【トレウマSS】二度目は甘き熱の色

  • 1二次元好きの匿名さん23/10/14(土) 23:37:55

    トレーナーとナカヤマが偶然合コンで会う話です
    モブが喋ります

  • 2二次元好きの匿名さん23/10/14(土) 23:38:06

    喧騒をすませた年の瀬昼下がり。静謐極まる街中で、ただ二つが規則正しく騒ぎたてている。それを嗜めるかのように、スマートフォンの通知音が控えめに鳴った。聞き慣れた、しかし己のものではないそれに、膝の上を陣取り肩をあご置きにする彼女へと連絡が届いたらしいと理解する。どうにも無視できなかったのか、二人ぶんの体温で温められたスマートフォンを取り出して確認しているようだ。

    「あー……夕飯かぁ……どうすっかな」
    「今カップ麺しかないよ、今日外で食べるからなんも作ってないし」
    「ん。じゃあ帰るわ。…………かーえーる、つってんだろ……ったく……」

    ギリギリまで居てくれやしないか、というわがままは一蹴されてしまったので早々に諦める。それにしたっていま帰ることもないだろうとは思うのだが、ここじゃ人とメシ食う準備はできねえからなと切り捨てられた。
    外出着に着替えた彼女を見送りながら、友人達との食事でも多少は頓着すべきだろうかと考えてみる。カッコつけすぎだろ、なんて揶揄われそうだと思うとなんだか可笑しくなってきて、一日くらいならとそれなりの服で行くことにした……そこまでは良かったのだが。

    「なぁ〜! 悪かったってば〜!! 頼むよ〜!」

    ……いつもと同じように誘ってきたものだから正直油断していた。しかし今夜の食事、というのは合同コンパ——いわゆる合コンらしい。縋りついてくるバ鹿を引きずりながら踵を返していると、何かに気づいたのかけろりとした声で話かけてくる。あそこに女性側の幹事がいる、だのすっげえ美人なんだぜ、だの、

    「おい見ろよ数合わせの子ウマ娘だぜ! 俺さぁ1回くらいウマ娘の耳触ってみてぇんだよな〜」

    だの。まあ、今日の子は本命いるのに無理言って来てもらったらしいからダメそうだけどな、と笑う声に興味を惹かれ、指さす先に目を向ける。
    そこには、見慣れたものより少しばかり気を抜いたような出で立ちで、バ鹿の言うところの幹事らしい女性と談笑する己の担当ウマ娘——ナカヤマフェスタの姿があった。

  • 3二次元好きの匿名さん23/10/14(土) 23:38:36

    両足が凍りつく。喉が干上がっていく。不快感など覚える資格はないというのに、思考が逸り、淀んでいく。これ幸いと押し戻されるのにろくな抵抗もしないまま目を逸らせずにいて、ふと気づいた。会場へ移動する彼女の、片耳だけがこちらへ向けられている。ウマ娘は聴覚に秀でていると言うが、人混みに紛れてなお聞き分けることが可能なのだろうか? ……いま考えたとて詮無いことだ。誘われているのなら、と自分の意思で一歩踏み出す。——長い間、引き伸ばしていた勝負の答え合わせを、するために。

    ***

    「あー……まぁ顔見りゃ分かんだろ。分かんねえならそれはそれで。数合わせで飯食いに来ただけだしな」

    ざわめきかけた空気を制すように、ついさっき聞いた声が冗談を飛ばす。付き合ったら教えてくれますか、なんて気の長え話だよなァ? そんなもん連絡先でも交換すりゃ分かんだろ、っつう冗談はさておいて。

    「悪いが売約済だ、4、5年前だったら話はー、……変わんねえか。つかそっちにだって数合わせ居んだろ。聞こえてたぜ、なっさけねえ声がさ」

    違和感しかねえ右手を振りながらそう答えれば、一時の静寂、次いで質問の嵐。……こんなとこでファンです、なんてやられるよか幾分マシだが、配慮とかいうもんは持ち合わせてねえのかな? ま、そんなバカ騒ぎも席替えの一言でおさまったがな。んで次がゲーム……? なんか進行巻いてねえかコレ、別にどうだって構わねえけどさ。
    とにかく、展開がハマったのか熱気は最高潮、……そういやお絵描き伝言ゲームで上手く描けたのに返ってきたら素っ頓狂な答えだった時のあいつの顔傑作だったな……写真撮っときゃよかったか? そんな取り留めのないことを考えながら、クジを引いて確信する。王様が番号を指定するっつうルールでアタリも何もあったモンじゃないが——こいつは”アタリ“、だ。

    「今日なんかみんなお行儀良かったよねえ? 最後だしちょっと踏み込んじゃおっかな〜! んー ……1番が8番にキスしてくださーい!」

    突き刺さる視線には知らぬ顔で、確認もせずにクジを弄んでいた手を開く。クジ曰く、どうやら仕掛けるのは私らしい。どう誤魔化してやろうかと笑いながら眺めれば、一人だけ、目線の合わない奴がいた。相も変わらずわかりやすいことで、と思わず笑みが溢れる。

  • 4二次元好きの匿名さん23/10/14(土) 23:39:26

    ……先に手を出した方が負け、なんてのは、ふっかけた時にゃすぐ終わる——まぁこれは“トレーナー”ってのがどんな生き物かってのを忘れていた私も悪いんだが——と思っていたし、実際向こうもそのつもりだったらしい。そんな口開けて待ってりゃ勝ちが転がってくるようなヌルい勝負でも、ヒリつきじゃなく勝ちにこだわる理由があった。だから私は当然のように待つことを選んで——機を逃した。もっと言えば、今だって、いくら待たされたって構やしないとは思っちゃいるが、それでも。
    いつだかよりずっと柔らかくなった頬を捕まえて、なんでもないような面を装って「私の負けだ」なんて囁いて。その先のことは覚えちゃいない。大方、それなりにあしらって、馬鹿みたいに飲み食いして、平穏無事に終わったんだろう。 ……ああいや、ひとつだけ。——酒に濡れた唇が、酷く苦かったことを覚えている。

    ***

    「今日なんかみんなお行儀良かったよねえ? 最後だしちょっと踏み込んじゃおっかな〜! んー ……1番が8番にキスしてくださーい!」

    聞き取った言葉に少しだけ安堵する。別段、こういったノリが苦手だということはないが、かといってうまくやれるかと問われればそうではない。相手は誰なのだろうと見渡して、楽しげに歪む口元に目が止まった。脳が熱を持ち、それが顔に伝播して、いたたまれなくなって目を逸らす。
    ……キス、とは。まず頭に浮かぶものはあれど、どこにしろなどとは明言されていないし、彼女だってあけすけに喧伝するタチでもないだろう。だいいち、こんな無粋な終わり方を選ぶはずがない……ばからしい期待を打ち消したい思考とは裏腹に。
    右の指先で頬をすくい、己の頬を寄せて、ただ一人にだけ聞こえる囁きは咽を灼くように熱く。拍子抜けだと誰もが気を抜いたそのときに、王様のオーダーはいくぶんかの超過をもって果たされた。

  • 5二次元好きの匿名さん23/10/14(土) 23:39:59

    先に手を出した方の負け——そんな勝負が始まってから、半年ほどは経つだろうか。蕾がゆるむように柔らかく、微笑む彼女に強い動揺を覚えるようになったのはいつだったか。
    ——一日の終わり、また明日。幾度となく繰り返して、今日もまた、伸ばしかけた指先を握りこむ。揺らぐたび強くなる自戒の念は、知らぬうちに手のひらを裂いていた。小さな傷だとしても一夜ではどうともなりはしない。隠し通せないのだろう……傷も、その理由も。
    隠せないのであれば、隠さない。肯定してしまえばずいぶんと気が楽になった。無意識の違和感など、よほどよく見ていなければ気づかない。よしんば気づかれたとしても、平然としていればそういうものとして押し通せるかもしれない。か細い勝ち筋ではあるが、トレーナーであるためにはそれに縋るより他はなかった。
    また一日が始まる。逃げるように手をつけた資料整理だったが、思いの外のめり込んでいたらしい。ふと見上げた時計の針は、午後一時を示していた。机の上には散乱した参考書に、秩序の敷かれていないキャンパスノート。それから、ボールペンの音だけが響くトレーナー室で、訝しそうに揺れる耳2つ。何か気掛かりなことでもあったのだろうか、と声をかけようとしたその矢先。

    「トレーナー。手、出せ」

    少しだけ、硬質な声が耳を打つ。言われるがままに手を差し出せば、しなやかな指先が、小さな傷痕をなぞるように触れる。それでようやく、隠したかったものを晒したことに気がついた。集中していたとは言えとんだ失策だな、なんて思えども後の祭り。隔てる鹿毛のその先で、変わり果てたいつものように、少女が咲う気配がした。

  • 6二次元好きの匿名さん23/10/14(土) 23:40:19

    ——なぁ、トレーナー。一つ、勝負でもしないかい? 期限はなし、ルールは……先に手を出した方の負け、だ——

  • 7二次元好きの匿名さん23/10/14(土) 23:41:06

    気づけば柔らかな熱が離れていて、それを惜しむ間もなく耳に音が戻る。囃し立てるノイズの中で、ポツリと溢れた

    「あ……あの指輪、やっぱりポーズだったんだ……。……狙ってたのに……」

    小さな嘆きが嫌に響く。迫り上がる苦味を押し戻すように、グラスの中身を飲み干した。ああ、頭がクラクラする。けど何も考えたくないから、別にいいかな。隣から何か動く気配がするたびに飲んで、飲んで、自分が何を頼んだかすらわからなくなった頃には席が替わっていて、それでようやく人心地ついた。
    ……みっともなく吐き戻すことはなかったが、女性のアプローチを避けるやり方としては落第点だろう。目の前に置かれた烏龍茶を、一口、二口と飲み進めて、表情を繕った。幹事たちの配慮を受け取ってなお、苦味はぶり返す。宴もたけなわ、といった頃には動くのも億劫になっていた。せめて会費くらいは自分で出そうと近辺を探るも鞄は見当たらない。あやすように頭を撫でられて、君になら任せてしまっても良いか、と手を引っ込めた。隣に座る女性幹事と一言二言交わしたのち、腿の上に鞄を二つ乗せられたと思えば、甘い香りが鼻腔を満たす。

    「売約済っつったろ? ま、運が悪かったと諦めてくれよ、お嬢さん」

    揺れる頭に入り込んできたのは、鋭く低い彼女の声。久方ぶりの、珍しく敵意が滲んだその声に、彼女にも小さな嘆きは届いてしまっていたのだろうと気づく。あまり良い感情ではないことは理解しているが、彼女がそれで気分を害したという事実に、湧き上がる歓喜を抑えられずにいた。溺れるうちに抱き上げられて、流れるように店を出る。何かが頭をよぎったのか立ち止まりかけて、振り切るように頭を振ってまた歩き出す。おそらくは最寄り駅へ向かって、ゆっくりと。ややあって彼女の口から飛び出したのは、酒に逃げてんじゃねえよというもっともらしいお小言だった。その言葉がどうにも嬉しそうに聞こえて、恥ずかしいからおろしてくれ、とは言わずに、目を閉じた。

  • 8二次元好きの匿名さん23/10/14(土) 23:41:30

    ***

    「っし着いたな……立てるか? なら手洗って歯ァ磨いてこい、んでとっとと寝ろ……ああ、水飲むの忘れんなよ」

    部屋着を取りに行く道中でシンクに寄る。洗面台ってのはいくらデカくたって二人仲良く手を洗う、なんてのには対応しちゃいねえしな。そんで着替えて洗面所に戻れば空いてんだろ、っつう算段だった訳だが……こいつ歯ブラシ口に突っ込んだまま寝てやがんな? 手に持っていた服を洗濯機に放り投げ、歯ブラシを引っこ抜く。全く、酔っ払ってるヤツを一人にしておくもんじゃねえな、危なっかしくてしょうがねえや。どうせ聞いてやしないだろうと持ってきていたペットボトルの水と一緒にベッドに押し込んで、洗面所に蜻蛉返り、ってとこで袖を掴まれた。何かと思えば蓋が開かないらしい。仕方なく開けてやって、ついでに口をつけるところまで確認してようやく、寝室を離れた。
    歯を磨いて化粧落として、顔を洗って次は風呂……そのつもりだったのに、気づけば足は寝室へと向かっていた。……今夜の私は相当頭がイカれちまってんだな、と一人笑う。そうだよな、風呂なんざあいつが寝入っちまってからでも入れるんだから、一日くらい、思うままに動いたって構いやしねえよ。

    「まだ起きてやがんのか、とっとと寝ねえと明日辛いのくらいわかってんだろ?」
    「きみをまってたんだ……おれのかちだ、って言ってやりたくて」
    「……っそうかよ、んで? アンタはどうしたいんだ?」
    「みそしるつくってほしい。多分それくらいなら食べられるとおもうから」

    そんだけかよ、なんでもしてやりてえ、なんて思ってんのはのは今くらいだぜ、と言ってしまうその前に。寝ぼけて蕩けた顔で誘うように指を絡めて、薬指に指輪がないのに気づいたのか、ガキみてえに不貞腐れる。勝負、なんて言った私も悪いけどさ、やっぱり半年ってのは待たせすぎだし待ちすぎだ。そんでも、なりふり構わず勝ちにこだわった結果がコレってんなら、ま、悪かねえかな。

  • 9二次元好きの匿名さん23/10/14(土) 23:41:58

    「ところで、いつまでこうしてるつもりなんだ、よっ……。あのなぁ! はーなーせっつってんだよガキじゃねえんだから……!」
    「うん。もう子どもじゃないから」
    「ハァ……。…………引き伸ばしてたのは、アンタの方だろうが……」

    引き寄せられるままに身を預けて、収まりのいい場所を探す。これが、意味のない行為だってのは……わかってんだが。今までであれば競うように早くなっていく鼓動も、今夜だけは鳴りを潜めている。物足りない、と思わねえこともないが、それでいい。きっと、しばらくの間は味わえないだろうからな。酔っ払いの体温と、合わない心音に流されるまま、ゆるやかに眠りへと落ちていった。

    ……いつもなら感じない、強い光に瞼を焼かれ目を覚ます。どうやら、遮光カーテンを閉め忘れたまま眠ったらしい。目に飛び込んできたのは寝苦しそうな顔……足じゃないだけだいぶマシかもな。無理矢理引き摺り込むからこうなるんだぜ、次はどこが犠牲になるんだろうなァ? なんて笑いながら、腹を蹴りつけていた足をブン回すようにしてどかすついでに立ち上がって、寝坊助が起きちまわないようにカーテンを閉める。
    さて……味噌汁がご所望ってワケだが、そんだけじゃ見栄えが悪い。二日酔いでグロッキーになってるって状況じゃあきっと味噌汁だけのがいいんだろうが、私の分のついでだし食えなかったら昼に回すか私が食べるとでも言っときゃいい、かな。んで確か料理は無え、とか言ってたよな? まさか食材もねえっていうのは……ナシだよな? なぁ? あいつどうやって年越すつもりだったんだよ……。
    今じゃまだ店は開いちゃねえし、コンビニは微妙。だったら先に風呂、入っちまおうかな。ついでに洗濯でもして、そんで起きてきてたら有りもんでなんとかすっかね。……しっかしまさかお綺麗なままで他人ん家の家電使い慣れるとはなァ? 炊飯器だけは買い替えてたみてえだけど、デカさで操作方法が変わるわけでもなし。……あー……浸かったばっかだけどもう上がるかな、大して熱くもねえのに茹だりそうだしよ。外寒ぃからしねえけど。

  • 10二次元好きの匿名さん23/10/14(土) 23:42:36

    洗濯機が鳴きだすのに合わせて湯船から上がり、浴室を出る前に水滴を落とす。髪を乾かすのは後回しにして、洗濯物を干しにベランダへ。年末の朝の冷たい空気が頭を冴えさせてくんねえかな、とか考えたぜ? 結局、頭も耳もタオルでグルグル巻きで、マトモに冷えやしなかったけどな。けたたましいドライヤー後のぼんやりした耳をそばだてて……まだ起きてないみてえだな、んじゃ行くか。
    思ったほど寒くない朝の道を、私の足にはでかすぎるボアブーツで歩いていく。たまに吹く冷たい風に首をすくめれば、ネックウォーマーからアンタの匂いがしてそわそわする。なんとなく無駄に早足になって、そんなバ鹿を繰り返すうちに目的地に着いた。年末のスーパーってのは贅沢仕様で、体を労わるようなモンは隅に追いやられちまってる。そんでもギリギリ残ってんのを引っ掴んで今日の飯を賄える分確保して、ついでにスポーツドリンクも買って帰路についた。
    ドアを開けて、物音がしたと思えばすぐに静かになる。何かと思えば、しょげた顔してダイニングテーブルに突っ伏してるやつがいんだからお笑い種だよなァ? 体調悪ぃんだから安静にしとけ、なんつってスポドリ渡そうとしたら抱きついてきて正直グラついたけど。

    「うがいしたか? ……ん、ならこれ飲んでちょっと待ってろ。朝飯作ってやっから、な」

    ま、そんなのはそのうちでいいし。戸棚から引っ張り出してきた鯖缶と買ってきた卵で作った玉子焼きに、冷凍ごはんを出す時に見つけた何故か手のついてない冷凍ほうれん草をお浸しにして。メインの味噌汁はにんじんと大根でシンプルに。……作ってる間ずっと楽しげに眺められるもんだから居心地悪いことこの上なかったが、これで朝飯は出来上がり、だ。
    不平等に盛り付けた皿を並べて席に着く。別に残してくれたって構わない、とか考えてたけど、やっぱ作っちまうと食って欲しくなる。だから一口分だけ取り分けて、それ以外を私の元へ。私は何も言わないし、何も聞かれはしないだろう。さて、こんなんでも一番美味いのは作りたてだからさ、冷めちまわねえうちに。

    「「いただきます」」

  • 11二次元好きの匿名さん23/10/14(土) 23:43:23

    おしまい
    ようやっと一つ有言実行できました

  • 12二次元好きの匿名さん23/10/15(日) 00:10:33

    ナカヤマのデレデレ感大変可愛かった
    あとトレが可愛いな
    蓋開いてないって態度で示すのクスってなった

  • 13二次元好きの匿名さん23/10/15(日) 09:02:06

    >>12

    ありがとうございます

    ナカヤマが好きな人にめちゃくちゃ甘かったら嬉しいけど

    受け入れられるか心配だったので可愛いって言ってもらえて安心しました

オススメ

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