【SS/トレウマ】最後にもう一度

  • 1二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 21:42:17

    「なあ、トレーナー」
     日も暮れた頃、トレーナー室でタマモクロスは口を開く。
    「いよいよ、明日やな」
    「ああ……」
     トレーナーも静かにうなずく。

     今日話すことは全て話した。翌日に控えたレースの最終確認を終え、帰っていいというタイミングのことだった。

     有馬記念。ウマ娘なら誰もが夢見る舞台。そこに明日、彼女が挑む。最高峰のウマ娘達を相手に、2500mを走り切らなければならない。
     しかし、タマモクロスは感じていた。己の力では勝てないことを。これまでのシニア三冠への挑戦を経て、そしてあの走りを見て。彼女は、宣言通り自分の選手生命全てを投げ打って挑もうとしている。

    「ウチはきっと、明日壊れるんや。わかんねん。日に日に足がジンジンしていく感覚。体中に血が巡り足らない感覚。もう限界は近い。けど、同時に最高潮でもある。最近はな、走るのは苦しいけど、すごい楽しいんや。思う以上の速さが出る。こんな嬉しいことないで。せやけど、明日相手すんのはバケモンや。アイツもえらい成長しとる。生半可な力じゃ太刀打ちできん。ウチの全部をつぎこまなアカンって、わかっとるんや……」

     それまで笑みを浮かべていた彼女の口元が震え出す。

    「わかっとるんやけどな。ウチはまだ、怖いんや。全て賭けてでもあのオグリに勝ちたい。けど、やっぱ失うのは怖い。この感覚が、この熱が、もう味わえなくなるかもしれんのは、怖い」

    「君は、全てを賭ける必要はない。無理はしなくていいんだ」
     優しく止めるトレーナーに対し、彼女は笑い返す。
    「ちゃうねんトレーナー。ウチは止めて欲しいんやない。ウチはもう、他になんもいらへんのや。未来も、過去の栄光も、全部アンタにやる」
    「えっ」
    「ウチが有馬を取れば、アンタは天下一のウマ娘を育てた、日本一のトレーナーや」
    「そんなものは、俺はいらない。君が……」
     続きを言おうとしたが、トレーナーの言葉は止まった。
    「全てを捧げてもええと思った相手。家族の他にできたんや」

  • 2二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 21:43:25

     そう言いながら彼女は顔を上げ、トレーナーの目を見つめる。

    「だから、一つだけ、お願いさせてくれへんか?」
    「なんでも聞くよ」

    「最後に、もう一度だけ、力を貸して欲しいねん」
     彼女の表情が引き締まる。それは勝負を見据えて燃えているようにも、怯えているようにも見えた。
    「恐怖に立ち向かえる力を。全てを失える勇気を、欲しいねん」

     体を震わせ始めた彼女に対し、咄嗟にトレーナーは彼女の肩へ手を置いた。
    「あっ」
     自分の行動に驚いた彼は、一度手を戻そうとしたがそれをやめ、そのままの姿勢で尋ねた。
    「肩、触っても大丈夫か?」
     恐る恐る聞く彼に対し、タマモクロスは、はははと笑う。
    「今更なんやねん! そもそも、ボディタッチを最初にしたのはウチの方やないか」
    「あの時のこと、覚えてたのか……」
     二年目の夏合宿。怯えた彼女に腕を掴まれた時のこと。双方、鮮明に覚えていた。
    「ああ。不思議なもんやな。ウチは、アンタの前なら弱くなれるねん。家族の前でも、友達の前でも、そんな風に振る舞えん。アンタには、数えきれんほど感謝しとるんや」
    「そっか……」

     トレーナーは、さらに近づき、肩に両腕を回す。
    「大丈夫。君は、大丈夫だ」
     
    「トレーナぁ……」
     それを聞いた彼女は、腕を掴み返した。そして、彼の袖に目元を当て、こすると、掴んだ腕を離した。

    「ありがとうトレーナー。他には、なんもいらへん。ウチの心には、もう雲一つないわ!」
     彼女の顔には、笑顔が戻っていた。
    「じゃあなトレーナー! また明日な!」

  • 3二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 21:43:28

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  • 4二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 21:44:18

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  • 5二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 21:44:55

     そう言い残し、トレーナー室を出ていくタマモクロス。
     寮に戻る廊下にて、彼女は一人呟く。

    「……はあ。言えんかったなぁ、本当に言いたかったこと。けど、不思議やなぁ……」


     翌日。中山レース場には大勢の観客が押し寄せていた。誰もが、芝にいる二人の葦毛に視線を奪われている。
    「おう、オグリ!」
     レース前、声をかけられた彼女は表情を変えずに顔を向ける。
    「タマか。今日は君を倒す」
    「なんや、いつにもまして雰囲気あるやんかお前」
    「有馬の頂は……君への勝利は、私が欲しいからな」
    「はん、白い稲妻の名は破らせへんで! 今日もアンタをぐちゃぐちゃにブッチギったる!」

     いよいよ全員がゲートに入る。タマモクロスとオグリキャップは隣同士であった。
    スタートを待つ一同を他所に、二人は言葉を交わす。

    「勝負だ、タマ」
    「来い! オグリぃ!!!」

  • 6二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 21:45:17

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  • 723/09/22(金) 21:46:19

    1日で仕上げたから短いけどおしまいですぅ…

  • 8二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 21:47:07

    飢えきる方を選んだ世界線のタマか…辛いな

  • 9二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 21:47:55

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  • 10二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 21:48:30

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  • 11二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 21:49:02

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  • 12二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 21:50:03

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  • 13二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 21:50:14

    ここからハピエンになるのを想像してますね
    ギャグ調も甘々もいいけどこういうシリアス入ったお話も好き

  • 14二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 21:50:34

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  • 15二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 21:51:16

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  • 16二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 21:52:55

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  • 17二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 21:54:28

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  • 1823/09/22(金) 22:06:24

    この後ハッピーエンドになるかバッドエンドになるかは皆さん次第で
    育成とシングレとでも展開違いますしね

    (あれ?意外とバレてない…?)

  • 19二次元好きの匿名さん23/09/22(金) 23:01:45

    セリフ的に純愛砲ぶっ放しそうなタマだ…


    >「トレーナぁ……」

    ここの他に言葉が出てこない感じいいよね

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