- 1二次元好きの匿名さん21/12/29(水) 21:53:57
日曜日。窓を開けて、空を眺める。雲は視界の端にまばらにあるばかりで、ほかはすべて厚く塗ったようなブルー。冬の空気がすうっと侵入し、体を撫でては逃げていく。
今日は担当ウマ娘の出走するレースもないし、急ぐべき仕事も何もない。平和で暇な休日だ。…………そのはず。念のためもう一度予定表を確認し、胸をなでおろす。
するとそこに、インターフォンの軽い電子音が飛び込んできた。
窓を閉め、玄関へと向かう。扉を開けるとそこには私の担当ウマ娘――サイレンススズカが立っていた。
明るい栗毛にエメラルドグリーンの瞳、透明感のある雰囲気をまとった美麗な少女。私はこの娘と共に三年間、トウィンクル・シリーズを駆け抜けてきた。時に敗北を隣で悔しがり、時に勝利を隣で喜び、誰よりも近くで寄り添い続けてきた。いつも、いつまでも、楽しそうに走るスズカはずっと、私の”夢”だった。
スズカは休日だというのについ先ほどまで走っていたらしく、少し息を切らしていた。一呼吸、二呼吸置いて落ち着いた様子のスズカが珍しい提案を口にする。
「トレーナーさん。一緒に走りませんか?」
当然トレーナーとしてトレーニングに付き合うことはあるが、いかんせん人間とウマ娘では身体能力が違いすぎるので併走はしたことがない。私としては構わないのだが……
「一緒に走るとなると私のペースに合わせることになっちゃうけど大丈夫?」
「大丈夫です。トレーニングではなく、ただトレーナーさんと走りたいだけなので」
少し会話を交わした後、動きやすい服装に着替え外に出る。今は冬。外の冷気に思わず身震いしてしまう。
軽い準備運動で体を温め、スズカと並んでゆっくりと走り出した。 - 2二次元好きの匿名さん21/12/29(水) 21:54:06
しかし当然人間とウマ娘では体力が違う。幾らか走ると私はすっかりバテてしまい、近くの公園での休憩を提案する。自販機で買ってきた飲み物を手に、スズカとベンチに並んで腰かけた。
今日の天気だとか、学園での友達付き合いだとか、そんな話をしながら、ふと横を見やる。するとスズカが耳や尻尾をせわしなく動かして、やけにそわそわしていることに気が付いた。やはり私に合わせたせいで満足に走れなかったのだろうか。
「思いきり走りたいなら行ってきてもいいよ」
スズカは走るのが大好きだ。けれど私のことを誘った手前、一人でどこかに行ってしまうのは気が引けると考えているのだろう。するとスズカは予想に反して少し驚いたような声で返す。
「えっ?」
「落ち着かなさそうにしてたから、もっと走りたいのかと思ったんだけど……違った?」
「落ち着かなさそう……? 私が……?」
どうやら無意識下の行動だったようで、不思議そうな顔をした後、何故か顔を赤らめて俯いてしまった。
少しして、スズカがおずおずと口を開く。
「その……初めてのデートなので、緊張してて……」
「……えっ?」
思わず、素っ頓狂な声をあげてしまう。私は今までこれをデートだと思っていなかったからだ。
「……デートだったの?」
間抜けな返事をする。
「デートというのは、好きな人と、好きなことをするものらしいので……それなら、私はトレーナーさんと走りたいな、って思ったんです」
……そういうことか。いかにもスズカらしい。しかし……
「つまり、スズカは私のことが好きなの? その……恋愛的な意味で」
「はい。私は……貴女のことが好きです」
真っ直ぐな気持ちを正面から伝えられ、心臓が跳ね上がるのを感じる。何故なら私も……私も、同じ気持ちだからだ。
「私もスズカのことが好き」
どこまでも純粋な、愛を伝える。するとスズカは安堵したように笑ってみせた。
「改めて、これからもよろしくお願いしますね」
「えぇ。それじゃあ……」
空になった飲み物の容器を鞄にしまい、立ち上がる。
「これから、どこに行こうか?」
差し伸べた手をスズカはそっと握り、満面の笑みで返す。
「どこへでも。貴女の隣なら、そこが私の見たい”景色”ですから」 - 3二次元好きの匿名さん21/12/29(水) 22:11:10
トレスズ♀助かる
- 4二次元好きの匿名さん21/12/29(水) 22:11:58
なんかトレスズ♀珍しい気がする…好き…
- 5二次元好きの匿名さん21/12/29(水) 22:14:35
貴重なトレ♀スズだ、囲め
- 6121/12/29(水) 22:22:46
ぴえ…………
初めて書いたSSなのに思ったより好意的な反応もらえてびっくりしてます…… - 7二次元好きの匿名さん21/12/29(水) 22:25:07
すごく爽やかでいいな…
スズカさんらしいある意味での不器用さがいい - 8二次元好きの匿名さん21/12/29(水) 22:26:08
- 9121/12/29(水) 22:32:26
サイレンススズカは走っていた。朝目が覚めて、朝食を済ませた後、すぐに着替えて日課のランニングに出かける。そこまではいつもと同じだが、今日はいつもとは少し違う。いつもは走らない道。今日に限って、普段とは別の道を走っている。
この角を左に曲がったら、またあの人の家が見えてくる。トレーナーさんの家。大好きな人の家。さっきからずっと、この辺りをもう何周しただろうか。
用事があるならさっさと足を止めてインターフォンを鳴らせばいい。けれどスズカの足は止まりそうもなかった。心の準備がまだできていない。スズカは走って気持ちを落ち着けようとしていた。何故なら、今日は……トレーナーさんを、「デート」に誘うと決めたのだから。 - 10二次元好きの匿名さん21/12/29(水) 22:35:24
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- 11121/12/29(水) 23:59:26
今更気づいたんですけど「トウィンクル」じゃなくて「トゥインクル」ですね
恥ずかしい…… - 12二次元好きの匿名さん21/12/30(木) 00:08:34
あっ好き(語彙力なし)
- 13121/12/30(木) 08:27:17
さっきから一文字も読んでいなかった本を閉じ、ため息をつく。隣を見ると、スズカも手持ち無沙汰に髪をいじっていた。一時間ほど前から降り出した大粒の雨は今も窓ガラスを不規則的に叩いている。
昨日の予報では晴れだったので、今日はスズカと「デート」をするつもりだったのだが、こうも天気が悪いと外には出られない。スズカは最近勉強にも身が入っているようで、学園の課題は先ほどすべて終わらせてしまっていた。
「暇だなぁ……」
思った言葉が口をついてこぼれる。
「そうですね……」
つまらなさそうな声が返ってくる。スズカも今日の「デート」を楽しみにしていたらしく、落胆は目に見えていた。
スズカを退屈させたくはないが、だからといって外に走りに出るわけにも、家の中で走り回るわけにもいかない。折角の「デート」の日。どうせ「デート」ができないのなら、せめて恋人らしいことをしたい。
「ねぇ、スズカ……」
そこで言い淀む。私たちは今まで手を繋ぐ、ハグをする以上のことはしてこなかった。スズカはまだ学生だから。子供だから。私たちは恋人同士とはいえ、その関係は秘密にしないといけない立場だから。
「トレーナーさん……?」
スズカの声。脳がとろけるような、甘い声。私の心を魅了してやまない音を奏でるスズカの唇が、今日はやけに艶めかしく感じた。見ていられなくて、思わず目を逸らす。スズカは突然目を逸らされたのが不満だったのか、体をぐい、とこちらに寄せて私の顔を覗き込んだ。
「どうかしましたか?」
スズカの声。私の愛する恋人の声。ぷつん、と理性の糸が切れる音がした。
「キス……しよう」
衝動を抑えられなかった。脳が出す警告信号も、もはや厚い壁の向こうから聞こえるように、遠く感じていた。後悔、不安、緊張、興奮。様々な感情が入り乱れて、脳内がぐるぐると渦を巻く。ふたりの間に静寂が訪れる。雨音すら聞こえない、痛いほどの沈黙。段々と頭が冷えていき、自分の言った事の重大さに気づかされる。
「や、やっぱり――」
言い切らないうちに、私とスズカは唇を重ねていた。スズカのほうから求めてきたのだ。それは、とても甘美で心地よい感覚がした。後悔すら忘れるほどに。罪の意識すら誤魔化すほどに。今この瞬間が、まるで永遠に思えた。