- 1二次元好きの匿名さん23/09/21(木) 23:46:23
凱旋門賞────。
それは、ターフを駆けるウマ娘達にとって、燦然と輝く『世界一』の称号を手にするための舞台であり、ウマ娘と、ウマ娘に関わる全ての人が求める夢であり、ロマンである。嘗て、日本のウマ娘達も幾度となくその舞台に挑み、光り輝く一等星に手を伸ばし、そして散っていった。
この遙か天に輝く頂きを制すべく、佐岳メイを発起人として中央トレセン学園で始まったのが、『プロジェクトL'Arc』である。パリ・ロンシャンレース場を誰より速く駆け抜けるべく、人員、システム、予算、全てをつぎ込んで専門のトレーニングを組み、ただ凱旋門賞の制覇一点に絞ったトレーニングと調整を続けるという、文字通り中央トレセン学園の、引いては日本のウマ娘界の全てを賭けた荒業とも言えるプロジェクトであった。
だが、果てしなく遠いその夢を、ロマンを、光り輝く一等星を手にすべく、大勢のウマ娘とトレーナーが発起人であるメイの元に集った。
ダイワスカーレットもその一人である。
専用に調整されたVRウマレーターを用いたトレーニング、海外のウマ娘達と行う代表交流戦、大舞台へ挑み足り得る器かどうかを示す『日本ダービー』。クラシック期における前哨戦・ニエル賞への挑戦。スカーレットは、確実にその頂を制するための力をつけてきた。
そして、遂にスカーレットは、全てのウマ娘が夢見る大舞台である凱旋門賞の日を迎え、ロンシャンレース場へと降り立ったのであった。
「で、どうなんだよ、スカーレットは」
パドックに集まった錚々たる面々を順に眺めていると、隣に立ったウオッカが不意に声を上げた。"カッコいい"を追求し、時に憧れに目を輝かせるウオッカも、ここに至っては神妙な面持ちである。
「うん、身体は問題ないと思う。プロジェクト発足から1年半……凱旋門賞を勝って"世界で一番のウマ娘"になる為に、しっかり仕上げてきたつもりだよ。少なくとも、その成果はニエル賞で十分証明できたと思ってる。勿論、今もね」
ウオッカに応えるスカーレットのトレーナーは、心地よい緊張感を身体に纏い、しかし目は力強く真っ直ぐに、パドックに立つスカーレットを見据えて応えた。この舞台に立つに相応しい彼の佇まいに、ウオッカは安心したように少しだけ口角を上げ、自身もスカーレットへと目線をやった。 - 2二次元好きの匿名さん23/09/21(木) 23:48:58
「そうだな、悔しいが、そこについては俺も認めざるを得ねえ」
VRウマレーターを駆使し、代表交流戦を戦い抜いてきた脚は、海外の芝とコースへの適応を現実の舞台であるニエル賞で証明して見せた。加えて、長期移動に伴う生活リズムの変化、時差ボケへの対策。食材も調味料も異なる海外の食事への適応と、栄養管理。加えて、高低差のあるコースに適応し、かつアウェーの舞台でもその実力を発揮できるよう、心身共に鍛え上げてきた。
共に夢を追う事を誓ったトレーナーと、愛すべきライバル達の協力もあって、スカーレットの身体は正に完璧と呼べる仕上がりであった。
そう、"身体は"完璧に仕上がっていた。
「……で、どうなんだよ。あっちの方は」
「…………」
ウオッカの問いかけに対し、トレーナーは先程の凜々しい眼差しとは打って変わって目を泳がせ、沈黙してしまう。だが、それはウオッカの問いかけに対する、何よりの回答でもあった。渋柿が舌に直撃したような顔のトレーナーに対し、ウオッカもまた何も知らずにゴーヤを口いっぱいに食べた時の顔で応えたのであった。
「ついにここまで来たわね、凱旋門賞……!」
誰に語り掛けるでもなく……あるいは、自身を奮い立たせるためか、スカーレットはパドックの中で一人、呟いた。
前哨戦のニエル賞を見事な走りで制した"緋色の女王"。今や日本中が、彼女の凱旋門賞制覇に夢を見ている。そしてそれは、彼女自身も然り。トレセン学園に入学した頃から目標に掲げてきた"一番のウマ娘"。その答えを、彼女は世界に見出した。そして、今日はいよいよそれを証明する日なのだ。否応なしに彼女の胸は昂ぶっていく。
緊張は無い。ただひたすらに、自身が頂点に立つという気概だけが全身から漲っていた。
『やる気は十分、と言った所ですか?』
不意の問いかけに振り返ると、軽やかな足取りで1人のウマ娘がスカーレットの元へやってきた。しなやかで、優雅な身体。しかしてその脚は、日本のウマ娘達を苦しめる重い洋芝を軽々と駆け抜け、この舞台に至るまで彼女に勝利の栄光だけを与え続ける。それは、舞台をGⅠに映して尚、変わらなかった。
ヴェニュスパーク。GⅠ含め全戦全勝で凱旋門賞に挑む、フランスが産んだ天才少女である。 - 3二次元好きの匿名さん23/09/21(木) 23:50:56
『ニエル賞での走り、お見事でした。そして、この舞台と、この歓声にも動じないその心の強さも』
鋭い目を向けてくるスカーレットを前にしても、ヴェニュスパークは変わらず微笑みを浮かべていた。しかし、そのあどけない少女の笑顔の中にも、勝利だけを目指すウマ娘としての本能が渦巻いている。
パドックに登場したヴェニュスパークは、ロンシャンレース場に集まった大勢のファンを前に、この世界一の舞台での勝利を宣言して見せた。彼女へ向けて愛の言葉を贈るファンの大歓声を前に、パドックに集ったウマ娘達は否応なしに緊張感を高めていく。それは、見方によってはヴェニュスパークが作り出した場の空気に飲まれたかのようだった。
しかし、その中でただ1人、スカーレットだけが周囲の歓声に動じず、自らの感情を昂ぶらせていた。それに気付いた彼女の脳裏に、鋭い直感が奔る。自身と雌雄を決するのは、このウマ娘に違いない。故に、彼女は周囲のライバル達の中で、スカーレットを選んで歩み寄ったのである。
『貴方にも、きっと譲れないものがある事でしょう。日本の期待と誇りを背負い、この場に立っているのでしょう。ですが、それは私も同じ。愛するフランスの皆のため、私が勝ちます』
そう言って、ヴェニュスパークはスカーレットに向かって姿勢を正し、優雅に礼を尽くす。騎士道精神を体現したかのような、美しい姿であった。遙か東よりやってきた挑戦者に対する高潔な振る舞いと勝利宣言に、当然その様子を見ていたファン達は更に湧き上がる。ヴェニュスパークが作り出した場の空気は、ロンシャンを彼女の舞台に染めていった。対峙するヴェニュスパークとスカーレットを目の前にして、トレーナーとウオッカの表情にも焦りの色が見える。だが────。
「ふふん♪」
スカーレットは、笑った。
目の前に居る絶対的な強者を目の前に、彼女が作り出した自身を包み込まんとするこの空気を一蹴するかのように、得意げに笑った。その姿に、ヴェニュスパークも意表を突かれ、訝しげな表情を浮かべる。そんな彼女に向かって、スカーレットは鋭い目線と共に、勢い良く右手を振り抜いた。 - 4二次元好きの匿名さん23/09/21(木) 23:54:07
『……おおっ!!』
その瞬間、周囲から感嘆の声が沸き起こる。スカーレットの振り抜いた右手は、目の前で勝利宣言した天才少女に対し、不敵な笑みと共にその人差し指を突き付けた。礼を尽くす異国の騎士を前に、日の本からやって来た"緋色の女王"は威風堂々、自身の勝利を宣言したのである。
『あの子、ヴェニュスパークを前に一切怖じていないぞ……!』
『いや、この舞台に立つウマ娘だ。あの位はして見せるさ』
『それにしても、なんという堂々たる姿だ……正に女王の名に相応しい……!』
周囲を囲む大勢の観客からも、勝利宣言を返したスカーレットへの賞賛の声が上がる。その声は、ヴェニュスパークの闘争心をも一気に昂ぶらせていった。それまでファンに向けていた少女の微笑みが、ただひたすらに勝利のみを追い求めるウマ娘の本能からの笑顔に変わる。見事な返答を受け取ったヴェニュスパークは、敢えて優雅に一礼するに留め、その場を後にしたのであった。
「あぁ~……」
そんな一部始終を見ていたスカーレットのトレーナーとウオッカはと言うと、緊張の糸が切れたかのように脱力し、肩を落とした。
「とんでもない事言い出さなくて良かった……」
「まだ始まってもねぇのになんでこんなに緊張しなきゃいけないんだよ……」
「おやおや、お二人ともアラートがふぁんふぁん、ひへー、ですね。ここはマーちゃん特製のはちみつ生姜をどうぞ」
「おぉ……サンキュ、マーチャン」
「ありがとう」
力無くへたりこんだトレーナーとウオッカは、マーチャンに差し出された暖かいはちみつ生姜を口に含み、ほうと息を付いた。アストンマーチャンは、世界を股に掛ける"超ウルトラスーパーマスコット"を目標にプロジェクトに参加していたが、凱旋門賞に挑戦するメンバーからは外れ、スカーレットのサポートメンバーとしてこの遠征に加わっていたのである。 - 5二次元好きの匿名さん23/09/21(木) 23:55:15
「スカーレットは大丈夫そうですね」
「うん、まあ、今の所は……」
「見てるこっちは気が気じゃないけどな。こっからが本番だってのに」
特製のはちみつ生姜を飲み干し、ようやく身体に力が戻ってきたウオッカは、両の腕をぐいと伸ばし、頭を切り替える。そんなウオッカを他所に、トレーナーはマーチャンに向き合った。
「……マーちゃん、一応教えて欲しいんだけど……最後のトレーニングはどうだった?」
何かにすがるように問いかけたトレーナーに対し、マーちゃんはどこか遠い目をしながら応える。
「……マーちゃん、スカーレットから愛の告白をされてしまいました。どやや。まあ、その……教えたフランス語ではないんですけど、ね」
「そっか……ありがとう、マーちゃん」
一抹の期待を込めて訪ねてみたものの、やはり叶わなかったと悟ったトレーナーはマーちゃんを労い、自身もスカーレットの方に目を移した。
スカーレットは変わらず不敵な笑みを浮かべ、ゲートへ向かって力強く歩を進めていった。 - 6二次元好きの匿名さん23/09/21(木) 23:57:45
凱旋門賞に挑むスカーレットは、海外に挑む為の様々な課題を克服し、見事にその身体を仕上げてきた。しかし、強靱な身体造りに専念してきた結果、ただ一つだけ克服できなかった課題があった。フランス語である。
スカーレットはフランス語が分からないままフランスの地に降り立ったのだ。先ほどヴェニュスパークの言葉にも、彼女への声援にも動じなかったのは、至極単純、何を言ってるのか分からなかったからである。勝利宣言もファンの送る声援も、今のスカーレットにとってはフランス語で何か言ってるわね、程度の認識にしかならず、それよりも"世界で一番のウマ娘"に手を伸ばさんとする気概が勝っていただけである。
当然、トレーナーは大事な課題を克服させてやれなかった事に責任を感じ、その胸中は不安で一杯だった。それは、ずっと隣で支えてきたウオッカとマーチャンも少なからず同様である。そんな3人の様子を見かねたのか、スカーレットは決戦前夜、3人の前で声を張った。
『バカねアンタ達、何を心配してるのか知らないけどね、アタシは勝つわよ。今まで日本のウマ娘が勝てなかった舞台で勝って、アタシが世界で一番のウマ娘だって事をアンタ達に見せてあげるわ!』
そう言って不敵に笑うスカーレットに、3人は安堵の笑みを浮かべた。そう、それでこそダイワスカーレットだ。優等生の一面は教室までで、口を開けば一番、一番、ターフに立てば誰よりも負けず嫌いなウマ娘。仕上がった身体と仁王立ちで言い放ったスカーレットの姿に、3人はどこか安心したような笑みを浮かべるのであった。
『だいたいね、言葉が分からないから何だって言うのよ!レースなんて要はスタートからゴールまでずっと先頭を走ってたら一番になれるのよ!!あのフランスの子がどんな優秀な子か知らないけど、ゴールまでずっと先頭を走ってアタシが一番だって事を分からせてやるんだから!!』
3人は即座に悟りを開いた。嗚呼、優等生のスカーレットは何処へ行ってしまったのだろう。言葉の壁を克服できなくともレースには関係ない、確かにその通りかもしれない。かもしれないが、ここまで言われては実はこれまでのレースでガンガン前に出ていたのも、作戦などでは無くただただ先頭(一番)を譲りたくなかただけなのだろうかと思えてくる。
ロンシャンのターフで何が起きても、3人は受け入れるつもりだった。 - 7二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 00:00:16
枠杁は順調に行われ、遂に最後の一人を待つのみとなった。そんな中、ヴェニュスパークはちらりと横へ目線を動かす。周囲が身体を揺らしながらその時を待つ中で、スカーレットはただただ真っ直ぐ、前を見ていた。期待通りのその姿を目にしてヴェニュスパークは、ふ、と一瞬口角を上げる。そして、自身もまたゲートの先へと目をやった。
全てのウマ娘が頂点を目指す舞台、凱旋門賞。痺れるような緊張感の中、ロンシャンレース場のゲートが開く。
綺麗に揃ったスタートから、誰が前へ往くのか。ゲートから飛び出したウマ娘達が各々様子を伺っていると、ただ一人、群青色の勝負服が凄まじい勢いで先頭に躍り出た。
『日本のダイワスカーレット、電光石火の早業で先頭を奪いました! 後続にぐんぐん差をつけて行きます!!』
スタート直後から飛び出して差をつけるスカーレットに実況は興奮していたが、トレーナー達は気が気で無い。
「あのバカ、宣言通り飛ばしやがって!これじゃ最後まで持たねぇぞ!」
「うーん、これは最早逃げを越えて大逃げですね。スズカさんもびっくりです」
「本当に言った通りに走るとは……」
焦るウオッカ、悟ったかのように冷静なマーチャン、いっそ清々しさまで覚えるトレーナー。三者三様の反応を見せる中、同じターフを駆け、凄まじい勢いで加速し差を広げていくスカーレットの背中を追うウマ娘達は、皆冷静だった。
あれを無理に追う必要は無い。あんなバカみたいに飛ばしていれば、すぐにバテて垂れてくる。前を塞がれないように冷静に躱してしまえば良い。パークにも結構な態度だったが、"緋色の女王"とやら、大した事は無さそうだ。
飛ばしすぎた逃げウマ娘は、持久力が底を付いてすぐに沈む。逃げを打つウマ娘に対して誰もが考えるレースの定石であり、当然ヴェニュスパークもそう考えていた。実際、正しい考えである。スタミナ管理も考えず飛ばした逃げウマ娘は、終盤に差し掛かるまでもなく脚が止まり、あっさりと沈んでいく。
それが、"普通の"考え無しの逃げウマ娘であれば、の話だが。 - 8二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 00:02:56
凱旋門賞の舞台となるロンシャンレース場・芝2400m外回りは、向正面からコーナーにかけて高低差10mの急坂があり、その先は下り坂を複合したコーナーが長く続く構成となっている。有馬記念でお馴染みの急坂のおおよそ倍の高低差は、正に心臓破りと言って差し支えない。
スカーレットを追うウマ娘達は、ここでスカーレットのスピードが落ちると踏んでいた。その先の下り坂に差し掛かる頃にはもう捉えられるハズ、と。しかし。
(……落ちて来ない?Why!?)
(ヤツのスタミナは無尽蔵か!?なぜバテない!)
(い、いや持つわけない!あんな走り方で持つわけが!)
スカーレットは、スタートから飛び出した勢いを殆ど落とさず心臓破りの坂を駆け上がり、下り坂を味方に付けて更にスピードを上げていく。この舞台の為に鍛え上げられたスカーレットの脚は、身体は、ニエル賞で見せたそれ以上のポテンシャルを宿すに至った。そして、その力は世界一を決める舞台で遺憾なく発揮されていたのだ。ようやくここに至り、読みが外れたウマ娘達に焦りの色が見え始める。
「お、おいおい!まさかそのまま行っちまうのかよ!? スカーレット!!」
「これは……もしかして、もしかするのでは!?」
普段はふわふわと穏やかなマーチャンも、先頭を突き進んでくるスカーレットを瞳に映し、興奮を抑えきれない様子だった。しかし、トレーナーの表情は未だに強張っている。
「いや、まだだ。まだ……!」
そう、この状況において、ただ一人冷静に、焦るウマ娘達を躱して前に出る者が一人。その動きを、トレーナーはしかと捉えていたのだ。
『……! 来た、来たぞ!』
『ヴェニュスパークが動いた!』
ただ一人先行するスカーレットを見据え、ヴェニュスパークがスパートにかかる。
油断していたつもりなど毛頭無い。それでも、想定外だった。あの急な坂を駆け抜け、下り坂の中盤を越えて尚衰えないパワーとスピード。それでも、ここから捉える。ここから一気に────。
追うべき背中を見据え、加速しようとしたその時、不意にスカーレットがこちらへ振り向いた。ヴェニュスパークの瞳に映ったスカーレットは────笑っていた。この局面で、ただ一人突き抜けて走る"緋色の女王"は、ティアラを輝かせて笑っていた。その瞬間、ヴェニュスパークの中に小さな火花が飛んだ。 - 9二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 00:05:24
スカーレットは、言葉の壁を克服できなかった。けれど、彼女の言う通り、ターフに立てば言葉など無用の長物であった。その笑顔を見たヴェニュスパークが感じ取ったモノ。言葉が無くとも、伝わってくる。
まだそんな所に居るの? 来なさいよ、ヴェニュスパーク。全力でかかってきなさい。それでも、勝つのはアタシ。どこまで行ってもアタシの”一番”は、誰にも譲らないわ!
半分以上は、レース場の空気が聞かせたヴェニュスパークの中でだけ聞こえた言葉である。だが、スカーレットの瞳から伝わったその意思と、ヴェニュスパークの中に散った小さな火花は、心の中に浮いていた様々な感情をすべて巻き込み、一つの大きな炎へと変わっていく。それは、"勝利"という、たった一つの強い意志であった。ヴェニュスパークは、胸いっぱいに息を吸い込み、思い切り吐き出す。同時に、全力でフォルスストレートのターフに左脚を叩き付けた。
『……La victoire est à moi!!』
白い閃光が、放たれた矢のように緋色の女王に迫る。決着まで、あと400m。
「来た! なんて末脚だ、アイツ!」
「スカーレット……!」
驚愕するウオッカ、祈るように声を絞り出すマーチャン。そして。
「スカーレット!!」
頑張れ、君なら必ず、"世界で一番のウマ娘"に。様々な感情を表現するのに、言葉を選ぶ暇など無かった。すべて詰め込んで張り上げた彼の想いは、スカーレットの元へと届く。
その想いを受け止めたスカーレットは。そして、その背中に迫り来る最強のライバルは。
『「……あああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」』
言葉にもならない叫び声。けれど、その声には確かに力強い意志を宿している。それは、後ろから迫る真っ白な閃光も然り。2人は同時に、ただ一つの勝利へと手を伸ばした。栄光を手にするのは、女王か、騎士か。ゴール板の前を通り過ぎる一瞬は、スローのようにゆっくりと、けれど確かに、その瞬間を見ていたすべての人に勝者の姿を映し出した。 - 10二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 00:08:24
『ダイワスカーレット!ダイワスカーレットだ!日本からやってきた挑戦者が!!目も眩むような緋色の女王が!!猛追するヴェニュスパークを抑えて凱旋門賞を制しました!!』
実況の叫ぶような声と共に、ロンシャンレース場のスタンドから大歓声が上がる。日本のウマ娘が、初めて凱旋門賞を制したのだ。しかも、スタートからゴールまで、一度も先頭を譲ることの無い完勝。誰もがその走りに心を躍らせていた。大歓声の中、全てを出し尽くしたスカーレットがロンシャンのターフに倒れ込む。
全身で息をしながら、スカーレットは────大歓声を浴びて、尚も笑っていた。僅かに残った力を振り絞り、右腕を持ち上げる。そして、美しいパリの青空に、高く、高く人差し指を掲げたのだった。その勝利宣言に、スタンドからは割れんばかりの歓声と拍手が響き、女王の戴冠を祝福していた。
「スカーレット!!」
「やったな、おい!! お前……お前、カッケぇよ!!」
「おめでとう、おめでとうスカーレット!」
倒れ込んだスカーレットに駆け寄るトレーナー達に支えられ、スカーレットはようやく身体を起こした。
「ふ、ふっ……バカね、アタシを……はっ、ハァ、ハァ……誰だと、思ってんの、よっ……っ!」
身体を震わせ、未だ全身で息をしながらも、スカーレットは笑っていた。頂点に立った女王の、美しく、力強い笑顔だった。その姿を目の前に、トレーナーは迷わず応える。
「勿論、"世界で一番のウマ娘"だ!」
「……当然でしょ、バカね」
その時、ふとスカーレットが笑顔を収めた。視線の先の脚音は、ほんの一瞬及ばなかったヴェニュスパークのものだった。その表情には、手の届く距離まで迫りながら届かなかった、果てしなく遠い最後の一歩への悔しさが滲み出ていた。
スカーレットは、敢えてウオッカとマーチャンの肩を返すと、踏みしめるようにヴェニュスパークの前へと歩み寄る。その異様な様子に、スタンドも、共に走ったライバル達もざわめきを隠せない様子だった。トレーナー達3人にも、緊張が走る。 - 11二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 00:12:12
ヴェニュスパークは、ゆっくりと4拍、深呼吸。静かに目を閉じ、そっと開く。そして、悔しさの滲む表情を崩すと、不敵な笑みを浮かべ、思い切り右腕を振り抜いた。
『……おおっ!!』
ざわめきが、歓声に変わる。突き付けた右手の人差し指は、緋色の女王へリベンジを誓う挑戦状。スカーレットにも、その人差し指の意味は分かっていた。故に、彼女は小さく笑みを浮かべると、彼女らしく堂々と、腰に手を当て、同じく右腕を振り抜き、ヴェニュスパークに自身の人差し指を突き付けた。
緋色の女王は、挑戦者を待っている。挑戦者となった美の国の騎士は、あの日視界を滲ませ見上げた空に、再び挑む。勝負は1年後。再びこのロンシャンレース場のターフで。
両者は互いに突き付けた指を下ろすと、互いに踵を返し、自らの往くべき方へと力強く歩む。言葉の壁など、もうどこにも無かった。
「くっそー……最後までカッコいいトコ見せつけやがってよ……!」
「流石はスカーレットです。マーちゃん達も負けていられませんね」
「おう! 見てろよ、来年は俺もココで走ってやるからな!!」
2人の姿に興奮冷めやらぬウオッカとマーチャンは、彼女達を追ってウイニングライブの会場へと向かっていった。その場に一人残されたトレーナーもまた、自身の夢と、期待と、不安さえも全て背負って勝利したスカーレットへの想いをひとしきり噛みしめると、スカーレットの元へ急ぐべく、ターフを駆けて行くのであった。
そして、勝利の歓喜で胸をいっぱいにしていた彼らは、一つ大事な事を忘れていた。ウイニングライブで披露する楽曲には、フランス語の歌詞が含まれているという事を。 - 12二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 00:16:00
『果てしなく続くような高い壁を前にして この震えは覚悟 証でしょう』
「……綺麗だね、スカーレット」
「……だな」
「……流石はスカーレットです」
悟りを開いた彼らの目に映るのは、フランス語で歌うべき歌詞を全て日本語でゴリ押しするスカーレットの姿だった。そんなスカーレットに触発されたのか、ヴェニュスパークも負けじと本来センターポジションのウマ娘に合わせて日本語で歌うべき歌詞をフランス語で歌い出し、3位のポジションで歌うドイツのウマ娘は一瞬戸惑いの表情を浮かべた後、納得したかのように自らもドイツ語で堂々たる歌声を披露し、ウイニングライブの会場は異様な空気に包まれた。
けれど、それは。
『す、凄いな、今日のライブは』
『でも、皆すごく楽しそうだ!!』
『こうやって世界が一つになっていくんだな……!』
堂々と歌い上げるセンター三人の姿に、次第に観客は心を動かされていった。
自身の思い描く頂点に向けて、愛すべき国を、期待を背負い、戦う。レースの後は、自身の言葉で戦い抜いたライバル達を称え合う。ウイニングライブを見ていた大勢のファンの心が、一つになった。自身が応援するウマ娘の走りを讃えるかのように、自らの言葉で歌う。そこには、言葉の壁などどこにも無かった。
周囲の歌声に、悟ったような表情だったウオッカも、マーチャンも、肩を組んで歌う。トレーナーは、レースの時と変わらない笑顔で歌うスカーレットの姿を、目に焼き付けていた。
「誇りに思うよ、スカーレット……君は、世界で一番の……いや、世界を繋ぐ、最高のウマ娘だ!!」
その声が届いたのか、スカーレットはトレーナーへ目線を向け、片目を閉じて合図を送った。トレーナーもまた、それに力強い頷きで応える。一年後の挑戦を受けるべく、次なる日々が彼らを待っている。それは、これまで以上に過酷な日々となるかもしれない。だが、彼らは、そんな日々が楽しみで仕方ないのであった。
この後、凱旋帰国したスカーレットとトレーナー、ウオッカとマーチャンは、待っていた大勢の日本のファンと、プロジェクトを送り出した生徒達の祝福の声に迎えられた。
そして、即座にウイニングライブの件で理事長室に呼び出され、恐ろしい笑顔のたづなさんの前で正座させられる事になるのだが、それはまた別の話である。 - 13二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 00:21:15
以上です、ありがとうございました。
元々は言葉の壁を克服できず賢さ1となり凱旋門でダスダスするスカーレットを書こうと思ったのですが、途中から方向転換する運びとなりました。その結果やや長くなってしまったのは自身としても想定外でした。
賢さ1でも他のステータスがべらぼうに高ければ割と勝ててしまう辺り、レースでの様子を考えるのがちょっと楽しくなる今日この頃です。 - 14二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 01:05:02
若干ダスダスしつつ走りで語り合うダスカが熱くて見入ってしまった
ダスカの1着ポーズ良いよね・・・ - 15二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 01:18:47
最後のごり押しの場面で笑ってしまいつつも、ダスカらしいとも思ってしまった
容易にその光景が想像できたよ - 16二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 06:34:38
悟りを開く3人で笑ったけど熱いレースしてて好き
あと地味にウオッカだけでなくマーちゃんも一緒なのが良き - 17二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 09:11:55
ライブで伝播するダスダス感が会場の一体感を高めるの好き。この場にいたら絶対最高に楽しいと思う
その後のトレーナーの台詞も好き! - 18二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 11:59:50
- 19二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 12:16:14
- 20二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 22:47:09
- 21123/09/23(土) 09:05:16
皆様、読んで頂きありがとうございます。
どんなに言葉を重ねても、最後にはやはり走りで魅せて走りで決める所がウマ娘の魅力だと思います。ダスカの1着ポーズはどちらも良い……。
ダスカが、本当は間違っているけれど間違いだと思わせないようなごり押しをするとこうなるかな、と思いながら書いていたので、その光景が浮かんできたと言って頂けて嬉しいです。ありがとうございます。
ダスカと言えばウオッカですが、マーちゃん含め3人で居て欲しい欲があったのでサポートメンバーになって貰いました。ウオダスマー良いよね……。
勢いとダスダス感で全て円満に解決するダスカも良いよね、と思う所です。
そうです、それです。全て言って下さってるのですが、このお話のダスカは間違ってる等とは微塵も思わずじゅてーむ!!と言ってますので破壊力が上がっています。また、マーちゃんは一足先に悟ってます。
ウワーッ!!金曜日の神絵師様!!おはようございます!!感想にお返しせねばとスレを開いたら眠気が消し飛びました。
イラスト、保存させて頂きます。美しくもカッコ良いスカーレットをありがとうございます!
- 22二次元好きの匿名さん23/09/23(土) 10:38:14
>一つ大事な事を忘れていた。ウイニングライブで披露する楽曲には、フランス語の歌詞が含まれているという事を。
オチが面白過ぎて笑う
でも単なるギャグじゃなくて、「こうして言葉の壁がなくなる」っていうスレタイへの答えにもなってるんだよね
最後らへんは特にそう来たか…と思わされる展開だった……もっと評価されて♡
- 23二次元好きの匿名さん23/09/23(土) 14:15:50
読んで頂き、ありがとうございます。
言葉の壁によって賢さが強制的に1になる事、それでも勝てる事をどうにかしてお話に組み込めないかと考えた末に辿り着いたお話でしたので、面白いと言って頂けて大変嬉しく思います。
見事言葉の壁を壊し、ライブ会場を一つにしたダスカはきっと最後まで誇らしく笑っている事でしょう。