(SS注意)ヒシミラクルとサトノ記念日

  • 1二次元好きの匿名さん23/10/02(月) 12:22:44

     見上げれば、高すぎる天井に、煌びやかに輝くシャンデリア。
     辺りを見回せば、様々な装飾の施された内装に、見るからに高級そうな料理の数々。
     周囲にいる人達は明らかに住む世界が違う人々であり、テレビや新聞で見たことのある人もいる。
     俺達だってテレビや新聞で取り上げられることもあるが、この人達とは住む世界が違う。
     非日常的な世界、兎にも角にも場違いだと、そう思ってしまう。
     目立たないように、極力話しかけられないように、壁の花となって待ち人の到着をじっと待つ。

    「トレーナーさ~ん、おまたせしました~」

     少し気の抜けた、ゆったりとした柔らかい声が、俺の鼓膜を揺らした。
     この場の雰囲気には合わない、ふわふわとした声を聞いただけで、俺はとても安心してしまう。
     ……もうそれなりに長い付き合いだから、彼女の存在が日常に組み込まれてしまったのだろう。
     とはいえ、心細かったなんて悟られたら何を言われるかわかったものではない。
     少しだけ見栄を張って、何事もなかったような笑みを作って、俺は振り向く。

    「大丈夫、全然待ってないよ、ヒシミラク────」

     刹那、思わず息が詰まった。
     そこにいたのは、確かに俺の担当ウマ娘である、ヒシミラクル。
     しかし、いつも共に励んでいるヒシミラクルとは、まるで別人であった。
     その身を包んでいるのは、上品に仕立てられたピンク色のドレス。
     普段の少女らしい可愛らしさを損なわないまま、大人の美しさも感じさせる巧みなデザイン。
     シミ一つない肩と胸元は惜し気もなく晒されていて、健康的な色気を見事に演出していた。
     さらには、その走りを支える両脚もまた素肌を見せており、その脚線美を改めて実感させる。
     俺の目の前にいるのは、どこにでもいるような普通の女の子ではなかった。
     可愛らしさと美しさで周囲の目を惹いてしまう、美しい女性が、そこにはいた。

  • 2二次元好きの匿名さん23/10/02(月) 12:23:42

    「えへへ、ど~ですかトレーナーさん、マ子にも衣装、ってのは言い過ぎかな~?」
    「……うん、綺麗だよ、ヒシミラクル」
    「……っ!? まっ、またまた~、用意してもらったドレスが良いものなだけですから~」
    「うん、君が綺麗なのは知ってたけど、それを引き出す良いドレスだね」
    「………………そっ、そういうこと言うかあ?」

     ヒシミラクルは少しだけ頬を染めて、困惑した表情を浮かべた。
     俺としては正直な感想を伝えたつもりだが、どうやらデリカシーに欠けた発言だったようだ。
     彼女は俺の顔をちらりと見て、大きくため息をついた。
     呆れたような、それでいて少し安心しているような、そんな顔をしている。

    「……まあ、いつも通りのトレーナーさんですよね~」
    「なんか気になる物言いだな」
    「いえいえ~気にせずに~、あっ、トレーナーさんも似合ってますよ、スーツ姿」
    「それはどうも……正直こんなしっかりしたスーツ着るの初めてだから、動くのも怖いんだけど」
    「あー、それはわたしも……汚したり、破けちゃったりしたらどうしよう……」
    「……ははっ」
    「……ふふっ」

     実に庶民的な悩みを、お互いに打ち明けて、そしてお互いに笑ってしまう。
     ヒシミラクルは吹っ切れたような笑みを浮かべて、俺に向けて手を差し出した。
     それはまるで、エスコートを求めるお嬢様のようにも見えた。

    「じゃあ一緒に楽しみましょ~? なんたって、わたしの誕生日パーティなんですから~♪」

     ────ヒシミラクルは、普通のウマ娘だ。
     そんな彼女が何故、このような豪華絢爛なパーティの主役になっているのか。
     その理由を語るには、とある一族の、奇怪な事情から説明しなければいけなかった。

  • 3二次元好きの匿名さん23/10/02(月) 12:24:02

     話は一週間ほど前に遡る。

    「ヒシミラクルさん! 貴方の誕生日をサトノ家で祝わせていただけないしょうか!?」

     それは、本当に唐突な出来事だった。
     突如としてトレーナー室に現れた、一人のウマ娘。
     美しい淡い茶色のロングヘア、特徴的な菱形の流星。
     年相応のあどけなさを残しつつ、どこか高貴な雰囲気を感じさせる顔立ち。
     かの有名なサトノ家の令嬢、サトノダイヤモンドの謎の依頼に、俺達は目を丸くするしかなかった。

    「えっと、ダイヤ、ちゃん? 確かにわたしの誕生日は一週間後だけど~」
    「はい、3月31日ですよね?」
    「うっ、うん」
    「実は、その日はサトノ家にとっても大事な日でして────」

     そして彼女はサトノ家に存在する、とあるしきたりについて語り出した。
     サトノ家の始祖に当たる人物が、宇宙からやってきたとされる人物に様々な逸品を譲り受けたらしい。
     そしてサトノ家はそれを元手に発展を続け、今の、誰もが知る一族へと相成ったそう。
     その宇宙人がやってきた、あるいは生まれたとされる日が、3月31日。

    「ですので! サトノ家ではその宇宙人に対する感謝の気持ちを忘れないため、3月31日に生まれた方を毎年全力を挙げてお祝いするというしきたりがあるのでした! これがサトノ記念日の成り立ちになります! めでたしめでたし、ですっ!」
    「ほあ、まさかあのサトノ家にそんな歴史があるだなんて~……」
    「……その妙に出来の良い紙芝居は、わざわざ今日のために作ったの?」

     デフォルメしたエイリアンみたいなキャラがポーズを決める一枚絵で締められた紙芝居を、俺達は眺めていた。
     ……多分、実際には宇宙人じゃなくて外国人とかそういうことなんだろうけど、紙芝居ではエイリアンで統一されていた。
     大恩ある人物であるはずなんだが、その扱いで良いのだろうか。
     サトノダイヤモンドは紙芝居を片付けてから、改めて俺達へ向かい合う。
     ────空気が、少し張り詰めた。

  • 4二次元好きの匿名さん23/10/02(月) 12:24:41

     先ほどまでのおちゃらけた雰囲気はすでになく、彼女は凛とした佇まいを見せていた。
     思わず、俺とヒシミラクルまで、背筋を正してしまう。
     そこにいるのは、まさしくサトノ家の令嬢、至高の宝石と名高い、サトノダイヤモンドその人であった。

    「なので、今年はヒシミラクルさんの誕生日を、是非ともサトノ家でお祝いさせていただきたいんです」

     その目は真剣そのもの。
     俺達からしてみれば、たかが記念日かもしれないが、彼女にとってみれば大切なことであることが良く分かった。
     個人的には協力してあげたいところだが、この件に関しては俺は実質部外者。
     あの子の意思次第だな、と思いながら俺は隣に座る彼女に視線を移す。

    「セレブ……誕生日パーティ……高級料理……豪華な会場……メチャすごなプレゼント……っ!」
     
     ヒシミラクルは、目を輝かせていた。
     未だかつて見たことないくらいに、それはもうキラキラと星のように。
     ……そういや以前億ションどうこうとか言ってたし、そういう俗な憧れは相応にある子だよなあ。
     そして、彼女は立ち上がり、両手でサトノダイヤモンドの手を取った。

    「ダイヤちゃんっ! 是非っ! わたしにっ! 協力させてくださーいっ!」
    「わあ……! ヒシミラクルさん、ありがとうございます!」
    「あっ、でもわたしドレスとか持ってない……お母さん持ってるかな」
    「ご心配なく! お二人の送迎からドレスコートまで、全てサトノ家でご用意させていただきます!」
    「…………うん? お二人?」
    「はい、ヒシミラクルさんのトレーナーさんも是非お越しください!」
    「わたしの誕生日ですよ~? まさか行かないつもりだったんですか~?」

     純真無垢なサトノダイヤモンドの瞳。
     少しだけ不満気な、それでいて楽しそうなヒシミラクルの瞳。
     その二つの瞳に見つめられて、俺は苦笑を浮かべながら、わかったよ、と頷いた。
     ……もうすでに用意してまった『アレ』をどうしようかと、考えながら。

  • 5二次元好きの匿名さん23/10/02(月) 12:25:14

     そんなわけで3月31日、俺はサトノ家主催の『ヒシミラクル誕生日パーティ』に参加していた。
     ……なんか想像を遥かに越えるレベルで規模がデカい。
     まさか会場一つを使い、外部から招待客を呼び寄せてまで行われるとは思いもしなかった。
     おかげで粗相をしてしまわないか、気が気でないというのが本音である。
     ヒシミラクルもさぞや緊張するんだろうなあ、と思っていたのだが。

    「んん~! このケーキほっぺが落ちちゃいそ~! パンケーキもふっわふっわ~! ええっ!? 絞りたてモンブランってなに!? 初めて見た~! アレも後で絶対に食べないと……! うわなにあのお肉!? あれも食べた~い!」

     うん、すげえ堪能している。
     一応、ヒシミラクルの名誉のためにフォローしておくと、会場を見た瞬間はガチガチに緊張していた。
     更に著名人から挨拶をされる都度、彼女はその緊張の度合いは高まっていった。
     そして、ある『切っ掛け』で────彼女は弾けた。
     緊張がオーバーフローを起こし、いっそ気ままに楽しんでしまえと開き直ったのである。
     ……まあ誕生日が緊張してて、いつの間にか終わってました、なんてことになるよりは遥かにマシだろう。
     そして、俺はその『切っ掛け』をちらりと見て、ぽつりと呟く。

    「それにしても、凄い量と質だなあ」
    「むぐ……ホントですよ~、多分、庶民じゃ手の届かない品とか混ざってそー……」
    「少なくとも安物ではないだろうね」
    「……………………ハード〇フで売ったらいくらになるんだろう」
    「絶対にやめてね、色んな意味で」

     俺達の視線の先、そこには部屋の隅に積み上げられた、華やかに包装された様々な品。
     それは今回招待された人達が用意した、ヒシミラクルへのプレゼントであった。
     全ての中身は窺えないが、一部は花束だったり、俺でも知っているブランド名が記されていたりしている。
     無論、その方向はヒシミラクルではなくサトノ家に向いているのが殆どだろうが、彼女へのプレゼントには相違ない。
     このプレゼントラッシュを受けて、彼女の緊張は突き抜けて、現在のカロリー超過モードとなったのである。
     ……まあ、誕生日くらいは良いだろう、うん。

  • 6二次元好きの匿名さん23/10/02(月) 12:25:35

    「……えっと、それで、ですね、あの、そのぉ~」
    「ん、どうかしたか?」

     突如として、ヒシミラクルは手を止めて、何か聞きづらそうに視線を泳がし始めた。
     その視線はプレゼントの山と、俺を行き来しているかのよう。
     ……彼女が何を聞きたいかは、なんとなく察した。
     けれど、正直に言えばあまり答えたくなかったので、あえて気づかないフリをする。
     やがて彼女は意を決したように、俺をじっと見つめて────。

    「ヒシミラクルさん、楽しんで頂けてますか?」

     その視線に割り込むように、サトノダイヤモンドが声をかけてきた。
     ヒシミラクルにとってはバットタイミング、俺にとってはグットタイミング。
     一瞬だけ焦げたお好み焼きを噛みしめるような表情をして、ヒシミラクルはサトノダイヤモンドに笑顔を向ける。

    「は~い! 滅茶苦茶楽しんでます~!」
    「それは良かったです! ……それで申し訳ありません、一つお願いしたいことがありまして」
    「……お願い?」
    「実はこの後、舞の奉納というか、サトノ家のウマ娘でライブを行うんです」
    「へえ、そんなこともするのか、ちょっと興味あるな」
    「でもただのライブじゃありませんよ、サトノ家が全力を注ぎメガ進化させたド級のライブ、メガドライブです!」
    「……もっ、もしかしてわたしも参加するんですかあ!? むりむり~、準備全然出来てませんよ~!」
    「いえ、ダンスや歌には参加していただかなくて結構です。ただ、お神輿に乗っていただければ」
    「お神輿?」
    「このライブは宇宙人に対する感謝を捧ぐ意味合いも込めてますので、儀式的な象徴として参加していただきたいのです」
    「何となく意味は理解出来るんだけど字面がひどい」

     身も蓋もなく言ってしまえば、ヒシミラクルはただ座っていれば良い、ということなのだろう。
     それがわかったのか、彼女はほっと安心のため息をつくと、表情を綻ばせた。

  • 7二次元好きの匿名さん23/10/02(月) 12:26:01

    「それくらいならどーんとお任せください! プールじゃなければよゆーですよ、よゆー!」
    「ありがとうございます! また準備が出来次第、お呼びしますね!」

     そして、約30分後。
     ヒシミラクルは真っ青な顔で、遥か天井を見上げていた。
     聳え立つは、巨大なお神輿。
     俺が想像していた神輿の5倍くらいの大きさで、もはや塔という呼び方の方が相応しかった。
     サトノダイヤモンドは、その神輿を誇りに思うような表情で、胸を張って紹介する。
     
    「これがサトノ家代々に伝わる世界最大級の神輿『お祝い大明神』です!」
    「……でっか」
    「高さは331×3の993cmです!」
    「なんでかけちゃったんですかあ……?」

     なるほど、妙にこの建物天井高いなと思ったが、最初からこれを使うために設計された建物なんだな。
     確かに目を凝らしてみれば、その天辺に人が座れそうな場所みたいなのが見えないこともない。
     ちなみに乗るのに使用されるであろう高所作業車が隣にある、室内にこれがあるの初めて見た。

    「ちなみに上のシートにはシートベルトに命綱、エアバッグなど仕組みが満載なので安全ですっ!」
    「なるほどー、それなら心配は……待ってください、それが必要ということは」
    「ささっ、では準備をお願いしますね、ヒシミラクルさん!」
    「えっ、あっ、そのっ、トッ、トレーナーさぁん……!」

     ヒシミラクルはサトノダイヤモンドに手を引かれながら、縋るような目で俺を見た。
     周囲からは招待客からの期待の視線。
     そのプレッシャーと、一旦了承したという事実があるため、彼女の口からは断りづらいのだろう。
     担当ウマ娘が言いづらいことを代弁したり、時には盾になるのも、トレーナーの仕事だ。
     改めて招待客を見る、様々な業界人、中には政治家か実業家も含まれて、学園に出資している人もいるかもしれない。
     深呼吸を一つ、俺は決心して、口を開いた。

  • 8二次元好きの匿名さん23/10/02(月) 12:27:10

    「………………頑張れ、君はいつか天を駆けるウマ娘だ」
    「わぁん! トレーナーさんの裏切り者! 悪魔! コソ勉!」

     ごめん、学園に泥を塗ってクビになろうものなら君の指導も出来なくなってしまうのだ。
     少しずつ高所作業車に近づいていくヒシミラクルは、必死な表情で何かを考えていた。
     それは、どうやってプールから逃げ出してやろうとかと、考えている時と良く似ていた。
     高速回転する彼女の思考は、一つの閃きを導き出す。

    「ダッ、ダイヤちゃん! 知ってますか!?」
    「……はい?」
    「このお神輿に、信頼する二人が乗ると、更なる繁栄が約束されるという、ジンクスがあるんですよ~!」

     ジンクス、その言葉にサトノダイヤモンドの耳がぴくりと反応する。
     彼女がジンクスという概念に対して、強く興味というか、拘りを持っているのは有名な話。
     しかし、サトノダイヤモンドは困ったような表情を浮かべた。

    「えっと、そのようなジンクスは、このお神輿にはないかと」

     当然の回答。
     この神輿はサトノ家代々に伝わる神輿で、ヒシミラクルがジンクスなどを知っているはずがない。
     しかし、彼女は退かなかった。ひるまず、一歩前へと踏み出した。
     サトノダイヤモンドの手をぎゅっとにぎり、心から訴えかけるような目で、ヒシミラクルは言葉を紡ぐ。

    「ダイヤちゃん、わたし、思うんです」
    「はっ、はあ」
    「確かにジンクスを破ること、そして良いジンクスを残すことは良く事だと思います」
    「……はい、それは、私もそう思います」
    「でも、わたし達若い世代は、それだけじゃダメだと思うんですよ」
    「…………と、いいますと?」
    「これからのわたし達は、えっと、その、ジンクスを、作り出さないと!」

  • 9二次元好きの匿名さん23/10/02(月) 12:27:31

     それは、窮地に追いやられたヒシミラクルの必死の言葉。
     あまり深く考えずに、ただただ思いついたことを適当に出力した言葉。
     きっと、ヒシミラクル自身も明日になったら忘れているに違いない言葉。

     だが、それはサトノダイヤモンドには強く響いた。

     まるで雷が落ちたかのような衝撃を受けるサトノダイヤモンド。
     直後、その瞳は、探し求めていた未知の動物の痕跡を見つけたような、好奇心で溢れた。
     彼女はがっしりとヒシミラクルの手を握り返すと、興奮気味に告げる。

    「────素晴らしい! 素晴らしいお考えです!」
    「……あっ、はい、ありがとうございます」
    「ジンクスを、作る! 私は今まで何故この考えに至らなかったのでしょう!」

     想像以上の反応の良さに、ヒシミラクルは逆に引いた。
     だがサトノダイヤモンドはそんなことには目もくれず、ヒシミラクルから手を離して、俺の方へと早足で駆け寄ってきた。

    「さあ、ヒシミラクルさんのトレーナーさんも是非お神輿へ!」
    「えっ、いや、二人乗りとか出来ないでしょ!?」
    「設計上は問題ありませんので! さあ! 私達でジンクスを作り上げましょう!」

     ぐいぐいと引っ張ってくるサトノダイヤモンド。
     それをニヤニヤとしてやったり顔で眺めるヒシミラクル。
     あっ、これはもう拒否できない。そう察した俺は大きくため息をつくのであった。

     なおこの時の出来事は後に、詳細を知ったサトノダイヤモンドの担当トレーナーから『なんてことをしてくれたんだ』とクレームを受けることとなる模様。

  • 10二次元好きの匿名さん23/10/02(月) 12:27:51

     会場に鳴り響く軽快な音楽と澄んだ歌声。
     ライブの熱気は凄まじく、この手のことに興味なさそうな招待客達までも盛り上がっていた。
     きっと、俺もあの人波の中にいれたら同じように、胸を高鳴らせていたことだろう。
     ────まあ、ドキドキしているという点では今も変わらないが。

    「ひっ、ひええ~! トッ、トレーナーさん! 離れないでくださいね!?」
    「……大丈夫だから、というか離れたくても離れられないから」
    「たっ、高いー! やたらめったら高いー! ほあ!? ゆっ、ゆれ!? めちゃ揺れます!? すごく揺れますぅー!」
    「落ち着いて、ナリタトップロードみたくなってる」

     ヒシミラクルは、もはや錯乱状態になっていた。
     無理もない、約10mの高さの神輿の天辺にあったのはあまり心許ない、大きめの椅子が一つ。
     命綱ならシートベルトやらでかなり固定はされているものの、揺れも激しく、思わず足が竦んでしまう。
     ……とはいえ、今の俺はこの高さや揺れにはあまり恐怖心を感じていなかった。
     目の前に尋常じゃないレベルで動揺をしている人物がいて、逆に冷静になったのが一点。
     そしてもう一つは────。

    「きゃっ……! うっ、うううういてませんかあ!? このお神輿!?」

     突然、俺達を襲う浮遊感。
     どうやらこの巨大神輿を、下でライブをしているウマ娘達が持ち上げたらしい。
     ……何故、ライブの参加者がウマ娘限定なのかは、この時やっと理解出来た。
     しかし、そんなことは些事であった。
     むにゅっ、と俺の身体がふわふわとした柔らかな感触に包まれる。
     鼻先にヒシミラクルの髪がふわりと流れて、甘い香りが嗅覚を刺激した。
     恐怖の吐息が頬にかかり、緊張の汗がしっとりと伝わり、興奮気味の体温を感じる。
     怯えるヒシミラクルは────先ほどから俺にしがみついて、離れないのであった。
     彼女の女性らしさをダイレクトに浴びることとなってしまい、胸の鼓動が早鐘を鳴らす。
     そんなわけで俺は恐怖を感じる暇もなく、ひたすら緊張を誤魔化しながら彼女を宥めるのであった。

  • 11二次元好きの匿名さん23/10/02(月) 12:28:30

    「はあ~……なんだか疲れちゃいましたねー」
    「ああ、そうだね」

     誕生日パーティを終えて、普段着に着替えた俺とヒシミラクルは夜道を歩いていた。
     サトノ家が寮まで送ってくれることとなっていたのだが、ヒシミラクルが少し歩きたいと希望を出したので、途中で降ろしてもらった。
     ちなみにプレゼントは後日、彼女の部屋に送られることとなっている。
     見るからに疲弊した様子の彼女に少し不安を覚えて、俺は声をかけた。

    「……誕生日、楽しめたか?」
    「それはもちろん! 美味しいものもたくさん食べられましたし、綺麗なドレスも着れましたし、豪華なプレゼントもいっぱいもらえましたし! ちょっと怖い想いはしましたけどー……そこはトレーナーさんがいてくれましたからね?」

     ヒシミラクルは、少し恥ずかしそうにはにかむ。
     その表情に嘘は感じられず、この誕生日を確かに楽しめたのだろうと、確信することが出来た。
     良かった、年に一度の誕生日で後悔なんてさせたくなかったから。
     そして、彼女は興味深そうに視線を俺の手元に向けた。

    「……そういえばトレーナーさんも何か貰ったんですかー?」
    「ん? ああ、なんか今日のお礼代わりとかなんとかでワインをね」
    「へえ~、これもやっぱりセレブな感じなんですかね? チャテ? モウトン? 2000?」
    「といっても俺、お酒飲まないしなあ」
    「そういえば今日もソフトドリンクばかりでしたね?」
    「そうだ、君のご両親はワインとかは飲むかい?」
    「あー、お母さんはそれなりに詳しかったはずです、お父さんはボジョレー解禁日には飲みます」
    「そっか、じゃあこれは君の両親に送ってあげな、そもそも今日は俺が何かしたわけじゃないからね」
    「ええっ? いいんですか~?」

     勿論、とヒシミラクルに伝える。
     その後少し話し合って、ワインに関しては一旦俺の方で預かり、後日配送の手続きをすることとなった。

  • 12二次元好きの匿名さん23/10/02(月) 12:28:57

    「あっ、今日の写真も一緒に送ろうかな~?」
    「……写真なんか撮ってたの?」
    「ドローンで撮っていたみたいですよ? 神輿の上に居た時の写真、これです」
    「そこ……?」

     ヒシミラクルは一枚の写真を見せて来る。
     そこにはヤケクソ気味の引き吊った笑顔を見せるヒシミラクルと俺の姿が写っていた。
     ……いやまあ、楽しそうといえば楽しそうだけど。

    「メッセージもつけとこうかな、『大切に育ててくれてありがとう』とか、ちょっと恥ずかしいですね」
    「良いんじゃないかな、こういう感謝は伝えられるときに伝えとかないと」
    「よぅし、じゃあこんな感じで帰ったら用意しようっと…………ところでぇ~?」

     突然彼女は俺の前に回り込み、上目遣いで何かを伺うようにこちらを見た。
     ……なんとなく、嫌な予感がした。

    「トレーナーさん? なーんか忘れてることがありませんかー?」
    「……何かあったかな」
    「やだなーとぼけちゃってー♪ わたしに渡さないといけないものがありますよねー?」
    「…………いやあ、実はまだ用意出来てなくて」

     ヒシミラクルが誕生日プレゼントを要求しているのはすぐにわかった。
     だから、俺は彼女に対して正直な答えを返す。
     少なくとも────今日彼女が受け取ったプレゼントに見劣りしないものは、用意出来ていなかったから。
     担当トレーナーさんが誕生日にプレゼントを用意していないなんて、傷つくだろうか。
     でも、下手なものをプレゼントして、誕生日に水を差すよりはマシじゃないだろうか。
     答えの出ない悩みを引きずりながら、俺は彼女の様子を見る。
     ヒシミラクルは、心底楽しそうに、ニヤニヤとした笑みを浮かべていた。

  • 13二次元好きの匿名さん23/10/02(月) 12:29:19

    「またまた~、そんなこと言っちゃって~」
    「……いや、失望させるかもしれないけど、本当に用意は」
    「わたしのトレーナーさんが、わたしの誕生日に何もしてないなんてあるわけないじゃないですか」

     ヒシミラクルは、呆れの混じった微笑みで、さも当然といったようにそう告げた。
     煽っているわけではない、彼女は本気で、俺のことをそう信頼してくれているのだろう。
     そして、それは実際、事実ではあった。

    「大丈夫ですよ~? わたしはどんなプレゼントでもばっちこいですから~!」
    「はあ……期待はしないでくれよ……誕生日おめでとう、ヒシミラクル」
    「わぁい! ありがとうございます~!」

     俺は観念し、ため息をついてから、鞄の中から取り出した小さな包みをヒシミラクルに渡す。
     彼女はそれを大事そうにぎゅっと抱き締めて、花開くような笑顔を浮かべた。

    「ふふっ、あの、開けても良いですか?」
    「………………構わないよ」
    「なんですかその間は」
    「いや、目の前で見られるのは恥ずかしいけど、寮でがっかりされるよりはいいかなって」
    「……そこまで卑屈になられると逆に気になってきますねー?」

     少し苦笑しながら、ヒシミラクルは丁寧に包みを剥がしていく。
     そして現れた品を見て、彼女は目を丸くするのであった。
     そこにあったのはとある調理器具、木製の持ち手、薄く平たいステンレス製の板。
     二本セットになっているそれは日常でも良く見かけるものであり、彼女との日々では尚更だった。
     ヒシミラクルはこてんと首を傾げた。

    「…………………………ヘラ?」

  • 14二次元好きの匿名さん23/10/02(月) 12:29:34

     夜の静寂が、痛いほど突き刺さるようだった。

    「……いや、ほら、マイヘラとかあるから、そういうの欲しいかな、と」
    「……」
    「勿論これが本命なわけじゃなくて本当はちょっと良いところに食事へ連れて行こうかと思って」
    「…………」
    「だけどパーティで全部ご破算になっちゃって、でもこれはもう用意しててだな」

     俺の口は捲し立てるように言い訳を吐き出し続けていた。
     そう、俺が用意していたプレゼントは、お好み焼きを返すのに使う、ヘラ、テコ、返しなどと言われる器具である。
     あくまでこれ自体は冗談半分で、本命は食事に連れて行くことだった。
     しかし、サトノ家のパーティによって食事案が没となり、残ったのは冗談半分のプレゼントだけ。
     後日、もっとちゃんとしたプレゼントを用意しようとは思っていたのだが。
     さぞかしヒシミラクルもがっかりしていることだろう、そう思い、謝罪しようとした時だった。

    「…………ぷっ、あはは! あはははは!」

     ヒシミラクルは、身体をくの字に曲げて、お腹を押さえながら声を上げて笑い出した。

    「あははは、ヘラ……っ! くふふっ……年頃の女の子のプレゼントにヘラって……!」
    「……悪かったよ」
    「いえいえ、全然良いんですけど~、ぷっ、ふふっ、あははは! ひー、ポンポンいたいー……!」
    「…………うん、楽しそうで何よりだ」
    「あはは、それにしても、そんなにわたしってお好み焼きの印象がありますかー?」

     目尻にたまった涙をぬぐいながら、ヒシミラクルはそう問いかけた。
     言われて、少し考える。
     これを買おうとしたとき、俺は何を考えて、何を思い浮かべていたのかを。
     何故、俺はこれを彼女の誕生日プレゼントに選んだのかを。

  • 15二次元好きの匿名さん23/10/02(月) 12:29:51

     お好み焼きを作る、楽しそうな笑顔を浮かべるヒシミラクル。
     それを頬張って、幸せそうな笑顔を見せるヒシミラクル。
     美味しいよと伝えると、得意げな笑顔でドヤるヒシミラクル。
     お好み焼の印象が強い、というよりは────。

    「お好み焼きを作ったり食べたりしている時の、君の笑顔が好きだからかな」

     自分で言って、すとんと心に落ちた感じがした。
     なるほど、俺はあの笑顔が見たいと思ったから、お好み焼き用のヘラを選んだのか。
     なんともまあ、自分本位のプレゼントであろうか。
     少しばかりの自己嫌悪に陥りながら、急にヒシミラクルが静かになったことに気づいた。

    「………………またそういうこと言う」

     ヒシミラクルは、顔を真っ赤に染め上げて、俯き気味に小さな声で呟く。
     やがて、彼女は大きく深呼吸をしてから、改めて顔を上げた。

    「トレーナーさん、実はお腹空いていませんか? パーティで全然食べてませんでしたよね~?」
    「うっ、緊張しちゃっててね、まあでも気にしなくて大丈夫だよ」
    「えへへ、実はわたしも笑い過ぎで、お腹減っちゃって」
    「あんだけ食ったのに……?」
    「迫真の表情で聞き返さないでください……そっ、それにお神輿に一緒に乗ってくれたお礼もしたいので!」

     あれは一緒に乗せられただけなのだが、と思ったが黙っていた。
     ヒシミラクルはプレゼントのヘラを顔の横に掲げてみせると、ふにゃっとした笑みを浮かべる。

    「今から『これ』、使いに行きませんか?」
    「…………うん、そうだね、じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」

  • 16二次元好きの匿名さん23/10/02(月) 12:30:06

     それはヒシミラクルなりの、気の遣い方なのだろう。
     これは遠慮する方が失礼だなと思い、俺は彼女の提案に乗ることとした。
     俺の返事を聞くやいなや、彼女は尻尾と耳をピンと反応させて、スキップのような歩調で足を進める。

    「やたっ、今日は何にしようかな~、いつもの全部乗せにしちゃおうかな~♪」
    「あっ、お礼とは言ってるけど、お代は俺が出すからね、そこは大人として譲れないから」
    「はいはい、ですから私のお礼は別のものですよ~?」

     くるりと、ヒシミラクルは軽やかに振り向く。
     にんまりと、悪戯っぽい笑みを浮かべたまま、彼女は言った。

    「トレーナーさんがだ~い好きなわたしの笑顔を、たっぷり見せてあげますから」

  • 17二次元好きの匿名さん23/10/02(月) 12:30:29

    お わ り
    ミラ子誕生日おめでとう!(掛かり)

  • 18二次元好きの匿名さん23/10/02(月) 12:54:24

    良いSSや…
    さてはクロウトだな?
    ミラ子可愛くてヨシ!

  • 19二次元好きの匿名さん23/10/02(月) 12:56:05

    あとド級のライブ、メガドライブが言いたかっただけでしょ!

  • 20二次元好きの匿名さん23/10/02(月) 13:04:33

    今は3月31日4453時だからミラ子の誕生日

  • 21123/10/02(月) 14:19:02

    感想ありがとうございます

    >>18

    可愛いミラ子が書けていれば幸いです

    >>19

    ぎくり

    >>20

    誕生日ヨシ!

  • 22二次元好きの匿名さん23/10/02(月) 14:30:24

    何だかんだいって肝を据えなおすとつよつよになるミラ子すき
    もっと食べろ♡(プールが増えないとは言っていない)

  • 23二次元好きの匿名さん23/10/02(月) 14:30:34

    お誕生日…お誕生日…?
    それはそうとギャグ感とミラ子の可愛さが両方味わえる美味しいSSでしたご馳走様です

  • 24二次元好きの匿名さん23/10/02(月) 15:43:47

    このレスは削除されています

  • 25二次元好きの匿名さん23/10/02(月) 15:58:04

    愛の強えSSなのか…? 後味が良えんだ
    ほら作者!愛の強さでもう1作!

  • 26123/10/02(月) 19:21:45

    感想ありがとうございます

    >>22

    いざってときの強いのがミラ子だと思っています

    >>23

    ちょっと気が早かっただけだから……

    >>25

    愛の強さは無意味だったんだ…だから…すまない…

  • 27123/10/02(月) 21:15:17

    ちなみにどうでも良い小ネタ

    3月31日はサミーの日です、これはテストに出ますよ


    https://www.sammy.co.jp/japanese/anniversary/331day/

  • 28二次元好きの匿名さん23/10/03(火) 00:15:39

    わけわかんなくて好きだよ

  • 29二次元好きの匿名さん23/10/03(火) 01:22:41

    でもただのミラ子がかわいい良SSじゃねえぞ
    丁寧な下地の中にあにまんの味を忍ばせる
    ド級のSS ドSSだ!

    隠し味の主張が強えんだ
    食べたらちゃんとダイエットしやがれ!ミラ子ァ!

  • 30二次元好きの匿名さん23/10/03(火) 02:42:15

    >>28

    なんかスゴい見覚えある御輿だ…!

  • 31123/10/03(火) 07:47:51

    >>28

    イラストありがとうございます

    まさしく塔ヨシ! ミラ子もダイヤちゃんも可愛いです

    >>29

    いやはや申し訳ないね

    書き終わってからというもの感想に頼りねばやってけなくなってしまってねぇ

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています