【SS/ウマウマ】フラッシュバルブ

1二次元好きの匿名さん23/08/29(火) 01:04:18

　日焼けもしみもありえない。無駄毛なんて以ての外。いつでも仕事に向かえるつるりと白い右手の甲をひらり外側に向けて、親指と人差し指だけ伸ばす。撮影でどの色を乗せられてもいいように、そしてうっかり傷つけてしまわないようにトップコートだけ塗った爪は、窓の外から差し込む明るい日差しに控えめにつやめいた。中指、薬指、小指を手のひらにしまう。
　左手もおなじ。フレミングの法則ってあるっしょ？親指と人差し指を直角に。まあこの場合中指は開かないわけだけど。右手と違うのは手の甲が内側ってとこ。
　要するに、両手で作るカメラみたいに。両手の親指と人差し指を触れさせて、長方形を作る。

「なにしてんのシチー」
「うん」

　向かいに座るジョーダンは昼休憩ギリギリまでウマトックだとかウマスタの更新を追いかけるタイプ。お気に入りのネイルサロンのウマスタライブを食い入るように見ていたけど、ふっと顔を上げて目をまたたかせる。それに対するアタシの返事はつれないと思われても仕方ないくらいの声色。でも、この友人はいまさら気にしない。
　両手で作った四角いレンズ、もしくはキャンバス、額縁かもしれないね──その向こう、開け放たれた教室の引き戸のさらに先、アタシのハンドカメラがおさめる景色に外ハネの栗毛頭がいるのを見るやいなや、ジョーダンは昼食後に引き直した色つきリップの唇を、ニヤっとばかりに引き上げてみせた。

「バン先じゃん。隠し撮りって怒られてもしらねーぞ？」
「だってここでエンカできるとは思わなかったし」

　だいたい構えてるのは本物のカメラでもスマホでもないんだから、隠し撮りもなにもなくない？現物なんて残らない。
　残るのは、アタシの記憶の中にだけ。寮の部屋で見る表情とも、風紀委員として見回りしてるときの表情とも違う。学年が下のアタシにはなかなか向けてくれない、談笑ってカンジの、気のおけない笑顔。

2二次元好きの匿名さん23/08/29(火) 01:04:45

　かしゃり。
　シャッターを切るかわりに瞳を閉じて、瞳を開く。そのつど心の中で現像する。先輩は、まるでこの夏の太陽みたいな笑い方をする。ランウェイを歩くアタシはあんな笑い方はできないから。昼休憩が終わったら急に入った予定外の仕事に湧き上がった不満の感情と折り合いをつけなきゃいけなかったアタシにとって、そういうモヤモヤを全部吹き飛ばすような、……気持ちのいい笑い方。
　我ながら単純。漂ってた不機嫌は消えちゃったみたい。ぱしゃり。選択授業とかじゃなきゃなかなか日中出会えないし。気の向くまま心の向くまま心のシャッターを切り続けた、そのときだ。

「コラァ！隠し撮りはよくないっスよ、シチー！」

　緑の瞳と目が合った。太陽に照らされてる常緑時みたいな緑の瞳。ジョーダンが言わんこっちゃないみたいに肩をすくめてるのが視界の端に映ったけど、アタシの瞳は、ためらいもなく下学年の教室に踏み入る栗の渋皮色の頭から目が離せない。

「まさか、隠し撮りなんてしてませんって」

　だっていくらシャッターを切っても実物は残らないわけだから。
　怒ってはないみたい。ちょっと仕方がなさそうにやってくる先輩を前に、アタシは帰り支度の整ったカバンの中からスマホを取り出すのだ。

「一緒に写真、映ってもらえませんか？」

　憂鬱な午後は、きっとこの写真1枚で、間違いなく乗り切ることができるから、さ。