卒業式でマスターともお別れですか…

桜がひらひらと舞い降りて落ちる。たかが寿命を終えた一片の花びらに過ぎないのに、こんなにも胸を打つのは、一体何故なのか。

いや、理由は分かっている。何年も、二人三脚でレースを駆け抜けた担当ウマ娘───ミホノブルボンとの別離が、やはり寂しいから。元から、少し変わった子ではあった。自らをサイボーグの様に例え、感情の機微に少々疎くありながら、実は人並みに鮮鮮とした感情を持ち合わせている、そんな彼女。

三冠を掴ませてあげる事こそできなかったけど、自分が出来る事は精一杯した。
そして、彼女がその結果に幸せであるまま、トレセン学園を卒業する。そうであるならば、自分の最後の務めは、彼女がここに未練を残さぬよう、快く送り出し、彼女の順風満帆な人生を心より祈る事だ───

「マスター、失礼します」

彼女の未来へ想いを寄せていると、ノックと共に担当ウマ娘───ミホノブルボンがトレーナー室に入ってくる。

その顔には、卒業に伴う別れから生ずる悲壮感は一切なく、彼女が輝かしい未来を心待ちにしているのであることが察せられた。

「ブルボン、卒業おめでとう」
「ありがとうございます、マスター...今日から、マスターは私のトレーナーでは無くなるため、マスターとお呼びするのは違いますね。何とお呼びすればいいのでしょうか。データベース閲覧中......」

思案顔になり、顎に手を当てて考え始めるブルボン。ピコピコと揺れる耳や、とても長いアホ毛、そして彼女の整った顔が、改めて彼女が美少女であることを思い知らされる。

「...でも、マスターは特別な方ですし、やはり特別な呼び方を...母は父を何とお呼びしていたか......」

......それでありながら、少しだけどこか抜けた部分がある。少なくとも、妻が夫を呼ぶ呼び方をするのは、大切な人のために取っておくべきではないのか───あれ、本当に今後を一人で過ごすのは大丈夫なのだろうか？

そう彼女に告げると、先程まで俯いて考えていた彼女が、突如として顔を輝かせてこちらを勢いよく見上げる。そして、手をわしっと掴んでくる。

「そうです。マスターが、私の父が母の隣で寄り添っている様に、私の横にずっといてくれればよいのです」

手に、力が込められる。

「では本日をもってマスターの呼称を改めダーリンと呼ぶことにします。今後とも宜しくお願いします、ダーリン」