【SS】アル社長が葉巻を吸えなかった話

  • 1◆BU6YVpZYZU23/10/01(日) 19:00:17

    「…………」

     机の上に置かれた「それ」を前に、陸八魔アルはもう一度腕を組みなおした。
     便利屋68の事務所――ということになっているゲヘナ自治区郊外の廃ビル――で一人、アルは先ほどから溜め息と足の組み換えを繰り返している。

    「…………」

     自分たちで掃除も行い、外観の荒廃っぷりからは想像もつかないほど「まとも」に片付けられている室内は、目立つホコリも汚れもない。廃材だったが皆でワックスを塗り直すことで十分以上に木目の美しさを取り戻した社長用の執務卓。
     一般的な企業のオフィスと同じくらいに整頓されたそこで、もうアルは15分以上も黙って眉間にしわを寄せていた。
     アルの悩みの種、それは目の前に置かれているものに由来する。
     机の上を見る。そこには、細長い筒状のものがあった。
     真鍮のにぶい金色が照明を反射し、暖色めにひかっている。
     チュボスと呼ばれるその筒は、ある特定の物品を納めるためだけの用途を持っている。それは。

    「……どうしようかしらね、これ……」

     キャップを外して中から取り出したのは、薄茶色をした棒状のもの。最高級のハバナ葉のいいところを使ってラッパーにし、内にたっぷりと刻んだハバナ葉をつめこんだ、

    「葉巻よね……」

     高級感溢れる葉巻がそこにあった。

  • 2二次元好きの匿名さん23/10/01(日) 19:01:37

    先生に叱られるやつー

  • 3◆BU6YVpZYZU23/10/01(日) 19:01:41

    「それで、どうしましょうねコレ……」

     筒から取り出してはみたものの、相変わらず葉巻はそこにある。
     事をさかのぼれば数日前、荷物運搬の護衛を依頼されてそれを遂行したところからだ。ハルカによる爆破やムツキによる爆破など色々なトラブルはあったものの、おおむね上手く進んで。
     運んでいた商品が全て無事だったことにいたく喜んだ依頼主から「社長さんはアウトローとのことだったので、こういったものも好まれるのではないかと……」と渡されたのがこの葉巻だった。
     好意から渡されたものを無碍に断ることもできず、そのまま受け取ってその場は終わり。
     結果、こうしてアルの手元に葉巻が残ってしまっている。

    「ふふ……アウトローのボスにふさわしい贈り物よね」

     強がりながらも、ここ数日は葉巻が手元にあることでびくびくする日々が続いている。
     ――今風紀委員が入ってきたら、逮捕されて牢屋にぶちこまれたりしないかしら!?
     背伸びしてタバコに手を出した罪とか、葉巻でかっこつけた罪とかでゲヘナのどこかにあるという重犯罪者用地下牢に閉じ込められる結果にならないだろうか。
     どくどくと鼓動は早まり、じんわりと背中に汗もかいている。
     それほどの緊張を感じつつもこの葉巻を捨てられないのは、やはり。

    「――だってかっこいいじゃない……!」

     そう。
     結局のところ、「余裕たっぷりに葉巻をくゆらせ脚を組む社長」というかっこよさは魅力的が過ぎるのだ。

    「……ええい、吸うわ! アウトローはビビらない!」

  • 4二次元好きの匿名さん23/10/01(日) 19:02:33

    タバコ吸ったら牢屋にぶちこまれると思ってるの可愛い

  • 5二次元好きの匿名さん23/10/01(日) 19:04:57

    そもそもアルちゃんタバコの火の点け方とか知ってるの?

  • 6◆BU6YVpZYZU23/10/01(日) 19:05:19

     取り出した葉巻の両側をナイフで切り落とし、セットで渡されていた杉マッチを指でつまむ。
     緊張で痛む胸をむりやり無視して、たぶん口側であろう部分を唇に咥える。
     一本を折ってしまったので新しいマッチを取り出し、箱の側面に擦って火をつけ――
    「こら」
     ようとしたところで、横から伸びてきた手に咥えていたものは取り上げられた。
    「え、えっ!?」
    「や、アル」
     驚き振り返ると、そこにはいつものようにシャーレの白いジャケットを着た先生が立っていた。
    「先生!?」
    「うん。何度ノックしても返事がないから、何かあったのかと思って入っちゃった」
     ごめんね、と小さく頭を下げた先生は右手に持ったままの葉巻をちらと見て。
    「でもダメでしょ、こんなもの吸おうとしちゃ」
    「う……」
    「お酒とたばこは成人してからね」
    「ち、違うのよ」
     何が違うのか、は自分でもわかっていないが。先生に不良だと思われたくなくて、アルは必死に腰を椅子から浮かせた。

  • 7二次元好きの匿名さん23/10/01(日) 19:05:40

    >>4

    でもキヴォトス未成年の酒とタバコの取り扱いにだいぶ厳しいからな

  • 8二次元好きの匿名さん23/10/01(日) 19:05:40

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  • 9二次元好きの匿名さん23/10/01(日) 19:06:23

    良かったアルちゃん、火を付けてたら絶対吸い込んでむせてたぞ

  • 10◆BU6YVpZYZU23/10/01(日) 19:06:45

    「これはその、貰い物で、アウトローとしてはかっこうだけでもやってみたかったというか、その、あの、」
    「くく」
    「――せんせい?」
     くすくすと笑う先生は面白そうな顔でこちらを見て、頷いた。
    「わかったよ、アル。信じてないわけじゃないんだ」
     でも、立場上私は見逃すわけにもいかないから。
    「だから、これは私が預かるよ」
     没収です。そう軽い口調で告げ、先生は葉巻をしげしげと眺める。
    「ん、お高いやつだね」
    「わかるの?」
    「まあ、人並み程度だけどね。晩酌のときとか、たまに吸うこともあるし」
    「へぇ……」
     知らなかった。
     いつもあんなに優しく、柔らかい雰囲気の先生も、一人静かに葉巻をたしなむ夜もあるのか。
     身近に感じている人の知らない部分を知って、再確認できた。
     ……先生は、「大人」なんだわ。
     つい忘れてしまいがちになるが、目の前の人はれっきとした「大人」で「先生」なのだ。

  • 11◆BU6YVpZYZU23/10/01(日) 19:07:40

    「……ごめんなさい、先生。アウトローと、実際に法を破ることは違うものだったわ」
    「そうだね。今回のは憧れと混乱からきたものだってわかってるから。大丈夫」
    「……じゃあ!」
     声を張る。
     叱られてしまった気まずさと、何より自分のポリシーを曲げようとしたことへの後ろめたさをごまかすくらい大きく。
    「それは先生にあげるわ! ちゃんとおいしく吸ってあげて!」
    「そうするよ」
     じゃあ、近くに来たついでに顔を見に来ただけだから。
     そう背を向けた先生は、ひらりと手を振って事務所から出ていった。
    「ふぅ……」
     背もたれが体重を受け止めてきしむ。
     二度、三度と息を深く吸い、吐いて。
     ――失敗したああああ!!!!
     アルは顔を両手で覆った。
     ……よりによって先生に見咎められるなんて! あああ恥ずかしい、これじゃ私が大人に憧れてるただの不良になって――
     よりにもよって、という感情に襲われ両手が勝手にわなわなと震える。
     これはもうベッドにダイブしてふて寝と決め込むべきか、そう思い立ち上がったところ、机の上の端末が光った。

  • 12◆BU6YVpZYZU23/10/01(日) 19:08:40

    「……ん、通話……?」
     見ると、表示には「着信:先生」の文字。
     慌てて出ると、先ほど通りの緩い声で『やあ、アル』と迎えられた。
    「せ、先生、どうしたの?」
    『うん、ちょっとオフィスの窓を開けてみて』
    「はあ……?」
     言われた通りに窓へと出向き、開ける。
     ビルの5階を占拠しているだけあり、なかなかに視界は開けて風が抜けていく。
    『3ブロック先の四つ辻、見える?』
    「ええ。……ああ、先生が見えるわ」
     かなり離れているが、確かにあの白い上着と左右に振られている腕は先生のものだ。
     この事務所からだと、1,100メートルほどは離れているだろう。スナイパーとしての頭が勝手に距離を測る。
     確かあそこは、喫煙所だった廃墟のはずだ。
    『そうそう。でさ、ちょっとお願いしたいことが』
    「お願い?」
     そう。
    『早速吸ってみようと思ったんだけどさ、火を忘れちゃって』
    「はあ」
    『だからさ』

  • 13二次元好きの匿名さん23/10/01(日) 19:09:25

    >……ごめんなさい、先生。アウトローと、実際に法を破ることは違うものだったわ

    アル様…

  • 14◆BU6YVpZYZU23/10/01(日) 19:09:43

     通話の向こうの先生はそこで言葉を切ると、1キロ離れたアルにも見えるくらい大きな動きで、葉巻を咥え上半身を乗り出した。
    『火、貸してくれないかな』
    「――!」
     にやりと。
     遠く離れた先生の口もとが、確かに笑みの形に曲がるのが見えた。
    「ええ、ええ」
     頷く。
     端末をスピーカーフォン状態にして、窓脇に置いて。
     愛銃を左手に構える。
     槓桿を引き、薬室に弾丸を送り込む。
     もう一度槓桿を半分だけ引き、確かに装填されたことを確認して。
     握る左手の親指でセイフティを外し、スコープを覗き込んだ。
    「――任せて、先生」
     動いちゃだめよ?
     呼吸を止め、スコープの内に映るミルドットに葉巻の先端を据えて。
     静かに引き絞った引き金は、いつもと同じ衝撃を返してくれた。
     周辺のビルに銃声が反響して響く中、衝撃で外れてしまったスコープの視界に再度先生をとらえ直す。
     望遠の向こうで、先生は確かに身を起こし、ゆっくりと天へ煙を吐いた。
     先生はさらにもう一度、ゆっくりと吸い、葉巻を指の間に挟んだままの右手を挙げて。
    『――お見事。ありがとね、アル』
    「いいえ。火くらい、いつでも貸してあげるわ」
    『いいね。それじゃ』
     通話は切れても、アルはしばらく、スコープ越しに煙を立たせている背中を見つめ続けた。
     ぐるぐると頭の内で反響するのは、今のアウトローっぽいやりとりへの興奮と、えも言えぬ胸の窮屈さ。
     指に残るバニラのような葉巻の匂いを嗅ぐたび、どうしてか胸の奥はより窮屈になっていった。

  • 15二次元好きの匿名さん23/10/01(日) 19:10:08

    クワイエット アル!?

  • 16◆BU6YVpZYZU23/10/01(日) 19:10:39

     葉巻越しに間接キスをしてしまったことにアルが気付いたのは、1時間後のことだった。

  • 17二次元好きの匿名さん23/10/01(日) 19:11:44

    かっこええな…

  • 18二次元好きの匿名さん23/10/01(日) 19:12:04

    1時間っていう間がいい…

  • 19二次元好きの匿名さん23/10/01(日) 19:12:15

    便利屋先生がやってると考えると凄い似合ってるのやばい
    こんなのアルちゃんの性癖がぐちゃぐちゃになっちゃう

  • 20◆BU6YVpZYZU23/10/01(日) 19:12:38

    以上です。

    お酒とタバコは二十歳になってから。


    このスレからアイデアをもらいました、ありがとう名も知らぬあにまん民

    先生「あれ……ライター付かないや」|あにまん掲示板bbs.animanch.com
  • 21二次元好きの匿名さん23/10/01(日) 19:15:35

    乙 楽しませていただきました
    最近ハイクオリティなSS書きが増えてて嬉しい

  • 22二次元好きの匿名さん23/10/01(日) 19:19:55

    よかったです…
    アルのアウトローの憧れがあるが、法を破ることはやっちゃいけないと思ってるのがアルって感じがして、アルの慌てふためいてる所が可愛い!この先生がアルの事を信頼している感じが良くて、アルもすぐに了承している自信も良かったです!最後のアウトローっぽい事やったわ!みたいな喜びと、
    1時間後に関節キスした事に気づいたオチが素晴らしいです!

  • 23二次元好きの匿名さん23/10/01(日) 19:24:04

    こんなん一生葉巻を吸う男の人が性的嗜好になるやつやん…

  • 24二次元好きの匿名さん23/10/01(日) 19:44:23

    しれっとPSG-1で1.1キロ狙撃してるのアルやべーな

  • 25二次元好きの匿名さん23/10/01(日) 22:37:23

    タバコ一つでめっちゃビビってる社長かわいい

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