- 1二次元好きの匿名さん23/08/24(木) 00:45:41
窓の外からは、唸り声のような風の音が聞こえて来た。
見れば空には暗雲が立ち込めていて、雨は叩きつけるように降り注いでいる。
それでいて、風も雨もこれからが本番だというのだから、参ってしまう。
この日は、大きな勢力の台風が本州を縦断する予定で、学園でも放課後のトレーニングは全面禁止。
俺も担当ウマ娘との簡単なミーティングを済ませて、帰ろうと思うのだけれど。
「……すごい風だね、ゼファー」
「はい、まさしく颶風、なんとも恐ろしい魔風ですね」
担当ウマ娘のヤマニンゼファーは、畏れ慄くようにそう言った。
────そんな口ぶりとは裏腹に、彼女はどこかそわそわした様子を見せている。
先程から窓際で、外の様子をちらちらと気にしている。
耳もぴこぴこと忙しなく動き回り、尻尾も好奇心を抑えきれないのかブンブンと揺れていた。
まさかな、とは思いつつも、俺は彼女に冗談半分で問いかける。
「この後、お散歩に行こうなんて、考えてないよね?」
「………………そんなことは、全くの凪ですよ」
澄ました表情で、否定の言葉を口にするゼファー。
しかし、問いかけを聞いた直後、耳と尻尾がピンと逆立ったのを俺は見逃さなかった。
俺は彼女の目をじっと見つめて、再度、彼女に問いかける。
「ゼファー、この後は真っすぐ寮に帰るんだよ?」
「心配は無風ですよ、トレーナーさん。ちゃんと家風となりますから」
そう話すゼファーの目は、あからさまに逸らされ、泳いでいた。
俺は確信する、この子、この暴風雨の中で悠々と歩き回るつもりだ、と。 - 2二次元好きの匿名さん23/08/24(木) 00:46:02
まあ、正直にいえばちょっと、少しは、かなり、そんな予感はしていた。
自然を愛し、その中でも風に対しては強い想いを持っているゼファーのことだ、そうもなろう。
そんな彼女の姿に惹かれて担当トレーナーになったのだから、可能な限りその意思は尊重してあげたい。
しかし、流石に今回は話が別だ。
危険だとわかっていて、それをみすみす放置することなんて、出来るわけがない。
俺は改めて釘を刺すべく、改めて言葉を口にする。
「ちゃんと目を見てゼファー、本当に今日はダメだからね」
「……ふふっ、大丈夫ですよ、私もこのようなあからしまの中では風来坊になんてなれませんから」
「…………まあ、それなら良いんだけど」
「ああ、それにしてもだるまさんやひーよさんは大丈夫かしら、少しだけ様子を見に行った方が」
「ゼファー」
微笑むゼファーに一瞬だけ信じようと思ったが、直後に梯子を外された。
そうしている間にも彼女の視線は何度も外に流れ、落ち着かない様子で指を揉んでいる。
耳や尻尾の動きも先ほどよりも激しくなっていて、もう待ち切れないと言わんばかりだ。
このままでは、今すぐにでも飛び出してしまいそうである。
……仕方があるまい、ここは心を鬼にして、彼女を止めるべきなのだろう。
彼女との絆にヒビが入ってしまうことも覚悟しながら、俺は苦渋の決断を下す。
「帰りに寄り道したら半年、いや三カ月…………一か月、お出かけ禁止だから」
「なっ……!?」
「ちゃんと寮長に確認するからね、学園を出た時間から逆算すればすぐわかるから」
「それは、あまりにも横風混じりの暴風では……!」
ゼファーは未だかつて見たことのないほどに狼狽した様子で、抗議の言葉を口にする。
しかし、それは一切認めるわけにはいかない、鬼トレーナーと言われてもこの一線は引けないのだ。
やがて彼女は恨めしそうにこちらを見ながら、小さく呟いた。 - 3二次元好きの匿名さん23/08/24(木) 00:46:22
「…………トレーナーさんの、虎落笛」
「冷たいと言われてもダメなものはダメだよ、ゼファー」
なんとか納得してくれないか、という想いを込めてゼファーをじっと見つめる。
彼女はしばらく複雑な表情で考え込み、やがてがっくりと肩を落とし、耳をへなりと垂れた。
どうやら観念してくれたようだ、彼女は沈んだ声色で言葉を紡ぐ。
「……わかりました、今日は俄風にはならないで、部屋で静穏を待とうと思います」
「うん、そうして欲しい。台風が過ぎたらどこでも好きなところに連れていくからさ」
「…………約束、ですよ?」
俺の言葉にゼファーは耳をぴくりと反応させて、少しだけ表情が明るくなった。
そして、立たせた小指をこちらに向けたので、俺も同じように小指を差し出して、絡ませる。
指切りげんまん、とは流石に口にはしなかったけれど、二人で揃って顔を綻ばせるのであった。 - 4二次元好きの匿名さん23/08/24(木) 00:46:42
「……わざわざ送南風になっていただかなくとも」
「今日は俺も帰るし、やっぱ少し心配だから、寮まで送っていくよ」
「なんだか信用されていない気もして、複雑です」
「じゃあ、君と少しでも一緒にいたいから、ということで」
「…………今日のトレーナーさんは悪風ですね」
そう言われたら何も言えないじゃないですか、と彼女は嬉しそうに口にした。
二人揃って昇降口に辿りつくと、そこには人混みが発生している。
放課後のトレーニングが禁止になったことを考えれば、こうなるのも当然か。
お互いに靴を履き替えてから、外を出る、その瞬間だった。
「あら、あんなところにしとしとさんが」
「ちょっと待ってゼファー」
突然ふらふらと、何処へと歩いていくゼファーを、俺は慌てて制止する。
そういえば彼女にはこれがあったな。
初めて二人で動物園に行った時のことを思い出す。
少し目を離した隙に、彼女は俺の視界から姿を消して、全く別のところに行っていた。
これに関しては彼女の本能というべきか、よほど意識してないと気ままに動いてしまうのである。
……なんか放し飼いの犬みたいだな、と失礼極まりないことを思ってしまう。
「トレーナーさん、どうかしましたか?」
きょとんした表情で、首を傾げるゼファー。どうやら自覚もないようである。
はてさてどうしたものかと腕を組んで考え込んでしまう。
それこそ犬ならリードを付ければ良いのだけれど、そういうわけにもいかないだろう。
────その時ふと閃いた、このアイディアはヤマニンゼファーとの帰り道に活かせるかもしれない。 - 5二次元好きの匿名さん23/08/24(木) 00:47:01
「トッ、トレーナーさん、これは、さすがに……!」
ゼファーの慌てふためくような声。
その声は俺の横でも、前でもなく、後ろから聞こえて来ていた。
けれど俺は、あえて聞こえないふりをして、すたすたと歩みを進める。
すると、引き連れられているかのように、忙しない足音が後からついて来るのであった。
「何処にも行きませんから、手を、手を離してください……!」
俺とゼファーは、手を繋いで歩いていた。
通報されそうな絵面ではあるものの、もはや手段を選んではいられない。
────本来であれば、ゼファーは手を繋ぐ程度で動揺することはない。
何度か、彼女から手を繋いできたことはあるし、尻尾ハグや天皇賞でのアレの方がよっぽどだ。
それにもかかわらず、何故、風を語ることが出来ないほど心を乱しているのか。
原因は周囲から視線と、騒めきにあった。
「みっ、皆さんの前で、こんな子どもみたいに手を引かれるなんて……!」
何度も記している通り、今日は台風接近のため、放課後のトレーニングは禁止。
故に、同じ時間帯に帰ろうとする生徒で昇降口は埋まり、寮への帰り道においても同じことが起きる。
俺と彼女に突き刺さる、好奇の視線と話し声。
これには周囲の評価を柳に風と受け流すゼファーも、堪らないようだった。
……正直俺も結構しんどいのだが、それ以上にあたふたする彼女が面白くて、継続してしまっている。
一旦立ち止まり、振り向く。
そこには顔を紅葉色に染め上げて、俯きつつも上目遣いで訴えるゼファーの姿があった。
心の奥底の良くない感情が疼き、気づけば俺は言葉を発していた。
「そっか、嫌なら手を振り解いてくれて構わないよ」 - 6二次元好きの匿名さん23/08/24(木) 00:47:17
その言葉に、ゼファーは目を見開き、声を詰まらせた。
しばらくの沈黙の後、彼女は顔を更に下に向けて、完全に俺から目を逸らしてしまう。
────ぎゅっと、俺の手を握る力を、強めながら。
「…………やっぱり、今日のトレーナーさんは悪風です」 - 7二次元好きの匿名さん23/08/24(木) 00:47:34
台風一過、翌日は目が覚めるような晴天であった。
まさしく絶好のトレーニング日和ともいうべきであろうか。
聞こえて来るのは、遠くからでも元気良く響く、トレーニングに励むウマ娘達の声。
「トレーナーさん、何か忘れてはいませんか?」
────そして近くから、少しばかり低めに響く担当ウマ娘の声であった。
ゼファーの表情には笑顔が浮かんでいる。
しかし、その笑顔には圧力というべきか、どこか凄みを含んでいるように見えた。
思わずたじろいてしまうような雰囲気に耐えながら、俺はとりあえずとぼけてみせる。
「えっと、良く我慢したね、頑張ったね、とか?」
「……頭も撫でてください、夏の日の涼風のように優しく」
言われるがままにゼファーの頭部へと手を伸ばすと、彼女は気持ち良さそうに目を細めた。
数分間そうしていたが、やがて彼女は目的を思い出したらしく、俺の手から名残惜しそうに離れる。
咳払いを一つ、そして先ほどよりかは幾分柔らかい笑顔で、小指を立てながら告げた。
「約束を、守ってもらおうかと思いまして」
「……それは構わないけれど、今から? お休みの日とかの方が良いんじゃないか?」
「近風ですから。それに今日が時つ風だと思うので」
俺が問いかけると、ゼファーはにこやかに、さらりと言葉を返した。
近場で今日が都合が良い、ということらしい。
どういうことなのかは分からないけれど、彼女が言うのだから間違いないのだろう。
「わかった、どこに行きたいんだ」
「はい────トレセン学園で廻風になろうかと思いまして」 - 8二次元好きの匿名さん23/08/24(木) 00:47:49
ゼファーの言葉への理解が遅れて、一瞬だけ思考に空白が生まれた。
その隙を彼女は見逃さず、流れるような動きで俺の手を取る。
そしてそのまま、そよ風に誘われるが如く、彼女は俺の手を引いて歩き出した。
「ゼッ、ゼファー?」
「ふふっ、昨日はトレーナーさんにエスコートしてもらったので、今日は私の番です」
トレーナーさんも饗の風になりましょうね、とゼファーは悪戯っぽく微笑んだ。
……どうやらしっかりと昨日のことを根に持っていたようである。
まあ、さもありなん。
俺は覚悟を決めて、彼女に連れられながら、歩みを進めるのであった。 - 9二次元好きの匿名さん23/08/24(木) 00:48:54
- 10二次元好きの匿名さん23/08/24(木) 00:52:27
時々やたら意地が悪い凱風好き
最後はやり返されるのも好風 - 11二次元好きの匿名さん23/08/24(木) 00:58:09
あっ、しゅき...
- 12二次元好きの匿名さん23/08/24(木) 01:43:13
良いよね風のままに暴走するゼファー
挙動が完全にワンコだ - 13二次元好きの匿名さん23/08/24(木) 02:03:15
お前風なら何でもいいのかよ
いや凱風が一番だったわ - 14二次元好きの匿名さん23/08/24(木) 02:11:15
- 15二次元好きの匿名さん23/08/24(木) 08:49:00
しゅきぃ……(語彙力は風で飛びました)
- 16123/08/24(木) 11:05:25