【SS】あるディアスポラの手記 殲滅の島の生存者

  • 1二次元好きの匿名さん23/10/18(水) 19:10:19

     ある日私の故郷は地図から消えた。いずれ人々の記憶からも消えるであろう。

     古地図は回収の対象、「測量上の誤り」を含む地図を新たに制作すると海軍に連行されるというのがもっぱらの噂だ。


     だが私に命がある限り、私が記憶し続けよう。

     風光明媚な地形に豊富な資源、華やかな都市に賑やかな人々の生活。

     あの日天竜人の狩猟地になり地上から消えた美しい故郷、エーテ=オルワ。


     

     「私」が生き残った理由

     1 死体のふりをした

     2 当時不在だった

     3 フィジカルチートだった

     4 能力者だった

     5 逃がしてくれた人がいた

     6 そもそも奴隷だった


      dice1d6=5 (5)

  • 2二次元好きの匿名さん23/10/18(水) 19:34:49

    このレスは削除されています

  • 3二次元好きの匿名さん23/10/18(水) 19:41:42

     当時私はまだ幼かった。
     だから家の屋根に座って眺めていた水平線に見慣れぬ船団が大挙してやってきたときも、それが何をもたらす何者であるかなど知る由もなかった。変わった船だ、と思った程度。エーテ=オルワは貿易の盛んな港町でもあったから。
     私は屋根からするりと屋根裏に戻った。おやつは何だろう、などと考えながら。
     おそらく私のためにおやつを準備してくれていた人も、その一時間後には家畜のように殺されているなど知りもせず。
     
     屋根裏で本を読んでいた私の意識の中に、外から騒音が聞こえ始めた。読んでいた本を閉じて顔を上げ、小窓から外を覗いた。
     祭りでもないのに通りに人があふれかえって…、逃げまどっている。悲鳴。追われている。笑い声。悲鳴。銃声。人が倒れる。石畳にペシャッと飛び散る血。金切声。命乞い。その頭が吹き飛んだ。断末魔。泣き叫ぶ。ちぎれる。既に動かなくなった血まみれの人間、掴んで何事か宣言して笑う大男。あれは私の友人、…の、頭。
     

  • 4二次元好きの匿名さん23/10/18(水) 20:16:07

    期待

  • 5語り部『サカの亡霊』◆a.x8pFu06A23/10/18(水) 20:24:33

    悪夢よりもよほど現実味のないその光景は、ただただ恐ろしかった。
    歴史の本に記されたどんな戦争よりも凄惨で、悪を描いたどんな残酷な物語よりも悪趣味で。
    夢なら醒めろと頭を抱えた。
    目を閉じた暗闇の中で私は階下の父母の叫びを聞いた。
    「子どもがいるはずだえ!その皿が証拠だえ!どこに隠しているえ?」
    「子どもなら売れるアマス」
    「うちに子どもなんておりません!!どうかお許しを!」
    「神たるわちしが間違っているというのかえ!?生意気だえ!」
    銃声。
    「こ、こここ、子どもは、ひ、ひとり、います。け、今朝から港へ釣りに行っていて、もうすぐ帰ってくるはずで」
    母は聡明で機転の利く人だった。
     なぜその機転を自分の命を守るのに使わなかったのだと今でも恨めしく切なく思う。
    「港!?なぜ海の方へ行かせたえ!港ではもうとっくに狩られているえ、つまらんえ!」
    母の断末魔を聞いた。世界の終わる音だった。
     

  • 6語り部『サカの亡霊』◆a.x8pFu06A23/10/18(水) 20:55:49

    鬼は去った。「この巣はわちしが制したえ!男一匹、女一匹だえ!」と高らかに宣言しながら。
    耳にこびりつくその声こそが、皮肉なことに他の鬼から私を守ったのだ。

    私はガタガタ震えていたが終始一貫して「早く醒めろ」とばかり念じ続けた。
    騒々しい現実はどこか膜を隔てたように遠く実感のないものと感じられた。
    早く目を覚ましたい。起きたら母上に悪い夢を見て怖かったと言うのだ。父上は私のためにまたあの安らかな音楽を弾いてくださるはずだ。
    どうして、どうして、どうして。
    どうして目が覚めない。
    生々しい血と、嗅いだことのない焼け焦げたような匂いのし始めた空気の中で肺を震わせて、通りの狂乱が床や壁を振動させて体中に響くのを感じていた。永遠に似た時間の中で私はただ、屋根裏部屋の玩具箱に隠れていた。


     目覚めた時、暗闇だった。小窓越しの町に灯りはなく、どこか遠いところで火の手が上がっているのが見えた。夜なのだろうに通りには人が動き回る気配がある。
     …「今、この状況で走る必要のない者」がたくさん、家の外を歩き回っている。
     まだ外に出てはいけないと本能が教えてくれた。
     膝を抱えて私はただただ自分などそこにいないふりをし続けた。

     あの夜、私は泣いても許される年齢だったのに、泣くこともできなかった。 

  • 7二次元好きの匿名さん23/10/18(水) 21:16:47

    期待

  • 8語り部『サカの亡霊』◆a.x8pFu06A23/10/18(水) 21:58:42

    朝が来た。
    昼かもしれない。
    夜になった気がした。

    私は玩具箱の中で、どうか何も感じないまま消えさせてほしいとだけ願っていた。

    不意に私の感覚に入り込んできたものがある。
    それはまず足音と、…奇妙だ、熱を感知できる距離であったはずもないのに、体温のようなものだ。
    誰かが階下を歩いている。動いている。

    「…いるんだろう、そこに」

    全身に氷水をぶちまけられたように私は我に返った。
    急に鋭敏になっていく感覚の中で私は克明な恐怖を感じ始めた。叫んではならない。震えてはならない。悟られてはいけない。私は口を両手で押さえた。

    知らぬ低い声で、階下の誰かが私に話しかけてきた。

  • 9語り部『サカの亡霊』◆a.x8pFu06A23/10/18(水) 22:04:22

    今我が身に迫りくるのが死だと理解することは、人にとって死よりも恐ろしい体験である。

    足音が階段を上がり、屋根裏に通じる梯子を発見して軋ませながら登ってきたとき、私は、殺されるより先に死なせてくれと神に必死で願った。
    「…落ち着け。もう何も信じられないだろうが、…聞け」
    何者かはそう言った。
    血と、火薬と、鉄の匂いのする何者かが、玩具箱の外の暗がりに立っている。

    「お前はそこから出なくてはならない」

  • 10二次元好きの匿名さん23/10/18(水) 23:51:27

    凄惨な状況を淡々と語っていく感じが好き
    それはそうと誰かが助けてくれるみたいでよかった
    生存者を探してたんだろうか

  • 11二次元好きの匿名さん23/10/19(木) 08:05:00

    なんだか気になる

  • 12語り部『サカの亡霊』◆a.x8pFu06A23/10/19(木) 19:05:55

     恐怖のあまりこのときただ思っていたのは、一秒でも早く私を殺してくれるならそれでいい、ということだった。
     
     屋根裏部屋に現れたのは
     1 だえだえ言わない天竜人
     2 将校(単)
     3 将校(艦)
     4 海兵
     5 民間人
     6 安価

  • 13語り部『サカの亡霊』◆a.x8pFu06A23/10/19(木) 19:06:37

    dice1d6=1 (1)

  • 14語り部『サカの亡霊』◆a.x8pFu06A23/10/19(木) 20:19:09

     もう何もかもがどうでもよいほどに、私は急いでいた。
     これ以上の恐怖や絶望を感じる前に死ななくてはならない。

    「箱を開けないで」
    私は返事をした。「開けずにそのまま死なせて」

     人の気配が床を踏んで近づいてくる気配を感じた。気配と言うにもあまりにも鮮明で、私は闇の中で目を閉じているのに、体温ある人の形をした存在を、その体が常人に比べ妙に大きいことを、…とても強靭な肉体を持ち、かつその内面はぐるぐると渦潮のようにあらゆる感情が混濁しているだろうことを、ありありと感じていた。どういうわけか、あの日から私にはそのような感覚が芽生えたのだ。

     人の気配は玩具箱の前で立ち止まった。
    「…お前は、本が好きなのだな」
    異変に気付くまで私はここで本を読んでいた。床の上に散らかしたままにしていたのだ。
    「我が子を本を読めるほどに賢く育て、読み飽きぬほどに本を買い与えた親のあった子ども…か…」
    「殺して」
    私は言葉を遮った。鼓動が激しく打って肋骨を叩き、血液に乗って体中を駆け巡るようにあふれかえる恐怖に耐えきれなかったのだ。
    「何も見せずに死なせて」
    「死なせるわけにはいかぬのだ」

    箱に手をかけられた。きぃと音を立てて蓋が開かれる。
    「すまない。何もかもを奪っておきながらどの口で言えようか。だがお前は死んではならぬのだ」

    「お前を生かす。生きてこの島から逃がすゆえ、どれほど恐ろしくても一晩だけ耐えしのいで私に従え」


    「生きろ」

  • 15二次元好きの匿名さん23/10/19(木) 23:43:58

    待機保守

  • 16二次元好きの匿名さん23/10/20(金) 07:49:53

    保守
    好みの文体 続いてほしい

  • 17二次元好きの匿名さん23/10/20(金) 16:49:31

    頑張れ天竜人

  • 18二次元好きの匿名さん23/10/21(土) 01:31:53

    保守

  • 19二次元好きの匿名さん23/10/21(土) 13:07:40

    保守

  • 20語り部『サカの亡霊』◆a.x8pFu06A23/10/21(土) 14:55:51

     抱き上げられたのはわかった。もはや思考も鈍るほど恐怖に浸り続けた後だったので、暴れて逃げようとすら思わなかった。ただ一刻も早くなんらかの形で悪夢が終わってほしい、そればかり。
     大男は私を抱えて梯子を下り、階段を下りて、そこで私の目を片手で覆った。この行為、私に何を見せまいとしてのことだったのか、だいぶ後になってから痛みと共に思い当たった。私はただ運ばれるだけだった。目隠しをされたままだったが、されていなくてもどのみち町はもう真っ暗だったのだろう。空気にはなんとなく異臭が混じっていて不気味に静まり返り、私を抱えて歩く男の足音ばかりが通りに響いた。
     別の人間の気配が複数近づいてきた。
    「ここへ」
    「はっ」
    「お前はあの家から何かこの子の旅路の邪魔にならないものを。お前は先に船に戻り絶食のあとにも摂れるものの用意を」
    部下か家来か何かなのだろう。二人を残し、他の気配は去っていった。
     目隠しをされたまま静まり返る町を歩き、やがて波の音が聞こえてきた。港まで来たらしい。傾斜を歩いて登る様子からするにそこそこ大型の船に乗ろうとしている。
    「船…?」
    「ああ。船だ。…この島を離れる」
    「…どうして」
    「あとから全て説明しよう。まずは休みなさい」

  • 21語り部『サカの亡霊』◆a.x8pFu06A23/10/21(土) 15:14:00

     お帰りなさいませ、とあちこちから声がする。船の中にはたくさんの人がいる。目隠しの手をどけられると、黒服の男やメイド姿の女が恭しくこちらにお辞儀をしていた。
    「頭を上げなさい、皆。これから忙しくなる」
     私を抱えている男は簡潔なことばで次々に指示を出し、周囲の人間たちはてきぱきと動き出していった。私はここで初めて、自分を抱えていた男の顔を見上げた。憂鬱そうな目をして珍妙な髪形の男だった。
     男は私を別の部屋に連れて行って椅子に座らせた。黒服の男がトレイで料理を運んできた。湯気の立つスープとホットミルク、果物。
    「食べなさい。絶食していただろう」
    「…」
    私は困惑した。知らない男に連れ去られて食事を出されているこの状況は、父母の言いつけによれば非常に危ないことのはずなのだ。とはいえどうすればいいのかわからない。大声を出して知り合いの大人を呼ぶだとか、近くの家に逃げ込むだとか…、そんなのが通用する事態ではない。

     だってそう教えてくれた父母も近所の人もおそらくみんな死んでいる。

     そう思ったとたん、思い出したように体が震えだして恐怖がよみがえってきた。

  • 22語り部『サカの亡霊』◆a.x8pFu06A23/10/21(土) 15:34:13

     …あの後私は錯乱して鎮静剤を打たれたらしい。泣きぬれた顔でベッドの上で目を覚ました。
     ベッドのすぐそばで、例の珍妙な髪形の男が椅子に座って目元を片手で覆っていた。医師らしき女が「目が覚めたようです」と声をかけると、男は顔を上げてこちらを見た。
    「受け止めきれないだろうな…」
    痛切な表情でこちらを見ていた。「つらいなどという言葉もまだぬるい…」
    「ねぇ、いつになったらこの夢はさめる…?」
    私は目の前の男に尋ねた。「もういやになった…こわいのばっかり…。戦争の本もう読まない…」
    「…」
    男は私の頭を撫でた。「誰も醒められない悪夢だ。もう何百年もずっと続いている夜だ。…誰もが夜明けを待つほどの長い夜の闇だよ」
     男のことは信じたかった。多分悪い人間ではないと。

     でも、言葉にしがたい感覚の底でこの男はどうしようもなく血生臭いのだ。

    「本は読みなさい。これからも、いくらでも、惨くとも、可能な限り…。それが、君を賢い子に育てた父母の恩に報いることになるだろう」
    「母上と父上はどこ」
    「…」
    「あなたは誰?知らない人についていったら母上に怒られるんだけど」
    現実の生活に意識を戻そうと私は躍起になっていた。こんな非現実的な夢、早く終わるべきなのだ。「父上にも言われてる。夜中に出歩くのもよくないことだって」
    「…優しい嘘をついてやるべきなのだろうが、…ひとまずホットミルクでも飲みなさい」

     温めた牛乳にはおそらくハチミツと鎮静作用のある薬が入っていた。
     男は私に話し始めた。
     父母は死んだ。殺されたのだ。町中の人が殺された。
     
    「だから君は、…この島から逃げなければならないんだ」

     島の人間は「一掃」されたことになっているから。

  • 23二次元好きの匿名さん23/10/21(土) 21:11:18

    ほしゅ

  • 24語り部『サカの亡霊』◆a.x8pFu06A23/10/21(土) 23:21:20

     カナリー諸島は一つの大きな島(主島、サ・カ)と、たくさんの小さな島(村島、サ・ヴィレ)から成る。
     私が住んでいたのは主島の都市だった。 この島は豊かで人口も多く、このたび天竜人の「先住民一掃大会」開催地に選定された。
     天竜人というのは「この世界を創造した神の一族」だそうだ。 神であるがゆえ何をしても許される。この世界は全て彼らのものであるから、彼らが彼らの所有物である地上の人間を獲物に狩猟をしただけにすぎないのだ。
     その説明で納得せねばならないのがこの世界なのだそうだ。

    「そして私が…天竜人だ」
    「…」

     男は天竜人、レーガイノ聖と名乗った。この先住民大会で、実際に島の人間を何人か手にかけたことまで打ち明けた。

    「ならなぜ殺さない」

     私は尋ねた。「私を見つけたなら殺せばよかったじゃないか…簡単に殺せるんだろ。実際殺したんだろ、罪にもならないんだろ…」
    「恨め。存分に」
    「恨むよりもう死にたいよ。家に帰して」
    「それはならん。…お前の家のある島は、十日後消える」
    「…島が消える?」
    「ああ。お前の島はマリージョアの秘匿兵器…難しいだろうな、…軍艦百隻の砲撃よりも激しい攻撃を受けて、十日後には跡形も残さず消されるんだ」
    「そんなことある…?」
    「あるのだ。先住民一掃大会は表向きの醜悪な理由にすぎん…本来の目的は島を消す方にこそある」

  • 25二次元好きの匿名さん23/10/22(日) 00:51:58

    人間らしい心を捨てきれずに でも状況を変えることもできず周りに合わせるしかない
    天竜人にはこういう人も実は混じってたりするんだろうか

  • 26語り部『サカの亡霊』◆a.x8pFu06A23/10/22(日) 01:52:16

     エーテ=オルワは古い街だ。古代語由来の語彙がたくさん残っている。民謡も古い言葉を留めて子々孫々に受け継がれてきた。
    「現体制が成立する以前に信仰されていた古い神…太陽神を崇めるものもあるだろう?」
    「…ケテル・ニカのこと?」
    「おそらくそれを含むだろう。歌えるのかね?」
    「歌えるけど」
    「どうかその歌を忘れるな。習った歌も言葉も何もかも。…それを駆逐しようとした者への怒りを忘れるな」

     天竜人が娯楽狩猟地を求めようと求めるまいと、この町は殲滅されたのだ。
     太陽神崇拝の「因習」の残る文化の破壊。そして無人になった島に残る古代文明の遺物の回収と破壊。
     それは天竜人よりも更に上の権力の意向であるから。

    「お前を生き残らせるのは、奴らが完全に消し去りたいものを未来に残す小さな抵抗だ」
    「あなたはそっち側なのに?」
    「どのような立場に生まれても人の内面は理不尽なほどに自由だ。…私は今の世界を肯定できない。しかし変える力もない。神という名で飼い殺されている無力な人間に過ぎん…愚鈍で無慈悲で高慢なお飾りの権力者を演じるだけの存在だ」

     生き延びろ。
     地図から消えてその存在について言及することすら禁じられることになるお前の故郷を記憶する者として、世界政府の手を搔い潜って生き延びろ。
     …そのまま平穏に暮らしてくれても構わぬが、可能なら…。
     いつか断罪者として私の前にもう一度現れてほしい。

  • 27語り部『サカの亡霊』◆a.x8pFu06A23/10/22(日) 02:30:12

     私はその天竜人の船の中でしばらく生活した。そのまま逃走生活に入らせたら死にそうだから、らしかった。
     レーガイノ聖は具体的に今後の身の安全の確保の仕方を指示してくれた。
     まず、主島の出身者だと悟られてはいけない。誰が密告するかわからないから。
     主島は「天の火」とかいう砲撃で沈没させられる。そのときに巨大な津波が周辺の村島を襲うだろう。カナリー諸島全域が壊滅的な被害を受けた直後の混乱の中で「別の村島から来た家族」という建前でレーガイノ聖の配下の者と移住し、新たな「身元」を作る。 
    「ヨルデ島にしておこう。ハテヨール島が防波堤になって波が弱まるはずだ。居住地も少し海から離れている。再建が早いはずだ」
    地図を広げて、レーガイノ聖は村島のひとつを指さした。
    「サカ(主島)以外のどこか、サヴィレ(村島)に行ったことはあるか?」
    「ある。テンネー島に両親と遊びに行った。…あなたもエーテ=オルワのことばは使わない方がいいんじゃないの」
    「消し去る側が何を言うかと思うだろうが、…私も知って、忘れずにいたい」
    「…」
    「この先…どれだけつらくともどうか生き延びてくれ。この世界でお前の故郷を記憶する者を私ひとりにしないためだと思え」
    「…オーヴォ」
    「?」
    「故郷。…うちの言葉では故郷をそう呼ぶ。本当は太陽神が住んでいた土地のことをそう呼んでいたらしいけど」
    「オーヴォか。しかと胸に刻もう」
    いつかこの人に復讐してあげなくてはいけないはずだが、この人を憎むのはそこそこ努力が必要な気がした。

  • 28語り部『サカの亡霊』◆a.x8pFu06A23/10/22(日) 02:31:19

     見なくてもよいのだぞ、そう言われたが、私は自分の意志でその日を甲板で迎えた。
     殲滅の日から数日。
     海軍の軍艦が「レーガイノ聖、どうか退避をお願いします」と勧告しに来た。
    「この海域は危険です、どうか安全な場所まで一旦船をご移動ください」
    「わちしはこのあたりの気候が気に入ったえ。下界にしては過ごしやすいえ。海賊なら海兵が何とかすればよいことだし何が危険なんだえ?ここをわちしの保養地とするえ」
    正直、海軍中将相手に話しているレーガイノ聖は傲慢で愚鈍な男にしか見えず、本当に同一人物なのかと驚いた。使用人のふりをしているよう言い付けられた私は、船にやってきた将校と兵士にお茶を出しながら一部始終を聞ける立場を得た。
    「島の所有については直ちに手続きをいたします。マリージョアにお戻りいただいて…」
    「わちしが戻らなくてもお前たちがやっておけばいいことだえ。このあたりは小島が多すぎてまだ周りきれていないえ。別荘にふさわしい島を見つけるのに忙しいえ」
    「島の確認は我々が代わりに行います。どうか退避を。近々この辺りの海域には津波が発生します」
    「なぁーぜ津波が予想できるんだえ?」
    「そ、それは…」
    「腕のいい占い師でも雇ったのかえ」
    「は、はい!」
    「ほー、それじゃとりあえず船を移すえ。でも津波が済んだらまた探検はするえ。カナリー諸島からどのくらい離れたらいいんだえ?」
    「こちらの海図をご覧ください」
    真新しい地図には、既に主島がなかった。そこにはBlue Hallとだけ記されている。

  • 29二次元好きの匿名さん23/10/22(日) 12:38:57

    気付いたらめちゃくちゃ更新されててビビった
    このSS好きだから続きは凄く見たいけど無理のない程度にな

  • 30二次元好きの匿名さん23/10/22(日) 12:39:47

    「こら坊や。大人の会議を覗いてはいけないよ」
    「そのガキはなんか知らんけど本とか地図とか好きだえ。ほっといても悪さはしないえ」
    「ブルーホールって何?」
    「中将殿…どう説明いたしますか」
    「ふむ…」
    中将と呼ばれた男はしゃがんで私に目線を合わせた。「地理の話は少し難しいよ。坊やはこのあたりの子かな?」
    「わかんない」
    もしも誰かに聞かれたらそのように言え、もの知らずのふりをせよと言われていた意味を理解した。レーガイノ聖の部下のひとりがすかさず「この子は航海も初めてであまり世間を知りません。レーガイノ聖がシャボンディにご滞在の時に生まれた使用人同士の子です」と口を挟んだ。
    中将は「そうか」と答えた。
    「ブルーホールというのはだね、海の底にまっすぐ大きな穴が空いている地形のことを言うんだ」
    「穴?なんで?」
    「洞窟はわかるかな?海の底の地面の下に大きな洞窟ができていることがある。そんな場所で海底が崩れ落ちるとまっすぐ大きな穴があくんだ。上から見ると、そこだけとても深い海になるから、真っ青に見えるんだよ。それをブルーホールと呼ぶんだよ」
    「そんなのあるの?」
    「ある…あるんだよ。そう、…あるんだ」
    中将はにこやかに、しかしどうしようもなくつらそうに私に微笑んだ。「この辺りにはね、大きな島なんて、…なくて、大きな穴が、あるんだ…」
    「中将」
    「そんなもんあるのかえ。この間の大会でどっかの島に上陸したときには気づかなかったえ。津波のあと探してみるから海図を置いて帰るえ」
    「承りました」
    海軍船に護送される形で、レーガイノ聖の船はカナリー諸島沖へ離れた。

  • 31二次元好きの匿名さん23/10/22(日) 20:15:28

    おもしろい

  • 32二次元好きの匿名さん23/10/23(月) 07:50:53

    みんな諦念している感じなのが切ないな

  • 33二次元好きの匿名さん23/10/23(月) 19:09:36

    保守

  • 34語り部『サカの亡霊』◆a.x8pFu06A23/10/23(月) 20:10:08

     その日、レーガイノ聖は甲板に「見送りに行く」と言った。失われる島の最期を。
     見なくてもいいのだぞ、と言われたが、私は自らの意志でレーガイノ聖の隣に立った。甲板に立つ全員が命綱を付けて待った。
     夜の海は静かだった。波の音。半月にすこし霞む星々。星空の一か所が不意に暗くなった。ちょうど、カナリー諸島主島の真上の辺りで。

     何もできないのが私。それは隣の天竜人も同じ。
     人でも神でも何も手の施しようのない世界なら、一体この世界を支配しているのは何なのだろう。

     突然その暗闇は閃光を放ち、刹那の内に光の柱が夜を貫き海面に突き刺さる。遅れて轟音と爆風が海面を吹き飛ばしながら光と共に襲い来て、船は嵐の中の木の葉のように激しく揺れた。レーガイノ聖が慌てて私を掴む。それなしには振り飛ばされていたのかもしれない。私は爆心から目をそらさなかった。
     生まれ育った家。走り回った裏通りの景色。友達と遊んだ公園、買い物に行った市場。海の向こうに憧れながら散歩した港。
     何もかもあの光の下で「もともと存在しなかった」ことにされていく。
     思い浮かべたのは中将が持ってきたあの海図。
     あそこにあった全ては深く真っ青な穴になる。
     私の愛した人、私の幸せだった生活、私の生まれ育った故郷、それを何とも思わずに破壊できる何者かがこの世界を支配している。それができる力がこの世界には存在している。

     そんな世界で、秘密を抱えて、それでも生きろと、神という名の軛を負った男は私に命じたのだ。

  • 35語り部『サカの亡霊』◆a.x8pFu06A23/10/23(月) 23:15:24

    レーガイノ聖に仕える使用人たちの中から、私の「父親役」と「母親役」が選ばれた。「祖母役」「兄役」も名乗りを上げてきた。私とあまり似ていない父親役は私を抱きしめて言った。「…許してくれ」ぽろぽろ泣きながら。「君から親を奪っておきながら、父親を名乗る…」
    「この人にはね。あなたより少し大きな子がいたのよ」
    私と髪色だけは似た母親役が私の頭を撫でながら声を詰まらせた。「…哀れんでしばらくこの人の子どもになってあげて…」母親役にも、祖母役にも、兄役にも、その役を演じようとした理由がきっとあったのだろう。
     誰もがつらい。
     誰もがそれぞれの地獄を生きている。
     多分死んだ方がいい世界。それでもこの世界で生きる。
    「健やかにあれ」
    別れの日、レーガイノ聖は言った。「電伝虫は持たせるが、津波を受けた村での暮らだ。何かと苦労するだろう」
    レーガイノ聖は私たちが移住予定の島とは別の島を保養地として買い押さえた。その島の人間が続々と他の島へ亡命していることもあり、カナリー諸島全体で人の移動が激しくなり混乱を来している。出身の不確かな新参者も今なら入り込みやすい。それでいて治安も悪化はしないだろう。復興を手助けし海賊が入り込むのを防ぐため、との名目であちこちの島に海兵が常駐することになった。主要な目的は「カナリー諸島のある島が海底地震で沈没した」ことを周知徹底するためではあろうが。テタガーナ島の海峡(マリヨール)には海軍基地の建設も予定されている。
    「大丈夫。しねなくなった」
    「ありがとう。どうか生き延びてくれ」
    「いつかまた会ったら、フーザ(民謡)を歌ってあげる」
    「ああ。楽しみにしているよ。謹んで仇討ちを受けよう…」
    この人の一番惨いところは、ただ憎み恐れていさえすればいい相手としての天竜人でいてくれなかったことだ。天竜人さえこの世界の構造の中では立場に呪われていると知ってしまった以上、何を恨み何を憎んで生きていけばいいのかさえこれから探していくしかない。
    「この子を頼む。生きたいように生きさせてやってくれ」
    「承知しました」
    「お任せください」
    「旦那様もどうかお元気で」
    「何かあったらすぐに電伝虫を…」
    「天竜人と連絡を取り合う下々民などいません。ヨルデの住民として生きてこの子を育てます」
    多分死んだ方がいい世界。爪を立てて必死に食らいついて生きてやる。

  • 36語り部『サカの亡霊』◆a.x8pFu06A23/10/24(火) 07:21:34

     私の「家族」は、ヨルデ島に屋敷を構えた。
     別の島でちょっとした資産家だった一家だが、経営してきた音貝養殖地が津波で崩壊したのを機にヨルデへ移住してきた。そういう設定だ。ヨルデをはじめ近隣の島々の復興を助けて電伝虫と音貝で事業を起こし、数年のうちにすっかり地元の名家扱いだ。どこからとは言わないが資金はいくらでもあるのだから、そりゃ十分な支援ができる。
     ヨルデではよく海兵を見かける。
     本部の海兵は「津波後に地形が変わったため、各家に地図を無償配布」している。別の島から来た移住者は怒っていた。「作るなら真面目に作れ!主島沈没だけ描きゃいいってもんじゃねぇだろ!俺の住んでたテハルワ島じゃ低地は全部沈んだからな、今はこんな形してねぇぞ!」「トルネ島の砂嘴はもう流されて消えてんだよ!調べてから作ってくれ、役に立たん!」私は何も言わなかった。主島がなくなってそこにブルーホールができたのは多分本当だから。
     エーテ=オルワの都市生活に比べればいくらか不便だったけれども、ヨルデはのどかで活気ある豊かな村になっていった。
     音貝養殖地で「兄」と遊び、「父」に送られて学校に通い、「母」と一緒に「天竜人の保養地になった島で働いている知人」への手紙の返事を書き、「祖母」に作ってもらった北の海のおやつを食べて育った。音貝屋の坊ちゃまとして村人からもかわいがられた。
     このままここで暮らして死ぬのも、それはそれできっと悪くはなかった。
     でも何も知らないわけではない以上、その人生は選べない。
     私が航海術を学び始めたあたりで母はおろおろし始めた。父も反対した。祖母は大まじめに私の結婚相手を探し始めた。船を買うため貯金し始めた頃に兄と大喧嘩した。行かないでくれと泣く兄の腕の中で結局私も泣いた。完全に恩知らずになりきるにはあまりに長いこと「家族」に愛されてきた。
    それでも旅に出る必要があった。
     偽りの名で偽りの人生を送る意味を知るために、…皆殺しの島から救い出されてまで今日生かされている意味を知るために、まずはこの世界で起きた殲滅的事件を調べていこうと思う。ゴッドバレー、オハラ、フレバンス、…そして世界の形を知りたい。

  • 37二次元好きの匿名さん23/10/24(火) 13:49:17

    ちゃんと愛情あるのわかって辛い

  • 38語り部『サカの亡霊』◆a.x8pFu06A23/10/24(火) 18:28:22

     家の加工工場からひとつ盗んできた音貝に、私はエーテ=オルワのフーザを歌って記録した。
     太陽は再び昇る。ニカがもう一度この世に目を覚まし、長い長い夜の闇はきっと明けて、私たちの悪夢は終わるのだ。
     夜明けの光が私の寿命のうちにははささなくとも、私が知りうる限りの真実を、いつか来るその未来へと語り届けたい。その朝に響く歌であれ。
     死んだ方がいい世界。
     死ぬのはお前の方だ、世界。
     泣かれながらの船出となったが、風と波に恵まれて、セバ海峡を通り抜けてブルーホールの海域までたどり着いた。私は頑なにこの場所をオーヴォと呼ぼう。花束を海に投げ込んで、外海へ出る覚悟はできた。
     世界は私に二つの顔を与えた。
     墓すらない、存在しなかった者を親に持ち存在しなかった土地で生まれた私、サカの亡霊。
     傷を負えども生きろと願われ愛すべき家族に囲まれて育った私、ヨルデの若造。
     私は最後には何者になるだろう。
     長い長い旅の最後あたりには、きっとこの音貝を届けに行こう。マリージョアにでも。そのとき拳銃と花束とどっちを持っていくべきか、私は知らなくてはいけない。


     情報屋“サカの亡霊”ライヨルデ 旅立ち編 (完)

  • 39二次元好きの匿名さん23/10/24(火) 18:47:16

    これから死都巡りがはじまるのかな

  • 40二次元好きの匿名さん23/10/24(火) 23:23:42

    好きだ…

  • 41◆a.x8pFu06A23/10/25(水) 00:30:05

     ライヨルデの旅立ちまでおつきあいいただきありがとうございました。

     小型帆船で旅立ちますがそのうち海水濾過器搭載ウェイバーを手に入れてドルルンドルルン海面ライダーしながらあちこちの国で情報を集めたり売ったりモルガンズと良からぬおつきあいをしたりするモブです。実家の音貝屋は兄が継ぎました。


     もしよかったら、勝者島沖の海戦から敗走したあとのベポとローがなんか見つけるSSも書いておりますのでお楽しみいただけると幸いです。

    ●月×日。海から怪我人を背負ったシロクマが上がってきた。|あにまん掲示板 日課の散歩だ。もうずっと景色が変わらないのでつまらない。せめて昨日はなかった貝殻のひとつくらい流れ着いてほしい。 と思っていたが、今日は思いもかけないものが浜辺で動いていた。 「キャプテン!陸だよ!…bbs.animanch.com
  • 42二次元好きの匿名さん23/10/25(水) 00:32:46

    旅立ち編ッて事は続きもあるのかな?

オススメ

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