セイウンスカイと♀トレが釣りに行くだけの話

  • 1二次元好きの匿名さん21/08/31(火) 16:44:21

    「ん、風速2m/s。波はない。気温も24℃前後、天気予報も問題なし。絶好の釣り日和ですよっと、トレーナさん」

    天気予報を読み上げたセイウンスカイから、私はスマートフォンを返してもらう。

    「昼からは風が出てくるみたいだけど。釣れにくくなるんじゃないの?」
    「いやいや、厳しい時にこそ魂は燃え上がるってものですよ。定説は覆すもの! えいえいおー!」

    えいしょっと。スカイは持っていた大き目のトランクボックスを下ろす。中には釣り用具やらが一式。
    府中からレンタカーを借りてやってきたのだ。片道一時間半。
    ほてった体にスポーツドリンクがスポンジみたいに浸透する。
    スカイは口の端に伝ったのをお行儀悪く拭いながら言った。

    「堤防釣りって初めてじゃないですか」
    「かもしれない。スカイに教わらなくちゃいけないね」
    「お、セイちゃんご指名です~? しょうがないなぁ。一つ知恵を授けて差し上げましんぜましょう」

    スカイは剣道の袱紗みたいな細長いケースから釣り竿を二本取り出した。まだ値札のついているそれにリールを取り付け、半円のガイドへワイヤーのような糸を通していく。

    「慣れてるね」
    「ん? 何回か来てるんだ、ここ。さっきのおじさんも私の顔覚えてたでしょ?」

    タッパーでひしめくイソメに顔をしかめながら、スカイは国道の向かいにある釣具店を示す。潮風に長い間やられ続けた木造建築はそれなりに品ぞろえが豊富だった。

    「で、チチワとサビキをつないでやりましてー……はい出来ましたー」
    「おおー」
    「後はこれを投げて引っ掛かるのを待つだけ。にゃー、簡単だよね~」
    「次来た時は私がやる!」
    「お、おお……いつにないやる気」

  • 2二次元好きの匿名さん21/08/31(火) 16:44:45

    百均の安い組み立て椅子の座り心地はあまりよくない。
    浜辺にはひと気がなく、また沖合に出ている漁船などもなかった。凪いだ水面を眺めていると、このまま水平線の向こう側へ吸い込まれていきそうだ。
    浜の西に雑木林が生い茂っていて、そこからうんざりするほどセミの臨床が聞こえてきた。
    音に合わせてスカイの耳がぴょこぴょこ動く。ウマ娘の習性だ。
    かわいいなぁと考える自分がいる。

    「……何笑ってるんです?」

    愉快な揺れを眺めていると、ジロリ、睨まれた。

    「何でもないよ」
    「いやいや、そこで何でもいいは問屋さんが卸しません。なんですか~? セイちゃんの鼻が変な向きに曲がってるんですかー?」
    「わっわっ、わっ」

    ふいに鼻腔へ飛び込んでくるミントと柑橘の混じったにおい。スカイの名を冠した色の瞳が視界を塞ぐ。頭の炉心が混乱する。
    じっと顔を近づけるので思わず退いた。椅子から転げ落ちて尻をしたたかに打ち付ける。

    「え、ちょ、なんですか? っていうか大丈夫?」
    スカイの手を借りて立ち上がる時、ふいにその手が年相応にすべすべとしていることを意識してしまう。当たり前のように手を差し出してくれる感情を考えて落ち着かなくなる。

    「……」
    卒然。話題が途切れたかのような、一瞬の沈黙。

    「スカイ?」
    「……釣れるのかな」
    「あー」少し考えたあと「今日は風が穏やかだから釣れるって、スカイは言ってた」
    「でも昼間から風が出てくるってトレーナーさん言ってたの、セイちゃん覚えてまーす。残念でしたー」
    「……まあ、そうだね」

    落とした釣り竿を拾い上げ、椅子を起こしてやって、ふたたびスカイと並んだ。

  • 3二次元好きの匿名さん21/08/31(火) 16:45:55

    「セイちゃんさ、意外と単純なんですよ」スカイは舌先で頬をツンツンしながら言う。形のいい頬が盛り上がったり元に戻ったり。
    「勝手に遅れても文句言わないし、寝たいってわがまま言ったら予定書き直してくれるし……挙句の果てに」スカイは顎で波打ち際を指した。「服着たまま迷いなく飛び込むし」
    「まあ、それは」
    必死だった。この娘の才能に見入られたから二人三脚でやってきたのだし、何よりひょうひょうとした仮面の奥にある熱いものは、どんなウマ娘よりも強く燃えていると知っている。
    だからその火を消したくなかった。
    「……勘違いしちゃいそうになるじゃん」

    テトラポッドへ伸びている影が、ちょうどまっすぐになった。お昼時だ。
    だけどむしろ蒸し暑さだけがじわじわと上がっていく。風が強まる様子は一向になかった。
    ダメだろうなと思う。私のエゴで、この娘の可能性を潰しちゃいけない。
    スカイの奇術師めいた逃げ脚はもっと尊ばれるべきだ。
    定説は覆すもの! えいえいおー!
    「……」
    一瞬だけ矛盾することを自分に許した。

    「勘違いじゃないよ」
    「え? あ、ごめんちょっといま釣れてっるっ! からっ!」
    「スカイ!?」
    「ご、ごめんこれちょっと大きくて重い! 重すぎるッ! あわわわわトレーナーさん網持ってきて網!」

    すっ転びそうになりながらもトランクの方へ走った。網の頭と身体をつなぎながら、忍者みたいにテトラポット間を移動する。

    そこからは大きなカブだ。スカイがリールを引くが、低く見積もっても50cmを超える魚影はビクともしない。網の中に入れようとトチ狂ったねぶた祭りみたいな動きで振り回すが、網目から塩水が逃げていくだけだ。

    「糸切れる糸切れる! トレーナーさん急いで急いで!」
    「やってる! やってるけど無駄に速い! 速いのはスカイの逃げくらいでいい!」
    「え、あ……うん」

    めちゃくちゃな格闘は十数分も続き、やっとこさ獲物を岸まで引き揚げた時には二人して喘息の重篤患者みたいになっていた。

  • 4二次元好きの匿名さん21/08/31(火) 16:46:03

    レンタカーのトランクにボックスを積む。元から積載量ギリギリだった上、10キロくらいの大物も加わったので走るのかかなり不安だった。

    スカイは少し赤くなった額やら腕やらに化粧水を塗っている。今晩のお風呂でも考えているのだろうか、長いまつげが物憂げに下がっている。サイドミラーが動くと同時に、色濃い夏の影も形が変わった。

    「思ったより釣れましたねぇ」
    「そうだね。キングちゃんのトコとか、フラワーちゃんの所にもおすそ分けしようか」
    「じゃあキングのとこには多めに渡そうよ。あの人たち一流が完食できないはずがないとか言って、絶対お腹壊すから。来週のセンターはセイちゃんのものという寸法ですな」
    「策士だね」
    「止めないんですかー、にゃ、トレーナーさんも悪くなったねぇ」
    「しないってわかっているから」
    「――ん、まあ」

    キーを捻って、駐車場から車を出す。塗装の剥げた精算機に一万円札を突っ込む。日差しを長々と浴びた本体は火傷しそうなほど熱い。
    クーラーの利きが悪いので窓を開ける。
    スカイの空色の頭髪は潮風に煽られて、へたくそなワックスみたいになっていた。

  • 5二次元好きの匿名さん21/08/31(火) 16:48:25

    うおおおおおおお!!!!
    純愛!純愛!純愛!純愛!

  • 6二次元好きの匿名さん21/08/31(火) 16:55:25

    最高すぎる

  • 7二次元好きの匿名さん21/08/31(火) 16:55:46

    この♀トレすげぇしっとりしてるんだけど

  • 8二次元好きの匿名さん21/08/31(火) 17:20:08

    セイトレ激重概念はもっと流行らせていけ

  • 9二次元好きの匿名さん21/08/31(火) 18:21:25

    夏の終わりにぴったりなほんのり甘くてしっとりした怪文書

  • 10二次元好きの匿名さん21/08/31(火) 19:13:34

    風景描写凝ってていいね……でも夏休み思い出して死にたくなったよ……

  • 11二次元好きの匿名さん21/08/31(火) 22:52:22

    お前のSS実によくなじむぜ

  • 12二次元好きの匿名さん21/08/31(火) 22:59:03

    とてもよかった…(語彙力0)

  • 13二次元好きの匿名さん21/08/31(火) 23:59:55


    ウンスがクソボケとか珍しいな

オススメ

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