(SS注意)二人きりのクリスマスイブ

  • 1二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 01:41:52

     彼女の言葉は────未だ鮮明に脳へと焼き付いている。

     世界一のウマ娘を育てたい。
     学園に所属する時の最終面接で、秋川理事長の目の前で伝えた『夢』。
     それはきっと、トレーナーならば誰もが持っている、普遍的な願い。
     そしてきっと、いつの間にか形骸化してしまうような、無謀な願い。
     俺の『夢』も、また、そうなり始めていた。
     そんな時、彼女は俺の、俺達の目の前に現れた。

    『ただいまご紹介に与った、佐岳メイだ!』

     学生の見紛うような小柄な体躯と幼い顔立ち。
     ふんわりと広がったショートボブの髪にトレードマークの黄色い帽子。
     けれどその真っすぐ、純粋に、疑うことなく、前を向き続けていた。
     彼女は、俺達と凱旋門賞に勝つためにやってきたと語る。
     その言葉に目を輝かせる者、疑う者と騒めき立つ中、俺はただ、目を奪われていた。
     俺がいつの間にか見失いかけていた夢を、しっかりと捉え続けている、その瞳に。

    『夢を成せるのは、夢を見た者だけだ!』

     そうだ。夢を叶えるなら、夢を見失っている暇なんて、あるものか。
     無論、一人で叶えられる夢ではない、あの娘を投げ出すことも出来はしない。
     俺は、自分の担当ウマ娘と目を合わせる。
     そこには、夢を真っすぐ、純粋に、疑うことなく見続けている瞳があった。
     きっとそれは、俺が理事長に『夢』を語っていた時と、同じ目だったのだろう。
     俺たちは凱旋門賞という『夢』を目指す計画、プロジェクトL’Arcへの参加を決めた。

    『じゃあ目指そうじゃないか──世界一のロマンを!!』

     彼女の言葉は────未だ鮮明に脳へと焼き付いている。

  • 2二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 01:42:07

     ────なんでうら若き乙女がクリスマスにホテルで缶詰なんですかね?
     彼女は、ベッドの上で足をバタつかせながら、不満げにそう言った。
     ここは俺が宿泊している部屋で、彼女には別の部屋がちゃんとあるのだが、何故かいる。
     本来ならば注意をするべきなのかもしれないが、少し後ろめたいので何も言えない。
     彼女は俺が担当しているウマ娘。
     共にプロジェクトL’Arcに参加し、共に様々なライバルと競い合い、夢を目指し続けた。
     そして、日本で初めて凱旋門賞勝って、更に二連覇した、偉大なウマ娘である。
     ……普段そんな雰囲気は全くないのだけれど。

    「一月の海外G1に挑戦するなら、もう現地入りして調整しないとって、君も納得しただろ?」

     そう伝えると、それはそうだけどーと彼女は唇を尖らせる。
     凱旋門賞での勝利という『夢』は、確かに叶えた。
     しかし凱旋門というのは一つだけじゃない、いくつもの凱旋門が存在している。
     だから俺達は────そのすべての凱旋門をくぐろうと決めた。
     そんなわけでパリでも日本でもない、新たなる地で俺達はロマンに挑んでいた。
     プロジェクトL’Arcからは切り離された挑戦の為、苦労は多いがとても充実した日々だ。
     とはいえ、今日みたいなことになってしまうのは中々困りもの。
     本来であれば、お高いレストランなんかに連れて行ってあげるべきなのだけど、出来ない理由があった。
     申し訳程度に用意したクリスマスツリー、を模したぬいぐるみをつまらなそうにいじる彼女に言う。

    「きっとサンタは来るよ、一人きりのクリスマスイブにはならないさ」

     さいでんなーほうでんなー、と彼女は気のない返事をした。
     刹那、部屋のドアがコンコンと叩かれる。

    「……ごめん、ちょっと手が離せないから出てもらっていいかな?」

     俺の言葉に、彼女はブーイングを吐きながら渋々従ってくれる。
     うん、これはグッドタイミングかな。

  • 3二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 01:42:23

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  • 4二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 01:42:43

     聖夜の奇跡が、そこにはあった。
     スレンダーな上半身を包むのは白いトリミングのある定番の赤い服。
     いつものキャップはそのままに、クリスマスらしく鈴のシンボルが追加されていた。
     そして特筆すべきは、そのボトムスである。
     赤い────ミニスカート。
     彼女は普段から半ズボンを着用していて、その生脚が晒されているのは珍しくはない。
     しかし、スカートを履いている姿を見るのは、三年以上の付き合いで初めてである。
     脚の露出自体は普段と変わらない、むしろ若干、今の方が多いくらいかもしれない。
     けれど、スカートから伸びる、すらりとした白い脚は、脳に刻まれる衝撃的な絶景であった。

    「……君、少し見過ぎだ。私も年甲斐もなくハシャぎ過ぎたかもしれないが」
    「えっ、あっ、すっ、すいません! その、ちょっと、見惚れてしまって!」
    「…………そっ、そうか、それは……その……とても嬉しいのだが」

     佐岳さんはそう言いながら、頬を染めて、困り顔を浮かべる。
     彼女のそんな姿を見て、俺は心臓がドキドキと音を鳴らしてしまうのを抑えられない。
     とても可愛らしい、可愛らしいのだけど、それだけではない魅力的な姿。
     視界に入れるとどうしても視線が吸い込まれるので、俺は目を逸らした。
     ……そういえば、何故、佐岳さんはここにいるのだろうか。
     
    「あー、ところで、だ」

     佐岳さんには珍しい、濁すような、小さな言葉。
     それに興味を惹かれて、俺は逸らしていた目を、彼女の方に戻した。

    「中に入れてもらっても良いかな? この格好で外にいるのは、その、恥ずかしくて、あはは」

     佐岳さんはスカートの裾を少し抑え、もじもじとしながら、恥ずかしそうはにかんでいた。
     それを見た俺の心臓は、一際大きく鼓動を鳴らした。

  • 5二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 01:43:00

    「やよいがさ、『推奨……いや必須! 聖夜に彼への応援に行くならこの服装以外あり得ないっ!』って凄い推して……まっ、君の反応を見ている限りは、その判断は正しかったみたいだな! 流石はトレセン学園理事長の目利きだ!」

     椅子に腰かける佐岳さんは俺の肩を軽く叩きながら、からかうような笑みを見せた。
     どうやら理事長の差し金だったようである、なんてことをするのだろう、帰国したらお土産渡さないと。
     つまるところ、俺があの娘にしてあげてことと同じ。
     星空の同盟者からのサプライズプレゼント、ということなのだろう。
     気を遣わせてしまって申し訳ないと思う気持ちと、素直に嬉しいと思う気持ち。
     こういう場合にどちらを優先すべきなのかは、さすがに俺でもわかる。

    「ありがとうございます、佐岳さん、とても嬉しいです」
    「……ああ、私も君に久しぶりに会えて嬉しく思っているよ、本当はやよいも来れれば良かったんだけど」
    「流石にこの時期は忙しいでしょうからね、また今度お礼の連絡をしておきます」
    「是非そうしてやってくれ! きっとやよいも喜ぶ!」

     少しだけオーバーな反応、晴天を思わせるような明るい笑顔、真っ直ぐにこちらを見る瞳。
     プロジェクトL’Arcの三年間、毎日のように見ていた佐岳さんを見て、ほっと肩の力が落ちる。
     ……肩の力が落ちる? 今までそんなに力を入れていたのだろうか?
     一瞬の戸惑いを目の前の彼女は見逃してはくれない。

    「ふふっ、私に会えて、少し気楽になったか?」
    「……そう、みたいですね」
    「凱旋門賞二連覇、その後で最初になる海外挑戦、気負って当然だ」

     期待に応えられるか、あの娘を支えられるか、何があっても折れずにいられるか。
     気づかない振りをしていた不安は、佐岳さんにはあっさりと見抜かれていたようである。
     そんな不安を吹き飛ばすような勢いて、彼女は言い放った。
     
    「君なら絶対に大丈夫! このあたし様が保証するんだ! 間違いないぞ!」

  • 6二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 01:43:18

     真っ直ぐにこちらを見ながら、直球過ぎる言葉で元気づけてくれる佐岳さん。
     その目には疑いの色は一切なく、心の底から本気で、俺のことを信じてくれているとわかる。
     ああ、そうだ、彼女のこういうところに、今まで何度も救われてきたんだ。
     目頭が熱くなりそうなのを必死で堪えて、俺は頭を下げた。

    「……本当にありがとうございます、もっと、もっと頑張ります」

     すると、下げた俺の後頭部に、ぽんと何かが置かれた。
     とても小さくて、けれどとても暖かい。
     少しだけ顔を上げれば、いつもとは違う、慈愛に溢れているような微笑み。
     佐岳さんは小さな子供をあやす様に、優しく俺の頭を撫でていた。

    「十分頑張っているよ君は、それは私も、やよいも、あの娘も、みんなわかっているさ」

     多分、誰かに見られれば顔から火が出るほどの光景だったのだろう。
     しかし、彼女の手つきはとても気持ち良くて、心地良くて、拒む気持ちは微塵もなかった。
     しばらくの間そうしていて、やがて、少し名残惜しそうにゆっくりと手が離れる。

    「……さあ! これから大人のクリスマスパーティと行こうじゃないか! ケーキも買ってきたぞ!」
    「……はい! ルームサービスで料理もお願いしましょうか?」
    「じゃんじゃん頼んでくれ! 今回の費用は私とやよいの奢りだからな! 遠慮するなよ!」
    「はは、有難くそうさせてもらいます」
    「秘蔵のワインも用意したんだ! フランスの誇る、自慢の一品だぞ!」

     嬉しそうに手土産をテーブルの上に広げてくれる佐岳さん。
     うん、これはむしろ、ちゃんと楽しまないと失礼だな。
     頭から難しいことを追い出しつつ、俺は思う。
     きっと今日は、忘れられないクリスマスになるだろう、と。

  • 7二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 01:43:57

     ────今日は、忘れられないクリスマスになるだろう。

    「どーしたー! きみはこれいじょうのまないのかー!?」
    「えっと、飲みますけど、佐岳さんはそろそろやめておいた方が……」
    「ははは! おもしろいじょうだんだな! シャンゼリゼげきじょうでもはくしゅかっさいだ!」
    「そっ、それはどうなんでしょうね?」
    「けんそんするな! きみのセンスはルーヴルでもつうようするぞ!」

     顔を真っ赤にした佐岳さんは、怪しい呂律で怪しい褒め言葉を飛ばしていた。
     そういえば、なんだかんだで彼女と一緒にお酒を呑んだことは今まで一度もなかった。
     あんな自信満々でワインを薦めて来るのだから、それなりに呑めるタイプだと思ったのだが。
     ……冷静に考えればこの人こども舌だし、お酒に弱いのもやむ無しか。
     まあ、正直にいえばお酒に弱い強いは大した問題ではなかった。
     問題は、その酔い方である。

    「あのー、佐岳さん、ちょっと近いんじゃないですかね? もう少し離れた方が」
    「……いやか?」
    「………………嫌ではないですけど」
    「じゃあもんだいないな! このチーズもワインとよくあうぞ! ほら! あーん!」

     一瞬傷ついた表情を見せた佐岳さんに俺は何も言えず、言われるがままチーズを口に入れる。
     唇で彼女の指に触れてしまったことも相まって、全く味が分からない。

     ────今、彼女は何故か俺と同じ椅子に座っている。

     当然、その椅子は一人用の椅子なので、普通に座ることなんて出来はしない。
     密着するようにくっついて、腕や足を絡みつかせて、ぎゅうぎゅうになりながら座っていた。
     どうやら、彼女はいわゆる『絡み酒』という酔い方をするようである。
     ……いや、こんな物理的な意味合いだったけ。

  • 8二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 01:44:18

     とにかくこの状態はまずい。
     必然的に押し付けられる身体は豊満ではないものの、女性らしい柔らかさがあった。
     お酒のせいか少しだけ高くなっている体温、それに伴って少し強めに薫る甘い匂い。
     アルコールの混ざる彼女の熱い息遣いもまた頬に触れて、神経を刺激されてしまう。
     そして彼女の健康的な両脚も、俺の脚を絡めとるように上げられ、広がられていた。
     赤いミニスカートがひらひらと危険な動きをして、思わず目を向けてしまいそうになる。
     やばいやばい、これはやばい。
     頭の中のサイレンがオーケストラになりそうな勢いで鳴り響いている。

    「佐岳さん、ちょっと水飲みませんか!? 美味しいですよ多分!」
    「………………んー、それ、きにいらないな」
    「えっ、水は嫌ですか? ソフトドリンクでも頼みますか?」
    「ちがう! きみのほうだ! そのよびかた! ずっときにいらなかった!」
    「ええ」

     まさか、の長年の不満が暴露された。
     呼び方に問題があるなんて思っていなかったので、不意を突かれた気分である。
     まあ、確かに社会人的には役職名で呼ぶべきだったろうか、リーダーとか。
     ────そして、即座にその疑問は解消された。

    「メイとよべ! したしいひとはみんなそうよんでいる!」
    「……いや、それは、女性に対しては、ちょっと」
    「きみのたんとうだってメイとよぶだろう!? よばなきゃはなれないからな!」

     支離滅裂な酔っ払いの理論で、俺はあっさりと追い詰められた。
     確かにプロジェクトのウマ娘達とかは、みんなメイさんと呼んではいたけれども。
     ちらりと彼女を見れば、少し子どもっぽい怒り顔で、こちらをじっと見つめている。
     その目には、絶対に呼ぶまで退かないぞ、という意思が込められていた。

  • 9二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 01:44:39

     ……いやまあ。
     呼べというならば、呼んでしまえば良い。
     酒の席の出来事で、彼女も普段は理知的な女性だ、後に引きづりはしないだろう。
     しかし、何故だろうか。
     下の名前で呼ぶ、それだけのことが妙に気恥ずかしくて、勇気のいる行為に感じられた。
     中学生じゃあるまいし、俺は一体どうしてしまったのだろうか。
     それでも、なけなしの気合を捻りだして、彼女と向かい合う。

    「……サツキさん」
    「メイです」
    「…………カンタさん」
    「メイです」
    「………………ト」
    「メイです、トトロさんとかぬかしたら、そのくちふさぐからな」

     どうやって!?
     ……それはともかく、なし崩し的に誤魔化そうする魂胆はお見通しのようだ。
     俺は視線を虚空に泳がせて、大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐く。
     酔っているとはいえ、返しきれないほどの恩がある、彼女本人が求めているのだ。
     ちゃんと応えるのが、むしろ礼儀だろう。
     口を何度かぱくぱく開けながら、俺は喉から、その言葉を捻りだした。

    「…………メイ、さん」
    「……ちいさくて、きこえないな?」
    「……メイさん」
    「……もういっかい」
    「メイさん」
    「……ふふっ」

  • 10二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 01:44:57

     ぎゅっと、腕と足に込められた力が強くなる。
     必然的に押し付けられている身体の感触は、より直接的なものになる。
     話が違うぞ、と思って彼女の方を見ると、顔を伏せて方を震わせていた。
     
    「駄目じゃないか────酔っ払いの戯言を本気にしては、な?」

     悪戯を成功させた女の子のような、全てを惑わす傾国の美女のような。
     そんな、見たこともないメイさんの顔を見せつけられて、俺は思わず言葉を失う。
     ああ、これはもうダメだな、この人には勝てそうにない。
     俺は注がれていたワインを一気に飲み干して、酔っぱらってしまおうと、心に決めた。

  • 11二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 01:45:13

     チュンチュンと雀の鳴き声が鼓膜を揺らし、意識を覚醒させた。
     若干の気だるさと、少しばかりの頭痛、どうやら気づかぬうちに寝落ちしたようである。
     むくりと目を擦りながら起き上がり、自分が布団に居ることに気づいた。
     ……メイさんが運んでくれたのだろうか、本当に頭が上がらないな。
     ふと、昨晩の小さなパーティ会場に目を向ける。
     食器やグラス、ワインの瓶はそのままで、ゴミやサンタ服などが床には散乱していた。
     ああ、ちゃんと全部片付けないとな。
     …………は?
     一瞬、おかしなものが目に入ってしまったことに気づいて、目を揉んでからもう一度見る。
     先程見たものが、見間違えであることを祈りながら。
     ────しかし、残念ながらそこに間違いなく、サンタ服は転がされていた。
     そういえば、さっきから身体に何かがくっついているような気がする
     いや、流石にそんなはずはないと思いながら、恐る恐る掛布団をめくりあげる。

     そこではシャネルの五番か何かに身を包んだメイさんが、気持ち良さそうに寝ていた。

     転がるように俺はベッドから飛び降りた。
     慌てて自分の身なりを見回して、変化や異常がないことを確認すると、大きく息を吐く。
     良かった……! こんな流れで過ちを犯すことがなくて、本当に良かった……!
     感極まって泣きそうになる目を押さえつつ、彼女に布団をかける。

     刹那、こんこんとドアの叩かれる音。

     心臓が口から飛び出るかと思った。
     バクバクと音を鳴らす胸をそのままに、俺はドアへと向かい、扉を開ける。

     ────おはようトレーナーさん、昨日はありがとう、入っても良いかな?

     少しばかり照れたようにで扉の先に立つ、担当ウマ娘の姿がそこにはあった。
     脳内で『トッカータとフーガ ニ短調』が鳴り響くのを、確かに聞いた。

  • 12二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 01:45:31

     何とかその場は誤魔化して、担当とは後で会うことを約束した。
     ……さて、これからどうしよう。
     メイさんを起こすべきだが、気持ち良さそうに眠る彼女の邪魔をするのも忍びない。
     とはいえ、この状況を早いところどうにかしないといけない。
     進退窮まった状況に頭を抱えていると、俺のスマホが振動していることに気づく。
     相手は────トレセン学園理事長、秋川やよいだった。
     滅多に電話がかかってくる相手ではない、俺は慌てて通話ボタンを押す。

    「おっ、おはようございます! 何か問題でもありましたか!?」
    『杞憂ッ! メイがどうしているか気になってな!』
    「…………えっと、それは、その」
    『ははっ、大方ベッドを占領されてしまったのだろう? 私もやられたことがある』
    「ええはいそんなところですはい」

     間違ってはいないので、ひたすら肯定する。
     
    『……秘密、メイは君がいなくなって寂しそうにしていてな、前より仕事に没頭している』
    「そう、なんですか?」
    『肯定、今回の目的は君を元気づけることが第一だが』
    「……メイさんを元気づけて、休みをとらせることもあった、ですか?」
    『正解ッ!』

     ふと、以前に理事長が言ってたことを思い出す。
     彼女は無理矢理休みを取らせなければ、ずっと走り続けてしまう。と。
     そんなメイさんを良く知る理事長が見ても、前より没頭しているということは余程なのだろう。
     今、心地良さそうに寝ているのも、あまり睡眠時間が取れていないせいなのかもしれない。

  • 13二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 01:45:51

    『……それに君もだぞ?』
    「えっ」
    『注意、不安や悩みを貯め込むのは必ずや悪い結果を生む』
    「……」
    『プレッシャーは皆理解している、気にせず私やメイに相談をするべきだ』

     こちらに渡航してから、二人にこちらから連絡を取ることはなかった。
     彼女達に心配をかけまいと、相談をするという選択肢を、初めから除外していた。
     見抜かれていた、のではなかった。
     最初から、見るまでもなく、彼女達にはわかっていたのだ。
     理事長には見えないと理解しながらも、俺は頭を下げた。
     下げずにはいられなかった。

    「……ありがとうございます、俺にも皆がいること、忘れてたみたいです」
    『互助ッ! 私達も君を頼るから、君も私達を頼って欲しいッ! 私達は────』
    「────同盟者、ですからね」

     声はしないけれど、電話の先からでも理事長が満足そうに頷くのを感じる。
     そして、彼女は何かを思い出したかのように、急に声の雰囲気を変えた。

    『君もメイも似ているな、良く見てやらないとひたすら一人で突っ走ってしまう』
    「……理事長も人のこと言えないんじゃないですかね?」
    『同意、ただ、私にはたづながいるし、たづなにも私がいる』
    「…………お互いに見張る関係、ってところですかね?」
    『うむっ! メイも見張っていてやりたいが、なかなか手が回らない!』

     そこで、と理事長は言葉を区切り、あまり見せない素の言葉を告げる。

  • 14二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 01:46:13

    『君にメイを見ていて欲しい、そうすればきっとメイも君を見ていてくれるから』
    「……それは理事長としての指示ですか?」
    『いや、君達の友人として、同盟者としての────願い、だよ』

  • 15二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 01:46:29

    「ふあ……うう、頭が痛い……」
    「おはようございます、佐岳さん、コーヒー淹れましたけど飲みますか?」
    「……」
    「佐岳さん?」
    「…………」
    「……メイさん、コーヒー飲みますか?」
    「おはよう! あたし様もいっぱいもらおうかな!」

     俺はため息をつきながら、カップをもう一つ用意してコーヒーを注ぐ。
     芳ばしい豆の香りが鼻先からすり抜けていった。
     俺は自分の分のコーヒーに口を付けながら、彼女に別のカップを差し出す。

    「ありがとう……ところで何でさっきからそっぽを向いているんだ?」
    「…………いや、その、メイさんの格好が、ちょっと」
    「ん? あっ、ああ! すまない! 寝る時はいつもこんな感じだから……!」
    「とりあえずバスローブ置いたんで、せめてそれ着てください……」

     そう言って、俺は完全に背中を向ける。
     やがて後ろからは布団やシーツが擦れる音と、コトリとカップが置かれる音が聞こえた。
     外に出てようか、耳を塞いでいようか、これからの行動を考える、そんな時だった。
     ふわりと、背後からメイさんに抱き着かれる。
     熱くて、柔らかくて、艶やかで、しなやかな感覚が、背中いっぱいに広がった。
     今の彼女がどのような格好をしているのかは、想像してはいけなかった。

    「メッ、メイさん!?」
    「……駄目じゃないか、約束したんだろう?」

     メイさんは、俺の肩に顎を軽く置いて、耳元でそっと囁く。
     その響きは今まで聞いた彼女の声とはまるで違う、妖艶な響きであった。

  • 16二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 01:46:44

    「────ちゃあんと、私のことを見ててくれないと」

  • 17二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 01:46:59

    お わ り
    多分日本最速のメイさんのクリスマスSSだと思います
    年齢の割に初心なメイさんと見た目の割につよつよのメイさんはどっちがええんやろな……

  • 18二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 01:49:46

    良き
    しかしこのクソ暑い中何故クリスマスを…?

  • 19二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 02:40:23

    つよつよの中に初心があるのが良いと思います
    欲しいものが読めて最高やったな!

  • 20123/09/15(金) 06:57:18

    感想ありがとうございます

    >>18

    ミニスカサンタメイさんという幻想を捨て切れなかった

    >>19

    なりほどその手が……!

  • 21二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 07:05:46

    ミニスカサンタは良い文化。寝起きで色々と見られただろうにそこから背後の囁きまでの切り替えの速さに年の功が見えた。名作です。
    ちょいちょい挟まれる嘉門達夫に懐かしさを感じる…

  • 22二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 10:56:20

    続き読みたいなあああ!!

  • 23二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 12:29:57

    うまぴょいしてもいいのよ?やれ(豹変)

  • 24二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 12:55:26

    メイさん良いよね…

  • 25二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 13:01:52

    貴方さてはヴェニュスパークのss書いた方ですね…?
    いつも素晴らしいクオリティの作品を楽しませていただいてます…!生きる糧ですありがとうございます
    えっちえっち!誘惑メイさんえっち!ポーズや質感の描写が肉感的ですごくすごいです
    最後の描写は策士…!大人なメイさんも良いものだなぁと思いました
    メイさんのssひっそり設定練ってたら先越されましたがこれで自給自足しなくても生きていけるな、ヨシ!

  • 26二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 13:18:05

    あっあっメイさんしゅきぃ……

  • 27二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 13:33:15

    これは責任取らなきゃですね

    サンタコス激推しする理事長で耐えられなかった
    メイさんの魅力もっと広まれ……

  • 28123/09/15(金) 20:01:35

    感想ありがとうございます

    >>21

    ミニスカサンタ良いよね……

    嘉門達夫ネタは色々紆余曲折あった名残です

    >>22

    この続きだと大変なことになりそうだから……

    >>23

    このSSは健全なSSだから……

    >>24

    SS書く上で改めて調べ直したら魅力を再確認できましたね

    >>25

    ヴェニュスパークのSSから引き続き読んでいただきありがとうございます

    メイさんのSSなんていくらあっても良いのだからはよはよ

    >>26

    子どもらしさと大人らしさを両立してるのが良いんですよね

    >>27

    もっとSSが増えて欲しいですね

  • 29二次元好きの匿名さん23/09/15(金) 21:21:37

    この後うまぴょいしたんですか!?この後うまぴょいしたんですね!!?

  • 30123/09/15(金) 22:21:23

    >>29

    直前で担当ちゃんが押し入ってきて修羅場になるよ

  • 31誤って一部分削除したので挿入23/09/16(土) 00:24:46

     その来客は、プロジェクトL’Arcのメンバー達であった。

     異国で挑戦を続けるあの娘を元気づけるために、はるばる日本から来てくれたのである。

     俺と彼女達が相談して密かに進めていたサプライズプレゼント。

     ありがとう、いってくるね────そう告げる彼女の顔には満面の笑みが浮かんでいた。

     自分も誘われていたのだが、今回は断っている。

     あの娘にも俺には言えない悩みや愚痴なんかがあるだろうし、気兼ねなく楽しんで欲しかった。

     クリスマスパーティの会場は理事長のツテで用意して、そのまま泊ることも出来る。

     念のためプロジェクトに関わったURAの職員にも同伴しているので、心配はないだろう。

     俺もこの聖夜をゆっくりと過ごすこととしよう。


    「…………」


     シン、と無音が五月蠅いくらいに頭の中に響き渡る。

     先程まではあの娘が騒がしくしてくれていたが、今は俺がたった一人。

     ……俺にも気を遣ってくれていたのかな、と気づいて、ため息をついてしまう。


    「寂しい、なんて口にしたら笑われちゃうな」


     心を吹き抜けるような寒さを感じながら、俺は立ち上がる。

     ちょっと良い食事でもとって、今日はすぐに眠ってしまおう。

     良い食事、というと佐岳さん達と共に行った、レストランのことを思い出す。

     今頃何をしているのかな、と考えた、その瞬間、こんこん、とドアを叩く音。

     来客の予定はないし、そういう相手もいない。

     あの娘達が忘れ物を取りに来たとも考えづらいし、ルームサービスも頼んでいない。

     俺は警戒心を高めながらドアへと向かう、ゆっくりと慎重に開ける。


    「メリークリスマスッ! あたし様サンタが来てやったぞ!」


     ────そこにはこの時期良く見る赤い服に身を包んだ、佐岳さんがいた。

    >>3

  • 32二次元好きの匿名さん23/09/16(土) 11:01:19

    攻め攻めメイさん強い…勝てない…

  • 33123/09/16(土) 19:07:32

    >>32

    攻め攻めなメイさんもよわよわなメイさんも見たいと思っています

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