- 1◆bEKUwu.vpc23/09/13(水) 21:25:04
「ここが、例の」
それは最近の噂だった。トレセン学園に稀に現れる、なんでも相談室『山吹色の給糧艦』。
子供のあやし方や恋バナ、果ては幽霊の倒し方やジンクスの破り方まで相談に乗ってくれるという、なんとも眉唾な話だ。トレセン周辺でよくある怪異じみた不思議の一つ。そのはずだったそれが今、目の前にある。探した甲斐があったというものだ。
ただの噂話、しかし、自分にはそれを信じたい理由があった。
この悩みは同僚には相談できない。カウンセラーにもかかれない。たづなさんなど以ての外。大人の男として、トレーナーとしてあまりに恥ずかしい内容だから。
だが、ここであれば。実際に利用したことのある学園のウマ娘の話によれば、自分から話さない限り秘密は守られ、顔を隠しての相談も可能だという。なんとも願ったりだ。
そうして業務と並行しながら探し続けて1ヶ月。ある日の仕事帰り、日も落ちきった道を歩いていたその時、ついにそれは目の前に現れた。昼間は何もなかったはずの、学園の庭に。
外観は小屋だった。中々に質の高そうな木を使い、しかし3人と入るのは難しそうな大きさのそれは、まるで懺悔室。入り口には同じく高級木材を使った看板が立っており、『山吹色の給糧艦』の文字が金の塗料で書かれていた。
いつの間にトレセン学園の敷地内にこんなものが、とは正直思うのだが、今は捨て置こう。いつお目にかかってもいいように、日頃から用意していたマスクを着け、帽子を目深に被り直し、扉を開けた。 - 2◆bEKUwu.vpc23/09/13(水) 21:25:27
「ようこそいらっしゃいました。狭くてごめんなさいね? ひとまず、そちらにお掛けになって?」
高貴さすら感じる声音に少し緊張が走る。思ったより若い女性のようだ。果たして本当にこの人に相談して良いものだろうか? そんな不安が頭をよぎる。
……ええい、ままよ。折角の機会、無駄にすることもないだろう。やや高めの椅子に腰掛け、相手方を向く。
「さあ、貴方のお悩みを……あら、本日はトレーナーさんですのね」
そして、早速自分のミスに気がつく。お互いの顔は仕切りで見えなくなっているのだが、小さな隙間から彼女の胸元あたりがかろうじて見える。逆に、きっと彼女からは自分の胸元、トレーナーバッジが見えたのだろう。身元を隠そうとして早速このザマとは、いくら焦っていたとはいえ自分の間抜けっぷりに嫌気が差した。
「ええ、まあ」
「お気になさらず。ここでの相談事は決して他言しませんから」
噂通り、か。ここまで来たら彼女を信用するしか無い。
「よろしくお願いします、先生……でいいのでしょうか?」
「ふふ、呼び方など何でも構いませんが……そうですね、ルーシーと名乗っておきますね」
ウマ娘か、海外の方か、ただの偽名か。……いや、誰だっていい。悩みを打ち明けられるのであれば。 - 3◆bEKUwu.vpc23/09/13(水) 21:26:08
「ルーシーさん、ですね。改めてよろしくお願いします」
「はい、こちらこそ。可愛い名前だと思いませんか?」
「は、はあ」
「他の呼び名が好みなら、貴方のお好きに呼んでいただいて構いません」
「お好きにと言われましても……」
「なんなら“ちゃん”付けでも構いませんよ?」
「い、いや、それは流石に」
「ふふ」
いきなり彼女のペースに飲み込まれた。しかし、同時に肩の力が抜けていることに気づく。なるほど、確かに相談する価値はあるかもしれない。
「それで、今宵はどうしたのでしょう、トレーナーさん? 入ってきた瞬間から感じたただならぬ緊張、随分とお悩みのようですが」
「ええ、そうなんです。誰にも話せなくて」
小さくため息をつく。
「貴方は新人という感じがしませんし、きっと担当ウマ娘がいますよね? その子を頼ることもできなかったのですか?」
「いえ、こんなこと、とてもアイツには話せません」
「……なるほど、聞き甲斐がありそうですね。」
ぎしり、と目の前から音がする。彼女がやや前傾になった。
「さあ。では、お話になって? 秘書が怖い? 同期がウマ娘じゃないかと疑わしい? メジロのウマ娘にスイーツを全部食べられた? それとも――」
「担当の態度が、もう限界なんです」
ぴたり、と時が止まったようだった。 - 4◆bEKUwu.vpc23/09/13(水) 21:26:23
「え……? え? それは、どういう……」
目の前のルーシーさんが声を震わせて困惑している。切羽詰まるあまり、彼女の言葉を切ってしまった。もしかしたら、威圧的に感じたかもしれない。少々急ぎ過ぎた。手元に視線を落とし、慌てて謝罪する。
「すみません、つい。……うちの担当、距離が近すぎるんですよ。思えば最初からそうだったんですが、ここ最近は更に酷くて」
「……ええ、はい。大丈夫、ですよ。どうぞ、続けてください」
ルーシーさんは静かに聞いてくれる。どうやら彼女も気を取り直したようだ。ありがたい。
「トレーニングは真面目にしてくれるようになったんですが、ベンチで昼飯食べてたら突然背後から羽交い締めにしてトレーナー室に拉致したり、ヘッドロック掛けてきたり、デスクワーク中にのしかかってきたり。もう本当に大変で……」
「グスッ……そう、ですか。それが、そんなにも嫌で……いえ……大変、でしたね」
鼻を啜る音に、ぎょっとして目線を上げる。相変わらず顔は見えないが、豊満な胸元が雫で濡れていた。まさか、泣いてくれているのだろうか? 初めて会った自分のために。女性の立場でも分かってくれるのだろうか、俺の悩みが。
「ええ、本当に大変でした。分かってくれますか、この辛さが」
「はい……遅ればせながら。今まで私、微塵も疑ってなどおりませんでしたわ。トレーナーさんたちは、ウマ娘にとって大切なもの。その出会いはまさに運命的で、一生の相棒で……きっとふたり一緒に戯れている時間もまた、お互いにとってかけがえのない時間なのだと思っていましたが……。そうでない場合も、あるのですね」
そうか。トレセン学園に出没するこの人は、きっとたくさんの絆を目にしてきたのだろう。だからこそ、トレーナーが担当に抱く悩みに、余計に反応してしまったのかもしれない。
「随分と彼女は、貴方を傷つけてしまったのですね。そうですよね。暴力的なウマ娘など、貴方にとっては悩みの種でしかない、と」
「? いや、彼女が破天荒なところはありますが、そこは別に嫌だとは思っていないんですよ」
「え?」 - 5◆bEKUwu.vpc23/09/13(水) 21:26:38
仕切り越しに、彼女が顔をあげるのがわかった。ちょっとだけ誤解しているな。訂正しなければ。
「簀巻きにされるだとか、飛び蹴りしてくるだとか、そういうのは別にいいんですよ。彼女、手加減してくれますし、一緒にワイワイ騒ぐのは自分も楽しいんです」
「で、では一体何にご不満を……?」
「不満というか、満足しそうで怖いと言うか……」
ここまで親身になって聞いてくれた人に言うのはかなり恥ずかしい。恥ずかしいが、だからこそ誤解を解かねば。
「胸がね、当たるんですよ」
「はぁ?」
彼女があっけにとられた様子が伝わってくる。だが、こちらは真剣なのだ。
「自分はトレーナーですから。担当に抱いてはいけない想いを封じられるように、鋼の意思を鍛え続けているんです。最初は良かったんです。破天荒が故に、どんなに魅力的でもそういう対象にはならなかった。僕は、間違いなく健全なトレーナーだったんです。でも」
ルーシーさんは微動だにしない。きっと真摯に話を聞いてくれているのだろう。普通は引いてしまうような内容を話そうとしているというのに。……やはり、この人に話して正解だった。
一呼吸おいて、話を続けた。
「この間、一緒にフランスにでかけましてね。そこで見てしまったんですよ。ドレスに身を包んだ担当の姿を。……美しかった。肩から胸元を大きく開けた姿で、でも上品で。ただでさえプロポーションのいい彼女ですから。本気を出したらここまでなのか、と。……でもね」
ふう、と一息。未だ彼女は動かない。
「そんな姿でヘッドロックだのは駄目でしょう!? 一度アレを感じたら次から意識しちゃうじゃないですか! ジャージだろうがどんな姿だろうが! 鋼の意思が一瞬で融点ですよ! ゴ……アイツを見るたび、その時の感触がフラッシュバックして……ああ、もう……」 - 6◆bEKUwu.vpc23/09/13(水) 21:27:06
「ふぅーん?」
あれ? 声色が心なしかちょっと楽しげな気がする。悩みを共感してくれるルーシーさんだったのでは……?
「あの、ルーシーさん? ちゃんと聞いてます?」
「ええ。バッチリ『きいて』ましたね」
「……本当ですか?」
「ええ、今聞きましたから」
なんだろう、なんだか会話がズレているような。
「コホン。では、こうするといいでしょう?」
今の流れで解が見つかったとでも言うのだろうか? 非常に不安だが、聞いてみるより他がない。
「……僕は一体どうすれば?」
「会う回数を増やすのです。平日だけじゃなく、休日も、朝から夜までずっと。そうすれば、貴方もきっと慣れますよ。多分」
多分とは、またいい加減な。
「な……いや、そんなことで……」
「慣れる前に諦めるのも手かもしれませんね。きっと誰も責めませんよ?」
「いや、駄目でしょう!」
「本日はありがとうございました。では、またいつかの機会に」
「ちょっと!? ルーシーさん!」
彼女はすっと立ち上がり、後ろを向くと扉を開けて去っていった。話を聞いてもらって幾分か楽になったが、まだ全然足りない。慌てて追いかけたが、部屋から出るとすでにその影はなく、小屋と自分だけが寂しく残された。 - 7◆bEKUwu.vpc23/09/13(水) 21:27:22
狐につままれた思いのまま帰宅しての翌日、再び同じ場所を訪れると既に小屋どころかその跡すらもなくなっており、『山吹色の給糧艦』は幻のように消えてしまっていた。
跡地を見つめ、不思議な体験だったな、と。そう踵を返そうとした瞬間、背中に衝撃が走った。
「んだよ、たそがれ少年かと思ったらトレーナーじゃねえかー! 朝から何も無いところ眺めてどうした? スイカのタネでも植えたか? 惜しーなー! ゴルゴル星のスイカだったら秒で実ってるんだけどな! 新たな芽吹きが見られなくて残念だったなぁ!」
背後から飛び掛かってきたのは白いアイツ。こちらがやや屈む形となり、スイカが首筋に当たっている。
「こら、い、いいから離れろって!」
「んー?」
にやにやと笑いながら巻き付く腕の力を強める我が担当。身じろぎしても接触面積が増えるばかり。
くぅ、今日のコイツ、いつもよりしぶといな……!
落ち着け、ここはこちらも冗談を合わせて引いてもらうとしよう。こちとら数年担当しているのだ。『区切りの空気』の作り方は把握している。内容は……よし。 - 8◆bEKUwu.vpc23/09/13(水) 21:27:38
「どうしたゴルシ? そんなに俺のことが好きなのか? まったく、じゃあ仕方ないな! なんなら土日も一緒に過ごすかぁ? 朝から晩までのフルコースだ! これぞまさに一心同体ってヤツだな!」
「いいぜ」
……あ、あれ? そこは「悪いな、週末は朝から怪獣退治で忙しいんだ! おこちゃまからじいさんばあさんまで、皆がアタシを待ってるぜ! じゃあな!」とか言って、ダッシュで離れていく予定だったのだが。
返ってきたのは予想外の声。そして声色。未だに腕はこちらを離さず、まるで囁くように耳朶を打つ。
「ゼッタイ会いに来いよな。アタシから行ったっていいぜ? あー、楽しみが増えちまったなぁ」
耳元で抑え気味にふふっと笑う彼女に、どこか最近感じた雰囲気が重なった。
……相談屋の提案は、正直あてになりそうな気がしない。次は鋼の意思を打ち直す鍛冶師とか現れないだろうか。
当分は離れなさそうなこれからの苦難と背中の質量に、少しふらつきながら空を見上げるのだった。 - 9二次元好きの匿名さん23/09/13(水) 21:27:55
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- 10◆bEKUwu.vpc23/09/13(水) 21:28:24
以上です。ここまで呼んでくださり、ありがとうございました
- 11二次元好きの匿名さん23/09/13(水) 21:34:48
えがったで…
- 12二次元好きの匿名さん23/09/13(水) 21:43:01
しっとりゴルシは反則だって良いぞもっとやれ
- 13二次元好きの匿名さん23/09/13(水) 21:46:28
はー…すごく良かったです…。
- 14二次元好きの匿名さん23/09/13(水) 22:12:36
- 15二次元好きの匿名さん23/09/13(水) 22:38:25
正直すぐに両方の正体が分かったのに引き込まれちまったからチクショウ!
- 16二次元好きの匿名さん23/09/13(水) 22:54:08
最近ゴルシに狂われてる俺に刺さる刺さる
- 17二次元好きの匿名さん23/09/13(水) 23:03:25
- 18二次元好きの匿名さん23/09/13(水) 23:32:04
つべでクオリティ高いモノマネしてたし、この程度は余裕なんだろうな
- 19二次元好きの匿名さん23/09/14(木) 00:43:16
距離感近いゴルシな脳破壊されたい人生だった…
- 20◆bEKUwu.vpc23/09/14(木) 06:17:53
- 21二次元好きの匿名さん23/09/14(木) 06:58:13
下げて上げるか
やるなトレーナー - 22二次元好きの匿名さん23/09/14(木) 10:40:58
拙者、耳元でゴルシに囁かれてゾクゾクしたい侍
義によって助太刀不要の大満足 - 23二次元好きの匿名さん23/09/14(木) 12:07:17
いいね
いいね - 24◆bEKUwu.vpc23/09/14(木) 20:21:54