- 1二次元好きの匿名さん23/09/18(月) 09:18:22
「────担当ウマ娘の勝負服を着て、レースですか?」
昼下がり、トレセン学園の廊下にて。
私は突然の申し出に、思わず目を丸くしていた。
申し出の発端である、緑色の制服に身を包んだ女性は申し訳なさそうに両手を合わせている。
「すいません、理事長の思いつきでたまにトレーナーの皆さんにも焦点を当てた企画をと……」
トレセン学園理事長秘書、駿川たづなさんは困ったように苦笑いを浮かべていた。
なるほど、あの理事長の考えそうなことではある。
ファン感謝祭のメインはあくまでウマ娘とそのファン。
けれど私達トレーナーにだって応援してくれる人達は、少しはいる。
そんな人達に感謝を伝えるというのも、悪くはないのかもしれない。
「ですが、何故、私なんでしょうか? トレーナーならいくらでも」
「……まず、男性トレーナーに依頼するのは、その、少し可哀相かと」
「ああ、まあ、それは」
ウマ娘の勝負服を着るということは、殆どの場合は女装になるわけで。
ドレス的なものならまだ笑えるかもしれないが、ちょっと見るのもシンドいことになるそうな勝負服が何個か浮かぶ。
依頼とはいうけど、理事長から依頼なんてほぼ命令みたいなもんだしなあ……。
「女性にしても、まあ、その、プライドとかもありますよね」
「ああ、まあ、それは」
……ほぼその子の体型専用みたいな勝負服あるからね。
どことは言わないが大きすぎて着れないとか、細すぎて着れないとか凹みそうである。
私の担当も結構なものをお持ちだけど、そこら辺は個人的には気にならないし。
理事長やたづなさんには恩もあるし、何よりあの子の知名度を広げる絶好のチャンスだ。
まさしく一挙両得、ここは引き受けることにしよう。 - 2二次元好きの匿名さん23/09/18(月) 09:18:40
その前に、一つ気になったことがあったので確認をしておく。
「ちなみに他の参加者は決まっているんですか?」
「まずは、桐生院さんが参加していただげることになっています」
「ええ……もう一位は決まったようなもんじゃないですか」
「理事長代理も」
「なるほど、とりあえずドベはなさそうですね」
全く見せ場なく終わるということも……いや、どうだろう、目立てそうにないぞこれ。
まあいいか、それでもあの子にマイナスということはないし、理事長達への恩は返せる。
私はにこりと笑って見せて、たづなさんへ言った。
「わかりました! 喜んで参加させていただきます!」
「本当ですか!? ありがとうございます! ここ何人か連続で断られていて……!」
「担当の勝負服って勇気いりますからね、その点、私は毎日のように着てますから」
「えっ?」
「えっ?」
たづなさんから発せられた疑問の一言に、私も思わずオウム返しをしてしまった。
しばらくの静寂の後、たづなさんは何かに気づいたように目をぴくりと動かす。
そして、呆れたような表情で、私に告げた。
「あー……今回はアストンマーチャンさんの着ぐるみじゃなくて、勝負服を着てください」
それはまさしく、晴天の霹靂であった。 - 3二次元好きの匿名さん23/09/18(月) 09:18:57
マーチャン着ぐるみだって勝負服着てるじゃないですか。
そう抗議しようと思ったが、そもそもあの着ぐるみを着て学園や街中を徘徊する活動自体がマーチャン以外から許可を取っていないグレーゾーン広報だったことを思い出してやめておいた。賢い。
そもそも考えてみれば、着ぐるみで走ることは難しい。
ファン感謝祭の企画とはいえレースはレース、担当ウマ娘の名を背負って走る以上は本気で走るべきだろう。
女に二言は無い、私は改めて参加する旨をたづなさんに伝えて、その場を別れた。
「んー……しかし……これはなかなか……キツくない……?」
目の前の鏡に映るは、引きつった顔の私と、襷をかけた可愛らしい紅白衣装。
普段はジャージかパンツスタイルが基本の私には、なかなか抵抗のあるファッションである。
トレーナー室に戻った私は、たまたま置いてあったマーチャンの勝負服を鏡の前で合わせていた。
流石に着るのは本人に許可を取ってからじゃないとダメだが、これくらいなら良いだろう。
……まああの子のように可愛く、とはいかなかったが。
「あの子のための勝負服なんだし、当たり前っちゃ当たり前だけど」
マーチャンのラブリーさにぴったりな色。
マーチャンの愛らしさがもっとも引き立つデザイン。
マーチャンの拘りと想いを詰め込んだ『一番ラブリーで覚えやすい』勝負服。
それがこの、アストンマーチャンの勝負服なのである。
本人以外が着たことろでいまいち似合わないのは、当然といったところだろうか。
まっ、ウケくらいは取れるだろう……いや取れるかな、他の参加者の取れ高が強すぎるような。
嫌な予感を感じつつも、私は彼女の勝負服を戻そうとした。
「……みーまーしーたーよー?」
突然、上からぬっと何かが視界に割り込んでくる。。
それは憤怒の表情(本人比)を浮かべたアストンマーチャン、の人形であった。 - 4二次元好きの匿名さん23/09/18(月) 09:19:22
「うわっ!?」
思わず仰け反ってしまうが、ぽよんと背中に柔らかいものが当たる。
どうやら真後ろから、私の顔の両脇を通す様に腕を伸ばしていたらしい。
やがて、その腕による包囲が外されて、後ろにいた彼女が距離を取る。
振り向けば、ダブルピースをしてにこやかな表情を浮かべる担当ウマ娘の姿があった。
「突然のマーちゃん登場、びっくりですか? びっくりですね?」
「……びっくりはしたけど」
「でも仕方ないのです、マーちゃんの勝負服の秘密を探っていた泥棒さんがいたので」
「いやそういうわけじゃ」
「マーちゃんのラブリーさは世界のスパイさんも求めるトップシークレットなのです」
「……そのトップシークレット、私殆ど知っているけどね」
「なんと、では何を目的に、マーちゃんの勝負服を?」
はて、と首を傾げるマーチャン。
勝手に拝借していた、と言われれば否定は出来ない。
このくらいで怒る子ではないけれど、全てをちゃんと話すのが筋だろう。
お互い、椅子に腰かけて数分後。
全ての事情を伝え終えた後、彼女は突然立ち上がった。
「素晴らしい試みです!」
「でしょ!?」
「いっそマーちゃんも参加して、ダブトンマーチャンになる手も」
麻雀用語みたいだなと一瞬思いながらも、想像力が刺激される。
二人一組のマーチャンというのは面白いかもなあ、となると髪の毛とかも揃えたい。
いっそ頭だけは小さい着ぐるみ付けちゃおうかな、そういうのネット見たことある気がする。
思考回路がぎゅんぎゅんと回り始めていく────直後、ポンと手を叩く音。
見れば、マーチャンが興奮気味に尻尾を振り回していた。 - 5二次元好きの匿名さん23/09/18(月) 09:19:41
「『押しは押せる時に押せ』なのです、トレーナーさん、早速着てみませんか?」
「ええっ? ちょっと急過ぎない? サイズ調整だってしないと」
「いえいえ、トレーナーさんとマーちゃんは身長は殆ど同じの愛されぼでー」
「……否定も肯定も出来ない」
「お胸は若干プリティーですが」
「なんだとー」
「むふふ、とにかくトレーナーさんの晴れ姿はきっちりにスマホに……ややっ」
驚いたように声をあげるマーチャン。
何事かと思ったが、すぐに彼女はふにゃっと柔らかい笑みを浮かべる。
「えへ、今日はマーちゃんがトレーナーさんの専属レンズになっちゃっいますね?」 - 6二次元好きの匿名さん23/09/18(月) 09:19:57
「おおっ、トレーナーさんも、マーちゃんのほっぺと同じでもちもちですね」
「そうだね、触ってるのがお腹じゃなければもっと良かったな」
「ふむふむ、なるなる、腰回りとお尻回りは大丈夫ですか?」
「………………もう少し緩めでお願い」
「がってんマーちゃん」
「あっ、マニキュア持ってきてないな」
「きらーん、マーちゃんとおしゃれグッズは準備ばっちりです、マスコットですので」
「マスコット関係ある……?」
なんやかんや、マーチャンと準備をすること30分ほど。
「じゃじゃーん、セカンドマーちゃん、略して『マーちゃん』の完成です、ぱちぱち」
「おおっ……流石はマーチャン、本家本元の指導でここまで違うんだ……!」
私は、鏡の中の自分を見る。
先程までは全く似合わないと思っていた担当ウマ娘の勝負服。
それが今はそれなりに見られる状態になっていた。
年齢もありコスプレ感は強いものの、案外イケるじゃんくらいには思うことが出来る。
身体をその場でくるりと回してみたり、腕を動かしたりしてみた。
「へぇ、思ったよりも軽いんだね?」
「ラブリーなマーちゃんのラブリーな動きを支えるラブリーな勝負服です、どややっ」
「ふふっ、流石はマーチャン……んー、髪型も同じにしようかな、ちょっと長さが足りないけど」
「おっと、マーちゃんとしたことが大事なものを忘れていました、これはうっかり」
そう言うとマーチャンは私の背後に回り込んで、髪の毛をイジり始めた。
左側のワンサイトアップ、まあ髪の量的な問題でちょこんと跳ねただけになったけども。
しかし、どうやらメインはそこではなく、もう一方の方だったようで。
彼女は自分の頭に着いている、トレードマークの王冠を外して、私の頭に取り付けた。 - 7二次元好きの匿名さん23/09/18(月) 09:20:20
「じゃじゃじゃじゃーん、今度こそ完全体マーちゃんの完成です、どんどんぱふぱふー」
「あはは、確かにこれがあると尚更しっくり来るね」
なるほど、勝負服は髪飾りの要素も含めて勝負服なんだ、勉強になる。
本番に向けて、私用の勝負服と王冠の製造も急がないとね、金属加工は時間がかかりそうだ。
と、また思考が逸れかけていた時、じっと見つめる視線に気づく。
「じぃー、わくわく」
視線を追えば、マーチャンはスマホを構えながら、期待に満ち溢れた視線を送っていた。
……まあせっかく着替えたのに、はいお終い、じゃあ、あんまりにも寂しいか。
彼女の物真似でもしてみるかと思い、記憶を呼び起こさせる。
物真似に関しては、むしろマーチャンの方が得意なんだけどね、あんま見せてくれないけど。
「……あっ、アストンマーチャンです、よろしくね?」
「おおっ、良いですよトレーナーさん、目線くださいです」
「そう? 後は……がんばるぞっ、えい、がんばるぞ!」
「『がんばるぞ』の歌まで……これはダブルミリオンも視野に入りますね」
「やったった~、とったった~♪ らったった~、マーちゃん勝ったった~♪」
「わんだほーです、これならきっとトレーナーさんも注目の……的…………に……?」
褒められてテンションが上がり始めていたその瞬間。
直前まで楽しそうにしていたマーちゃんの顔から、すんと、突然表情が消える。
そして困ったように眉をハの字に歪ませて、首を傾げた。 - 8二次元好きの匿名さん23/09/18(月) 09:20:35
「……このもやもやは? トレーナーさんもマーちゃんも注目されて、嬉しいはずなのですが」
「えっと、どうかしたの? ちょっと調子乗り過ぎた?」
「むむむっ、おかしいのです、マーちゃんアラートが響いているのです」
「……大丈夫? もしかしてなんか体調が悪かったり?」
「いえ、マーちゃんは元気もりもりなのですが……危険なのは……トレーナーさん?」
「マーチャン?」
「トレーナーさんが……えまーじぇんしー……? ……っ!」
マーちゃんは何かに気が付いたように、ピンと尻尾と耳を立ち上がらせる。
そして突如として私の頭に手を伸ばすと、王冠を取り外して自分の頭に装着させた。
「……のーもあ、ですので」
「へっ?」
「とある夢の国では同じマスコットは同じ時間には存在しないようにしているそうです」
「ああ、そういう噂、なんか聞いたことあるような」
「ウルトラスーパーマスコットを目指すマーちゃんも、見習わないといけないと思うのです」
「……うん?」
「というわけでトレーナーさんがマーちゃんの勝負服を着るのはダメです、共演NGなので」
「ええっ!?」
まさかの突然の拒否。
同じ存在は二人同時に現れてはいけないという謎のプロ意識が急に生えて来たようである。
たづなさんには承諾してしまった手前、少しだけお願いをしようかと思った。
けれど私が言葉を発するよりも先に、マーチャンが私の着ている自身の勝負服を掴む。 - 9二次元好きの匿名さん23/09/18(月) 09:20:50
「ささっ、脱いでください、はりーはりー、早く専属レンズさんに戻ってもらわないと」
「ちょっ……自分で脱ぐから! 引っ張たら伸びちゃうから!」
「ふははー、よいではないかー、よいではないかー」
「あーーれーー!」
茶番劇は行ったが大事な勝負服なので、私だけで丁寧に着替えることとなった。
ごそごそと着替えている最中、マーちゃんは背後からそっと近づき、耳元で囁く。
「────あなたのラブリーなところを知っているのは、わたしだけで十分ですので」
ばっと振り向けば、そこにはいつも通りのマーちゃんの笑顔。
私は彼女に底知れぬ何かを感じながらも、ただただ笑顔を返すのであった。
……しかしどうしよう、勝負服の使用が出来なくなった以上、レースは断った方が良いだろうか。
でもなー、マーチャンの宣伝はしたいし、理事長達の助けにもなりたい。
ううーん、勝負服……専属レンズ……ノーモア……。
その時、ふと閃いた!
このアイディアは、理事長達の企画に活かせるかもしれない! - 10二次元好きの匿名さん23/09/18(月) 09:21:07
「……それでその格好なんですか? 私、勝負服って言ったと思うんですが」
「勝負服はウマ娘だけのものじゃない、って誰が言ってました!」
「百歩譲ってその主張を受け入れたとして、あなたの勝負服はそれで良いんですか?」
「アストンマーチャンの専属レンズ、という立場を表した勝負服だと思います」
「…………本気でおっしゃってます?」
「本気です! 見てくださいよこの一点の曇りもない目を!」
「一点の曇りもないレンズしか見えないんですよ」
そしてファン感謝祭当日、レースの30分前。
準備を終えてウォーミングアップをしていた私は、たづなさんに外に設営された運営本部に呼び出されていた。
マーチャンから勝負服の使用を拒否された私は、新たな専用勝負服を用意していた。
……まあ服といっても新規で用意したのは頭部の被り物だけだけど。
マーチャンの専属レンズという誇りを形にしたような────カメラの被り物。
作るまではこれしかない! と思ったが、完成品を見ると映画館で良く見るヤツにしか見えない。
とはいえ私の立場を体現した、アストンマーチャンのトレーナーに相応しい勝負服だと思う。
思うのだが、たづなさんはお気に召さないようで、こめかみに手を当てていた。
「……一応ある程度の人数は集まったので不参加でも大丈夫ですよ?」
「いえ、参加させてください! マーチャンのためにも! ぜひぜひ!」
たづなさんは、面倒臭いなこの人、と言わんばかりの顔で大きくため息をついた。
むぅ、このままだと出走取消になりかねない。
ぶっちゃけ順位とかはどうでも良いのだけど、レースには参加させてもらいたいのだ。
……よし、ここは勢いで押し切ってしまおう。 - 11二次元好きの匿名さん23/09/18(月) 09:21:28
「……もうすぐレースが始まるので、お先に失礼しますね!」
「あっ、お話は終わっていませんよ!」
私は一方的に話を打ち切って、運営本部を飛び出した。
普段であればウマ娘すら捉えるたづなさんから逃げるのは不可能だが、今日はたくさんのファンの人達がいる。
彼女は外部の人達の前では、学園のイメージのために、その運動能力を見せるのを避ける傾向があった。
なのでこのまま人混みに入ってしまえば、強硬手段はとらないはず。
そしてそのままレース開始まで上手いことはぐらかし続ければ、参加することが出来るだろう。
「────とか、浅いこと考えてるんでしょうね。先を見越して準備して正解でした」
背後から聞こえて来る、たづなさんの、少しくぐもった声。
ぞくりという感覚が背中を走り、私は思わず振り向いてしまう。
そこには────パトランプの被り物をしたたづなさんが迫って来ているのであった。 - 12二次元好きの匿名さん23/09/18(月) 09:22:13
お わ り
下記のスレに影響されて書いたSSになります
担当の勝負服着せられる♀トレ|あにまん掲示板いいよねhttps://twitter.com/yugeme168/status/1702623253330899322?s=19bbs.animanch.com - 13二次元好きの匿名さん23/09/18(月) 09:28:42
ご本人からNGが出たんじゃしょうがないよなー
からの逮捕オチで笑った - 14123/09/18(月) 10:40:01
オチを最初に考えたのは秘密
- 15二次元好きの匿名さん23/09/18(月) 11:16:29
着ぐるみでの出走を許可しておけばこんなことにはならなかったのにね
- 16123/09/18(月) 12:07:34
別衣装の対応策まで考えてたからセーフセーフ
- 17二次元好きの匿名さん23/09/18(月) 23:31:48
ええやん……
- 18二次元好きの匿名さん23/09/18(月) 23:38:40
ピンポンパンポーン
劇場内での映画の撮影、録音は犯罪です
法律により、10年以下の懲役、1000万円以下の罰金、またはその両方が課せられます
とか流しながら爆速で学園中走り回るマートレとたづなさん - 19二次元好きの匿名さん23/09/19(火) 00:05:15
ええもん詠ましてもろたで
- 20123/09/19(火) 00:40:43
- 21二次元好きの匿名さん23/09/19(火) 08:13:14
なんで用意してんのたづなさん…w
理子ちゃんは誰の勝負服着たのかな? - 22123/09/19(火) 18:44:34