- 1二次元好きの匿名さん23/10/05(木) 23:54:24
8月。今日も晴天、遠くに見えるのは真夏の青空によく映える入道雲。見た目には季節感たっぷりで綺麗な景色だけど、その中に居るアタシ達がそんな情緒を感じるのはコースに出た時の一瞬だけ。それからは、ただひたすらに前だけを目指してターフを、ダートを駆け抜ける。これから始まる夏合宿と、その先の秋冬の重賞戦線に向けて、アタシ達は夏の暑さを跳ね除け走る。
だからと言って、やりすぎて熱中症で倒れて夏合宿をフイにしました、なんて洒落にならないから、トレーナー達は日々のトレーニングメニューにかなり気を遣っている。例えば、明日が快晴の予報なら、コースは朝と夕方に、それ以外は屋内のジムや体育館での筋力トレーニングやレースの研究に集中、とか。最近じゃクラスや廊下で良く当たる気象アプリの流行りまで聞こえてくるようになった。占いじゃないんだから。
チケットは毎日毎日この暑さを熱さに変換して青春を謳歌しているけど、それに巻き込まれるアタシはたまったもんじゃない。チケットのトレーナーも、アタシのトレーナーも、テンション的に通じ合うものがあるのか、夏の暑さに負けず劣らずとにかく暑苦しい。
まあ、その熱気に取り囲まれてアタシまで"熱い青春"を過ごすことになるのは、悪い事ばかりじゃない。最近は昼間の気温が高い日はジムも体育館もごった返してるし、あちこち予約で埋まったからトレーニングを切り替えたり、トレーナー室でトレーニングする子も居るらしい。そんな中でもアタシ達のトレーナー同士で手を組んで、欲しい施設の予約を押さえてくれてるから、助かる。
だからトレーニングの事はまあ、問題無いとして、一つ困っている事がある。それは、食事の事だ。
「タイシンってさ、いつも栄養バーとか食べてるけど、たまにこういう定食とか食べないの?」
「いいよ、アタシはこれで十分だから。ってか、むしろアンタは食べ過ぎじゃないの」
そう返して、チケットの目の前に置かれた空の器達に目線を移す。ここ最近、夏合宿を乗り切ろうキャンペーンとかで、食堂ではスタミナ満点の特製メニューが提供されている。チケットの今日の昼食はそのものズバリ「ダービー定食」。見ただけで胸やけしそうな定食をチケットは美味しそうにペロリと平らげ、元気よくごちそうさまでした、と声を上げていた。きっと、食堂のおばちゃん達もご満悦だ。 - 2二次元好きの匿名さん23/10/05(木) 23:57:18
wktk
- 3二次元好きの匿名さん23/10/05(木) 23:57:57
「だってだって!これから夏に向けてもっともーっと強くならなくちゃ!タイシンもたまにはどう?3冠定食とか!」
「勘弁してよ……あんなの一瞬見ただけでお腹一杯になるっての……」
「ダービー定食」があるなら勿論「皐月賞定食」「菊花賞定食」もある訳で、それぞれ同レベルのメニューが大きなトレーの上に鎮座している。その更に上のランクである三冠定食など、控えめに言ってとんでもない事になっているのは想像に難くない。風の噂によるとライスシャワーは完食したらしいが、タイシンからしたら拷問だろう。元気いっぱいなチケットと、想像しただけの山盛りメニューに頭を抱えるタイシンの姿に、ハヤヒデの口元から笑みがこぼれた。
「チケット、気持ちは分かるが、人にはそれぞれ合った食事というものがあるんだよ」
「うーん、確かに……でも、食べれる時は食べた方が良いよ?」
「だから、ハヤヒデが言ったでしょ。アタシはこれで良い」
「ああ、とは言え、確かに栄食食品が増えているように見えるのは、少し心配にもなるが、な」
「……うっさい。分かってるから」
苦笑しながら眼鏡の位置を直したハヤヒデにそう返してみたが、声のボリュームは低い。どこかきまり悪そうに、タイシンは自身の口をスティックケーキで塞いだ。
少量で、高栄養、最近はモノが良くなって、案外腹持ちする。アスリートが食べるモノとして、理想的な栄養食品が増えた。とは言え、栄養食品というのは元々補助が目的で、そればっかり食べていても成長を促すどころか、逆効果になる事だってある。けど、だからと言ってあんなとんでもない定食を食べる気は起きなかった。前のアタシなら無理してでも食べようとしたかもしれないけど、今はその時より、自分の事を分かってるから、無茶はしない。
その、分かるきっかけをくれたトレーナーにも「食べ過ぎに気を付けて、無理はしないようにね!」と、ずいと顔を近づけて言われたりするから、尚更だった。 - 4二次元好きの匿名さん23/10/06(金) 00:00:28
なので、トレーニングが終わって寮に戻る道すがら、少しは栄養食品だけじゃなくてスタミナの付く物を、と頭を働かせてみたけど、スタミナという単語に引っ張られてか、どうしてもあの胸焼けしそうな定食みたいなのばかり頭に浮かんできてしまう。
「あー……くそっ……」
どうにも上手く回ってくれない頭を、思い切り掻いてみるが、結局頭の中のもやもやが加速していくだけだった。今度はもやを追い出すように思い切り息を吐いてみたが、すぐさまもやもやが心の奥底から吹き出してくる。
「……シャワー浴びて、切り替えよ」
その後、ゲームでもすれば少しは気が紛れるし、何か良いアイデアが浮かぶかもしれない。そう納得しながらタイシンが部屋の扉に手を掛けると、中からルームメイトの鼻歌が聞こえて来た。その声を拾い、前に倒れていたタイシンの耳がピンと立ち上がる。
クリークさん、今日は早かったんだ。なら、部屋に入る前に、今度はちゃんと深呼吸。クリークさんは何かある度すぐ気付いて心配したり、世話を焼いてきたりする。危ない危ない、ただでさえ食事の事は注意されてばかりなのに、今度また気付かれたら世話を焼くどころかお説教が始まりかねない。
二回、静かに深呼吸して、表情にも張りを出す。入ってまずはただいま、それからちょっとだけ雑談して、ちゃちゃっと準備してお風呂に行けば大丈夫。そこまで考えを巡らせて、よし、とタイシンは意を決して扉を開けた。
「……ただいま」
「あら、タイシンちゃん。お帰りなさい」
クリークさんの朗らかな笑顔に出迎えられて、扉を開く前に張っていた表情がするりと緩んだ気がする。けれど、これはこれで自然で良いかもしれない。お次はベッドに鞄ごと腰掛けて、シャワーへ行く準備。
「今日は早いね」
「ええ、そうなんです~。コースもジムも体育館も頑張ってる子達で大賑わいで」
「そっか。まあ、今どこも混んでるし、そういう事もあるでしょ」
テキパキと着替えとタオル、その他諸々準備完了、よし。善は急げ、色々感づかれる前に、この部屋を出よう。 - 5二次元好きの匿名さん23/10/06(金) 00:03:45
「それじゃ、アタシお風呂行ってくるから……」
「タイシンちゃん? その前にちょっと良いですか~?」
妙に重みを感じる声に振り返ると、思わず身体が跳ねた。クリークさんは一瞬でアタシの目の前まで距離を詰めて、ニコニコと微笑みを向けていた。正直、この手の不意打ちはちょっと心臓に悪いので、勘弁して欲しい。
「……何?」
努めていつも通りを装って、怪訝な声を出してみる。何も起こらないで、と思ってはみたけど、こういう時のクリークさんは大方お見通しだ。
「タイシンちゃん、最近ちゃんとご飯を食べてますか?いつも言ってますけれど、栄養食品の取り過ぎは……」
「……分かってる」
話を遮り、一言。そして、大きなため息を一つ。適当な言葉を返して逃げるという手が無いわけじゃないけど、それは結局、アタシが後で後悔するだけ。優しさを無下にする、って、まあとにかく後味が悪いから。観念して、もう一度ベッドに腰掛けた。バツの悪そうな表情で俯いたアタシの隣にクリークさんが座って、そっと手を重ねて来る。
クリークさんは静かに待ってくれる。急がず、焦らず、時間をかけて。丁度お風呂上がりだったのだろう、優しく漂う甘い香りが、仄かにアタシの心を包み込んでくれたような気がして、ちょっとだけ気持ちが和らいだ。なので、ゆっくりと、口を動かす。
「……クリークさん」
「はい、タイシンちゃん」
「……アタシでも食べれるような、スタミナのつく食事って、あるかな……」
「スタミナ、ですか?」
「まあ、チケットとハヤヒデと話してるなら、もう分かってると思うけど……アタシ、そんなに食べれなくて」
「うん、うん」
「そういう見た目からスタミナ、って感じのヤツって、なんか見てるだけで胸焼けしそうになって、手が伸びないって言うか……」
「なるほど……」
こうして、聞かれてもいない胸の内やら、自分の事情やら、ポンポンと吐き出してしまうようになったのは、この人の包容力の成せる技だろうか。それを心地よく思い始めたアタシが居るのかもしれない。
ルームメイトになってすぐの頃のアタシが聞いたら、まあ信じられない顔をするに違いない、と、こういう時いつも思う。それでも、少しの時間と、掛け値無しの優しさと、あんな事言って距離を作ったアタシにそれでも歩み寄ろうとしてくれる気持ちは、こんなに大きかった溝も埋めてくれる。これも、きっとそうだ。 - 6二次元好きの匿名さん23/10/06(金) 00:05:19
適度に相槌を打ちながら静々と聞いてくれるクリークさんを前にしていると何だか気恥ずかしくなってくるので、目を合わせず重ねられた手だけを見ていると、クリークさんはアタシの手に重ねていた手をふと放し、その両の手でポンと音を鳴らした。
「なら、タイシンちゃんにぴったりの栄養満点のお料理を作りましょうね!」
「……へ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてクリークさんに向き合うと、クリークさんは変わらず優しく微笑んでいた。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているアタシを他所に、クリークさんはニコニコしながら続ける。
「夏と言えば冷たい麺ですけど、栄養の事を考えると物足りないですね。あ、お肉も食べやすく、さっぱりとしゃぶしゃぶサラダなんて美味しいかしら?」
アタシの話を聞いて、あれこれ考えを巡らせて湧き出るアイデアを話してくるクリークさんを見ていると、何というか、心がほっと暖かくなる。さっきまで心の中で燻っていた良くないモノが自然と消えていくような、そんな感覚。
それはきっと、あの暑苦しくてうるさい連中と同じで、心からアタシの事を考えてくれてるって、知ってるから……面と向かって言うと余計うるさくなりそうだから、言わないけど。楽しそうに話すクリークさんを眺めていて、ほんのりと頬が熱くなるのを感じると同時に、クリークさんがアタシに向き合った。
「タイシンちゃん、今日の晩御飯は、何にしましょうか」
そこでアタシに聞いちゃうんだ。思わず、口角が上がる。さっきまでのモヤモヤした気持ちは、いつの間にかどこかに消えていた。
「じゃ、クリークさんが作りたいと思ったやつで」
アタシがそう返すと、クリークさんはまるで夏の向日葵のように笑った。 - 7二次元好きの匿名さん23/10/06(金) 00:08:50
お鍋の中で水につけて戻しておいた昆布を、弱火と中火の間くらいでじっくり火にかける。強火にはせず、こうしてしっかり昆布の旨みを取り出したら、沸騰する直前に昆布を取り出して、それから鍋を煮立たせる。昆布を入れたまま煮立たせてしまうと、昆布の強い匂いが付いてしまって、よろしくない。
これが沸騰したら一端火を止め、削りたての鰹節を少し多めに加えて、もう一度火にかける。今度は沸騰したらアクを取りつつ、弱火で3~5分。鰹節の旨みをしっかりと引き出したら火を止め、鍋のお出汁をこしていく。この時、出汁がらとなった鰹節もしっかり絞る事で、更に旨みの効いた濃い出汁に仕上がる。お出汁が完成したら、これを氷水で一気に冷やしてあげると風味が更に良くなり、日持ちする。
「さてさて、次は、と♪」
冷やしたお出汁にラップをかけ、一先ず冷蔵庫へ。同時に、必要なモノをあれこれ取り出し、まな板へと運ぶ。楽しげに寮の台所を行き来しながら、クリークは先程見せたタイシンの笑顔に想いを馳せていた。
時間はかかるかもしれないけれど、きっといつか、自然な笑顔を見せてくれると信じて、クリークは懸命に駆けるタイシンを見守ってきた。そして、その一心は遂に実を結んだ。晴れやかで、可愛らしく、けれど凜と夏に咲く桔梗のような、素敵な笑顔だった。
「……ふふ」
クリークの胸には、暖かな感情が溢れていた。この想いを、今度は美味しい晩御飯にして届けよう。そうしたら、今度はどんな笑顔を見せてくれるかしら。そんな風に考えながら、クリークは自慢の腕を振るう。
お酒とお塩を少々加えたお湯で豚肉を茹で、灰汁と余分な油が抜けてしっかり火が通ったらざるに上げ、水気を切って自然に冷ます。そうすると、お肉が水っぽく、食感が固くならない。
キュウリは輪切りにしてお塩をまぶし、余分な水気を絞っておく。青じそと生姜は千切りに、ミョウガは輪切りにして、合わせて軽く水にさらして待機。お豆腐は、食べやすいように小さめの角切りにして。終わった頃には豚肉が冷めているので、食べやすい大きさに切る。これで、概ねの下拵えは完了だ。 - 8二次元好きの匿名さん23/10/06(金) 00:15:05
「クリークさん」
「あら、タイシンちゃん。上がりましたか?もうすぐ出来ますからね……あら?」
シャワーを終え、食堂に顔を出したタイシンの姿は、エプロンと三角巾。湯上がりでほんのり赤らめた頬はそのままに、目線は少し外しながらクリークの隣に立った。
「……やってもらってばかりって訳にもいかないから」
「あら……あらあら~♪」
「あー、今はそういうの良いから、ホラ、何すれば良いの?」
すぐさまいつもの癖が出そうになるクリークを止めつつ、タイシンは腕を捲った。料理の最中なので、頭を撫でたり、ぎゅっとしたりする事ができないのが残念な様子だったが、タイシンは敢えてそこは見ない振りをする事にした。
アルミホイルをフライパンに敷き、その上に少し油を引いて、お味噌を乗せる。アルミホイル全体にお味噌を広げて、弱火と中火の間くらいの火加減でお味噌を焼いていく。香りが立ち、全体にしっかり焼き目がついたら、大きめの器に移して粗熱を取る。そうしたら、冷やしておいたお出汁で焼き味噌をゆっくり少しずつ伸ばし、程よい大きさに切った豚肉、下拵えしたキュウリと、青じそ、生姜、ミョウガの薬味、そしてお豆腐を加えて、最後にたっぷりゴマをまぶして、軽く混ぜる。
タイシンが仕上げをしている傍ら、クリークは冷蔵庫から茄子の浅漬けを取り出し、食べやすい大きさにカット。炊き上がったご飯は10分程蒸らし、旨み用のお出汁昆布を取り出して軽く混ぜ、それぞれの茶碗によそって準備完了。
「……クリークさんって、手際良いよね」
「まあ、ありがとうございます。タイシンちゃんこそ、とっても上手ですよ」
「別に……親が忙しかったから、自分の事は自分でやってたって、それだけ。それに、コレ作ったのは殆どクリークさんじゃん」
「ふふ、タイシンちゃんが手伝ってくれて、とっても嬉しいですよ」
にっこりと笑うクリークさんを見ていると、また頬が熱を持った。それを隠すように目の前の器に向き合って、最後の仕上げ。全体を軽く混ぜて、氷を2,3個浮かべれば、クリークさん特製、豚しゃぶ冷や汁の出来上がり。
夏の疲れた身体に、栄養たっぷりの冷や汁は口元もさっぱり、バテ気味な食欲も喜ぶこと、請け合い。 - 9二次元好きの匿名さん23/10/06(金) 00:21:01
「はい、手を合わせて?いただきます」
「……いただきます」
子供の頃のような挨拶と共に、少なめによそったご飯に冷や汁をかける。スタミナ、と言ったからか、少し多めに茹でた豚肉と、お豆腐がたっぷり乗ってくる。器から伝わってくるひんやりとした感覚が、湯上がりと、台所仕事を終えた後の指先にも心地よい。冷たいお出汁から漂うお味噌の香りが、最近あまり顔を覗かせていなかった食欲を呼び寄せた。食べやすいようにスプーンで、まずは一口。
「どう、ですか?」
「……美味しい」
夏の暑い日のトレーニングで消耗した分、少し濃いめの味が身体によく馴染む。それだけだと少し濃すぎるかと思った所に、お豆腐と、キュウリの水気が上手く塩気を和らげてくれる。冷たいお出汁のおかげで、普段はあまりかっ込んだりしないご飯も、するすると胃袋に入っていく。茹でて余分な油をぬいておいたお肉は、しつこくなくて食べやすい。下拵えした薬味と、たっぷり入ったゴマの風味がアクセントになって、味に飽きが来ない。気付いた時には、最初の一杯を完食していた。
何故か自分は食べずにアタシの様子をじっと見ていたクリークさんは、やっぱり嬉しそうに、向日葵みたいにゆらゆらと笑っていた。
「ねえ、食べないの?」
「タイシンちゃんが美味しそうに食べるのを見てるだけでもお腹いっぱいですよ~」
そこで初めて、最初の一口から一杯目を食べ終わるまでずっと見守られていた事に気付いた。顔が、一気に熱を持つ。恥ずかしさで、目線が泳ぎ出す。けれど、不思議と悪い気持ちではなかった。
「……そういうの、良いから」
「ふふ、じゃあ、私も頂きますね~♪」
真っ直ぐで、暖かい気持ちが、心遣いが、やっぱりまだ少しだけやりづらくて、思わず目を逸らしてしまう。
けれど……アタシが自分で器に盛った二杯目のご飯と冷や汁は、決して照れ隠しみたいな感情がそうさせたんじゃないって事だけは分かる。優しさと、思いやりが詰まった味。殆ど自分が作ったのに、タイシンちゃんが手伝ってくれたおかげですね、って言って、クリークさんはまたアタシに大輪の笑顔を向ける。チケットがたまに言ってる、心がポカポカするって、こんな気持ちなのかな。 - 10二次元好きの匿名さん23/10/06(金) 00:28:48
「ご馳走様」
「ごちそうさまでした、とっても美味しかったですね~」
最近、栄養食品に頼る事が多かったからか、なんだか、久しぶりにお腹いっぱいご飯を食べれたような気がする。けれど、今アタシを満たしているのは、きっとそれだけじゃない。
「タイシンちゃんが沢山食べてくれて、良かったです。次は、どんなお料理にしましょうか」
「ん……あのさ、クリークさん」
「はい?」
いきなり声を上げたからか、どこかきょとんとした顔のクリークさんに向き直る。アタシは、少しだけ躊躇って、深呼吸してから、もう一度クリークさんに顔を向けた。アタシの様子を見て何かを悟ってくれたのか、クリークさんは微笑みながらアタシの事を待っていた。
いつだったか、贈り物をした時の事を思い出す。あの時と同じように、素直に、しっかり、真っ直ぐに、アタシも笑顔を向けて。
「……ありがとう。凄くおいしかった」
「……!」
「それでさ、レシピとか、コツとか、教えてよ。こういうのなら、アタシも食べれそうだし。今度は、自分で作るから」
「ええ、勿論、喜んで♪」
嬉しそうに、クリークさんが笑う。やっぱり、この眩しい大輪に向かい合うのには、まだ時間がかかりそうだ。けれど、目の前のクリークさんはそんなアタシに変わらず向日葵のような笑顔を向ける。きっと、これからも、ずっとそうだ。
あー、ちょっと待って。クリークさんの笑顔に釣られて、きっと今、アタシはすごくヘンな顔になってる。だから、その笑顔を隠すように、テキパキ茶碗をまとめ、台所で洗い物を始めた。すぐにクリークさんも立ち上がって隣に立つだろうけど、それまでにはこのヘンな顔をなんとかするくらいはできるから、大丈夫。
きっと、明日は今日より、ずっと満足のいくトレーニングが出来る、そんな気がしてる。色んなものを貰ってばかりじゃアレだから、いつかちゃんと結果で、形にして返したい。それで、今度はアタシが、大事な時期のクリークさんに……こう、喜んで貰えるような料理も、返してあげられたら、と思う。
お腹も、心も満たされたアタシは、案の定すぐ隣に立って洗い物を手伝い始めたクリークさんの笑顔をちらりと眺めると、ほんのりと頬に灯った熱を感じながら、次に二人で作る献立に想いを馳せるのだった。 - 11二次元好きの匿名さん23/10/06(金) 00:35:21
以上です。ありがとうございました。
10月なのに夏?と思われるかもしれませんが、春もそんな感じだったので細かいことはお気になさらず。
タイシンを育成してて個人的に凄くビビッときたのがこの二人の関係でした。クリークさんが色々気にかける事の多い関係ですが、二人とも料理が得意なので、時々一緒に台所に立ったりしてると良いよね……と思ったりする次第です。
二人の台所日記(晩御飯とお夜食編)【トレウマ・SS】|あにまん掲示板ふと、何かを思い出す時って、そのきっかけは様々。キラキラ輝く主人公だったなら、誰にも邪魔されない先頭の景色を独り占めして、まだ新しい芝の香りに心を躍らせて、またある時は、何か……叫びたくなる程の何かを…bbs.animanch.com前回の献立(台所)日記はこちら、よろしければ、こちらもどうぞ。
- 12二次元好きの匿名さん23/10/06(金) 01:03:12
タイクリの供給助かる
そしてこの時間の飯テロは効き目が強すぎる - 13二次元好きの匿名さん23/10/06(金) 06:34:35
進んだ二人の関係にほっこりしつつご飯が恋しくなる良きSSであった
- 14二次元好きの匿名さん23/10/06(金) 08:48:40
なかなか素直になれないけどちゃんと頑張ってありがとうと言うタイシンからしか得られない栄養素がある
- 15二次元好きの匿名さん23/10/06(金) 12:16:25
タイクリorクリタイの良さはもっと広まっていいと思う
あと冷や汁は鯵の干物ほぐして入れても美味いぜよ - 16123/10/06(金) 20:24:13