(SS注意)サクラローレルがスカートを短くする話

  • 1二次元好きの匿名さん23/08/22(火) 17:35:46

    「ふわぁ~……おはようございます、ローレルさん」
    「おはようスカイちゃん、ごめんね、起こしちゃったかな?」
    「いえいえ、お気になさらずに……というか、今日は早いんですね」
     
     むくりと起き上がったスカイちゃんは、近くの時計を見て目を丸くした。
     普段ならば私がようやく布団から起きるような朝の時間。
     そんな頃合いにも関わらず、私はすでにトレセン学園の制服に身を包んでいた。

    「今日はちょっと用事があるんだ」
    「そうなんですか、大変ですね……はふぅ」
    「だから私は行くけど、もう少し寝てても大丈夫だよ?」
    「そうさせていただきますね……んん~? 何かローレルさん変じゃないですか?」
    「…………いつも通りだと思うけどな」
    「そうかなあ……? まあいいや、いってらっしゃい~」
    「いってきます、スカイちゃんも遅刻しないようにね?」
    「努力します……ぐぅ……むにゃむにゃ」

     瞬く間に眠りにつく彼女を微笑ましく見ながら、私は部屋を出た。
     ……それにしても、流石はスカイちゃんだ。
     眠たい目をこすりながら一目見ただけなのに、私の姿に違和感を見つけたのだから。
     部屋を出て、寮から出る途中にも、何人かの友人と会い、話をした。
     けれど、私の姿に何らかの違和感を覚えた人は、スカイちゃん以外には誰もいない。
     きっと、そういう感覚も、スカイちゃんの武器なのだろう。

    「……武器、かあ」

     私の『これ』は、ちゃんと武器になるのだろうか。
     そんなことを思いながら私は自身の足を、正確には太腿辺りの『トモ』と呼ばれるところを見る。

     その部分が、いつもよりも、ほんの少しだけ露になっていた。

  • 2二次元好きの匿名さん23/08/22(火) 17:35:59

     スカイちゃんが感じ取った、違和感の正体。
     それは私のスカートが、いつもよりもちょっぴり短くなっている、ということなのである。
     僅か数センチの差、きっと誰も気づかないし、並べたとしても分からない程度の差だろう。
     それなのに────何でこんな心許なく感じてしまうのだろうか。
     ひらひらと揺れ動く乙女の防衛ラインは、まるで戦車に竹槍で挑むが如くの頼りなさ。
     勿論、下にはスパッツは履いているし、普段と何ら変わりないはずなのに。

    「……っ!」

     刹那、ぴゅうと吹き抜ける一陣の風。私は慌ててスカートを押さえる。
     誰も見ていないし、実際のところ大した風ではなかったのに、妙に過敏に反応してしまっていた。
     なんだか、逆に恥ずかしい。
     ……今からでも、元に戻そうかな。
     短くしたと言っても、切ったりしたわけではないから、一旦戻れば簡単に元通りに出来る。
     時間だって、今日はかなり早く寮を出ただから、何の問題もない。
     ────その、早く出た『目的』を放棄すれば、の話だけれど。
     脳裏に蘇る、鋭い胸の痛みと、ドロドロとした重たい泥のような感情。
     一瞬にして引き返すという考えは頭の中から霧散して、私の脚は学園へと歩みを進める。
     Va où tu peux, meurs où tu dois.
     勇ましい言葉で自分自身を奮い立たせる。逃げ出すなんて、きっと私らしくないから。
     やがて学園の正門前に到着して、私は、今日の『目的』を見つけた。
     眠たそうな目で欠伸をしながら歩いている男性。
     私と共に夢を追いかけてくれる、私のトレーナーさん。
     見つけた途端に踊り出しそうになる尻尾を何とか抑えながら、私は足早に彼に近づいた。

     今日の私の目的は、私のトモを、トレーナーさんに見せつけることにあるのだから。

     何故、慣れない長さのスカートを履いてまでこんなことをしているのか。
     その理由は数日前の、トレーナーさんとのお出かけの日まで遡るのであった。

  • 3二次元好きの匿名さん23/08/22(火) 17:36:17

    「────あの子、良いトモしてるなあ」

     二人で街に買い物に出かけた、その帰り道。
     私は河川敷でトレーニングに励んでいる小学生くらいのウマ娘達を見つけた。
     とっても元気そうな子と、真面目で頑張り屋さんな子。
     なんとなくヴィクトリー倶楽部に居た頃バクちゃんとチヨちゃんを思い出して、じっと見つめてしまう。
     気が付けば、私達は荷物を下ろして、彼女達のトレーニングを眺めていた。
     先程の言葉は、その最中にトレーナーさんの口からぽつりと呟かれた一言だった。
     視線の先には、他の子よりも少し大人びていて、とても優しそうな子。
     彼の言葉はとても小さな声で、近くにいる私くらいにしか聞こえなかったと思う。
     きっと彼自身も大して気にしていない、普段であれば風に流されてしまうような言葉。
     
     けれど、何故かその言葉は私の胸に、ちくりと刺さった。

     良い走りだと言ってもらったことは、数えきれないくらいある。
     脚を褒めてもらったこともたくさんある、綺麗な脚だと言われた時は顔から火が出そうだった。
     でも、トモを褒めてもらったことは、なかったような気がする。
     そのことに気づくと────褒められた子が無性に羨ましく、憎らしく思えてしまうのだ。
     
    「……トレーナーさんは、ああいう子が好みなんですか?」

     ああ、言ってしまった。私はあんな小さい子相手に、何をしているんだろうか。
     トレーナーさんがそんな意味で言っているわけじゃないって、わかっているのに。
     胸に刺さるちくちくとした痛みから離れたくて、当てつけのような言葉を吐き出してしまった。
     罪悪感と自己嫌悪、そしてほんのちょっぴりの解放感。
     
    「ああ、どんな困難にも負けないような、強い走りを見せてくれそうだから」
    「……っ」

  • 4二次元好きの匿名さん23/08/22(火) 17:36:33

     身勝手の報いは、すぐに返ってきた。

     トレーナーさんは、どこか無邪気な笑顔で、名も知らぬウマ娘を見つめながらそう言った。
     私が好きな、純粋で、鏡のように綺麗な目。
     その目は今、私ではない、見知らぬ誰かに向けられている。
     ざくざくと、刃物で刺されるかのように、胸に痛みが走っていった。
     同時に心の奥底からドス黒い、強い熱を持った何かが渦巻いて、理性を、思考をかき乱していく。

     その目を、他の誰かに向けないで欲しい。
     その口で、他の誰かを褒めないで欲しい。
     ずっとずっと、私だけを見ていて欲しい。

    「さて、そろそろ行こうか、ローレル」

     トレーナーさんから投げかけられた言葉に、私は我に返った。
     目の前には、にこやかな笑顔を私に向けてくれている、彼の姿。
     それだけで、暴風雨のようになっていた思考は、まるで台風一過のようにクリアになっていく。
     ……我ながら、なんとも単純というか、現金というか、なんというか。
     自分で自分のことが恥ずかしく思えてしまって、それを誤魔化すように私は立ち上がって、彼の手を掴んだ。
     
    「そうですね、さあ、早く行きましょうか!」
    「えっ……うわ、そんな急がなくても……!」

     慌てるトレーナーさんの手を引いて、私は笑顔を浮かべながら歩き始める。
     ────でも、あのトレーナーさんの一言は、ずっと心の奥底に引っかかり続けていて。
     寮に戻ってから、布団に入る直前で、私はようやく気が付いた。

     ああ、私、あの言葉が欲しいんだ。

     他の誰でもない彼から、他の誰でもない私に。

  • 5二次元好きの匿名さん23/08/22(火) 17:36:48

     それに気づいてしまうと、急に喉がカラカラになったような錯覚を覚えてしまう。
     欲しくて欲しくて仕方がない、満たされたくて堪らない。
     トレーナーさんから、今すぐにでも、私のトモを見て褒めてもらいたい。
     焼けつくような、心の乾き。
     そっか、これがブライアンちゃんが良く口にしている、渇望ってやつなんだね。
     新たな知見を得た私は、部屋にかけてある自身の制服に視線を向けた。

    「Il faut battre le fer pendant qu'il est chaud」

     鉄は熱いうちに打て。
     私は制服を手に取って、スカートにちょっとした細工を施すのであった。

  • 6二次元好きの匿名さん23/08/22(火) 17:37:06

    「おはようございます、トレーナーさん」
    「おはようローレル……えっ、ローレル?」
    「はい、泣かないめげない諦めない、サクラローレルです♪」
    「いや、それは良く知ってるけど」

     私を担当してくれているトレーナーさんは、きょとんとした表情を浮かべた。
     彼はいつも、朝練をする生徒達よりも少し早く、学園に来ている。
     だから、その時間を見計らって学園に行けば、自然な形で朝から彼に会うことが出来た。
     目の下にはかすかな隈、ネクタイは緩んでいて、頭にはぴょんと可愛らしい寝ぐせ。
     …………また、夜遅くまで仕事していたのかな。
     
    「トレーナーさん、ちょっと失礼しますね」

     トレーナーさんへ、更に一歩近づいて、彼の首元にあるネクタイに触れた。
     そして、そのままきゅっと締め直してあげる。
     必然的に距離が縮まって、ふわりと彼の匂いが、鼻先をくすぐった。

    「はい、これでばっちりです。ネクタイはちゃんとした方が格好良いですよ?」
    「あっ、ああ、ありがとうローレル……」

     ちらりと上目で彼の顔を見つめてみれば、少しばかりの狼狽の色を残す表情。
     それを見ていると胸の奥がうずうずしてきて、思わず私は背伸びをして、彼の頭に手を伸ばしてしまう。
     彼の頭の跳ねているところに触れると、その髪の毛は少しだけ硬くて、ごわごわしていた。

    「……こうすれば、寝癖も直りますかね?」
    「ちょっ、自分でやるから! 今後は気をつけるから勘弁してください……!」
    「ふふっ、はぁい」

     困った表情を浮かべるトレーナーさんを眺めながら、私は手を離した。少しだけ名残惜しいけれど。
     彼は身嗜みを確認して、何とか寝癖を直した後、私に対して疑問を口にした。

  • 7二次元好きの匿名さん23/08/22(火) 17:37:22

    「そういえばローレル、今日はなんでこんな時間に?」
    「ちょっと用事がありまして……そういえばトレーナーさん、朝ご飯まだですよね」
    「えっと、その、はい、まだです」

     トレーナーさんはバツの悪そうな表情で目を逸らす。
     ……むう、健康のためにもしっかりと朝ご飯は食べて欲しいのに。
     でもそれは予想出来たことで、私も、そうだろうと思って準備をしていた。
     鞄の中から手作りのサンドイッチと野菜スティックを取り出して、言葉を紡ぐ。

    「実は私もまだで、多めに作ってきたので、一緒に食べませんか?」
    「それは…………いや、ありがとう、それじゃあ甘えさせてもらおうか」

     トレーナーさんは一瞬だけ悩んだ後、ふわりと微笑んで言った。
     まずは第一段階クリア。
     朝ご飯を食べていないことを指摘しつつ、手作りをアピール。
     これでトレーナーさんの遠慮による拒否を防ぐ作戦は、功を奏した。
     そして私達は、二人でトレーナー室へ向こうこととなった。

    「そういえばローレル、制服なんか変わった?」
    「……っ! どっ、どこら辺が、そう思いますか?」
    「いや、なんか違うなって思うだけで、ごめん、気のせいだったかもしれない」

     ────さすがはトレーナーさん、と言うべきなのだろう。
     バレてしまいそうになった焦りと、変化に気づいてくれて嬉しいという複雑な感情が胸を埋める。
     物は試しにと、彼の前でターンを踏んで、スカートをふわりと翻してみせる。
     ……多分、トモは見えてしまっていると、思う。

    「ローレル、もしかして今日機嫌良い? ダンスなんかしちゃって」

     今、少しだけ悪くなりました、とは口に出さなかった。

  • 8二次元好きの匿名さん23/08/22(火) 17:37:40

    「じゃあ、いただきます」
    「はい、召し上がれ。私もいただきまーす」

     私達は両手を合わせてから、食事を始める。
     良くミーティングをする際などに使っているテーブルの上に並ぶサンドイッチと野菜スティック。
     普段であれば、その机を挟むように配置されている長椅子に向かい合って座るのだけれど。
     トレーナーさんはサンドイッチを手に取りながら、不思議そうな目で私を見ていた。

    「えっと、今日はパイプ椅子に座るの?」
    「はい、なんとなくそういう気分で」
    「どういう気分なんだ……? まあ君が良いなら良いけど」

     トレーナーさんは訝しむものの、あまり深く考えないことにしたようだ。
     今日の私は、トレーナーさんの正面ではなく、左斜め前にパイプ椅子を用意して腰かけていた。
     勿論、なんとなく、という曖昧な理由ではない。
     机を挟んで向かい合わせの状態だと、机でトモが隠れてしまいそうだから、という理由である。
     さてと────ここからが本番。
     私は彼に見せつけるように、足を組んだ。
     短いスカートから大胆にも晒される私のトモ、胸の鼓動は早鐘を鳴らし始める。

    「……ローレル」

     トレーナーさんから名前を呼ばれて、ぴくんと耳と尻尾が反応してしまう。
     さあ、彼はどういう反応を見せるのだろう。
     行儀が悪いよと言って怒るかもしれない、はしたないよといって恥ずかしがるかもしれない。
     まずは、彼の動きを見る必要がある。さあ、トレーナーさんはどう出るだろうか。

    「このサンドイッチ、野菜がシャキシャキしていて美味しいね」
    「……はい、朝採りのお野菜を分けてもらったんです」

  • 9二次元好きの匿名さん23/08/22(火) 17:37:59

     トレーナーさんは本当に美味しそうに顔を綻ばせながら舌鼓を打っている。
     うん、これは想定内、なんとなくこういう風になる気はしていた。
     ヴィクトリーを目指すために、私はちゃんと作戦を準備していたのである。
     
     私はゆっくりとした動きで、時間をかけながら、トレーナーさんの前で足を組み替えた。

     名付けて────氷の微笑作戦。
     以前見たことのある映画から思いついた作戦だけれど、きっと彼だって目が離せなくなるはずだ。
     見えるように、されど見え過ぎないように慎重に足を組み替えながら、私は彼とちらりと見やる。

    「ローレル、この味噌マヨ、野菜スティックと滅茶苦茶合うね」
    「…………はい、スカイちゃんから教えてもらったんですよ」

     私のトモのコンテンツ力って味噌マヨ以下なのだろうか。
     乙女心とプライドに、ピキリと亀裂が走った気がする
     ……普段は些細なことにも気づいてくれるのに、こんな時だけはやたら鈍い。
     だから、もっとあからさまな行動に出ないといけないのかもしれない。
     私は意を決して、最終手段に出ることとした。
     そっとスカートの裾摘まんで、周囲の空気を取り込むように、パタパタと揺らめかせる。 
     すると、流石のトレーナーさんもこちらに視線を向けて、口を開いた。

    「あっ、もしかして暑いかな? エアコンの温度もう少し下げようか?」
    「………………いえ、結構です」

     私の手は力を失い、スカートはぱさりと音を立てて元の位置に戻る。
     ……あっさりと万策尽きてしまった。
     おかしい、こんなはずではなかったのに。
     あの子のようにトモを褒めてもらえるかはともかく、意識くらいはしてもらえると思っていたのに。
     まさかまともに見てもらうことすら出来ないなんて、思いもしなかった。
     心の中を駆け巡る焦燥感、そこに嫉妬と憤りがトッピングされて、頭の中が滅茶苦茶になっていく。

  • 10二次元好きの匿名さん23/08/22(火) 17:38:19

     ────そうだ、もっと大胆に見せれば良いんだ。

     混線した思考はロクでもない結論に辿り着き、気づけば私は片膝を抱えるように持ち上げていた。
     もはや作戦でもなんでもない、ただ見せるためだけの行為になってしまっている。
     でも、ここまでやればきっとトレーナーさんだって、意識してしまうはずだ。
     そして私は彼の視線をこちらに向けるため、声をかけようとする。

     その刹那、ぐらりと全身が傾いて、地面に両足が付かなくなった。

    「あっ……!」
    「ローレル!」

     私は、パイプ椅子の上で無理な体勢を取った末に、バランスを崩してしまった。
     何とか堪えようとするものの、保てたのは僅か一秒にも満たない短い時。
     気づいた時には視界に天井が広がっていて、私は衝撃に備えて目を瞑った。

     けれど、いつまで経っても衝撃が訪れることはない。

     身体は、まるで浮かんでる状態で、宙ぶらりんになっているようだった。
     何が起こっているのか理解できないまま、私は恐る恐る目を開ける。

    「トレーナー、さん?」
    「間に合って良かったよ、ローレル、怪我はしてない?」

     そこには、心配そうな顔で冷や汗を流しながら私を見下ろすトレーナーさんの姿。
     私の椅子ごと背中を手を添えて、まるでお姫様抱っこのように、私の身体を支えてくれていた。
     現状に気が付いて、私はさあっと血の気が引いた。
     本当に危なかった、ともすれば私だけでなくトレーナーさんすら巻き込んでいたかもしれない。
     先程までの浮ついた思考はすっかり鳴りを潜めて、後悔の念が襲う。
     私は彼の手を借りながら立ち上がり、深々と頭を下げた。

  • 11二次元好きの匿名さん23/08/22(火) 17:38:41

    「助けてくれてありがとうございました、それと、ごめんなさい」
    「……今日のローレル少し変だった気がするけど、何か悩みでもあるのかな?」
    「……それは」

     反射的に誤魔化そうと、一瞬だけ思ってしまった。
     だけどこれほど迷惑をかけて、更に誤魔化すのは私としてもしたくない。
     ため息一つ、私は観念して、全てをトレーナーさんに話すことにした。
     何が発端で、何を目的に、何故こんなことをしてしまったのかを、正直に。
     そして、その結果。

    「えっと、それは、その、なんというか」
    「……本当に、私は何を考えていたんですかね」

     トレーナーさんは、困惑の表情を顔に出して、言葉に詰まらせている。
     彼に全てを説明していると、段々と冷静になっていき、自分がとんでもないことをしていたと気が付いた。
     頬が羞恥心に熱を帯びて、視線を彼に合わせることが出来ない。
     色々と渦巻く感情はあったけれど、結果として出力されたのは自分のトモを異性に見せようとする痴女である。
     そんな私に対して、トレーナーさんは怒りも呆れもせずに、優しい声色で話しかけた。

    「まずさ、一つだけ誤解を解いておきたい」
    「……誤解、ですか?」
    「あの時に河川敷にいた子を褒めたのはね、あの子が、君に良く似ていたからだよ」
    「…………えっ?」
    「トモだけじゃなくて、立ち位置や雰囲気がローレルに似ていたから、ああ言ったんだ」

     ちょっとあの子には失礼だったかもしれないけどね、とトレーナーさんは頬をかく。
     思い出せば、大人びた雰囲気の彼女は、バクちゃんやチヨちゃんに似た子と励みながら良く気にかけていた。
     自分で言うのもアレだけれど、確かに私と同じような立ち位置なのかもしれない。
     つまるところ、あの言葉は実質、私に向けられたようなものであったのだ。

  • 12二次元好きの匿名さん23/08/22(火) 17:39:00

    『……トレーナーさんは、ああいう子が好みなんですか?』
    『ああ、どんな困難にも負けないような、強い走りを見せてくれそうだから』

     つまり、それは、そういうことなのだろうか。
     頭が真っ白になってしまう私を尻目に、トレーナーさんは更なる追撃を仕掛けてくる。

    「確かに、俺の中で当たり前すぎて、ちゃんと伝えていなかったかもしれないね」

     そう一言、前置きをして、トレーナーさんは私の目線に顔を合わせる。
     私の好きな、純粋で、鏡のように綺麗な目。
     私はその目から、逃げるように目を逸らしてしまった。
     自分の真っ赤になった顔が、映し出されてしまいそうだったから。
     
    「俺にとって最高の脚やトモ、身体を持つウマ娘は君なんだよ、ローレル」
    「……あぅ」

     トレーナーさんから叩きつけられる、真正面からの本音。
     私の口からはおかしな呻き声しか出すことが出来ず、思わず両頬を手で押さえて俯く。
     手のひらに感じる熱は、まるで直接火に焙られているかのよう。
     頭の中はふわふわと浮足立って、何も考えることが出来ない。

    「……ちょっと言葉が良くなかったかもしれないね、誤解があるといけないからもう一つだけ」

     まだ、何かあるのだろうか。
     これ以上、想いを伝えられると、私自身どうなってしまうかわからない。
     ギブアップを伝えようにも、惚けた思考はまともに動かず、言葉を繰り出すことが出来ない。
     やがてトレーナーさんは私の両肩を掴んで、真剣な表情を見せた。

    「ローレル、ああは言ったけど俺が君の身体に邪な感情を抱くことはあり得ないから、安心してほしい」
    「…………は?」

  • 13二次元好きの匿名さん23/08/22(火) 17:39:20

     バキリと、乙女心とプライドが砕ける音がした。
     先程まで桜満開の春模様だった脳内は、一瞬にして吹雪荒れ狂うの極寒地帯となったのである。

  • 14二次元好きの匿名さん23/08/22(火) 17:39:44

    「ふわぁ~……おはようございます、ローレルさん」
    「おはようスカイちゃん、ごめんね、起こしちゃったかな?」
    「いえいえ、お気になさらずに……というか、今日も早いんですね」
     
     むくりと起き上がったスカイちゃんは、近くの時計を見て目を丸くした。
     普段ならば私がようやく布団から起きるような朝の時間。
     そんな頃合いにも関わらず、私はすでにトレセン学園の制服に身を包んでいた。

    「今日もちょっと用事があるんだ」
    「そうなんですか、大変ですね……はふぅ」
    「だから私は行くけど、もう少し寝てても大丈夫だよ?」
    「そうさせていただきますね……んん~? 何かローレルさん変じゃないですか?」
    「…………いつも通りだと思うけどな」
    「そうか────いやいやいや、無理がありますよ! スカート、ワカメちゃんみたいじゃないですか!」

     スカイちゃんは、一瞬で眠気も覚めたと言わんばかりに目を見開いた。
     彼女の言う通り、私のスカートは昨日よりも更に短くなっている。
     もはや股下0センチといったところ、普通に立っているだけでスパッツが見えてしまうほどだ。
     けれど昨日のように心許ないとか、恥ずかしいという気持ちは全く湧き上がってこなかった。
     今の私は、闘志に燃え上がっているからだ。

  • 15二次元好きの匿名さん23/08/22(火) 17:40:15

    「Va où tu peux, meurs où tu dois」
    「……なんて?」
    「行けるとこまで行き、然るべき時に終われ、という意味なんだけど、日本語で簡潔に言い表せなくて」
    「はっ、はあ」
    「悩んでいた時に、一人の中等部の子が、それを一言で言い表してくれたんだ」
    「えっと、ちなみになんて?」
    「不退転」
    「あー、セイちゃんその子のこと良く知っている気がするなあ」

     引きつった表情で、どこか遠くを見つめるスカイちゃん。
     トレーナーさんから絶望的な言葉を告げられた時、私は諦めようかとも思った。
     しかし、あの時に逃げないことを誓った私が責め立てるのだ────何が不退転か、と。
     胸に宿るは蒼い炎、冷たい色で、何よりも熱く、今の私の心は燃え上がっている。

    「じゃあいってきます、スカイちゃんと遅刻しないようにね?」
    「えぇ……何事もなかったかのように昨日と同じ流れにされちゃった……」

     呆然とするスカイちゃんに別れを告げて、私は威風堂々と学園へ向かう。
     トレーナーさんにあの言葉を撤回させてみせるという、新たな目的を携えながら。
     …………ちなみに、スカートは朝の挨拶運動のため校門前に立っていたバクちゃんに直されてしまった。

    『おはようございます! あっ、そこの人! そのスカートは直した方が良いですよ! その長さでバクシンしたら大変なことになってしまいますからね! さあ! この学級委員長のように模範的な長さにしてくださいね、ローレルさん! …………ちょわ!? ローレルさん!?』

     どうやら、バクちゃんが二度見するレベルで驚かせてしまったみたい。
     だけど、私の心はまだ折れてはいない。
     トレーナーさんにとって最高の身体を持つ、泣かないめげない諦めない、サクラローレルなのだから。

  • 16二次元好きの匿名さん23/08/22(火) 17:41:22
  • 17二次元好きの匿名さん23/08/22(火) 17:41:57

    よきなり

  • 18二次元好きの匿名さん23/08/22(火) 17:42:18

    思わず心臓がどくどくと音を立てました
    読む手が止まらなくなるぐらい、ドキドキさせられる文章と構成でした
    良きSSをありがとう……!

  • 19二次元好きの匿名さん23/08/22(火) 17:50:57

    スカートの長さは変えずにスパッツを脱ぐことでトレーナーさんの言葉を試しましょう

  • 20二次元好きの匿名さん23/08/22(火) 18:03:35

    そりゃトレーナーがトレーナーであるためにはそう言うしかないよなぁwとねぇ

  • 21二次元好きの匿名さん23/08/22(火) 18:15:35

    強いロレトレもいいね

  • 22二次元好きの匿名さん23/08/22(火) 18:23:36

  • 23二次元好きの匿名さん23/08/22(火) 18:38:22

    ノンデリトレーナーすき

  • 24123/08/22(火) 19:28:53

    感想ありがとうございます

    >>17

    そう言っていただけると幸いです

    >>18

    ありがとうございます、文章を褒めていただけると嬉しいです

    >>19

    さすがにセイちゃんも飛び起きて止めて来るレベルの行為

    >>20

    でもきっとこのトレーナー本気で言ってると思います

    >>21

    お互いノーガードで殴り合って欲しいよね

    >>23

    デリカシーを考えた発言した結果ノンデリになるのが個人的な好みです

  • 25二次元好きの匿名さん23/08/22(火) 19:46:32

    なんでワイの立ててすぐ落ちたクソスレから良SSが生まれてるの?(困惑)

  • 26二次元好きの匿名さん23/08/22(火) 22:30:54

    空回りする乙女心…イイですなぁ

  • 27123/08/22(火) 23:51:38

    >>25

    うむ後で書き込もうと思ったら落ちてたんだな……

    おまけにこのSSが出来るまでえらい時間かかりましたし

    >>26

    ローレルはつよつよという定説は支持する反面こういう部分も見たいと思ってしまうんですよね

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