菊花は晴天に咲く【ウマウマトレSS】

  • 1二次元好きの匿名さん21/12/21(火) 22:46:13

    caution
    ・独自解釈あり
    ・フラウンス、フラトレあり、プラトニック
    ・セイちゃんの内心が黒いかも
    ・菊花賞をとるまでの、お話です
    ・菊華じゃなくて菊花でした

  • 2二次元好きの匿名さん21/12/21(火) 22:46:39

    トレセン学園への入学が決まった。一般家庭生まれのウマ娘としては幸運なほうだ。
    推薦してくれたのはニシノグループ。才能を見越してとのことだったけど、実際のところは飛び級で入学する才女、ニシノフラワーが孤立しないために用意した“お友達”なのだろう。
    走れることは嬉しいし、お父さんもお母さんも喜んでくれているのは悪いことではない。
    そしてなにより、じいちゃんが喜んでくれた。それはもう、大袈裟なくらい。お前は三冠をとれる器だからな!って何度も何度も、あの大きな手で撫でて応援してくれた。

  • 3二次元好きの匿名さん21/12/21(火) 22:47:13

    ニシノフラワーと言う子は純粋だった。小さな身体で周りの“お姉さん”たちに負けないように精一杯頑張っていた。
    でもやっぱり、彼女はまだまだお子ちゃまなわけで──
    「あぅぅ、どうしよう……」
    花壇の前、じょうろを抱えて呟いていた。
    「おやおやー、フラワーさん、奇遇ですなー」
    「スカイさん!」
    ぴょこんと耳と尻尾が嬉しそうに跳ねる、かわいい
    「ふむー、ふむふむー?どうやら水やりがまだ終わってないようだねー」
    「ぁぅ、そうなんです……日直の仕事を忘れてて」
    今度は耳と尻尾がしおれる、かわいい
    「そっかー。じゃあサボっちゃう?」
    「もう。それはだめですよっ!お仕事はきちんとしないといけませんからっ」
    そういうと思った。だから私は空の如雨露を二つ持ち上げた。
    「水、汲んでくるから。フラワーは水やり続けてて。一人より二人のほうがはやくおわるでしょ?」
    ニシノフラワーは純粋だ。だから手伝ってあげたくなる。飛び級した彼女が、学園に馴染むまで、“唯一のお友達”と言う立場を堪能させてもらおう。

  • 4二次元好きの匿名さん21/12/21(火) 22:47:33

    少し月日は流れて。ニシノフラワーは学園に馴染んだようだった。もう、私は“唯一のお友達”ではなくなっていた。
    他の子達と楽しそうに笑う、彼女を見て肩の荷が下りたと思う反面、少しだけもったいない気持ちもわいた。
    まぁ自分の時間ができたことで、私にもお友達ができた。
    不屈の精神をもつキングヘイロー、爆発力のあるスペシャルウィーク、刀みたいに鋭いグラスワンダー、パワフルでエネルギッシュなエルコンドルパサー。デビューするとしたらこの四人と競いあうことになるらしい。どうしようじいちゃん。じいちゃんの夢、早くも叶えるのは厳しくなった気がする。

  • 5二次元好きの匿名さん21/12/21(火) 22:47:51

    トレーナーさんとの契約が決まった。ひょっとしたら私よりつかみどころがないかもしれない。放任しているように見えて、私のことをしっかり見ている。それにその気にさせるのも上手だ。
    フラワーもトレーナーとの契約が決まったらしい。なんと、あの名門の桐生院家の人だそうだ。実績もある人らしく、名家には名門がつくんだな何て思った。
    「そっちのトレーナーさんはどう?」
    「えっと、シュッ、としてて、なんだかすごそうな人です。」
    「あはは、名門・桐生院家だもんねー、なんだっけ?トレーナー白書?があるんだったかな」
    「はい…これにそって、立派なウマ娘になりましょうっていってました。」
    「そっかー」
    カフェでジュースをのみながらそんな話をした。
    この時から私はどことなく、彼女とは距離を感じるようになっていた。

  • 6二次元好きの匿名さん21/12/21(火) 22:48:14

    フラワーは華々しいスタートを飾った。デビュー戦は4バ身差をつけての圧勝。短距離でここまで差をつけるのは見事の一言だった。GⅢの札幌S、GⅡのデイリー杯、そしてG1の阪神S。いずれも一着で駆け抜けていった。
    名門のお嬢様、それも飛び級した子がそんな活躍をするのだ。周りは放っておかない。フラワーにはたくさんのお友達ができていた。
    まだデビューもしておらず、周囲のキラキラした子達に隠されてしまった私とは大違いである。
    こと、ここまでくると私はフラワーのことを避けていた。
    だって、しがない一般家庭のウマ娘より、もっとキラキラとした才能ある子達と過ごした方がいいと思ったから。
    だというのに──
    「スカイさーん、スカイさーん!」
    遠くでフラワーが呼ぶ声がする。声はだんだんと近づいてきて、がらっと扉を開けた。
    「あ、いました、スカイさん。もう、ダメじゃないですか空いてる部屋使ったら……!」
    「にゃはは、ばれちゃったー。フラワーもどう?」
    「いいえっ!私は今からトレーニングがあるので」
    「そっか、名家に名門のコンビは大変だねー。……フラワー?」
    なんだか、珍しい表情をフラワーが浮かべた。
    いつもにこにこしてたり、あわあわしてたりするのは見ていたが、なんだろう。すねている、ような表情だ。
    「……………………」
    「フラワー?ごめん、きこえない。」
    あんまりに小さく早口だったので聞き取れなかった。彼女は頬を膨らませて、持っていたプリントを渡してくる。
    「スカイさんのトレーナーさんからの、お届け物です。」
    「おお、これはこれはー。名家のお嬢様にお使いさせるだなんて、うちのトレーナーさんも顔が分厚いねー」
    「スカイ、さん、が、あちこちで、おひるね、している、せい、です」
    あ、これはわかる。彼女は今すごく怒っている。そのままくるんとひっくり返って彼女は出ていった。
    手元に残った資料に視線を落とす。メイクデビュー出走表と書かれている──私のデビューが決まった。

  • 7二次元好きの匿名さん21/12/21(火) 22:48:42

    さて、デビュー戦。私は、私達は一つ作戦を考えてきていた。キラキラの子に隠れた、冴えない私がしっかりと研いでおいた爪。そう、誰も私を知らない。私の勝ちも期待してない。だからこそ、喉元に届く爪。
    狭いゲートが開いて視界が開ける。
    先頭には誰もいない。私だけの景色。レースを見ていた他のトレーナー達が暴走?と呟いたのが聞こえた。
    よしよし、それでいい。後ろを走る子達はペースも落としている。いずれ落ちてくる私を相手にするより、後半に足をためておきたいから……よし、引っ掻き回そう。
    第1コーナーを曲がったところでペースを落とす。暴走した私がバテて差し位置に戻ろうとしたように見えるだろう。だけどまだ抜かせない、二番手にいた3番と5番の前を抜かせない程度のペースでおちょくる。
    ほら、頑張れば追い抜けるよ?──どうぞ?
    第2コーナーを抜けて直線をすこし走った辺りで3番と5番に先頭を譲った。彼女達に引っ張られて他の子達のペースも乱される。
    うんうん、辛いよね他人のペースに振り回されるの、私も慣れない差しやってて思ったよ。
    抜けそうで抜けなかった私を追い抜いた3番と5番。彼女達についてきた後続たち。私というエサにくらいつき、しっかりと針を飲み込んだね?──じゃあ。
    ぐんっと、足を踏み込む。
    第三コーナーからぐんぐんと加速する。なれた景色が戻ってきた。そのまま第四コーナーを抜け、一人で悠々と駆け抜ける。
    結果は6バ身差。私のデビュー戦はそこそこの番狂わせを起こしたのだった。

  • 8二次元好きの匿名さん21/12/21(火) 22:49:10

    デビュー戦後、勝利の実感を噛み締めていると、スペちゃんとキングが宣戦布告にやってきた。グラスちゃんと、エルは二人とも目指す方向が違う、三冠路線はどうやら私達で競いあうことになるらしい。
    三冠……じいちゃんの、夢。誰もが認めるウマ娘。
    一世一代の大物に柄にもなく、胸が泡立つのを感じていると後ろからフラワーが声をかけてきた。
    「スカイさん、デビュー戦。おめでとうございます。」
    「あ、フラワー、見ててくれたんだ。」
    「はい、……スカイさんのいたずらっ子な走り、すごかったです。」
    いたずらっ子。……確かに、終始からかってたような走りではあるけど、そう例えられるとなんだか恥ずかしい。
    「にゃははー。でももうできないかもねー。こういう奇策は一回限りって決まってるから。」
    「そうなんですか?」
    「そうそう、だから次の策を考えないとね、ほら、私、フラワーと違って、一般ウマ娘だし。」
    「……そんなこと、ないですよ。スカイさんはすごいウマ娘です。」
    フラワーが儚げな笑顔を浮かべる。まだ小さな女の子なのに、そんな表情もできるんだ、と思った。
    「ありがとー……ね、フラワー、今から時間ある?」
    「?……えっと、はい。」
    「うちのトレーナーさんがね、ご褒美にご飯つれていってくれるんだ、フラワーも一緒にどう?」
    「え、そ、そんな悪いですよ……」
    「いーの、いーの。安くて美味しいところつれていくから、一人も二人も変わらないって。」
    ここのところ、避けてたのに、どうしてだろう。あの笑顔を見たら、放っておけない、気がしたのだ。

  • 9二次元好きの匿名さん21/12/21(火) 22:49:32

    次のレースはすぐやってくる。ジュニアカップ、OP戦。今度の戦法は前回と打って変わって、一番に飛び出して、そのまま駆け抜ける、と言うものであった。
    私の戦法が逃げだと知られてしまった。前回みたいなおちょくりかたでは、もうのってもらえない。
    だからこそ、今度は、気持ちよく逃がしてはいけないと印象付けるのだ。次のための一手。トレーナーさんもなかなかにくせ者だ。
    「と、いうのが次の作戦なんだよねー」
    「あの、その話、私が聞いてもよかったのですか……?」
    空き教室でごろんと寝転がりながら逆さまにフラワーを見る。はたきを持った彼女は困ったような表情を浮かべた。
    デビュー戦後から、フラワーとの交遊を避けなくなっていた。そうして、わかったのが、彼女は実に人気者だということだ。4戦4勝の飛び級の才女。性格もよく、かわいくて、面倒見もいい。よくも悪くも放っておけないし、放っておかれない。その小さな身体に大量の交遊関係が毒だと思った私は、静かな時間を用意することにした。
    なにをしたかと言えば、セイちゃんお昼寝部屋へのご招待。トレセン隅の中でもさらに奥まったところにある空き教室。誰も来ない静かな部屋。
    「んー、よくないかもねー?もし作戦がばれたらフラワーのせいだし?」
    「もう!でしたら、言わなければいいじゃないですか……。」
    「だって、フラワーが掃除やめないしー。」
    真面目な彼女はここを使うことに抵抗があったみたいだけど、ここなら静かに過ごせるよといったら、不思議な表情をした後こくんとうなずいた。
    それ以来、ここでたびたび過ごすようになって、今に至る。
    「スカイさんも、手伝ってください。」
    ホコリだらけだった、セイちゃんお昼寝部屋も、ずいぶんと、綺麗になりました。

  • 10二次元好きの匿名さん21/12/21(火) 22:49:57

    3月。最初の冠をとるにあたり、大事な一戦の策を練っていた。
    出走するのは弥生賞。ここで三着以内にはいれば、皐月賞への優先的な出場権が手に入る。そして、あのキングと、スペちゃんが出てくる。巷では、私達三人は三強と呼ばれているらしい。一般家庭出身の私が、言わずもがななキング、北の大名家のお嬢様であるスペちゃんと肩を並べるとはなんとも不思議なものだ。
    さて、そんなお嬢様方とのレースに向けて練った策はと言うと──見ることだった。
    スペちゃんの爆発力、キングの粘り強さ。本気のレースでのみ、見ることのできるそれを。見ること。
    それを引き出すために、今の私は全力で走らなければならない。彼女達の力を全て絞り出させるために。
    トレーナーさんは、私の目になると言った。だから私はひたすらに逃げ続ければいい。……策とは言えないガチンコ勝負。昔の私だったらたぶんとらなかっただろうな。

  • 11二次元好きの匿名さん21/12/21(火) 22:50:35

    よし、証拠隠滅完了!お騒がせしました

  • 12二次元好きの匿名さん21/12/21(火) 22:52:51
  • 13二次元好きの匿名さん21/12/21(火) 23:06:38

    Cygamesさん、お正月にセイちゃんをください

  • 14二次元好きの匿名さん21/12/22(水) 00:16:30

    弥生賞当日。気合いは十分。“目”のほうもバッチリなようだ。ここにいるウマ娘達はみんな皐月賞を目指してきたウマ娘たち。柄にもなく緊張してしまう。注意すべきはスペちゃんとキングだけじゃない。一人一人全員が注意すべき相手だ。
    やることは変わらない。逃げて、主導権を握ること。
    ゲートのなかで呼吸を整える。狭いのは苦手、早く飛び出したい。その気持ちを足に込める。
    ゲートが開く、青と緑の視界を加速させた。第1コーナーカーブで追い越し、誰もいない先頭を走る。自分の走りやすいペースで、相手の走りにくいペースで。
    後ろからかかる圧に、気が逸りそうになる。もっと速く。落ち着け。焦らせるのはこちらだ。
    第4コーナーを回ってスパートをかける。ためていた足は十分、これなら───

    ──ダンッ!

    大地を蹴る音が聞こえた気がした。体感4バ身から5バ身は離れてるはずなのに。残り200m。気配が近づいてくる。形振りなんて構ってられない。逃げろ。逃げるんだ。
    走っているのに、差が縮まっていく。後少し、後少しでゴールだった、のに。横にならんだ、白と紫が追い越していく。
    歓声が上がった。

  • 15二次元好きの匿名さん21/12/22(水) 00:17:04

    反省会は近くのファミレスで行われた。
    「残念でしたね……。」
    「……ありがと」
    フラワーがしゅんとした表情でオレンジジュースを持ってきてくれた。
    ストローに口をつけちびちびと飲んでいく。
    焦ったな、と、トレーナーさんがいう。その通りだ。スペちゃんの気迫に負けて、ペースを乱してしまった。
    結果ゴール手前で、スタミナがつきてしまい、追い抜かれた。
    「スペシャルウィークさん、すごかったですね…」
    フラワーがスペちゃんを誉める、楽しくない。
    その凄い相手に勝たないといけないからね、と視線を向けてくるトレーナーさん。わかってるよーだ。
    「それで、セイちゃんの優秀な“目”にはどう映りました?1着のスペちゃんと、3着のキング」
    そうだな、と、トレーナーさんが見解を話していく。
    結果わかったのはスペちゃんにはペースを乱すのがあまり効果的ではないということ。場数、戦法の相性なども関わってくるだろう。
    「逆にキングは揺さぶりやすいんだけどねー……ただ、キングの粘りだと一歩間違うと逆効果になりそう。……って、どしたの?フラワー。」
    「……あ、いえ。なんだかスカイさんがすごく、楽しそうだなって。」
    「え、そう?」
    「はい、いたずらっ子の顔をしています」
    「いたずらっ子の顔ねー」
    もにもにと、顔をさわってみる。対面でにやにやとしてるトレーナーさんの方がよっぽどだとは思うけど。
    面白そうに笑うフラワーのほっぺたをつつきながら、反省会は続いた。

  • 16二次元好きの匿名さん21/12/22(水) 00:17:27

    OP戦チューリップ賞。フラワーの出るレースということで応援に着ていた。ティアラ路線の第一冠、桜花賞にむけてのレースだ。
    ゲートにはいるときにこちらに気づいたのか、恥ずかしそうに手をふってくれた。周囲の人たちがまとめてノックアウトされた。
    ゲートが開き、一斉に駆け出す。才女の走りは目を引くものがあった。
    丁寧なコーナリング、ペース配分、そしてなによりキレのある直線ダッシュ。
    しかし、ただ一つ、どうしようもないものがあった。
    体格の差。バ群に沈んでしまえば、さしもの彼女とてどうしようもないのだ。
    それでも2着にこぎ着けたのは見事と言えるだろう。
    「お疲れさまー、フラワー。なにか食べて帰る?」
    「……はい」
    「じゃ、今日はセイちゃんがおごってあげるねー」
    並んで歩く帰り道。フラワーとトレーナーさんの反省会を待っていたらだいぶ遅くなってしまった。
    フラワーはだいぶ沈んだ表情をしていた。初めての負けというのはやっぱり重いものだ。私でも結構来るものがある。あった。
    「あのー、さ。やっぱ、負けると怖いよね」
    「……はい」
    「セイちゃんはさー、あれこれ考えながら走るんだけどさ、だからこう、あの考えが悪かったとか、言い訳できるんだけどー」
    「……はい」
    「………怖いよね」
    「はい」
    負けは、怖い。次も負けるんじゃないかって気分になるから。
    なにより彼女は、私よりもずっと重圧があったはずだ。名家、才女、小さな身体に一身に受け止めている。
    「あのー、さ」
    足を止めて両手を広げる。
    「泣いていいよ。泣きたいなら、だけど」
    「っ………ぅうっ……」
    胸に飛び込んでくる。腕のなかで震える小さな彼女を守りたいと思った。

  • 17二次元好きの匿名さん21/12/22(水) 00:38:41

    春休み。帰省した実家にフラワーが遊びにきた。私をトレセンにいれてくれたグループのご令嬢だとわかると、うちが大騒ぎになるので、色々とごまかして、一番の親友だということにした。うん、親友間違ってはない。
    じいちゃんは私が皐月賞への挑戦権を得たとしるともうなんか凄い大喜びをしていた。
    家にいてもうるさいだけなので、ご褒美ということで釣りにつれていってもらった。
    虫や魚をいやがるなら渓流遊びに切り替えようかなとおもっていたら、意外や意外。フラワーは物怖じせず釣りをしてみたいといったのだ。
    じいちゃんと、私とフラワー。三人で竿を並べて釣りを始める。
    「なんだか、落ち着きます。」
    「それはよかったー。釣れないのを楽しめるってのはフラワーには才能があるねー。」
    「釣ったお魚はどうするんですか?」
    「お塩を振って、焼いて食べるかなー。」
    「それなら、私お料理したいです。」
    「え、できるの?」
    「はい、……あ、でもキッチンかしていただけるかな……」
    「きっと喜んで貸してくれるよ」
    なんて、話をして。釣果をもって家にかえった。
    年頃の微笑ましいものだと思っていたら、わりとしっかりした料理が出てきてびっくりした。
    あのね、お母さん。娘にほしいっていってる子、ニシノさんとこのお嬢さんだからね。

  • 18二次元好きの匿名さん21/12/22(水) 00:39:57

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  • 19二次元好きの匿名さん21/12/22(水) 08:40:57

    フラワーと一緒にお風呂にはいることになった。ぷはっと言う声とともに子供らしい小さな身体が目の前に現れた。
    細い、小さい、まだ肉がついてるとは言えない身体。この身体で並みいる年上達を追い抜き、戦っている。
    「スカイさん……?」
    「んぇ、あーごめんじっと見ちゃって。」
    フラワーが不思議そうな顔で見上げてくる。
    もっと見るならどうぞ、と言う風に腕を浮かせたので、かっしりとつかんで気を付けにした。
    「フラワーの身体、綺麗だなって。大人になったらすっごい美人になりそう」
    「…!えへへ、ありがとうございます」
    「………ようし、今日はセイちゃんが、立派な大人になれるよう。隅々まで洗ってあげよう!」
    私もガバッと服を脱いで浴室に突入する。
    久々にはいった、狭い我が家のお風呂。とても楽しかったです。

  • 20二次元好きの匿名さん21/12/22(水) 08:41:23

    お布団を並べて床にはいる。年頃の二人が大人しく寝付くわけもなく、いろんな話に花を咲かせた。
    学園の話、友達の話、トレーナーの話、レースの話……
    フラワーから見える世界は、私の見える世界ともまた違っていた。きっちりと。丁寧に。物事のいい面をしっかりと覚えているのは、きっと彼女が純粋だからなのだろう。
    しかし、トレーナーとの関係も、私達よりずいぶんと大人な関係なのには驚いた。いや、これに関しては私達の方が泥臭いのかもしれない。トレーナーさんは新人さんだったし、私は一般家庭の娘だし、距離が近すぎると言うべきか。ひょっとしたらもうちょっと距離をとった関係の方が適正なのだろうか。
    「……スカイさん」
    「なぁにー?」
    「いつも、ありがとうございます」
    「……どしたの?急に」
    「スカイさんは、いつも、私を助けてくれました。」
    しっとりとした声で、フラワーが見つめてくる
    「入学してから、一人だった私にも優しくしてくれて…」
    違うよ、それが条件だったからだよ。
    「お友達がたくさんできたあとも、ゆっくりできるようにしてくれましたし…」
    違うよ、君が倒れたら私がいられなくなるからだよ。
    「この前だって、その慰めてくれましたし……それに今日!私、すっごく楽しかったんです!」
    綺麗な笑顔に言い訳が吹き飛んでしまった。 ずるい。そんなこと言われたら、ひねくれたこと言いにくくなるじゃないか。
    「……にゃは、どういたしまして。」

  • 21二次元好きの匿名さん21/12/22(水) 08:41:47

    隣で寝息を立てるフラワーの寝顔を見つめる。
    ニシノグループのご令嬢、飛び級の才女。
    そんな彼女と友達でいれるのは、きっと凄い奇跡なのだろう。
    この関係は手放したくないと思った。彼女が大人になるまで、大人になっても友達でいたいと思った。
    でも、それにはきっと色々と問題がある。すむ世界が違う。一般家庭の私じゃ──あぁ、簡単なことじゃないか。
    「本当は、大きな魚を釣り上げたい、だけだったんだけどね……」
    誰も見ていない、期待していない。そこをひっくり返す。
    それが、三冠路線にすすんだ理由だった。
    「フラワー、私、誓うよ。……必ず三冠ウマ娘になる。」
    「だから、ずっと、友達でいようね」

  • 22二次元好きの匿名さん21/12/22(水) 16:55:34

    阪神競バ場は熱気に包まれているようだった。
    「頑張れ……フラワー。」
    その場にはいけなかったので、トレーナー室でじっと中継を見ている。
    一番人気として紹介される、フラワー。誰もがニシノグループの才女の勝利を期待していた。
    ゲートが開く。並んで走る影のなかでフラワーはひときわ小さい。逃げをうつウマ娘に続いてフラワーは走っている。前回のレースとはちがい、バ群の先頭に位置し飲まれないように立ち回っていた。これなら──
    第4コーナーを回って、ウマ娘達が横並びになる。
    丁寧なコーナリング、最後の直線。才女の勝利が確定した瞬間だった。
    小さな影が先頭に躍り出る。1バ身、2バ身、3バ身と差をぐんぐん広げていき、駆け抜けた。

  • 23二次元好きの匿名さん21/12/23(木) 01:44:03

    「と、いうことで、はい、ティアラ一つ目、おめでとーのプレゼント。」
    「わぁ……ありがとうございます」
    セイちゃんお昼寝部屋に、フラワーを連れ込んでプレゼントを渡す。色々と悩んだけれど、ウマッターの投稿を見て、桜色のお弁当箱にすることにした。たまに使ってもらえたら嬉しいかな?
    「ぁふ……」
    「おやおやー?ずいぶんとかわいらしいあくびですなー」
    「もう……スカイさん」
    恥ずかしそうにしているけれど、その顔には疲労が浮かんでいた。
    フラワーはとにかく目だった。桜花賞の最終直線。あの切れ味に魅せられた人たちは次の冠を期待する。
    次を期待すると言う、応援、声援。真面目な彼女はそれを全て受け止めてしまう。小さな身体をめいいっぱい使って。私みたいに逃げたりサボったりなんかはしない。
    「真面目だよねーほんと」
    「?」
    「いやいや、こっちの話。ね、フラワー。少しだけお昼寝していかない?」
    強引に手を引いて、毛布とクッションでできた特性寝床に座る。今日のために干しておいたからふかふかのお日様の匂いがした。
    「でも……」
    「ほらほら、ごろーんって、ね?セイちゃんが時間になったら起こしてあげるよー」
    「……ぁぅ」
    押し倒すと、瞳がとろんととろけた。溜め込んだ疲労が表に出たのか、もにょもにょとなにかいってるうちにどんどん目蓋が閉じていく。
    「すかい、さんの……におい……」
    私お気に入りのクッションを抱き締めて、フラワーは寝息をたて始めた。
    その寝顔を起こさないようにパシャリ。送信先はフラワーのトレーナーさん。スマホをポケットに戻して、改めて寝顔を見つめる。
    「もう少しの我慢だから。……次の皐月賞で、話題全部持っていくから。」
    注目が減ればフラワーの負担は減るだろう。そのためにも、皐月賞は負けられない。
    「ん?」
    ポケットのスマホが震える、一通の返信が着ていた。文面は感謝の一文と、嫉妬混じりの長文。………あの人も結構面白い人かも。

  • 24二次元好きの匿名さん21/12/23(木) 08:00:41

    皐月賞当日。私達が会場にきたのは遅刻ギリギリのタイミングだった。やる気がないように見せる一つ目の策。キングとスペちゃんには通用しなかったけれど、そこは問題なし。他の子達が私のマークを緩めるのが目的だから。特に2番の子。同じ逃げ戦法を持つ彼女には私のことを意識してほしくない。
    挨拶もそこそこに、ゲートにはいる。呼吸を整える。脳裏に浮かぶのは先日の敗北。頭を振って振り払う。大丈夫、付け焼き刃でも策はある──負けるもんか。
    ゲートが開く。大地を踏みしめる音が鳴り響くなかで、私は二番手についた。一番手は予想通り2番の子。
    隣にはキングが走っている。スペちゃんは……ずいぶんと後ろにいた。
    キングは、私の揺さぶりを正面から打ち破りに隣に。
    スペちゃんは、私の揺さぶりを嫌って後方に。
    仕込みは十分。あとは仕掛けるだけ。
    まだ、まだ、まだ───

    ───ダンッ

    ──今!
    第3コーナーをまわったところであの力強い足音が聞こえた。後ろからぐんぐんとあの気配が近づいてくる、さぁ勝負だ。
    ペースをあげていく、2番の背中がぐんぐんと近づいてくる、キングはまだついてくる、あれだけ揺さぶったのに。第4コーナーを回って最終直線、先頭に躍り出た私をキング、そしてスペちゃんが追いかけてくる。
    スペちゃんの爆発力は、怖い。でも、私にだってスパートはあるのだ。いくらスペちゃんが速くても。ゴールするまでに追い抜けなきゃ、私の勝ちだ!
    追いすがるキングを振り払い、誰もいないゴールを駆け抜けた。

  • 25二次元好きの匿名さん21/12/23(木) 18:43:28

    スカイとフラワーの関係ややり取りが可愛らしくて身悶えするほど大好きです。
    楽しみに更新待ってます……!けれど、寒くなってきたのでお体に気をつけてください!!!

  • 26二次元好きの匿名さん21/12/23(木) 22:08:13

    祝勝会は近くのレストランで行われた。ビュッフェスタイル、ウマ娘料金は結構するけどトレーナーさんは気前よく二人分払ってくれた。
    「はい、どうぞ」
    「ありがと、フラワー」
    カラフルに盛り付けられたお皿をフラワーが持ってきてくれた。最近人気のウマッター投稿者、彩りと食べ物のバランスが絶妙だ。
    お腹が少し膨れたところで今回のレースの感想戦となる。
    「キングヘイローさん……すごかったですね。」
    「うん、結構乱したつもりだったんだけどねー。最後の最後まで、ついてきてた。やっぱり強いよ」
    バテながらも一度は突き放した距離を詰めてきた。あの執念深さはキングの何よりの強さだろう。
    2着のキング、3着のスペちゃん、そして、他のウマ娘達と話がシフトいく。
    時おりフラワーが、空いたお皿を下げて、また美味しそうに盛り付けた料理を持ってきてくれた。私、ニシノグループのご令嬢に結構なことやらせてない?
    一通り話終えたら、次の話。つまり、ダービー賞の話だ。
    いけるか?とトレーナーさんは聞いてくる。
    今回は逃げのウマ娘がいた、だからこそ私は彼女に先頭を任せ、キングとスペちゃんを揺さぶることに専念できた。
    次回はいるとは限らない。それに同じ策が通用するほど甘い相手じゃない。
    先頭をとって、その上で相手のペースを乱さないといけない。
    「んー……もっと、トレーニングしないとねー」
    2400m,今まで走ったことのない距離。あの爆発力と執念から逃げるために、もっとトレーニングしないといけない。

  • 27二次元好きの匿名さん21/12/23(木) 22:08:50

    「ごめんねー。じいちゃん、嬉しかったみたいでさー」
    お野菜の詰め合わせと、大きな鯛が届いたのは皐月賞から二日後のこと。手紙にはフラワーと一緒に食べるといいと豪快な文字で書かれていた。やっぱり気づいてたかー。
    そんなわけでフラワーのところに持っていったところ、一緒にお料理しましょう!とのことになった。
    寮のキッチンを借りて、エプロンをつける。
    「セイちゃん、お料理得意じゃないけどなー」
    「下準備のお手伝いをしてもらえるだけでも十分です……その、一緒に作るのもたのしいですし。」
    「そっか。じゃあ、フラワーママー、何をしたらいいー?」
    「マッ……もう、スカイさん!」
    真っ赤になってぴんっと尻尾と耳がとがる、かわいい。
    フラワーの指示でてきぱきと身体を動かす。小さな手が包丁をふるい、鍋やフライパンを動かすだけでみるみる料理ができていく。
    「おさしみ、につけ、おしるにむにえる、おやさいそえて~♪」
    フラワーのご機嫌な歌を聞いていると、ふと視線を感じた。たぶん寮にいる子達だろう。こちらを見てひそひそと話している。視線を向けてにこっと手を振ると真っ赤になって離れていった。
    皐月賞勝利から、わりとこういうことが増えた。これが注目されることなのかと、改めて実感した。フラワーがあれだけ疲れるのも納得というものだ。
    「スカイさん、お味はどうでしょうか。」
    小皿に取り分けたお汁が目の前にだされる。縁ができているのは一度フラワーが味見をしたあとだろう。
    「どれどれー?」
    湿った場所に口をつけて、味見する。お魚とお味噌の優しい味が広がった。
    「ん、おいしいよ、さすがフラワー。」
    「ありがとうございます……。そしたらあとは…」
    次の料理に取りかかる。楽しそうな彼女の笑顔が見れて、ホッと安心した。

  • 28二次元好きの匿名さん21/12/23(木) 22:09:09

    オークスでフラワーは7着に沈んだ。才女の初の掲示板外という結果は世間を騒がせた。フラワーは気丈に振る舞っていた。そんなフラワーが倒れたと、連絡が入ったのはオークスから二日後のことだった。
    病室の前でフラワーのトレーナーさんが立っていた。肩で息を切らせていた私を見て深々と頭を下げた。
    ──フラワーさんとことを頼みます。
    唇を真一文字に、悔しそうに拳を震わせている。
    「……任されました。“それ以外”のことは、お願いできますか?」
    世間の悪意や噂はどうしたって、彼女を蝕んでしまう。私はそこから守ることはできても、振り払うことはできない。
    ──私の全てをかけてでも。
    力強く頷いたトレーナーさんの隣を抜け病室に入った。

  • 29二次元好きの匿名さん21/12/23(木) 22:10:29

    >>25

    ありがとうございます。身体を壊すまえに書き上げたいと思います

  • 30二次元好きの匿名さん21/12/24(金) 07:34:31

    フラワーの姿は痛々しいほどに様変わりしていた。白い肌は青ざめ、華奢な体躯はより小さく見えるほど。
    オークス敗北から、ほとんどなにも食べることができていないらしい。細い腕に刺さる点滴が痛々しかった。
    「スカイ、さん……」
    「……やっ、フラワー。倒れたんだって?」
    「ごめんなさ、い……」
    どんよりと濁った瞳から涙がこぼれる。たぶん、これ、眠れもしてない。
    「にゃは、セイちゃん怒ってないよー。心配はしたけどさ……」
    どんな声をかけたらいいだろう。今にも消えそうなくらい弱りきった彼女に。どんな言葉が届くだろうか。思考を巡らせる……思ったようにいうしかない。
    寝台のそばにたち、フラワーの手を握る。柔らかくて、暖かいはずの手が、とても冷たい。
    「………あの、ね。フラワー。逃げてもいいと、思うんだ。辛いことから、嫌なことから。ほら、フラワーはとってもいい子じゃん?だから、いっぱい、いろんな事受け止めて、抱え込んじゃってると思うんだ。」
    「………」
    曇った瞳がそんなこと、できるわけないって伝えてくる。
    「私が、逃げ場所になるよ。私の前なら泣いていいよ。ニシノグループのご令嬢でも、飛び級の才女でもなくて、ただのフラワーとして。……フラワーは子供でいいんだよ。」
    なんとか、言いきった。思っていることを。
    フラワーの目はじっとこっちを見つめている。
    瞳が大きく揺れ、大粒の涙がこぼれた。
    「うぅ……うぇ………うぁぁぁぁぁ!」
    次から次に涙がこぼれていく、うん、泣いていいよ。
    彼女が泣きつかれて眠るまで、ずっと手を握っていた。

  • 31二次元好きの匿名さん21/12/24(金) 17:54:37

    フラワーの両親と話す機会があった。話をする羽目になったとも言う。彼女が泣き疲れて眠ったあたりで二人が飛び込んできたのだ。手を握られたままだった私はその場から動くことができなかった。
    推薦してもらったときは、なんというか住む世界の違う人だと思っていたけど、こうして話す分には普通の親だと感じた。
    ずいぶん好意的に見られていたのは、フラワーが二人によく私の話をしていたかららしい。
    ダービー賞のことを期待していると言われた。もちろんだ。話題を全て集めて、フラワーの負担を軽くするためにも、私は勝たなくちゃいけない。

  • 32二次元好きの匿名さん21/12/25(土) 02:36:20

    さて、このウンスのダービーはどうなるやら……

  • 33二次元好きの匿名さん21/12/25(土) 09:37:53

    ダービー賞当日。会場に踏み込んだ私を雷鳴のような歓声が迎えてくれた。わざと遅れたわけではないが、入場は私が最後だったようだ。スペちゃんはいつもからは想像できないほど集中している。キングは燃え盛る炎のようにギラついた闘志を撒き散らしている。
    トレーナーさんと作戦の最終確認を行う。今回逃げ戦法をとるウマ娘はいない。つまり私一人でペースを作りながら、走り抜けるしかない。2400m。トレーニングで走ってきたとはいえ、本番では始めての距離。トレーナーさんは、いけるか?と聞いてくる。
    「もちろん」
    力強くうなずく。負けられない。ここで私が二冠目をとるんだ。
    とん、と、眉間をつつかれた。トレーナーさんをみると、自分の眉間を指ではさんで寄せている。
    どうやら険しい顔をしていたらしい。そこから先、何かを言おうとしては口のなかで言葉を転がして、最終的には大きな息と一緒に吐き出す。勝つぞ。とだけ言って私の背中を押し出した。
    うん、負けない。絶対に勝つ。

  • 34二次元好きの匿名さん21/12/25(土) 09:38:23

    息苦しいゲートのなかで呼吸を整える。集中、集中。絶対に負けられない。ゲートが開いた。
    一斉に走り出す。茶色と緑の存在が、先頭に躍り出た。これまでの先行策、じゃない。これは、逃げ戦法だ。
    無茶とも思えるハイペースで、キングが、先頭を突き進む。第1コーナーを回る頃には2バ身の差がついていた。
    大丈夫、あのペースならすぐバテる、はず。だというのに、不安が胸のなかで渦巻く。あのキングが前を走っている。誰よりも食らいつき、スタミナが切れようとも根性で走り抜けるような存在のキングが。
    もし、このまま逃がしたら追い付けないのではないか。その不安は私だけじゃなかったようで、皆、キングのハイペースについていくように、レース全体は加速していく。
    第2コーナーを抜けて直線へ、まだキングには追い付けない。第3コーナーに差し掛かった頃、ようやくキングのペースが落ちてきた。
    先頭を取り返す!チャンスと見て、加速する。追い付けない。どうして、ペースが落ちてきたはずなのに。まだ、まだ追い抜けない。第4コーナーをすぎて、最終直線で横並びになる。あっ、という声が隣から聞こえて、キングの姿は見えなくなった。これで先頭は私、すこし使ったとはいえまだ足も残してる。加速しようと踏み込んで、どうしてキングが呟いたかを理解した。
    足が重い、2400mという距離がここまで辛かったのか、残り400mの坂道。思うように前にでない。スタミナを使いきったわけではない。しかし、ラストスパート分の、スタミナは、キングに削り取られた。そして───

    ───ダンッ

    あの音が聞こえた。
    先頭がどんどん遠退いていく。白と紫が1着で駆け抜けていくのを、私は見てしまった。

  • 35二次元好きの匿名さん21/12/25(土) 09:50:22

    反省会で何を話したか、あまり覚えてはいない。ただキングに、そしてスペちゃんに、してやられたことだけが胸の内を渦巻いていた。
    キングのとった戦法、あれは私がデビュー戦でやった戦法だ。暴走に見せかけて主導権を握り、レース全体を支配する。違ったのはキングは逃げになれていなかったことと、2400mだったこと。それでも彼女は2000mまで先頭であり続けたのだからさすがの執念と言うべきではある。
    スペちゃんは、ハイペースになるレースのなかで、一人足をためていた。自分の爆発力を信じていないとできないこと。そしてそれを可能にする足を持ってないとできないこと、だ。
    二人の戦い方に踊らされ、私は4着に沈んだ。あぁ──
    「フラワーに、どんな顔してあえばいいんだろう」
    自室のベッドで横になり、呟く。
    負けた私では、フラワーを守ることなんて、できない。

  • 36二次元好きの匿名さん21/12/25(土) 20:19:47

    着信音で目を覚ます。スタンプをひとつ送り返す。今日はもうなることはない。
    ごろりと寝返りを打ち、クッションに顔を埋める。すこしだけフラワーの匂いがした。
    世の中の話題はスペちゃん一色だ。それでいいじゃないか。フラワーへの注目は次のレースまで振り払われた。
    私ってなんだったんだろう。
    勝って、守ろうと思ったのに、今、負けてこうして腐っている。
    誰もいない、誰も来ない空き教室で、一日中眠りこけて、帰ったらまたベッドで寝て。
    授業にも、トレーニングにも顔をだしていない。
    そんな私をトレーナーさんはそっとしておいてくれる。スタンプさえ返せばなにも聞いては来ない。
    まだ日は落ちてはない。もう一眠りしよう。

  • 37二次元好きの匿名さん21/12/25(土) 21:40:15

    いい…

  • 38二次元好きの匿名さん21/12/26(日) 00:29:55

    あんちゃん小説家になりなよ…
    文才がすげえ

  • 39二次元好きの匿名さん21/12/26(日) 03:32:00

    誰かの気配がして身体を起こした。
    ここを知ってるのは私と、もう一人しかいない。
    夕暮れに染まる教室で、今、一番会いたくない誰かがやってくる。
    「スカイ、さん……」
    かすれた声、ふらふらな足。やせた小さな身体。
    制服じゃない、見慣れない私服。ニシノフラワーがそこに立っていた。
    声がでない。なにを言えばいい?守ると言ったくせに全然守ってあげられなくて、しかも逃げた私に。
    フラワーが近づいてくる、ふらふらな足でこっちにやってくる。
    とさり、と、フラワーが寄りかかってきた。薄くなったフラワーの匂いと病院の透明な匂いがした。
    「逃げて…きました……」
    「…………」
    「隠して、ください……」
    紫水晶の瞳がじっと見つめる。その煌めきに押されて、毛布で二人を覆った。
    狭くて暗い、息苦しい。逃げ出したい、のに。
    痩せた身体が逃がしてはくれない。
    「話を……聞いて、もらえますか……?」
    「…………うん」

  • 40二次元好きの匿名さん21/12/26(日) 03:32:45

    毛布の中が真っ暗になるまで、フラワーは喋り続けた。
    重圧、羨望、嫉妬、自棄。いい子のフラワーからは想像もつかないような言葉を浴びせられ続けた。
    心の隅っこで抱えていたもの、それが大きくなってしまったのだろう。普段は気にもとめないものが、血を吐くような声であふれでてきている。
    「……スカイ、さんの、せ、いです……」
    一瞬、心臓が掴まれた気がした。
    血の色の滲んだ声は尚も続く。
    「スカイさんが、逃げてもいいって、……逃げ場所に、なってくれるって……いったのに……」
    軽く咳き込むフラワーの背中をさする
    「……さきに、逃げないで、ください……」
    あぁ、私はなんて愚かだったのだろう。
    勝手に約束して、勝手に放棄して、勝手に逃げ出した。
    そんな私をフラワーは追いかけてきたのだ。
    私の言葉を頼りにして。それだけを支えにして。
    私に呪いをかけにきた。
    彼女の言葉でできた首輪が私にかかる。
    私の言葉でできた楔が彼女の胸に浮かぶ。
    「私でいいの……?」
    「……スカイさんじゃ、ないと、だめです……」
    さきに呪ってしまったのは私のほうだ。
    息を吸う。あのときよりもずっとずっと、思いを込めてフラワーに告げた。
    「……わかった、フラワー。……私が、君の逃げ場所になるよ。……もう、逃げないから。君はただの、子供でいいんだ。」
    かちりと、首輪がしまった気がした。

  • 41二次元好きの匿名さん21/12/26(日) 04:00:29

    フラワーの精神的問題は、彼女が期待され続けたことに起因する。今までほとんど完璧にこなせていたから、誰も気づくことができなかった。彼女が失敗したとき、どう考えるかを。失望された、頑張らなくては。もっと頑張らなくては。その結果、破裂してしまい。もう頑張れなくなった。それこそ生きる気力を身体が放棄するレベルで。
    だけど、私の無責任な言葉は、フラワーに一筋の光明を見せた。……見せてしまった。
    頑張らなくていい。この人が守ってくれる。この人のところに逃げればいい。
    それは結果としてフラワーの精神を一時的に安定させた。
    聞けば一時期は食事もとれるくらいには回復したらしい。
    それなのに、私は逃げてしまった。勝たなくてはフラワーを守れないと信じ込んで。勝ったところで、フラワーを守れないと気づけなくて。
    世間の話題など、彼女を追い詰める1つでしかなかったというのに。
    私があのときすべきだったのは、すぐにあって笑うことだった。それこそ、今までのように。負けてしまった。じゃあ次はどうやって勝とうかと。
    逃げ場所をなくしたフラワーは、少しずつ弱っていった。そして、動けなくなる前に。私を捕まえにきた。

  • 42二次元好きの匿名さん21/12/26(日) 13:44:08

    トレーナー室はまだ明かりがついていた。
    土砂降りだなと、トレーナーさんは言った。お互い様だと思う。きっと今まであちこちに駆け回って何かしていたのだろう。目の下を真っ黒にしたトレーナーさんは私と、その後ろにぴったりと張り付くフラワーを見てうなずいた。
    私に一束の書類が渡される。一番表には休学届けと書かれていた。
    しっかり、休んで、晴らしてこい。だそうだ。

  • 43二次元好きの匿名さん21/12/26(日) 23:03:58

    私とフラワーは休学することとなった。私に関してはレース直後にメンタルを崩したということで。なにもかもサボっていたから理由としては十分らしい。欠けた三強、という話題はなかなか強烈だったようで、同じ理由で休学したフラワーのほうは特に大きなニュースにはなっていなかった。
    休学したとなれば、寮にはいられない。
    「という、ことでついたよー。」
    「……そうですね」
    平坦な声がかえってくる。私はフラワーと一緒に山の中にある、古くさい大きなお家──私の実家にきていた。
    フラワーの療養のために大人たちが考えた結果であった。
    必要だと思われる条件は3つあった。

    1つは、ニシノグループとは関わりが薄いところ。
    彼女にとって追い詰める理由となるので遠ざけたいらしい。

    1つは、人の少ないところ。
    これも上と同じ理由、無貌の悪意は受けないに越したことはない。

    1つは、私がいるところ。
    首輪の鎖はまだまだ短いらしい、また逃げ出さないように、しっかりと握られている。

    そんな三つの条件をそれなりに満たしたのが私の実家だったというわけだ。家族にはしっかりと話を通してある。
    最初は驚いたりもしたけれど、快諾してくれた。
    そうして、私とフラワーの長い夏休みが幕を開けた。

  • 44二次元好きの匿名さん21/12/26(日) 23:04:22

    朝はじいちゃんの畑の手伝い、お昼から夕方までは勉強、それに加えて軽めのトレーニング、夜はご飯の手伝いをして、お風呂に入って、寝る。どれもずっとフラワーと一緒だ。
    気を付けないといけないのは、行動の主導は私がとらないといけないと言うことだ。
    私がなにもしなければ、フラワーはなにもしない。
    平坦な声で無機質な表情で、ずっと私を見張っている。
    「フラワー、お風呂はいるよー」
    「……はい」
    細い両腕が前にでてくる。シャツの裾を握りゆっくりと脱がせた。フラワーは私に対して、ワガママになっていた。
    普段よりも、そして、実年齢よりも大分幼い行動。
    着替えさせてほしい、ご飯は食べたくない、髪を洗うのが怖い。
    今までできなかったワガママを一つ一つ試すように。
    うん、いいよ、フラワー。存分に甘えていいから。
    「よし。できた。それじゃいこー」
    また笑ってほしいな。

  • 45二次元好きの匿名さん21/12/26(日) 23:04:55

    夜。左手に強い痛みが走って目を覚ました。
    フラワーの右手が私を握りしめてる。表情はとても苦しそうだ。
    小さな身体を抱き寄せて、背中をさする。
    握る手の力が少しだけ緩んだ。緩むだけで、握った手は離さない。乱れていた呼吸が少しずつ収まっていく。
    時計をみると02:54という数字が見えた。
    あと3時間。……とにかく、今は寝よう。

  • 46二次元好きの匿名さん21/12/26(日) 23:05:14

    ──あまり自罰的にならないように。
    ある日、トレーナーさんと確認の連絡をとっているとそんなことをいわれた。とっさにごまかそうとして、鬼のような指摘が返ってくる。うん、わかったもういいから。
    画面の前のトレーナーさんは小さく息を吐いた。
    本来なら大人が気づくべきことだった、そしてフォローをいれるべきだったと。そう語るトレーナーさんを見ながら、私も小さく息を吐く。
    私こそ大人に頼るべきだった。彼女の敗北を、涙を知ったときに一人占めしてはいけなかったのだと。もし──、とこういう考えがよくないのかもしれない。
    今、できることをする。それしかないのだから。
    連絡の最後、トレーナーさんは次のレースをどうするか聞いてきた。
    私は、答えられなかった。

  • 47二次元好きの匿名さん21/12/26(日) 23:05:36

    正午過ぎ、フラワーはちゃぶ台でお勉強をしていた。私はというと、別の机で自分の勉強を進めている。
    健康的で静かな生活というのは、フラワーの精神の安定に一役買ったようだ。
    視界内にいればある程度、離れていても大丈夫なようになっていた。
    それでも、寝るときに手は繋いだままだし、三日に一回は起こされることになる。毎日起こされていた頃に比べたらずいぶんましになったものだ。
    ワガママも少しずつ減ってきている。たまに顔を赤くして恥ずかしがるような素振りも見せている。
    「あの、スカイさん……」
    「なーに?フラワー」
    「……おなか、すきました……」
    ポトリと、シャーペンを落としてしまう。
    「うんっ!……うん、なに食べたい?」
    「………おさかな」
    「お魚かー。よしそれじゃあ連絡をとって──フラワー?」
    ブンブン、と彼女が首をふる。
    「スカイさんが、つった、おさかなが、たべたい、です」

  • 48二次元好きの匿名さん21/12/26(日) 23:06:22

    勉強もトレーニングも放り出して、準備を始める。
    フラワーの服に釣りができそうなものがなかったので、お古を貸した。少しだぼだぼで、袖が余っている。道具をもって、渓流へ。
    「フラワーも釣る?」
    「……はい」
    エサをつけた一本を渡す。機械的な動作で投げたあと、投げた先には目もくれず、こちらを見ていた。
    「……スカイさんも」
    「ん、わかったー。それじゃ」
    こっちも一投。久々の感覚に少しだけ心がざわついた。
    静かな時間が渓流の音と一緒に流れていく。
    「………」
    「………」
    「………あのー、フラワー?」
    耐えきれずについ、口を開いてしまった。
    じっと、こちらを見つめていたフラワーに視線を合わせる。
    「釣りざお、見てた、ほうがいいかなー、なんて?」
    「………や」
    「そっか」
    いやなら仕方ない、居心地は悪いけど。やりたいようにやらせよう。
    糸を巻き上げ、ポイントを変えて投げこむ。少しずつ巻き上げて様子を伺う。もう一回。投げる、巻く。もう一回。
    少しだけ焦りがでてきた、せっかくフラワーが食べたいって言ってるのに──
    「……ふみぇ」
    フラワーの白い指が頬に突き刺さった。
    「たのしく、ない、ですか?」
    紫水晶の瞳が煌めきながら聞いてくる。
    「まえは、スカイさん、たのしそう、でした」
    前、前?思い出すのは春休みのこと。あの時はじいちゃんと三人で……あぁ。
    「……はー、私、カッコ悪いなぁ」
    くるくると自分の釣竿を巻き上げて地面に置く。
    フラワーの後ろに立って、腕を回して、手を重ねた。
    「一緒に釣ろうよ、そっちのほうがきっと、楽しいから。」

  • 49二次元好きの匿名さん21/12/26(日) 23:07:14

    二人で揃えて釣竿を投げる。フラワーの手を握ってゆっくりと回す。
    つん、と、なにかがつつく感触があった。
    「フラワー、慎重にね…」
    「……はい」
    ゆっくりとリールを巻きながら、釣竿をくいくいと動かす。
    密着した身体から響き合う鼓動がひとつになっていく。
    呼吸を合わせると、一体になったような気さえしてくる。
    「………」
    「………」
    カチカチ、カチカチ、カチカチ──今っ
    同時に竿を引いて針を引っ掻ける。ぐんっと重くなった竿を支えながらリールを巻く。
    水面が泡立つ。かなり大きい。もう少し弱らせて糸を切られないように。懐かしい魚との駆け引き。頭を使って、泳がせて、追い詰めて、そして、大きなヤマメが中に浮いた。
    ──ぷつんっ
    そのタイミングで最悪の音が聞こえる。
    「わ、わぁぁ!」
    フラワーの横をすり抜け、飛び出してしまう。浮遊感が最初にあって、ぬるりとした感触を上半身で感じて、最後に冷たい水とゴツゴツした岩肌をお尻で感じた。
    「す、スカイさん……?」
    フラワーの声が聞こえる。そして。
    「ふっ……ふふっ……ふふふふふふっ」
    小さいけど、確かに、笑い声が聞こえた。
    顔をあげる。くるしそうに、おかしそうに、笑うフラワーの姿が、そこにはあった。
    あぁ、やっぱり、笑ったフラワーはすごくかわいいなって思った

  • 50二次元好きの匿名さん21/12/26(日) 23:07:40

    もう今さらも今さらだけど曇らせてごめんなさい

  • 51二次元好きの匿名さん21/12/26(日) 23:38:55

    ええんやで、山あり谷ありってやつだ

  • 52二次元好きの匿名さん21/12/27(月) 10:36:18

    釣果を魚籠にいれて、濡れた尻尾を絞ったら、手を繋いで帰ろう。
    「帰ったら、お風呂、ですね」
    「…うんっ、そうだね。びしょびしょに濡れちゃったからなー」
    「お風呂から、出たら、お料理したいです。」
    「いいねー。セイちゃんもお手伝いするよ。」
    ぎこちなくても、フラワーが喋ってくれる。それが何よりも嬉しかった。
    道の向こうから、軽トラックが走ってくる。私たちの近くに来ると、速度をおとして窓が開いた。近所のおじさんがにゅっと顔をだしてきた。
    「こんにちはー」
    フラワーが、私の後ろで彼を観察している。大丈夫、この人は怖い人じゃないよ。
    大きな声で話すおじさんと、いくつか世間話をしてると、不穏な話が聞けた。
    私の家の近くを見慣れない車がうろついていたと。ナンバーはこの辺りじゃ見ない地域のものだったと。
    「ありがとー、おじさん。………ちょっと、貸してもらいたいものあるけどいい?」
    嫌な予感がした。

  • 53二次元好きの匿名さん21/12/27(月) 22:30:35

    このレスは削除されています

  • 54二次元好きの匿名さん21/12/27(月) 22:31:13

    私の家の前に見慣れない車が止まっていた。
    耳を澄まさなくても、じいちゃんの怒鳴り声が聞こえてきた。
    「…ちょっとごめんよー」
    「ふゃぁっ!?す、スカイさん?」
    怯えるフラワーの服をまくりあげ、尻尾を中にいれる。ぶかぶかの服だから何とかごまかせるだろう。
    そして、おじさんから借りた麦わら帽子をフラワーに深く被せた。
    「窮屈かもしれないけれど、ちょっとがまんしてね。お家に帰ったら、すぐ、奥のほうまでいって。」
    「…………」
    紫水晶の瞳が揺れる。まだ、信用はされていないのだろう。それでも。
    「あのね、フラワー。信じて、ほしいんだ。」
    「…………」
    「……私は、フラワーから逃げない。逃げるときは一緒に逃げるから」
    「…………」
    フラワーの指が、私の口に伸びる。
    両端をぐいっとあげさせられた。
    「いたずらっ子の、顔」
    「ひゃい?」
    「なにか、してくれる、ワクワクする表情が見たい、です。そのときの、スカイさんは、信じられます。」
    いたずらっ子の顔。少し悩んでから、彼女がそういってくれたときの記憶を思い出す。その時の彼女の笑顔も。
    「……わかった。任せてよフラワー。……私の策聞かせてあげる。」
    あのときみたいではないけど、フラワーは笑ってくれた

  • 55二次元好きの匿名さん21/12/28(火) 03:31:52

    「じいちゃーん、静かにしてー。」
    耳と尻尾を隠したフラワーを背負って、敷地にはいった。玄関の前ではじいちゃんが目付きの悪い男が叱り飛ばしていた。怒鳴り続けていたせいで息が上がっている。
    「この子が起きちゃうでしょ、せっかく気持ちよさそうに、寝てるのにさー。」
    目配せ、じいちゃんはなにか気づいたようで、すまんすまんと笑って、フラワーを受け取ってくれた。
    「それで、誰ですか?」
    じいちゃんとフラワーが家のなかにはいったのを見て、男を見る。
    嫌らしい笑みを浮かべた男は記者だと名乗った。
    あまり、いい噂を聞かないところだ。どちらを狙ってきたのか。
    気持ちの悪い誉め言葉を聞き流しながす。ポケットの中身を確認して口を開いた。
    「こういうのって、学園を通すものじゃないですかー?」
    いやぁ、ははは。と気持ち悪く笑う。答えてない、答えるつもりがない。
    いくつか質問したから帰ると続く。これは、本当。逆をいえば答えなければ帰るつもりはない。
    ここまでの問答で、どうやら私を狙ってきているのだと確信を持つ。
    無名の期待の新星。ダービー賞での敗北を機に休養。その現在を暴く──といったところだろう。
    虫がはい回るような不快感を振り払うように大きく息をはいた。
    外道はさっさと追い払うに限る。
    「じゃ。一つだけ、目標レースを答えますよ」
    ポケットから光るスマホを取り出す。
    「次、でるのは菊花賞です。ね、トレーナーさん。」

  • 56二次元好きの匿名さん21/12/28(火) 11:48:23

    トレーナーさんの言葉もあって、自称記者は帰っていった。大人の力ってのはやはり偉大だ。今回は学園の力、かもしれないけど。
    大見栄切ったなと、少しだけ楽しそうな声が聞こえる。
    「あの手の人にずっと付きまとわれるのも困るしねー」
    首元に巻き付いてるフラワーを見る。不安な表情はだいぶ柔らかくなってきていた。
    いつものように、いけるのか?とトレーナーさんが聞いてくる。
    「まだわかりませんー。だけど、策はあります。……そのためにもトレーナーさん、手伝ってほしいことがあります。」
    数拍間が空く、フラワーが私の顔を覗いたあと小さく笑った。

  • 57二次元好きの匿名さん21/12/28(火) 16:41:18

    保守

  • 58二次元好きの匿名さん21/12/29(水) 01:30:31

    夜、お布団を並べて。手を差し出す。
    フラワーはゆっくりと首を振った。
    「今日、は、大丈夫…です。」
    「……本当に?」
    「…………」
    紫水晶の瞳が揺れる。まだ無理をしてることくらいはわかる。
    じっと、フラワーの言葉を待つ。
    「だ、って……スカイ、さん……」
    たどたどしく、言葉を紡いでいく。
    「にげ、なかった、から……私、手、繋ぐの……めい、わく……」
    やっぱり、フラワーはいい子だ。
    私は両手を広げ彼女を抱き締めた。
    「スカイ、さ──きゃっ」
    「今日は、一緒のお布団で寝よっか!セイちゃん、温かい抱き枕がほしいと思ってたんだー」
    フラワーの寝ていたお布団に二人で倒れ込む。ふわりとフラワーの匂いが広がった。
    「……あのね、フラワー。まだ無理しなくていいよ」
    お布団のなかで、彼女の瞳を見つめる。
    「今日、フラワーが笑ってくれて、すごく嬉しかったんだよ?」
    「………」
    「少しずつでいいから、ね?」
    優しく頭を撫でる。紫の瞳がゆらゆらと揺れる。
    瞳が蕩けて、ゆっくりと瞼が下がっていく。
    「……おやすみ、フラワー」
    今夜は、ゆっくり、眠れる気がした。

  • 59二次元好きの匿名さん21/12/29(水) 11:05:22

    それから数日。フラワーはめきめきと回復していった。
    お料理もするようになったし、ご飯も食べる量が増えた。
    「スカイさん」
    「ん、はーい。………ぎゅー」
    両手を広げるフラワーを抱き寄せる。
    抱き締められたフラワーは、深呼吸を二回したあとすりすりと胸元に顔をすりよせた。かわいい。
    ワガママは鳴りを潜めたけれど、ふとした瞬間に、私にハグを要求してくる。理由を聞いたら、落ち着く、だそうだ。本で調べて、分析したところ、フラワーはまだ私を信用しきれてはいない、ただし、信用したいとは思っている。その思考の相反を解消するために、ハグを要求しているのではないか──と考えている。
    「ん…もう、大丈夫です」
    「はーい、またしたくなったら言ってねー」
    腕の中から抜け出したフラワーは台所の方へと歩いていった。
    その後ろ姿をみながら、私は自分の気持ちを確かめる。
    彼女を守りたい、彼女の力になりたい。その気持ちに偽りはない。
    では、どうしたらいいか?彼女の負担となるもの全てを取り払い、守ればいいのだろうか──なんて烏滸がましい。
    私がそこまでできるわけがない、そして、フラワーは耐えられないほど弱くはない。
    全てから守ろうとしなくていい、折れそうなときに支えればいい。そういう結論をだした。
    「まぁ、カッコ悪かったよねー……」
    伸びをして、これからのことを考える。彼女がビックリするような取って置きの策を考えよう。
    ワクワクして楽しんでもらおう。
    きっと、そっちのほうがずっと楽しいから。

  • 60二次元好きの匿名さん21/12/29(水) 19:59:46

    私とフラワーのトレーナーさんが実家にやってきた。
    「………」
    「………」
    やってきたのはいいが、言葉を失った。トレーナーさんは隣で複雑そうな表情をしてるし、一緒に出迎えたじいちゃんは玄関の鍬に手を伸ばした。
    ピシッと決めたスーツに、カボチャの被り物をしたフラワーのトレーナーさんが立っていた。
    「どうして、またそんな格好で……」
    後ろでしがみついてるフラワーの頭をなで、臨戦態勢をとるじいちゃんの鍬に足をおいてからたずねる。
    カボチャ頭は大真面目な声で答えた。
    本来ならまず何より謝罪すべきだが、大人が子供に対して理論立てて頭を下げても威圧してしまうことがある。
    かといって謝罪しないというのは筋違いであるし、何よりまず合わせる顔がないため不快にならないよう顔を隠してやってきたのだと。
    この人って……、と視線をトレーナーさんに投げると、肩をすくめられた。
    後ろでフラワーが震えている。
    「ふ、ふふ……ふふふ……」
    違った、笑いを堪えていた。面白いと思えたのなら喜ばしいことだ。
    「まぁ、立ち話もなんですしー、上がってくださいよー……いいよね?じいちゃん。」
    未だに鍬から手を離さないじいちゃんを見る。じいちゃんは不思議な表情でカボチャ頭を睨んだあと、大きく息をはいて、うむ、とうなずいた。

  • 61二次元好きの匿名さん21/12/30(木) 02:34:52

    菊花賞に向けてのミーティングは、ちゃぶ台の上で行われた。
    私、フラワー、トレーナーさん、カボチャ頭、そしてなんとなくで残ったじいちゃんの五人が座っている。
    改めて、と前置きしてトレーナーさんが口を開いた。
    菊花賞への出走の確認。そして現在私がどれくらい走れるかの確認。
    それが終わったら今後の予定についての話になった。トレーナーさんはしばらく向こうとこちらを往復してくれるらしい。
    「トレーナーさんが来てくれるなら、ありがたいかなー。ちょっと考えてることがあってさ」
    どんなことだ、とトレーナーさんが聞いてくるので、策を話す。じいちゃん以外はぽかんとした表情で私を見た。
    きついぞ、と、トレーナーさん。ふむ、とカボチャ頭。
    「あ、あの……それなら……スプリントを走るときのコツが」
    目を輝かせながら、フラワーが手を上げる。
    カボチャ頭が、なるほど、といって捕捉してくれる。
    トレーナーさんがすこし悔しそうな顔をしていた。
    必要なトレーニングの案をだし、近場で可能かどうかの検討をしていく。
    今まで口を挟まなかったじいちゃんが、ポツリと呟いた。
    土地ならある、うちの畑を使えばいい。
    私専用のトレーニング設備ができた瞬間だった。

  • 62二次元好きの匿名さん21/12/30(木) 09:37:42

    湿った土の匂いを肺一杯に吸い込む。呼吸を整える。
    大きなパラソルのしたで、フラワーが手を広げる。
    「よぅい──」
    ぱんっ。小さな手が合わさる。その合図ともに駆け出す。
    足が沈む、前に進まない。湿った土を蹴り上げながら案山子の位置まで走る。速度をおとして旋回。もう一度加速してフラワーの前まで戻ってきた。
    「お疲れ様です……最初の一歩、よくなってます。」
    ついた泥をフラワーがぬぐってくれる。
    柔らかい畑の土で行うスプリントダッシュ。私の策に必要な要素を埋めるための特訓だ。
    「ありがとー。それじゃ次はフラワーの番ね」
    フラワーのリハビリも兼ねて、交代する。
    ハンカチを受けとりパラソルのしたにはいった。
    ゲートに見立てた柵の間に立ったのを見て、手を広げる。
    ぱんっ。叩くと同時にフラワーが走り出す。迷いのない一歩。そして、綺麗なフォーム。ブランクはあっても染み付いた走り方は崩れない。
    往復すること10本。私よりずいぶんと小綺麗なフラワーに近寄った。
    「やーさすがフラワー。セイちゃんよりもずっとはやかったね。」
    「ありがとうございます。短距離だと、最初の走り出しが重要ですから……えっと、参考に、なって、ますか?」
    「うん、なってるなってる、ありがとうフラワー」
    えへへ、とはにかむフラワーを見る。短距離、マイルを走り抜けてきた彼女の走りは洗練されている。
    効率よく飛び出し、効率よく地面を蹴り上げる。フラワーの体があまり汚れてないのはそれだけしっかりと地面を蹴ることができているから。
    とはいえ、意識しすぎてフォームが崩れては元も子もない。フラワーと交代し、先程の走りを思い出しながら呼吸を整える。
    「よぅい──」
    ぱんっ。

  • 63二次元好きの匿名さん21/12/30(木) 19:10:22

    走るようになって、フラワーは以前のような少女に戻ってきたと思う。唯一元通りになってないものと言えば、トレーナーさんとの関係だろうか。
    「ねー、トレーナーさんどうしたらいいと思いますー?」
    家に来ていたトレーナーさんに相談してみる。
    なにかきっかけがあればいいんだけどな。と、呟いて苦笑していた。隣でカボチャ頭を外したフラワーのトレーナーさんが苦い顔をする。
    「……フラワーは別に、怒ってはないですよー。むしろ、自分が悪いと思っています。あなたに、迷惑をかけたと思っていますねー。」
    フラワーはいい子だから、おかしくなったときでも、誰も攻めなかった。むしろその状態でさえ気を使っているくらいに優しい子だった。
    そういう子だからこそ、フラワーは抱え込んでしまう。
    そういう子だからこそ、避難場所を用意しないといけない。
    抱え込んでしまうのを取り上げてしまってはいけない、ただ、重くなりすぎたときに下ろせる場所が必要なのだ。
    「大人として、責任を取ることも大事です。子供として守ってもらえるのは嬉しいです……でも、一人の人として、見るのも大事だと思いますよー」
    フラワーのトレーナーさんはしばらく震えたあと、すくっと立ち上がった。フラワーの居場所を伝えるとそちらへと歩いていった。
    自分のことか?と、トレーナーさんが聞いてくる。
    「……まーフラワーのこと、ただ守ろうとして失敗したってのは同じですしー。……あちらのトレーナーさんは、うちとは違って真面目ですしねー」
    耳がいたいな、とトレーナーさんは呟く。
    「でも、おかげで、私まで壊れなくてすんだのかもしれませんねー……だから、ありがとうございます。」
    頭を下げた私に、トレーナーさんがモゴモゴという。半分くらいはこれでいいのかと悩み続けていたのだと、大人として責任を果たしていないのではないかと。
    「……いいんじゃないですかー?ほら、セイちゃんであったときもいいましたし。緩くやっていきましょーって。」
    そうだったな、と笑うトレーナーさん。
    「だから、これでいいのですよー。そして、これからも、よろしく、トレーナーさん。」

  • 64二次元好きの匿名さん21/12/31(金) 02:09:34

    それからの日々は早く過ぎていった。
    朝の手伝い、勉強、トレーニング、たまに休養、その繰り返し。元気になったフラワーを見て、この生活の終わりが近いのを感じていた。
    「今日、夏祭りがあるんだってー」
    「…そうなのですか?」
    カリカリと動いていたシャーペンの音が止む。
    「うん、お母さんがいるなら浴衣出してあげるって。どうする?」
    「えー、と……はい。いってみたいです。」
    「よし、決まり!お母さーん。」
    すっと立ち上がりお母さんのところに歩いていく。
    こっそり振り替えると、にこにこと楽しそうな笑みを浮かべたフラワーが見えた。

  • 65二次元好きの匿名さん21/12/31(金) 11:01:45

    桃色の浴衣を着たフラワーの隣をのんびりと歩く。
    浴衣1つとっても気品と可愛さ溢れる姿はさすがフラワーというべきか。私が小さい頃着たときは似合わなかったのに。
    「スカイさんの浴衣姿は、かっこいいですね。」
    「にゃは、そう?ありがとうー」
    はぐれないように手を繋いで縁日を端から歩いていく。
    ざわざわとした人混みのなか、ソースやお砂糖、それに生水の混じった匂いが漂う。
    「フラワー、なにか食べたいものある?」
    「……何が、あるのでしょうか?」
    「あれ、あんまりこういうところ、来たことない?」
    こくこくと、フラワーがうなずく。縁がないとそういうものなのかもしれない。
    「それじゃー、毎年楽しんできたセイちゃんが案内してあげよう」
    手をひいて、あちこちのお店を巡る。チープなお面屋、怪しいくじや、ソースの濃い匂いの焼そば屋、塩素の匂いがするスーパーボールすくいに、生水の匂いのする金魚すくい、甘い匂いのわたあめに、フルーツ飴、ベビーカステラ……
    くるくる回るフラワーの表情が面白くて、いろいろとつれ回してしまった。
    最終的にフラワーが選んだのはフルーツ飴、苺がいくつもついたやつだった。
    「かわいいの、選んだねー」
    「…はい、スカイさんのは?」
    「葡萄飴だね。りんご飴だと結構ベタベタになっちゃうから」
    大粒の葡萄を1つ咥えて口の中で噛み砕く。甘いべっこう飴の味と酸っぱい葡萄の味が口いっぱいに広がった。
    フラワーは、上品に小さくかじって食べている。
    「ね、フラワー、こっち向いて、舌を出してみて」
    「ふぁ、んー?」
    赤くなった小さな舌がみえる。その姿をスマホで撮影する。
    「…もう、スカイさん!」
    「ごめんごめん、こうなってるよーって見せてあげたくて」
    スマホに映ったフラワーの姿を見せる。膨れた表情がすこしだけやわらいだ。
    「スカイさんの舌も?」
    「うん、ほら」
    べーっとだす、紫色になった舌がみえているはず。
    ふふっとフラワーが笑う。ひとしきり笑ったあとせっかくだから記念撮影がしたいといってきた。
    肩を寄せて、二人で舌を出してぱしゃり。

  • 66二次元好きの匿名さん21/12/31(金) 17:52:13

    花火が始まる前に家に帰ってきた。
    縁側に腰掛け一面の藍色の空を見上げる。
    「もう、夏も終わりだねー」
    「…そうですね、二学期、も始まりますね……」
    「そうだねー……私達のお昼寝部屋無事かなぁ」
    「……ふふっ、無事だといいですね。」
    笑いながら他愛ない話をする。不安もあるけれどきっと大丈夫。私達は頼れる大人がいることも、甘えることの大切さも知っているから。
    だから、また約束しよう。ただ、君に笑ってほしいから。
    「あのさ、フラワー、私、今度の菊花賞、絶対一着になるよ」
    「……はい」
    「お客さんも走ってるウマ娘達も驚かせてさ。それで私が一番だーってやるつもりだからさ」
    ドンッと大きな音が鳴って、空が赤色に染まる。
    「だから、そのときは、祝勝会、来てほしいな。」
    あのファミレスで笑いながら話そう。それまでのことと、それからのこと。あの日と同じように。
    カラフルに染まる空の下、私達の夏休みは幕を下ろした。

  • 67二次元好きの匿名さん21/12/31(金) 22:17:59

    二学期、学園に復帰した私を向かえたのは、スペちゃん、キングの二人との並走だった。
    夏の合宿を経て、二人とも一回りも二回りも成長しているのが見てとれた。ただ、キングに関しては余裕のなさが気になった。まったくこの学園は誰もが背負い込んでつぶれそうになるらしい。
    ゲートに並び合図を待つ。さぁ、どんな走りを見せてくれるか。どんな走りを見せてやるか。
    ゲートが開くと、同時に走り出す。あぁ、ターフよ、私を押し返して!
    二人を置き去りにして、私は先頭を走る。ペース配分はしない。そこまでは手を見せない。2バ身をつけて第4コーナー。キングが追いすがってくる気配がする。追い抜かれないように、速度を上げて──

    ドンッ

    さらに後ろから、地面を踏みしめる音が聞こえた。ペースを上げた私達を追い抜いて、スペちゃんがゴールを駆け抜けていった。

  • 68二次元好きの匿名さん22/01/01(土) 06:49:19

    キラキラとまぶしい笑顔で楽しかったと言ってのけるスペちゃんと別れ、苦しそうに呼吸を整えるキングとすこし話をした。私なりの言葉で、無理に背負わなくてもいいと伝えた。意外なことにキングは素直にうけとめてくれた。険しかった表情が丸くなったのを見て、これは強敵になると感じた。
    キングとも別れたところでトレーナーさんが近づいてくる。ライバルの様子はどうだった、ときいてきた。
    「うーん、スペちゃんは爆発力がだいぶ上がってました。キングは…ちょっと視野が狭まってたから、ちょっとだけからかっちゃいましたー」
    あぁ、似ていたもんな。と、トレーナーさんはうなずきます。そして、いつもの台詞を投げてきました。
    「もちろん、いけるよ。楽しみにしておいて」

  • 69二次元好きの匿名さん22/01/01(土) 07:25:03

    実際のレースの感覚を掴んでおくために、菊花賞前に京都大賞典に出ることが決まった。上の世代との混成レースはこれがはじめてだ。
    大本命は1つ上のメジロ家の令嬢、メジロブライトさん。
    おっとりした見た目に反して、直線での勝負強さが売りと言われている。前に見たレースの映像では、スペちゃんやフラワーを想像させるようなキレがあった。
    心のなかでペース配分、ペース配分、と唱える。
    ゲートが、開いた。
    ターフを踏みしめ、一気に加速する。5バ身、6バ身。
    後続集団を置き去りにして、ただ一人先頭を突き進む。
    中間を過ぎ去ったところで15バ身。すこしペースを落とし息をいれる。まだ、まだ追い付かせない。
    第4コーナーを曲がったところで、再加速。直線にはいれば、あとすこし。
    ぞっと、する気配が背後からした。
    スペちゃんのように爆発的に伸びてるわけではない。
    それでも滑らかな加速でこちらへと迫ってきている。
    突き放した距離が再び詰められる。あと、100,50……10……。
    ギリギリの差で私が先頭を駆け抜けた。

  • 70二次元好きの匿名さん22/01/01(土) 17:16:16

    レース場近くのファミレス。今回のレースの祝勝会はそこで行われた。フラワーは自分のレースがあるので今回は不参加。本命のときは絶対来るといってくれたので、そちらを楽しみにしよう。
    トレーナーさんと反省点を出しているところで、見慣れない人影が声をかけてきた。ふわふわの髪を揺らしている、その人は先程の相手、メジロブライトさんであった。
    かわいい後輩を応援にきました~、といって私の隣に座った。
    彼女を交えて反省会は続く、終盤の加速の話になったところで彼女が手を上げた。曰く、加速に無駄があるように見えたと。開幕の加速のような足運びは、終盤には無駄があるのではないかと、おっとりしながらも、悔しさを交えて伝えてくれた。
    どうなのか。という、視線をトレーナーさんが向けてくる。
    「……当たってますねー。確かに最後の逃げのとき、力みすぎて、思ったより伸びなかったとは感じてます。」
    やっぱり、とブライトさんが嬉しそうに手を合わせた。
    そして、それならばと、菊花賞までの間並走しないかと誘ってきた。加速のコツを伝えたいらしい。
    実力が近い上のウマ娘からの誘いは嬉しい限りだが、どうしてそこまでしてくれるのか、と、気になってしまう。
    トレーナーさんも同じことを思ったのか、手を貸してくれる理由について聞いた。
    そうすると彼女はおっとりとした笑顔でこう答えたのだ。
    かわいい後輩が夢を叶えるところ、応援したくなりましたの、と。

  • 71二次元好きの匿名さん22/01/02(日) 00:57:02

    ブライトさんとの並走はそのうちマックイーンさんをはじめとした、名だたるメジロ家のお歴々と一緒に行うことになった。ステイヤーの名家と行う練習はとてもためになったのだが──
    「きっ、つーい……」
    ターフに身体を投げ出して呼吸を整える。もれなく全員スタミナお化け、名家の血筋というのはやっぱりあるのだと痛感した。
    おつかれ、とトレーナーさんが持ってきたスポーツ飲料を受け取って一気にあおる。呼吸が落ち着いたらトレーナーさんと気づいたことを話し合う。
    全てを吸収するには足りない。習得したいものは一本に絞るべきだ。狙うべきは、ブライトさんの末脚。ずるっと加速するあの加速方法を身に付けようときまった。
    ボトルを返して、メジロお嬢様の方へと歩いていく
    「もう一本、並走お願いしまーす」

  • 72二次元好きの匿名さん22/01/02(日) 08:39:49

    ローズステークスの翌日。すべての予定を取り消して、私は空き教室で時間を潰していた。
    通知に震えるスマホは、始業のチャイムが鳴るとピタリとやんだ。そのまま静かな空間で本を読む。
    からからと小さくドアが開いた。
    「…セイちゃんお昼寝室に、ようこそフラワー。いけませんなー、サボりとは」
    「…スカイさんだって」
    「にゃはは、今日はサボりたい気分だったのでー」
    おいでと両手を広げる。小さな身体が飛び込んできた。
    「負けました」
    「うん」
    「悔しいです」
    「うん」
    震える声のフラワーの背中をなでる。
    ローズステークス4着。悪い結果ではないだろう。それにこの敗北は、彼女のことを知らない世間に知らしめるためにも必要なことだ。ニシノフラワーはスプリンターであると。
    彼女の適正を見誤った無能として、フラワーのトレーナーさんは今ごろ泥を被っているのだろう。覚悟が決まっている大人というのは強いと、改めて思った。
    「スカイさんのようにはできませんでした」
    「いたずらっ子な走り?」
    「はい……でも、楽しかったです」
    「そっか」
    腕の中でフラワーは震える声のまま笑う。負けても楽しい、と言えるのは大事なこと。私も最近まで忘れたけれど。次はこうしよう。そう考えるのは、楽しいことだ。
    「すこし、眠たいです」
    「ん、いいよ。今日は一日ここにいるから」
    それは、ダメですよ、と笑いながらフラワーは目を閉じた。
    おやすみ、フラワー。

  • 73二次元好きの匿名さん22/01/02(日) 15:28:33

    菊花賞当日。クラシック最後の冠をかけたレースに、会場の熱気は最高潮に達していた。
    ダービー賞をとったスペちゃんか、皐月賞を勝った私か、それとも執念をみせ続けたキングか。三強の中で誰が一番強いのか、このレースで決まるのだ。
    「“最も強いウマ娘が勝つレース”だから…、今日の勝利は私のものだねー」
    私の宣戦布告に二人が目を丸くする。
    負けないよ!と瞳を輝かせるスペちゃん。
    勝者はこの私よ!と高笑いするキング。
    ……本当に、いい友達を持ってよかった。
    二人とわかれて、トレーナーさんとの最終ミーティングにはいる。
    ──コンディションは?
    「上々」
    ──気分は?
    「最高」
    ──今日の勝利の女神は?
    「私だけにチュウする!……ってなに言わせんのさー」
    すまんすまん、と笑うトレーナーさん。
    最後に真面目な顔をして、いつものように聞いてくる。
    ──いけるか?
    「もちろん!」
    いってこい!と背中を押し出される。気合い十分。今日の大一番、誰もを驚かせてやる

  • 74二次元好きの匿名さん22/01/02(日) 15:29:00

    ゲートの中はいつでも狭くて窮屈だ。早く飛び出したい気持ちをおさえ、心を落ち着かせる。繰り返してきたトレーニングを思い出す。頭のなかでフラワーが小さく手を広げた。
    よぅい──ぱんっ
    走り出す。畑の土よりずっと固いターフを踏みしめ、蹴り上げる。身体がぐんぐんと前へと進んでいく。隣にいた子が後ろへと流れていく。
    観客席が沸き立つ。だって誰も予想しなかったでしょう?3000mの序盤も序盤でこのペースだなんて。
    最初の第3、第4コーナーを曲がって差は1バ身ほど。
    まだいける。直線で加速して後ろの子と4バ身の差をつける。さらにその後ろにはさらに4バ身をあけてキング、スペちゃん達の一団。
    第1コーナーに差し掛かってもペースは落とさない。第2コーナーを差し掛かった辺りで、ずっと追いかけてきていた、後ろの子のペースが落ちる。それにあわせて私のペースもすこし落として息をいれる。坂道を上りきって第3コーナー。差は8バ身といったところか。このままでは追い付けない、そう感じたのか後ろの集団のペースが上がる。

    ──かかった。

    第4コーナーを曲がりきって差は5バ身。スペちゃんの踏み込む音さえ聞こえない。苦しい呼吸の中さらに地面を踏む、押し出すような感じで足を回す。あと、すこし。
    後ろの気配は遠い。誰も、追い付けない。あの爆発力だって、届かない。
    ──誰もいない、ゴールを、一番に、駆け抜けた。

  • 75二次元好きの匿名さん22/01/02(日) 15:29:17

    心地よい歓声に身を浸す。無謀ともいえるハイペースの逃げ、その結果が記録の更新。何重にも驚いた観客が称賛の声を投げてくる。
    「これ。これだよ。最高の気分っ♪」
    誰もが驚く大物を釣り上げた。その達成感で胸がいっぱいになる。
    セイちゃん!と私の名前を呼びながらスペちゃんが駆け寄ってくる。後ろには晴れ晴れとした笑顔に悔しさを滲ませたキングがついてきていた。
    すごかった、また走りたい!そう言ってくれる二人に頷く。うん、私もまだ走りたい。
    だって、こんなにも楽しいのだから。

  • 76二次元好きの匿名さん22/01/02(日) 15:29:35

    フラワーとフラワーのトレーナー、そして我慢できず応援に来てたじいちゃんを交えた祝勝会から数日後。
    私とフラワーはピクニックに来ていた。
    桜色のお弁当箱に、お揃いの空色のお弁当箱をもって。
    穏やかな風吹く草原にシートを敷く。
    お弁当を食べて、のんびりとはなしていると心地よい風が吹き抜けた。
    「んー、いい天気。これだけいい天気だとお昼寝したくなるねー」
    「いつも、じゃないですか?」
    「にゃはは、その通りだよ。その証拠に」
    持ってきた鞄から毛布を取り出す。フラワー目を丸くしたあと笑ってくれた。
    「せっかくだし、フラワーも一緒にお昼寝する?」
    「ふふっ…はい。ご一緒します。」
    身体をくっつけて毛布を被る、フラワーの匂いと体温を感じた。

  • 77二次元好きの匿名さん22/01/02(日) 15:29:56

    ──かさり
    微睡んだ感覚のなかで、頭が少し重くなった。
    ゆっくりと瞼を開けると、近くにフラワーの顔があった。
    「ふら、わー?」
    「ごめんなさい、起こしてしまいました……?」
    「んー、……へいき、何かあった?」
    目を擦りながら身体を起こす、頭の上のなにかが柔らかい音をたてた。
    フラワーは恥ずかしそうにしながら、小さな鏡を見せてくれた。私の頭に花冠が乗っている。
    「え、と……菊花賞のお祝いです。」
    菊の造花を織り込んだ花冠。私の頭の上に咲く菊の冠。
    「うん、うれしい……すごくうれしいよフラワー」
    胸がいっぱいになって、彼女を抱き締める。
    フラワーはそっと抱き締め返してくれた。

  • 78二次元好きの匿名さん22/01/02(日) 15:30:20

    「……そろそろ、帰ろうかー。」
    「はい、遅くなったら、いけませんし」
    バスケットを持って、フラワーの手を握って帰り道。
    「フラワー、次のレース頑張ってね?」
    「スカイさんも、有マ記念、頑張ってくださいっ」
    未来の話を楽しく語りあう。負けることは怖いこと。
    でも、だからこそ勝ったときがうれしい。誰かのために走るのも大切だけど、まず自分が楽しまなくては。
    一度は失って、取り戻したフラワーの笑顔を見てそう思う。
    これからも彼女の笑顔を見れるように……そして、笑いあえるように。
    「さーて、つぎはどんな策でいこうかなー」

    抜けるような青空の下で、菊の冠が揺れた。

  • 79二次元好きの匿名さん22/01/02(日) 15:31:05

    『菊花は晴天に咲く』終

  • 80二次元好きの匿名さん22/01/02(日) 15:36:53

    おしまいです。いや、長いよ、書き始めたとき年を越すとは思わなかったよ。

    レースの描写に関しては基本史実のレースを見てこうかな?と思ってかいてます。
    唯一デビュー戦だけはキャラクターシナリオとクロスさせてかいてます。

  • 81二次元好きの匿名さん22/01/02(日) 15:41:43

    お疲れ様!良かった

  • 82二次元好きの匿名さん22/01/02(日) 16:40:34

    長期連載お疲れ様でした!素晴らしいSSをありがとうございました!

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