- 1二次元好きの匿名さん23/10/15(日) 17:58:46
「ほら起きて、スカイ。トレーニングの時間だよ。」
「聞こえませーん。セイちゃん、今日はここでサボるって決めたんです――。」
トレーナーさんに呼びかけられて、私は目を覚ました。
トントンと肩を叩いてくる手を無視してごろんと寝返りを打つと、トレーナーさんは小さくため息をついて私の隣に座り込む。
彼は私の頭に手を伸ばして、優しく撫でた。私は抵抗せずにそれを受け入れる。
「スカイ。早く着替えて。」
悪あがきをする私に、トレーナーさんははっきりと命令する。
黄信号。彼の声色は優しかったがその奥には確かに強い意志を感じた。
私はこれ以上の抵抗を諦めて、脇に置いたスポーツバッグを抱えてゆっくりと立ち上がる。
そのまま無言で座ったままの彼の事をじっと見下ろすと、私の表情がよほど不機嫌だったのかトレーナーさんは苦笑した。
ここは金木犀の香りに包まれた校舎裏。セイちゃんお気に入りのお昼寝スポット。
今日こそはと意気込んだ私のサボり計画は、またしてもトレーナーさんに阻止されてしまったのだった。 - 2二次元好きの匿名さん23/10/15(日) 17:59:07
始まりは半年前の事だった。
セイちゃんはトレーニングをサボった。理由はそう大したことでもない。天気が悪く、トレーニングしたくないなと思っただけだった。
だから私は何も考えずに、誰にも言わず人気のない空き教室で昼寝をした。
トレーナーさんに怒られるのは半ば承知の上の行為だったが、次の日私がトレーナーさんに言われた事は予想外の事だった。
せめて、連絡を入れてほしいと。
スカイに何かマズいことが起きたのではと思った。学校中を探し回ったが見つからなくて、君が寮に帰ったと聞くまで本当に心配した。と。
無表情に淡々と、しかし明らかに激怒したトレーナーさんに厳しく注意され、流石のセイちゃんも猛省した。
あの時のトレーナーさんは本当に怖かった。このまま契約解除になるのではと思ったほどだった。
そしてトレーナーさんは恐怖で震える私に、こう提案したのだ。
サボるときにはしっかりと連絡を入れる。と。
連絡を入れたならサボっても怒らないから、と言われた私は二つ返事でその条件を吞んだ。
トレーナーさんに騙されたと気が付いたのは、それからしばらくしての事だった。 - 3二次元好きの匿名さん23/10/15(日) 17:59:28
「トレーナーさんも眠そうですし……一緒に私とお昼寝タイムにしませんか?」
「そういうわけにもいかないよスカイ。俺はキミのトレーナーだから。」
欠伸を嚙み殺すトレーナーさんに半分本気で提案するも断られた。
だけどこれは本題ではない。今日こそ、私はトレーナーさんから聞き出したいことがある。
それにしても、と。
「どうやってトレーナーさんは見つけているんですか?」
「……何を?」
そうじゃなくて。
はぐらかす彼を見つめると、目をそらされる。そして微かな笑みを浮かべるトレーナーさんに密かに対抗心を燃やす。
「トレーナーさんは、どうやってサボる私を見つけているんですか?」
「キミのトレーナーだからだよ。」
そんな次元の話ではなかった。
今日で30回目。私がサボりの連絡を入れると、トレーナーさんは必ず私を見つける。
それも一瞬でだ。トレーニングが始まる時間になると60秒もたたずに、彼は絶対に私の傍に現れた。
それが偶にの話ならまだいい。精度100%で必ず私を捕まえるとなったら、流石に何かネタがあるとしか思えない。
空き教室、校舎裏、倉庫、図書室、運動場の端、トレーナー室。私がサボりの場所に選ぶ所は数あれど、トレーニングの時間に彼はドンピシャで現れるのだ。
そして時々そのまま私のサボりに付き合ってくれることもあるけど、大体はトレーニングに連れ戻される。
とにかく私は、トレーナーさんが私を見つけるために取っている手段を突き止めてその対策をしなければならなかった。
私は可及的速やかに快適なサボりライフを取り戻さなければならないのだ。 - 4二次元好きの匿名さん23/10/15(日) 18:00:08
「……という訳なんですけど。」
「……スカイちゃん、あまりトレーナーさんに迷惑かけちゃ」
「あっ、説教はやめてくださいね。」
ルームメイトに相談。サクラローレルは私の話を聞いて酷く複雑な表情をし、開口一番何かを諭そうとする気配を感じたので急いで封じる。
発言を遮られたローレルさんは困ったような顔をして私をじっと見つめた。そしてフッと息をついて、一言。
「これはスカイちゃんが自分で気づけないとだめじゃないかなぁ……」
「それは分かってるんですけどぉ……」
分からないからこうやって相談しているわけで、そんなことを言われても困ってしまう。
セイちゃんの様子を見てローレルさんは再度ため息をついた。それでもどうやら彼女は私の相談に乗ってくれる気はあるようだった。
そしてこう言った。
「まずね、スカイちゃん。」
「なんですか?」
「話を聞いて思ったんだけどね。スカイちゃんは本当にトレーナーさんから逃げたいって思っているの?」
「へっ⁉」
開幕から話が予想の斜め上の方向に展開して、目を白黒させる。
そんな私の様子を見てローレルさんはフフッと柔らかく笑うと、こう続けてきた。 - 5二次元好きの匿名さん23/10/15(日) 18:00:19
「だってスカイちゃん、バッグにトレーニングで必要なものを入れて、もしトレーナーさんに見つかっても大丈夫なようにしてるんでしょ?」
「え……いやいやいや!! それはあまりにも見つかっちゃってトレーニングへ行くことになるから、その度にバッグを取りに戻るのも無駄だって思って……念のために……!!」
「それでわざわざ学内でサボってるんでしょ? 本当にサボりたいなら電車とかを使って遠くに行くとかできるのにね。」
「それはそうなんですけど……‼」
必死に否定する私に更にローレルさんは追い打ちをかける。
「スカイちゃん、正直に答えてほしいな。」
「…………何ですか?」
「本当は、トレーナーさんが見つけてくれるの嬉しいんでしょ?」
うっ、と言葉に詰まってしまう。
それだけでこちらの気持ちはローレルさんに伝わってしまったらしい。自分の顔が熱くなっていくのを感じる。
くそう。なんでこんな恥ずかしい目に会わないといけないのだ。 - 6二次元好きの匿名さん23/10/15(日) 18:00:41
「それにスカイちゃんを見つける方法の方も、難しく考えすぎかな。」
「えっ⁉⁉」
ローレルさんは赤面する私を無視してさらに話を続ける。
どうやら彼女も楽しくなってきたらしい。いつになく饒舌だった。
「まず考えられるのはスマホとかに何かを仕込まれている可能性だけど……」
それはセイちゃんも考えたが、そうではなかった。ローレルさんに否定の意思表示をすると、彼女は得心したように頷く。
「ならもっと簡単だよ。考えてみて、今からサボろうとするスカイちゃんを絶対に見つける方法って、何?」
「……? いや、そんな方法あるわけ……」
「ううん。あるの。1つだけ絶対確実で間違いない方法が。」
そういわれても全く見当がつかない。
今からサボろうとするセイちゃんを……? それこそ絶対に不可能だ。
……いや、『今から』……?
「教室か寮……?」
「正解。サボる場所がわからなくても、どこから出てくるのかはわかるよね。放課後なら教室、朝練とか休日なら寮を見ておけば、スカイちゃんは絶対に見つけられる。」
トレーナーさんがサボる場所を特定しているというよりも、スカイちゃんを見つけてそこから追いかけているんじゃないかなぁ。と。
ローレルさんは言う。 - 7二次元好きの匿名さん23/10/15(日) 18:01:11
「……いやいやいやいや。」
なるほど、と一瞬納得しそうになったがすぐに気が付く。この理論には重大な穴があった。
「私、トレーナーさんがそう……ストーカーしてることに気が付いたことないですよ? セイちゃんそこまで鈍感なつもりはないですけど……」
「遠くから見てるんじゃない?」
ローレルさんはさらりと言った。
「学内にいるってわかっているなら大体どっちの方向に行ったかで、スカイちゃんが何処に行くかのあたりはつくんじゃない? しかもスカイちゃんサボり場所についたら寝てるんでしょ。」
「確かにそうですけど……」
「つまりトレーナーさんはスカイちゃんが昼寝をしている間にあたりをつけた場所を探して見つけてるんだよ。そしてトレーニングの時間になったら寝てるスカイちゃんを起こしてるんじゃない?」
……それは何とも盲点というか。
考えもしなかった方法だった。
トレーナーさんがあまりにも何食わぬ顔で起こしてくるものだからこんな地道な方法で私を探しているとは思わなかった。
てっきりもっと楽な方法で見つけているものだと……。
いや。
「でもその方法だと私がサボりの連絡を入れる前から追いかけてないといけないような……、連絡を入れているのはいつもトレーニングが始まる直前で……」
「? だから毎日追いかけてるんじゃないのかな。 普通にトレーニングに出るときも、出ないときも。 話を聞く限りスカイちゃんのトレーナーさん、寝不足みたいだけどそれが原因じゃない?」
だからあまりトレーナーさんに迷惑かけちゃいけないよ。と。
ルームメイトは自分を窘めた。 - 8二次元好きの匿名さん23/10/15(日) 18:02:00
次からはサボタージュする時には6時間前に連絡しようと心に誓った。こんなサボり癖のあるウマ娘を見てくれる大切なトレーナーさんに余計な負荷をかけてどうするのだ。
自己嫌悪になりつつも、この事を何も教えてくれなかったトレーナーさんを少し恨めしくも思う。言ってくれれば少しは改善できるのに、と。
それにしても。
「どうしてトレーナーさんは、セイちゃんにここまでしてくれるんですかね……?」
「本当は自分で気づいてほしかったんだと思うよ。」
「……何に?」
ここに来てまだ分からない。情けない気持ちのまま、ローレルさんに助けを求める。
彼女は苦笑して、答え合わせを始めた。
「スカイちゃんのトレーナーさんはもう伝えてるよ。」
「えっ?」
「無私であるところ、スカイちゃんに対して『サボらない』という約束を強制しないところ、本当はスカイちゃんもトレーニングに出るのが嫌ではないと理解しているところ、睡眠時間にしわ寄せがいってでもスカイちゃんを迎えに行くところ、そういう献身と理解を通じて、トレーナーさんはちゃんと示しているよ。」
「一体何の話を……」
「愛情の話。」
彼女は優しく笑った。
「トレーナーさんがスカイちゃんにそこまでするのは、『キミのトレーナーだから』だと、スカイちゃんには分かってもらいたいんじゃないかな。」 - 9二次元好きの匿名さん23/10/15(日) 18:40:51
この同室コンビ好き
- 10二次元好きの匿名さん23/10/15(日) 19:11:35
おやおや…中断かな 続き楽しみにしてます
- 11123/10/15(日) 19:13:51
- 12二次元好きの匿名さん23/10/15(日) 19:14:45
草
スレタイ回収が鮮やかで素敵なssでした - 13二次元好きの匿名さん23/10/15(日) 19:15:56
重いのはトレーナーの方だったみたいなの滅茶苦茶好き
- 14二次元好きの匿名さん23/10/15(日) 20:18:12
流石ローレル
- 15二次元好きの匿名さん23/10/15(日) 21:00:12
トレーナーさんのセイちゃんのこと大好きなこと隠さない感じ好き
- 16二次元好きの匿名さん23/10/15(日) 21:06:27
時にはセイちゃんを𠮟りつけるけど、ちゃんとセイちゃんの事が大切なトレーナーさん好き
ローレルは強者のさらにその先に行ってる - 17二次元好きの匿名さん23/10/15(日) 22:50:07
猛省するセイちゃん……
- 18二次元好きの匿名さん23/10/16(月) 02:11:31
あゝこれは理想のスパダリの味わいー。
照れず曲がらず愛を貫く劇薬紳士な重馬場青年。
なんちゅうもんをお出ししていただきまことにありがとうございます。
次回作も心よりお待ちしております。 - 19二次元好きの匿名さん23/10/16(月) 05:03:42
これは美しい分からせ
セイトレはそういうことする