【CP閲注】ねえ、なんでキハダ先生って【リプ→キハ】

  • 11 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/04(水) 23:32:11

    リップ→キハダの片思いものです。家族構成をはじめとした様々な脳内設定があります。


    また、いじめ表現や、多少の流血、または暴力表現があるので苦手な方はご注意ください。


    一応イメソン

    Kiss - I Was Made For Lovin' You


  • 21 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/04(水) 23:33:07

    木々が風にそよぎ、陽光が彼らを包み込むアカデミーの昼休み。4人の学生は、サンドイッチを頬張りながらワイワイとはしゃぎ合っていた。だが、1人がその流れを変えた。

    「そういやさ、キハダ先生の傷って何でできたか みんな知ってる?」

    「わたし 知ってるよ! あれは 転んだときにおもちゃがあって 当たり所が悪すぎてできた傷だって言ってた!」
    「え? ウチは 格闘技やってたころに できたって 言われたけんだけど」
    「オレは 料理中に 包丁でうっかりやったって 言われたけどな …だとしたら マジで不器用ちゃんだぜ」

    「え? もしかしなくても 全員 違うこと 言われてない?」
    「それって ダークナ〇トの ジョー〇ーやん…」

    「でもね 本当は…」

    「ちょっとちょっと!」

    するとそこに、カツカツとヒールの音が近づいてきた。ミモザだ。彼女は近づくや否や、生徒のなかの1人の肩をポンと叩いた。

    「ミモザ先生!?」
    「そういうさ ヒミツの詮索とか良くないよ? …それに 昼休み もうそろ終わりなんだけど?」

    「はぁい……」

    4人の少年少女たちは結局、キハダ先生があの傷が出来たエピソードを語りたがらないのか知れないまま、イソイソと教室へ戻っていった。ミモザは四つ葉のクローバーを模した銀のピアスをチャラチャラと触り、生徒たちの後ろ姿を見つめながら困り顔でつぶやいた。

    「まったく キハダ… あんなに 隠したがるなんて……」

    物語は、数十年前に遡る。

  • 31 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/04(水) 23:37:17

    ある晴れたパルデアの夏の日の夏休み。とある町に住んでいる少女が2人いた。その名前はリップとキハダ。
    リップは少しおてんばで、キハダはちょっと内気な性格だった。幼馴染の2人は良い遊び相手で、よく冒険に出かけていた。ポケモンバトルに勝ったほうが相手の言うことを聞くという名目でしばしば勝負をするほどの仲で、昨日のリップの勝利によってキハダはリップにより、自転車で町から少し離れた、ある森へと自転車で行くことになっていた。

    リップ父「リップ!ナルハヤで帰ってこいよ!」
    リップ「わかってるって!」

    リップの父は、妻の写真が納められた写真立てととブーケが添えられたちいさなテーブルのそばで、新聞を読みながらリップに言い放った。業界用語で。

    キハダ祖母「こんな服しかないけど しゃんとしなさいよ!」
    キハダ「うん 大丈夫 …だと思う」

    一方のキハダは、親類縁者と祖母の弟子たちがバタバタとする家の中で、丁寧にスニーカーのひもを結び、ドアをゆっくりと開けた。パルデアの日差しは、日焼け止めを通り越して刺すように彼女を突き刺した。

    キハダは急いで、自転車に不慣れなような運転で、しかも麦わら帽子にピンク色にアゲハントのシルエットが描かれたワンピースという服装でいつもの待ち合わせ場所に駆け付けた。

    キハダ「待たせちゃったかな? …ごめん」
    リップ「もう! でも 短パン必須って 言ったでしょ? むしよけスプレーは?」

    リップは黒いTシャツに短パンという服装で、建物の陰に隠れながら、愛用のバタフライナイフを手すさびに回してまだかまだかと彼女を待っていた。

    リップがキハダの両肩をバンと押すと、少しだけキハダがのけ反り、後ずさりした。

    キハダ「ゴメン …洗濯中 でも スプレーはしてきた」
    リップ「もう!」
    キハダ「で でも 大丈夫だって!」
    リップ「仕方ないな… リップの後ろ ちゃんと付いてきてよね!」
    キハダ「ごめん …わるいよね」

  • 41 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/04(水) 23:38:54

    キハダを不安に思ったリップは、彼女の両手をにぎりつぶすように掴み、眼を見開いて口を開いた。

    リップ「だってさ! 『リップとキハダは親友』 でしょ!?」
    キハダ「うんっ…」

    相変わらず気おくれしているキハダの肩を叩き、2人はいっしょに自転車に跨って森へと向かった。

    町の中心を抜けると、田畑が広がり始め、道は徐々に広くなっていく。
    初夏を迎えた道。ミニーブたちがお昼寝する原っぱ、水面がきらきらと反射する小川。

    リップ「気持ちいいね! キハダ!」
    キハダ「えっ… あっ 風が気持ちいいね!」

    風を切って走りながら会話をするのはなかなか難しかったが、2人が目指している森は、もうすぐ目の前に迫ってきていた。
    森の入り口は、まるでアーチのように木々が絡み合い、町のそれとは明らかに異なる、湿っぽくて、神秘的な香りが鼻をくすぐった。

    キハダ「なんか 気持ちいいね…」
    リップ「うん ワクワクする!」

    2人は自転車を停め、森の中へと進んでいった。深い森の中。とりポケモンたちが踊り、むしポケモンたちが甘い歌を奏でるさざめきを聴いた。

    キハダ「ねえ ちょっと 怖い…」
    リップ「だから 大丈夫だって! ただの 森でしょ?」

    リップは腕を振りながらずんずんと進み、一方のキハダは、ワンピースを軽やかな風になびかせ、リップに縋りつくようによたよたと歩きつづけた。木漏れ日が柔らかく2人を照らしていた。

  • 51 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/04(水) 23:39:25

    そして、2人は森の中でも開けた、色とりどりの花々と、青々と茂る草原へとたどり着いた。静かなせせらぎ。その水は透明で清らかで、川底には美しい石が輝いていた。

    キハダ「はっ …ここ きれい」
    リップ「ホント キレイだね」
    キハダ「この森のもの いろいろ拾ってもいいかな?」
    リップ「いいんじゃない? リップはポケモン ゲットしようかな!」

    リップは水辺で跳ね回りながら、ポケモンを探しまわった。キハダは水辺の花々を摘んで花冠を作っていた。
    そして、数時間後。

    キハダ「これ 上手にできなかったけど リップにあげる!」
    リップ「キハダ …これって… いや なんでもない! ゴイス…最高!」
    キハダ「ううん 自信なかったけど でも リップにあげたくて」
    リップ「…ありがと」

    キハダははぎこちない手つきで、めちゃくちゃな花冠をリップににかぶせた。
    その瞬間。リップは、キハダのぎこちない笑顔がまるで太陽のように明るく輝いたように思えた。だが彼女は、それが何を意味するかを知るには、まだ幼すぎたのだったのかもしれない。

    リップ「…うん ありがと」
    キハダ「どういたしまして でもさ もうそろそろ 夕方だよ」
    リップ「あ!!」

    夕日が沈む頃。彼女たちは大急ぎで帰路につくことにした。門限が近かったのだ。2人は大急ぎで自転車に跨り、それぞれの家への分かれ道まで全力でペダルを漕ぎ、そしてブレーキを踏んだ。空は赤やオレンジの光で彩られていた。キハダはずっと上を見つめていたが、ふとリップのほうへ振り返りった。

    キハダ「リップ 今日の冒険 本当に特別だったね」
    リップ「うん それから 『リップとキハダは親友』?」
    キハダ「えっ あっ 『リップとキハダは親友』!」
    リップ「キハダ 花冠は ずっと宝物にしておくね」

    リップはいつになく慎重な手つきで花冠をカバンにしまい、キハダと抱きしめあった。小枝のような腕が、リップの背中を懸命に締め付けた。

  • 61 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/04(水) 23:43:29

    夕方、アカデミーの放課後。4人はテーブルシティにある小さなサンドイッチの屋台の近くにあるテーブルで、各々の好みの小さなサンドイッチを頬張っていた。夕陽が西の空に広がり、オレンジ色の光が建物や木々に優しく差し込む中、彼らの影が長く伸び、制服のネクタイが風にたなびいていた。

    「…で その リップさんとキハダ先生 子供時代は性格が真逆だったんだっていう この噂 信じられる?」

    「マ?って感じ」
    「つまり キハダ先生はオシャレちゃんで リップさんはおてんばだったってことか?」
    「うん わたしもまだ信じられないかな~」

    「そうそう でもこれ …ミモりんとか サワちゃんから聞いたんだよね…」

    「そう言われちゃったら 信憑性ちゃん 大アリだな…」
    「…それにしても 性格って ポケモンじゃなくても変わることって 実際あるん?」
    「それは 人それぞれなんじゃない?」

    「リップさんとキハダ先生の昔話 もっと 聞いてみたい?」

    「うん!」「おう」「ん」

    「じゃ ヒミツだよ? 小さいころ こんなことがあったらしくてさ…」

  • 71 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/04(水) 23:46:30

    夕方の校庭。夕焼けが長い影を写し出していた。生徒たちが帰宅の準備をする中、グラウンドの一角はどことなく騒がしかった。そこには、サッカーボールを脇に抱えた少年と、その子分たちがフェンスに背を向けている小さな女の子を取り囲んでいた。その女の子は…キハダだった。

    「お~とっと! キハっち また逃げんの~?」

    彼は子分を引き連れながらキハダに声をかけた。彼らは所謂いじめっ子たちで、気弱なキハダをターゲットにし、徒党を組んでキハダにみずでっぽうを撃ったり、はっぱカッターで彼女が買った新品のドレスをズタズタに引き裂いたりするような連中だった。キハダは思わず後ずさりし、ガシャンと当たったフェンスの網を握りしめ、ごくりと唾を飲みこんだ。今日もまた、ああなるんじゃないかと。

    「あたしら 今日 サッカーの練習やりたいんだけどさ …あんた 『ゴール』役ね!」
    「じゃあ俺がゴールキーパーやるわ! ギャハハ!」

    キハダ「やめて …ください...」

    絞り出すように言葉を発するキハダに対し、彼らはぞくぞくと準備運動をしたり、妙に不器用なリフティングを始めた。

    「さっさと やろ!」「そうだな! やれやれ! やっちまえ!」

    キハダがサッカーボールの的にされそうになった寸前、バタフライナイフを構えた1人の少女の声が響き渡った。

    リップ「テメエら! 何やってんだ!」

    リップが足早に駆け寄ってきた。またキハダがいじめられてるかもしれないと思ったから。

    「あんた …リップだったっけ? 毎回毎回さ 口を挟まないでくれる?」
    「あんな小さいナイフでかかってくるつもりかよ?」
    「まあ見てろって 今から『ゴール』するからよ!」

    リップ「そうはさせない キハダにもうこれ以上哀しい思いをさせるなんて 許さない! やめろっつってんだろ!」

    「やっぱこいつバカだわ! お前もあとで『ゴール』な! 見とけよ …オラァ!!」

    そんなリップの制止は空しく、ボールがキハダめがけて蹴りだされた。

  • 81 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/04(水) 23:48:31

    その刹那、キハダの瞳に冷静で鋭い光が宿った。時間がゆっくりと進むかのように感じられた。
    彼女は一瞬のうちにボールの動きを察知し、手を握り、蹴られたボールが自分に当たる寸前に、拳を突き出したのだった。拳がボールに命中した手ごたえを痛みと共に感じ、そして事は起こった。

    「ブハァッ!!」

    いじめっ子たちのリーダーは、土埃を上げながらどさっと倒れこみ、気絶した。
    キハダめがけて蹴ったボールを正拳突きによって跳ね返され、顔面に直撃させられたのだ。

    キハダは息を切らし、鋭い痛みが滲む拳をさすり、涙を堪えながらいじめっこ達をにらみつけた。

    キハダ「………これ以上やるなら わたしだって ボコボコに殴り返してやるからな…」
    リップ「おいテメェら! これ以上やったらタダじゃすまねえぞ!」

    「やっべ! おい逃げんぞ!」

    この出来事は、キハダの反撃によって静かに幕を閉じた。いじめっ子たちが卒倒したリーダー格の男子を引きずってドサドサと逃げ出すと、グラウンドは再び静寂に包まれていった。

    キハダ「…ありがと リップ」
    リップ「当然だよ 『リップとキハダは親友』 でしょ?」
    キハダ「うん あと いまのパンチ …どうだった?」
    リップ「本当によかった! それならさ かくとうタイプの子 ゲットしたらどう?」
    キハダ「そうだね… わたしも 強くなりたいし」
    リップ「キハダ 手 痛い?」
    キハダ「痛くないって言ったら ウソになるかな …でも 大丈夫」

    キハダはややうつむきながら、痛むその手を慎重にさすりながら話した。

    リップ「なら行こ コンビニ」

    キハダは内心驚いていた。自分にもめざめるパワーが秘められていたということに。

  • 91 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/04(水) 23:51:50

    金色に輝く夕日がゆっくりと沈んでいく。テーブルシティの喧騒に包まれながらも、4人はテーブルに囲んでその噂を聞いていた。もうそろそろ街頭が燈るころだった。

    「…ってなわけ」

    「キハダ先生がいじめられていたなんて オレ 想像もできないけど …つらい経験してたんだな 案外」
    「…やば ウチ 同情するわ そのエピソード」
    「キハダ先生 やっぱりすごかったんだね! あんな風に自分を守れるなんて かっこいい!」
    「着眼点 そこなん?」

    「でも …その後 何が起こったかの話もあるんだよね」

    「それって いったい何なの? 気になる!」

  • 101 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/04(水) 23:55:35

    リップ「大丈夫じゃないって! コンビニ行って きずぐすりとか 絆創膏とか 買おうよ!」
    キハダ「いっつもゴメン リップ」
    リップ「だって 『リップとキハダは親友』 でしょ? 気にしないで」

    2人は手をつなぎながら、コンビニの灯りへと向かっていった。
    キハダ「わたし 絆創膏とか テープとか 自分で買うよ 『お花摘み』 してから…」
    リップ「…じゃ わたし その辺にいるね リップも 『お花摘み』…ってか トイレしたいし お先にどうぞ」

    リップは、キハダの『お花摘みが』終わるまでが終わるまでに絆創膏や氷を買い、コンビニの中ををぶらぶらして、適当に目についた雑誌に触れた。それはキラキラとした眼差しのモデルがプリントされたファッション雑誌だった。普段はあまり興味を示さないジャンルの本だったが、何となくページをめくってみると、ふと、マスカラ特集のページが彼女の目に留まった。

    リップ(リップも こんな風に変われるのかな? キハダが いじめっ子にやり返したみたいに 意外な一面を持ってたりするかな…?)

    魔法にかかったようなモデルの瞳の輝きに引き込まていたところに、キハダの声が聞こえてきた。

    キハダ「リップ  終わったよ!」

    キハダがトイレから声をかけてきた。リップは、驚きながら雑誌ドサッと棚に置き、彼女のもとへと走って行った。

    リップ「あっ! 絆創膏とか 買っといたし リップもそろそろ満杯だから…!」
    リップは、キハダのために買ったものが詰まったビニール袋を彼女に手渡し、トイレへと駆け込んだ。そうして事が終わった後。二人は自宅へと足を運んだ。その晩。リップがドアを開けると、晩酌中の父親が待ち構えていた。

    リップ父「おうリップ 今日はもうちょい ケツカッチンで帰るべきだったんじゃねえか? 心配だったんだぞ」
    リップ「うん 今日もちょっと キハダ助けてた…」
    リップ父「またか!立派だなぁ!ガッハハハ! …母さんも 喜ぶだろうな…」

    一方、キハダは弟子たちが出入りする中を通り過ぎて自室の勉強机に向かい、リップにバレないようにこっそり買った格闘技の雑誌を開いてみた。

    キハダ(わたしも イジメにリップを巻き込みたくない そしてやっぱり …強くなりたい)

  • 111 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/04(水) 23:56:41

    短めのSSなのでコメントも大歓迎です!よろしく!

  • 12二次元好きの匿名さん23/10/05(木) 00:11:23

    キハダ先生の傷に着目してこんなふうに話を広げられるとは…

  • 131 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/05(木) 08:47:52

    キハダが訪れた場所は、素朴な木造の家だった。一雨ごとに寒風が強くなる。赤く染まり始めた木の葉が舞った。夕焼けが木々の葉を美しく照らしたる中、キハダは不安げな表情で門を叩くと、老練な格闘家…彼女の祖母が出迎えた。ここはキハダの実家であり、祖母が経営する格闘技道場でもあったのだ。

    キハダ祖母「キハダ 本当におまえがやりたいっていうなら 鍛えてやってもいいよぉ?」
    キハダ「おばあちゃん …本当にできるか不安だけど …お願い」

    祖母が手を差し伸べ、キハダの手を取り、道場の中に案内した。木の床が足元に広がったかと思えば、空気は強い意志により振動した。
    祖母の弟子たちが高速の手刀、蹴り、そして叫び声を響き渡らせながら殴り合いをする光景が広がっていた。

    キハダ「ひえ…」
    キハダ祖母「恐怖は自然な感情だよぉ だけども キハダには才覚があるって おばあちゃん 見抜いていたんだよねぇ」

    強靭な気合の声が空気を切り裂く。

    キハダ祖母「キハダもここで強くなってぇ 覚えとき! 力は心 心は力よ」

    キハダは祖母の意味深な言葉を聞きながら、生まれ変わる冒険に向けて不安と興奮が入り混じる気持ちを抱えながら、こくっと頷いた。

    キハダ「はい!」
    キハダ祖母「じゃ まず 基礎をしっかり学ばないとね?」
    キハダ「わかりました おばあちゃん!」
    キハダ祖母「キハダ ここでは 師匠って言いなよぉ? それに 挨拶は『押忍』だよ?」
    キハダ「お …押忍!」

    キハダは祖母から拳にテーピングを巻かれ、ぎゅっと手を握られると、修練場へと向かった。

  • 14二次元好きの匿名さん23/10/05(木) 11:47:48

    キハダとリップの関係いいよね……期待

  • 151 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/05(木) 17:20:31

    月日が経ち、キハダはすっかり武闘家として目覚めていた。基礎を学ぶ段階で嘔吐するような貧弱な彼女の姿はもうそこにはなく、鍛え上げられた黒髪の少女と、鋭い眼光を放つ白髪の武闘家…キハダの祖母が対峙していた。

    キハダ祖母「今日は勝てるといいねぇ 容赦はしないよ?」
    キハダ「はい 師匠 あたなすら 超えてみせます…!」

    道場は秋の光に照らされ、静謐な緊張感に包まれ、木の床は整然と並んでいた。

    キハダ「押忍! よろしくお願いします!」
    キハダ祖母「押忍! かかってきなさいねぇ」

    両者は互いに礼をし、今日こそは勝てるという自信を胸にしたキハダは道場の床を踏みしめて構えた。眼光はケンタロスでさえ一睨みで追い返せるほどの覇気を放っていた。静かな間合いを破ったのは祖母だった。ルチャブルのように自由自在に仕掛けたコンビネーションの猛攻を、キハダは軽やかにいなし、その瞬間にカウンターを仕掛け続けた。

    キハダ祖母「…ウッ! …基礎が しっかり身についてるみたいだねぇ」
    キハダ(やった!)

    キハダは一瞬ぐらついた祖母に鮮やかな後ろ回し蹴りを仕掛けたが、その蹴りは空を切った。祖母はまるでみらいよちをしたかのように、いつのまにかキハダの背後から組み付いていたのだ。ギチギチと締め付けられる感覚が、道着越しに伝わる。

    キハダ(投げられる…!)
    キハダ祖母「いつも言ってるでしょ? 油断は大敵だよぉ?」

    このままでは負ける。瞬間、キハダは華麗な身のこなしで組付きを解き、祖母をとっさに投げ返した。だが、祖母はそのまま空中で回転して投げの反動などなかったかのように着地し、構え直した。

    キハダ祖母「あの組みを破ったのは キハダが始めてだよ 立派になったねぇ」
    キハダ「じゃあ師匠 こっちも容赦なく行かせてもらいます」
    キハダ祖母「?…かかってきなさい?」

    祖母が手招きしたその刹那。キハダの正拳突きを祖母が躱したのを契機に、キハダと祖母の技の饗宴が始まった。激しい打撃。躱し。巧妙な投げ技の駆け引きが続いた。2人の武闘を讃えるかのように、床がバキバキと響きわたった。そして、祖母が消耗しかけたその一瞬、それをキハダは見逃さなかった。

  • 16二次元好きの匿名さん23/10/05(木) 17:49:09

    リプキハ供給ありがたい

  • 171 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/05(木) 18:35:33

    この一閃。今しかない。

    キハダ「くらえ!!」

    キハダが祖母の胸目掛けてからてチョップを叩き込むと、彼女は急所に当たった手当たりを感じた。
    それを食らった祖母は1、2歩後退し、そのままドサリと仰向けに倒れこんだ。

    勝った。はじめて勝った。

    キハダ「やった…」

    キハダが肩を上下させ、はぁはぁと息を切らしながら、死んだかのように倒れ込んだ祖母を見つめていると、祖母はパチッと目を開き、何事もなかったかのようにムクリと起き上がった。

    キハダ祖母「良くやった! キハダ! 初勝利だけど …ただ暴れてるみたいだったし もう少し慎重さが必要だねぇ 油断は大敵!覚えときなよぉ!」
    キハダ「押忍! おばあちゃ …師匠! もう一度 組手 お願いします!」

    キハダと祖母はもう一度手を合わせて挨拶をすると、両者は再び構えをとり、組手を始めることにした。

  • 181 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/05(木) 18:39:08

    街灯が燈りはじめたテーブルシティには、サンドイッチを食べ終えた4人の生徒がデザートを楽しんでいた。

    「…って ことがあったんだって」

    「いや マジでこれ解像度高すぎん? 脚色とか入ってない? てかキハダ先生のおばあちゃん何者なん?」
    「…でも これ以上たむろしたら タイム先生からお説教ちゃんだぜ?」

    「まだ続きはあるけど… あ! 寮に帰って 部屋で話さない?」

    「うん! わたしも知れてうれしい! キハダ先生があんなに強い理由!」
    「相変わらず着眼点そこなん?」

    あるものはジェラートをズズズっと飲み干し、あるものは一気食いしたクレープのクリームが付いた指を舐め、それぞれのバッグを持ち上げた。

    「それじゃみんな 部屋においでよ 続きもあるから」

  • 191 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/05(木) 19:29:06

    それから数か月後。赤や黄色のこのはが散り、秋の終わりの色に照らされた学校の帰り道を2人は歩いていた。キハダをいじめていた連中はいつしか、彼女らを見かけるたびに道を避けるまでになっていた。

    「おいコラ!キハちゃ…」
    「おい!よせって!キハさんって言えって! …俺みたいになるぞ!」

    リップ「あいつら まだいる」
    キハダ「ほんとに そうだ…ね」

    2人は歩調を合わすたびに、お互いになんとなく違和感を感じていた。
    キハダはいつもおどおどしているのに、なんだか堂々としてきているな。リップは何だか最近、ちょっとお淑やかな歩き方をしているな。

    そんな中、リップが口を開いた。

  • 201 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/05(木) 19:29:43

    リップ「キハダ 今週の金曜の夜 パジャマパーティ やろうと思ってるんだ」
    キハダ「ほんと? …でも、どうして急に?」

    いつもならしないようなウインクをして、リップが答えた。

    リップ「ほ ほら! リップからキハダに やってみたいことがあってさ!」
    キハダ「昔 わたしがリップにマニキュアしたみたいなヤツ?」
    リップ「そう おしゃれなパジャマを着て おやつを用意して それから …って感じ?」

    キハダ「…面白そうだな!」

    いつにもなく快活に、キハダが二つ返事で返した。

    リップ「うん …それと ふと思ったんだけどさ リップとキハダ ちょっとずつ変わってきた気がしてない?」
    キハダ「えっ? …言われてみたら そうかも」

    リップ「…じゃ 今週の金曜だよ! じゃ! バイバイ!」
    キハダ「うん! わかった! 楽しみにしとく!」

    自室に帰ったリップは、カバンの中からメイクアップ道具とファッション雑誌を取り出し、少しにやけた。リップはどんなパジャマを着てくるんだろう?と。

    リップ(フフ 『誰でも 変われるマジック』 …か)

    そして彼女は、買いたてのコンシーラーを手にしてふと首を傾げた。

    リップ(これ どう使うんだっけ…?)

  • 211 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/05(木) 19:58:23

    枯れ葉がさらさらと鳴る月夜。リップの部屋に月明かりが微かに差し込んでいた。リップはピンク色のルームドレスで手すさびをしながら、キハダを待っていた。

    リップ「この生地 繊細だから あんまいじっちゃいけないんだけどな…」

    すると、リップの部屋にドアベルの音が鳴った。リップが大急ぎでドアを開けると、昔からは想像できないほど自信に満ちた様子で、半袖Tシャツと黒いジャージズボンでパジャマパーティーに現れたキハダの姿があった。

    リップ「キハダ!?」

    キハダの姿が見えるや否や、リップは思わず彼女を抱きしめ、キハダもリップを抱きしめた。リップは、小枝のようだったキハダの腕が逞しくなっている感触を背中に感じた。

    キハダ「押忍…! あ こんばんは!」
    リップ「その …すごいね! そのパジャマ すごく似合ってる!」
    キハダ「リップ ありがとな! こんなパジャマしか なかったんだけど」
    リップ「アハハ!」
    キハダ「リップのも すごくキレイだよ」

    リップのシルク製でピンク色のルームドレスが風になびいた。

    リップ「ありがと リップも 大人の階段 登っちゃいたいなって」

    リップとキハダはお互いの変化に驚きつつ、リップの部屋へと入っていった。

    リップの部屋はカラフルなメイク用具、そして二人の笑い声で賑やかに彩られ、柔らかなピンク色の明りがパジャマ姿の2人を照らしていた。そしておやつも残り少なってきたとき、リップがいつになく真剣に口を開いた。

    リップ「…キハダ きょう あなたを メイクアップの実験台にするのを許してくれる?」
    キハダ「え? わたし メイクなんて …マニキュアとか?」
    リップ「いや もっと 本格的なヤツ ナチュラル…?ってヤツ 試すだけ」
    キハダ「それは …ちょっと照れくさいけど …顔も洗ったしな! やってみて!」

    リップはキハダをやさしくベッドに押し倒すと、キハダの肌に軽くファンデーションを塗り始めた。キハダの肌に触れるたび、不慣れな手が震えた。

  • 221 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/05(木) 20:01:29

    リップ(まずはこれで 肌を均一に…するんだっけ?)

    キハダはリップの緊張した目つきを見つめながら、彼女はゆっくりとリップに彩られていった。アイシャドウ、マスカラ。そしてリップは、口紅を塗るとき…キハダの唇に触れるたびに胸の鼓動が高まるのを感じた。

    リップ「…よし できた!」
    キハダ「ありがとうな! リップ」
    リップ「これで キハダ 出来はどうか確認してくれる?」

    リップはキハダに鏡を差し出したが、彼女は自分の姿を見て…戸惑った。
    全然ナチュラルじゃないと。

  • 231 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/05(木) 20:15:55

    鏡に映った自分自身の姿にキハダは噴き出しながらも、満開の笑顔を浮かべた。

    キハダ「ありがとう、リップ! でも わたしとしては…」
    リップ「リップ うまくできて …なかった?」

    キハダ「これから眠るのに リップにしてもらったお化粧 落としたくないな!」
    リップ「…でも 落としたほうがいいよ お肌に 悪いのよ?」
    キハダ「じゃ 夜更かしでもするか?」
    リップ「え …それいいかも!」

    その後、2人はじゃれあった後、キハダはリップに蒸しタオルをかぶせられ、丹念にメイクを落とされた後、2人は一緒にリップのベッドに横たわり、窮屈な寝相でおやすみの挨拶をすることにした。

    キハダ「おやすみ」
    リップ「…うん おやすみ」

    カラフルな照明を消したリップは、キハダがスッと寝息を立てたとき、キハダに抱いている感情が何なのかを確信した。

    リップ(このままの関係が ずっと続けばいいな…)

    リップは眠っているキハダにキスをしようとしたが、キハダの寝息が感じられる距離まで顔を近づけたところで、まつげが重なり合うような距離で、それをやめた。
    だが、キハダが背中を向けるようにして寝返りをしたため、彼女の背に抱き着き、そして耳元でささやいた。

    リップ「おやすみ 大好きだよ …キハダ」

    部屋に差し込む秋の星々の光がより一層強くなった気がした。

  • 241 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/05(木) 21:51:28

    シンプルに片づけられた寮の部屋で、4人はそれぞれベッドや床など各々が好きな場所でゴロゴロと座っていた。

    「ね~! 面白いでしょ!」

    「パジャマパーティー? 今日 わたしたちもする?」
    「いや 外泊許可とか 面倒ちゃんだろ 今から突発なんてさ」
    「話が『そういう方向』に向かってると思うの ウチだけなん? てか何でそんなプライベートな話が知られてるん?」
    「実はオレも 何となく そう思ってるんだよな …っておい 他人のキッチンにあんまり近づくなって!」
    「あ! ゴメン わたし 喉乾いたから水飲むだけだよ! それでそれで?続きは?」

    「今日中に全部話しきれるかなぁ… まあ、それから何年かした後の話なんだけどね…」

  • 251 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/05(木) 22:00:13

    通学路が白い雪で覆われ、木々や街灯も雪の重みに耐えているようなふぶきの朝。暴風雪が通学生たちのコートやマフラーを揺らし、通学路に足跡が一筋ずつ刻まれていく。キハダは『MOTHER2』のスカジャンで、リップはウールー毛のチェスターコートを着ていた。

    リップ「あっ!」

    リップが氷に足を滑らせた瞬間、隣にいたキハダが瞬時に腕を組み、彼女を支えた。

    リップ「はぁっ ありがと それに …クシュン! 寒すぎ!」
    キハダ「危ないぞ! リップ それに このふぶきの中 何でそんな恰好なんだ?」
    リップ「何って …これ お気に入りだし 暖かいの でも キハダこそ そんな薄着で大丈夫なの?」
    キハダ「寒いさ! でも 寒いのには強くなったんだ 日々 鍛錬あるのみだからな!」

    キハダがリップに肩を貸して歩く中、リップは勇気を出して彼女に伝えた。

    リップ「ねえ 今度開催されるアカデミーのファッションショー 出てみない?」
    キハダ「リップが 出るのか?」
    リップ「いや キハダがモデル リップはあなたのメイクアップ係 あれでも あの時より上達してるんだから」
    キハダ「は はぁ?」
    リップ「キハダって 女の子っぽくないって 最近気にしてるでしょ?」
    キハダ「それは …そうだが」
    リップ「でしょ? でもね」

    風が強く吹き荒れ、雪が舞う中、リップはキハダの肩を掴み、面と向かって言った。

    リップ「自分らしさを 究極まで突き詰めることが いちばん 美しいの」
    キハダ「まあ …そうリップが言うならそうかもな!」
    リップ「じゃ 出場しちゃう!?」
    キハダ「…おう! いいぞ!」
    リップ「じゃ そういうことで!」

    2人はそう約束すると、睫毛が凍るようなふぶきの中で登校していった。これからファッションショーの準備が始まるのだ。

  • 26二次元好きの匿名さん23/10/06(金) 09:10:10

    保守

  • 271 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/06(金) 10:04:51

    そして、冬休みを目前とした日、ファッションショーの日は来た。空き教室は即席の楽屋となり、不器用に並べられた鏡や衣装ラックがひしめく中、つんと鼻をつくような香水の匂いのだくりゅうとプライドの熱気の中、出場者たちはせわしなく歩き回っていた。出場するモデルたちのあるものは煌びやかなドレスとアクセサリーで自分を埋め尽くし、あるものは鏡の前で不安そうにポージングの準備をしていた。

    そんな中、リップはキハダの最終調整をしていた。前よりももっと軽くファンデーションを塗り、その後、繊細なアイメイクとリップカラーでキハダを彩った。

    キハダの髪はリップの手で美麗なチャーレム風に整えられ、金色のイヤリングが耳元で輝いていた。黒と金色のヴィンテージドレスの背中のカットからは、健康的なキハダの筋肉の隆起を色香らせた。リップが思わず、心の中でため息をつくほどに。

    キハダ「リップ …ファッションショー その …すごく緊張してるんだ その ヒールとか 久々だし…」

    キハダは黒いヒールが慣れないようだったが、ウォーキングの練習をするところを見ると、体幹の良さでカバーできているようだった。

    リップ「大丈夫だよ キハダ リップは あなたが誰よりも自信を持ってランウェイを歩けるって 思ってるから」
    キハダ「…そうだな リップ よし! 行くぞ!」
    リップ「キハダ 絶対 クイーンになれるって! でも まずは リラックスね」
    キハダ「リラックス… リラックスだな?」

    時間は近い。2人はカツカツとヒールの音を立てながら、バックステージへと向かった。

  • 281 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/06(金) 17:20:40

    ファッションショーが始まった。喧騒が高まり、出番が近づいていることを感じたキハダは、舞台裏で少し震えていた。

    リップ「キハダ 大丈夫?」
    キハダ「ちょっと 緊張してるかな」

    リップはそんな彼女の横顔に、かつての面影を感じた。気弱な少女だったころの。

    リップ「キハダ 今日は私たちの大舞台 リップとキハダで 最高のショーにしてやろうじゃない」
    キハダ「ありがと リップ メイクも あの日より 完璧だしな!」
    リップ「もう! 今それ言う!?」

    「あの キハさん あ!リップさんも… そろそろ出番なんで!」

    裏方の声がかかった。
    キハダは深呼吸を繰り返し、目を決意に輝かせた。

    キハダ「行ってくる…!」
    リップ「あなたは 最高?」
    キハダ「わたしは 最高…!」
    リップ「じゃあ 行ってきて!」

    ポンポンとリップに背中を叩かれたキハダは、バックステージの暗闇から光り輝くランウェイに歩み出た。

    彼女の美しさと力強さに満ちたキハダの歩調に、観客たちは思わず見惚れてしまった。ランウェイの真ん中でその肉体美、ドレス、メイクアップをもってして、キハダは会場を拍手と歓声で包みこみ、その場を支配したのだ。

    だが、リップがバックステージから垣間見たものは、照明でも、観客の歓声でもなく、ドレスでもなく、ましてや自分自身が手掛けたメイクの効果でもなく、キハダそのものだった。

    リップ(キハダ… ほんとに リップ …どうすればいいんだろう)

    キハダがステージライトを浴びてポージングをする様子を見つめることだけに、リップは幕を握りしめながら集中するしかできなかった。

  • 291 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/06(金) 17:29:35

    大トリを務めたキハダが退場した後にファッションショーは無事終わり、会場内には熱気が立ち込め、拍手と歓声が鳴り響いた。観客たちは今か今かと、誰が第1位、いわゆる「クイーン」になるかの結果発表を待ち構えていた。バックステージの中では、あるものは手を握りしめ、あるものは脂汗を流し、モデルたちは、いや、皆が発表を待ち望んでいた。そんな会場をよそに、バックステージの中、リップとキハダは大はしゃぎでじゃれあっていた。

    キハダ「終わったな! 無事! わたしの晴れ姿は どうだったか?」
    リップ「! …あ すっごく うん 最高だった! 魔法にかけられたみたいに!」
    キハダ「ヘヘ 照れるな…」

    キハダが照れ隠しに鼻をさすっていると、会場にアナウンスが流れた。「クイーン」が誰になるのか。
    バックステージは緊張と期待の空気に包まれた。時折控えめな歓声や拍手が聞こえる中、キハダはドレスに身を包みながらも堂々と仁王立ちし、目をつむっていた。

    2人は抱きしめあった。リップは思い切りキハダを抱きしめたつもりだったが、キハダにとってはそれは優し気なものだった。

    キハダ「ふ …不安になってきた」
    リップ「絶対クイーンだよ 絶対」

    そしてドラムロールが流れ、司会のアナウンスが響き渡り、誰がクイーンかが発された。

    「そしてぇ!クイーンは! …キハダさんです!」

    瞬く間に会場は歓声で包まれた。キハダは驚きと喜びに満ちた笑顔をリップと交わし、肩を掴み合ってピョンピョンと跳ねまわった。

    キハダ「え ………リップ 本当にありがとうな!」
    リップ「ううん これは キハダの実力だよ さ 行ってきて」

    リップはトントンと彼女の背中を叩き、キハダをメインステージへと送り出した。花吹雪が煌めく会場の中、実行委員長が待ち構えていた。手に栄冠を示すティアラを輝かせて。

  • 301 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/06(金) 21:38:08

    「おめでとうございます これをどうぞ!」

    キハダ「ど …どうも!」

    キハダがティアラを戴冠された瞬間。会場は大きな歓声と拍手が湧き起こり、スピーカー以上の轟音が鳴り響いた。

    「すげえ! あの… キハさんが!」
    「あたしは やっぱりクイーンになるって思ってたけど?」
    「…キハダ! キハダ!」

    誰かが始めたキハダコールが会場全体で鳴り響く中、キハダは少し涙でメイクを崩しながら、マイクを握りしめて叫んだ。

    キハダ「みなさん! わたしの親友 リップにも盛大な拍手を!」

    キハダの声が会場内に響き渡り、また観客たちは一斉に拍手を送った。『しょせん親友か』と思った1人を除いて。

    キハダ「リップ こっち来て! 来て!」

    突然の提案に困惑しながらも、リップはキハダへと近づいていくと、マイクを手渡された。ハウリングと同時に、会場が静まり返った。

    リップ「え えっと…」

    多数の生徒たちに注視される中にいきなり引きずり出されたリップは、少し戸惑いながらも、マイクに向かって叫んだ。

    リップ「ありがとうございます! いずれ キハダも リップも ビッグになります!」

    ステージにキハダと共に並んだリップは、またまた盛大な拍手を浴びた。おかげハウリングした音はかき消された。

  • 311 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/06(金) 22:24:39

    ファッションショーは終わった。寒々しい街角で、冷たい風が2人の耳に雪の欠片をささやき、耳を赤くした。空には嵐の兆しが漂っていた。

    リップ「ファッションショー 最高だったね」
    キハダ「おかげで クイーンになれた! へへっ」

    リップが肘でゴツゴツとリップをつつくと、キハダもまんざらでもない様子だった。
    肩を並べて歩いていくうちに、リップはふと笑顔を消し、キハダに、いつになく真剣な表情で言った。

    リップ「あのさ 言いたいことがあるんだけど」
    キハダ「ん? いいぞ?」
    リップ「リップはアーティスト目指そうと思うんだけど キハダも一緒にモデルとして やっていかない?」
    キハダ「いや …わたしは リップに メイクの先生になってもらおうと思ったんだが…」

    リップ「え?」
    キハダ「そう! わたしはリップに先生になってほしいんだ! わたしと 同じように」
    リップ「モデルになる気はないってこと?」

    冬の毛布を突風が撫で、髪を乱した。ふぶきが2人を包み込み、彼女らの視界は真っ白になった。

  • 321 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/06(金) 22:42:40

    リップ「キハダ もしかして 教師に なろうとしてたの!?」
    キハダ「そうだ! モデルなんてどうせ 寿命短いんだろ?」
    リップ「………」
    キハダ「それに クイーンになったからといって…」

    ずっと一緒にいてくれると思ったのに。

    リップ「ウッソ 信じられない!!」

    リップは思わずキハダを両手で突飛ばそうとして両肩を手のひらで叩いたが、キハダの鍛えられた肉体に対してビクともしなかったどころか、逆にリップが路上にしりもちをついてしまった。

    リップ「ウッ! …あ ゴメン」
    キハダ「なあ いきなりどうしたんだ? リップ」

    冷たい路面に倒れ、俯き、涙目になってしまったリップの手をキハダは握ろうとしたが、キハダはそれを振り払われてじまった。

    リップ「リップの手 掴まないで! やめて!」
    キハダ「なあ! リップ! …リップ! バトルしたら言うこと…」
    リップ「そういうの 今はいいから!!」

    力で無理やり抑え込むことはできただろうが、再び掴んだ腕を振り回して抵抗するリップに対し、キハダはそうとはいかなかった。というよりも、できなかった。2人はにらみ合うような、お互いに泣いているのか、わからないまま見つめ合った。

    リップ「…じゃ さよなら」
    キハダ「うん また… 明日…」
    リップ「…フン」

    キハダは立ちすくみ、スカジャンのポケットに手を突っ込みながら、カツカツと冬の路地を踏みしめながら歩いていくリップの後ろ姿を眺めていることしかできなかった。淋しげなリップの後ろ姿を見つめることしかできなかった。

    街の明かりが一つずつ点灯していき、町は静寂に包まれていった。風は止み、クイーンを祝福したときの花吹雪のような雪片がゆっくりと舞い降りてくる中、帰宅したキハダは無言でメイクを落とすことにした。

  • 331 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/07(土) 10:10:39

    寒空の中、リップは勢いよく部屋のドアを開いた。窓からは雪が積もった庭が見え、静寂が部屋に広がっている。リップはメイクアップの道具を整理しながら、鏡の前で自分を見つめていた。自分のメイクを落とした自分自身のすっぴんを見つめると、キハダとの思い出が脳裏に浮かんできた。昔の自分はこんな感じだったかな。キハダと一緒に遊んだ日々、それがどんどん遠くなってしまったこと、そして彼女といつか別れの日が着てしまうこと。彼女は深いため息をついた。傍らには、ドライフラワーが飾られた額縁が壁の上に飾られていた。

    リップ(キハダに あんなことしちゃったの 謝ったほうがいいのかな…)

    一方、シャワーを浴びて帰ってきたキハダの暗い部屋には、トレーニング用の道具やスカジャンが散らばっていた。だが、部屋の隅にある棚には自分のトロフィーが並んでいた。窓の外では吹雪がまた始まったようで、暴風雪の音がやけに静かに聞こえた。クイーンのティアラを見つめても、やけに虚しい。彼女は日夜訓練と試合に没頭する日々が続けていたが、今日はダンベルを持ち上げる気も起こらず、そっとティアラをトロフィーの棚に入れた。

    キハダ(リップのこと 傷つけちゃったかな)

    天気予報では、今日は一晩中吹雪らしい。それも、ずっと続くと。
    2人は結局、冬休みの間中に顔を合わせることができなかった。

  • 341 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/07(土) 19:53:45

    外はもう夜が目覚めそうなほど暗くなっていた。4人の生徒たちは相変わらずゴロゴロしながら、その昔話を聞いていた。

    「えっ? 一旦 決別したん? で 仲直り?」
    「そういう展開かぁ! 意外!」

    「いや あのさ …オレ もうそろ時間だと思ってるんだけどよ…」
    「あ! 門限!? もっと聞きたかったけどなぁ」
    「えっ!? もうそんな時間!?」
    「まあ ウチも 気になってはいたし… 『その後の展開』」
    「そうだよな オレも 気になるぜ」

    すると、生徒の1人が、イーブイのバッグにまだ開けていないエナジードリンクやモバイルバッテリーを詰め込み、皆に言った。

    「ウチ 思うんだけど じゃ 通話せん?」
    「それいいね! わたしも 続き 聞きたいし!」

    「それもそうだね みんな帰ったら 続きを話すよ これからが面白いからさ…」

  • 351 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/07(土) 21:54:35

    数日が過ぎ、キハダに会う勇気もなかったリップは、とぼとぼと実家に帰省することにした。

    リップ「ただいま…」

    暖炉がパチパチと響き、美しく飾られたツリーがリビングの一角に立てられ、温かなキャンドルの灯りに照らされていた。写真立ての中の母も、こころなしかいつもより笑っているように見えた。

    リップ父「お! 帰ってきたか! これは マイウーだぞ?」

    2人きりの空間。リビングの暖炉からは暖かな炎がゆらめき、テーブルには父が作った料理が並んでいた。そしてツリーの傍らには、ピンク色と黒のラッピングがされた箱が2つあった。

    リップ「ただいま …お父さん」

    リップは父と共にリビングに座り、興奮した様子の父に対し、必死で笑顔を作った。

    リップ父「…おいおい 落ち込んでんのか?」
    リップ「いや プレゼント 楽しみだなって …思っただけ」
    リップ父「今日はな リップのほかに 親友のキハ…」
    リップ「やめて」

    リップの父は、いつもこの日に一緒に来てくれる娘の親友が側にいないことから、愛娘に何が起こったのかを察した。

    リップ父「…そうか じゃ まずは プレゼント 開けてみようか!」

  • 361 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/07(土) 22:00:05

    リップは無理矢理に笑顔を作った父から手渡されたプレゼントを手に取ると、その重みから中身が何かをを察した彼女は、小さいころのようにバリバリと包み紙を剥がした。小ぶりなそのラッピングの中からは、ブランドのフォントと 、アゲハントのシンボルが施された9色のアイパレットが現れた。

    リップ「え ゴイスー…! これ高いヤツでしょ!?」
    リップ父「だろ? お前も最近シャレオツになってきたから いいかな~って思ったんだよ!」

    リップは父にバンバンと肩を叩かれながら、プレゼントを眺めた。だがリップは正直、素直に喜べるような状況ではなかった。

    リップ「うん ありがとうパパ すごく綺麗だね…これ それで …うっ」

    リップが思わず顔を両手で隠しながらうつむくと、父は愛娘のその指から涙を零す姿に困惑したが、暖炉の火が弱くなったころ、彼はそっと彼女の背中に手を添えた。

    リップ父「リップ …こんな聖夜に言いたくないけどな…」

    リップの父は、妻の写真―リップの母―の写真が入った写真立てをパタンと倒し、見えるか?と、娘にうすく残っている額の傷を指さした。

    リップ「それが なに?」

    リップ父「これは『血の兄弟』の儀式っていってな こうやって額に十字の傷を付けて ごっつんこすれば …永遠の絆を結べる儀式なんだ ま 所詮はおまじないだけどな」
    リップ「え …そういうの あるの?」
    リップ父「ああ だから俺は今でもマブダチと仲がいい だけどな? 今日は 母さんのためにも 楽しもうぜ!」

    彼は写真立てを起こすと、どっこいしょと立ち上がった。

    リップ父「ま こんなお話もなんだし お料理も 冷めちまう 早く食おう な?」
    リップ「うん そうだね… お父さん」

    すると、暖炉の火がふたたび明るくなり、静かな夜を照らしだした。小ぶりなケーキを切り分ける父親をよそに、リップはフォークを手に取り、白い恋人たちが窓の外で舞い踊る様子を眺めた。
    黒いラッピングに金色のリボンが結ばれたプレゼントは、ずっとツリーのそばにあった。

  • 371 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/07(土) 23:25:08

    リップ父「おやすみ」
    リップ「うん おやすみ お父さん」

    夕食は終わった。とっくに深夜になっていた。

    リップの子供部屋の中央にはふかふかの絨毯が敷かれ、その上には色とりどりのクッションが並べられていた。リップのお気に入りのアロマキャンドルに炎を灯すと、部屋の中には淡い香りが漂った。リップは、鏡台に並べられたキラキラと輝くメイクアップ用具や香水瓶をぼんやりと眺めていると、ふと、鏡に映った自分と目が合った。

    リップ(そういや昔 この部屋でまくら合戦とか キハダとしたっけ)

    リップはどさっとベッドに横たわると、父から貰ったばかりのプレゼントを見つめた。寒風が窓ガラスにゆらぎ、ふぶきの予感を感じさせていた。リップの部屋は暖かな明かりで照らされ、白いカーテンが優美に揺れていた。

    リップがそのプレゼントをドサッとベッドの傍らに置くと、彼女は部屋を見回した。部屋の壁には、あこがれのモデルのポスターや写真、そして自分でデザインしたファッションスケッチが飾られた額縁があった。

    それらは全て、キハダにこうなってほしいという願望を抱いて描き、貼り、作ったものだった。

    リップは携帯電話を手に取り、震える指でキハダの電話番号を押して、コール音に耳を傾けた。

    リップ「キハダ …お願い 出て」

  • 381 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/08(日) 10:38:49

    夜も更けた中、4人は薄暗い部屋の中でスマホロトムを片手に噂話に耳を傾けていた。

    「…こんなことがあったんでね それで…」

    「オレ 何となく リップさんの気持ちが分かった気がしたな」
    「本当に おもしろいね で 続きは?」
    「ちょ ここからどう仲直りできるん?」

    「まあ これからがクライマックスなんだよね みんな 寝ないで聞いてね? いくよ…」

  • 391 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/08(日) 10:39:53

    窓ガラスに打ちつける吹雪の雪粒は、まるで魔法の粉のように、美しい模様をリップの部屋の窓に描いていった。コール音と風の音がリズミカルに耳に響き、不器用な交響曲が演奏されているかのようだった。すると、携帯電話から待ち望んだ声が聞こえてきた。

    キハダ「………リップ? こんな時間になんだ?」
    リップ「いや ただ 声が聞きたくて それに 謝りたいし…」
    キハダ「リップ? リップ! …アレの件か? もうあれは昔のことだ! 気にしないでくれ!」

    リップの予想に反し、あっけらかんとした態度のキハダに、リップは一瞬言葉を失った。

    リップ「え!? うん …ありがと でも ごめんね」
    キハダ「だから 昔の話だって言ったろ? それでいいんだ」

    キハダの意外な反応をよそに、部屋の窓はガツガツとあられが痛めつけている。キハダはカーテンをの外を見やりながら、通話を続けた。

    キハダ「あの時は こっちこそ 悪かったな! あのころのわたしは 本当に気弱で…」
    リップ「それはどうだっていいよ リップとキハダ それぞれ 成長したんだから」
    キハダ「でも あのころはずっと リップみたいに強くなりたくなったんだ」

    リップ「実際 キハダは強くなったよ 楽しい思い出も たくさん作ってくれたし」

    キハダ「ありがとう …リップ」
    リップ「ねえ 冬休みが終わったころにさ あの夏行った森に 2人で行かない?」
    キハダ「まあ …カレンダーに書いとく! 何するんだ!?」
    リップ「それはね ヒミツ じゃ おやすみ 場所は あの場所ね?」
    キハダ「ああ 昔 よく行ってたところだな! おやすみ! いい夢見ろよな!」

    ふぶきは続いていた。風は雪粒を舞い上げ、街灯でさえ凍てつかせていた。

    リップ「…『血の姉妹』かぁ…」

    彼女の携帯電話を持っている片手には、かの日のバタフライナイフが握りしめられていた。

  • 401 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/08(日) 18:13:12

    長い冬は終わり、春が来た。木々の枝に残った雪片は青空に溶かされ、パルデアの太陽が地面に広がる水たまりに輝きをもたらしていた。いつもとは違うブーツを履いたリップは、バシャバシャと水たまりを踏みつけながら、約束した場所へと向かっていた。あの夏の日と同じ、「いつもの」待ち合わせ場所に。公園には花びらが風に舞っていた。リップは、可憐さとアクティブさを持ち合わせたスポーティーなスタイルだったが、華やかなメイクは欠かさなかった。

    リップ「キハダ 遅いな…」

    すると、相変わらず乱暴にベルを鳴らしながら自転車に乗ってきたキハダが勢いよくリップの目の前を通り過ぎていった。

    キハダ「すまん リップ!これブレーキ壊れてるんだ!」

    リップはズザザッとスニーカーで自転車を自力で止めると、リップの前に歩み寄った。

    リップ「キハダ! まだそれ乗ってるの!? あの頃から!?」
    キハダ「仕方ないだろう? 無駄遣い したくないし …それで 今日は 何するんだ?」
    リップ「まだ決めてないけど あの森に 夕方ぐらいに行きたいなって」
    キハダ「じゃあ ピクニックでもするか?」
    リップ「そ それもいいね! そうしようと思ってた!」

    2人が向かった道中は、昔のように青々とした木々が高くそびえ、小川が穏やかに流れていた。いつのまにかシキジカもはるのすがたになっていた。さえずりを奏でるとりポケモンたちが空を舞い、太陽と風がリップとキハダの周りを包み込んだ。そして、開けた場所…キハダがめちゃくちゃな花冠を作った場所へと向かって行った。

  • 411 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/08(日) 18:17:06

    リップ「キハダ この場所って 本当に きれいよね」
    キハダ「確かにそうだな! リップといつも 行ってたよな」
    リップ「あ! スプレー 持ってきた?」
    キハダ「当たり前だ! 当然だろ?」 

    リップが持参したバスケットには、新鮮なサンドイッチ、フルーツ、そして魔法瓶入りのハーブティーが詰まっていた。

    リップ「さ 時間つぶしに ピクニックしよ! これ どう?」
    キハダ「うまそうだな! わたしも これぐらい作れるようになりたいものだが…」
    リップ「久々に会えたんだし お腹いっぱいにならなきゃね!」
    キハダ「楽しみだな! 夕方まで ここか?」

    リップは魔法瓶からローズヒップティーを飲んで微笑み、キハダがサンドイッチを笑顔で頬張る様子を眺めていた。

    リップ(私だけのものに なればいのに)

    ピクニックが終わった後、2人は川辺の石に座って水面に映る太陽の光景を楽しんだ。暖かなそよ風が軽やかに吹いていた。

    キハダ「やっぱり 『親友』といれば時間が立つのも早いな!」
    リップ「そうだね 少し お散歩していかない?」

    リップは言った。ポケットにそれを握りしめながら。

  • 421 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/08(日) 23:56:47

    ピクニックの後、リップとキハダは夕暮れの森の中を、久しぶりに手を繋ぎながら歩いていた。日が傾き、森の中にはゆったりとした静寂が広がっていた。不思議と夕闇への恐怖はなかった。

    リップ「ねえ キハダ この森って 本当に素敵 そう思わない?」
    キハダ「ああ 森の匂いとか …たまらないよな!」
    リップ「うん …リングマとか 出てこないといいけどね」
    キハダ「そんなことがあったら わたしが ひんしにしてやる!」
    リップ「ずいぶん タフになっちゃってない?」
    キハダ「当然だろ? わたしは 筋肉モリモリの かくとうタイプだからな!」

    リップ「キハダとリップで 久々に …いっしょに遊べて 楽しかった」
    キハダ「こちらこそ…」

    2人は木々の間から覗く夕焼けを眺めながら、些細な近況報告をした。森の中には小さなポケモンたちのなきごえが聞こえ、風がそよそよと吹いていた。

    キハダ「なあ リップ どうしてわたしたちは 真逆の性格になったんだろうな?」
    リップ「そりゃ …キハダの影響かも あっ いや」
    キハダ「ありがとう 今も昔も リップは素敵だぞ」

    夕暮れの光がますます深まり、彼女たちは森の中に消えていく夜の訪れを感じながら、手をつないだままゆっくりと歩き続けた。

    夕日が落ち、2人があの夏に来た日の平原には、月明かりに照らされてた静謐な空気に包まれていた。

  • 43二次元好きの匿名さん23/10/09(月) 10:30:31

    片思いの相手から友達って言われるのきついよな……

  • 441 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/09(月) 16:04:15

    草原で寄り添う2人。空は夕焼けの余韻を残したまま、満月と星々が顔を見せかけていた。

    キハダ「…そろそろ 帰る時間じゃないのか?」
    リップ「いいえ」

    リップは小さなバタフライナイフを器用に振り回しながら取り出すと、持ち手側をキハダに手渡した。

    リップ「これ 持って」
    キハダ「えっ これって ナイフだろ??」
    リップ「そう …それでね」

    リップ「額に十字の傷をつけて ごっつんこすれば 永遠の『血の姉妹』になれるおまじないなんだって」

    月明かりがナイフに反射するほどに美しい満月が二人を照らした。風が森の木々の中をそよそよと泳ぐ音が聞こえた。リップは今まで以上に、真顔でキハダの眼を見つめていた。

    キハダ「そうか それにしても …今夜は 満月 ピッカピカだな!」

    星々の輝きが彼女たちの瞳に反射した。

    キハダ(リップの目って こんなに 綺麗だったんだな)

    リップ「………」
    キハダ「…先に わたしに やってくれ」
    リップ「え? 本当に いいよのよね? キハダ」
    キハダ「あ… ああ! リップ きっとうまくいくぞ」

    リップはキハダから手渡されたナイフを握りしめると、眼を閉じ、静かに深呼吸をした。

  • 451 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/09(月) 16:12:43

    リップは、キハダの額に刃を、縦に、横にとゆっくりと動かし始めた。リップはキハダの肌を傷つけることなんてしたくなかった。だが彼女は、これは『血の姉妹』となる儀式の一環だと自分に言い聞かせながら、彼女の額を、少し震えた手でなぞった。あの時、メイクアップをするような手つきで。

    キハダ「あっ…!」

    キハダの額から、一筋の血がたらりと流れた。

    リップ「ごめん… 痛かった?」
    キハダ「いや 大丈夫! これぐらいなら ツバつけとけば 治る! ありがとう リップ わたしたち これからもずっと …親友 …いや これからは姉妹になるんだろ?」
    リップ「ん キハダ ……ずっと一緒にいてよね…?」
    キハダ「もちろん」

    リップはキハダの血が付いたバタフライナイフを舐めると、それをキハダに手渡した。

    キハダ「じゃあ わたしも リップにするぞ」

  • 461 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/09(月) 16:16:00

    リップ「ありがとう…」

    キハダにナイフが手渡された。今まではずっとリップにメイクをしてもらっていたのに。彼女に綺麗にいてほしかったのに。でも、今度はこういうことになるなんて…彼女の額に切先が触れたとき、キハダは涙をこらえながら口にした。

    キハダ「……いくぞ」

    キハダはそれをそっと受け取ると、同じように、リップの額に小さな十字の傷をつけた。優しく、傷跡が残らないように。

    リップ「ああっ……!キハ…!」

    肉を切り裂く感覚って、こんなに激しかったっけ?と、日々の鍛錬でも感じたことのないような感覚がキハダを揺さぶった。リップはキハダの震える切先を漢字ながら、その目を見つめ続けていた。そして、それは終わった。

    キハダ「悪い! 痛かったか!?」
    リップ「全然 だいじょうぶ」
    キハダ「なら よかった これで この後 ごっつんこすれば わたしたちは『姉妹』になれるんだな!」

  • 471 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/09(月) 16:18:20

    キハダとリップは泣きながら笑い、2人は手を取り合い、指を絡ませ合った。
    指先が触れ合うたびに、こころの鼓動が共鳴していく気がしたから。

    リップ「ねえ キハダ 『バタフライキス』って知ってる?」
    キハダ「え?」

    リップ「フフ やっぱ 知らないと思った それはね…」

    リップ「睫毛と睫毛を重ね合うようなキス それのこと」
    キハダ「……… じゃ ごっつんこだ」
    リップ「うん」

    こつん。

    静かに目を伏せた2人は、どちらからともなく抱きしめ合った。
    真意は解らないが、2人は固い絆のようなもので1つになろうとしていた。睫毛が触れ合うか触れ合わないかの距離で息が交わる。唇が触れ合いそうな距離で、2人は「バタフライキス」をした。月夜の元、彼女は静かに抱きしめ合った。

    どちらからともなく額と額を離すと、あっけなく儀式は終わった。所詮はただのおまじないだと、リップは自分に言い聞かせた。

    キハダ「アハハハ! わりと すぐ終わったな! さ 帰ろう」
    リップ「う …うん リップとの約束 ちゃんと守ってね」

    リップ「あと 明日の自分すらも 超えていってね キハダ」
    キハダ「リップこそ 新しい自分に 生まれ変わってくれ! 約束だぞ?」

    額を突き合わせ、お互いの息がかかるような距離で囁き合った2人は、額の傷に絆創膏を貼り、暗くなった森をそそくさと出ると、意外とそんな深い森じゃないんだなという感慨を抱きながら、その森を抜け出した。月の光が、やけに暖かい光の中で自転車を漕ぐ2人を照らした。2人は分かれ道に到着すると、ズザザッと自転車を停めた。

  • 481 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/09(月) 16:19:55

    正直、深い傷だったかもしれない。だが、2人は夜の公園で向かい合った。

    リップ「キハダ…」
    キハダ「ん?」
    リップ「これからもずっと 『リップとキハダは親友』でいいよね?」
    キハダ「ああ もちろん! …というか これからは 『血の姉妹』なんだろ?」

    夕食が待っている。2人はふたたび抱き合った。何分間も。そしてそれが終わると、2人はそそくさと自分たちの家へと帰っていった。

    リップ(キハダ 強くなってね リップも 強くなるから)

  • 491 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/09(月) 16:39:58

    「…ってなわけ」

    空が白み始めようとした中で、4人の少年少女は語っていた。

    「ファー …オレ 覚えられてるか 不安ちゃんだぜ 忘れたらまた教えてくれ…」
    「ウチも 噂の真相知れて楽しかったけど そろそろ 寝落ち…」 
    「………zzz(寝言でゼットゼットと言っている)」

    「みんな 寝るの早いなぁ」

    「オマエが 不眠不休ちゃんなだけだろ…」

    皆がスマホロトムをオフにすると、語り手もまた、久々にストンと眠りについた。

  • 501 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/09(月) 17:58:37

    パルデアの朝日が差し、生徒たちはぞくぞくと寮からアカデミーへと歩いて行った。

    「おはよう!」

    「うん!おはよう!」
    「おはようちゃん…」
    「あ! …おは」

    「昨日話したこと 全部覚えてる? 実はさ …最新情報があってね!」

    「そりゃ 聞きたいけどよ でも後で! 全部聞きたい! って感じだぜ」
    「うんうん それもそうだね フワァ~…」
    「ウチも同感 あ 今日も 居眠りしそ…」

    登校していく生徒たちを見守っているミモザは、腕組みをしながら呟いた。

    ミモザ「まったく… あの子に教えたらあっという間にウワサ 広がるんだから…! それに サワちゃんにも教えないようにしないとダメじゃん! 気を付けとこ」

    すると、いつもより大きめなカバンを背負ったキハダが、ミモザに大声で挨拶をした。

    キハダ「押忍! ミモザ先生!」
    「うわぁ! ビビったんだけど? というか そのカバン 大きすぎない?」
    キハダ「今日のランチは 久々に 外食にすることにしたんだ! 血のしま… むかしの 親友とな」

    あの日の黒と金のワンピースのようなドレスが、そのカバンには丁寧に畳まれていた。

  • 511 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/09(月) 18:00:37

    そして、今日も鏡の前に立つリップが見つめているものは、誰もが羨むほどの完璧な美貌を誇った彼女自身だった。だが…その中でも彼女自身が一番気にしていたものは、額にある小さな傷だった。前髪で隠そうと思えば隠せるようなものだった。

    リップ「これ 消したほうがいいかな…」

    リップはこの日、久々にキハダとランチに行く予定があった。奇しくもあの儀式をした時と同じ日付に。
    傷を隠すためのコンシーラーを塗ろうとしたその瞬間、彼女の脳裏に、キハダの優しさ、強さ、笑顔、そして彼女への特別な気持ちが駆け巡った。ナルハヤで仕事終わらせて、キハダに傷見せて、ワタシたちはまだまだ『姉妹』だよね!って言えばいいかな? と。

    肌の傷を隠すことはできる。でも、心の傷は隠すことはできない。

    リップは手際よくバッグに荷物を詰め、ベイクタウンを飛び出すように扉を開けた。あるはずもない期待を胸にして。
    キハダも、お互いに感じているものは友情ではないことだと思っていたりして …と。

    リップ「あ! もう 行かなきゃ」

    リップの家の玄関には、不器用な、暴れているようにしか見えないような作り方をされた、めちゃくちゃな花冠がドライフラワーになったものがケースの中に飾られていた。

    ―おわり―

  • 521 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/09(月) 18:01:03

    【あとがき】


    お付き合いいただきありがとうございました。これはキハダ先生の傷跡を友達と考察したときに、「ダークナイトのジョーカーみたいに、訊かれるたびにコロコロ変わる」という妄想が友達から飛び出たのをきっかけとしてこれを書きました。あとイメソンはリップさんが意外にこんな曲聞いていたらいいなという個人的な願望と、KISSというバンド名がリップという名前に合っていたこと、そして歌詞がこのSSのリップさんに合っているなという名目で貼り付けました。改めて、ありがとうございました!


    語り手の生徒はアオハルどちらでもいけるように調整しました


    アドバイスをくれたスレの皆さんにも感謝します。

    【閲覧注意】ポケカテ変態総合スレ(新設)|あにまん掲示板ここは変態達のオアシス、ポケカテ変態総合スレです。変態スレについて語ったり性癖を暴露したりしましょうキャラシコ・CP・ぽけかん・その他特殊性癖等なんでもOK!劣情を抱いたら我慢せずここにブチまけるんだ…bbs.animanch.com

    あとハロウィン近いしこれやってほしいよね

    DANZEN! ふたりはプリキュア

    リキキリンってなんかリプキハっぽい響きですよね。

  • 53二次元好きの匿名さん23/10/09(月) 18:05:59

    乙!よかった!

  • 541 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/09(月) 18:07:29

    保守してくれた皆さんも、コメントしていただいたみなさんもありがとうございました。

  • 551 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/09(月) 20:13:14

    このバッテンの傷にインスピレーションを与えてくれた人たちに、感謝を…

  • 561 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/09(月) 20:16:50

    あとはサワロ先生が刑務所に入れる話とイヌガヤ校長の話をオワラセナイト…イケナイ…

  • 571 ◆ZQqTb0OaxQ23/10/09(月) 21:36:33

    ちなみにお泊りメイクのシーンはこんな感じを想定しています

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