【SS】緋色の想いに捕まって

  • 1◆bEKUwu.vpc23/09/27(水) 18:47:07

    「トレーナーさんとダイワスカーレットさん、とっても仲がいいのですね! 次の世代……いえ、今後が今から楽しみです!」

     まずい。

    「よォ、後輩。式はいつ挙げるんだ? ……なーんて、余計なお世話だよなぁ! 陰ながら応援してるぜ。頑張れよ!」

     これは良くない。

    「まあ、なんて言うかさ。アンタなら大丈夫だと思うけどよ。アイツのこと、頼んだぜ」

     非常に危険だ。
     スカーレットと自分の仲が、良すぎる方向に誤解されている。その場で否定してみても、みんな訳知り顔で「今はそういう事にしておかないとな」と頷くばかり。一体なぜこんな事になっているのか。

  • 2◆bEKUwu.vpc23/09/27(水) 18:47:19

     最初に違和感を感じたのは春先のこと。彼女のコーディネートでバッチリ服装を決め、ほぼ抜き打ちで取材を受けた記事が世間に出た頃だった。

    「話には聞いたことがありましたけど、ここまでウマ娘から信頼を寄せられるトレーナーが、まさか同期から出るなんて……何だか感動です!」

     桐生院トレーナーからそんな言葉をもらったとき、当時の自分は「ありがとう」としか言えなかった。しかし、その熱のこもり具合が少し引っかかったのを覚えている。担当から信頼を受けているのは君だって同じだろう、と。
     記事の内容は事前にチェックしており、自分とスカーレットの信頼関係を綴るものだった。どこもおかしなところは無かったはず。だから、あの時はそれ以上の疑問は浮かんでこなかった。
     だが今なら分かる。その瞳に咲いていたのは、正しく恋バナに心を躍らせる乙女のソレだったと。

     レース後のインタビューでは、今回の走りとこれまでのトレーニングについて、そして次走の話が終わると、プライベートの話が始まった。
     最近の休日はどう過ごしているのか、だとか、一緒にどこそこへ行く姿を見た、だとか。スカーレットは困り顔でやや顔を赤くし、しかし明確に否定はしない。外向きの仮面を被りたがる彼女のことだ。記者への返答にも気を遣っているのだろう。

  • 3◆bEKUwu.vpc23/09/27(水) 18:47:37

     確かに、共に過ごす機会は増えた……いや、気づけば毎週どこかに出かけているな。平日休日問わず、気づけば隣に彼女がいる。それが当たり前になっていた。
     微笑む彼女を見るたび、彼女のメンタルケアが目的だったはずのお出かけが、いつしか自分の心まで――いかん。俺まで流されてどうするんだ。
     ともかく、一緒にいることが事実である以上、強く否定したところで証拠を提示されて終わりだろう。それどころか下手にすれば、逆に彼女の印象に傷が付くかもしれない。仕方なく、自分も言葉を濁して会見を終わらせるしかなかった。

     SNSでは度々、ウマ娘と担当トレーナーの恋愛事情が議論されているのを見ることがある。「皆そういう話、好きなんだなぁ」と、これまでは他人事に感じていたが、今ではスカーレットと自分の話題がほとんどだ。驚くほど肯定的な意見ばかりなのだが、むしろそれが彼女の負担になっていないだろうか。心配だ。

    「……よし」

     襟を正し、これまでの習慣を改めよう。今後はもう少しだけ、お互いに距離を取った方がいい。休日に会うのもやめるべきだ。
     ……想像するだけで寂しくなる。正直なところ、気が進まない。彼女の存在が自分の中でいかに大きくなっているかを、こんな時に思い知るなんて。
     だが、今は蓋をしよう。担当との噂が立ち続けるなど、スカーレットにとってはマイナスにしかならないはず。彼女のトレーナーとして、やれることをしなければ。

  • 4◆bEKUwu.vpc23/09/27(水) 18:47:55

    「別に、そのまま放っておいても良いと思うけど」

     ソファに座って向かい合い、今後の生活方針を提示したあと、彼女が最初に放った一言がそれだった。

    「いや、そういう訳にもいかないだろう。これだけ話題になってるんだぞ?」

    「そんなに気になるなら、会見開いてちゃんとアンタの口から説明すれば良いじゃない。アタシとは、なんでもありませんって」

    「それは……」

     その言葉に、一瞬黙ってしまう。数秒の後、やっと口を開くことができた。

    「……トレーナー業は、そもそもウマ娘と関わる時点でそういう噂が立ちやすいからね。いちいち否定していたら、却って肯定するようなものだよ。だから生活を改めて、ほとぼりが冷めるのを待つしかない」

    「アンタ自身が、否定したくないんじゃなくって?」

     意地悪そうに微笑む彼女に、心の奥に隠した熱をつつかれている気がした。

  • 5◆bEKUwu.vpc23/09/27(水) 18:48:09

    「……それがベストだって、そう思ってるだけだよ。なるべく穏便に、沈静化するためにね。君だってそんな噂、1番のウマ娘には相応しくないと思うだろう?」

    「別に中傷されてる訳じゃないでしょ? なら、アタシは気にしないから大丈夫よ」

     スカーレットは本当に気にしていないような素振りで微笑んだ。
     目を丸くする。今はされていなくても、これからされる可能性は残っている。それに気づかない彼女じゃないはずだ。

    「さ、この話はおしまいにしましょ。それより今週末の話なんだけどね?」

     彼女はスマホを取り出しながら、自分の横に腰掛ける。沈み込んだソファが、互いの体を引き寄せる。

    「スカーレット、ちゃんと話を――」

     彼女を静止しようと声を掛けた瞬間、引き寄せられる勢いのまま、彼女がしなだれかかってきた。

    「……スカーレット?」

     とん、と肩に響く小さな衝撃に、どうしようもなく体がこわばり、動かせない。そのまま彼女の反応を伺う。

    「……もう少し、取っておくつもりだったんだけど」

     スカーレットの声が心地よい振動となって響く。彼女の手が自分の服を掴み、さらに体を引き寄せた。その仕草はまるで、恋人に向けるような。

  • 6◆bEKUwu.vpc23/09/27(水) 18:48:30

    「……ねえ、感じてる? これが、アタシの気持ちよ。だから、どんな噂が立ったって、気にならないの。本当になっちゃえば良いって、そう思うから」

    「……」

     彼女からじんわり伝わる体温、もはや慣れた香りに、ようやく体の緊張が解けてきた。耳朶に残る声を反芻する。

    「ねえ、なにか言って? ちゃんとアタシの気持ち、伝わった? この先もずっと、アンタの1番でいたいの」

    「……ああ、伝わったよ。伝わった」

     トレーナーとして、どうするべきか。きっと、先程までと同じく卑怯にも逃げ出す理由をさがして、知らぬふりをして、拒絶するのが正解なんだろう。
     でも、叶うのなら、自分も彼女の1番であり続けたい。本来であれば諦めるべき彼方の星が、自らこの手元まで降りてきてくれた。ならば今こそ、手を伸ばさなければ。

  • 7◆bEKUwu.vpc23/09/27(水) 18:48:48

    「職業柄、言い辛いんだけどさ。もう少しだけ待って欲しい。君と、もっともっと走り続けて……いつか、君がターフを去る、そのときに――」

     彼女の肩を抱き寄せる。
     優しく、だけど今度は、自分の想いが伝わるように。

    「今度は俺から言うよ。これからも一緒に居てほしいって」

    「……うん、待ってる」

     顔を上げた彼女が横で、今日一番の笑顔を見せた。ふんわりと柔らかく、包み込まれるような笑顔を。

    「良かった、今まで色々頑張って」

    「何言ってるんだよ。これからだって頑張らなきゃだろ? まだまだ1番、取り続けなきゃ」

    「そうね。でも、そうじゃないの」

    「?」

    「分からないなら、いつかアンタからの言葉を聞いたあとで教えてあげる。その日までの言質も取ったことだし、絶対に逃さないんだから」

     最後の言葉の意味は分からなかったが、そんな疑問も、休日の予定を決める前に仕舞われた彼女のスマホも、再び二人で身を寄せ合って感じる幸福感の前では小さなものだった。

  • 8◆bEKUwu.vpc23/09/27(水) 18:49:10

    おしまい

    ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

  • 9二次元好きの匿名さん23/09/27(水) 18:52:16

    いいものを見せてもらった
    ありがとう

  • 10二次元好きの匿名さん23/09/27(水) 18:56:33

    ダスカは外堀埋めながら根回しするからな
    実によい…

  • 11◆bEKUwu.vpc23/09/27(水) 19:01:38

    >>9

    >>10

    早速のコメント、ありがとうございます!

    根回しがいつの間にかトレーナー本人の心にまで及んでるんですよね……

    いいですよね……

  • 12二次元好きの匿名さん23/09/27(水) 19:32:47

    しっとりダスカは健康にいい…

  • 13二次元好きの匿名さん23/09/27(水) 19:56:27

    ねえ、これ録音……

  • 14二次元好きの匿名さん23/09/27(水) 20:03:45

    ダスカが強ぇんだ

  • 15二次元好きの匿名さん23/09/27(水) 20:07:56

    根回しはしても伝える時はストレートなの流石

  • 16二次元好きの匿名さん23/09/27(水) 20:19:39

    こういうのでいいんだよ

  • 17二次元好きの匿名さん23/09/27(水) 20:23:56

    こういう時の物分り良すぎるウオッカすき

  • 18二次元好きの匿名さん23/09/27(水) 20:55:12

    トレーナーもちゃんと歩み寄りの姿勢を見せて担当に応えるのほんとすこ
    それはそれとしてダスカが強すぎる

  • 19◆bEKUwu.vpc23/09/27(水) 21:21:02

    >>12

    ありがとうございます!

    私も喉の痛みが引きました!


    >>13

    ありがとうございます!

    真実や如何に……


    >>14

    ありがとうございます!

    恋愛強者というか、グイグイ来そうなのがいいですよね

    ウオッカの感謝祭イベントでは驚きました


    >>15

    ありがとうございます!

    最後の詰めは多少強引にでも押し切る

    原作からしてそんなスタンスが合っているように感じます


    >>16

    ありがとうございます!

    ダスカ、いいですよね……


    >>17

    ありがとうございます!

    なんだかんだライバルであり親友ですもんね

    彼女の熱い想いだって、きっと誰よりも理解して、応援してくれると思います


    >>18

    ありがとうございます!

    躱し続けるトレーナーもそれはそれで責任感があって好きなんですが、自分の中のダスカトレーナーには、担当にここまで言わせたなら向き合おうとすると言いますか、そうしてほしいなと思いました!

  • 20二次元好きの匿名さん23/09/27(水) 22:17:02

    良い…

  • 21◆bEKUwu.vpc23/09/27(水) 22:34:37

    >>20

    ありがとうございます!

  • 22二次元好きの匿名さん23/09/27(水) 22:41:59

    外堀を埋めたあとちゃんと本丸にブチ込んでくるダスカは良いダスカだ

  • 23◆bEKUwu.vpc23/09/27(水) 23:19:59

    >>22

    ありがとうございます!

    入念に準備しての全力疾走、いいですよね

    グッドエンドにはしてやられました

  • 24二次元好きの匿名さん23/09/28(木) 06:40:11

    仕事前にいいもん見たよ

  • 25◆bEKUwu.vpc23/09/28(木) 12:08:42

    >>24

    ありがとうございます!

  • 26二次元好きの匿名さん23/09/28(木) 12:18:21

    やはりトレダスはいい。脳に効く

  • 27◆bEKUwu.vpc23/09/28(木) 19:30:45

    >>26

    ありがとうございます!

    そう言っていただけて、私も因子周回に疲れた心が癒やされます!

  • 28二次元好きの匿名さん23/09/28(木) 22:30:22

    将来は子供たちだけでサッカーチーム作ろう()

  • 29◆bEKUwu.vpc23/09/28(木) 23:00:07

    >>28

    ありがとうございます!

    トレーナーは頑張って稼がなきゃですね……

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