ドーベルがトレーナーにお願いする話　【ss】

1二次元好きの匿名さん23/09/02(土) 22:57:06

「ドーベルはさ、俺が誰かと結婚したりしたら気になるものなのか？」

「えっ……？」

　青天の霹靂というか。藪をつついて蛇を出すというか。
　なんてことは無い午後の話。どこか悩んでいる様子のトレーナーにどうしたの？って聞いただけなのに。
　帰ってきた言葉は完全に予想外のものだった。

「えっ……あっ……えっと……、アンタ……好きな人でもいるの？」

「いや……そういうわけではないけど……」

　…………取り敢えず一安心。ホッと息をつく私にトレーナーは更にこう続けてきた。

「来週にお見合いがあるんだ。それでちょっと……結婚について考えないとな……って。」

「えっ……？」

　何とか絞り出した言葉は自分の声とは思えないほど震えていた。
　息が続かない。胸の奥がキュっとなって視界が滲む。完全にパニックに陥ったアタシは、自分でもわけがわからないままこう言った。

「……そんなこと……アタシに関係ないでしょ。変なこと聞かないで一人で勝手にやってればいいじゃない。」

2二次元好きの匿名さん23/09/02(土) 22:57:50

　どうして素直になれないんだろうと思う。

　どうしてあんなこと言っちゃったんだろうと思う。

　あれから一ヶ月、何もなかったかのように日常は続いていった。
　トレーナーは二度とお見合いの話を出してこなかったし、あたしも触れなかった。

　それでも、トレーナーがちょっと髪の毛を切ったり、柔軟剤を変えたり、そういうちょっとしたことでアタシの心は軋んだ。

　アタシの知らない誰かと付き合ってるかもしれない。
　誰かと一緒に住んでるかもしれない。
　結婚するのかもしれない。

　トレーナーのちょっとした変化も見逃さないように目を凝らす。今のところはまだ、噛み跡とか……指輪とか……そういう決定的な物は見つかっていない。
　だけど正直、それは時間の問題だ。

　強烈な焦燥感。そして圧倒的な諦観。
　観察しかできない。
　
　まだ見えぬ女の影に、いつか来る死刑宣告に、アタシは怯え続けていた。

3二次元好きの匿名さん23/09/02(土) 22:58:23

「なあドーベル……、大丈夫か？」

　限界。
　隠そうとは思っても、隠しきれるものではない。追い詰められた心は容易にアタシを追い詰めて、肉体の不調という形で発現していた。
　というより毎晩ベッドですすり泣きを押し殺し、深夜に眠るような生活を送っていたら体調が悪くなるのも当然だ。

　ひどく心配そうなトレーナーの顔を見て泣きそうになる。
　こんなことでトレーナーを心配させている。醜い嫉妬心と、恋心と、後悔。そんな物でボロボロになっちゃうアタシがたまらなく嫌いだった。

「何でもないから……ちょっと寝不足なだけ……!!気にしないで……。」

「でもタイキシャトルは君がずっと泣き続けてるって……。」

　ドキンと心臓が気持ち悪い跳ね方をする。
　……バレていた。でも……。

「関係ないでしょ……知られたくないの……」

「ドーベル落ち着いて、俺は君の味方だから。」

　トレーナーはアタシの肩を両手で抑え、ジッと目線を合わせてくる。
　少しの時間、二人で見つめ合う。アタシを見つめるその瞳はどこまでも優しくて。
　一瞬でアタシは何かを溶かされてしまう。

4二次元好きの匿名さん23/09/02(土) 22:58:43

「あのね」

　トレーナーはじっと私を見つめる。
　口をついて出てくるのは、教えるつもりのなかった悩み事。

「お見合いってどうなったの……？」

「…………………へっ？」

　真剣な表情から一転、酷く虚を突かれた様子を見せてトレーナーが一瞬固まる。
　そしてこう言った。

「……あまりうまくいかなくて……ご破算になったけど……」

「えっ⁉」

5二次元好きの匿名さん23/09/02(土) 22:59:11

「そ……そうなんだ……」

　マズイ。
　緩み始める頬をどう頑張っても抑えられない。
　だらしない表情を見せたくなくて、両手で顔を抑える。

　そっか。
　上手くいかなかったんだ。
　そっか。

「そんなに喜ばなくてもいいじゃないか……」

　トレーナーが呆れた声でぼやいた。
　そしてちょっと真面目な、でもちょっと困った表情になる。

「ねえドーベル。」

　そこでアタシはようやく気が付いた。
　自分が笑えないぐらい追い詰められた状況に陥っていることに。

「俺が誰かと結婚したりしたら……気になる？」

6二次元好きの匿名さん23/09/02(土) 22:59:29

「…………………………………………………」

　……………………。

　…………顔が熱い。

　でも。またこんな思いをするぐらいなら……。

「……実は新しいお見合いの話自体は……出てはいるんだけど……」

「ダメ」

　キッとトレーナーを睨みつける。
　想いが、ちゃんと伝わるように。

「お見合いは、ダメだから。」

　そこはハッキリと。

「待っていて……欲しいの……。お願い。アタシが……」

　アタシのささやき声のお願いは、真夏の夜の空気に溶けて。風になって消えていった。

7二次元好きの匿名さん23/09/02(土) 23:02:11

とても……とてもいいです……!!

8二次元好きの匿名さん23/09/02(土) 23:04:28

そっか。に喜びが溢れていてとてもいい

9二次元好きの匿名さん23/09/02(土) 23:30:56

ドーベルは可愛いなあ……

10二次元好きの匿名さん23/09/02(土) 23:37:28

寝る前に良いものが読めた
ありがとう

11二次元好きの匿名さん23/09/03(日) 00:33:00

ハッピーエンドで良かった

12二次元好きの匿名さん23/09/03(日) 00:36:11

いい…もしや某ウマ娘のスレに感化されたか？

13二次元好きの匿名さん23/09/03(日) 00:38:31

ちょっとしたらご破算になったことに激しい喜びを覚えた自分もちょっとの自己嫌悪の理由にしそう

14二次元好きの匿名さん23/09/03(日) 00:40:20

この後のレースは生涯無敗になってそうな勢いだな…

15二次元好きの匿名さん23/09/03(日) 00:53:31

もしかして昨日のデジタルの人？

16123/09/03(日) 00:59:15

過去作

なんでバレてるんすかね……

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