キングちゃん!ウララ、探偵やりたい!

  • 140レスくらいまで捜査パート23/10/14(土) 11:13:34

    「むむむ? 『にゃーさん』が無くなったの~?」
    「はいぃ……私がドジなばっかりに……」
     グラウンドの脇で落ち込むドトウさんと、いつも通りのウララさん。
    「ロッカーの奥にしまったはずなので、勝手に落ちることはないと思うんですぅ……」
    「え、それじゃあ……!」
    「はい……だ、誰かが盗んだのかもしれないって……」
     その言葉を聞いた瞬間、ウララさんの目は輝いた。
    「キングちゃん! 事件だよ、事件!」
     張り切る彼女の前で、私はため息をついた。

     事の始まりは、今朝のこと。
    「キングちゃん! わたしね、名店タイ? をやりたい!」
     その言葉で私は目覚め、ベッドからむくりと起き上がった。目覚めたばかりに大きな声を出されたものだから、私も寝覚めが悪かった。
    「いきなりなに? それを言うなら、『名探偵』でしょう」
    「そうそう! それだよ! 『異議あり! 真実はいつも1つ!』って言うんだよ! うららもやってみたーい!」
    「セリフが混ざってるわ。片方は探偵じゃないでしょう」
     元気なウララさんの様子に、低血圧の私はげんなりした。
    「なろうとしてなれるものじゃないわ。さっさと支度しなさいね」
    「えー? でも、漫画みたいにビシっと犯人を当てたいよー!」
    「わかったわ。今度の人狼ゲームは誘ってあげるから、早く行きましょう」
     ウララさんの言葉をあしらいながら、準備をし食堂へと向かった。授業が終われば、飽きっぽいウララさんのことだから、忘れてしまうと思っていた。

     しかし今朝だけで話は終わらず、放課後も同じ調子だった。
    「やろうよキングちゃん! 事件が起こってないか、学園中をパトロールしよう!」
    「パトロールは警察でしょう。そもそも、事件が起きなきゃ名探偵は必要ないのよ」
    「えー? それじゃあつまんないよー! 名探偵やりたいなー! 事件起こらないかな~?」
     そんな教室でのやり取りを聞き、近づいてきた人がいた。

    「す、すみません……も、もしかしたら私、事件にあってるかもしれないんですぅ……」

  • 2最後事件情報まとめます許して23/10/14(土) 11:13:56

     そうして、メイショウドトウさんの話を聞くことになり、今に至る。
    「そ、その……迷惑だったら、大丈夫ですので……」
    「えー! そんなことないよ! むしろやらせてよ! いいよね、キングちゃん!」
     私の気分を他所に、やる気マンマンのウララさん。こうなった時のウララさんは、飽きるまで止まらないのよね……。けど1日経てば大抵飽きるから、今だけガマンしましょう。
    「はあ……まあいいわ。話だけでも聞かせてちょうだい」
    「は、はいぃ! 話しましゅ、話しますぅ~!」
     ドトウさんは焦りつつも、事件について話し始めた。

    「私、先月からチームに入ったんです。そのチームの部屋にロッカーがあるんです。フクキタルさんからいただいた『初代にゃーさん』を、ロッカーの奥にしまってたんですが……そのにゃーさんが、昨日なくなってたんですぅぅぅぅ!!」
     ドトウさんは両手で顔を覆った。

     無くなったにゃーさん……フクキタルさんの勝負服の一部で、背中に担いでいる招き猫のこと。初代ということは、今の勝負服のにゃーさんは二代目ということなのかしら。

    「大変だね! にゃーさんはどこに行っちゃったんだろう?」
     話を聞き終わり、首をかしげるウララさん。むむむ……と唸りながら止まってしまった。
    このままだと話が続きそうにない。
    「今の話だけだとわからないところが多いわ。まずロッカーって言ってたけど、カギはしてなかったのかしら?」
    「最初はしてたんですけど、チームのみなさんはカギをしてなかったので、3日前から外しましたぁ……そのせいでこんなことに……」
    「もう1ついい? それなら、泥棒が入って盗んでいったんじゃないかしら? ウマ娘の勝負服って、他所で売ったら高く売れそうだもの。警察に頼るべきじゃない?」
    「あの、それが……その……」
     ドトウさんはうつむき、言い淀む。
     
    「その、私のチームの部室棟、出入口は1か所なのはご存知ですよね……?」
    「ええ。そうね」

     ドトウさんのチームの部屋が割り当てられた部室棟は、大まかに言えば長方形に広がっていて、その真ん中に玄関があるT字型の建物。スペシャルウィークさん達の部室とは打って変わって、トレーナー寮とグラウンドを挟むような位置にある。部室棟の見取り図はこんな感じね。

  • 3◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:14:18

    「玄関のところで私、お話してたんです。タイキさんとフクキタルさんと一緒に。だから、部室棟を出入りした人がわかるんですぅ」
    「なら、ドトウさんは犯人を見てるんじゃないの?」
    「それが……」
     再び言い淀むドトウさん。一呼吸置いて、彼女は大声で言った。



    「その間に出入りしたのは、お、同じチームの方だけなんですぅぅぅ!!」



    「!? それって……」
     思わず息をのむ。絶対にそうとは限らないけれど、彼女の話が意味するのはつまり、チームメイトの誰かが犯人であるということ。
    「? どうしたのキングちゃん?」
     ウララさんはピンと来てない様子。
    「ドトウさん。あなたが玄関で話していた時間は?」
    「えっと、昨日の3時頃からですぅ。トレーニングを早めに終えて、着替えた後にタイキさん達と会ったんです。それから長話になってしまって、1時間ほど……」
    「じゃあ3時まで、にゃーさんはあったのね?」
    「はい。ロッカーにありました。話を終えた後に、忘れ物を取ろうとしてロッカーを開けたら、奥のにゃーさんが無くなっていて……」

  • 4◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:14:51

     ようやく状況が見えてきたわ。

     昨日の3時。トレーニング後、ドトウさんは部室を出て玄関へ行く。そこでタイキさん達と1時間おしゃべりする。その間、部室棟を出入りしていたのはチームメイトだけ。4時、部室にもう一度戻ると、にゃーさんは無くなっていた。

    「えっと、つまり……」
     ウララさんは首をかしげたまま。まだよくわかってないみたい。
    「ウララさん。これは窃盗事件、泥棒よ。ドトウさんのチームメイトがやったの」
    「おおーっ! そういうの『よーぎしゃ』って言うんだよね? よーし、犯人をがんばって探すぞー!!」
     私の言葉を聞いて、ウララさんの目が輝く。すっかり事件を解決するつもりでいるらしい。しかし、それは私も同じだった。

    「ドトウさん、犯人は必ず探し出すわ。一流の名に懸けて、絶対に捕まえてやるんだから!」



    「おや、ドトウさんにウララさん! 何を話しているんです?」
     ふと、聞き覚えのある声がする。フクキタルさんだ。
    「あっ! フクちゃん! 今ね、うらら達は名探偵なんだよ!」
    「ほほう? 何か事件が起こったのですか? それなら、神社で神のお告げを……」
     2人が話している間、私は嫌なことに気づいた。
    「ドトウさん。にゃーさんが無くなったこと、フクキタルさんは知ってるの?」
     私はドトウさんに近づき、耳打ちする。
    「あっ! ま、まだにゃーさんのことは伝えてなくて……」
    「なっ!? にゃーさんがどうされたんですか!?」
    「ひぇぇぇぇっ!? ちちち、違います! にゃーさんが無くなったわけじゃなくて、えっと……!」
    「むむ!? 私が差し上げた、あの『にゃーさん』が無くなったのですか!?!?」
    「ひ、ひえええええ!? なんでそれを!?」
     ドトウさんが普段の音量で話したため、フクキタルさんにバレてしまった。
    震えあがるドトウさん。こうなったら、全部話すしかないわ。
    「フクキタルさん、実はですね……」

  • 5◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:15:32

    「なんと! にゃーさんが盗まれたのですか!?」
    「は、はいぃぃぃ! わた、私がカギをかけないせいで、すみませぇぇぇぇん!」
     事情を話し終わり、平謝りするドトウさん。
    「謝ることはないですよ、ドトウさん。悪いのは盗んだ人ですから。ドトウさんは悪くありません!」
     一方、フクキタルさんは真剣な表情で聞いていたけど、落ち込んではいなかった。気になっていること、聞いても問題なさそうね。

    「フクキタルさんは、どうして初代にゃーさんをプレゼントしたんですか?」
     思い切って聞いてみると、フクキタルさんは話し始める。
    「先月、ドトウさんは落ち込み気味だったのです。毎日、どこかで泣いているように見えまして。それで、励みになればと思って、私が最初使っていた初代にゃーさんをプレゼントしたのです。汚れてはいますが、割れたりはしていなかったので」
    「はいぃ……その、にゃーさんをフクキタルさんだと思って、大事にロッカーにしまってましたぁ。そうすれば、フクキタルさんが一緒にいる気がして、部室にいるのがつらくなくなったんですぅぅ……!」
     ドトウさんが笑顔になる。彼女がチームに馴染むためには、大切な物だったのね。
    「それに、トレーナーさんに部屋の開運グッズとかを処分しろと言われていたので、一石二鳥でした!」
     ……今の発言で台無しよ、フクキタルさん。

    「そんなにゃーさんを盗むなんて、シラオキ様も許しませんよ!必ず犯人は見つけてみせます! このこっくりさんが!!」
     フクキタルさんは5円玉と紙を取り出した。先輩相手だけれど、ため息が出てしまった。
    「ただ犯人を見つけるだけじゃダメです。平然と他人の物を盗むような相手ですから、決定的な証拠がないと、にゃーさんは帰ってきません」
     そう。相手は犯罪者。それも同じチームメイトの物を盗むような人。そんな人が、あっさりと自分の罪を認めるわけがない。やるなら徹底的にやる。絶対、追い込んでみせる!
    「うんうん! 犯人をズバーッと当てて、にゃーさんを取り返すぞー!」
     ウララさんも張り切っている。ここからは、事件解決に向けて聞きたいことを聞いていくわ。

  • 6◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:15:59

    「ドトウさん、チームメイトについて知りたいわ。何人いるのかしら?」

    「わ、私の他に4人いますぅ……エレニカノイジーさん、アカノステップさん、マイノーンさん、メリードライさんですぅ」

     チームメイトに関しては色んな話を聞けたので、要約してメモを取った。


    「その4人が容疑者ね。それぞれ何時頃に出入りしていたのかしら?」

    「えっと、アカノさんとマイノーンさんが最初に通りました。それから次にノイジーさんが入ってます。それから……」


     これも要約してメモに残した。まとめるとこうなった。

    <部屋にいた時間>

    3:10~3:20 アカノステップ

    3:10~3:35 マイノーン

    3:20~3:40 エレニカノイジー

    3:35~3:45 メリードライ


    「あと、そのチームメイトは何か持って出ていったりしてないかしら?」

    「えっと、バッグとかは誰も持ってませんでした」

    「え!? 誰もバッグを持ってないの?」

    「はい。普段から、皆さん授業後すぐに寮に戻って置いてくるんですぅ。ですが、着替えたジャージは持っていってました。にゃーさんは、誰も持っていなかったと思いますぅ。ただ……」

     ドトウさんが急に言い淀む。

    「ドライさんのジャージは膨らんでいたように見えました。違うとは思うんですけど……にゃーさんくらいの大きさにも見えて、その……でもぉ……」

    「大丈夫よ。それだけで犯人とは決めつけないわ」

     とは言ったものの、今のところ一番あやしい。ジャージの中身については、本人に聞く必要がありそうね。


    「あと、フクキタルさん。初代にゃーさんの写真ありますか? どんなものか確認しておきたいので」

    「ハイ、ありますよ! ……これです!」

     フクキタルさんがスマホの画面を見せてくる。見た目は今のにゃーさんと変わりない、普通の招き猫に見える。

    「実は初代にゃーさんはガラスでできてるんですよ!」

    「え、そうなんですか? てっきり陶器なのかと……」

    「二代目にゃーさんはそうなのですが、最初は安上がりな方にしていたんです。しかし、レースの苛烈さを考えて、陶器で作り直すことになったんです」

     確かに、ガラスより陶器の方が頑丈そうよね。

  • 7◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:16:09

     ひとまず、ここまで聞けていればいいかしら。
    「お、お役に立つでしょうか……?」
    「ええ。色々と話してくれてありがとうございます。また聞きたいことがあれば来ますけど、後は私達に任せてください」
    「上手くいくよう祈ってますよ! このマチカネ流、幸運の舞で!」
     なにやら踊り始めたフクキタルさんを横目に、私達は部室棟へと向かった。


    「キングちゃん、やる気満々だね!」
    「ええ。そうね」
     上機嫌なウララさんだったけど、私は笑う気分にはなれなかった。
    「どうしてキングちゃんも名探偵やろうと思ったの? さっきまでやらなかったのに」
     笑顔で聞く彼女に対し、答えた私はしかめっ面をしていたでしょうね。

    「この犯人は、勝負服の何たるかをまるでわかってない無礼者よ」

     私が許せないのは、一部とはいえ勝負服を勝手に持ち去るその心。

     ウマ娘の勝負服が、どれだけの思いで作られた物か。私は痛いほど知っている。それを知っていれば、盗もうなんて思わない。ましてや、フクキタルさんの励ましが込められた、ドトウさんの心の拠り所だったのよ。勝負服を作った人、勝負服を着た人、贈られた人。どの人の思いもバカにする、最悪の所業。それを目の当たりにしておいて……

    「許すことなんてできないわ……! 必ず犯人を見つけて、にゃーさんを取り返すのよ!!」

    「おぉー!? 今日のキングちゃん、すっごく燃えてるね! 漫画の人みたい!」
     私の言葉を聞いてはしゃぐウララさん。このキングの怒り、彼女にも伝わったのかしら?

    「じゃあ、キングちゃんは助手をお願いするね!」
    「はぁ!? なんで私が助手なのよ! ウララさんの方が……」
    「だって、わたしは探偵やりたいんだもん! いこーいこー!」
     そう言って、勝手に進んでいってしまう。理解してもらえたわけじゃないらしい。思わずため息が出る。
    「待ちなさい! 行くのはそっちじゃないわよ、ウララさん!」

  • 8◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:28:57

    「で、これから何をするの? キングちゃん」
     部室棟へ向かう途中、ウララさんに聞かれる。

    「いい、ウララさん? これから私達がやることは2つあるわ」
    「2つ? なになにー?」

    「1つは、容疑者のアリバイの確認よ」
    「おーっ、アリさん確認! 名探偵みたいだね!」
    「アリバイよ。チームメイトに聞き込みをして、犯人じゃないって証明する話を聞いていくの」
     全員現場にはいるから、厳密にはアリバイ確認とは言わないのかもしれないけど、犯行を行える人物は絞れるはず。けれど、その前にやっておきたいことがある。

    「もう1つは、証拠探しよ。これから私達は事件現場に行くわ。事件が起こった場所で、犯人の証拠を探すのよ」
    「証拠!? よーし、うららもがんばって探すよ!」
     ウララさんは燃えている。この調子で最後まで持てばいいけれど。



    「ドトウさん達、真ん中で話してたらしいわ。どう? ウララさん」
     私達は、玄関中心で向かい合わせになって立っていた。
    「うん! 玄関は全部見えるね! 廊下の方は見えないけど」
     ウララさんの言う通り、各部室へつながる廊下の様子は全く見えない。しかし、玄関の幅は5人が横並びになって通れるかどうかってほどで、死角もない。これなら、通った人は全員把握できる。外部犯という線もほぼないでしょう。
    「やはり、チームメイトの誰かが犯人でしょうね。ウララさん、廊下を進みましょう」

     突き当りを右に曲がろうとした時に、私は気づいた。
    「ここの窓、全部格子がついてるじゃない!」
     廊下の窓は高めの場所にあり、その外側には格子がついている。抜けている部分もない。
    「これじゃ、廊下からにゃーさんを外には出せないわね。格子に引っ掛かってしまうもの」
    「じゃあ、どうやって外に出すの?」
    「……部室の窓からとしか考えられないわ。それを確かめるためにも、部室に行ってみましょう」

  • 9◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:30:31

    「ねえ、キングちゃん」
    「なに?」
     部屋の前まで来て、ウララさんがこちらを見る。
    「ここってドトウちゃんのチームの部屋なんでしょ?」
    「ええ、そうよ。それがどうかしたの?」
    「ドトウちゃんがいないと入れないんじゃないかな? カギ、かかってるんじゃない?」
     
     ……うっかりしてたわ。スマホをつけてみると、今は午後2時半だった。トレーニングしている子も多いはず。誰もいない部室へ来ても入れない。万が一カギが開いていて入れたとしても、不法侵入になり得る。

    「だ、大丈夫よウララさん! きっと中に誰かいるわよ!」
    「でも、みんなトレーニングしてないの?」
     こういう時に限って鋭いわねウララさん……。
    「わ、わからないわ! たまたま今日お休みしてる子がいるかもしれないもの! ノックしましょ!」

     そうこうしているうちにドアが開き、中からウマ娘が顔を覗かせた。

    「えっと……見かけない顔だね。うちのチームに用かな?」
    「わっ! ドトウちゃんのチームメイトだよね? うららね、名探偵やってるんだー!」
    「名探偵……?」
     ウララさんの発言に、困惑する彼女。
    「いえ、探偵ではないんですけど……私達ドトウさんの友人で、にゃーさんの話を聞きに来たんです」
    「ああ、そういうことか。立ち話もなんだから、入ってよ」
     彼女は部屋の中へ手招きする。私達はそれに従い中へと入った。

  • 10◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:32:40

    「自己紹介が遅れたね。アタシの名前はエレニカノイジー。一応、このチームにリーダーさ」
     制服姿の彼女は机の上に手を組み、こちらを見つめながら話している。

     エレニカノイジー。灰色がかった長髪で、長身のウマ娘。チームのリーダーで、態度や表情からも優しさが伝わってくる。彼女はドトウさんがチームに編入する際に、歓迎会を企画したらしい。

    「にゃーさんの件は、アタシも今朝聞いたよ。まさか、人のロッカーを漁る人がいると思ってなかったから、驚いたな」
     指を顎に当て、宙を見つめながらノイジーは言う。
    「で、君達は犯人探しってわけかい?」
    「うん! わたしたちで、犯人を見つけるんだ!」
     ウララさんが正直に言ってしまった。もしノイジーさんが犯人なら、この時点で追い返されてしまうかもしれない。しかし、いずれは聞き込みするのだから、遅かれ早かれ明かすことになっていたわ。さあ、どういう反応を見せるかしら……?

    「うん。何か協力できることがあれば手を貸すよ」
     あっさりとOKが出た。
    「いいんですか? こういうのって、大人がやるものでしょう?」
    「そうだけど、学生だけで犯人がわかったりしたら面白そうだし」
     笑って答えるノイジーさん。真面目そうに見えて、結構ノリがいいのかもしれない。


    「では、まずはこの部屋を調べてもいいですか?」
    「うん、好きに見てっていいよ」
     調査の許可をもらい、私達は部室を見ていくことにした。とは言っても、これといって変な物もなさそうだけど。これが部室の見取り図ね。

  • 11◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:33:10

     まず、私は窓を確認した。この部室の窓は1か所だけで、格子はついていない。それどころか、人がまたいで出入りできるくらい大きい。にゃーさんを移動させるのも簡単ね。もちろん、カーテンはついていた。無ければ着替えられないもの。
    「昨日、この窓は閉まっていたんですか?」
    「カギも閉まってたよ。途中アタシも開け閉めしたし、間違いないね」
     この証言が本当なら、外部犯の可能性は無くなったわ。
     実際に窓を開け、外を見てみる。下は芝が広がっている。特に何も落ちてはいない。周りを眺めると、グラウンドの脇の辺りまで見えた。小さくドトウさんとフクキタルさんが見える。まだ何かを話しているみたい。

     窓を閉め、次に私はゴミ箱を調べた。部室の物としては珍しく、蓋がついているタイプだ。中にはゴミがほとんど入っていない。
    「このチームの方は、あまりゴミを出さないんですか?」
    「ああ、それね。実は今朝集積所まで持っていってしまってね」
    「え? ゴミの回収日って、明後日ですよね?」
    「そうなんだけど、明日明後日はチーム全員休みでね。今日のうちに置いておくことにしたんだ。あんまり良くないことだから、秘密にしておいてね?」
     ノイジーさんは両手を合わせ、片目をつぶった。良い心がけではないけれど、いちいち告げ口するのも野暮ね。他の人には黙っておくわ。

     次に調べるところを探していると、私は机の下にあるバッグに気がついた。
    「そのバッグは、ノイジーさんのものですか?」
    「ああ、そうだよ。中も見ていいよ」
     そう言い、彼女はバッグのチャックを開ける。中には、ノートが数冊入っているだけだった。
    「教科書は持ち歩かないんですね」
    「うん。極力教室のロッカーに置いておくんだ。復習もそんなにしないしね」
     あっけらかんと言うノイジーさん。確かに、頭は良さそうに見える。

     置いてあった棚も調べてみたけれど、トレーニング用の物や蹄鉄調整用の道具などで、あやしいものは特に無かった。

  • 12◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:33:34

    「ねえ、見て見て! キングちゃん! ロッカーにフクキタルちゃんがいるよ!」
     ノイジーさんと話していると、ウララさんは開いたロッカーの前ではしゃいでいる。
    「ちょっとウララさん! 勝手に覗いたらダメでしょ!」
     私が咄嗟に注意すると、ノイジーさんが笑いながら近づいてくる。
    「ああ、見られて困る物もないからいいよ」
    「え? それじゃあ、あそこはノイジーさんのロッカーなんですか?」
    「いや、私のじゃないよ。マイノーンのところさ」
    「え、ええ……」
     さらっと言うノイジーさんに私は引いていた。ロッカーに鍵をかけない時点で怪しかったけれど、この部室にプライバシーはないのかしら……。
    「見てキングちゃん! ほら!」
     ウララさんが指差す先には、フクキタルさんが写った雑誌があった。ハンガーにかかった制服の下、影になって目立たないところに立てかけて置いてある。
    「雑誌? フクキタルさんの特集みたいね。どうしてこれが?」
    「マイノーンが憧れてるみたいでね。その雑誌をお守りにしてるんだって。うちのチーム、未勝利の子もいるからね」
     そう言って、ノイジーさんはホワイトボードを指差す。そこには『目標:目指せ! 初勝利!』という文字がでかでかと書いてあった。
    「トレーナーさんが書いたんだ。アカノステップとマイノーンは、まだ未勝利なんだ。だから、既にデビューしてる先輩への憧れが強いみたいでね」
    「そうなのね……」
     なかなか勝てない時に、目標となる人がいるのはいいことね。
     
    「他のロッカーも見ていいよ」
    「それはさすがに……」
     断ろうとしたけど、同時にノイジーさんは動き出し、閉まっているロッカーを開けた。
    「ここがアタシのロッカー」
    「いや、私達覗きに来たわけじゃないので……」
    「別にいいって。みんな後から聞けばOKしてくれるからさ」
     さらっと笑って言うノイジーさん。意外と横暴な人かもしれないわ……。

  • 13◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:35:06

    「あれ? ノイジーさん、今日もトレーニングしたの?」
     ウララさんが尋ねる。ロッカー内には、ジャージがハンガーにかかっていた。この時間にトレーニングを切り上げるのは、いくらなんでも早すぎる。
    「いや、今日はトレーニングを休んでるんだ。ちょっと疲れ気味でね」
     なるほど、トレーニングを休んでるのね。けど、ロッカーにジャージがあるのはなぜかしら?
    「ああ、そのジャージは予備なんだ。前のチームリーダーの受け売りでね、トレーニング中に服が破けた時のために入れておけってさ。その名残だね」
    「へぇ~、最初はノイジーさんがリーダーじゃなかったんだね。あっ! これはなに?」

     次にウララさんが指を差した先にあったのは、金属のコップと、金属でできた脚? それと、太い缶があった。
    「ああ、それかい? ガスバーナーだよ。そっちはガス缶、OD缶って言うんだ」
     そう言い、ノイジーさんはロッカー内からバーナーを取り出す。机の上に置くとガス缶にチューブをつなぎ、火を点けた。
    「うわー! すごーい!」
    「ちょっと! 室内では危険ですよ!?」
     慌てる私の声と同時に、火が消える。
    「あはは、驚かせちゃったね。一瞬だから大丈夫だよ。アタシ、キャンプが趣味でね。自分用のバーナーを持ってるんだ」
     上機嫌に語るノイジーさん。冷やっとしたわ……。
    「これは、ドトウの歓迎会の時にも使ったんだけど、それっきり入れっぱだったかぁ……そういえば、最近はキャンプ行けてないなぁ。はぁ……」
     ノイジーさんはため息をつきながら、それらをバッグへとしまう。疲れ気味というのは本当みたいね。

  • 14◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:35:37

    「次はアカノのだね。はい」
     ノイジーさんはまたいきなりロッカーを開ける。アカノステップさんのものらしい。
    「うーん……着替えくらいだね」
     ウララさんも真っ先に中を見ている。私も続けて覗いたけど、あやしい物はなかった。ただ、中にある使い古しの蹄鉄が気になった。なぜか複数ある。
    「蹄鉄? アカノさん、ロッカーに集めてるんですか?」
    「ああ。使い切った蹄鉄は自室に保管してるみたいだよ。これは努力の結晶だ、ってね。ただこれは、ロッカーに放置しっぱなしだね……後で言っておかなきゃ」
     そう言いながら蹄鉄を取り出し、ノイジーさんは机に置いた。棚にハンマーもあったから、ここで蹄鉄を調整することもあるのね。

    「残りはメリードライのだけど……彼女のロッカーは開けない方がいいね」
     ノイジーさんは腕を組み、眉間にしわを寄せている。
    「え? どうしてです?」
     ここまで遠慮なしに開けてきたというのに、いきなりストップがかかるのはあやしい。
    「彼女は少々怒りやすい性格でね。それにロッカーは一度見たんだけど、特に何も無かった。多分、今もそうだと思うな」
     証言までされてるのだから、別に見る必要もない。怒られてまで見るような物でもないし……というかそもそもロッカー自体見るつもりはなかったのだけれど……。


    「ひとまず、部室に関してはこんなところかしら」
    「どう? キングちゃん、何かわかった?」
    「ええ。どうやってにゃーさんを盗んだかは、予想できたわ」
    「どうやって盗んだのー?」

     部室の窓からにゃーさんを外へ出すことは可能だとわかった。廊下から出すことができない以上、ここから外へ出したと考えるべきね。そして、犯人は玄関から出て、外に置いたにゃーさんを回収。もしくは、窓から外へ出てにゃーさんを隠した後、玄関から外へ出る。このどちらかでしょう。

    「そっか! この部屋の窓から外へ出したんだね! じゃあ、誰が犯人かなー?」

     問題は、それが可能なのは誰なのか。ドトウさんの話では、チームメイトが部室にいる時間はほとんど、他の誰かと被っている。これからアリバイを聞いていくけれど、そこで誰が犯人かわかるはずね。

    「次は、ノイジーさんに聞き込みさせてもらいます」
    「うん、なんでも聞いてよ」
     私達は椅子に座り、彼女と机を挟んで対面した。ここからが正念場ね。

  • 15◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:36:14

    「エレニカノイジーさん。あなたが昨日ここにいた時間は何時頃です?」
    「えっと……確か、3時20分から40分くらいまでかな」
    「長いですね。その間、ここで何をしていたんです?」
    「まず、ジャージから制服に着替えたよ。かなり汗かいちゃったから、ちょっと時間がかかったんだ。マイノーンは一緒にいたから、彼女達に聞けばわかるよ。その後は、特になにもせずのんびりしてたんだ。ドライが見てると思うよ」

     ドトウさんから聞いた時間と一致してるわね。確か、ノイジーさんが部屋にいる間、マイノーンさんかメリードライさんのどちらかは部屋にいた。ということは、ノイジーさんが何かしていれば、2人から証言が出てくるはずね。

    「ちなみに、そのマイノーンさんとメリードライさんは何をしていましたか?」
    「え? ドライは着替えてるだけだったよ。マイノーンの方は、着替えた後スマホで何か見てたな」
     スマホ、ねぇ。マイノーンさんも長いと思ってたけど、ノイジーさんと同じで一息ついてただけなのかしら?

    「ああ、そうそう。さっきアタシ、窓を開け閉めしたって言ったよね?」
     急にノイジーさんから話しかけてきた。
    「あの時ね、アカノステップが外から窓をノックしたんだ。窓を開けてみると、ジャージを部屋に忘れたから持って来てくれって。それも2日分」
    「えっ!? 2日間置き忘れたんですか!? ジャージを!?」
    「みたいなんだ。ロッカーから机に出すとこまでは覚えてたのに、机に忘れたって言うからさ。そのまま持って渡したよ」
    「へぇ……」
     アカノステップさん、聞いていた以上にガサツそうね。2日放置したジャージってすごく臭いそうなものだけど、平気だったのかしら……。
    「ちなみに、そのアカノさんが来た時間はいつですか?」
    「多分、30分頃だね。マイノーンがまだいた時だから」
     なら、マイノーンさんが証言してくれそうね。でも色々と怪しいわ。なんで窓から渡したのかしら? そのまま部室に行ってもいいはずよね。
    「なぜ、彼女は部室まで来なかったんですか?」
    「さあね。横着な性格だから、面倒だったんだよ」
     まあ、ガサツだからで説明はつくわね。

  • 16◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:37:10

     アリバイについてはこれくらいでいいかしら。一応、盗みそうな人の心当たりを聞いておきましょうか。
    「にゃーさんを盗みそうな人に心当たりありますか?」
    「チームメイトの中から、ってことだよね?」
    「はい、そうです」
    「うーん……一番はメリードライかな。彼女、結構毒を吐くような子でね。ドトウのことも邪険に扱ってたから」
     ノイジーさんは困った表情をしている。メリードライさんに手を焼いているようね。
    「ドトウが入ってきた時、歓迎会をしたのは知っているかな?」
    「はい」
    「あれは私が企画したんだけどね。ドライとドトウが仲良くなるきっかけになればいいなと思って開いたんだ。ただ、ドトウがケーキをひっくり返してしまってね……逆効果になってしまったかもしれない」
    「そうだったんですね……」
     ドトウさん、ドジをしがちな印象だったけど、歓迎会でもやってしまったのね……。

     ノイジーさんへの質問は、ひとまずこれでいい。後は、他のチームメイトへの聞き込みを行いたいわね。

    「ノイジーさん。チームの方はどうしてるんです?」
    「みんなトレーニングしてるよ。もうすぐ終わるんじゃないかな。ただ、今日は自主練の日だからバラバラな時間に戻るかな」
     なるほど。なら、ここで待たせてもらうのが一番いいわね。
    「ああ、この部屋にいて構わないよ。みんなにも話を聞くんだろう?」
    「いいんですか?」
    「うん。アタシのことは気にしないで。くつろいでってよ」
     お言葉に甘えて、私とウララさんは部室で待つことにした。

  • 17◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:38:30

    「おっす! ノイジー、昨日はすまなかったな!」
     5分ほど待った後、勢いよく扉が開く。そこにいたのは、赤髪のウマ娘だった。
    「ん? アンタら誰だ?」
     彼女は私達を見て首をかしげた。
    「初めまして、キングヘイローです」
    「ハルウララだよー!」
    「ああ、ドトウのダチか! オレはアカノステップ! よろしくな!」
     アカノさんはニカッと笑い、右手を突き出した。

     アカノステップ。赤色ショートヘアが特徴的。声が大きく、元気で活発なウマ娘。聞いてた印象通り、フレンドリーな方のようね。

    「昨日のにゃーさんの件で、アカノさんに聞きたいことがあります」
    「ああ! いいぜ! 早いとこ済ませてくれよな!」
     そう言いながら、彼女は席に着いた。



    「オレがいた時間は3時10分から20分だ。その間にしたのは、着替えと2日分ジャージをロッカーから出したくらいだな」
     アカノさんは昨日の状況を話し始めた。
    「あと、マイノーンと一緒に玄関を通ったんだが、部屋の前でアイツに電話が来たんだ。10分くらい廊下で電話してたぜ」
    「10分もですか?」
    「ああ。古い友人からとかで、長電話しがちなんだよなアイツ。だからオレと部屋にいた時間はちょっとだけだ。入れ替わりで出たからな」
     入れ替わりということは、マイノーンさんはアカノさんの行動を全く見れないわけね。

    「ノイジーさんから聞いたのですが、2日分のジャージを放置してたんですね」
    「そうなんだよ……オレも面倒になっちゃってさぁ」
    「面倒だからって、ロッカーに入れっぱなしにしますか?」
    「んなこと言われてもなぁ……面倒だったんだよ」
     なんだか納得いかないけれど、これ以上追及しても仕方ないわね……。

  • 18◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:39:06

    「昨日は、それをロッカーから出したのに持っていき忘れたんですか?」
    「ああ。実は昨日、委員会をすっぽかしちまってな……急いでバンブーさんに話を聞きに行ったんだ。みっちり怒られちまったよ……」
     アカノさんは頭をかく。確か、彼女は風紀委員だったはずね。
    「それを思い出したのが、マイノーンが入ってきた瞬間なんだ。だから、ジャージを机に置きっぱにしちまって……」
     なるほど……20分に部室を出て、バンブーさんから怒られて、30分頃に窓まで戻ってきたってことね。部室棟と校舎はそれほど離れてないから、走れば充分可能ね。
     
    「ねえねえ! アカノさんのジャージ、ピカピカだね!」
     アカノさんの姿を見て、ウララさんが聞いた。実は、私も気になっていた。2日間ジャージを放置する人だから、なんとなく汚れたジャージを着てるイメージだったのに、実際は練習後とは思えないほどキレイなジャージを着ている。
    「ああ! 使ってたジャージがちょこちょこ穴が空いてな……新品を買ったんだ。今日初めて着たんだぜ?」
     ジャージを見せびらかすアカノさん。穴が空いても使う辺り、やっぱりガサツな人ね……。ひとまず、アカノさんへの聞き込みも充分ね。



    「あれ? どなたでしょうか?」
     一通り話を聞き終えた時、部屋のドアが開き、誰かが顔を覗かせた。メガネをかけており、肩を縮こまらせている。
    「ああ。お疲れ、マイノーン。この2人はドトウの友人だよ」
     そう言って、エレニカノイジーさんが私達を紹介する。

     マイノーン。ウェーブのかかった髪型の、メガネをかけてるウマ娘。気弱だけど優しい性格で、ドトウさんのことを心配していたらしい。

    「マイノーンさん。あなたにもお話を聞かせていただきたいのですが、よろしいですか?」
    「は、はい! けど、その……着替えてからでもいいでしょうか?」
    「ええ、いいですよ」
    「あ、じゃあオレもこの間に着替えさせてもらうぜ」
     アカノさんとマイノーンさんはロッカーの前へと向かい、着替え始めた。私達はあまりそちらを見ないようにして、机の周りを囲っていた。

  • 19◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:39:34

    「そうだ。暇な間、ババ抜きでもやるかい?」
     ノイジーさんはどこからかトランプを取り出す。
    「わーい! やりたいやりたーい!!」
     ウララさんはやる気マンマンだ。
    「もう、仕方ないわね」
     ただ待っているのも退屈だし、私も参加することにした。



    「うーん……こっちだ!」
     ウララさんが思い切りカードを引き抜く。
    「やったー! あたったー!」
    「うーん、また負けてしまったかぁ……!」
     そう言いながら、ノイジーさんはニッコリとしている。3回中3回とも彼女が負けていた。それも、毎回ウララさんとの一騎打ちになって。
    「すごい! わたし、ババ抜きの才能があるのかな~?」
     ……どう考えても接待されてるんだけど、ウララさんが楽しそうなら、まあいいかしら。

    「すみません! おまたせしました!」
     制服姿のマイノーンさんが近くのイスに座った。



    「私が昨日ここにいたのは、3時10分から35分です。でも、電話が来ちゃったので20分までは廊下に出てました」
     マイノーンさんの話も、他の人の話と一致しているわね。
    「これ、昨日の通話履歴です。旧友からの電話で、毎回長電話になっちゃって……」
     LANEの画面を見せる彼女。そこから、3:10に通話が来たことと、約10分間通話していたことがわかった。

  • 20◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:40:16

    「わかりました。では、その10分間、アカノさんが部屋で何をしてたかは知らないんですね」
    「はい。特に中から音もしてなかったし……あっ!」
     マイノーンさんは、何かを思い出したように目を見開いた。
    「部屋の中から、窓を開ける音はしました。ガラガラって。2回ですかね? アカノさんに聞いたら、換気してたって言ってたので、多分その音かと……」
     縮こまりながら言うマイノーンさん。私はアカノさんの顔を見る。
    「ああ、マイノーンの言う通りだ。閉まり切りだと暑かったんで、ちょっとの間、窓を開けたぜ。開ける前はちゃんとカギ閉まってたし、俺も閉めた後はカギかけたからな」
     アカノさんも窓を開けたことを認めた。

    「あの、キングさん……」
     突然、マイノーンさんから小声で話しかけられる。
    「どうかしました?」
    「その……アカノさんには聞こえないようにしたいんですけど……」
     引き続き、ささやき声で話す彼女。私も席を立ち、彼女に近づいた。

    「私が部屋に入った時、アカノさんはバケツを部屋に抱えていたんです。足元も、少し濡れていて……中身は見れなかったんですが、多分、水を入れてたんじゃないかと……」
     バケツ。この部室棟の廊下には水道がついていて、そこにバケツも置いてある。けど、なんで水の入ったバケツを……?
    「部室に持ってきた理由を聞いたんですが、はぐらかされたんです。だから、怪しいと思って……」
     それで耳打ちしてきたのね。けど、バケツでにゃーさんを運んだわけじゃなさそうだし、そんなに重要じゃないかもしれないわ。

    「何を話してるのかな?」
     こちらの様子を見たノイジーさんが近づいてくる。
    「いえ、マイノーンさんは本当にフクキタルさんのファンなのかって話をしてまして」
    「えっ? あ、はい! 私、ちょっと熱く語ってしまって……」
     マイノーンさんも話を合わせてくれた。
    「ふーん、そっか」
     ノイジーさんの追及は止まった。誤魔化せたみたいね。

  • 21◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:40:58

    「にしても、マイノーンさん、フクキタルさんが大好きなんですね」
    「はい! 金鯱賞の後のフクキタルさんは、とても力強くて……それまでの方が勝ってたんですけど、それからのフクキタルさんが好きなんです! 憧れの先輩です!」
     マイノーンさんは笑顔で語る。こんなにうれしそうな表情は、初めて見た。
    「あ、すみません! 1人勝手にしゃべってしまって……」
    「いえ、大丈夫です。マイノーンさんの思い、伝わりました」
     ここまで憧れているなら、にゃーさんを盗みたくなってもおかしくはないわね。けど、彼女の動向はノイジーさんが見ている。犯行はできないはずね。

    「そういえば、ノイジーさんは30分頃窓を開けていたそうですが、マイノーンさんは見ていますか?」
    「はい、見ました。その間だけカーテンを開けて、ノイジーさんが外のアカノさんへジャージを渡していました。その後、窓のカギを閉めてたのも見ました」
     ノイジーさんがアカノさんにジャージを渡したのも本当のようね。

    「とりあえず、聞き込みは以上です」
     残るは、メリードライさんだけになった。彼女が部室に来るまでの間、私達は再びババ抜きをして待っていた。



    「ただいま……は? 誰?」
     しばらく経って、やっとドアが開いた。入ってきたのは、小柄で華奢なウマ娘だった。

     メリードライ。左耳に花飾りをつけているウマ娘。一見オシャレでかわいらしいけど、怒りっぽく他人に冷たいらしい。第一声から、口が悪いことは明らかね。

    「ドライ。彼女達はドトウの友人で、にゃーさんの犯人を探してるんだ」
     またしても、ノイジーさんが私達の説明をした。
    「ふーん。で? 何、話って」
     こちらを見ることなくロッカーへと向かうドライさん。話は聞いているようだけど、態度は変わらずだ。

  • 22◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:41:22

    「昨日、あなたがここにいた時間をお聞きしたいんです」
     気圧されることなく話しかける私へ、ドライさんは人差し指を突き立てる。
    「全員出てって」
    「え?」
    「あんたらがいたら着替えらんないから」


     彼女の言うことに従い、仕方なく全員廊下へと出た。
    「ごめんね。彼女、初対面の人相手だと特に厳しくて……」
     ノイジーさんが謝る。
    「い、いえ。事前に聞いていましたから」
     とはいえ、ドトウさんはつらかったでしょうね。チームに入ることになった矢先、彼女の言葉を受けるんだもの。
    「怒ってたね、ドライちゃん。びっくりしちゃった」
     ウララさんも彼女の態度に面食らったみたい。そんな反応を見て、ノイジーさんが話し始める。
    「あの子、アタシ以外の子がいる時は着替えないんだ。それくらい、他人に心を開けないみたいでね」
    「全く、困ったもんだよな。新入りのドトウに対してアレならまだわかるけどよ、俺やマイノーンに対してもあんな感じだぜ? もうそろそろ1年経つんだけどなぁ」
    「ですね……わ、私も未だに怖いです……」
     アカノさん、マイノーンさんも彼女に困っているようだ。
    「今日は特に機嫌悪そうだから、にゃーさんの件についてもあまり話さないかもしれない。ごめんね」

    「あ、そろそろ寮に戻ってもいいでしょうか? 宿題やらないと……」
     マイノーンさんがスマホを見て言う。
    「そうだ! オレも委員会の仕事残ってた! 帰っていいか?」
     アカノさんも帰りたがっている。話は一通り聞けたから、帰してもいいはず。
    「アタシは残るから、2人は帰りなよ。キングさん、それでいいかな?」
     ノイジーさんの提案に、私は首を縦に振った。
    「ありがとな! そんじゃまた!」
    「すみません。犯人探し、頑張ってください!」
     2人は走り去っていった。

  • 23◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:42:22

    「着替えたわ。聞くなら早くして」
     廊下に出てから5分ほど経った後、ドライさんがドアを開けた。私達は部屋に入り、座席についた。

    「ドライさんは昨日、何時頃にここに来ましたか?」
    「覚えてないわ」
    「え?」
     他の人は来た時間を覚えていたため、驚いてしまった。
    「出たのは45分よ。話はそれだけ?」
     さらっと言うドライさん。これまで順調に進んでたからか、なんか調子が狂うわ……。
    「あなたが部屋にいる間、していたことは?」
    「着替えてた。それだけよ」
    「本当に、それだけですか?」
    「ええそうよ」
     短く答える様子は、話を早く切り上げようとしているように見えた。それに、今の発言はとてもあやしい。けど、それを追及する前にノイジーさんのことを聞かなければ。

    「ドライさん。あなたは5分間ノイジーさんと一緒でしたね。その間、彼女は何をしてましたか?」
    「ノイジー? ああ、何もしてなかったわ」
     これでノイジーさんは部屋にいる間、何もしていないことは証明されたわ。じゃあ、ここからは追及していきましょうか。

    「ドライさん。あなたの発言にはおかしいところがあるわ」
    「おかしい? どこがよ」
     私の指摘に、彼女はイラっとしているようだ。
    「先程着替えにかかっていた時間はおよそ5分。しかし、ドトウさんによれば昨日、あなたは35分に部室に来た。つまり、10分間部室にいるはずです。何か隠してませんか?」
    「隠してないわ。ノイジーがいると着替えづらいのよ」
     取り乱す様子もなく答えるドライさん。
    「彼女の話は本当だと思うよ。確かに、アタシがいる間はゆっくり着替えていた」
     ノイジーさんからも補足が入った。しかし、ドライさんはノイジーさんが出た後に犯行可能な人物。証言の真偽は注意深く判断しなければ。
    「わかりました。室内で着替えていただけというのは信用します。しかし、もうひとつお聞きします」

  • 24◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:43:03

    「ドライさんが部室棟を出る時、抱えていたジャージが膨らんでいたそうですね。これはなぜですか?」

     ドトウさんは言っていた。彼女のジャージは、にゃーさんくらい膨らんでいたと。このことを聞かずして、彼女への聞き込みは終えられない。 

    「膨らんでないわ」
     ドライさんは少し考えた後、口を開いた。思いの外、返答はあっさりしていた。
    「いえ、ドトウさんが見ています。正直に答えてください」
    「正直よ。膨らんでなかったもの」
    「大人しく認めてください。ドトウさんが見ているということは、フクキタルさんやタイキさんも見ている可能性が高いわ」
    「見間違いよ。膨らんでない」
     どれだけ言っても同じ答えしか返って来ない。こうなったら、実際にフクキタルさん達を呼ぶしかない……そう思った時。

    「ドライ、もういいんじゃない?」
     ノイジーさんが優しい声色で彼女へ話す。
    「この2人はドトウの友達なんだ。だから、君の思いを無下にはしないよ。それに、ドトウを悲しませる犯人を探すためにも、君の無実は証明しないと」
     その言葉を聞き、ドライさんはしばらく黙っていた。やがて、彼女は立ち上がり、ロッカーまで移動した。
    「…………これを見て」
     彼女は自分のロッカーを開き、中を見せる。それを見て、私は驚いた。
    「うわー! すごいねドライちゃん! お花がいっぱい!」

     ロッカーの側面に、いくつもの花が吊り下げられていた。バラを中心に、オレガノや千日紅、ローズマリーといった花々がたくさんある。

  • 25◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:43:23

    「ドライフラワーだよ」
     ノイジーさんが説明を始めた。
    「元々メリードライの趣味なんだ。彼女が昨日ジャージに隠していたのは、ドトウへ向けた花束なんだと思う」
     私は思わず「えっ」とつぶやき、ノイジーさんの方へと向いた。
    「ドトウがチームに馴染めてないのは、彼女もわかっていてね。こっそり作ってたんだ。最初はドトウのことを気に入らなかったんだけど、だんだん認めるようになったんだって。昨日渡すつもりで、花束をジャージに隠してたんだと思う。だけどドトウは友達と話していた。だから、タイミングを逃してしまったんだ」
    「……」
     ドライさんは地面を見つめ、黙っている。これは、予想外だった。実はドライさんもドトウさんを気にかけてたなんて……。
    「口下手だし、嫌われてしまう性格を本人も気にはしてるんだ。だから、せめて行動で示したいんだと思う。……みんなにはナイショにしておいてよ?」
    「うん! ドライちゃん、やさしいねー!」
     ノイジーさんのお願いに、快く答えるウララさん。
    「ドライさん。その……ごめんなさい」
     私はドライさんへ頭を下げた。
    「……謝罪は、いらない」
     言動は相変わらずだったが、心なしか、言い方がやわらかくなっている気がした。



     その後、メリードライさんも寮へ帰り、私とウララさんも部室を後にした。
    「ドライちゃん、本当はやさしかったね!」
     ウララさんが笑顔で言う。
    「ええ。でも……」

  • 26◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:43:35

     彼女が帰ってから、改めて考える。確かに、彼女はドトウさんのことを思っていたのかもしれないけれど、花束を渡せなかった腹いせににゃーさんを……いや、それはないわ。それだと、にゃーさんを盗んでから花束を渡すことになる。時系列がおかしい。それか、さっきのは初めから演技で、本当は盗んでいた? いやいや、それより前にアリバイね。

     ドライさんは1人で部屋にいる時間がある。犯行が可能なことには変わりない。そのことを念頭に置いて推理すべきよ。

    「なになにー? キングちゃん、犯人がわかったのー?」
     ウララさんが顔を覗き込んでくる。
    「候補は絞れたわ」
    「こうほ?」
    「犯人として、あり得るのは2人よ」

     犯行が可能なのは、部屋に1人でいた人物。つまり、アカノステップさん、メリードライさんのどちらか。この2人以外あり得ない。けれど、今はこれ以上特定できる材料はない。

    「ウララさん、部室の外を調査よ。まだ何かあるかもしれないわ」



     玄関を出て、私達は部室棟周辺を調査することにした。手始めに、ドトウさんのチームの部室の窓の周辺を探した。しかし、にゃーさんらしき物は見つからない。あやしい物もない。
    「何か証拠が残っていればと思ったけれど……」
     そうぼやきながら、移動しようとした時。

    「その部屋のウマ娘を追っているのかい?」
     後ろから声をかけられた。
    「にゃーさんが盗まれたんだろう? ドトウから聞いたよ。昨日、ボクはその窓の近くにいた人物を見ている!」
     声高らかに言うその声には聞き覚えがある。
    「あっ! オペラオーちゃん!」
    「ウララ君、キング君。ボクにも手伝わせてもらえるかい?」

  • 27◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:44:08

    「オペラオーさん、昨日ここにいた人物を見ているの!?」
    「ああ! 昨日の午後、グラウンドの脇でトップロードさんとオペラをしていてね。3時から4時の間はずっと見ていたよ!」
    「本当!? 誰が来ていたの!?」
     身を乗り出して聞く私。怯まず、オペラオーさんは話し始める。
    「そう、昨日この窓まで来ていた人物は……」
    「来ていた人物は……?」



    「アカノステップさんだけだ!」
     彼女の言葉を聞き、私は心の中でガッツポーズをとった。これは決定的ね。犯人はアカノステップさんで決まりよ!
    「オペラオーさん、アカノさんは何時頃に来て、どんな様子だったのかしら?」
    「ああ、せかさなくとも答えようとも! ボクという太陽の前には、隠れる影さえ存在しないのさ!」
     


    「あれは3時30分頃だったよ。ジャージを腕にかけたまま、アカノさん窓の近くまで走ってきたんだ。そして、カーテンが開き誰かが出てきた。何か話しているようだったね。その後に、その誰かがジャージの束を持って来て彼女に渡したんだ。受け取ったアカノさんは、また一目散に駆け出していったよ!」
     おそらく、誰かっていうのはノイジーさんのことね。アカノさん、ノイジーさんの証言とも一致する。それなら、ジャージににゃーさんを入れて運んだのかしら?
    「ただ、ジャージの中ににゃーさんは入っていないと思うな。ジャージはかさばっていなかった。2、3着重なっているだけに見えたよ」
     膨らんでいなかった? え? おかしいわ……犯行を行ったのはアカノさんじゃないの?
    「オペラオーさん、にゃーさんは見てないのかしら?」
    「残念だが、ボクの光すら通さない闇の中に隠れてしまったらしい。彼女がにゃーさんらしき物を持っている場面はなかったよ」
    「アカノさんが来る前に、窓の外に置いてあったりは?」
    「ああ。窓の近くには何もなかったよ」
    「本当に、他に来た人はいなかったの?」
    「そうだとも。あまりにも人が来ないと思ったんだ、間違いないよ」
     ウソ……じゃあ、犯行は目撃されてないのね。というより、ずっと見てたオペラオーさんが見てないってどういうこと!? 犯人はどうやってにゃーさんを!?

  • 28◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:44:58

    「それと3時15分頃、あの部屋の窓が開いたのも見たよ。20分には閉まったね。その時にいたのもアカノさんだった。カーテンは閉めていたみたいだけど」
     ああ、マイノーンさんが言っていたことも本当のようね。アカノさんは換気の窓開けをしていた。

    「ボクの話は役に立ったかな?」
    「ええ、まあ」
    「それじゃあボクも失礼するよ。今日はアヤベさんを誘わなければならないからね!」
     そう言って、オペラオーさんは校舎の方へと歩き始めた。



     結局、余計に謎が増えてしまった。

     どうやって犯人はにゃーさんを盗みだしたの? 廊下からは持ち出せない。隠しながら持ち出せるのはメリードライさんだけ。
     けど、ロッカーの花は本物だった。ドライフラワーは、1週間以上吊り下げておく物。犯行を隠すためにわざわざ用意したの? いえ、それはない。今回の犯行は、ドトウさんがロッカーのカギを外した日、つまり3日前から計画されたはず。そのためにドライフラワーを用意するのは、時系列から逆になる。
     では、オペラオーさんにバレないように隠しながら出した? オペラオーさんも近くで見ていたわけじゃないから、目を誤魔化すことはできるかもしれない。オペラをしていたんだから、目をつぶったり余所見をする時間はある。すると、部室内の窓付近に置いておいて、ノイジーさんが窓を開けジャージを取りに行く隙に外へ出した? いや、それも不可能ね。窓近くににゃーさんが置いてあれば、絶対に誰かは気づく。何かに隠して置いたとしても、その膨らみが見逃されることはないでしょう。じゃあ、どうやって外に……

    「キングちゃん、どうしたの? なんか怖いよ?」
    「えっ?」
     ウララさんに話しかけられ、自分が考え込んでいたことに気づいた。
    「ごめんなさい。怒ってるわけじゃないわ」
     とりあえず謝ったが、深まった謎に対して未だに答えは出ない。

  • 29◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:46:00

    「ウララさんは、誰が犯人だと思うの?」
    「うららはね、マイノーンちゃんだと思う!」
    「意外ね。なんでそう思うの?」
    「だって、フクちゃんのことが大好きなんだもん! にゃーさんが欲しかったんじゃないかな?」
     確かに、動機だけ考えればそう思うわね。
    「けど、マイノーンさんは1人でいる時間がないわ。盗むことはできないのよ」
    「あ、そっかぁ! じゃあ誰だろ……」
     再び首をかしげるウララさん。まあ、わかるわけないわね。私にも見当がつかないんだもの。
    「でもキングちゃん。マイノーンちゃんじゃないなら、犯人はどうしてにゃーさんを盗んだのかな?」
    「どうしてって、勝負服を売ればお金になるから……」
     そう言いながら、自分で気づく。

     犯人の動機は、何?

     ずっと、売るためだと私は考えていたけど、それ以外にはないの? さっきウララさんが言ったみたいに欲しいからって理由もあり得る。マイノーンさん以外は欲しくないだろうけど……いや、どうだろう? 他の人も欲しかったりするの?

    「ねえねえ、キングちゃん」
     声をかけられ、また考え込んでしまったことに気づいた。
    「どうしたの?」
     悩んでいることを隠すように答えると、ウララさんは突拍子もないことを口にした。

  • 30◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:46:46

    「もしかして、にゃーさんは逃げちゃったんじゃないかな?」
    「はぁ?」
    「だって、どこにもいないし、誰も盗めないんでしょー? きっと逃げちゃったんだよ! にゃーさんも猫ちゃんなんでしょー?」
    「いい、ウララさん? 招き猫は生き物じゃないのよ」
    「えー? でも、猫ちゃんなら窓の隙間でも、ひょいって逃げられるよ?」

     窓の隙間ねぇ。確かに猫なら抜けられるかもしれないけど……。
     ……待って。窓の隙間を抜ける? にゃーさんが?

    「できるじゃない……」
    「え? キングちゃん?」
    「あるわ! 廊下の窓からにゃーさんを外に出す方法!」

     私は、これまで犯人はにゃーさんを『盗んだ』と考えていた。けど、もしそうじゃないなら?

     犯人は、にゃーさんを『壊していた』……!

     だとすれば、今までの状況からでも犯行は可能。だって、廊下から外へ出すこともできるわけだし、ジャージやどこかに隠すことだって可能よ。そうと決まれば、早く調べなきゃ!

    「ウララさん! 廊下の窓のところ、すぐに行きましょう!」

  • 31◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:50:51

     私達はすぐに廊下の窓の外側に向かい、何か落ちてないかを調べた。廊下からにゃーさんを外へ出したなら、破片が落ちていてもおかしくない。学園の敷地内なら、ガラスみたいな物が落ちていればすぐにわかるはず。
    「……あった! これじゃないかな!?」
     ウララさんが芝の中から何かを拾い上げる。それは、手のひらに収まるほどの茶色いガラス片だった。
    「やったわねウララさん! これは証拠になるわ! 他にもあるんじゃないかしら?」
     そう思い探し続けたが、他には何もなかった。見つかったのは、破片が1つだけ。

     ……妙ね。1つだけなら回収しそびれたとも考えられるけど、逆に言えば他の部分は全部回収されている。ウララさんがすぐに見つけられるようなところで、1つだけ見落とすなんてあり得るのかしら? すると、もしかして……。

     犯人は、にゃーさんを分かれさせた……?

     これなら筋が通るかもしれない。1つだけ見つかっても、決定的な証拠にはなり得ない。ましてや今見つけた破片は茶色。植木鉢の破片だと言い張られれば反論は難しい。だから、ここのは敢えて放置して、他の破片を回収した? それなら、ここと同じように1個だけそのままにしてある場所もあるんじゃないかしら? としたら、他に隠す場所は……。

    『このチームの方は、あまりゴミを出さないんですか?』
    『ああ、それね。実は今朝集積所まで持っていってしまってね』

     ノイジーさんの言葉を思い出す。ゴミ箱だ。ゴミの量次第だけれど、破片がいくつか入ってるくらいなら、誰にもバレない。集積所まで持っていけば、探されても部室からは見つからない!

    「次はゴミ集積所よ! ウララさん!」

  • 32◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:51:23

    「あったー!」
     ウララさんが、意気揚々と持ち上げたのは、白く塗装されたガラス片だ。
    「こっちもあったわ!」
     私も、袋の奥から白いガラス片を見つけた。数分間ゴミの山をかき分けた末、燃やすゴミと燃やさないゴミ、それぞれの袋から1つずつ見つかった。
    「2つだけね。やっぱり、バレないように多くは入れなかったんだわ」
     ただ、どちらも廊下のものより大きく、手のひらにはギリギリ収まらない。この大きさと重さなら、ノイジーさんが気づかなかったのも無理はないわ。
    「残りの破片はどこにあるのかしら……」

     にゃーさんの破片の隠し場所。ゴミ箱と廊下の外以外の場所からは見つからなかったのだから、犯人はにゃーさんの大半を持ちだしているはず。いくつかの破片だけなら、ジャージに包んでも周りからはバレないもの。
     そうすると、破片を2回以上に分けて運ぶことになるわ。残りの破片をいっぺんに運んだら、極端じゃないにせよジャージは不自然に膨らむはず。強いて言うなら、アカノさんが持ってたバケツに一時保管していた、という線ならあり得そうね。
     隠し場所の話に戻りましょう。シンプルに考えれば、自分の部屋かしら? けど、部屋だとしたら同室の子が見てしまう恐れがある。でも、ジャージに包んで置いておけばバレないのかも……?

     とりあえず、部屋にある可能性が高いのなら、あの人に頼む必要がありそうね。



    「なるほどね。事情はわかったよ。本人達の了解を得てからだけど、部屋を探してみよう」
    「お願いします! 必ず、破片が見つかるはずなんです!」
     私達は、栗東寮の寮長フジキセキさんのもとへ行き、事件について話した。そして、ドトウさんのチームメイトの部屋を探せないか尋ねた。幸い、こちらの話はすぐに飲み込んでもらえた。

  • 33◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:51:51

     けど、しばらく時間を置かないと結果はわからない。私達は待っている間、カフェテリアへ来ていた。
    「……ぷはー! おいしいね、にんじんジュース!」
     ジュースの味を楽しむウララさんをよそに、私は思い詰めていた。
    「部屋から破片が見つかれば、すぐに解決できるのだけれど……」

     やはり、部屋に隠し続けるのはリスクがある。私が犯人なら、学園の外で捨てておきたいと思うでしょう。けど、ジャージに包んで持っていくことはない。周りから見たら不自然だもの。つまり昨日部室を出てから、一度は自室に帰る。そこでバッグか何かに入れて持っていく。昨日今日の彼女達の外出状況、フジさんならわかるかしら。

    「ねえキングちゃん、にゃーさんは壊れたの?」
     考え込んでいると、突然ウララさんに声をかけられる。
    「え? ええ。欠片が見つかっているんだから、そうなるわ」
    「どうやって壊れたのー?」
    「どうやってって、手で殴るか、蹄鉄用のハンマーとかで……」

     続きを言おうとしたが、言葉に詰まった。犯人は、にゃーさんを拳やハンマーで割った? なら、割れた音がするはずよね。けど、誰からも音に関する証言は出てこなかった。マイノーンさんが、窓を開けた音が聞こえたと言っていたけれど、割れた音は聞こえていない。アカノさんにも犯行は不可能? メリードライさんが犯人なの?

    「ハンマーで叩いたの? そんなのこわいよー! もっとやさしい方法はないのー?」
    「え、ええっと……」
     他の方法、もっと他に方法はないのかしら……音を立てずににゃーさんを割る方法。たとえば、薬品を使ってヒビを入れるとか。けど、薬品なんてなかったし、そもそもガラスでできたにゃーさんに、音を立てずヒビを入れる物なんて…………いや、待って。

    「……もしかすると」
     ふと、1つの方法が浮かんだ。しかし、やったこともないし、ただの聞きかじった知識。誰かに確認してみないことにはわからない。フジさんなら、そういうのも詳しいかも。ということは……!
    「戻ってみましょう、ウララさん。フジさんのところへ」

  • 34◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:52:41

    「残念だけど、どの部屋からもにゃーさんの破片は出てこなかったよ」
     フジさんから告げられたのは、証拠は見つからなかったという旨だった。というか、まだ30分も経ってないのにもう終わっていたのね。
    「ありがとうございます。フジさん、まだ聞きたいことがあるんですが、お時間は?」
    「大丈夫だよ。何か気づいたかい?」

    「ドトウさんのチームメイト、昨日何時頃に帰ってきたかわかりますか?」
    「ああ、彼女らなら3時4時くらいに帰ってきたかな」
    「もしかして、この時間と同じ順番ですか?」
     私は、チームメイトが部室にいた時間帯のメモを見せる。
    「……うん、この順番通りだ。どの子も部室を出てから10分以内には帰ってきてるよ」
     やはり、寄り道して破片を処分したわけじゃないのね。
    「昨日の夜から今日の朝までで外出した人はいましたか?」
    「いや、この中にはいないと思うよ」
     とすれば、昨日の段階では処分していない。持ち出した破片は部屋に置いてあったのね。
    「では、今日外出した人は……」
     言いかけて気づく。ノイジーさん以外はトレーニングをしていたし、ノイジーさんも部室にいた。彼女らが外出したかどうかを、フジさんが知っているわけじゃない。それに、フジさんもトレーニングがあったはず。彼女らの状況を、すべて把握してるわけじゃないわ。

  • 35◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:53:19

    「あ、けど気になることがあってね」
     今度は、フジさんの方から話し始める。
    「実は今日、ノイジーだけ帰ってきてないんだ」
    「帰ってきてない、というと?」
    「他のメンバーは授業後に一旦ここへ戻ってきたけど、彼女だけ戻ってないんだ。1人で校門を出たら、そのままどこかへ行ってしまってね。チーム全員で帰ることも多かったし、今日も他3人は一緒だったから変だと思ったんだけど……」

     つまり、ノイジーさんだけは昼間の動向がわからない。そして、部屋からもにゃーさんは出てこない。わかってきたわ、今回の事件の全貌が。まだ完璧とは言えないけれど、ここまで見えていれば犯人を追い詰められる!

    「フジさん、もう1つ聞きたいことがあります」
    「なんだい?」





    「……ああ、可能だと思うよ。そのトリック、実演してみようか」
    「お願いします! あと、ドトウさんのチームメイトの方を呼んでいただけませんか?」
    「わかった。部室に集合するよう言っておくよ」
     フジ寮長は駆け足で寮の階段を上っていった。

    「キングちゃん、もしかして!」
    「ええ。犯人がわかったわ。部室へ行きましょう、ウララさん!」

  • 36◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:58:15

    <ここまでの事件の概要>

     事件発生:昨日の3時~4時

     3時頃、ドトウさんは部室を出て、玄関でタイキさん達と1時間おしゃべりする。その間、部室棟を出入りしていたのはチームメイト4人だけ。4時、部室にもう一度戻ると、にゃーさんは無くなっていた。

     犯人はにゃーさんを壊し、外へ持ち出した。破片が廊下の窓の外と、ゴミ集積所から見つかった。

     また、ノイジーさんは今日の昼、寮に戻っていない。他のチームメイトは、全員一緒に戻ってきた。


    <部屋にいた時間>

     3:10~3:20 アカノステップ

     3:20~3:35 マイノーン (3:10~20 廊下で電話)

     3:20~3:40 エレニカノイジー

     3:35~3:45 メリードライ


    <部屋で何をしていた?>

     アカノ  :着替え、換気、水入り?バケツを持参、持って廊下へ出る

     マイノーン:着替え、スマホで何かを見る

     ノイジー :着替え、アカノのジャージを窓から渡す

     ドライ  :着替え、花束をジャージに包んで運ぶ?


    <部屋にある・あったもの>

     ガスバーナー、金属コップ、古びた蹄鉄複数個、蹄鉄用ハンマー、フクキタルの雑誌、予備のジャージ、ドライフラワー、アカノのジャージ2日分、水入り?バケツ、初代にゃーさん(ガラス製)


    <解くべき謎>

    ・犯人はどうやってにゃーさんを壊した?

    ・犯人はどうやって多くの破片をバレずに持ち出した?

    ・残りのにゃーさんの破片はどこにある?

  • 37◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 11:59:57

    ここまでお読みいただき、ありがとうございます。長かったと思います。お疲れ様です
    解決パートは本日の夜8時か9時頃に投下します。それまでに準備します

  • 38二次元好きの匿名さん23/10/14(土) 12:04:45

    ガラス製にゃーさんを壊すなら古びた蹄鉄でも十分だろうけど、単独より複数犯なようにも思えるし、でも複数犯が出るチームというのも…うーん

  • 39二次元好きの匿名さん23/10/14(土) 12:07:23

    バーナーで熱してからバケツの水に沈めて温度差で割ったら叩き壊すよりは音が小さそう
    破片が全部バケツの中にあれば見逃す確率も低いし

  • 40二次元好きの匿名さん23/10/14(土) 12:13:49

    にゃーさんを誤って壊してしまって証拠隠滅の為に盗み出したとか

  • 41二次元好きの匿名さん23/10/14(土) 12:22:29

    長電話してたならアカノが思い切り壊さない限り割れた音には気付かないかもな

  • 42二次元好きの匿名さん23/10/14(土) 13:33:54

    犯人はアカノとノイジー
    まずにゃーさんをガスバーナーで熱し、水の入ったバケツに入れて破壊
    言い訳できない茶色い破片は窓から捨て、大きく白い破片はゴミ袋に捨てて処分
    後はガスの匂いや水蒸気の湿り気を換気で誤魔化し、小さな破片を金属コップに入れて溶かし水入りバケツで冷やして再成形、それをジャージで包んでアカノに渡し別の場所に隠した

    成形した破片をジャージに包んだのは短い時間で強引に冷やしたせいで熱が引かず触れなかったから
    なのでアカノは仕方なく自分のジャージで破片を持って包んだんだけど、恐らくその際にジャージが焼け焦げて穴が開いてしまった
    それに気付いたアカノはノイジーからジャージを借りたが、逆にノイジーは自分のジャージが無くなり体調不良と言って誤魔化すしか無くなった……みたいな感じかな

    動機は多分ドトウというよりフクキタル、ノイジーの前リーダーが絡んでそう(予備のジャージがあったのに使わなかった辺り)

  • 43◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 17:14:46

    読み込んでいただいてありがとうございます

    ガッツリ推理してくださる方もいて、本当にありがたい限りです


    そしてごめんなさい

    <部屋にある・あったもの>の中に漏れがありました

    「ノイジーのバッグ」を加えてください


    現在、推敲中です 予定時刻には間に合います

  • 44◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 21:10:07

    予定時刻に間に合うとか言っておいて、展開を追加したため若干遅刻しましたすみません

    ここから解決パート、スタートします

    しおりの代わりとして、安価をつけておきます>>1

  • 45◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 21:10:32

    「おいおい、緊急事態って何ごとだ!?」
     ドアが勢いよく開けられる。最後にやってきたのはアカノさんだった。
    「これでみなさん、集まりましたね?」
     部室には、既に他のチームメイトとフジさんを集めていた。皆、机を囲み座っている。
    「ああ。全員集まったね」
    「この中の誰かってことですよね……誰なんだろう……」
    「早くしなさいよ」
     チームメイト達の反応はそれぞれだ。マイノーンさんは不安そうな表情を浮かべている。ノイジーさんは平静を装っているように見える。ドライさんの視線は鋭い。
    「な、なんだなんだ? 何があったんだよ!?」
     アカノさんは事態が把握できてないようね。
    「キングちゃんがねー! 犯人わかったんだって!」
    「あ!? 犯人がわかったのか!?」
     笑顔で言うウララさんに、驚きを隠せないアカノさん。
    「それで、キングは誰が犯人だと思うんだい?」
     フジさんに催促される。いよいよ後には退けない。

    「いや、待って欲しい」
     急にノイジーさんが立ち上がる。
    「犯人はこの中にはいないかもしれない。さっき、外部犯である可能性があるって気づいたんだ」
     その発言に、チームメイトの方々は不思議そうな顔をしている。
    「ど、どうしてですか?」
     マイノーンさんが尋ねる。
    「アタシは窓のカギが閉まっていることを確認したけど、アカノはしていないんじゃないかい?」
    「え? オレが?」
    「うん。マイノーンによると、アカノが換気のために窓を開けたんだよね? アカノが開ける前、カギは閉まってなかったかもしれないだろう?」
    「ああ、確かにカギがしてあったかは覚えてねえな……」
     アカノさんもうなずき始める。

  • 46◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 21:11:03

    「いいえ、今回にゃーさんを盗んだ犯人はこの中にいます」
     私の声に、またしても皆、不思議そうな顔を向ける。
    「昨日、犯行時刻に部室棟を見ていた目撃者がいます。オペラオーさんです。彼女は、アカノさん以外、この部室付近には誰も来なかったと証言しています。カギがかかっていたかどうかに関わらず、犯行を行える人物はこの中にしかいません」
    「そ、そうなのか……」
     ノイジーさんは驚いていたが、納得したようだ。
    「んで、誰が犯人なんだ!?」
     アカノさんが身を乗り出す。

    「その前に一度、事件についておさらいしましょう」

     ドトウさんが部室を出て戻るまでの間。3時から4時の間に、にゃーさんが盗まれた。その間に出入りした人はチームメイト4人しかいない。その4人のうち3人はジャージが膨らんでいないため、にゃーさんを持ち出すのは不可能。これをみんなに説明した。

    「なるほどな! じゃあ、ドライ以外はにゃーさんを外へ持ち出せないわけか」
     アカノさんが言う通り。唯一ジャージが膨らんでいたのはドライさんだ。
    「ええ。私も、そう思っていました」
     私の言葉に、みんなはざわつき始める。
    「そう思っていた? それじゃあ……」
    「ドライさんは、犯人じゃないんですか?」
    「そう、ドライさんではないんです」
     マイノーンさんの言葉の後、私は再び話し始める。

     犯人は、部室の窓からにゃーさんを外へ出した。そう思っていた。しかし、そうではない。部室の窓が見える場所にいたオペラオーさんは、にゃーさんを目撃していない。考えられることはただ1つ。

    「つまり、犯人はこの部室で、にゃーさんを破壊したのです。そして、その破片を外へ持ち出した。これが、そのことを証明しています!」
     私とウララさんは、机の上に破片を並べる。
    「これって、まさか!」
    「にゃーさんの残骸です。廊下の窓の下から1つ、ゴミ集積所から2つ見つかりました。犯人がにゃーさんを破壊した、動かぬ証拠です!」
     皆の注目が破片へと集まる。近くで見てうなずく人も、首をかしげる人もいた。
    「おそらく、犯人は持ち出す破片を減らすために、いくつかの場所に分散させた。すべて持ち出そうとすれば、見つかる可能性を高めてしまうもの」

  • 47◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 21:11:18

    「待って。だとしたら、可能なのはドライだけじゃないか?」
     ノイジーさんから指摘された。
    「アカノはマイノーンが部室前にいるから音を出せないし、アタシとマイノーンは誰かとずっと一緒だった。壊せるのはドライ以外あり得ない」
     この指摘は、絶対に来ると思ったわ。

    「実は、他にもいるんです。犯行が可能な人物が」
    「いるって、誰だよ?」
     首をかしげる彼女へ、私は指を差した。





    「アカノさん。にゃーさんを壊したのはあなたですね?」

    「え、オ、オレ……!?」
     唖然として固まるアカノさん。

    「あなたも、他のチームメイトから見られていない時間があった。その間に部室でにゃーさんを壊し、バケツに入れて運んだ。そして誰もいないうちに、廊下の窓からにゃーさんの破片を捨てたのよ!」
    「ま、待て! 確かにオレは1人きりの時間があった! けど、その間は外にマイノーンがいたんだぜ!? にゃーさんを叩き壊せば、音でバレるだろうが!!」
     焦るアカノさん。彼女の様子を見て、私は笑っていたことでしょう。
    「あら? 誰も『叩いて壊した』なんて、言ってないけれど?」
    「なに……?」
    「確かに、ハンマーなどで叩き壊せば衝突した時の音は出ます。ジャージを間に挟んだとしても、崩れて破片が重なり合う音が出てしまう。そこで、アカノさんは他の方法でにゃーさんを壊したんです!」
    「お前……! 勝手なことを……!!」
     アカノさん、動揺しているのは丸わかりね。
    「フジさん、準備していた物をお願いします」

  • 48◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 21:11:38

     私の言葉を聞き、フジさんが用意したのはガラスのコップと水を張ったバケツ、そしてガスバーナーだった。

    「おい、なんだこれ?」
     アカノさんは戸惑っている。
    「これは……もしかして、昨日この部屋にあった物かい?」
     ノイジーさんは気づいたようね。
    「その通り。ここにある物が、にゃーさんを割ったのよ」
     そう言い、私はコップをバケツの中に置いた。フジさんがバーナーの火を点け、コップへと近づける。火が当たり10秒ほど経った後コップから、パキッ、という小さな音が聞こえた。
    「今、割れたんですか……!?」
     驚くマイノーンさんを前に、私はコップを持ち上げる。底の部分はバケツ内に残り、上半分だけが持ち上がる。それを机の上に置き、コンコンと何度か叩いてみる。すると、コップはさらにヒビが入り、2つに割れた。

    「熱割れだよ」
     フジさんが説明し始めた。
    「ガラスは熱によって膨張するけど、熱が伝わりづらい性質がある。熱された表面だけ膨張するから、熱されてない部分とのバランスが保てなくなって割れるんだ。急にお湯を入れた時にコップが割れるのも、これが原因だね」
    「バーナーだけでも可能らしいけれど、アカノさんは一刻も早く割りたかったんでしょう。より温度差を生み出せるよう、水入りのバケツも用意したんです。数十秒でも割れるんですから、これを5分近く行えば細かい破片に分けられる。その上、音はほとんど出ない。よって、アカノさんでも可能なんです!」
    「なにぃぃぃ!?」
     トリックを突きつけられ、アカノさんは驚き、のけぞる。

    「その上、アカノさんはバケツの中身を隠すように抱えていた! マイノーンさんも、その中身までは見えていません! これは、バケツの中ににゃーさんを入れていたからじゃないですか!? そして、廊下の窓から破片を外へ出し、玄関を出た後に回収した! 違いますか!?」
     さらにたたみかける。どんどんうつむいていくアカノさん。これで認めてくれるといいけれど。

  • 49◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 21:11:52

    「くっくっく……」
     しかし、アカノさんの方から聞こえたのは笑い声だった。
    「残念だったな、ドトウのダチ。オレは回収なんか行ってねえぜ」
     反論されたその時、誰かがドアを開ける。
    「ヘイヘイヘーイ! お前らノッてるか~!?」
     現れたのは、葦毛で長身のウマ娘だった。
    「ゴールドシップさん!?」
     驚きのあまり、声を上げてしまった。彼女は、サングラスにアロハシャツを着て、ウクレレを抱えていた。こんな場面でも破天荒ぶりは健在ね。いや、そもそもなんでここに来たのよ!?

    「このゴールドシップさんが、オレのアリバイを証明してくれるぜ」
    「おう! 昨日は天の川魚釣り大会目指せベスト8杯の特訓で忍耐力を鍛えてたからな!」
     今回の事件と絶対に関係ないであろう文字列が聞こえた。
    「天の……なんて?」
    「天の川だよ! 釣りに必要なのは忍耐だろ!? だから昨日の午後は、ずーーーっと部室棟の裏に立ってたんだよ!!」
     ……要するに、昨日、廊下の窓の外を見張ってたってことね。
    「だが、なんてこった! なんかの破片は1個降ってきたが、誰も通りやしねえ!! だけどこのゴルシちゃん。今回の大会だけは優勝しなきゃならねえんだ! だから諦めなかった! 誰も通らなくても! 誰にも会えなくても! 雨の日も雪の日も台風の日も大干ばつの日も! アタシは彦星と織姫に会いに行くその日まではゼッタイに諦めねえって誓った! それがウマ娘魂ってもんだろ!?」
     よくわからないことばかり言っているけれど……つまり破片は1個だけ落ちてきたけど、誰も通っていないってことね。認めたくはないけど、アカノさんは廊下の窓から捨てたわけじゃない。
    「これでいいか? そんじゃあな」
     話し終わると、すぐにゴールドシップさんは部屋を出ていった。

    「どうだ!? オレに犯行はできねえ!! オレじゃねえんだ!!」
     懸命に言い張るアカノさん。

  • 50◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 21:12:04

    「ごめんなさい。信じたくないけれど、私の推理は間違っていたわ」
    「ほらな!? オレは犯人じゃないだろ? だいたい、オレはにゃーさんなんて興味ねえし! もう1回考え直しな?」
     
     先程の推理は、私がそうであって欲しいと願ったもの。本命じゃない。やはり、今回の事件は綿密に計画されていた。ドトウさんのことを思うと、本当に残念よ。

    「いえ、アカノさん。にゃーさんを壊したのはあなたです」
    「は……?」
    「私は、推理が間違っていたと言ったのよ。あなたが犯人なことに変わりはないわ」
    「な、何をバカな!?」
     目に見えて慌てるアカノさん。
    「今のゴールドシップさんの証言で、廊下から破片を出してないとわかった。けどね、アカノさんが破片を持ち出すことは可能なのよ!」

    「ま、待ってください!」
     突然、マイノーンさんが立ち上がる。
    「言い忘れてましたが、アカノさんは部屋を出る時、ジャージを腕に提げていたんです! バケツを抱えてましたから! だから、ジャージに隠して持ち出すことはできません!」
    「ええ、わかっています。彼女は部屋を出る時には、破片を持ち出していないの」

    「それはおかしいな。キング、アカノが部室にいたのは一度だけだ。それなのに、どうやって持ち出すんだい?」
     ノイジーさんが尋ねてくる。
    「あら、あったじゃない。アカノさんが部屋から破片を出すチャンスが。ノイジーさん、あなたならわかるはずよ」
    「アタシならわかる……?」
    「アカノさんは3時30分頃に、部室の窓まで来ているでしょう? その時、ノイジーさんは2日分のジャージを手渡したんですよね?」
    「ああ、そうだね……まさか?」
    「そう、そのまさかよ」
     私はアカノさんを睨み付ける。
    「ひっ……!?」
     アカノさんはイスから転げ落ちた。

  • 51◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 21:14:32

    「その2日分のジャージの中に、にゃーさんの破片を半分ずつ隠したんです!」
    「ぬああああああっ!?」
     直後、ガタンと音がする。後ずさりをしたアカノさんがロッカーにぶつかっていた。

    「でも待ってよ、キング」
     今度はフジさんが尋ねる。
    「もし彼女がその手段で破片を持ち出したなら、それをどこに隠したんだい? 寮と学校以外を行き来していないはずなのに、彼女の部屋には破片は無かった」
    「ええ。1人では無理でしょうね。だから、私は信じたくなかった」

     言いたくなかったけれど、言うしかないわ。それが真実なら。

    「そう、アカノさんには共犯者がいたんです!」
     私の声が部屋中に響き、皆は静まり返る。やがて、皆の視線はとある1人へと集まっていく。
    「まさか、あんた!?」
     それまで黙っていたメリードライさんが声を荒げ、立ち上がる。
    「皆さんがお気づきの通りです。アカノさんが破片を隠したジャージを手渡した本人……」




    「エレニカノイジーさん、あなたが共犯者です!」

     思い切り指を差す。彼女はハッとした表情を浮かべた。
     
    「アタシが、共犯者か。なぜ、そうなるのかな?」
    「2日分のジャージの中に破片があれば、触った時に気づくはずです。固い何かが入っていることに。しかし、そう言った証言は出てこないし、アカノさんへも指摘していない。共犯者じゃないとしたら不自然です」
    「それは、何か変だなとは思ったけど、水筒が包んであると思ったんだ! 本当さ!」
    「百歩譲ってそれは認めましょう。けど、ノイジーさんが共犯者であれば、にゃーさんの破片を処分できるんです」
    「どうしてそうなるのかな?」
     ノイジーさんは不機嫌そうな表情でこちらを見る。

  • 52◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 21:14:42

    「今日の昼、ノイジーさんは寮の戻りませんでしたね? フジさんが見ています。校門を出てどこかへ行ったと。その時、どこへ行ったのでしょう?」
    「ああ、あれはお菓子を買いに行っただけさ。もう食べてしまったけど」
    「ええ、そうかもしれないですね。しかし、私の予想では違います」
     
    「おそらく授業の休み時間に、アカノさんが持ってた分の破片を受け取ったのでしょう。その際、誰にも破片を見られないように、ジャージごとバッグに詰めたの。離れた河川敷まで行き、人目のつかないところで川へ捨てた。もしくは、路地裏にバラまいたってところね。その後この部室に来たのよ。妙だと思っていたの。今日ノイジーさんだけ、部室にバッグを持って来ていたのは」
     ドトウさんの話によれば、普段チームメイトは寮にバッグを置いてから部室へ来るとのことだった。そうしていないのは、にゃーさんを運んだ後にそのまま来たからに他ならない。
    「寮に戻らずバッグをここに持ってきた理由、それは! 休み時間に受け取ったアカノさんジャージを返すためだったのよ!」
    「……!」
     ノイジーさんの額から冷や汗が流れる。

    「待ちなさいよ」
     急に、ドライさんが机を叩いた。
    「あんたの言ってることは、全部妄想よ。ノイジーが犯人になるのはおかしいわ」
     冷静に、淡々と話すドライさん。しかし、彼女の声は震えていた。
    「ドライの言う通りだ。アタシが共犯者だと言うなら証拠が欲しいね。無ければ、アタシは犯行を認めない」
     ノイジーさんも眉間にしわを寄せ、こちらを睨んでくる。
    「そうだ! オレがやった! でも、オレだけだ! ノイジーは何もしてねえ!」
     アカノさんまでノイジーさんをかばい始めた。

  • 53◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 21:14:54

    「あの、私からもいいですか?」
     今度は、マイノーンさんが手を挙げた。
    「それなら、ノイジーさんは既にジャージをアカノさんへ返したということですか?」
    「え? ええ、そうね。バッグの中には入ってなかったんだから」
    「でも、放課後にアカノさんとノイジーさんが会ったのは、キングさん達が聞き込みをしていたあの時間だけです。アカノさんと私、ほぼずっと一緒にいましたから」
     新たな証言に、私は驚き固まった。
    「もう1ついいですか? もしその方法でにゃーさんを部室から持ち出したなら、オペラオーさんの目撃証言と食い違うんじゃないでしょうか?」
     立て続けに、痛いところを突かれる。
    「それに関して、私からもいいかな?」
     とうとうフジさんまで口を開いた。
    「昨日、私もアカノが寮に戻る姿を見てたんだ。いっぱいジャージを抱えて部屋に行ったから印象的だったんだけど、破片が全部入るほどジャージは膨らんでなかったよ。2着積んであったから、山なりにはなってたけどね」
    「う、ウソ……!?」

     私の推理の穴。それは、2日分のジャージににゃーさんをほぼすべて隠したのなら、かなりジャージが膨らむという点。オペラオーさんの証言と食い違うけれど、遠くで見てたから見間違えた可能性もある。だからこの推理を推した。
     しかし、フジさんの今の証言で覆ってしまった。アカノさんがすべて持ち出したはずなのに、どうしてジャージは膨らまない? ゴミ箱や廊下から出したみたいに、他の場所にも捨てて量を減らしてたの!?
     さらにもう1つ、穴ができてしまった。それは、ノイジーさんがアカノさんへジャージを返す機会がないということ。それなのに、バッグの中はカラッポだった。そもそも最初からジャージをもらっていないこともあり得る。なら、なんでバッグを? 新たな謎が出てきてしまう。

     けど、ノイジーさんが不自然な行動を取っている以上、犯人であることを後押しする材料になる。こうなったらもう、脅していくしかない。

  • 54◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 21:15:20

    「ノイジーさん。私達でここまでわかったんです。警察が捜査すれば、あなたが犯行に関わっていることは明らかになります。だから、今のうちに認めてください!」 
    「キング。アタシは、証拠が欲しいと言ったんだ。警察を呼ばれようが何だろうが、認めるつもりはない」
     自信満々に言いきられてしまった。

     けれど、アカノさんの単独犯はあり得ない。寮からにゃーさんの破片が見つからないなら、絶対にノイジーさんも共犯なはずなのに! ここまでなの!? 所詮素人の私達じゃ、事件のすべてを暴くことはできないの……!?



    「はい! しつもん!!」
     頭を抱えていると、ウララさんが声をかけてきた。
    「ノイジーさんとアカノさんが犯人だってことは、一緒ににゃーさんを持っていったの?」
    「え? ええ、そうね。一緒に持っていったのよ」
     一緒に持っていった。間違った表現ではない。ノイジーさんも、一時的ににゃーさんの破片を運んだのだから。
    「それじゃあ、にゃーさんは山分けするつもりだったのかなぁ?」
     山分けって、破片の状態で分けても意味ないじゃ……。

  • 55◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 21:15:35

     待って。山分け? アカノさんと、ノイジーさんで?

     …………そう、そうよ! なんで今まで気づかなかったのかしら。

     ジャージの膨らみ、ノイジーさんの空のバッグ。これらはつながってて、そして今……。

    「ありがとう、ウララさん」
    「えっ?」
    「あなたのおかげで、残った2つの謎は解けたわ!」
     首をかしげるウララさんに、笑みを向ける私。



    「ノイジーさんが犯行に関わった証拠は、今もこの部屋の中にあります!!」

    「ええっ!?」
    「なんだって!?」
     皆は口々に驚いている。そこにたたみかけるように、私は叫んだ。

    「あの、ロッカーの中にね!」

    「……は、はは、はっはっはっは!」
     指差す私の姿を見て、ノイジーさんは笑う。
    「まさか、ガスバーナーが証拠とは言わないだろうね? ロッカーにカギはかかってない。アカノが勝手に使うことは可能だよ?」
    「ええ。バーナーはアカノさんが取り出して使いましたから、共犯を示唆していますが完全な証拠にはなりません」
    「なんだ、わかっているじゃないか。そうさ、証拠なんてないんだよ。ザンネンながら、ね」
     高らかに笑う彼女に向けて、私も瞳を閉じ、ニッコリ笑う。

  • 56◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 21:21:19

    「残念なのはアナタの方よ、エレニカノイジーさん」
    「な……なんだと?」
    「惜しかったわね。あと、もう1日だったのに。他にあるのよ、証拠はね!」
    「な、なにッ!?」
     たじろぐ彼女。これが、私が示す最後の証拠。





    「ジャージですよ」

    「えっ、ジャージ……?」
     私の言葉を聞き、全員が首をかしげている。
    「はっ! 予備のジャージが、なぜ証拠になる!?」
     笑みを浮かべたまま声を荒げるノイジーさん。

    「あのジャージ、アカノさんのですよね?」
     それを聞いたノイジーさんは真顔になった。
    「破片を受け取る時に、一緒にバッグへ入れたジャージ。本当は、アカノさんが1人で部室にいる時に持っていってもらうつもりだった。自分のロッカーから彼女のジャージを回収してもらい、証拠を隠滅しようとした。そうですよね?」
     ノイジーさんの顔が青くなっていく。

    「待ってください、キングさん! ノイジーさんは普段から予備のジャージをロッカーに入れてます! 本当です!」
     今度はマイノーンさんが声を上げた。
    「マイノーンさん、あなたが予備のジャージを最後に見たのは?」
    「え、えっと……わ、わかりません。1か月前とか、でしょうか」
    「だとしたら、なおさら隠れ藁として選ぶでしょうね。自分のロッカーにジャージを入れるシーンを見られても、疑われずに済むんですから。とにかく、疑いがある以上確かめる必要はあります」
    「た、確かにそうですね……」
     マイノーンさんもうつむいた。ノイジーさんは冷や汗を流しながら、こちらを見つめている。

  • 57◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 21:23:27

    「さあノイジーさん。ロッカーの中を見せてもらいます。ここのロッカーには、『見られて困るような物は入ってない』んでしたよね?」
     そう言いながらロッカーに近づく。ノイジーさんは、その場でうつむきながら体を震わせていた。

    「くっくっく……ふっはっはっは!」
     その顔は、まだ笑っている。
    「キング。君の推理には驚いたよ。けど、そのジャージがアカノのだって証明できるのか!?」
     急に大声を上げ、鬼気迫る表情を向けてくるノイジーさん。いよいよ本性が見えてきたようね。
    「アカノもアタシも名前は書かない主義なんだ。ジャージの持ち主なんて、見た目でわかるわけがないだろう? どれも同じジャージなんだから!」

    「それは簡単よ。穴の空き方を見ればね」
    「なに……?」
    「アカノさんは、今日新品のジャージを着ていた理由を言っていました。『使ってたジャージがちょこちょこ穴が空いてた』って」
    「くっ!? 待て! 勝手に開けるなぁ!!」
     私の腕を掴んでくる。誰から見てもわかるくらい、ノイジーさんは慌てていた。
    「やめろ! 部外者が! アタシらの部室を……」

    「もうやめましょうよノイジーさん!!」
     そんな彼女を止めに入ったのは、マイノーンさんだった。
    「ただジャージを確認すればいいだけでしょう!? それがノイジーさんのなら、キングさんの推理はすべて覆るんです。だから、開けましょうよ、ロッカー」
     その静止を聞き、ノイジーさんは力を緩めた。彼女がこれだけ大声を出しているところは初めて見た。

    「……間違いないわ。このジャージは、アカノさんの物ね」
     ノイジーさんのロッカー内にあったジャージは、いくつか穴が空いており、土や泥も被っていた。1日か2日、放置されたジャージのようだ。

  • 58◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 21:24:48

    「待ちなさいよ」
     急にドライさんが声を上げ、こちらを向く。
    「さっきマイノーンが言ってたことが未解決よ。オペラオーの証言と食い違ったままじゃない」
     彼女はまだ、ノイジーさんが犯人じゃないことに懸けているみたい。

    「分けていたのよ。ノイジーさんとアカノさんで」
     私はウララさんへ笑顔を向ける。そして、再び顔を引き締める。
    「昨日まで放置されていたジャージは2日分、つまり2着です。それらの中に、にゃーさんの欠片を半分ずつ仕込んでました。その両方をアカノさんへ渡すと、ジャージの膨らみで気づかれてしまう恐れがある。そこで、ノイジーさんはその2着のうち1着を、何も仕込んでいない自分のジャージと入れ替えたのよ」
     ドライさんも理解できたようで、口元が震えていた。
    「ノイジーさんは破片の入ったアカノさんのジャージを持ち帰った。こうすれば、お互い半分ずつの破片になるから、それほど膨らまないで済んだの」
     オペラオーさんの目撃証言と矛盾しない、この方法で間違いないわ。
    「そして、ノイジーさんが今この部室に持ってきたジャージは、今日アカノさんから受け取ったもの。昨日交換したジャージは、今どこにあるのか?」
     私の問いかけ、皆考え込む。最初に口を開いたのは、フジさんだった。
    「彼女らの部屋か!」
    「ご名答です、フジさん」
    「しかし、なぜ自室にまだあるんだ? 早めに返せば良いじゃないか」

    「返すタイミングについて考えます。まず、昨日の夜は不可能です。破片を包んで隠さなきゃいけないので。今日の授業の合間はどうでしょう? ここで返してもよかったのでしょうね。けれど、ノイジーさんは慎重です。膨らみを気にして、互いのジャージを入れ替えるくらいには。だから、ジャージ交換のシチュエーションも極力自然な状況を選んだのです」
    「自然な状況?」

  • 59◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 21:25:21

    「ランドリーです」
     フジさんも、ああ、と声を漏らした。
    「2人が同じタイミングでジャージを洗濯して、互いのジャージを取り出し合う。傍から見れば、友達思いな2人組としか見られない。今日を過ぎれば、証拠を完全に隠滅することができたんです」
    「なるほど。それなら不自然には見えないね」
    「これなら、今日アカノさんが新しいジャージを着ていることにも説明がつきます。3着のジャージが使用済みなわけですから。昨日着た1着も、練習までに乾かなかったんでしょう。故に、新品を着たことになります」



    「まだよ」
     再びドライさんが声を上げる。
    「あんたの推理には、まだ穴がある。ノイジーがジャージをすり替えてたなら、マイノーンが気づくはず。他の人がいるのに、ノイジーがすり替えるわけがないわ」
     心が痛むけれど、言い返すしかない。
    「ドライさん。それはマイノーンさんに聞いてみましょう。マイノーンさん、昨日部室でノイジーさんがすり替えていましたか?」
     急に質問され、焦るマイノーンさん。
    「わ、私、その時はフクキタルさんのレースを見てて、熱中して、周りは全然見てませんでした。話は聞いてましたけど、何をしていたかまでは、わからなくて……ごめんなさい!」
    「えっ……?」
     ドライさんは脱力し、イスに座り込む。
    「そう、彼女はスマホを見ていたんです。動画を見ている間、ましてや大好きなフクキタルさんのレースを見ている時に、周りで何が起こっているかを正確に把握はできないでしょう。つまり、ノイジーさんのすり替えは可能です!」
     改めて、私はノイジーさんの前に立つ。

    「あなた達の部屋から互いのジャージが出れば、私の推理は証明されます。いかがかしら!ノイジーさん!」

     私の問いかけに、ノイジーさんは返事をせず、ただ力なく、その場に座りこんでしまった。

  • 60◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 21:26:50

    「なんでだよ。なんでこうなっちまうんだ。ノイジーは上手くいくって言ったのに。警察だって誤魔化せるって……!」
     アカノさんは、部屋の隅に縮こまって狼狽している。
    「ウソ……ノイジーが…………」
     メリードライさんも、うつむき黙りこんだ。
    「キングさん。あなたの推理はわかりました。アカノさんとノイジーさんが、にゃーさんを壊して盗んだと」
     マイノーンさんが尋ねてくる。
    「けど、その動機はなんですか? なぜ、この2人はにゃーさんを盗むなんてことを?」
    「それは……それこそなんの証拠もない、憶測しかできません。本人から話してもらう他ないでしょう」
     私は、ノイジーさんへ視線を向ける。
    「……オレが、提案したんだ」
     すると、アカノさんが口を開いた。
    「オレがノイジーに持ちかけたんだ。ドトウを、なんとかしねえかってさ。全部、話すよ。あれは3日前のことだ」

    ―――

    「なあノイジー。なんでアイツだけなんだ……?」
     トレーニングでヘトヘトになったオレは、部室のイスにもたれかかってた。
    「なんで直近のレース、ドトウの奴だけ勝ってるんだ? なんで、オレ達は勝てねえ?」
    「それは、うむ……」
     ノイジーも、渋い顔をしてた。オレもノイジーも、2、3回負け続けだったからな。
    「なんかよ、不公平じゃねえか? アイツばっかりさ。なんかバチが当たってもいいだろ……」
     愚痴をつぶやいてた時、ふと悪魔のささやきが聞こえたんだよ、オレ。
    「なあ、オレがアイツ、こらしめちゃダメか?」
    「なに……?」
    「たとえばよ、大事なもんをぶんどって、壊しちまうとかさ」
     それを聞いて驚いてたよ、ノイジーのやつ。けど、否定されなかった。
    「アカノ。彼女、ロッカーのカギを外したんだ。そこから宝物を盗みだすっていうのはどうだい?」
     そんで、今回の事件の計画を話されたんだ。

  • 61◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 21:27:15

    「あ、すみません。電話来てるんで、外で話します」
     昨日。オレと一緒の時間に上がったマイノーンが電話に出たんだ。チャンスだと思った。準備してすぐに実行できたんだからな。5分あればできるって、ノイジーは言ってたんだ。
    「……よし!」
     オレは着替えを素早く済ませた。その後、窓を開け、にゃーさんをバケツに入れてバーナーを点けた。思ったよりすぐに割れた。バラバラにするのに2分ってところか。割り終わったら、すぐにバーナーを戻して、開いたジャージに破片を載せて包んでいった。ノイジーの言った通り、ゴミ箱に1つずつ破片も入れた。だが、あと1個ってところで……。
    「開けますよー?」
     マイノーンが急に入ってきたんだ。焦ったぜ。すぐにジャージを畳んで、バケツを抱えた。そんで廊下へ出て、バケツに残った1個の破片を窓から捨てた。

     その後、バンブーさんに怒られてから、オレは真っ先に部室へ向かった。予定通り、ノイジーが窓近くで待ってたよ。
    「ジャージを忘れた? 2日分?」
    「そうなんだ! 頼む、取ってくれ!」
     窓を開け、ノイジーと芝居を打った。すると、ノイジーはロッカーまで行きやがった。
    「おい! オレのジャージは机にあるやつだぞ!?」
    「え? ああ悪い、それのことか」
     そん時に、ノイジーは自分のロッカーからジャージを取り出したんだ。そして、オレのジャージとすり替えた。
    「返すのは明日のランドリーだ」
     窓越しに耳打ちされた。それを聞いて、これも計画のための行動だとわかった。オレはそのままジャージを受け取って、寮まで戻った。

    ―――

    「オレが持ちかけなきゃ、ノイジーもこんなことはしなかったんだ。だから、本当はオレのせいだ。オレのせいで、ノイジーまで……!」
     アカノさんの目が潤む。被害者であるドトウさんへの謝罪は無しに、共犯であるノイジーさんのことばかり話す彼女へ、私は怒りを感じていた。しかし、私より前に口を開いたのは……。

  • 62◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 21:28:05

    「違う。アカノは関係ない。アタシは、アタシの意思でやったんだ」
     ノイジーさんだった。へたりこんだ姿勢のまま、口と目だけを動かして話し始める。

    「ドトウは、本格化前にデビューした。信じられなかった。あんなオドオドしてる奴が、本格化を迎えずに勝利していたなんて。アタシやドライだって、初勝利までまる1年かかったんだぞ? それをアイツは、まだ未熟な段階でやってのけたんだ。こんな話があるか? なんでアイツだけなんだ? なんでアタシらはアイツに勝てない?」

    「そんなアイツが、なんでアタシらみたいな弱小チームに入ったんだ?」

    「ホント、意味が分からなかった。アイツ、ここに入ってオドオドしまくってたから戦績が落ちるかと思ったが、そんなこともなかった。気に入らなかった。日に日に憎くなった。そんな時、アイツはロッカーからカギを外したんだ。その中に、フクキタルさんの招き猫が入っていることも知った。アイツなんかにふさわしくないって、アイツが持ってちゃダメだって、衝動が来た」
    「それってまさか、私が……!?」
     ノイジーさんの話を聞き、マイノーンさんが目を見開き振り向く。ノイジーさんもそれに気づき、目を逸らした。そして、ゆっくりとアカノさんの方を向いた。
    「アカノも、ドトウのことを気に入らないって言ってたんだ。だから、アタシが計画を提案した。絶対にバレないと思ってたし、バレても器物損壊と窃盗だ。そんなに重い罪にはならない。だから実行した。冷や冷やしたよ。そんな日に限って、みんな近い時間にトレーニングから上がってきたんだからね」
     言い終わると、ノイジーさんは目をつぶり、自嘲気味に笑う。
    「どうせ真っ暗な競技人生だ。つぶれたところで痛くもない」
     そうつぶやき、彼女は大の字で寝転んだ。
    「……ノイジーさん」
     私は、そんな彼女に近づく。

    「あなたはどうして、リーダーになったのですか?」

  • 63◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 21:28:59

    「どうしてって……それがどうした?」
     フッと笑うノイジーさん。気にせず私は続ける。
    「あなたは、ドライさんを犯人に仕立て上げられるようにしたかった。そうですよね?」
    「えっ!?」
     この言葉に、ドライさんがこちらを向き、目を大きく見開く。驚きからなのか、絶望からなのか、それとも憎悪からなのか。私にはわからない。
    「思えば、あなたの発言はずっと変でした。ドライさんへの発言です。最初の聞き込みではあやしいと言っていたのに、花束の件では彼女が犯行をしてないことを示唆してました。先程も、外部犯と言ったり、ドライさん以外あり得ないと言ったり、内容がちぐはぐです。なぜでしょう?」
    「なぜって……わからないよ、そんなの」
    「あなたは、最後まで揺れていたんです。ドライさん以外に犯人を押し付けられないけど、彼女のことを友達として好いていた。彼女を守ろうという思いが、発言をブレさせてしまったんじゃないですか?」
    「あっ……」
     そのことに、ノイジーさん自身が驚いていた。
    「それに、ドライさんの様子を見ていればわかります。あなたは、彼女の悩みに真摯に向き合っていた。そうして人を助けるために、リーダーを背負ったんじゃないですか?」
     ノイジーさんは目を見開いてから、表情を引き締める。そして、ゆっくりと話し始めた。

    「……実は1年前、チームのリーダーはアタシじゃなかったんだ。アタシの1個上の先輩。もう引退しちゃったけどね。その頃のアタシ、ずっと勝てなくて。でも、その人はそばにいてくれてさ。心強かったんだ。アタシの悩みも、不安も、全部わかってくれる人で。そういう人になりたいから、次のリーダーに立候補したんだっけなぁ……」
     話している間のノイジーさんは、先程までと異なり、うっすらと笑みを浮かべている。やさしい顔。最初に彼女に会った時のような、穏やかな顔。
    「それからすぐ、ドライが入ってきたんだ。彼女は他のメンバーと全然話さなかったけど、アタシは話しかけ続けた。きっと、それはドライも悩んでるからだって、思ったから」
     だんだんと、その顔から笑顔が消えていく。

  • 64◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 21:29:43

    「あのにゃーさんは、ドトウさんにとって、頼れる先輩だったんです」
    「……なんだって?」
     私の言葉を聞き、ノイジーさんはこちらへ顔を向けた。
    「フクキタルさんによると、チームに入ったばかりの頃のドトウさん、毎日泣いていたそうよ。部室にいるのがつらかったって。でも、部屋に入れるようになったのは、にゃーさんがいたおかげなの。にゃーさんが、フクキタルさんが一緒にいるって思えたから、ここにいることが苦じゃなくなったのよ」
     やるせなさと怒りから、口調が強くなってしまう。ノイジーさんは目を見開き、口元を震わせる。そして、またフッと笑った。
    「そうか、アタシは。アイツにとってのリーダーを、奪ったのか! あは、あははははは!」
     笑い声とは裏腹に、その瞳から、涙が落ちていく。こらえきれず、腕で両目を覆うノイジーさん。
    「ごめん、ごめんな。ドライ、アカノ、マイノーン、ドトウ。アタシはリーダー失格だ……」
     突然、ドライさんが彼女のもとへ行く。そして、ノイジーさんの手を握った。
    「バカ! ノイジーの、バカ……!」
     ドライさんも泣いていた。
    「あんたは、賢いと思ってたのに! 信じてたのに……!」
     ボロボロと涙を流す彼女に対して、ノイジーさんもただ泣き続けることしかできなかった。

     こんな姿を見せられると、怒る気分にもなれなかった。先程まで湧いていた怒りが、だんだんと沈んでいく。残った分を、拳で握りしめていた。

  • 65◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 21:31:17

    「みんな、どうして泣いてるの?」
     このムードの中では、さすがのウララさんも戸惑っているみたい。
    「犯人って、悪い人なんでしょ? 見つけて、つかまえたら、みんなうれしいんじゃないの?」
     不安そうな顔で聞く彼女に、私はどんな顔を向けていたのかしら。
    「いい、ウララさん。世の中、悪い人と善い人がいる。けど、悪いけど善い人もいるの」
    「わるいけど、いいひと?」
    「そう。誰しも心に、善い心と悪の心、両方を持っているの。今回の事件は、悪の部分が大きくなってしまったから起きたのよ」
    「あくの、ぶぶん……?」
    「だから、みんな悲しいの。2人の善い部分を知っているから」
     ウララさんは首をかしげている。今はまだ難しい話だったようね。けど、彼女にもいずれ来るかもしれない。善人だと信じた人が、悪事をしていたと知る時が。
    「罪を償って学園に帰ってきたら、2人も善い人になるわ」
    「そうなの?」
    「そうよ。その時は、仲直りできるかしら?」
    「…………うん! もう悪いことしないなら、うららも仲直りするー!」
     ウララさんに、いつもの笑顔が戻ってきた。
    「ねえキングちゃん、招き猫って粘土で作るんでしょ?」
    「え?」
     突然来る質問に驚いてしまったが、すぐに答える。
    「ええ、まあそんな感じね」

    「だったら、みんなでにゃーさん作ろうよ! うらら、粘土いっぱい持ってくるよ! ドトウちゃんもよろこんで、仲直りしてくれるよ!」
     その言葉に、その場にいた全員が顔を見合わせた。

    「ええ、そうね。それがいいわ」

  • 66◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 21:33:09

     あの後、事件のことは学園の大人にも知らされた。学園から親御さんへと伝えられ、にゃーさんの製作費分はドトウさんへ弁償されることになった。当然、2人からドトウさんへ謝罪もあった。アカノさんとノイジーさんは3か月の自宅謹慎処分となり、実家へと帰った。チームからも籍を外されたらしい。復帰できたとしても、学園の人からは白い目で見られるでしょうね。

    「おっじゃまっしまーす!!」
     ウララさんはいきなり扉を開ける。そこにいたのは、ドトウさんとマイノーンさんだ。2人とも、ただ静かに座っている。カーテンも開けず、電気もついていない。
    「暗いわね。どうしたの?」
    「あ、キングさん……」
     私の声に、マイノーンさんが気づいた。やっぱり、あの2人がいなくなってしまってから、チームの雰囲気は暗くなっているようだ。
    「元気ないねー? ドトウちゃん、にんじん食べる?」
    「い、いえ…………」
     ドトウさんも最低限の返事しかしていない。

    「ドトウさん、ずっとあんな感じなの?」
    「はい。トレーニングにも身が入らないみたいで……」
    「無理もないわ。本当にチームメイトがにゃーさんを壊したって知れば、誰でもショックを受けるもの。あなたも大丈夫?」
    「え? ああ、まあ……」
     会話はしてくれるものの、マイノーンさんも相当参っているみたい。明るいメンバー2人が抜ければ、こうなるのも当然ね。なんとかできないかしら。
    「そういえば、メリードライさんはいないのね?」
    「あ、今日はトレーナーさんと話をしてから来るそうで……なんでも、発表したいことがあるんだとか……」
    「彼女はどんな様子なの?」
    「えっと、ずっとトレーニングには来てないです。今日、久しぶりに顔を見ます……」
     やっぱり、事件のことがこたえてそうね。信頼してたノイジーさんが犯人だったのだから、それも仕方がない。

    「ドトウちゃん、じゃんけんしよー! じゃんけん、ぽん!」
     ウララさんは1人で手を振り下ろした。ドトウさんは動いていない。
    「じゃあさ、しりとりしよー! しりとりの『り』! りんご! はい、ドトウちゃん!」
     またしても、呼びかけに応じないドトウさん。ウララさんも「うーん」と唸り始める。いよいよ打つ手無しか……そう思った時。

  • 67◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 21:33:28

    「全員いる?」
     声と共にドアを開けて入ってきた、背丈の低いウマ娘。メリードライさんだ。
    「あれ? あんたらいたんだ。まあいいわ、一緒に聞きなさい」
     私達の方を見て、彼女は言う。最初の時みたいに追い払われるかと思ったけど、以前より態度が軟化している。事件を通して、彼女にも変化があったのね。もっと落ち込んでいるかと思っていたけれど、顔色は良いし、シャキッと立っている。
    「あんた達、よく聞きなさい」
     ドライさんはホワイトボードの前に立ち、手を腰に当てる。
    「このチームの所属は3人になった。存続ギリギリのところよ。成績が出せなければ、人が増えなければ、あと1か月で解散になるかもしれないわ。だから……」
     


    「私がリーダーになる」
     全員、しばらくの間を置いてから、「えっ」とつぶやいた。
    「私がリーダーになって、このチームを存続させる」
     ドライさんは、真っ直ぐ前を見つめて宣言する。
    「だから、あんた達もチームを存続させられるよう、手伝って」
    「て、手伝いって、な、何をすればいいんでしょう……?」
    「とにかく勝つの。チームとして、レースでの成績が残せれば、解散は延期させられる。2人が戻ってくるまで、私達で2人の居場所を守るの」
     表情はそのままだが、声に芯が通っていた。今度は、ノイジーさんが彼女を守った分だけ、彼女がノイジーさん達を守ろうとしているのね。
    「ドトウ。あんたは今まで通り勝ち星を重ねて。マイノーン、次は絶対勝ちなさい。ここで負けたら、今度こそ終わりよ」
    「わ、わかりましたぁ~!」
    「いきなり無茶言うなあ……」

     ふと、外から風が吹き、カーテンが舞い上がる。部屋に日の光が入り、窓枠にある小さな招き猫達は顔を覗かせた。ドトウさんとマイノーンさんの表情も、明るくなっているように見えた。
    「それじゃ、準備できたらすぐ来なさい。それとドトウ」
    「え?」
     ドトウさんの前までドライさんは歩いてきた。

  • 68◆.SBffrpxUgai23/10/14(土) 21:35:41

    「これ、あげる」
    「え、これって……」
     ドトウさんが手渡されたのは、花束だった。ドライフラワーの。
    「その、今までごめん。でも、あんたは仲間だから」
     そう言い残し、先に部屋を出るドライさん。受け取ったドトウさんの頬から、光が零れ落ちていた。


    「すごーい! ドライちゃん、かっこよかったね!」
    「ええ、そうね」
     目を輝かせているウララさんを前に、私の口角も上がっていた。
    「あの~、キングさん、ウララさん……」
     ドトウさんが私達の前まで近づいてきた。
    「この度は、本当にありがとうございました。まだ、お礼言えてなかったので……」
     頭を下げる彼女へ、顔を上げるよう伝える。
    「一流の頭脳をもってすれば、この程度の事件は楽勝よ!」
     いつもの調子で言ってしまったが、今回の功労者を思い出した。
    「けど、私1人で解決したわけじゃないわ。犯人を特定できたのは、ウララさんのおかげよ」
    「えへへ、すごいでしょー! うららは名探偵だからね! えっへん!」
     満足気な顔で胸を張るウララさん。
    「はは、本当にそうですね」
     マイノーンさんも近寄ってくる。
    「色々とありがとうございました。まさか、犯人までわかっちゃうなんて! 本当に名探偵みたいでした!」
    「マイノーンさん、それは違うわ」
     褒め言葉はうれしいけれど、それは私にふさわしい言葉ではないわ。

     私は息を大きく吸い、胸に手を当てた。

    「私の名前はキングヘイロー。一流の探偵助手よ」

     ―――おしまい

  • 69二次元好きの匿名さん23/10/14(土) 21:52:25

    いいSSだった。逆転裁判思い出したわ

  • 70二次元好きの匿名さん23/10/14(土) 23:01:08

    おもしろかった

  • 71二次元好きの匿名さん23/10/14(土) 23:36:45

    やっぱり複数犯だったのか…トリックも動機も練られてて面白かった

  • 72◆.SBffrpxUgai23/10/15(日) 10:28:04

    反応が怖すぎて今まで見れませんでしたすみません。意外と好評なようで安心してます。ありがとうございます。

    序盤のセリフにちらっと入れたんですが、私は逆転裁判やコナンが好きだったので、その2つを参考にしつつ書きました。推理をほぼ当ててる人もいたので、主人公と同じ視点に立って読み進められるよう書けていたみたいで安心しました。

    基本推理はできないけど無自覚にヒントを出す探偵ウララと、嫌嫌付き合っていたらウララよりも熱中して推理する助手キングのバディが描きたかったのです。

  • 73二次元好きの匿名さん23/10/15(日) 11:51:16

    いいSSだった
    謎を解いても誰も幸せにならないビターエンドかと思ったけどチームの結束が高まったのはよかった……
    また5人のチームに戻れるといいね

オススメ

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