- 1◆zrJQn9eU.SDR23/08/26(土) 21:22:40
あばれ妹へ。あなたは昔から元気いっぱいでしたね。
おてんばといいますか、何といいますか。有り余り過ぎてよくお父さんやお母さんを振り回していたことを憶えています。
幼い頃のわたしたちが公園で遊ぶ時。姉のわたしがトコトコと歩き回っている横で、あなたはダダダーっと駆け回っていました。
あなたは憶えていないでしょうね。わたしの周りを走るものですから、砂煙でけほけほとしたことは記憶に残っていますからね?
また、わたしとあなたが一緒に写っている写真。わたしが口を閉じてにっこりとしているのに対して、あなたはにぃーっと歯を見せて笑っています。
そんなにも嬉しそうにして、何が楽しかったのでしょうね。同じマーちゃんなのに、何を考えているのかはちっとも分かりませんね。 - 2◆zrJQn9eU.SDR23/08/26(土) 21:23:12
そんなあなたは――家族だからこその気安さ故に言ってしまいますが――少し、聞かん坊ですね。
おや? どういう意味か分からないようですね。あなたが知らないことでも、わたしは知っています。なにせお姉さんですから。どやや。
まあまあ、そんなに怒らないでください。こうしてお手紙を通してのやり取りでもあなたの顔は目に浮かびますから。
さて、言葉の意味ですが……最初の方に書いた通り、元気が強過ぎる、といったような意味です。
わたしが密かにあなたに付けたあだ名もこの性格にちなんでいます。え? どんなあだ名かですか?
それは内緒です。きっと、かーっとなってわーっと言ってばーっと嵐が来たようになってしまいますから。
……あ、このお手紙の最初に書いてしまっていますね。後でばれないように直しておきましょう。 - 3◆zrJQn9eU.SDR23/08/26(土) 21:23:44
でも、すぐに言いたいことを言ってしまえるあなたの性格は、少し羨ましく思います。
あなたは奇妙に思うでしょうね。隙あらばあなたが撮る写真に入り込む、フリーダムマーチャンの姿を日々目にしていましたから。
決まってあなたは呆れたように見つめて、渋々と一緒に写ってくれました。苦笑いであっても口元の小さな月をわたしは憶えています。
時にはお小言も並べてきましたね。だから1回目はわたしも待って、2回目に写るようにしていましたよ? そうじゃない?
……それでいいのです。何かを見聞きした時に、あるいは自分を振り返って何かに気付いた時に。ちゃんと言葉に出来るあなたは、すごいと思うのです。
テストで悪い点を取ってしまった時や、運動であまり活躍出来なかった時に悔しがっていたあなた。
みっともないくらいにイライラしているのに、どうにかして弱点を克服してやろうと机やボールにかじりついていたあなた。
諦めることを知らないといった感じであなたは生きていました。わたしにはちょっと、難しい生き方ですね。我慢してしまうことを、挑戦しないことを選びがちですから。 - 4◆zrJQn9eU.SDR23/08/26(土) 21:24:49
時にはわたしを頼ることもありましたね。今こうしてお手紙を書いているわたしの部屋にやってきて、勉強やスポーツを教えてほしいと。
文句というか、愚痴を言いに来たのではないかと思ってしまう程そちらが大半を占めていましたが、それでも二人で何かをするのは楽しいものでした。
勉強は既に習ったところだったのであまり苦ではありませんでしたが、運動は苦労しましたね。二人して泥まみれになって、時間も忘れて遅くまで。
お父さんやお母さんに叱られながら、こっそりと舌を出し合ったことをわたしは憶えています。
他のことについても相談に来ることがありました。一番印象に残っているのは……恋のお話ですね。
わたしよりも年下だというのに、なんとまあおしゃまさんだと思ってしまいました。ですが、このお話を持ってくるあなたは決まって可愛らしい様子でした。
ドアをばーんと開けることなく、もじもじと気恥ずかしそうにこっそり入ってきて。ああ、これは恋バナだとすぐに分かってしまいます。
あなたのお姉さんはスマートマーチャンですからね。ちょっとの手掛かりで答えを見つける名探偵なのです。
……わたしのウエストはちゃんとスマートですよ? いえ、このスマートはそっちの意味ではないのですが。 - 5◆zrJQn9eU.SDR23/08/26(土) 21:25:21
クラスの男の子についてたどたどしく話してくれるあなたは、とても微笑ましく見えました。
まだ誰かと付き合うとかそういう段階ですらなくて、恋に恋しているような年頃のあなた。お父さんにもお母さんにも内緒のお話をいっぱいしてくれましたね。
この恋バナというものは楽しくはあったのですが、少しだけわたしにとっては困る時間でもありました。
あなたの相談が迷惑だということではなかったのです。ただ、あなたはわたしの恋バナをせがんだでしょう? それに悩んでしまって。
トレセン学園に通う前はあまりこっちに興味はありませんでしたから、さりげなくあなたのお話に戻すことばかり上手くなってしまいました。
今は……恋バナといえるかは分かりませんが、あなたが興味を持つようなお話を少しは出来るかと思います。今度、またお話をしましょうか。
ふむ………………他に何を書きましょうか。たくさん書きたいことはあるのですが、どれを選ぼうか迷ってしまいますね。
そうですね、次はこれにしましょうか―――――― - 6◆zrJQn9eU.SDR23/08/26(土) 21:25:52
わたしが机に向かっていますと、コンコンとドアがノックされました。
「はぁい」
わたしの返事に少し遅れてゆっくりと隙間が大きくなっていきます。このパターンは……ああ、ちょうどお手紙に書いていたところなのです。
いつもであればどーんと胸を張るくらいにびしっとしているあばれ妹が、ドアの陰に隠れるようにしていました。
「さ、どうぞ」
わたしが手招きすれば照れくさそうに入ってきます。そのまま何を言うわけでもなく、両手の指を絡めたり解いたり。 - 7◆zrJQn9eU.SDR23/08/26(土) 21:26:24
「どうしました? 何かありました?」
わたしは立ち上がって妹に近付きます。そして、わたしより少し小さい背の相手に目線を合わせて問いかけます。
目的は分かっていますが、最初から言い当ててしまうとふてくされてしまいますからね。まったく、難儀な妹です。
そうして、ぽつりぽつりと呟く妹の言葉を聞き取ります。やっぱり、恋バナでしたね。
妹をベッドに座らせて、わたしも隣に。この話題の時はいつもこうしています。
すると、妹は不安げにわたしを見上げてきました。勉強の邪魔だった? と。
わたしがこっそりとあばれ妹と名付けるくらいですから、確かに元気に溢れすぎている彼女なのですが。
でも、こうして相手のことを気に掛けてくれます。きっと私たちのお母さんのように、いっぱいお話を聞いてくれるお母さんになるでしょうね。気が早いですかね? - 8◆zrJQn9eU.SDR23/08/26(土) 21:26:56
「勉強ではなくてですね、あなたへの手紙を書いていたのです」
わたしの説明に妹はきょとんとします。学園の寮からずっと帰ってこないならいざ知らず、こうして定期的に帰ってきて顔を合わせることもあるのに、手紙?
妹の疑問も、もっともです。ですが、これは今のあなたへのお手紙ではないのです。
「たくさん、たくさんあなたとの思い出を書いているのです。そうして、もう書くことがないくらいに書ききった時に……渡そうと思います」
「そうすれば、記憶が色褪せてしまっても思い出せますよね? あなたが恋をして、結婚する時に渡せばさぷらいずにもなるのです」
聞き終えた妹はすぐにぼっと顔を赤らめます。その興奮が冷めないままにわたしに対してまくし立ててもきます。
『あいつとはまだそんな関係じゃない、結婚なんてずっと先だし付き合うなんてそんな、そもそも今自分にばらしたらサプライズじゃない!』 - 9◆zrJQn9eU.SDR23/08/26(土) 21:27:28
うーん、わたしの耳を通って頭の中があばれ妹状態です。こういう暴走しがちなところも妹の魅力なのですが、少々キンキンしますね。
まあまあ、とわたしは何とか妹を宥めます。頭や背中を撫でたりしていると、段々と落ち着いてくれるのです。
あ、ここであばれ妹状態を真似しては駄目ですよ? 部屋の中が暴風でいっぱいになってしまいますから。
「……とにかく、マーちゃんの大長編を書き上げますから。そうしたら、読んでくださいね?」
わたしの誘導も兼ねた言葉に妹は渋々と頷きます。そこで何か思いついたようでわたしに尋ねてきました。
もし忘れたら、どうするの? - 10◆zrJQn9eU.SDR23/08/26(土) 21:27:58
「忘れたら、ですか」
わたしは考え込みます。この手紙は今一気に書いているわけではなくて、何を書こう、どれを書こうと考えて少しずつ書いているものです。
だから忘れることはないのですが、結果として忘れることと同じ状態になってしまうことは有り得ます。わたしを呼んでいますから。
トレーナーさんにお手紙を預けるというのも一つの考えかもしれません。ああ、でも。せっかくこの子がいるのですから。
「……大丈夫なのです。わたしはちゃんと憶えていますから。でも、もしもわたしが憶えていられなくなった時は、あなたが思い出してくださいね? ここに鍵は掛けておきませんから」
そう言ってわたしは部屋全体を示します。指先を追うように見渡した妹は再びわたしを見つめます。その表情は、どこか複雑そうです。
どんなことを思い浮かべているのでしょうね。お手紙にも書きましたが、やっぱりマーちゃんとマーちゃんは同じ名前であっても同じではありませんね。何を考えているのやら。 - 11◆zrJQn9eU.SDR23/08/26(土) 21:28:34
少し長い沈黙の後、妹はこっくりと頷いてくれました。それにほっと安心して、わたしは彼女の話に戻します。
「それで、今回はどんなお話なのですか?」
当初の目的を思い出したのか、妹の頬に朱が戻ります。それでも先程よりは静かな様子で続けてくれました。
何度目になるか分からないくらいのお話。それでも、マーちゃんは憶えています。わたしと同じ名前を持つ、マーちゃんのお話を。
またひとつ、思い出してもらえるお話が増えました。ずっと憶えていてほしいとは言いません。お手紙を読み返すことすら忘れてしまっても、ふとした拍子に思い返してくれると嬉しいのです。
恋する乙女は褪せない記憶をわたしに教えてくれます。わたしはそんな妹が夢中で話している裏で気付かれないように呟きます。
「長生きしてね。マーちゃん」 - 12◆zrJQn9eU.SDR23/08/26(土) 21:29:37
以上です。アストンマーチャンのヒミツ2を見て、いのち短し恋せよ乙女のフレーズが思い浮かんで書きました。
- 13◆zrJQn9eU.SDR23/08/26(土) 21:30:50【SS】どうか、幸せを|あにまん掲示板「うーん、着いた着いた!」 バスから降りて、私は背筋を伸ばした。あらかじめ予報をチェックしていたけれど、やっぱり晴れている。 一緒に乗ってきたタルマエも同じように体を解すと、何度目かの質問を私にしてき…bbs.animanch.com【SS】She's singin' in the rain.|あにまん掲示板 トレセン学園の放課後は、いつも賑やかだ。グラウンドではウマ娘達が速さを得ようと切磋琢磨する姿が日常茶飯事だ。 とはいえ、今日はその姿も外には見えない。雨が降りしきっている今日は、梅雨に相応しい光景。…bbs.animanch.com【SS】時を越えて、時が実る|あにまん掲示板bbs.animanch.com【SS】雲をかき分け見つけらる|あにまん掲示板https://bbs.animanch.com/board/1873165/以前書いたこれの続編として投稿します。とりあえず前半部分まで。bbs.animanch.com【SS】二人きりの、夜の逢瀬|あにまん掲示板 トレセン学園恒例の夏合宿。日中はトレーニングで賑わう海も夜の今は波が寄せるだけで静かだ。 誰もいない筈のそこには、ひとりのウマ娘が佇んでいた。足元を何度も濡らす流れを形にしたような髪を持つ彼女は、マ…bbs.animanch.com【SS】アイ・コピー。アファーマティブ!|あにまん掲示板bbs.animanch.com【SS】こくり、こくりと飲み干される|あにまん掲示板 基本的にトレセン学園に通うウマ娘は、寮生活をする。家が離れている生徒も少なくなく、学園と道を挟んで向かい側にあるという利便性に皆が惹かれていた。 その時間をトレーニングに充て、レースに勝つ可能性を少…bbs.animanch.com
過去作です。上二つの下の方のレスからさらに書いたもののリンクがあります。
こちらもよろしければお読みください。
- 14二次元好きの匿名さん23/08/26(土) 21:36:23
ジャジャマーチャンの血筋が広く残り続けることを願って。
マーチャンが喋る時のふわふわぽわぽわに寝食された雰囲気がよく出ていて好きです。
ジャジャマーチャンの恋の話、アストンマーチャンの愛の話、どちらも聴いてみたいものです。
ありがとうございました。 - 15◆zrJQn9eU.SDR23/08/27(日) 06:38:52
感想ありがとうございます。マーチャンは久しぶりだったのでうまく書けたようでよかったです。
- 16二次元好きの匿名さん23/08/27(日) 06:45:17
そうだよな、ジャジャの血は残ってるんだよな…調べてみるか