ダメダメな使い魔へのオシオキ

  • 1二次元好きの匿名さん23/09/10(日) 21:03:11

    「…めずらし」

     電気の消えた一室にアタシのすっとんきょうな声が響く。その声は思った以上に大きかったみたいで、ちょっと反響して聞こえてくる声に思わず口を隠す。

     これは、学園の授業を終えてトレーナー室に入った時のアタシの第一声。トレーニングがあるわけじゃなかったけど、帰ってもやることがないからって何となく寄ってみると、言った通り珍しいものが見れた。

    「…」
    「見てわんこ、使い魔が寝てるわ」

     鞄の中からマジカルわんこを取り出し、使い魔の方に向けて一緒に見つめる。視線の先には、この部屋の主であるアタシの使い魔がデスクに突っ伏して寝る…のではなく、共用のソファーに横になってグーグー寝ていた。

     よっぽど疲れてたのかしら?

    「もうっ、占拠しちゃアタシが座れないじゃない」

     だらんとソファーから垂れた腕をゲシゲシと軽く蹴ってやるが起きる気配は一向にない。むしろその感覚が不快だったのか、機嫌悪そうに舌打ち混じりに寝返りを打つ辺り、熟睡してるみたい。

     せっかく暇つぶしで来たのに肝心の相手がこれじゃあ話にならない。恨みつらみのこもった置き手紙でも書いて退散しようかと裏紙が置いてあるデスクに行くと、ある事に気付く。

    「どくだみ茶…?アイツ、ちゃんと飲んでたんだ」

     デスクに置いてあったカップに、何とも言えない色をしたお茶が放置されている。ちょっぴり変な味がするけど、効果は折り紙付きだからってことで使い魔がぶっ倒れた時に作ってやったものを定期的に渡してた。

     これを飲んでも寝るってどういうことよと思ったけど…裏を返すとこうも言えるのよね。

    「…アンタばっか頑張ってどうすんのよ」

     ボソッと悪態をついて使い魔に無理やり寄りかかるように座ってやる。それで起きても別に構わないし寝てるなら寝てるでこっちのやりたいようにやるだけ。

     だって、ご主人さまが来たのに歓迎の言葉もなくぐーぐーと勝手に寝てるこいつが悪いんだから。

  • 2二次元好きの匿名さん23/09/10(日) 21:03:33

     合宿の時も思ってたけど、コイツはどうしてかガスの抜き方が下手くそ。

     さっきも言ったけど、疲れて意識を飛ばすくらいには自分の身体の悲鳴に気付くことが出来ない。どんだけしんどかろうとそれを認識出来ないまま頑張ろうとする、それが使い魔。

     いい加減身につけて欲しいのに、いつまでたってもガス抜きが下手のまま。それとなく言ってやっても直そうとしないし、その言葉すら残り少ない燃料を燃やすトリガーになっちゃうみたいで見てるこっちがハラハラするってのに。

     どこまでも不器用で、いつまで経っても成長しない。使い魔としてのスキルはもちろん、一応トレーナーとして最近ちょっとは見れなくもなくはなってきているのに、ここに関しては出会った時と全く変わらないまま。

     前はどうだったのか知らないけど、少なくともアタシの知ってる使い魔はそんなヤツ。もし、これが前と違うとしたらそうなったのはアタシのせいなのかしら…?

    「…そんなの、責任背負えって方がバカでしょ」

     そう言いながら、使い魔の顔を撫でてやると目をぎゅっと瞑って顔をプイッと背けられる。こうして見てるとでっかいわんこみたいでちょっと面白い。ま、可愛げは全く無いけど。

     そもそも、使い魔がご主人さまのために尽くすのは当たり前のこと。あるべき姿をとやかく言われる筋合いはないし、使い魔が何も言わないってことは向こうもそう思ってるからって証明にもなる。

     …そう考えるともしかしたら。

    「疲れに気付いてるけど見ないフリしてる、とか?」

     元々向こう見ずなタイプでもないし、アタシが何かしようとすると心配そうな目で見ることだってあるコイツが自分のリスクにだけ気付けないってのもおかしな話よね。それこそ、腐ってもトレーナーなのに自己管理が出来ないなんて普通はおかしい。

     もし、アタシの推察通りに理由がスイーピーの為なら悪い気はしないけど…面白くはない。だって、アタシがいなきゃそうならないって言われてるみたいだし、一方的にしてやっていると思われているのならそれこそシャク。

    「決めた。今日はコイツにオシオキをしてやるわ。いーいわんこ?アタシが席を外してる間、使い魔の事を見張っておくのよ?」
    「…ん、良いお返事。じゃあちょっと行ってくる!」

     そんなダメダメ使い魔にはシツケを施してやらなきゃね。

  • 3二次元好きの匿名さん23/09/10(日) 21:03:55

    「…んあ」
    「あら、よーやく起きたのね、お寝坊さん」
    「…来てたのか。悪い、今すぐ紅茶でも…って、何だこれ?」

     オシオキ決行を決意してから実に4時間半。ソファーの上でグースカ寝てた使い魔が目覚めたようで気の抜けた声が鼓膜を刺激する。見た感じ、頭が覚醒しきってないけどスイーピーの存在にはすぐ気付くしもてなそうとする意思は褒めてやってもいいけど…。

     でも、今は不合格。むしろ落第通り越して0点レベルね。

    「これ?今からするアンタへのオシオキの道具よ…というかもうやってる最中だけど」
    「アロマが…?というか何この音楽、こんなん聴いてたっけ?」
    「ぜーんぜん?でもま、オシオキのために色々取り揃えてやったんだから!」

     使い魔は身体を起こし、びっくりした感じで部屋を見渡してパチクリしてる。そりゃそうでしょうね、寝る前の部屋の状況とは様変わりしてるんだから。

     机の上には少し特殊なアロマが置かれ、部屋のプレーヤーからはゆったりとしたピアノ楽曲が流れる。部屋の中は蛍光灯を切り、代わりに借りてきた間接照明だけが光っていて、電球色の輝きが部屋のムードもちょっぴり大人な感じを演出している。

     普段の殺風景なトレーナー室とは打って変わった、オトナ空間。これがアタシから使い魔に課すオシオキ。

    「アロマはドーベルさんに色々聞いて、何もする気が起きなくなるようなアロマを聞いたらこれがいいよって分けてくれたの」
    「これ…モイストポプリってやつか?初めて見た」

     使い魔が興味津々って感じに見てる机のアロマは言うようにモイストポプリっていうお塩を使って作るアロマ。こういうのにドーベルさんが詳しいって聞いたから事情を話すと、そういう事ならって快くラベンダーのポプリを一個譲ってくれた。

    「アロマってなんと言うか、焚いてるイメージがあったけど違うのもあるんだな」
    「すごいでしょ、1ヶ月ずっと密閉して香りを強くしてあげるんだって」

     今のはドーベルさんからの受け売りだけど、言わなきゃスイーピーの知恵みたいなもんだからありがたくタダ乗りしちゃお。でも、グランマも色んなハーブ・アロマを作ってたはずだからもしかしたら聞けば教えてくれるかも?

     こういうのを自作できたら、魔女としての幅も広がるだろうし。

  • 4二次元好きの匿名さん23/09/10(日) 21:04:54

    「それでこの音楽は…聴いたことあるな、ショパンの…ノクターンってやつか?」
    「ウソっ、アンタ知ってるの?なんか意外ね…」

     使い魔が一発でかけてる曲を当てられてちょっぴり悔しく思う。これは、さっきのドーベルさんと同じようにエアグルーヴさんにリラックスする音楽とか知らないかって尋ねてみたら今流れてるのを勧められた。

     曰く、クラシックをそう聴かない人でも知っているようなものだからこそ、効果は折り紙付きだろうと太鼓判の一曲。わざわざ花の種の交換を一回分延期を条件に貸してもらったけど結構有名なのかしら、これ。

    「いや、当てずっぽう…ちょ、そんな褒めたアタシがバカだったみたいな目で見ないでくれ」
    「…よくわかってるじゃない、ふんだ!」

     ホント、コイツは期待を裏切らない。意外な一面を知ってそういうの好きなんだとか思ってたアタシの期待を返してほしいもんだわ。

     …ま、そういうのも含めて使い魔なんだなってのはアタシの知っている所ではあるしちょっとだけ安心するけどさなんて謎の安心感を覚えていると、使い魔は少し落ち着かない様子でソワソワし始めた。

    「…やばい、このままだと何もする気起きなくなる。そろそろ戻る…」

     それまでダルダル〜な感じだった使い魔が突然、ハッとして立ち上がろうとソファーのレストに手をかけて立ち上がろうとする。

     でもそれもちゃあんと想定の内。そうはトンヤが降ろさせはしないわ!

    「コラァー!」
    「ぐぉっ!?スイープ、何を…!?」
    「これはオシオキよ!?アタシの許可無くお仕事しようなんていい度胸してるじゃない…!」

     立ち上がりかけた使い魔に向かって突進し、アタシが使い魔のお膝の上に座る形になって阻止してやる。こうしてやれば立つものも立てないし満足に身動きだって取れないはず。

     となれば、休むしかないわけで。

    「いや、でもおかしいじゃん…休むのがお仕置きって。ほら、どいて───」
    「イヤったらイヤ!アンタがお仕事するって言うなら絶対ゼッタイ、どかないんだから…っ!」

  • 5二次元好きの匿名さん23/09/10(日) 21:05:19

     立とうとする使い魔に全体重を掛けて邪魔をしてやる。スイーピーは羽毛のような軽やかさがデフォルトだけど、魔法でお相撲さんレベルの重さに調節することだって出来る。

     …重いなんて言ったらオシオキ追加だけどね。

    「イタタタ…痛い痛い、スイープ、座るならせめて前に座るかもっと深く座って…!そこだと骨当たって痛いんだって!」
    「…お仕事しない?」
    「しないしない、欲を言うとどいてほしいけど」
    「なによ、だったら意地でもここに居座ってやるわ」

     諦めた使い魔ははぁ、と溜息混じりに抵抗するのをやめてソファーに倒れ込み、その拍子でアタシも使い魔に寄っかかる形となる。まったく、理解の遅い使い魔を持つとこうだから大変ね。

     …結局の話、使い魔が仕事をしようとする理由はそれがお仕事だからってのはアタシだって理解してるし、それがアタシのためになるからっていうのだってわかってはいる。

    「あーあ、今までで一番キツイお仕置きかもなあ。こんなんなるなら寝なきゃよかった」
    「アタシの前でムボービに寝ることがどうなるかわかったでしょ?んじゃ、アンタは黙って椅子になってなさい」
    「暴君だなあ…痛い痛い、悪かったから後頭部でゴンゴン頭突するのやめて…」
    「ふんだ!」

     でも、だからって。無理して自分の身体を壊してトレーナーに戻れなくなっちゃったらどうするの?

     壊れちゃったら、誰がスイーピーのお世話をしてくれるの?

    「まったく、ちゃんとしてよね」
    「す、すいません…」

     だから、これはオシオキ。

     自己管理も出来ないダメダメな使い魔への、ご主人さまからの厳しい折檻。

     …反省しないと、許さないんだから。

  • 6二次元好きの匿名さん23/09/10(日) 21:07:00

    息抜きで息を抜けというお話でした
    短いので伝わりにくい部分があると思いますがどうか許し亭

  • 7二次元好きの匿名さん23/09/10(日) 21:17:52

    オシオキと称して労うスイープがかわいくて素晴らしい
    ごちそうさまでした

  • 8二次元好きの匿名さん23/09/10(日) 21:29:08

    ほっこりすると共に頑張ってるのは自分のためだって知ってるからこそもっと大事にしてほしいと願う彼女のジレンマみたいなのが刺さりました
    優しいものをありがとうございます

  • 9二次元好きの匿名さん23/09/10(日) 21:35:17

    素直じゃないスイープがかわいかった

  • 10二次元好きの匿名さん23/09/10(日) 21:35:37

    使い魔大好きで大切に思ってるのに、本当に素直じゃなくて可愛いです
    ありがとうございました

  • 11二次元好きの匿名さん23/09/10(日) 21:47:33

    第一声を見るに、普段見るトレーナーは寝てるなんてことはなかったんでしょうね。
    思わずトレーナーが晒した隙を彼女なりに処理、料理して、先輩達を巻き込んでまで何とかしてあげたいと思ってるのに口ではつっけんどん。あまのじゃくなスイーピーの魅力が詰まった作品でした。

  • 12二次元好きの匿名さん23/09/11(月) 00:32:13

    堪らんね、素直にありがとうと言えない子の見せる優しさは…

  • 13二次元好きの匿名さん23/09/11(月) 07:43:33

    いいが詰まってる
    ありがとう…

  • 14二次元好きの匿名さん23/09/11(月) 09:32:52

    短くてほっこり出来たよ、助かります
    頑張る活力にさせていただきます!

  • 15二次元好きの匿名さん23/09/11(月) 14:47:26

    根っこは優しい子なのに本人を前にするとちょっぴりツンツンしちゃうのかわい過ぎません?

  • 16二次元好きの匿名さん23/09/11(月) 19:14:35

    スイープの葛藤みたいなのがいいですね。素直じゃないなあとニヤニヤしながら読んでました
    何というか、あなたの書くスイープは読んでて自然とそのように動き、物を言うので解像度の高さに感服するばかりです

  • 17二次元好きの匿名さん23/09/11(月) 20:23:22

    ナチュラルに距離感が近いのと色々とわかってるからせめて譲歩の形で動くスイトレ君の彼女への理解が垣間見えてグッと来ました

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