザ・大人!って感じのない?」
    「大人?マジカルっぽいとかじゃなくて?」
    「魔法は着てから自分に掛けるからいいの、とにかく大人が着てそうなの紹介してくれるかしらっ」

     今は何というか、昼にあんな事があったのもあってちょっと…いや、かなり使い魔を見返してやりたいと言う反抗心みたいなのが芽生えてた。

     もしかしたらその考えがもうガキっぽいのかもしれないけど、そんなの関係ない。子供としてしか見られないのなら、ぐうの音も出ないくらい大人っぽくなってどんなもんだと言ってやる。

    「そうなると…古典柄がいいかな?」

     アタシのリクエストを聞いたキタサンは、お店の人と話した後に数着分の浴衣が掛けられたハンガーラックみたいなのを押してきた。それらは、華やかなお花だったり歴史の授業で見たような屏風の絵みたいな和風って感じの物が多かった。

     まだまだいっぱいあるから持ってくるねと言って部屋の奥に姿を消すキタサンの後ろ姿を見送った後、ひとまず並べられたものを眺める。どれもこれもキレイで、これを着たスイーピーはきっと大人に見えるはずと興奮してくる。

     どれにしよう…全部ごちゃまぜとか出来たら良いのになんて思っていると、追加でキタサンが持ってきたものに目が釘付けになった。

  • 10二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:18:07

    「これ…」
    「お、スイープさんこれ気になる?これはね、有職文様って言うんだ」

     キタサンが言う有職文様が何なのかはよくわからないけど、要するにお寺の座布団とかでよく見る模様らしい。色合いは他のやつよりも少なく、一見地味めだけど何でかアタシはこれに心が奪われた。

     何となくカッコいいと思ったのと…アイツがこういうの好きそうだなって、喧嘩した使い魔の褒める顔がポンっと思い浮かんだから。

     藤色基調の全体像にさっきサトノが探してたダイヤ模様もよくよく見てみると、アタシの勝負服とかアクセサリーに使われてる形にそっくりに見える。確かキタサン、さっきヒシモヨウとか言ってたっけ。

    「…アタシ、これにする」
    「よぉーし!そしたら帯も合わせよう!」

     絶対絶対、ギャフンと言わせてやるんだから。

    「わー、すごい人の数…大丈夫かな」
    「これだと気が抜けたら迷子になるかも。ダイヤちゃん、昔みたいに手繋いで移動しよっか」
    「しょーがないわね、二人にピーピー泣かれても困るし?アタシも乗ってあげるわ」

     あれから少しして二人共着ていく浴衣が決まったから着付けてもらってからお祭りに行った。こういうのを着ると、普段着てるお洋服がいかに着脱しやすいものなのかを思い知る。おトイレとか大変じゃなかったのかしら、昔の人って。

     ちなみに、キタサンが選んだ浴衣は鮮やかな黒をベースに、梅の花の模様を浴衣全体に散りばめたデザイン。それこそ快活なキタサンが一転して、大人っぽいというか色気というか…とにかく普段と違う雰囲気を醸し出している。

     何というか、隣で歩こうとするとオーラみたいなのを感じて微妙に一歩下がっちゃうくらい様になっている。

     それに対してサトノはさっき言ってたダイヤ模様…じゃなくて菊の模様がたくさん入った柄で、やっぱりというか深い緑色を基調としたもの。この柄は菊花賞での勝利を装いでもアピールするんだっていう意味が込められてるらしい。

     おうちを大事にしているサトノらしい覚悟の表れでもあるからある種、あの子にとって一番似合う浴衣を見つけ出したと言えるかもね。

     ま、せっかく来たお祭りだもの。全力で楽しんでやるわ!

  • 11二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:18:31

    「あ、あれ…見てる以上に難しいね、型抜き」
    「うわわ、ダイヤちゃん!肩の力抜いて抜いて!」
    「アハッ、こんなの簡単じゃない!もっと難しいのよこしなさい!」
    「…お嬢ちゃん、もう出禁にしちゃダメかな…」

    「なによこの鉄砲!力弱すぎない!?」
    「!見ててねスイープさん、ダイヤちゃん!こういうのは重心が逸れてるところを狙って…えいっ!」
    「キタちゃんすごーい…!今のどうやったか教えて!」
    「伝授されたらうちのもん丸裸になっちまうから勘弁してほしいんだけど…」

    「スイープさん、結果…は、言わなくても顔に出てるね…」
    「うぅ〜!もう一回、もう一回引かせなさい!」
    「ねえねえキタちゃん、なんか特って書かれてるのが出たんだけどこれってどうなるの?」
    「それ大当たりだよ…!?」
    「引いてる人始めてみたよ…くう、もってけドロボー!」
    「むうっ、ドロボーじゃなくてサトノダイヤモンドですっ!覚えてもらうまで帰りませんからね!」

    「キタちゃーん!こっち視線下さーい!」
    「ふ、ふん。ちょっとは様になってるんじゃない?」
    「歌ってる時のキタちゃん、かわいいしカッコいいですよね。自信満々で、堂々としてて…あ、普通の時も同じくですけどね?」
    「…ノーコメントで」
    「ハァアア〜〜ン!」

    「あえっ、トレーナーさん!?お祭り来てたんですか…!?」
    「ちょっと手伝いでね。それにしてもさっきの歌謡コンサート見てたよ、元気もらった」
    「て、照れるなぁ…ありがとうございます」
    「ダイヤも楽しんでるみたいで良かった、いっぱい思い出作れた?」
    「はいっ!キタちゃんにもスイープさんにも、たくさん思い出を分けっこしてもらってますっ」
    「そっか、ありがとうね二人共」
    「…どーも」

  • 12二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:18:52

    【ひとりぼっちのフィットニア】

    「楽しかったぁ!いやあ、やっぱりお祭りって良いなぁ」
    「ね!毎年キタちゃんと行ってたけど、行くたびにまた来年も行きたいなってなるの」

     アタシ達しかいない公園で、キタサンの声がこだまする。道すがらで買ったラムネがカラカラの喉を潤し、思わずぷはって声が漏れる。こんなに楽しかったお祭りは初めてかもわからない。

     アタシが型抜きでハッスルしすぎて大量の戦利品を得た代わりに出禁、キタサンも射的でやりたい放題の大立ち回りで出禁、サトノはもう一回だけって引いたくじで今度は1等が当たってこのままじゃ景品がなくなるなんて店のおっちゃんが騒いでサトノも出禁。

     仕方無しに他の店を回ってたらアタシ達の悪評?は知れ渡ってたみたいでゲーム系のお店はお断り。合わせて出禁三人娘なんて呼ばれるようになっちゃった。失礼な話よね。

     でも、こんなに楽しいお祭りになったのはキタサンが落ち込むアタシを誘ってくれたからだし、大人になれたかなんてわからないけど…今日は忘れられない日になった。後でちゃんとお礼を言わなきゃ…む?

    「ねえ、あそこにいるのってアンタ達のトレーナーじゃない?」
    「「えっ」」

     アタシがそう言うと、二人の視線が一気に指差した方に向く。そこには、二人のトレーナーが何かを飲みながら談笑している所で見るからに楽しそうで混ざりたくなるけど…流石にそれは野暮かしら。

    「…」

     二人の視線は、アタシやお互いに向けるそれとは違う熱を帯びているって何となく理解出来たから。そんなのお邪魔しちゃったら、きっとバチが当たっちゃうでしょ?

    「はぁ。二人共行ってくればいいじゃない」
    「えっ、でも、スイープさん…」
    「ふん、アタシはのどが渇いちゃったしちょっとラムネでも買ってくるわ。じゃ、二人はお好きにどーぞ」

     それとなく憎っぽくも、大人みたいな捨てセリフを残して公園から出る。あの二人がどうするかは知らないけど…ま、なるようになるでしょ。

     まったく、どいつもこいつも世話が焼けるヤツばっかね。

  • 13二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:19:34

    「えーと、たしか来た道を戻ったところにあったわよね…」

     大通りに出てから辺りを見渡すと、さっき来ていた道が見えたから流れに沿って歩く。少し歩けばさっきの屋台に着くはずと思って歩いたけど…アタシには忘れてることがあった。

    「う〜…人が多すぎて周りよく見えない…!」

     憎らしげにアタシよりもおっきい往来の人間を睨みつけながら文句を垂れる。考えてみたら、この辺の地理に詳しいわけでもないしさっきまでは記憶力がすごいサトノがいたおかげで、どこ行くにも迷うことなく着いていたのをすっかり忘れていた。

     それに加えて、足元がズックじゃなくて下駄を履いてるから普段みたいに動き回るのは向いてない…というかそもそもこの履物がだいぶ動きにくい。これじゃあ流れに乗るのも一苦労。

     それが重なった結果。

    「…アタシ、今どこにいるの…?」

     人海という大海原に遭難してしまっていた。誰かに道を聞こうにも、皆自分たちの世界に入っててちっこいスイーピーの声に耳なんて傾けやしない。さながら、陸の孤島に立っているような気分になった。

     …ダメよスイーピー。こういう時は焦っていても魔力が安定しないからまずは使い魔に連絡して体勢を───と思ったんだけど今日は使い魔はいない。しかも、もう頼まないとまで突きつけてやったヤツに今更泣きついた所で来るとも思えない。

     どうしよう、どうしよう。頭の中が真っ白になりそうな時、白状なのは承知の上でその男の名前がアタシの口から紡がれた。

    「助けて…使い魔…っ!」
    「すみません、何かお困りごと───」

     目をきゅぅっと瞑って、誰かが助けてくれるわけでもない事実に絶望していると、声を掛けられる。

     こんなにもガヤガヤしていると言うのに、相手の声はなんとも頼りさなそうな声なのに。アタシのお耳はそれをはっきり捉え、思わず振り向いた。

     だって、その声はお耳にタコさんが出来るほどに聞き、もしかしたらもう聞けないかもしれないと思っていた男の声だったから。

    「…えっ?何で、アンタがここに…」

  • 14二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:19:58

    【サネカズラの告白】

     驚いた。声を掛けた浴衣美人がまさかスイープトウショウだとは夢にも思わなかった。遠目でキョロキョロ見回している時の様子は、後ろ姿でしか視認出来なかったから判別がつかなかったが…。

     …だが、正体が判明して驚いたあとに来た感情は“しまった”という気まずさだった。昼間の一件後、まともに話してもいない中でのぶっつけ本番を図らずも敢行してしまったみたいで頭の整理がまったく追いつかない。

     ひとまず、この場の長居は危険と判断してスイープの手を連れて閑散とした神社に場所を移す。ここなら落ち着けるだろうと、ベンチに腰を下ろして道中で買ったラムネをスイープにも渡し、二人で飲む。

     いや困った、何を話せば良いんだろう。まずすべきは昼の謝罪なんだろうけども…どう切り出せば良いのかわからない。わたわたしてるうちにどんどんラムネの残量が減るばかりで、スイープにいたってはとっくに完飲してしまっている。

     このままでは何も言わずにどこかに行ってしまい、謝る機会すら無くなってしまう。ヘタレるな、勇気を出せ───。

    「…ねえ、使い魔」
    「えぁっ!?あ、はいっ!」
    「変な返事、それ飲まないならアタシにちょーだい」

     こっちが進退を賭けた覚悟を固めようとしてると言うのに、向こうはどこ吹く風と言わんばかりにこちらのラムネを渡すよう要求してくる。ドギマギしつつもラムネを渡すと、彼女は俯きながら口を開いた。

    「ね。今日のアタシ、どう見える?」
    「どうって、どう…?」
    「使い魔から見た今のスイーピー。…教えて」

     その声は、どこか縋りつくようにも聞こえた。まるで答えが無数に用意されていると言うよりかはその言葉を聞かせてほしいという、スイープから俺に発した心からの泣き叫ぶ声のように捉えられた。

     きっと、俺はその答えを知っている。実際そう思わなかったわけではないし、当たりかハズレかで言われたら当たりの部類だ。

     だから俺はこう返した。

  • 15二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:20:12

     大人っぽく…、見えた。

  • 16二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:20:45

    「そっか、大人っぽくなんだ。大人じゃなくて」
    「…うん」

     その言葉を聞いた彼女の視線が落ちた所で期待していた言葉を外したのを察し居た堪れなくなったが…それでも彼女を見て伝えきった。大人に見えたと言っても良かったのだが…俺にとってはやはり彼女は子供であると言うよりかは、子供であってほしかった。

     大人なんて時間が経てば勝手になるものだ。精神が未熟であろうと、肉体年齢が一定の時期を迎えることが出来たのならば誰であろうと…スイープであろうと。

    「…それは、アタシがまだ子供だから?」
    「それもあるけど…一番は君の事をよく知っているからだと思う」
    「アタシを…?」

     おそらく、トレセン学園にて彼女と同じ時間を過ごしたのが一番長いのは俺だという自負がある。その中で、彼女が見違えるほどに綺麗になったのに大人に見えたと断言するのではなく、大人“っぽい”と判断したのは今までの人となりを知っていたからだろう。

     彼女は歳不相応な考え方、信念、捻じ曲げたくない心の太さを持っているが普段を見たらワガママで納得出来る部分がなければ聞かん坊、日々の生活もあれこれ彼女が満足する方向でこちらがリードしてるのを考えると、とてもじゃないが大人とは思えない。

    「正直、君を見つけた時は後ろ姿しか見えなかったけど…すごく美人さんなんだろうなって思ったんだ。オーラと言うか、何というか…」
    「何よ、もしそのオーラがなきゃ声掛けてなかったって言うんじゃないでしょうね?」
    「いや流石に声は掛けるよ!?でも、それが君だって知った時は…びっくりした」
    「ふーん、どんなふうに?」
    「…いや、わかってるだろそれは。勘弁してくれ…」

     思わず顔に熱が集まり、紅潮しているのを感じる。絶対、何て言おうとしてるかわかってるくせに。こんなに言わせたがるような子だっただろうか?

     …言わせたがる子ではあったな。

    「…綺麗だったよ」
    「!」
    「人混みの中で、ましてや背丈が大きいわけでもないのにあそこにいた君はどこか儚げで、それでいて美しくて───」
    「普段のイメージが消し飛んで大人っぽく見えるくらい…あの中で一番綺麗だった」
    「もう勘弁してくれ…恥ずかしくて俺が消し飛びそう…」

  • 17二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:21:07

     ダメだ、顔を見て言えない。見せたら絶対に顔が真っ赤で見られたら笑われるに決まってるし今更振り返ってみるとキザっぽい事をよくもまあツラツラと言えたものだ。絶対に笑われる…っ!

     …そう思っていたのだが、予想に反してそもそも何も返ってこない。もしかして呆れ果てられているのかと思って恐る恐る顔を上げて彼女の顔を窺うと───、そこには、顔を真赤にして俯きながら両の人差し指を合わせてツンツンしてるスイープの姿があった。

    「そ、そう。そこまで言われるとは思ってなかったんだけど…」
    「えっ」
    「ちょっと見直したとか、かわいいとかと思ってたのに…チョーシ狂うこと言うんじゃないわよバカッ!」

     見違えるほど綺麗になった顔がみるみる見覚えのあるムスッとした顔に戻っていき、安堵の感情9割と…1割の残念な感情に包まれる。残念に思うのは、宣材写真を撮り損ねたからだろう、きっと。

     …そうに違いないと思わないと、俺はいよいよこの子から離れられなくなってしまうだろうと認め…謝るなら今しかないと心を決めた。

    「その、昼の件なんだけど…いいか?」
    「!…どんな言い訳するか聞いてあげる」

     よし、ひとまず許可は取れた。後は俺の心を全部陳述するだけだ。

    「ごめんなさい。今日の予定のことをちゃんと君に伝えるべきだったのに、あんな態度を取ってしまって…」
    「!ちょ、ちょっと…」
    「本当に…酷い事を言って君を傷つけた。言い訳はないよ、俺が100悪いから」
    「…それでも。叶うのならばまだ君の使い魔でいさせてほしい」
    「お願いします…!」

     向き合って、頭を下げる。多分こんな謝り方をしたのはスイープ以外だとないかもしれないほどに深々と頭を下げて、彼女に謝罪の意を示した。

     少し、スイープの言葉が詰まったような反応を見せたのはそんな事をされても困るという意志の現れだろうが…こうせずにはいられなかった。

     確かにスイープトウショウは疑いようのない子供だ。それでも、一人前のレースウマ娘でもあり自分の芯をしっかりと持つ少女なのだ。なのに、俺は未熟なばっかりに、彼女をキツイ言葉で突き放したのだからこれでもまだ足りないのかもしれない。

     言うことは言った、あとは煮るなり焼くなり好きにしてくれと目をぎゅっと瞑ると、ソプラノの声が鼓膜に響く。

  • 18二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:21:27

    「まず、そのボサボサの頭を向けるのやめて顔を上げなさい」
    「…一つだけ聞くわ。アンタ、アタシの使い魔はイヤ?」

     そんなわけがない。

    「一度だって、思ったことはない」
    「じゃあ、アンタはアタシがご主人さまでいさせてくれてるの?」
    「それは、どういう…」

     彼女の質問の意図が微妙に掴む事が出来ない上にらしからぬ言葉の連続で頭が混乱し始める。使い魔はイヤ?いさせてくれてる?どういうことだ?

    「昼間に寮に帰ってから考えたの。子供のアタシに大人の使い魔が合わせてたからご主人さまになれてたんじゃって」
    「…アタシにはわかんない。そう思ったことなんてさっきまで一回もなかったから」
    「ねえ、教えて使い魔」
    「アタシは、アンタのご主人さまになれているの?」

     今更、自分がしでかした事の大きさを思い知った。俺が彼女を拒絶した結果、主人とそれに従事する使い魔という考えそのものが彼女の中で揺らがせてしまっている事に繋がっていたなんて。

     その声は、普段のハキハキとした声には程遠いほどに不安が入り混じった声。多分だけど、スイープ本人もそうであってほしくないという願望が混ざったかのような、縋るような思いを吐露したのだろう。

     …知らない間に、彼女にとってのキーパーソンになってたんだな、俺。

    「逆に聞かせてほしい」
    「な、なによ。アタシの質問が先───」
    「俺は、君にふさわしい使い魔に近づけているか?」

     一瞬、時間が停止する。質問で質問の答えを返すのは微妙に気が引けたが、彼女の答えこそが俺の答えだと思ったから。

     まごついたような反応を見せながら、スイープはそれでも藤色の瞳で俺を捉えて返す。

  • 19二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:22:04

    「はっきり言うと…大魔法使いの使い魔としてはまだまだね!」
    「…でも、見習い魔法少女の使い魔としてなら…悪くない方なんじゃないの?」
    「そっか。じゃあ俺も返すよ」
    「俺は君の使い魔でいてやっているんじゃない、してもらってると思ってるよ。だから毎日努力してたんだしな」
    「それで、さっきも言ったように…ずっと君の使い魔でいたい」
    「───」

     何か雪崩のような勢いでやばい事を言っているような気もしたが、この辺に関しては混じりけのない本心である。言い訳すればもう少し長くなるが…結局の所、言いたいことはこれである。

     あの走りを見て魔法に魅せられ、流れで使い魔になったわけだがそこに後悔はなかった。むしろ、彼女について色々知る中でどんどん惹かれていく自分がいたのをよく覚えている。

     顔をうつむかせて唸ってたスイープだったが、…眦に涙を溜めてこちらを見上げた。

    「…昼間にアンタから言われたことなんて全然効いてないし?」
    「使い魔如きの毒で傷つくほどスイーピーはヤワじゃないけどっ?」
    「うん」
    「…すっごい、すっごい…イヤな気分だった」
    「…」
    「だから…アンタ、が。スイーピーの使い魔ならっ…ちょっと壁になって…」
    「わかった。今の俺は壁で、何も見ちゃいないし聞いちゃいないよ」

     その刹那、壁と化した俺に向かってしがみつき、スイープは感情のダムを放流した。今の俺は壁なので何も言わずに不動を貫いていると彼女の口から色々なことがぶちまかれた。

     部屋に戻った後、泣いてしまったこと。その後、キタサンブラック達がお祭りに誘ってくれたこと。浴衣が綺麗だったこと。お祭りが楽しかったこと。

     …迷子になった時、いつも横にいるヤツは自分の言葉のせいでもう呼べなくなってしまい、今更取り返しのつかない後悔に苦しんだこと。

     全て全て、壁に向かって彼女は激情を吐き出し続けた。その壁は、嗚咽のあまり咽る彼女の背中を擦ってあげたいと願ったが、壁に腕はないんだと心の中で唱え続けて、落ち着くのを待つのだった。

  • 20二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:22:27

    【後の祭りのあとの祭り】

    「…もう壁辞めていいわよ」
    「やっとか、長かったぁ…」

     永遠にも感じた時間ではあったが泣き止んだスイープの宣言を聞き、漸くしたかったことが出来ると離れようとした彼女をこちらに抱き寄せる。

    「な、なによ!?急にギュってして…!」
    「壁になってる間、ずっとこうしたかった。励ましたいのに、謝りたいのに。それすら出来ないのが辛くって辛くって」

     あれだけの思いの丈を聞かされてこっちとてなにも感じなかったわけじゃない。今すぐにだって謝りたかったが壁になってろと言われた手前、命令違反な気がしたので黙って遂行したが…解除されたならそれももう終わりだ。

     一応、嫌がられたら離そうと思っていたのだがスイープは嫌がるどころか、俺の背中に小さな両腕を回して抱き合う形となった。絵面的にはだいぶまずい気がしたが、肩が微かに震えてる彼女を思うと離れる気は自然と起きなかった。

    「スイープはさ、後の祭りって言葉を知ってる?」
    「…アレでしょ、後悔した時にはもう遅いみたいなの」
    「そうそう、今日ずっとその言葉が頭の中で響いててさ…」

     苦笑いを交えて、俺も今日のここまでの事を全部彼女に話した。罪悪感で打ちひしがれていたこと、もしかしたら契約解除になってしまうかもという不安…。

     全部全部、吐き出したがスイープは黙って全部聞き…でっかい溜め息を吐いた。それはもう、こちらが脱力してしまうほどに。

    「す、スイープ?」
    「…アンタもホント、いらない心配ばっかするヤツよね」

     いらない心配というのはなんとも膝を折られた気分になるが…ひとまず、彼女の思うところを聞かない分には話も進めにくい。

    「ど、どういうこと…ですかね」
    「あら、まだわからないの?」
    「スイーピーがスイーピーなら、アンタを手放すわけないじゃない」

  • 21二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:22:48

     手放すわけがない。それは、今後も使い魔として扱ってくれるということでいいのだろうか…?

    「使い勝手がいいからねっ」
    「…へっ?」
    「アンタくらいだもん、アタシの言う事をちゃあんと聞く素直な大人は。今更探すのも苦労するでしょうしね」

     あー…なるほど、そういうことだったか。たしかにそれなら頷ける部分もある。

     この子は大人絡みで嫌な思いをしてきた子ではあったから、そういう意味では顎で使える大人という俺の存在は言われてみるとレア種な気もする。そりゃ余程のことがなければ手放すのは惜しいだろう。

     …ま、それでも構わないけどなんて思っているとお腹の虫がくぅっと鳴いた。おそらく、諸々が解決に向かって安堵したからだろう。

    「なによ、アンタお腹ペコペコなの?」
    「昼は食う気起きなかったし夜は夜で見回りしててどうしてもな…」
    「まったく、仕方のないヤツね」

     照れくさそうに空腹事情を説明すると溜息混じりに呆れ、俺の元から離れた。何か思いついたのだろうか?

    「どーせその分じゃ満足にお祭りも楽しんでないんでしょ?」
    「まあ、何起きるかわからなかったし…」
    「ふん。仕方ないから今から出す試験に合格したら、特別にスイーピーが一緒にお祭りを回ってあげる」

     突然の試験宣言に流石に狼狽えるが、試験に間違えたらここでハイ解散となってしまうのも今日という日が後の祭りに苛み、気苦労が多かった日として終わってしまうのでそれはそれで嫌だ。

     絶対に合格してやると顔を二度叩いて気合を入れ直し、何でも来いというのを行動で示すとスイープは満足気に問題を出す。

    「ふふ、良いお返事ね。じゃあ問題!」

  • 22二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:23:07

     …今日のアタシ、どう?

  • 23二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:23:46

     ちょっぴり、緊張した声色でスイープが体をもじもじと捻らせる。らしくないことを言っちゃったと思っているのか、少し顔を赤らめながら視線をこちらに向けないのが…それがちょっとグッと来た。

     さっきも言った気がするけど、もう一度言ってほしいのだったら何度だって言ってやろうじゃないか。

    「厳かかつ上品な浴衣の文様で全体的に落ち着いた藤色の浴衣なのに、帯の結び目は大きく見せて遊び心みたいなのが醸し出されてて…」
    「何というか、見る者を魅了する魔法が掛かってる…というよりかは君の魅力に魅了された気がする」
    「つまり何が言いたいかと言うと…美しくて、綺麗で、大人っぽくて…」
    「もうっ、だから大人って言って───」
    「あの中の誰よりも、惹かれた。魔法みたいにとかじゃなくて、浴衣を着たスイープトウショウっていう存在に」

     さっきも言ったが、あの人混みの中でスイープを見つけられたのは単純に目立ったからというのが一番だった。低身長なのに目立つというのも変な話なのだが、見つけた瞬間目が釘付けになったのだからそう言って差し支えないだろう。

     スイープはと言うと、言われたことが余程衝撃的だったのか口をポカンと開けっぱなしになっている。ならばこれ幸いと畳み掛けてやろうじゃないか。

    「たしかに大人っぽいのであって大人じゃないかもしれないけど…でも、それで良いんだ」
    「君はたしかに子供だよ。でもそれは別に悪いことでもなくて、子供だから子供ってだけの話なんだ」
    「ゆっくり、子供をめいっぱい満喫してから大人になろ?大丈夫、君は間違いなく素敵な大人の女性になるから」
    「…ホント?」
    「ほんと」

     約束と言わんばかりに彼女の前で跪き、右の小指を突き出し約束の指切りのサインを送ると彼女もおずおずと右の小指を差し出し、小指同士が結ばれる。俺の言葉に嘘偽りがないと、スイープに誓う。

  • 24二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:24:14

    「…どう、ですかね」
    「アンタって案外キザなとこあるのね。笑い堪えるので必死だったわ」
    「それは俺も少し思ってたからどうか言わないでください…」

     今更ながら、彼女からのジトッとした目から繰り出されるツッコミに先程言った言葉が頭の中を回り始め、顔が赤くなるのを感じた。俺、結構とんでもないことを言ってしまったのではないか?

     失敗したかとフリーの左手で顔を抑えて顔を背けていると、スイープが繋がっていた右の小指を離し、今度は左手でガッシリ握ってそちらへ引き寄せる。

    「…ま、それだけ熱い思いをぶつけられて断るのも可哀想だし?その必死さに免じてギリギリ合格ってことにしといてあげる」
    「よ…良かったぁ〜…」

     合格の声を聞き、ダメだったらどうしようと結構不安だったのとペチャクチャ好き放題話しすぎたと肝を冷やしてたのもあり、緊張マックスだったのでその場にヘナヘナとヘタれこむ。

    「なによ、落ちるかも〜とか思ってたわけ?」
    「いやだって試験って名前が付くと緊張するし言わなくていいことまで言っちゃったのかなって…あーやばい、力入らない…」

     一応トレーナーである手前、最悪の状況を常に想定して動くという性が悪い方に作用したのか断られるビジョンの方が見えてたのもあったので了承は正直予想外とは行かずとも、余計なことを言ったせいで難しくなったかと思っていたので安堵のあまり膝が笑ってしまっている。

    「…つくづくアンタもバカね」

     そんな俺にスイープは笑顔を向ける。

  • 25二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:24:33

    「アタシだって、今日はアンタとお祭りに行こうと思ってお昼にわざわざ誘いに言ったんだから」
    「…そういやたしかに昼だったな。でも夕方でも良かったんじゃ?」
    「すぐ誰かの魔力に影響されるダメダメ使い魔だから?つばが掛かる前にアタシの手元に置いておこうってしてただけ」

     …ひょっとしなくてももしかして。

    「その、自惚れだったら謝るけど…もしかしてスイープ、今日のお祭り俺と回るの楽しみにしてた?」
    「ち、ちがうもん!働いてばっかで夏の思い出もロクに無さそうな可哀想な使い魔への慈悲よ、慈・悲!」
    「…そっか。やっぱりスイープは優しいご主人さまだね」
    「〜!ふんだ!」

     なんだ、そういう事だったのか。あの時はなぜわざわざ俺を連れて行くんだなんて思っていたけど…簡単な理由じゃないか。

     彼女は、俺とお祭りに行きたかったから誘った。ただそれだけのことだったんだ。ならば、ふくれてツンとしてしまった彼女へ俺の言うことは一つに決まってる。

    「スイープ」
    「…なぁに?」
    「可哀想な俺を助けると思って、お祭り一緒に回ってくれませんか」
    「…言うの遅すぎ。バーカ」

     棘のある言葉とは裏腹に、遠くで瞬く花火よりも眩しい笑顔を俺に向ける。そんな無敵の笑顔に、この子には一生敵わない気がすると思わざるを得なかった。

     後の祭りに苛まされた一日ではあったが、最後に和解出来たのならこれは後の祭りではなく後の祭りのあとの祭りと言えるだろう。大人なようで子供なご主人さまに連れられて、使い魔は繁華街の方に足を運ぶ。

     そこには後悔や不安、泣き顔はなく…晴れやかな笑顔を浮かべる二人の男女の姿があるのだった。

  • 26二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:27:55

    ───ああそうだ、言い忘れたわ使い魔。

     何かあったか?

    ───今日は、ごめんね。

     …いいよ。今日はこれで仲直りだ。改めて、俺もごめんね。

    ───許してほしかったら。

     …?

    ───来年も、再来年も、その次もずっとずっと。スイーピーの使い魔としてついてきなさいよね。

    ───約束よ?

  • 27二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:28:25

    長いなんてレベルじゃないですね
    どうか許し亭

  • 28二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:31:06

    良きスイープssでした

  • 29二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:45:23

    ひとりぼっちのフィットニアの所でキタサンダイヤコンビを送り出してて大人〜と思ってたけどフィットニアの花言葉を見て…うおぉ…てなりました

    羨望なんて意味があるんですね…2人が羨ましかったんだね、スイーピー…

  • 30二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 22:56:52

    微妙に噛み合わないけど根底はお互いごめんねって言いたかったってオチが好きです
    良きものをありがとうございました

  • 31二次元好きの匿名さん23/08/18(金) 23:10:47

    細部の描写が綺麗ですね
    両者の葛藤とまた巡り会ってからの反応の推移も寄せて返すような絶妙な距離感で見応えありました

  • 32二次元好きの匿名さん23/08/19(土) 06:37:49

    大作でした…一行レスも良い演出 お互いの事をよく見てるこのペア最高にお似合いだぁ

  • 33二次元好きの匿名さん23/08/19(土) 06:53:28

    大人に見えるのではなく、あえて大人っぽいという表現を使用してる部分に2人が大人と子供、されど対等という面白い関係を上手く演出してて魅せ方の上手さに舌を巻かれました

  • 34二次元好きの匿名さん23/08/19(土) 07:00:27

    これからも喧嘩しつつ二人三脚で駆け抜けていくんだろうな、と思わせてくれる大変良きSSでした

  • 35二次元好きの匿名さん23/08/19(土) 16:38:15

    スイトレはスイープはまだ子供でいてほしいと願い、スイープはスイトレに大人として見てほしいと願う

    両者の意図というか、思いが絡み合ってのゴタゴタ、解決への導線も含めてとても楽しめました。読み応えのある作品、ありがとうございます。

  • 36二次元好きの匿名さん23/08/19(土) 21:45:32

    今日が休みで良かったと思えるくらいのボリュームに熱量!堪能させてもらいましたわ

  • 37二次元好きの匿名さん23/08/19(土) 22:01:23

    許し亭氏の新作助かる


    >>「人混みの中で、ましてや背丈が大きいわけでもないのにあそこにいた君はどこか儚げで、それでいて美しくて───」

    「普段のイメージが消し飛んで大人っぽく見えるくらい…あの中で一番綺麗だった」


    サポカポエムを彷彿とさせる語り口だ……



    >>そこには、顔を真赤にして俯きながら両の人差し指を合わせてツンツンしてるスイープの姿があった。


    ここ可愛すぎて気持ち悪い笑顔になってしまった

    使い魔と一緒にお祭りに行けたし、浴衣も綺麗って言ってもらえてよかったね、スイーピー!

  • 38二次元好きの匿名さん23/08/19(土) 22:06:35

    壁になってろと言われればそのまま受け止めてあげて、命令解除後は自分からスイープを抱きしめてあげるスイトレ

    そういうとこやぞ(褒め言葉)

  • 39二次元好きの匿名さん23/08/19(土) 22:39:19

    似てるようで違う言葉を上手く活用して深みを加えるのがいいっすね
    こういうのがいいんだよ(確信)

  • 40二次元好きの匿名さん23/08/20(日) 06:38:54

    すき
    それぞれの章の表題も花言葉と分かってから見てみると違った見え方が出てくるので二重で美味しい

オススメ

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