- 1二次元好きの匿名さん23/10/11(水) 13:58:37
一般論として、ウマ娘とトレーナーの関係は引退するとあっという間に疎遠になる。
現役時、彼らは親密だ。毎日顔を合わせて何時間もトレーニングをすることになるし、時には休日は共に過ごすこともあるだろう。二人きりで旅行に行くことすらもありえる。
しかしそれはあくまで、トレセン学園という舞台があって、レースという目標があっての話だ。
ウマ娘が引退すると同時にトレーナーとウマ娘の距離感はぐっと遠くなる。
トレセンを卒業したウマ娘は、どんな形であれ新生活が始まって忙しい毎日が始まる。そして彼女らは新しい環境と新しい人間関係に振り回される。
そのうち、現役時代は『昔の思い出』と分類され、記憶の隅に収められる。そして大体はトレーナーとの思い出も同じ道をたどることになる。
気が付けば彼女らは普段、かつて苦楽を共にしたトレーナーのことなど気にも留めなくなるのだ。
トレーナーもまた次の担当を探さなければならず、見つけたら見つけたらでまた新しい担当のために全力を尽くさなければならない。
そしてトレーナー業に忙殺されると昔のことを思い返す余裕もない。今の担当との生活の中でどうしても昔の担当との記憶も薄れていく。
むしろ思い出をデータやノウハウという形に変換されて仕事に活用されてしまう分こちらの方がドライかもしれない。
しかしこれは決して悪いことでもない。
疎遠になったと言ってもそれは現役時に比べればの話であって、別に縁が切れるわけでもないのだ。
かつての教え子から近況を知らせる手紙が来るだけでもとてもうれしいものだし、年賀状程度でも暖かい気持ちになる。結構な割合で完全に音信不通になる子がいるらしいがそれでも生きていれば再会することもあるだろう。
逆に、こまめに連絡を取ってきてくれるような心優しいウマ娘もいる。 - 2二次元好きの匿名さん23/10/11(水) 13:59:37
自分にとって、マヤノトップガンというウマ娘はまさにそういうウマ娘だった。
かつて共に戦って、一緒に温泉旅行へ行ったこともありながら、引退したらあっという間に会わなくなってしまった担当ウマ娘。
ただ、彼女はトレセン学園を卒業しても定期的に連絡を取ってきてくれていて、メールでのやり取りは続いていた。
文中で毎回『たまには会えないかな?』と聞かれてはいたのだが、互いに忙しくて全く予定が合わず、未だに再会はできていなかった。
ある日、彼女からの手紙がトレーナー室に送られてきた。
SNSを使いこなす彼女のイメージからすると少し意外な手書きの便箋。そこには見覚えのある彼女の筆跡でこう書かれていた。
20歳になったからトレーナーさんと一緒にお酒を飲みたい。
初めてのお酒だから、トレーナーさんの家で飲みたい。と。 - 3二次元好きの匿名さん23/10/11(水) 14:00:39
「トレーナーさん全然私に会ってくれないんだから!! いつメールで予定を聞いても忙しいの一点張りで……」
「悪かったって……。でも忙しかったのは本当だよ。」
会いたいというメールを完全に社交辞令だと思っていて、彼女が本当に会いたがっていることに手書きで連絡が来て初めて気が付いたというのは内緒だ。
実のところマヤノに会うための時間を真面目に作ったのも今回が初めてだったりする。我ながら酷く薄情なトレーナーだ。
再会したマヤノは記憶よりもずっと大人になっていた。外見も、中身も何もかも。
伸びた身長にモデル体型が組み合わさって中々見ないレベルの美人になっていて、理知的でユーモアを交えた話はこちらを全く飽きさせない。
ハッキリ言って度肝を抜かれたといっていい。それほどまでに彼女の成長は、こちらの想定を超えていた。
そんな感心も彼女が酒を飲むまでの短い時間の話だったが。
「どれだけメールしても!! 忙しいから会えないねばっかりで!! 今の担当の子に夢中なんでしょ!!」
「その話はもう5回目だよマヤノ……」
初めてのお酒の相手に選ばれたのは光栄な話だったが、彼女は少々めんどくさい酔い方をするウマ娘だった。
ウマ娘は体質上アルコールに弱いということはあまりないのだが、酔い方までお行儀がいいかといわれるとそうでもない。
マヤノもさっきから話がループし続けているし、その言動には品性のかけらも感じられなかった。
「ほら落ち着いて……水飲んで……そんなに強いお酒飲ませてないはずなんだけどな……」
「うぅ……どうして……。どうしてトレーナーさんは会ってくれないのかなって……、嫌われちゃったのかなって悲しくなっちゃって……」
「そんなはずないだろう……?」
グズグズと泣き始めた彼女からそっとお酒を取り上げる。もっと早く止めるべきだったかもしれない。 - 4二次元好きの匿名さん23/10/11(水) 14:01:31
それにしても、彼女がこれほど自分に会いたがっていたとは思いもしなかった。
現役の時は確かに慕われているほうだとは思っていたが、彼女も引退したらそのうち自分のことなんて忘れるものとばかり考えていた。
しかしこの荒れっぷりを見るに、彼女は引退した後も本気で会いたかったらしい。
トレーナー冥利に尽きる話だ。
そんなことをフワフワと考える。マヤノも酔っているが、自分も十分に酔っていて思考のとりとめがつかない。
そのまま何も考えず、ただ思ったことを口にした。
それにしても、と。
「マヤノと再会するのは、マヤノの結婚式に呼ばれる時だと思っていたけどなあ……」
「………………え?」
彼女の疑問の声を聞いて、一度考える。
ワンテンポおいて、彼女が何を思ったのかを理解した。
「……ああ、そうか。確かに順番的には俺の結婚式にマヤノを招待する方が先か。」 - 5二次元好きの匿名さん23/10/11(水) 14:01:41
「は?」
あっ。 - 6二次元好きの匿名さん23/10/11(水) 14:02:24
場の雰囲気が明確に切り替わる。体感温度が急落する。
少し遅れて自分が何か致命的なミスを犯したことに気づいた。
「……は?」
低い声でもう一度言われ、急激に酔いが醒める。冷汗が伝う。
マヤノが怖い。ここまで怒った彼女を、見たことがない。
「……説明して。どういう事?」
……何を?
色々省いた彼女の問いに答えを窮す。思考を巡らせても何が彼女の逆鱗に触れたのかが分からない。
マヤノがため息をつく。ギリリと口元を強く結んで、こちらを睨みつける。
そのまま数分。情けなくも固まってしまった自分を見て、彼女は諦めたかのように再度ため息をついた。
「マヤがトレーナーちゃんのことが好きだって、ちゃんと分かっているよね。」
そうなのか? 確認するかのような調子で言われても、いまいちピンとこない。
確かに昔から結構アプローチをかけてくる子だったし、引退の時には告白までされた。その時はちゃんと断ったのだが……。
だがそれは昔の話。あれは学園で唯一身近な異性が自分だったというだけで憧れとかそういう……
「……もしかして、マヤの気持ち、本気じゃないって思ってた?」
こちらの反応を見て思考を読んだのか、彼女はそう言った。
マヤノは悲しそうに首を振る。下手に怒られるよりもそういう反応をされる方がつらい。 - 7二次元好きの匿名さん23/10/11(水) 14:03:56
――とん。
いつの間にか近くに来ていたマヤノに、軽く胸元を押される。
そのまま床に押し倒される。フローリングが痛い。
「マヤノ……?」
「マヤね、トレーナーちゃんのこと、好きだよ。」
トレーナーちゃんも、ちゃんと分かってくれてるって思ってた。
と、彼女は震える声で続けた。
「……あんな事、二度と言わないで。」
「あ……ああ。悪かった。失言だった。謝るから……」
のしかかるマヤノをどかそうと伸ばした手は彼女につかまれ、床に叩きつけられた。
腹のあたりに腰を下ろした彼女はどろりとした目でこちらを見下ろす。 - 8二次元好きの匿名さん23/10/11(水) 14:05:31
「……ねえ、トレーナーちゃん、最後に教えて。」
「……何?」
「トレーナーちゃん、付き合ってる人とか、好きな人とか、いる?」
最後の最後まで彼女は優しかった。
強硬手段に出る前の最後の選択肢。ここで『いる』といえば、彼女は諦める。
一瞬、迷う。
今、自分たちはどちらも普通の精神状態ではない。ここは一度場を収めて、後日ゆっくり話すべきだ。
そのためには、ここは嘘でも『いる』と伝えるべきかもしれない。
そう判断して殆ど実行に移しかけたとき、頬にポタリと雫が垂れてきた。
見上げてみるとマヤノはボロボロだった。涙でメイクは完全に崩れ、瞳は不安で揺れていた。
その表情を見てようやく、彼女がどれほどの気持ちでここに来ていたのかを理解する。
そして自分がこんな状態にまで彼女を傷つけたのだと自覚すると、もうその選択肢は取れなくなってしまった。
ならばせめて…… - 9二次元好きの匿名さん23/10/11(水) 14:06:22
「マヤノが好きだよ。」
「……!!」
噓ではなかった。
成長した彼女が、とても魅力的に見えたのも間違いではない。
マヤノは一瞬呆然としていたが、次第にどこか安心したかのように笑顔になっていった。
そういうところはまだ子供っぽいなと思いながらもこちらに倒れこんでくる彼女を抱きしめる。
「……実はね、最初からこのつもりで来たの。」
耳元でさらりととんでもないカミングアウトをしてくる。
密着状態。マヤノの心音が伝わるほどの距離。
意外と緊張しているらしい彼女は、至近距離でじっとこちらを見つめてくる。
「トレーナーちゃん。マヤね、もう大人だよ。」
……ならその呼び方はやめて欲しい。昔のマヤノを思い出すからと。
ただ切実にそう思った。 - 10二次元好きの匿名さん23/10/11(水) 14:18:08
疎遠になりそうですか……?
- 11二次元好きの匿名さん23/10/11(水) 14:21:49
おとなマヤノはどうしてこう魅力的なssが多いのだろうか……
謎を解明するため、我々調査隊はアマゾンの奥地へと向かった――。 - 12二次元好きの匿名さん23/10/11(水) 14:28:01
マヤノで結婚式と聞くと、どうしてもトレーナーからの招待状のssを思い出してしまう。
ここでは手紙送ってようやく会えたから良かったが - 13二次元好きの匿名さん23/10/11(水) 15:03:31
トレーナーちゃんガチのクソボケかましてて草
- 14二次元好きの匿名さん23/10/11(水) 15:50:09
>>「は?」
好き
- 15二次元好きの匿名さん23/10/11(水) 16:36:30
告白したのに断られて、頑張ってメール送り続けても卒業後全く会ってくれないから嫌われたのかと思っている。
手書きでなんとか一緒に話す機会をつくって覚悟を決めてトレーナーの家に行くも、次会うときは君の結婚式かな?とか言われた上に告白を全く真面目に考えられていなかった事まで発覚したマヤノ不憫すぎる…… - 16二次元好きの匿名さん23/10/11(水) 23:21:41
しっとりしてて良き良き
- 17二次元好きの匿名さん23/10/11(水) 23:34:36
ガツンと湿度が跳ね上がるところめちゃくちゃ好き
- 18二次元好きの匿名さん23/10/11(水) 23:41:04
まぁ常識に照らし合せるなら(少なくともこちらの世界の話)トレーナーちゃんの考えは間違っちゃいねーのがな…
- 19二次元好きの匿名さん23/10/11(水) 23:43:49
- 20二次元好きの匿名さん23/10/11(水) 23:45:01
この展開でわかりやすい両想い!って訳でもないのが中々珍しくて新鮮
- 21二次元好きの匿名さん23/10/12(木) 00:08:20
マヤノはとにかく普通のウマ娘とトレーナーなんてこんな感じなんだろうなと思った。
いいssでした。 - 22二次元好きの匿名さん23/10/12(木) 00:21:56
トレの結婚式の出席可否にバツつけるマヤのSSも美しかったけどこれもこれで非常に美しい
- 23二次元好きの匿名さん23/10/12(木) 00:23:47
ものすごい勢いで地雷を踏み抜くトレーナーちゃんで笑ってしまった
- 24二次元好きの匿名さん23/10/12(木) 02:02:55
- 25二次元好きの匿名さん23/10/12(木) 02:32:08
常識的すぎて逆に人の心がわからないトレーナーからしか発生しない栄養はある
- 26123/10/12(木) 06:47:06
- 27二次元好きの匿名さん23/10/12(木) 07:51:34
大人になったけど、どこか子供っぽい所が残ったマヤノ滅茶苦茶インモラルで好き
- 28二次元好きの匿名さん23/10/12(木) 07:59:07
長めの文章なのにとても読みやすい良いお話だった
ハート置いとくね - 29二次元好きの匿名さん23/10/12(木) 08:00:30
強硬策…!やはり強硬策はすべてを解決する…!!!
- 30二次元好きの匿名さん23/10/12(木) 08:05:50
エエヤン
- 31二次元好きの匿名さん23/10/12(木) 20:08:56
今気づいた
ありがてえ