(SS注意)キタサンブラックが一日の終わりに頭を撫でてもらう話

  • 1二次元好きの匿名さん23/09/26(火) 19:09:14

    「お疲れ様キタサン」

    「トレーナーさんもお疲れ様です!」

     お互いの労いの声が重なり合い、気づけばふたりして微笑んでいた。
     ここはトレーナー室。さっきまではミーティングをやっていたけど、それも終わったところだ。
     ふと窓の方を見てみると茜色の陽の光が窓に入っていた。微かに見える陽の光は徐々に色を失っていた。
     それは一日の終わりを告げているかのようで、何とも切ない気持ちになる。
     夕陽に急かされるまま後は帰るだけ……と、普通ならなるのだろう。

     だけど、そうはならない。何故ならば。

    「ふふ……♪トレーナーさん!」

     あたしは勢いよく立ち上がり、サササとトレーナーさんへと近づいていく。
     元々机越しに話していたから距離はそんなに遠くない。だからすぐに座っているトレーナーさんの側へと近寄れた。
     そして、そのまま頭をトレーナーさんへと差し出して。

    「えへへ……♪今日もお願いしますね!」

     そんな言葉を口にする。
     ぴょこぴょこと動くあたしの耳。それはあたし自身の気持ちが抑えられないことに他ならない。
     まだかなまだかな?
     そんな気持ちで待っていると、ガタリと音がする。
     どうやら立ち上がったみたい。そしてそのままあたしの頭に何かが置かれる。

    「うん、いつも良く頑張っているな。偉いぞキタサン」

     その言葉とともにあたしの頭を撫でてくれた。
     そう、これが一日の終わりにやってもらっていること。あたしへの最高のご褒美なのだ。

  • 2二次元好きの匿名さん23/09/26(火) 19:09:33

     始まりは何ヶ月も前のこと。
     沢山のレースで勝てるようになってきたあたしに、トレーナーさんが何かをプレゼントしたいと言ってくれたのだ。

    『俺に出来る範囲なら何でもいいよ』

     優しく微笑んでそう言ってくれた。うん、今でも思い出せる。それくらい嬉しかったんだあたし。
     とはいえ、プレゼントと言われてもあまり良いものは思い浮かばなかった。

     甘いもの?……でもいいけど、せっかくだから違うものがいいかも。
     一緒にカラオケ!……もいいけど、なるべく長く続くものが嬉しいかも。
     一日の終わりにハグとか!?……あたしはそこまでのやつは無理だな。スイッチが入ったダイヤちゃんなら出来るんだろうけど。

     悩みに悩んでふと思い浮かんだこと。
     ……これだ!これならあんまり恥ずかしくない!
     それをそのまま口にすることにした。

    『トレーナーさん思い浮かびました!』

    『お!何だ?』

    『あたし……頭撫でてほしいです!毎日!』

    『なるほど!……なるほど?えっ?毎日?えっ?』

     そうだそうだ。あたしの言葉でキョトンとした顔してたっけ。
     ふふ……今思い出しても何だか笑えちゃうや。

     それからは今みたいに、一日の終わりに撫でてもらうようになった。
     場所はトレーナー室。
     撫でられる姿を見せるのが恥ずかしい。そんな当たり前の感覚があたしにもあったからこそだ。

  • 3二次元好きの匿名さん23/09/26(火) 19:09:56

     初めの内はたどたどしく頭を撫でていたトレーナーさん。だけど、それも少しの間だけだった。
     今ではすっかりと慣れたみたいで、トレーナーさんのナデナデは今まで感じたことのないくらいに上達していた。
     時には優しく……時には激しい……。
     まるで海の波のような緩急の付け方に舌を巻くしかない。……流石はトレーナーさんと言わざるを得ない。
     そんな風に感心しながら大きく尻尾が動き出す。喜びを隠せないそれを見ないふりして、ナデナデをもっと味わっていく。

    「よしよし……キタサン……」

     サラリ……サラリ……と撫でられる感覚。優しいその感触を頭全体で受け止める。
     うん……これがいいんだよね……。
     髪に沿って手のひらが動いていく。
     波打つかのように穏やかで、流れるように進み手のひらの感覚。あたしは少しだけ頭を揺らしてしまう。

    「えへへ……もっと……♪」

     思わず漏れた言葉と勝手に動いてしまう耳。
     ぴょこぴょこと左右に揺れてしまって、何度かトレーナーさんの手に当たってしまう。
     それを気にすることもなく、トレーナーさんはあたしを撫で続けてくれた。

     ふわふわする……しあわせ……もっと……。
     何処か空に浮かぶような気持ちであたしは夢心地でいる。
     気づけばあたしは瞳を閉じて、その感覚に身を委ねつつあった。

    「どうかなキタサン、これで大丈夫かな?」

    「勿論ですよ……♪ふふ♪本当に幸せです……」

    「それなら良かった。よしよし……」

    「えへへ!もっともっとです!」

  • 4二次元好きの匿名さん23/09/26(火) 19:10:17

     あたしの一言でもっと撫でる力が強くなる。
     少しだけ髪が乱れそうになるくらいにぶっきらぼうな撫で方。だけど、痛みを与えないように優しさだけは忘れていない。
     くしゃくしゃになる感じを受け止めながら、ふるふると体が震えてくる。

    「ふへへ……」

     あっ……いけない……。変な声が出てる……。
     急いで口を強く結んで我慢していく。……でもいつまでそれが続くかは分からない。
     ふわふわする感覚が更に強くなってきて、どうにもならなくなってきた。
     これが少し前からしてくれるようになった力強いナデナデだ。
     元々はあたしから言い出したことで、トレーナーさんも初めは戸惑いがちだった。だけど、あたしの強い願いでなんとかやってくれるようになったのだ。
     初めの内は少し痛くて何度も謝ってたっけ……。まぁそれがあったからこそ、今のトレーナーさんがあるんだよね……。
     ふふ……トレーナーさんはあたしが育てた!……なんて言ってみたりして。
     このナデナデの時はあたしはふわふわしてる。多分変なこと考えてる気がするけど気にする余裕は全然ない。

    「ふふ……」

    「トレーナーさん?」

     夢うつつなあたしに小さな笑い声が聞こえる。
     小さく目を開けるとトレーナーさんが微笑んでいるのが見えた。
     優しげに笑うトレーナーさんに目を奪われて、思わず目を開いていく。
     そんなあたしの様子にトレーナーさんも気づいたみたいだった。

  • 5二次元好きの匿名さん23/09/26(火) 19:10:34

    「ああ、ごめんなキタサン。今のキタサンを見てたら動画のことを思い出してね」

    「動画……?それって犬のやつですか?」

     ちょっと自信がなくてそんな風に聞き返すあたし。
     というのも、その動画についてはチラリとしか観てなくて確信があまり持てなかったからだ。
     確か犬が映ってたような気がするからそう言ってみたけど、どうかな? 
     お願い!当たってますように……。
     そんな祈りを込めてトレーナーさんを見つめると、トレーナーさん頷いてくれた。
     良かった。どうやら正解だったみたい。

    「うん。撫でられてる時のキタサンと、撫でられてる時のその子が本当にそっくりでね……本当に可愛かったなぁ……」

    「そっくり……?どんな感じなんですか?」

     へぇ〜あたしとその子ってそんなに似てるんだ。凄く興味が出てきたなぁ。観たい観たい!
     溢れんばかりの期待の視線をトレーナーさんに送ってみる。するとトレーナーさんは、近くに置かれているスマホを手にとって慣れた手付きで動画を開いていた。
     映された映像には、緩み切った顔をしている大きな犬がそこにいた。
     ご主人さんのナデナデを顔全体で受け止めるそれは、間違いなく今のあたしにそっくりと言える。
     うん、確かに可愛くて幸せそうだ。それを観てあたしのほっぺたはもっと緩んできた。

  • 6二次元好きの匿名さん23/09/26(火) 19:10:52

    「わぁ!本当に幸せそうな……幸せそう……」

     その時ふと思った。
     確かにこの子は幸せそうだ。でもそれ以上に凄く緩んだ表情をしている。
     その……犬だから可愛らしいで許容できるけど、女の子がしてるとするなら何というか……あんまりよくない顔をしている。
     ダイヤちゃんみたいに可愛くはないけど、あたしだって一応女の子だ。そういう羞恥心は何だかんだ存在している。
     だから……えっと……もしもこんな表情をあたしがしてるならそれは……。
     心の奥を震わせながら、恐る恐るトレーナーさんに視線を向ける。
     聞くのは怖い。でも聞かなくちゃ。その思いを胸に抱きながら。

    「と、トレーナーさん……。あ、あたしってあんな顔してるんですか?」

    「ああ。凄く幸せそうで見てて和むだろう?」

     あたしの震えた声は聞きたくない真実とともに打ち消された。
     嘘だ……あたしってあんなに緩んだ顔で撫でられてるの……?それをいつもトレーナーさんに見せてるの……?それってつまり……。あ、あああ……うう……。
     考えだしたらあたしはもう耐えられなかった。

    「ゃぁ……」

    「キタサン?って、顔が真っ赤だぞ!?どうしたんだキタサン!?」

    「みないで……いまのあたしのかおみないで……」

    「えっ?キタサン?大丈夫かキタサン!?」

     焦った声のトレーナーさんに対して、あたしは両腕を使って必死で顔を隠す。
     これだけは見せたくない。恥ずかしい。絶対嫌。
     全身が燃えてるかのように熱くて仕方ない。

  • 7二次元好きの匿名さん23/09/26(火) 19:11:14

    「ごめんなさいゆるして……」

    「お、俺の方も悪かった!何が悪いかわからないけど多分俺が悪い気がする!だから落ち着いてくれキタサン!」

    「やぁぁ……」

     落ち着かせたいのか分からないけど、撫でる手を止めてくれないトレーナーさん。
     それがあたしの心をぐちゃぐちゃにしてしまう。
     やめて?やめないで?嬉しい?苦しい?熱い?ほわほわ?ぐらぐら?
     今考えている気持ちは全部本当。捨てたいけど捨てられない。揺さぶられる心はあたし自身をもみくちゃした。

     次に撫でてもらう時はマスクしてからやろう。
     そんな些細な抵抗しか、今のあたしには考えることができなかった。

  • 8123/09/26(火) 19:14:27

    キタちゃんは大型犬だよな……と思いながら書きました。

    それはそれとして撫でられているキタちゃんは絶対可愛いですよね…

  • 9二次元好きの匿名さん23/09/26(火) 19:30:57

    撫でられキタちゃん可愛いね…

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