【SS】劇場版!?ウマ娘プリティーダービー 襲来!ダークウマスターズvsトレセン学園vsビコーペガサス

  • 1◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:00:24

     とある日の生徒会室。シンボリルドルフを取り囲んでいたのは、フードを深く被った、六人のウマ娘。いずれも顔は見えない。そのうちの一人、黒衣のウマ娘がスマホを机の上に叩きつけた。

    「学園のスキャンダルを収めたデータだ。こいつをサツに渡せばどうなるか……わかるよな? 生徒会長さんよぉ」
    「……十年前の過ちか」
    「お前も知ってるよな? なんせ、現場に立ち会ってたんだからなぁ?」
     深緑の衣のウマ娘がそこに続ける。
    「私達はお前らのやり方にウンザリしている。レースこそ輝かしい舞台だと美化し続けるお前らを」
    「なるほど。脅し、か」
     ルドルフは彼女らの態度に怯まず、毅然とした態度を取っていた。
     今度は、白衣のウマ娘が話す。
    「我々はこれを警察へ突き出すこともできる。しかし、それ以上に望むことがあるのだよ」

    「私達ダークウマスターズは、春からのGⅠ……天皇賞春、ヴィクトリアマイル、宝塚記念、帝王賞、スプリンターズステークス。各距離、各舞台で勝負に挑むわ!」
     赤衣のウマ娘は人差し指を突き出す。

    「重賞レースで勝負。それが君達の望みか」
    「互いに一人ずつ選出して勝負だ。お前らに拒否権はねえ」
    「……なるほど。君達の勝利数が多ければ何をすればいい?」
     黄衣の娘が返答する。
    「トゥインクルシリーズの終幕。それと、俺達メンバーがやったことを全て隠し、学園から追放しないことだ」
    「では、我々の勝利数が多かったら?」
    「スキャンダルのデータは手渡してやるよ。そんで、俺らも解散してやる。ウマ娘に二言はねえ」
     ルドルフは目を閉じ、しばらく考える。
    「二者択一か。わかった、要求に応じよう。ただし、もう一つ条件を付ける」
    「ふぅん……なんだい?」

    「君達の行おうとしていることは許されざる行為だ。私達が勝った時には、そちらに属した人物の処遇を学園、及びURAで取り決める。学園追放もあり得るだろう」
    「へえ……そっちも脅してくるんですねー? いい度胸でーす」
    「では、交渉成立だな。こちらもトゥインクルシリーズに挑む精鋭達を出させてもらう」
    「それで結構。じゃなきゃ張り合いがねえ」

  • 2◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:01:03

    「えーっ!? ダークウマスターズ!?」
     トレーナー室にて、ビコーペガサスは驚いていた。
    「ああ。なんでも、フードを被って顔を隠した集団で、トゥインクルシリーズを終わらせようとレースで勝負を挑んできたらしい」
     トレーナーも、深刻な表情で語る。

     あの後、学園内ではダークウマスターズの存在は告知されていた。とはいえ学園外には公表せず、彼女らの存在はフード付きの勝負服のウマ娘という建前になっていた。

    「スキャンダルを握られてる以上、学園側は内密に解決しなきゃいけない。提案に乗って、レースで勝つしか方法はない」
    「全てのレースを終わらせようとするなんて、悪い奴らだな! 悪のウマ娘は、このビコーペガサスが退治してみせる!」
    「うーん……」
     張り切る彼女を前に、トレーナーは腕を組み、眉をひそめる。
    「え? どうしたんだ、トレーナー?」
    「今回、ダークウマスターズと戦うのは生徒会が選んだメンバーなんだ。それ以外のウマ娘が一着になっても、学園側の勝利にならない」
    「そうなのか? でも、アタシもお願いしたらメンバーに入れてもらえるんだよな!?」


    「すまないビコー。短距離枠もマイル枠も既に決まっていて、今からビコーが入れそうにないんだ……」

    「そんな! じゃあアタシは何もできないのか!?」
     目に見えて落胆する彼女。
    「けど、悪のウマ娘を放って置くなんてできない! なんとか、なんとか入り込めないのか!?」
     その瞳はまだ闘志に燃えている。
    「確か……選抜メンバーには補欠枠があったはずだ。そこなら、後からでも狙えるだろう」
    「本当かトレーナー!?」
    「ああ。とりあえず、君は今まで通りトレーニングを続けよう」
    「よーし、じゃあ今日もトレーニングだ! アタシがあいつらをやっつけてやるぞー!!」

  • 3◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:01:27

     ―――

     四月。この日は長距離GⅠレース、天皇賞春が開催されていた。
     会場には大勢の人がひしめき合い、あちこちから声が聞こえる。
     ビコーペガサスとトレーナーは、彼女らの研究も兼ねて観戦に来ていた。

    『さあ、人気は集めていませんサンシャインフロー。フードで顔を隠したウマ娘です』
     今回、ダークウマスターズから出走しているのは、黄衣のウマ娘だった。
    『一方このレースの一番人気、ビワハヤヒデ。体調はばっちりと言わんばかりの顔つきです』
     学園側の選抜メンバーは彼女、ビワハヤヒデだった。無論、その実力は申し分ない。
    『続いて四番人気はライスシャワー。コンディションはあまり良くないようです』
     当然、他のウマ娘も出走している。

    「なあ、トレーナー。ビワハヤヒデ先輩が勝てば、トレセン学園の勝利なんだよな?」
    「ああ、そうなる。他のウマ娘の勝敗は関係ないからな」
    「そっか……」
     彼の答えを聞き、ビコーはうつむいた。


    『…………ゲートが開きました! ビワハヤヒデ、前の方へ着く! 一方ブラックオールドは一番後ろ! 足をためているのか!?』

     レース展開は意外にも、ブラックオールドが控える形になった。

     しかし、最終直線。

    『直線に入った! ここでブラックオールド仕掛ける! ブラックオールド凄まじいスピードだ!!』
     ブラックオールドは後ろからガンガンスピードを上げていく。
    「ええっ!?」
     ビコーも驚いていた。そのスピードは、既にビワハヤヒデを越えている。

  • 4◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:01:51

    『ブラックオールド追いつくか!? ブラックオールド追いつくか!? ブラックオールド追い抜く! ブラックオールド追い抜いた!!』
     ついに、ビワハヤヒデは抜かれてしまった。


    『一着はサンシャインフロー! 一気に番狂わせを起こしました!』


    「ハヤヒデ先輩! お疲れ様!」
     ビコーは客席から、ビワハヤヒデに呼びかけていた。走り終わったばかりで、彼女はまだ息が整っていない。
    「ビコー君か。情けないところを見られてしまったな。学園を背負って走ったというのに、この様だ」
    「そんなことはないぞ! ハヤヒデ先輩はカッコよかった! ただ今回は負けちゃっただけさ!」
     それを聞き、何かを考え込むハヤヒデ。
    「なあ、ビコー君」
    「なんだ?」

    「君は、ダークウマスターズとの勝敗はどうなると考えている?」
    「えっ?」
     唐突な質問に、ビコーは面食らった。
    「もちろん、学園が勝つだろ?」
    「今日の敗北で雲行きは怪しくなった」
     ハヤヒデの顔は険しい。
    「レースは一対一で行われるわけではない。その他のウマ娘が一着になる可能性も充分ある。以降のレースが全て引き分けに終われば、私のせいで学園は敗北する」
    「えっ」
     思い詰めた表情で話す彼女に、ビコーは返せる言葉がなかった。
    「なんとしても、次のレースは学園側が勝たねばならない。そういう状況を、私は作ってしまった」
     ハヤヒデは真剣な表情のままウィナーズサークルへと歩みを進めた。
     ビコーはただ、それを見送るしかなかった。

  • 5◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:02:07

     ―――

     その天皇賞春の後。学園で異変が起きていた。

     学園内に、フードを被った衣装のウマ娘がちらほら現れた。少数ではあるが、基本、生徒の服装は制服かジャージ服であるため、生徒達もすぐに気づいていた。

    「なんなのだー!! ダークウマスターズとか言って、悪を気取ってるだけで何もしないじゃないか! 名前も、なんかカッコよくないのだー!」
     叫んでいたのは、シンコウウインディだった。彼女とビコーペガサスの関係性は少し不思議なものだが、今はカフェテリアで仲良く休んでいた。
    「あくまでレースだけで戦うってことなのか?」
    「知らないのだ! 計画性も行動力もないワルなんて二流なのだ!」

     学内をうろつくフードを被ったウマ娘達は、特に何をすることもなかった。ただ、歩いてるだけだったりヒソヒソ声で話していたりと、レースの時とは打って変わって大人しかった。

    「そもそも、あいつらは六人しかいないんじゃなかったのか!? 明らかに数が多いのだ!」
    「うーん、生徒会室に来たのが六人だったってだけで、本当はいっぱいいるのかもしれないぞ?」
    「だとしても、何もしないのはなんなのだー!! なんかムズムズするのだ……噛みついてやるのだ!」
    「わーっ! ダメだってウインディ先輩!」

    「ふむ、彼女らのことが気になるかな?」
     ビコーがウインディを抑えていると、突如低い声が聞こえた。
    「げっ!? シンボリルドルフ!!?」
     ウインディが驚いて跳び上がる。
    「会長! あのフードのウマ娘達は一体なんなんだ!?」

  • 6◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:02:25

    「先日の天皇賞。君達は見ているかな?」
    「ああ、アタシは見に行ったぞ!」
    「彼女らは、ダークウマスターズが勝ったことに対し一種の憧れ、もしくは賛同をする者達だと、生徒会では考えている」
    「えーっと、つまり真似してる奴らってことか?」
    「その認識で問題ない。悪事を働けば然るべき対応をしよう。失礼するよ」
     ルドルフはその場を去ろうとする。

    「なあ、会長! アタシにできることは、何かないか!?」
     その声に立ち止まり、振り返る。
    「この件は、生徒会が対処する。君達は心置きなく精進してくれ」


     ―――


     しかし、そんな彼女の発言とは裏腹に、ヴィクトリアマイルでも悲劇が起きた。

    『強い! 強いぞシャドウグリーン! 一番人気ヒシアマゾンを下し、一着でゴールイン!』
     またしても、ダークウマスターズのメンバーが勝ってしまった。

    「すまないね、ビコー。アタシとしたことが……」
    「ヒシアマ姐さんはがんばったよ!」
     ヒシアマゾンに駆け寄り、励ますビコー。
    「けど、もうどうしようもない状態になっちまった。後のレースは、全部学園側のヤツが勝たなきゃいけない……ははっ、寮長なのに頼りないったらありゃしないよ」
    「そんなことない! ヒシアマ姐さんの姿に背中を押された人だってたくさんいるはずだ!」
    「そうかねぇ……」
     ヒシアマゾンは、肩を落としたままだった。

     そして、この日を境に、学園内の様子は大きく変わった。

  • 7◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:03:26

    「はぁ、まだレースなんて続ける奴いるわけ?」
    「あり得ねえよなあ! マジで、学園の言いなりじゃん」
    「ウチらのダークウマスターズが天下取るっつーのにさ」
     カフェテリアにて、フードを被ったウマ娘達が大声で話している。その内の一人は足を机に乗せながら笑っていた。

     ヴィクトリアマイルの後。学園内にはさらに多くのフードを被ったウマ娘達が渡り歩いていた。歩いているだけではなく、今のようにレースを侮辱する発言を大きな声で話す者や、グラウンドに集団で居座って邪魔をしている者もいた。ダークウマスターズの勝利が重なり、調子に乗っているのだ。

    「んがーっ!! 口先だけなんて悪として三流なのだー!」
     昼食をとっていたビコーとウインディも、その様子に顔をしかめている。
    「あいつら、いよいよ悪事に走ったな! いくぞ、ウインディ先輩!」
    「仕方ないのだ。一時協力なのだ!」
     二人は立ち上がり、フードを被ったウマ娘達へ近づく。

    「オマエら! カフェテリアでそんなこと言うのはやめろ!」
    「あ? 誰お前」
    「アタシはビコーペガサスだ! そんなことを言ったら、みんなの気分が悪くなるだろ!」
    「えぇ? だって事実でしょう? トゥインクルシリーズって学園が掲げるモノに乗っかってるだけじゃん」
    「なにをー!?」
     言い合っている時、フード付きの一人がビコーを指差す。
    「ていうか、アンタビコペじゃん! 最近全然勝ててないんだって?」
    「それがどうした!?」
    「なんで勝てないのに続けるワケ? ムダなことしてるってわかんないの?」
    「無駄なんかじゃない! アタシは強くなってる! ヒーローになるんだ!」

  • 8◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:04:09

    「はぁ? ヒーロー? 偽善者風情が偉そうに」

    「……え? 偽善者?どういうことだ?」
    「お前みたいな奴のことだよっ!!」
     フード付きがその場で立ち上がり、腕を振りかぶる。
    「うわっ」
     ビコーも咄嗟に腕を前に構えた。
    「お前達は三流なのだ! 噛みついてやるのだ! ガブーッ」
     同時に、フード付きの腕にウインディが噛みついた。
    「うわっ!? 何しやがるコイツ!?」
     そう言いながら、フード付きは彼女を振り払う。一同は顔を見合わせ戸惑っていた。
    「お、おい、もう行こうぜ」
    「ああ、わけわかんねー」
     連中はウインディを振り払い、その場を去っていった。

    「べーっ! 美学の欠片も無い連中なのだ!」
    「助かったぞウインディ先輩! でも、噛みつくのは危ないからやめろって、ヒシアマ姐さんに言われただろ!?」
    「知らないのだ! あんな奴ら、気に食わないのだ!」
     プンスカ怒っているウインディに対し、ビコーは宙をじっと見つめている。
    「……なんだオマエ? 何ボーっとしてるのだ?」

    「ウインディ先輩。あいつら、アタシのこと偽善者って言ってたな」
    「それがどうしたのだ?」

    「なんで、偽善者って言ったんだ?」
    「知らないのだ! 奴らの言うことなんか無視なのだ!」
    「うーん、そうかぁ……」

  • 9◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:05:12

    『ビコーペガサス四着! ビコーペガサスは四着となりました!』
     安田記念。またしてもビコーは一着を逃してしまった。

    「お疲れ様、ビコー」
     控室でトレーナーが待っていた。
    「ああ! くやしいけど、今日出せる全力は出しきった」
    「その意気だ。君はまだまだ強くなれる」
     
    「だけど、この分だとアタシは選抜メンバーに選ばれなくてよかったのかもな」
     笑顔でさらっと言う彼女を見て、トレーナーは固まった。
    「えっ……どうした、ビコー?」
    「結局はアタシは負け続きだからさ。アタシよりも適任なヤツがやってくれてよかったなって思って」
     それを聞き、トレーナーは苦い顔をする。
    「ビコー。君は決して弱いわけじゃない」
     強く視線を送るトレーナーだったが、彼女は笑顔のままだ。
    「わかってる。けど、今のアタシより強いヤツもたくさんいる。だからこれでいいんだ」
    「いいのか? 本当は、君が彼女らと戦いたいんじゃないか?」
    「そういう気持ちもあったけど、今はこれでいいって受け入れられる。別に、アタシにはできないって思ってるわけじゃないぞ? 選ばれた時はちゃんとやるつもりだ!」
    「そう……か……?」
     スッキリした表情をするビコーに対し、トレーナーの方は釈然としない顔であった。

  • 10◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:05:22

    「んがああああっ! 負けたのだー!」
     日付は変わり、帝王賞。シンコウウインディが出走していたが、結果は七着。掲示板を逃してしまった。
    「ナイスファイトだったぞ! ウインディ先輩!」
     観客席からビコーは話しかける。
    「そういうのはいらないのだ! ぐぐぐ……悔しいぃ……!」
     ウインディは歯をギリギリさせていた。

     このレースも、ダークウマスターズの一員が出走していたレースだ。しかし、学園の選抜メンバーはスマートファルコンであり、なんと彼女が一着を勝ち取っていた。

    「ウインディ先輩は残念だったけど、ダークウマスターズに対して一勝二敗になったんだ! まだ勝ち目はある!」
    「そうだな」
     トレーナーも胸を撫で下ろしていた。

     その後行われた宝塚記念でも、学園側のメンバーが勝利し、二勝二敗となった。次のスプリンターズステークスで、決着となる。

  • 11◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:06:37

     その決着の前に、ウマ娘達は海に来ていた。

     夏合宿。七月に入ると、トゥインクルシリーズに挑戦中のウマ娘のほとんどがここへ来る。ビコーペガサスは、この夏で二度目の来訪となった。

    「トレーナー! 泳いできていいか!?」
    「ああ! 今日は休みにして、明日から本腰を入れよう!」
    「ホントかー!? やったー!!」
     そのまま海岸へと駆け出していくビコー。
     トレーナーは辺りを見渡す。太陽が照りつける砂浜には、初日からトレーニングに励むウマ娘もいた。ビコーと同じく、休んでいるウマ娘もいた。あのフード被ったウマ娘達はいない。


     しかし、一週間が過ぎた頃。徐々に、フード付きが現れた。初日には一人もいなかった彼女らだったが、今は明らかに十人程度はいる。それでも、トレーニングの邪魔などの大っぴらな事は起こしていなかった。

    「ビコー。今日のトレーニング後、宿舎の裏手に来れるか?」
     走り終わった彼女へ、声をかけるトレーナー。
    「え?どうしてだ?」
    「会わせたい人がいるんだ」
    「会わせたい人? よくわかんないけど、わかった!」
    「それとすまないが、今日は仕事が溜まっててな。後は一人でできるか? 渡したメニュー通りでいいと思うから」
    「わかったぞ! お仕事がんばってな!」
    「ああ、よろしく」
     再び走り始めたビコーに背を向け、トレーナーは宿舎に戻っていく。

  • 12◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:07:27

     そして、彼は自室でとある物を取り出した。
    「あと一時間はあるな。少し仕事を進めてもいいかもしれない」
     取り出した物を広げ、着替えるトレーナー。それは全身オレンジ色の衣服だった。少しずつ伸ばし、足と腕を服へと通していく。最後に被り物をし、手鏡を見る。
    「おおっ。本当にキャロットマンだ。これならビコーも喜ぶな」
     彼が用意していたのは、キャロットマンの衣装だった。無論、実際に撮影で使われていたものではなく、コスプレ衣装の類だった。
    「この衣装で仕事するのは気が引けるが……」
     そう呟き、持参したノートPCを開こうとした時。

    「クソっ!! 離せよ!」
    「やめろって! 暴力はまずいよ!」

     外から大きな声が聞こえる。只事ではなさそうだ。すぐにトレーナーは宿舎を飛び出した。玄関を出て、声を辿り宿舎裏の方へ行くと、フード付きのウマ娘が四人、制服姿のウマ娘が三人いた。フード付きの一人が、他のフード付きに取り押さえられ、暴れている。

    「離せ! こいつはアタシをバカにした!!」
    「してないって! 違うよ!」
     
    「とにかく、みんな落ち着いて!」
     トレーナーの声に皆が気付き、一同の視線が集まる。
    「えっ、誰ですか、あなた?」
    「何この人……めっちゃオレンジじゃん」
    「もしかして、不審者?」
     トレーナーの姿を見て、周りは全員冷静さを取り戻していた。図らずもこの場は静まり返っていた。
    「ふ、不審者じゃない。わけあってこの格好だけど、学園のトレーナーだ。とにかく、落ち着いて話そう」

  • 13◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:09:42

    「こいつら、アタシらのことをクズだって言ったんだよ!」
     先程激昂していたウマ娘が制服姿の子達へ指を差す。
    「そんな言い方はしてないよ。それに、本当のことじゃん。ダークウマスターズって、レースを終わらせようとする悪者でしょ?」
    「ちげえよ!! アイツらがアタシら希望なんだよ!」
    「違わないわ。私らにとってはいい迷惑なの」
    「テメエ……好き勝手言わせとけばいい気に!」
     再び暴れそうになる彼女を、周りのフード付きが押さえる。
    「だいたい、テメエはいつもそうだ! 重賞取らなきゃ恥だとか抜かして、アタシの走りなんざこれっぽっちも覚えてねえ!」

     その言葉を聞き、トレーナーは首を傾げる。
    「あれ? 君達は知り合い同士なのか?」
    「え? いや、私は知りませんけど……」
    「とぼけんな! 何度も走ったじゃねえか!」
    「はい?」
    「これでもわかんねえか!?」
     フード付きが自身のフードを外し、顔を露わにした。

    「え……あなた、だったの?」
     制服姿の子達はうろたえる。
    「どうして? なんであなたがダークウマスターズなんかの肩を持つのよ?」
    「言っただろうが。才能がない奴らにとって、アイツらは希望なんだよ。レースが全ての学園を変える……最後のチャンスなんだよ」
     弱々しく言うフード付きに、制服の子も驚いていた。
    「え、でも、さすがにないわ……」
    「ハァ!?」
    「周りの迷惑を考えられないなら、これ以上関わりたくないし。助けてくれてありがとうございます、トレーナーさん」
     そう言い残し、制服の一人がその場を去っていく。あとの二人も、無言でそれに続く。
    「おい待て! おい!!」
     フード付きの声も虚しく、彼女らの足は止まらなかった。
    「テメエらみたいな奴が……」

  • 14◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:10:40

    「テメエらみたいな奴らが! そうやって見下し続けるからアタシらが生まれんだよ!! クソ……ちくしょう……!」
     フード付きは涙を流し始めた。他二人のフード付きが、彼女の肩を持つ。
     その光景を見たトレーナーは、ただただ立ち尽くしていた。

    「あの、オレンジのトレーナーさん」
    「え、ああ、俺?」
    「そうですよ。あなた以外いないでしょう」
     フード付きの一人に話しかけられた。
    「騒ぎを起こしてすみませんでした。暴力沙汰になるとは思ってなくて」
     彼女から謝罪され、困惑するトレーナー。

    「トレーナーさんも、私達を悪者扱いしますか?」
    「えっ? いや、その……」
    「レースという栄光を作ったのがトレセン学園なら、私達を作り出したのもトレセン学園です」
     フード付きの声色が変わる。
    「栄光があるだけ、その何倍もの数の暗い歴史があるんです。いつまでも勝てない無限の道。心がひび割れていく感覚。あなたにはわかりますか?」
    「え……」
    「そして、レースで活躍できない者が浴びる、周囲の目。家族の落胆、トレーナーからの軽蔑を込めた視線。ライバルと思っていた相手から忘れられていることだってあります」

    「敗北者が味わう地獄……あなたにわかりますか?」

     予想外の言葉に戸惑うトレーナー。それでも考え、ゆっくりと返答していく。
    「俺にもわかるよ。負けた子の気持ちは。俺の担当も、何度も負け続けている」
    「でも、デビューしている以上何回かは勝っているわけですよね?」
    「そ、それは……」
    「傲慢ですね。私達が生まれたのは、あなた達勝者がいるからでしょう? それでも、あなたは私達を止めようと言うのですか?」
    「けど君達だって強くなれる。諦めなければ、きっといつかは……」
     その言葉を聞いたフード付きは、拳を握りしめる。

    「…………無責任だ。あなたも、トレーナーも、先公も学園もみんな!!!」

  • 15◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:11:14

     急に大声を上げるフード付きに、トレーナーは怯んでしまった。
     その間に、彼女らは走り去っていった。
     トレーナーはその場で固まっていた。脳内で、彼女の言葉が反芻している。



    「ショックだった? あんな子がいるなんて」
     声の方を振り向くトレーナー。宿舎の影から、マルゼンスキーが顔を覗かせていた。
    「ごめんなさいね、盗み聞きしちゃった」
    「あ、ああ……」

    「あの子達の声を聞いて、トレーナーである君は何を思うのかしら?」
     笑顔で聞かれた質問に、トレーナーは考える。やがて、少しずつ答えていく。

    「難しいね、彼女達と向き合うのは。負け続けた担当を支えてきたんだから、俺は負けっぱなしの子とだって向き合えると思ってたよ。でも……そうじゃなかった」
     トレーナーは両手を握りしめる。
    「あの子達は、信頼できる人がいなかったんだ……ビコーは俺を信頼してくれたから話ができたけど、あの子達は違う。誰にも、心を開けない」

  • 16◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:11:56

    「……さすが、トレーナー君ってすごいわね」
     予想外の言葉に、顔を上げるトレーナー。
    「そうでもないよ。彼女らと、ちゃんと話し合えなかったんだから」
     謙遜するトレーナーを前に、マルゼンスキーはどこか悲しそうな笑みを浮かべる。
    「私もね。いっぱい見てきたの。負けて負けて悔しくて、それでも勝てなくてレースをやめる子達。その子達に何もできなかった」
    「そう……だったのか?」
    「それに、私のせいでレースが嫌になった子もたくさんいたから」
     うつむく彼女を、トレーナーは黙って見つめていた。
    「ごめんなさい、お姉さんの暗い話に付き合わせちゃって。それじゃ」
     
    「待ってくれ!」
     去ろうとする彼女を引き止めるトレーナー。
    「俺は……俺に、何ができる?」

    「それは、トレーナー君が答えを出すべきよ」
     人差し指をトレーナーに向け、マルゼンは微笑んだ。
    「それじゃ! 担当の子の前では元気でいるんだぞ? キャロットマン!」

  • 17◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:12:58

     一方、ビコーの方にもフード付きのウマ娘が問題を起こしていた。
     こちらは最初、トレーニングで走っていたウマ娘に対して、かき氷を掴んで投げるだけだった。しかし、かき氷が当たっても一切反応がないことに腹を立て、フード付きの一人があるウマ娘まで近づいてその走りを止めた。

    「おい、お前! なんで無視すんだよ!?」
    「……」
    「なんとか言え! 答えろよ!!」
    「……はあ」
     水着姿のウマ娘はため息を漏らした。
    「あんたなんかと関わってるって知られたら嫌なのよ。フードなんかに被っちゃってさ」
    「んだと……」

     フード付きは数秒その場で固まっていたが、右手に持っていたかき氷を容器ごと水着のウマ娘の顔へ押し付けた。

    「いたっ!」
     ぶつけられた箇所を押さえるウマ娘。さらにフード付きは相手の肩を持って揺さぶる。それを見つけたビコーも止めに駆けつける。
    「おいっ、やめろ!」
     フード付きの前に立ちふさがるビコー。フード付きは騒ぎ始める。
    「わかってんのか!? お前に負けたせいなんだよ! お前のせいで俺は……」
    「っつ……あんた、私の顔に……!!」
    「はぁ……?」
     水着の子の怒った表情を見て、フード付きは唖然としていた。

    「知らないわよ、あんたが負けてどうなったかなんて。恨むなら、己の弱さと努力不足を呪いなさい」
     そう言い残し、水着の子は走って離れていった。

    「……はあ? おい、ふざけんなよ、努力不足だと?」
    「待て! これ以上は!」
     歩き出そうとするフード付きを、ビコーは後ろから押さえる。進めないとわかると、フード付きはその場でもがき始めた。

  • 18◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:13:09

    「努力なんざしてきたんだよ! てめえなんかが思ってる以上に! 一晩中走って死にそうになったりもした! でも! 一度も!! 一度も勝てなかったんだよォ!!」
     喚き散らすフード付きだったが、次第にもがく力が弱くなっていった。
    「それでもどうしようもないヤツは、どうすればいいんだよ……! 全力出してもダメで、全部なくなっちまったんだよ! 俺みたいなヤツは、どうすればよかったんだ……」
    「えっ……」
     ビコーはフード付きの顔から、光る物が落ちていくのを見た。
     そのことが彼女の心を大きく動揺させ、フード付きから腕をほどいた。
    「クソ!」
     フード付きはそのまま走り去っていった。
     それをじっと見つめていたビコーは、しばらく立ち尽くしていた。

    「あいつも、レースで負け続けてきたんだ。だからレースがなくなればいいって……でも……」



    「ヘイ、そこのじょーちゃん! これいるか?」
     ふと、後ろから声をかけられるビコー。振り向くと、そこにあったのはかき氷の屋台だった。
    「ほらよ、今だけ特別サービスだ!」
     屋台の向こうから誰かが駆け寄ってくる。
    「うわっ、ゴールドシップ先輩!? 何してるんだ!?」
    「かき氷売ってんだよ。ほら、これ食えよ」
     ビコーはかき氷を手渡された。オレンジ色のシロップが大量にかかっている。スプーンですくい口に運ぶ。
    「ん!? これ大根おろしじゃないか!!」
    「大根おろしにんじんシロップがけだぜ。なんだ、かき氷が欲しかったのか?」
    「かき氷売ってたらかき氷だと思うだろ!」
    「おう、そんじゃアタシを捕まえたらくれてやるよ!」
     そう言って、屋台からかき氷一皿を持って逃げるゴルシ。
    「待てー!」
     ビコーもそれを追いかけ始めた。

  • 19◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:15:25

     追い続けている内に、ビコーは宿舎裏まで来ていた。
    「あれ? おかしいな……確かにこっちの方に走ってたのに……」
     歩いて周りを見回すと、ふとオレンジ色のシルエットが目に入る。ベンチに腰掛け、うなだれている。
    「ん!? 誰だ!?」
     腕を構えながら声をかけるが、じっくり見て彼女も気づく。
    「キャ、キャロットマン!? なんで宿舎にいるんだ!?」
    「ええっ!? ビコー!?」
     キャロットマンも体を跳ね上がらせた。
    「おう、後はお前ら仲良くやっとけ!」
     宿舎裏からゴルシが言うと、ダッシュでその場を離れていった。その姿をじっと見ていた二人。

     キャロットマンが沈黙に気づき、はっはっはと笑った。
    「やあ、ビコーペガサス君! 会いたかったよ!」
     ビコーの方を向き、手を差し出す。それに応じて、ビコーも握手をする。
    「うわぁ……! キャロットマン、また会えてうれしいけど、なんでここに?」
    「君のトレーナーに頼まれてね! 応援しに来たのさ!」
    「トレーナーから!? そうなのか!?」
    「そうだ。今日は、色々と話を聞かせてくれないか?」
    「ああ! いっぱい話すよ! アタシ、レースにいっぱい出てな! それで…………」



    「…………ふむふむ、そうなのか。がんばってるんだな」
     キャロットマンに会えてはしゃぐビコーだったが、その笑顔は徐々に消えていく。
    「どうしたんだ? 元気がないようじゃないか」
    「なあ、キャロットマン」
     一息置いて、ビコーは話し始める。
    「アタシさ。ずっと悪い奴だと思ってた奴らがいたんだ。でも今日、見ちゃったんだ」
    「何を、見たんだ?」

  • 20◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:15:56

     じっと聞いていたビコーの瞳はさらに開いていた。
    「キャロットマンも、そんなことを考えてたのか?」
    「私とて、一人の人間と変わりないさ。悩む時もある。ただ、今回の件は相当キツイな。まだ結論は出ない……」
    「そっか……」
     何か、言葉をかけなければと思うビコーだったが、何を言えばキャロットマンの心に届くか、わからなかった。


    「でも、これでいいのかもしれないな」
     沈黙を破ったのはキャロットマンの方だった。

    「何が正しいのか、どうしたいのかを考えることこそ、ヒーローに必要なんだろう」
    「そう、なのか?」
    「うむ。正義の反対にあるのは悪ではない。考えず、ただ思うままに正しさを振りかざす者より、正しさを常に考え続ける者こそ、正義の味方だ」
     それを聞きビコーは笑みを浮かべたが、再びうつむく。

    「キャロットマン。ヒーローって、苦しいんだな」
     彼女の瞳の上で、光が揺らめく。それを腕で拭った。

    「でも、アタシは目を背けない」

    「アタシは、レースも守りたい。あいつらも助けてやりたい。どうすればいいかはわからないけど、この気持ちに嘘をつきたくない」

  • 21◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:17:01

    「ウインディちゃんは反対なのだ」
     ふと、宿舎の影から声がした。そこには、しかめっ面のウインディがいた。
    「どんな理由があろうと、あいつらのやったことは変わんないのだ。ウインディちゃんだって、イタズラがバレたら生徒会のヤツらに怒られるのだ。何も無しってのは都合が良すぎるのだ」
    「それは……たしかに。けど、先輩だってわかるはずだ! 先輩もあっただろ? 他のウマ娘を噛んで、大変だった時が」
    「だからって、あいつらのやってることを許せばレースがなくなるだろうが! ウインディちゃんの計画が台無しになるのだ! 止めなきゃいけないのだ!」
    「でも、ただ止めるだけじゃダメなんだよ! そしたら、誰もあいつらを助けない……!」
    「し、知らないのだ! 自業自得なのだ!」
    「それじゃダメだ! それだけじゃ!」
    「うぐぐぐぐ……」

     言い合いが堂々巡りになってきたタイミングで、さらに別の声が聞こえた。

    「ビコーちゃん、ウインディさん。みんなお腹空いてない?」
    「あっ、ボノ……!」
     声の主は、ヒシアケボノだった。
    「こういう時、まずはボ~ノしよ?」

  • 22◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:30:33

     ―――

     ヒシアケボノに連れられ、ビコー達は食堂へ来ていた。トレーナーはいつもの服装に着替えて来ていた。
    「う~ん! 今日の鮭の切り身、おいしいね!」
     ヒシアケボノは、茶碗を持ち上げご飯をかきこむ。
    「ああ! なんか元気出てきたぜ!」
     ビコーも勢いよく食べ進めていた。
    「おいビコー! にんじん一個よこせ!」
     ウインディはビコーの皿へと箸を伸ばす。
    「ダメだぞウインディ先輩! 自分の分で満足してくれ!」
     しかし、箸ではじかれてしまった。


    「ところでお前、さっきのオレンジの服はどうしたのだ?」
    「なななな、なんのことかな?」
     ウインディの質問に焦るトレーナー。
    「あれ、そういえばなんでトレーナーも来たんだ?」
     隣に座るトレーナーをまじまじと見つめるビコー。
    「いやあ、たまたま偶然ビコー達を見かけたから一緒に食べようかと!」
    「ふーん、そっか」
     ビコーは彼から視線を外し、ヒシアケボノの方を向く。

  • 23◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:30:55

    「んで、ボノはどう思うんだ? フードの奴らのこと」
    「あたしは、みんなで仲良くできるのが一番だと思うな~。ビコーちゃんに賛成!」
    「本当か!? よかった! ボノが一緒なら心強い!」
     喜び立ち上がるビコーだったが、すぐに落ち着いて座る。

    「けど、さっきウインディ先輩が言ってたことも本当だよな。みんなアタシ達と同じ考えとは限らない。だから、どうすればいいのかな……」
     悩むビコーに、笑顔を向けるヒシアケボノ。
    「あの子達のことを知ったら、みんなも変わるんじゃないかな? 前にウインディさんがやってたみたいに、動画で伝えるとかいいんじゃないかな?」
    「いや、上手くいくかはわからないのだ」
     ウインディも口を開く。
    「奴らは他の奴を煽ったり、練習を邪魔したりしてるだろ? それも数か月続いてるのだ。簡単に許せる奴ばかりじゃないのだ」
    「うーん、そうだよなぁ。それに、ダークウマスターズとの勝負もなんとかしなきゃいけない。学園が負けたらレースはなくなるけど、勝っちゃったらあいつらの居場所はなくなっちゃうよな。そもそもアタシは選抜メンバーじゃないし……」

     再び悩むビコーに対し、ウインディは気付く。
    「待て。そこは解決できるのだ」
    「えっ?」

  • 24◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:31:58

    「ビコー、オマエが勝てば引き分けってことになるのだ」

     それを聞いて、キョトンとするビコー。

     彼女の言う通り、どちらの陣営でもないウマ娘が勝利すればレースは引き分けになる。次のレースが引き分けになれば二勝二敗。学園とダークウマスターズの勝負全体も引き分けにできる。

    「そうか、そうだよ! 引き分けになれば、レースもなくならないし、あいつらもいなくならない! さすがだウインディ先輩!」
    「ふふん! 悪の帝王として、これくらい朝飯前なのだ!」

     みんなが明るい顔になる中、トレーナーだけは顔をしかめていた。
    「どうだろう……引き分けになった時のことは生徒会から言われなかった。場合によっては、もう一戦やって決着を着けることになるかもしれない」
    「あ、そっか……」
     暗い顔に戻るビコー。彼女に対しウインディが身を乗り出す。

    「なにしょんぼりしてるのだ!?」
    「えっ」
    「いつもの勢いはどうしたのだ!? そんなもん、生徒会の奴らに頼めばいいじゃないか!」
    「けど……聞いてくれるかどうか……」
    「聞いてくれなかったら、学園中に頼んでまわればいいだろ!? ダークウマスターズとの勝負は終わらせてくれって言う奴を集めれば、生徒会も動かざる得ないのだ!」
    「でも、上手くいくかな……ウインディ先輩だって、あいつらを許すのは反対なんだ。みんなも反対するかも……」

  • 25◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:32:21

    「信じるのだ!」
     ウインディの叫びに、ビコーはハッとする。

    「オマエは、厄介なヤツなのだ! いっつもウインディちゃんを追い回してきて、かと思ったら応援してくれる時もあって、よくわかんないヤツなのだ! だけど!」
     ウインディは立ち上がり、体を振り絞って叫ぶ。
    「オマエは強い! ウインディちゃんについてこれるヤツが、弱いワケないのだ!! だから、信じろ! やる前から諦めるな!!」

    「ウインディの言う通りだ」
     今度は、トレーナーが口を開いた。
    「ビコー、君は間違いなく強い。それに、君は自分の気持ちには嘘をつきたくないんじゃないのか?」
    「え? あっ……」
     それを聞き、ビコーはキャロットマンとの会話を思い出した。
    「君の中に生まれた気持ち。それは、他のみんなにも芽生えるかもしれない」
    「そ、そうかな……?」

    「少なくともここに一人。芽生えてるよ」
     トレーナーは自分の胸を指差す。
    「ト、トレーナー……」

    「そうだよビコーちゃん! あたし達も一緒に行くから、まずは生徒会に行ってみよう?」
     ヒシアケボノも彼女を励ます。
    「ああ……そうだな! やってみなきゃ、わからないよな!」
     ビコーにも笑顔が戻った。
    「やるぞ! 次のレースはアタシが勝つんだ!」
     立ち上がり、片手を思い切り振り上げる。
     
    「ほう、一緒にいたか」
     ビコーの後ろから声をかけたのは、シンボリルドルフだった。
    「ビコーペガサス、ヒシアケボノ。君達に話がある」

  • 26◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:32:53

     ―――

     夕食を食べ終えた後、四人はルドルフに連れられて生徒会用の部屋に集められた。

    「単刀直入に言おう。君達のどちらかに選抜メンバーになって欲しい」
     急な話に、二人は戸惑う。本来出走するはずだった者は怪我で辞退してしまい、代わりとして二人を誘っていたのだ。
    「会長。本当にアタシらでいいのか?」
    「もちろん。見込みのある者だと思ったからこそ声をかけた。君達は、学園を背負って走る実力がある」
    「そうか」
     ビコーは視線を下へ向ける。
    「ビコー……」
     トレーナーは不安そうに視線を送る。

     これは、かつてのビコーにとってはまたとないチャンスだった。自分でダークウマスターズを倒すと、闘志を秘めていたあの頃なら。しかし、今は。

    「…………決めたよ、会長」
     ビコーはルドルフを見つめ返す。
    「どうだろう? 引き受けてくれるだろうか?」

    「声をかけてくれたのは嬉しいけど、アタシは選抜メンバーにならない」
     机を挟んで相対するルドルフに対し、ビコーは言い放つ。

    「アタシは学園側にも、ダークウマスターズ側にもつかない。どちらにもつかないで、次のスプリンターズステークスに勝利する!」
    「ほう……我々の側にもつかない、か」
    「そして、アタシからお願いだ! もし次のレースで引き分けになったら、これ以上レースで決着を着けようとするのはやめてくれ! あいつらも許してやって欲しいんだ! 頼む!」
     ビコーは頭を下げる。そんな彼女に対し、ルドルフの表情は引き締まっていた。
    「なぜだ? なぜ君がそこまでする?」
    「アタシ、気づいたんだ。フードを被ったヤツらが、負け続けて誰にも頼れなかったヤツらだって。だから見捨てたくない。助けたいんだ!」
     熱弁する彼女を、黙って見つめているルドルフ。

  • 27◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:33:32

    「あたしからもお願いします!」
     今度は、横にいたヒシアケボノが頭を下げた。
    「みんな、こうするしかなくてやってることだと思うんです! 誰からも見捨てられたら、あの子達は居場所がなくなって、もっとつらくなっちゃうから! そうならないようにして欲しいんです!」
    「ふむ……」
     話を聞いても、ルドルフの表情は険しいままだ。

    「おいおい。聞いてりゃ、奴らが悲劇のヒロインみたいな言い草だな」
     ふと、扉が開き誰かが入ってくる。
    「聞いていたのか、シリウス」
    「聞くつもりはなかったが、聞こえちまったからな」
     シリウスはビコー達の前に立った。そして、二人に対し指差す。

    「認識が甘すぎる、お前らは。フードを被った連中には、悲しい過去なんざ無い奴もいるんだぞ?」
    「えっ……!?」
    「事に乗っかって、ただ悪事を楽しんでる奴だっているだろうが。そういう奴もまとめて許すのか?」
    「確かに、そういう奴は許せないのだ! けど、許さなきゃダメなのだ……!」
     それまで黙っていたウインディが口を開いた。
    「ウインディ先輩……」
    「オマエも黙ってないで反論するのだ!」
    「うっ……」
     悩むビコーを前に、ルドルフも口を開く。
    「そうだな。付け加えて私からも質問しよう」

    「この決着が着いた後も、君達は彼女らと関り続けられるか? このようなことが起こらぬよう、彼女らと向き合えるのか?」
    「それは……」

  • 28◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:34:34

     怯み、思わず後ろへ一歩下がる。ビコーの手は震えていた。

     しかし、その手の震えを押さえ、握りしめる。

    「それは、わからない」

     渋い顔で、ビコーは答える。
    「ふむ。では……」
     ルドルフが笑みを向けてくるが、ビコーは睨み返す。

    「今回のようなことが起きないためには、アタシ達だけが動いてもどうなるかはわからないんだ」
    「では、どうすると?」
    「動画を撮って、学園のみんなに呼びかけるんだ! 応じてくれるかはわからないけど、アタシの話を聞いてくれる生徒もいるはずだ!」
     熱弁すると同時に、腕に力が入る。
    「んで、悪さを楽しむだけ連中には何もしないのか?」
    「ああ! 決着が着けば、フードの奴らの勢いはなくなるはずだ! だったら、悪さをする奴だって減るだろ!?」

    「あくまで、中立の立場を崩さないというわけか」
     ルドルフは目を閉じ、指を顎に当てる。しばしの沈黙の後、ゆっくりと口を開く。

    「仕方あるまい。選抜メンバーは他の者にするよ」
    「じゃあ……!」
    「引き分けになった時のことも考えておこう。尤も、君達が勝たないと話にならないがね」
     それを聞いた四人は、互いに顔を見合わせ、笑い合う。
    「ありがとう、会長!」
     ビコーがそう言うと、一行は駆け足で部屋を出ていった。


    「いいのかよ。好き勝手やらせて」
    「構わない。むしろこうなることを、どこかで望んでいた」

  • 29◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:52:55

     ―――

    「さあ、今日も張り切っていくぞ!」
     眩しい光が降り注ぐ砂浜の上で、トレーナーは手を叩く。
    「おう!」
    「はい!」
    「なんでウインディちゃんまで!?」

     翌日から、三人は一緒に練習するようになった。しかし、その内容のほとんどが走り込みと遠泳だった。今日も共に、砂浜をひたすら走る。照り付ける日差しと暑さに体力を奪われながら、途方もない距離を走り続けた。

    「はあー、もう走れない……!」
    「うん……! あたしも、もうだめかも……」
    「な、何メートル走ったのだ……?」

     太陽が真上に上った頃、彼女らはトレーナーの指示通り走り終えた。
    「お疲れ様! 昼食の時間だし、しっかり休憩しよう!」
     スポーツドリンクを渡し食堂へ行くよう促すが、三人とも起き上がらない。
    「どうした? 次のレース、絶対に勝つんじゃなかったのか?」
     一人で意気揚々としているトレーナーへ、ビコーは疑問をぶつける。
    「そもそも、なんでまたスタミナを鍛えるんだ? スプリンターズは去年も走ったぞ?」
     ビコーの質問に、トレーナーは腕を組む。

    「君達が蹴った学園の選抜メンバー、誰になると思う?」

    「誰って……わかるのかトレーナー?」
    「予想だけどね」
     笑みを浮かべるトレーナー。そして、人差し指を下ろして言い放つ。

  • 30◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:53:19

    「バクシンオーだよ」

     それを聞いた三人も、ああっ、と口を揃えて言った。

    「今、短距離で一番実力があるウマ娘といえば彼女だ。ケガをしたという話も特に聞かないし、出走回避するとも思えない。学園が彼女を選ばないとは考えられない」
    「なるほど。確かにバクシンオー先輩かもしれないけど、だからってなんでスタミナ?」
    「君達が勝ちを目指すためには、選抜メンバーとダークウマスターズ、両方へのマークが必要だ。前に着き続けるためのスタミナが欲しい」
     トレーナーの説明を聞き、ヒシアケボノは首を捻る。
    「でも、スタミナばかりでいいんですか? バクシンオーさんは最初から飛ばすけど、そもそもあのスピードに追いつけないとマークできないんじゃ?」
    「その通りだ。だから八月に入ってからは、瞬発力と体幹を鍛える。当分は、基礎スタミナをどんどん鍛えてくれ!」
    「ウインディちゃんまでやる意味はなんなのだ……」
     ウインディは不服そうにぼやいた。しかし、ふと何かに気づく。

    「待てよ? バクシンオーより先に、ルドルフはビコー達を誘ってたのだ。あれはなんでなのだ?」
    「え?」
     突然の質問に、固まるトレーナー。
    「最初からバクシンオーを誘えばいいのだ。なんでビコーが最初なのだ?」
     考えたこともない疑問に、トレーナーはしばらく唸っていたが、やがてそれを吹っ切るように首を振る。
    「それは、ビコー達にも期待してたからだろう! よし、昼飯食ったら海を泳ぐぞー!」
     張り切って食堂へと向かうトレーナーに、三人も渋々立ち上がりついていった。

     ―――

     そんな日々はあっという間に過ぎ、気づけば夏合宿最終日前日となった。
     トレーニングは順調に進み、ケガ無く終えることができた。

  • 31◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:53:59

     最後のトレーニングを終え、夕食と入浴を済ました。しばらくして消灯の時間になった。布団に入り眠ろうとするビコー。しかし、これまでの出来事や練習が、頭の中で次々と浮かび、なかなか寝付けなかった。

    「ねえ、ビコーちゃん。起きてる?」
     不意に、ヒシアケボノの声がする。
    「ああ、起きてるぞ。どうしたボノ?」
     小さな声で返事をするビコー。
    「なんか、眠れなくて……」
    「アタシも同じだ。色々あって疲れちゃったのかな……はは」
     ビコーは、ヒシアケボノのいる方へと寝返りを打つ。お互いに顔を見合わせた。

    「なあ、ボノ。ボノにお礼を言いたいんだ」
    「お礼?」
     ビコーは手を伸ばし、ヒシアケボノの手を優しく掴む。
    「アタシがあいつらを守ろうと思ったのは、きっとボノのおかげだ」
    「え? あたしの?」
    「ああ。ボノはいつもみんなに優しいし、仲良くしようとするだろ? それが、アタシがあいつらを守りたいって思わせてくれたのかもしれないってさ。ありがとう、ボノ」
     笑顔を向ける彼女に、ヒシアケボノはどこか悲しそうな顔をしていた。

    「ビコーちゃん。ホントはね、あたしもわからなかったんだ」
    「え?」
    「ビコーちゃんの話を聞いて、似たような子達を見たことを思い出したんだ。けど、その時あたし、何もできなかったから……」
    「えぇ? そうだったのか?」
     今度は、ヒシアケボノが手を握り返す。
    「だから、あたしの方こそお礼をさせて。ありがとう、ビコーちゃん」
    「えへへ……なんか照れるな」
     ビコーは布団に顔をうずめる。

    「お互い、最後までがんばろうな。おやすみ、ボノ」
    「うん、おやすみ。ビコーちゃん」
     二人は天を見つめ、瞳をゆっくりと閉じた。

  • 32◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 22:55:22

     九月。スプリンターズステークスまで残り一週間。

    「はあ、はあ、ダメだった、トレーナー!」
    「……やっぱり厳しいか」

     この日は、実際のレースを想定した模擬レースを行っていた。併走相手として、ヒシアケボノはもちろんのこと、シンコウウインディとタイキシャトルも交えて行った。
     本番同様の作戦で走ったビコーだったが、残念ながらマークし続けることはできず、勝つことはできなかった。

    「もう少しで上手くいきそうだったが……これは作戦見直しだな」
    「ごめん。アタシがもっと速ければ……」
    「仕方ないさ。ただ、君があれだけ先行しても、スパートをかけられるスタミナがあるとわかった。これは大きな収穫だよ」
    「じゃあマークはしないけど、前半からとばすのか?」
    「うん。リードが広がらないようにはしたい。できるか、ビコー?」
    「ああ! さっきの感じでいいなら、いつでもいけるぞ!」

     相談する二人に、タイキとヒシアケボノが近寄る。
    「トレーナーさん、あたしはどうでした?」
    「ヒシアケボノは大丈夫だ。最後抜かれはしたけど、タイキへのマークはしっかりできてた。ダークウマスターズが同じ走り方かはわからないが、本番でも通用すると思う」
    「やった!」
     跳ねるヒシアケボノ。今度はタイキが話す。
    「結果はワタシの勝ちでしたが、ビコーはストロングです! あのペースについて来れるなら、次のレースでも勝てマース!」
    「タイキ先輩にそう言ってもらえると心強いな!」
    「ま、ウインディちゃんもオマエの強さは認めてるのだ。ここまで来たなら、本番で負けたら噛みつくからな!」
    「うっ、それはやめてくれ先輩!」
     ウインディとビコーが追いかけ合ってるところを見て、タイキが微笑む。

    「ビコー。ワタシはアナタのこと応援してマース! ゼッタイ、負けないでくだサイね!」
    「ああ! 必ず勝つよ!」
     ビコーは、タイキと拳を突き合わせた。

  • 33◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 23:00:33

     ―――

     九月も終わりを迎える頃。
     快晴の中、風が芝をそよぐ中山レース場。
     スプリンターズステークス当日。

    「いよいよだな、ビコー」
    「ああ」
     控室にて、勝負服姿でビコーは張り切っていた。
    「昨日確認した通りだ。枠番からしても、今回バクシンオーをマークはできない。ヒシアケボノはフレアカンタッテをマークする。君は彼女らに引き離されないように走りつつ、あのカーブでスパートをかけるんだ」
    「ああ、わかった。必ず勝ってみせる!」
     トレーナーは、彼女の肩に手を置く。
    「大丈夫だ。君達ならできる。俺が保証する」
    「うん。見ててくれ、トレーナー!」
    「おう、いってこい!」
     手を振りながら、ビコーはパドックへと向かった。



    「ほう……皇帝サマも来ていたか」
     観客席にいたシンボリルドルフに、話しかけたのはシリウスシンボリだった。
    「トゥインクル存続がかかった一戦だ。私とて見ないわけにはいかないよ」
    「どうだ? 望んだ結果になりそうか?」
    「……他の者を選んでいればよかったかもしれないと、思っていた」
    「バクシンオーは前年の勝者だ。これ以上の適任はいないだろ?」
    「うむ。しかし、出走メンバーの様子を見て確信したよ。このレースは私達が望んだ通りになる」

  • 34◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 23:01:45

    「ビコーちゃん!」
     ゲートに入る前、ビコーにヒシアケボノ声をかけられた。
    「いよいよ本番だね」
    「ああ。ここで全部が決まるんだ」
     引き締まった表情の彼女に対し、ヒシアケボノは不安そうな顔だった。

    「ねえ、ビコーちゃん。もし、あたし達でも勝てなかったら、どうなっちゃうかな」
     彼女の様子に一瞬面食らうも、ビコーはすぐに元の表情へと戻る。

    「……アタシは、負けない」

    「今までは何度負けてもいいと思ってきた。けど、今日だけはダメだ。今日のために、アタシは強くなってきたんだ」
     真剣な表情で言う彼女も、握りしめた拳は震えていた。
    「そうだね。ごめんね、本番前にこんなんじゃ……」
     ますます表情が暗くなる彼女。それを見たビコーは手を開き、そんな彼女の背中を押した。

    「大丈夫だ! ボノは強い!」
     ビコーはニッコリと笑う

    「一緒に見てきたからわかる。トレーナーだって、ボノは大丈夫だって言ってただろ? 何があってもボノはボノだ。だから大丈夫」
     それを聞き、ヒシアケボノの瞳から一粒だけ零れ落ちた。

    「ありがとう、ビコーちゃん!」
     しかし、その顔は一切憂いを帯びていない。
    「いいレースにしようね!」
    「ああ!」

     二人はゲートへと歩みを進めた。

  • 35◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 23:04:01

    『各ウマ娘、ゲートイン完了しました』
     実況の声が会場に響く。

    (引き離されないように……引き離されないように……)
     ビコーは、心の中で何度も唱えていた。

     沈黙の末、ガコンという音と共にゲートが開かれる。

    『スタートしました! さあ、最初にハナを取るのはフレアカンタッテ! 好ダッシュだ!』
     ダークウマスターズのメンバー、フレアカンタッテ。スタートと同時に、彼女は驚異的な加速を見せ先頭に立っている。
    『そこに並ぼうとヒシアケボノ! その後ろはサクラバクシンオーです!』
     残念ながら、ヒシアケボノは二番手。フレアカンタッテの速さを超えられていない。マークは失敗した。

    (さすが、バクシンオー先輩達……速いな!)
     ビコーはリード差を広げないよう、ペースを上げて走る。普段以上にハイペースな走り、どこまで足をためられるかはわからない。それでも、彼女はペースを維持し続ける。今の自分ならできると信じて。

     中山レース場の短距離。前半は緩やかな下り坂で、下りた後にカーブがある。後半は直線の上り坂。この平地のカーブを狙い目にしていた。曲がるための減速をせず、スピードを維持して大外を回る。最高速でかなわないなら、ここでリードを稼ぐというわけだ。しかし、その分体力を使うことになる。転倒のリスクも高くなる。だが、それができるだけのスタミナは、今のビコーとヒシアケボノにはあった。

     ビコーもヒシアケボノも、そのカーブで巻き上げる他ない。

  • 36◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 23:05:05

    『残り六〇〇メートルを通過。第四カーブを曲がっていきます』

     ついに来た勝負所。ビコーも中団外側に位置しており、先団の様子が見えた。バクシンオー、フレアカンタッテはほぼ横並びになっており、その後ろにヒシアケボノが食い下がっている。前二人の速度は、カーブに入る手前から落ちていってるのがわかった。

    「うおおおああああああ!!」

     ビコーは力を振り絞った。外を回り、どんどん加速していく。しかし、スピードを上げるあまりカーブに合わせて向きを変えきれない。このままでは、さらに外側へと膨らんでしまう。大きなロスになる。

    (覚悟を決めろ、ビコーペガサス! 一か八かでも、可能性にかけるのがヒーローだ! 例え少しでも、成功する可能性があるなら!)

     ビコーは、体の向きをさらに右へと傾ける。重心が変わり、右足に重さを感じる。しかし、スピードを落とさない。ここでの転倒は、ケガでは済まない。他のウマ娘の妨害となる可能性もある。しかし、彼女はやめない。そのまま進み続ける。それを可能にしたのは、彼女の体が小さく、自身の重さによる影響を受けづらかったからだろうか。


    『さあ、最終直線に入った! サクラバクシンオーとフレアカンタッテ、競り合っている! その外からヒシアケボノ、ビコーペガサスが続いている!』
     カーブを曲がり切り、状況は変わっていた。

     ビコーペガサスはトップスピードで走っている。まだ足に余力がある。それでも、前二人との差はほとんど縮まらない。

    (はあ、はあ……なんとか、なんとかならないのか!?)

    (ここまで来て、やっぱりアタシじゃ、勝てないのか……!?)

  • 37◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 23:07:02

    『さあ残り二〇〇メートル! おっと、フレアカンタッテ苦しいか!?』

     最後の二〇〇メートル。そこの上り坂に差し掛かった先頭二人は、明らかにスピードが落ちた。チャンス到来、嬉しい誤算であった。

    「行けるッ!!」
     ビコーが坂に踏み入れた瞬間、その脚はさらにスピードが増していく。
    (いくぞ! 超必殺!!)

    「ペガサス、マッハ、ウイングぅぅぅぅぅぅ!!!」

     叫び声と共に、彼女の踏み抜く力が強くなる。ストライドが伸び、坂を駆け上ろうと動いていく。外側から一気に先頭へ躍り出た。

    「みんなを守るのは、アタシだあああああ!!!」

     後ろ二人も負けじと迫ってくる。

    「負けません! 委員長の名にかけてぇ!!」
    「勝つのは私なんだからぁぁぁ!!」
    「うあああああああああああ!!!」



     そのまま、彼女はがむしゃら走っていた。どれほどの時間だったかはわからないが、ふと、後ろのウマ娘達がスピードを緩めていることに気づいた。気がつかないうちに、ゴールラインを過ぎていた。

  • 38◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 23:08:09

     どうなったのか、掲示板を見上げるビコー。
     自分の番号は、二着のところに記載されていた。

    「あ……ああ……!」

     一着の欄を見る。





     そこには、ヒシアケボノの番号が書かれていた。

    「やった……やったぁぁぁ! 成功だぁ!!」

     自身は敗北したが、作戦は成功した。もちろん、ヒシアケボノを勝たせようと動いていたわけではない。ビコー自身が勝って終わるつもりだった。結果的にヒシアケボノが一着となってしまったが、それでも成功だ。

    「おめでとう、ボノ!」
     ビコーはすぐにヒシアケボノのもとへと駆け寄っていた。
    「ビコーちゃん! えへへ……」
     ヒシアケボノの目から涙が落ちる。しかし、それ以上に笑顔が眩しく見えた。
    「やったぞ! ボノがみんなを救ったんだ!!」
    「やった! あたし達やったよ!」
     手をつなぎ、飛び跳ねる二人。成功の嬉しさは、走り切った疲労など忘れさせた。

  • 39◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 23:08:21

    「ぜー……ぜー……ビ、ビコーさん……」
     息を切らしながら、バクシンオーが近づいてきた。
    「うわっ、バクシンオー先輩!? 大丈夫か!?」
    「は、はい……ビコーさん、前よりも、強くなりましたね……!」
    「あっ……!」
     ビコーは初めて、自分がバクシンオーを追い抜いたことに気づいた。
     そのことに、瞳が潤んでいく。
    「お二人とも、おめでとう、ございます……! ぐはっ」
     バクシンオーはその場に寝転んだ。

    「おめでとう、ヒシアケボノちゃん」
     拍手しながら、誰かが近づいてくる。全身を包んだ赤い衣装。
    「フレアカンタッテ!?」
     ビコーが身を引くと、フレアカンタッテは衣の隙間から手を差し出す。
    「敵同士だったけど、あなた達、いい走りだった。ありがとう」
     差し出された手を、ビコーとヒシアケボノは握り返す。
    「ああ! いいレースだった!」

    「おめでとう、ヒシアケボノ」
     今度は通路から、シンボリルドルフが歩いてきた。
    「フレアカンタッテ。君にはこれから生徒会室へ来てもらう。他のメンバーも集めてくれ」
    「ええ。わかってるわ」
     フレアカンタッテと共に、会場から出ようとするルドルフ。
    「待ってくれ会長! 勝ったのはボノだ! だから!」
     引き止めるビコーに、彼女は笑みを返した。
    「わかっている。私としても彼女達を見捨てるつもりはない」
    「それって!」
    「続報を待っていてくれ。失礼するよ」
     そう言い残し、ルドルフは会場を去っていった。

  • 40◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 23:10:00

     スプリンターズステークスから数日後。

    「学園の皆様にご報告させていただきます。生徒会長のシンボリルドルフです」
     ルドルフの姿が、学園内のモニターに映し出されている。
    「先日、ダークウマスターズなる集団が我々に勝負を挑んできました。彼女達が提示したGⅠレースでの五回勝負。結果は、二勝二敗一分となり、勝者がいない形となりました。引き分けになった時のことを取り決めていなかったため、すぐに彼女らとコンタクトを取り、話し合いの場を設けました」

    「結論として、トゥインクルシリーズは今後も存続。学園のスキャンダルデータも手渡し解散する代わりに、ダークウマスターズの詮索、追及をしないことと決まりました」


    「じゃあ、レースは今まで通り続く、ってこと?」
    「そういうことだね」
    「でもあいつらについては何もわかんないままなの?」
    「学園内にメンバーがまだ居続けるってヤバくね?」
    「てか、さすがに何かしらの罰は与えろよ」
     放送を受け、学園内には安堵の声と、不穏なざわめきが起こっていた。


    「スキャンダルのデータに関してもご報告があります。詳細に調べたところ、データの内容は実際に起こった出来事とは何も関係のない情報であることがわかりました」
     スキャンダルのデータが画面に表示される。
    「さらに、彼女らの学籍も架空のものであると判明しました。彼女らを詮索すること自体、そもそも困難だったのです」


    「おい、じゃあ全部偽物だったのかよ」
    「完全に遊ばれてんじゃねえか。何やってんだ生徒会」
    「なんで制裁の一つも加えないんだ! 話し合いの時に捕まえればよかっただろ!」
     見ていたトレーナー達からも不満の声が出てくる。

  • 41◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 23:10:43

    「これが今回の騒動の全てです。以上を持ちまして、生徒会からの報告とさせていただきます」
     ルドルフが礼をしたところで、映像が終わった。


    「この内容ってつまり……!」
     トレーナー室で見ていたビコーは、トレーナーと目線を合わせた。
    「ああ! 俺達の願いは叶ったな!」
    「やった……やったぞ!」
     二人は立ち上がり、腕を組み合っていた。
    「でもトレーナー、あの映像はいつ流れるんだ?」
    「えっと、確か時間は……ああ、画面を見てくれビコー!」



    「こんにちは! アタシはビコーペガサスだ!」
    「ボ~ノ! ヒシアケボノです!」

     モニターに映っていたのは、ビコーとヒシアケボノだった。
     大樹のウロの前で、二人は並んでいる。

    「みんなは、ダークウマスターズのこと知ってるよな? 同時に現れた、フードを被ったヤツらの事も知ってるはずだ。そいつらがたくさん悪さをしていたのは、アタシも知ってる。それをわかった上で聞いて欲しいんだ」

    「あいつらは、ダークウマスターズのことを希望だと思ってたんだ。たくさん負けて、周りからも見放されて、レースのことを憎んでた」

    「泣いてたんだ。合宿の時、アタシが会ったヤツは、ライバルから見放されて、悔しくて、けど本当は、誰かに助けて欲しくて」

    「負けて悔しい気持ちはわかる。アタシも、ここまで負け続けてきたから。でも、走り続けられたのは、トレーナーやボノ、いろんな人と一緒だったからなんだ! 誰もいなかったらアタシも、ああなっていたかもしれないんだ」

  • 42◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 23:11:36

    「だから、みんなもあいつらを助けて欲しい! 誰かと話せるだけで、誰かにわかってもらえるだけで、あいつらの心は軽くなると思うから」
     
     その映像にあったのは、ヒーローの姿ではない。
     一人のウマ娘が、真摯にお願いする姿勢が映っていた。

    「あたしからもお願いします。どんなことがあっても、みんな学園に通うウマ娘です。みんなが仲良くできるなら、それが一番だと思うんです!」
    「この放送を聞いて、一人でも多くのウマ娘が救われることを願ってる。お願いします!」

     二人がお辞儀をしたところで、映像は終わった。

    「どう思うのかな、みんなは」
     見終えたビコーは、不安そうにトレーナーを見つめる。
    「それは、これからわかるよ。みんなの心に届くことを祈ろう。後のことは、それからだな」
    「……そうだな」
     トレーナーに肩を叩かれ、ビコーは笑顔に戻った。



    「これで学園の奴らが変わるといいんだけどな」
     カフェテリアの椅子にもたれかかりながら、ジャングルポケットは呟く。
    「私としては実に有意義だったよ! 彼女らの心理データと行動リストがあれば、さらなる跳躍を目指せる!」
     一方、アグネスタキオンは上機嫌だった。
    「……お前いつもそんな感じだよな。何か思ったりしねえのか?」
    「思っているとも! 志半ばレースをやめざる得ない者の気持ちはわかっているつもりさ。まあ、大衆のことは私で追える範疇ではない。そういう仕事は生徒会の連中がやってくれればいいさ」
    「ふーん……少しは情があるってとこか」
     ポッケは、コップに注いだジュースを飲み干す。
    「俺じゃ面倒見切れねえ奴らも、救われてくれりゃあいいんだけどな」

  • 43◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 23:13:08

     ―――

     それから一週間後。
    「よし! ビコー、タイムは維持できてる!」
    「本当かトレーナー?」
    「ああ! このペースなら、次のレースもいい勝負になるはずだ!」

     グラウンドを走り終わったビコーペガサス。その場に座り休憩していると、フードを被ったウマ娘達がコース上に座り始めた。以前のように、何やら談笑している。

    「トレーナー。もう何周か、走ってもいいか?」
     彼女らを見ていたビコーは尋ねる。
    「ああ、行ってこい!」
     トレーナーも気前よく送り出し、その様子を見守った。

    「なあ、みんな」
     フードの集団に、ビコーは話しかける。
    「あ? なんか用かよ?」
     低い声で返事をされるも、ビコーは笑顔を崩さない。
    「アタシと一緒に走らないか?」
     そう言いながら、手を差し伸べる。
    「は? なんでだよ」
    「ウチらそういうの嫌いだからこうしてるんですけど?」
     簡単に聞き入れてはくれない。

    「みんなの好きな距離でいいぞ!」
     ビコーの言葉を聞き、フード付きの一人は二ヤリと笑う。
    「えぇ~? じゃあ、長距離でも?」
    「ああ! どんな距離でも一緒に走ろう!」
    「えぇ……いやさすがにムリっしょ」
     笑顔で返され、フード付き達はドン引きしていた。

  • 44◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 23:13:24

    「ねえ、私らも一緒にやっていいかな?」
     ふと、ビコーは後ろから声をかけられた。
    「え?」
    「そうそう! あんた達と久々に走りたいからさ!」
     三人ほどのウマ娘が、フード付きに手を伸ばす。

    「あの子達は、合宿の時の……!」
     トレーナーには、その顔に見覚えがあった。

    「じゃああんたの得意距離、二〇〇〇メートル! よーい、ドン!」
     三人はグラウンドを走り始めた。
    「よし、アタシも先に行くぞ!」
     ビコーもその後に続く。

    「どうする? これ……」
    「いや、別にやんなくてもいいんじゃない?」
     困惑しているフード付き。しかし、その内の一人が提案する。
    「なあ、走ってみようよ。久々にさ」
    「えっ、何言ってんの?」
    「みんなもさ、本気出したの昔じゃん? たまにはいいんじゃね? ほらほら!」
     そう言い、一人は走り始める。それを追い、残る二人も走り始めた。

  • 45◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 23:14:52

     ―――

    「よし、ゴール!」
     走り出した集団が、次々とゴールしていく。
    「はあ、はあ……みんな、速いよ……!」
     そして、その集団から離れたところにいたのはビコーだった。やっとゴールラインを通過する。
    「はあ、もう走れない……」
     汗だくで、土の上に倒れ込むビコー。
    「当たり前ですよ、ビコーさんは短距離の方が向いてるんですから」
    「けど、結構ついてこれてましたね? 二〇〇〇メートルですよ?」
    「ああ……! それは、トレーナーとスタミナは鍛えてきたからな!」
     親指を上に立て、拳を上げる。

    「みんな、走るの得意じゃないか! すごいぞ!」
     ビコーに褒められ、たじろぐフード付き達。
    「けどアタシらじゃ……」
    「うん。走るのは楽しかったけど、どうせさ……」
    「そうそう、やるだけ無駄かもしんないし……」

    「勿体ない」
     後ろ向きな言葉を吐く彼女らに、白く大きな影が近づいて来ていた。
    「君達がトゥインクルに挑戦しないのは実に勿体ない。本格化を迎え、シニア級に挑む者を抜かしたのだ。君達には充分な実力があるだろう」
     一同が視線を向ける。
    「ハヤヒデ先輩! 見てたのか?」
    「ああ、ビコー君。一部始終、見せてもらったよ」
     ハヤヒデはビコーと目を合わせた後、フード付き達に視線を向ける。
    「ここで不貞腐れて諦めるというのは実に勿体ない。君達には、レースの頂に立つ資格がある。私を倒し得るライバルとなって欲しいものだな」
    「ハ、ハヤヒデさんを倒すなんて、そんな!」
     褒め言葉をもらっても、彼女らは謙遜し、うつむく。
    「それに、結局またいつかは負けるんだ。どんなにがんばっても勝てない日が来る。なら、やらない方が……」

  • 46◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 23:15:11

    「そしたら、いつでも寮長に言いなよ!」
     声のする方を向くと、今度はヒシアマゾンが来ていた。
    「つらいことがあったとかさ。いや、別になくてもいいさ。時々、顔を見せておくれよ。アタシだって、アンタらのことは心配してたんだぞ?」
     フード付き達に近づき、その内の一人に指を差す。
    「フジもアタシも、一人として見捨てようとは思っちゃいない。積もる話があるなら、なんだって聞かせてくれよ」
    「あ、アマさん……」
     彼女の言葉に、フード付きの一人がフードを脱いだ。
    「あ、おい……」
    「バカ! バレちゃまずいって……」
    「もういいんだ。これは、必要ない」
     顔を露わにした一人は、深く礼をする。

    「今まですみませんでした!!」

     それを見た二人も困惑していたが、やがてフードを脱ぎ、頭を下げる。
    「顔を上げてくれ」
     フード付きに対しビコーは言う。そして、笑顔を向ける。

    「な? みんなにも、味方はいるだろ?」

  • 47◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 23:15:39

    「お手柄だな、ビコー」
    「トレーナー!」
     ビコーはトレーナーのもとへ駆けていく。
     フード付きの子達も退散し、グラウンドはいつも通り練習するウマ娘でにぎわっている。
    「あの子達も、君の言葉をわかってくれたみたいだな」
    「ああ! みんな、思ったよりも優しいな」
    「よし、じゃあ休憩したらもう一度……」
     トレーナーが言いかけた時、ビコーは校舎の方を見つめていた。そして、急に声を出す。
    「ごめんトレーナー! 今日はもうおしまいかも! 戻れたら戻る!」
     そう言い残し、ヘトヘトの体で走り出した。
    「あ、おい!」



     すかさずビコーの後を追ったトレーナー。彼女は校舎裏の壁から何かを覗いている。声をかけようとした時、その視線の先にいる人物に気づいた。

    「……で、話って?」
    「その、俺さ。ひどいことしたから」
    「何? なんのことよ?」
    「だから、かき氷! お前に投げつけたこと! ごめん!」
     その言葉と同時に頭を下げたのは、夏合宿でビコーが出会っていたフード付きのウマ娘だった。
    「いいよ。ケガとかなかったし。別に、気にしてないから」
    「あ、そっか……」
    「…………」
    「…………」
     沈黙が続く。見かねたトレーナーが行こうとすると、ビコーは手を出し首を振る。

  • 48◆Mq6QRWFnOnk223/09/30(土) 23:16:26

    「……あんた、レースに復帰するんだって?」
    「え? ああ、そのつもりだ」
    「明日さ。昼休みにグラウンド来てよ」
    「な、なんでだよ?」
    「私がフォーム見てあげる。トレーナーじゃなくても、多少は助言できるから」
    「いいのか?」
    「…………その、さ。私の方もごめん。あの時、ひどいこと言っちゃった」
    「……ああ。なんだ、そんなことか」
     フード付きは笑う。
    「許すよ。許してもらったんだから、許すしかねえ。あの時は俺もどうかしてたんだ。もう恨んじゃいねえよ」
    「そう。うん、それじゃまた明日」
    「おう!」
     二人のウマ娘は、晴れ晴れとした表情で別々の道へと歩みを進めた。

    「もう、俺達が何かしなくても大丈夫そうだな」
     トレーナーはビコーと顔を見合わせる。
    「トレーナー。ダークウマスターズが言いたかったことは、こういうことだったのかな」
    「ああ。かもしれないな」

    「みんながちょっとずつ優しくなれば、それだけで救われる人がいるんだな。アタシにとってのボノやウインディ先輩は、きっとみんなにもいるはずだ」
    「そうだな。ここの子達一人ひとりが、誰かのヒーローなのかもしれない」
     トレーナーは彼女の肩に手を置く。
    「そして、それは君もだな」
     ビコーは目を見開き、満面の笑みを浮かべる。
    「ああ!」

     二人はゆっくりと、グラウンドへ戻っていった。


     ―――おしまい

  • 49二次元好きの匿名さん23/09/30(土) 23:31:19

    なんでこんな肥溜めでこんなSSを投稿したんや…
    ビコーとその友達への解析度が高くてめちゃ良かった!イベスト一つ読んでるみたいでした!

  • 50二次元好きの匿名さん23/09/30(土) 23:40:50

    まさに劇場版、ともいえるような超大作…もはやSSの枠を飛び越えてます…!
    ビコーがボノやウインディちゃんと一緒に「優しくされなかった誰かをちょっとでも救ってあげようと」する、
    そのためにトレーナー達仲間と協力して、自分たちの持てる力の全てを振り絞って戦う姿はとってもヒーローでした!
    スポットの当たらない、救われない子たちにも優しさが届くことを願うばかりです…

    あと、ダークウマスターズのメンバーが文中にしっかり全員出てて「これはこの子だったのか」というふうに楽しむこともできました
    約一、二名登場した時点でバレバレのメンバーがいましたが…これ本当にフードの子たちや生徒会にバレてないんでしょうか…?

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています