母さん、

  • 1二次元好きの匿名さん23/09/05(火) 22:04:03

    ぼくのあの帽子どうしたでせうね?
    ええ、夏、碓氷から霧積へいくみちで、
    渓谷へ落としたあの麦藁帽子ですよ。

    母さん、あれは好きな帽子でしたよ。
    ぼくはあのときずいぶんくやしかった。
    だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから。

    母さん、あのとき向こふから若い薬売りが来ましたっけね。
    紺の脚絆に手甲をした。
    そして拾はうとしてずいぶん骨折ってくれましたっけね。
    だけどたうたうだめだった。
    なにしろ深い谷で、それに草が背丈ぐらい伸びていたんですもの。

    母さん、ほんとにあの帽子どうなったでせう?
    そのとき旁で咲いていた車百合の花は、もう枯れちゃったでせうね、
    そして、秋には、灰色の霧があの丘をこめ、
    あの帽子の下で毎晩きりぎりすが啼いたかもしれませんよ。

    母さん、そしてきっといまごろは
    今晩あたりは、あの谷間に、静かに雪が降りつもっているでせう。
    昔、つやつや光ったあの伊太利麦の帽子と
    その裏にぼくが書いたY・Sといふ頭文字を埋めるやうに、静かに寂しく。

  • 2二次元好きの匿名さん23/09/05(火) 22:05:29

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