- 1二次元好きの匿名さん23/09/28(木) 15:27:35
- 2二次元好きの匿名さん23/09/28(木) 15:28:13
あなたは”おじいちゃん”ですか!?
- 3二次元好きの匿名さん23/09/28(木) 15:28:27
◇この老兵は……?
- 4二次元好きの匿名さん23/09/28(木) 15:28:42
・・
おじいさんにしても大和のラムネが飲めるってことは結構偉かったってことじゃないスか? - 5二次元好きの匿名さん23/09/28(木) 15:29:40
少なくとも3,333人の中のひとりってことやん
- 6二次元好きの匿名さん23/09/28(木) 15:30:13
戦艦大和のラムネ屋やん 元気しとんの?
- 7二次元好きの匿名さん23/09/28(木) 15:31:00
ユウナ 送ってやれ
- 8二次元好きの匿名さん23/09/28(木) 15:31:50
うーん昔のは飲めたもんじゃないから仕方無い本当に仕方無い
- 9二次元好きの匿名さん23/09/28(木) 15:31:50
同じ戦艦で過ごした仲間があにまん落ちしているのを知られたら悲しむと思われるが…
- 10二次元好きの匿名さん23/09/28(木) 15:57:43
あくまで海軍の模範となった呉のラムネっていう話だから海兵さんじゃないのかもしれないんだよね
ラムネ海の町のラムネです。 大正14年、トビキリ上等なラムネを作るっと創業しました。 海軍御用達のラムネ製造業であり、海軍の艦船にラムネ製造の指南役でもありました。 高度成長と一緒に盛り上がり、 呉の街とともに一緒にきたのがトビキリのラムネたちです。 楽しさいっぱい詰め込んだ「海の町のラムネ」です。tobikiri-n.com - 11二次元好きの匿名さん23/09/28(木) 16:01:39
四十年勤め上げた會社を退職し、何やら張り合いの無い日々を送る内、大學生 の孫に「退屈しのぎに遣って見たまへ」と勸められたあにまん掲示板。
當初は「こんな電腦掲示板、何たる幼稚加減」と莫迦にしてゐたものの、 遣つて見ると存外に面白ひ。
華やかな色彩の髪と目を持つうら若き乙女に「ゆとり乙」と何度と無く罵られるにつけ、食ふや食はずやで慌しく過ぎ去つた學生時代が自ずと思ひ返され、
「戰爭さえ無ければ、小生もこのやうな青春が送れたやも知れぬ」
と獨りごちることも屡々。
すつかり虜となつた今では、孫の部屋から白銀色の電腦計算機をせしめては書齋に篭もり
存分に「祭り」を堪能する毎日を送つている。
「小四女兒遺棄事件」なるスレツドを拜讀した際には、その餘りに不憫な境遇と過酷な運命に落涙し、臺所で葱を刻む家内に「かような理不盡が許されていいものか!」と
熱辯を振るって呆れられる始末。年甲斐もない、とはこのことと後で赤面することしきり。
下手の横好きとはいえ「繼續は力なり」の言葉通り、最近ではブラクラの回避やコピペの管理にも慣れ、「好きこそものの上手なれ」を座右の銘として
弐ゲツトに勵んでいる。
同年代の友人達が癡呆や重い病に惱まされるなか、老いて尚矍鑠としてオフ會に向かえるのも、ひとえに弐チヤンネルのおかげかと思えば、再三に渡る「半年ROMつてろ」の 罵り文句も、何やら「まだまだ死ぬには早いよ」と言われているようで愉快極まりない。
ひとつ間違えれば自らが乗り込んでいた機體と同じ名前を持つコテハンに出會える日を
樂しみにしつつ、今日もデスプレヱに向かう。
それでは、弐ゲツト。 - 12二次元好きの匿名さん23/09/28(木) 16:06:58
なんやかんや一番好きなコピペなのがこれなんだよね