(SS注意)サウンズオブアースに壁ドンする話

  • 1二次元好きの匿名さん23/10/21(土) 02:48:14

    「さあ、私と共にハーモニーを奏でようじゃないか!」

     昼下がり、学園の廊下。
     俺は担当ウマ娘のサウンズオブアースが壁ドンをしているところに遭遇した。
     壁ドンの餌食になっているのは見知らぬ、恐らくは下級生の子。
     顔を真っ赤に染め上げ、目を潤ませて、口をパクパクとしていた。
     ……非常に残念ながら、特に珍しくもない光景だ。
     アースは、自分との良きセッション相手────いわば好敵手を求めている。
     彼女にとってはレースとは地球とウマ娘との合奏。
     勝敗は勿論大事だが、それ以上に良い音を響かせられたかどうかが大事、だそう。
     正直なところをいえば、俺はもまだ全てを理解出来ているわけではない。
     とはいえ、この先の展開くらいは予想できるのだが。

    「……しっ、しつれいしますぅ!」
    「あっ……!」

     壁ドンされていた子は一瞬の隙を突いて抜け出し、そのまま立ち去ってしまった。
     まあ、いつも大体こんな感じである。
     あの圧の強さで、やたら良い顔が迫ってきたら、殆どの人はああなってしまう。
     ……そしてあれから狼狽えながらも逃げない子は、皆、かなり強い。
     もしかしたらアースなりの選別なのかもしれない。
     俺は残念そうに遠のいていく背を見つめながら、悲壮な音を奏でる彼女に声をかけた。

    「こんにちはアース、残念だったね」
    「おお、我がディレットーレッ! ……エレジーアを聞かせてしまったみたいだね?」
    「そういうこともあるよ、あっ、今日のトレーニングなんだけどレースが終わったばかりだから少し軽めにするよ」
    「アッチェレランド! ああもどかしい、次のオーケストラが待ち遠しい……っ!」
    「焦らない焦らない、次は年末の────」

  • 2二次元好きの匿名さん23/10/21(土) 02:48:30

     その時、学園のアナウンスが鳴り響いた。
     聞こえて来るのは呼び出しの声。
     そして、呼ばれているのは、なんと俺であった。
     ……なんかやらかしたっけ、呼び出し喰らう心当たりはないんだけど。

    「トレーナー、呼ばれているようだよ?」
    「……そうみたいだね」
    「私が良いから行ってきたらどうだい、さぁプレストッ!」

     背中を押されてるのか煽られてるのか良くわからない。
     ともかく、急いで行かなければいけないのは事実。
     俺はアースに別れを告げて、理事長室へと向かうのであった。

    「────サウンズオブアースさんの口説き癖をどうにかしてください」
    「……ええ」

     理事長室に来て、開口一番にそう告げられた。
     目の前には少しだけ怒ったような表情を浮かべる、一人の女性。
     緑色の制服、外したところを見たことない帽子、目が覚めるような綺麗な顔立ち。
     トレセン学園理事長秘書、駿川たづなさんから、俺は直々に注意を受けていた。

    「学園内で所構わずバイオリンを鳴らしているのは、とりあえず良いです」
    「良いんだ……」
    「……別に問題にしても構いませんけど?」
    「あっ、いえ、すいません、失礼しました、勘弁してください」
    「全く……正直、もっと騒がしい子はたくさんいますから、可愛いものです」

  • 3二次元好きの匿名さん23/10/21(土) 02:48:49

     ────あの子は光ったり爆発したり人形配ったり銅像作ったりはしませんからね。
     たづなさんは疲れた顔で、どこか遠くを見ながらそう言った。
     噂は聞くけど、色々大変なんだろうなあ、と思ってしまう。
     そして、彼女は脱線しかけていた話を戻す。

    「ですが、あの口説き癖は、他のトレーナーやウマ娘から苦情が来ています」
    「くっ、苦情ですか!?」
    「『何言ってるかわからなくて怖い』『やたら顔が近い』『顔が良い』『あんなのファンになっちゃう』『担当の子の調子が下がってしまった』『そして顔が良い』『恥ずかしくて一日中顔が赤いままだった』『顔が良すぎて泣きそうだった』……他にもたくさんありますけど、見ますか?」
    「……いえ、結構です」

     どうやら、俺が認識している以上にアースは色んな子に声をかけているようだ。
     確かにあんな辻斬りみたいなノリで調子を落とされたらたまったものではないだろう。
     
    「アースは顔が良いですからね、これは確かに問題だ」
    「……ああ、一番気にするところはそこなんですね、流石と言いますか、何と言うか」

     呆れたようにたづなさんはこちらを見つめていた。
     はてさて、どうしたものだろうか。
     確かにあの口説き癖は他のウマ娘達に悪い影響を与えてしまう、という側面はあるだろう。
     けれどアースにとってあの行動は、レースで走る上での大事な行為の一つであることも間違いない。
     なので、安易にやめさせてしまうのは、彼女の奏でるシンフォニーを止めてしまうことになりかねないのだ。
     しばらくの間考え込んでいると、見かねたたづなさんが声をかけて来る。

    「まあ、あの子に悪意があってそうしているわけじゃないのはわかります」
    「…………はい」
    「ですので、あっ、トレーナーさん、そっちの壁に立ってもらえませんか?」
    「えっ、ああ、わかりました」

  • 4二次元好きの匿名さん23/10/21(土) 02:49:09

     突然の、たづなさんからの指示。
     俺はそれに何の疑いも持たず、言われるがままに壁際に立った。
     すると彼女はすたすたと俺に近づいて。

     ズドンッ! 壁を背にした俺の顔のすぐ横に、すごい勢いで手をついた。

     いつ腕を上げたのかも見えず、声を上げることすら出来なかった。
     ビリビリと振動を続ける壁、ぱらりと微かに落ちる俺の髪の毛先、ぶわっと溢れる冷や汗。
     正直────死んだかと思った。
     たづなさんの前だから何とか見栄を張れているが、そうでなければ崩れ落ちてただろう。
     そして彼女はすっと、顔を近づけて来る。
     ……うん、確かにこれは怖くて、顔が良くて、怖い、泣きそうだ。

    「せめて、この壁に手をつくのをやめてもらえれば……えっと、聞いてますか?」
    「ひっ……! ああ、いや、はい、きっ、聞いてます、聞いてますから命だけは……!」
    「……?」

     不思議そうに首を傾げるたづなさん。
     俺は若干ヒビが入っている壁を横目で見ながら、何度も頷くのであった。

     ────理事長室を出て、今後のことを考えながら歩みを進める。

     あの後たづなさんからは何度もお願いします、と念押しをされた。
     どうにかしたい、とは思っているがあのアースが言ったくらいで止めてくれるだろうか。
     ……うん、ないな。
     決して悪い子ではないのだが、自身の顔の良さとキャラの濃さに無自覚なところがある。
     上手いこと壁ドンをされることの怖さと恥ずかしさを伝えられると良いのだが。
     さっきのたづなさんとか、本当に怖かったしなあ。
     その時、ふと閃いた。
     このアイディアはアースの説得に活かせるかもしれない。

  • 5二次元好きの匿名さん23/10/21(土) 02:50:40

    「アース」
    「やあトレーナー、たづなさんとのデュオからメロディーナを感じ取れたかい?」
    「あはは、まあ、それなりにはね」

     俺の言葉に、アースは笑みを零しながら頷く。
     彼女の姿は、幸運にもすぐ見つけることが出来た。
     先ほど遭遇した廊下近くの壁際で、とても楽しそうにバイオリンを奏でていた。
     そのバイオリンから流れる曲は何度か聞いたことがある、そろそろ終わりのはず。
     ……うん、色々と都合が良い。
     俺は彼女の演奏が終わるのを待ち、満足気にバイオリンを降ろしたのを見計らって近づいた。

    「さて、リサイタルも悪くはないが、そろそろセッションに────」

     演奏が終えた直後、彼女には一瞬だけ、隙が出来る。
     その隙を突いて、アースの背後の壁に思いっきり手を伸ばす。
     ドンッ、という音が鳴り響く。
     そして彼女を追い込むように、息が届きそうな距離まで顔を寄せた。
     
    「……っ!?」

     アースは耳や尻尾をピンと立てて、きょとんと目を丸くする。
     それは、今まで見たことのない、新鮮味のある彼女の反応だった。

     つまるところ────逆の立場になってみれば良いんじゃないかという話。

     俺もたづなさんにされるまでは、壁ドンなんてされたことがない。
     そして、経験をしたことにより、その行動の恐ろしさを理解することが出来た。
     彼女もまた、経験すればわかってくれるんじゃないだろうか。
     そんな期待を込めて、アクションを起こしたのだが。

  • 6二次元好きの匿名さん23/10/21(土) 02:50:59

     ……この後どうすれば良いんだろう。
     俺達はお互いにじっと見つめ合ったまま、沈黙を続けていた。
     アースは全く表情を動かさないまま、ただ上目遣いで俺の目を見つめている。
     俺もまた、彼女の顔をずっと見つめ続けるしかなかった。
     透き通る青空のように蒼い瞳、彫刻のように整った目鼻立ち、少し癖はあるが美しい髪。
     本当にこの子顔がいいな、そんなことを考えながら見惚れてしまう。
     
    「……フッ」

     そうしていると、突然、アースはニヤリと笑みを浮かべた。
     なんとなく嫌な予感がしたが、その動きはそんな俺の思考よりも遥かに早い。
     まずバイオリンを壁に立てかけると、彼女はそっと両手を俺の顔に伸ばした。
     潤いのある、艶やかな、長い指先。
     それが俺の頬にそっと触れると、甘く、そしてフローラルな香りがふわりと流れる。
     そして、彼女は軽く背伸びをして、その顔を更に近づけて来た。

    「どうしたんだい? 今日は随分とアッパシオナートじゃないか?」
    「ちょっ……アース、顔が、近い……っ!」

     息が直接かかるような間近、俺とアースは真正面から顔を合わせていた。
     まるで蛇に睨まれた蛙のように、俺の身体は硬直し、動けなくなってしまう。
     そして彼女の顔を見る都度、声を聞く都度、香りを嗅ぐ都度、心臓の鼓動はリズムを上げていく。

    「コンチェルトの前に、キミとここでラプソディーアを奏でるのも悪くない」

     そう言って、アースは更に顔を寄せていく。
     ついに見ていられなくなって、俺は思わず目を閉じてしまう。
     お互いの距離が手のひら一枚ぶんまで近づいた時、彼女は思い出したように問いかけた。

    「ああそうだ────トレーナーはフィスキオは得意だったかな?」

  • 7二次元好きの匿名さん23/10/21(土) 02:51:55

    「……勘弁してください」

     俺は両手を上げて、降参を意を示した。
     するとアースはぐにっと両頬を引っ張って、破顔する。

    「ハッハッハッ! キミにノットゥルノはまだ早かったようだね?」

     ……これに関しては自分の見通しの甘さを呪うしかない。
     頑張ってはみたものの、アースは恐れるどころか照れもせず、まんまとやり返してみせた。
     流石というべきか、なんというべきか。
     まあ、公衆の面前で堂々とエアバイオリンをしてみせる心胆の持ち主だ。
     壁ドン程度でどうこうすることは最初からあり得なかったのだろう。

    「……では失礼するよ、パルティトゥーラの用意はしっかりと頼むよ」

     アースはそれだけ言い残すと、足早に去っていった。
     俺は彼女のいなくなった壁に両手をついて、大きくため息をついてしまう。
     目論見は大きく外れた挙句、情けない姿を晒してしまった。
     たづなさんになんて弁明しようか────そして、ふと気づいた。
     足元に、バイオリンが置きっぱなしになっていることに。

    「あれ、アースにしては珍しいな」

     彼女のアイデンティティともいうべき存在を忘れるなんて、初めてだった。
     バイオリンを手に取って、ループに入っていった音楽を止めるべく、スイッチを切る。
     今から届けに行けば間に合うかな、そう考えた矢先。

    「あっ! アースさんのトレーナーさんっ! たっ、大変なんですー!」

  • 8二次元好きの匿名さん23/10/21(土) 02:52:17

     アースが去っていった方向から、一人の黒髪のウマ娘が慌てた様子で現れる。
     ふんわりとしたツーサイドアップ、花菱と和紐の髪飾り、鮮やかな赤い瞳。
     人呼んでお助け大将────キタサンブラックが泣きそうな顔をしていた。
     普段から明るく元気で快活な彼女には、珍しい状態である。

    「大変って、どうしたんだ?」
    「その、アースさんが、アースさんがぁ……!」
    「アースに何かあったのか!?」

     担当ウマ娘の名前に、思わず反応してしまう。
     キタサンブラックはアースも強く興味を持っていて、口説きに耐えた人物の一人だ。
     俺も何度か会話を交えたことがあるが、少なくとも嘘をつけるタイプではない。
     つまり、アースの身に只ならぬことがあったということ。
     襟を正して、俺は彼女からの言葉を待つ。

    「すごく────おかしいんですっ!」
    「……えっ今更?」
    「そうだけどそうじゃないんですよっ!」

     声を荒げるキタサンブラック。
     しかしながら先ほどまで元気に会話していたわけで、体調が急変するもと考えづらい。
     事故か何かを心配していたのだが、彼女の言葉からその様子も感じ取れない。
     やがて業を煮やしたのか、キタサンブラックは俺の手を掴み、走りだそうとする。

    「とにかく来てあげてくださいっ!」
    「あっ、ああわかった、それでどういう状態なんだ?」

     俺からの問いかけに、キタサンブラックは顔をこちらに向けて、必死な形相で言葉を紡いだ。

    「廊下で急に真っ赤な顔を両手で押さえてしゃがみ込んじゃったんですっ! あたしが何を言っても首をブンブン振るだけで何も言ってくれなくて! 耳や尻尾はぴょこぴょこ反応しているんで何かあったに違いありません! さあさあ! 早くアースさんのところに来てあげてくださいっ!!」

  • 9二次元好きの匿名さん23/10/21(土) 02:53:14

    お わ り
    これが後からどんだけエアプになるんだろ

  • 10二次元好きの匿名さん23/10/21(土) 03:04:16

    照れアースいいよね……いい……

  • 11二次元好きの匿名さん23/10/21(土) 03:51:16

    たすかる

    非常にたすかる

  • 12二次元好きの匿名さん23/10/21(土) 03:53:03

    >>9

    内容が最高だから問題ない

    エアプになったらなったで修正入れつつもっかい脳内で再生するからええんやで

  • 13二次元好きの匿名さん23/10/21(土) 03:54:49

    良いよね…

  • 14123/10/21(土) 07:27:19

    感想ありがとうございます

    >>10

    あのキャラでちゃんと照れてくれると個人的には良い

    >>11

    早く供給を増えて欲しいですなあ

    >>12

    どれくらいの修正が必要なのか……

    >>13

    アース良いよね……

  • 15二次元好きの匿名さん23/10/21(土) 07:52:05

    最高に面白いし可愛いじゃないか…ありがとう

  • 16二次元好きの匿名さん23/10/21(土) 08:37:05

    >>9

    「真の地球のメロディ」は懐が深いからセーフセーフ

  • 17二次元好きの匿名さん23/10/21(土) 08:58:25

    たづなさんの壁ドンの恐ろしさはちょっと違う気がするなぁ?!?!

  • 18二次元好きの匿名さん23/10/21(土) 16:32:03
    この顔を30秒眺めてください|あにまん掲示板ドキドキしてきたでしょう?それが乙女心ってやつですbbs.animanch.com

    このスレでも言われてたけどほんとにこいつは逆に相手から押されるのがよく似合うわ

  • 19123/10/21(土) 19:32:32

    感想ありがとうございます

    >>15

    そう言っていただけると嬉しいです

    >>16

    やはりTHIS地球は全てを解決する

    >>17

    どっちも顔が良いのは間違いないから……

    >>18

    防御力はよわよわであって欲しいけど少なくともバイオリン型スピーカーで堂々とエア演奏を披露するメンタル強者なのは確定してるんですよね…

  • 20二次元好きの匿名さん23/10/21(土) 19:39:49

    このレスは削除されています

  • 21二次元好きの匿名さん23/10/21(土) 21:16:45

    多分股ドンも追加してたら取り繕いきれてなかった

  • 22123/10/21(土) 22:31:53

    >>21

    多分トレーナーの方にそこまでする度胸がなさそう

  • 23二次元好きの匿名さん23/10/22(日) 03:18:27

    あぁ〜いい…
    やっぱり攻め攻めな子が思わぬ反撃を喰らって蕩けるのは健康にいいですね…

  • 24123/10/22(日) 07:38:39

    >>23

    我が道を行くタイプのそういう顔は万病に効く

  • 25二次元好きの匿名さん23/10/22(日) 07:41:37

    アースに壁ドンされたい気持ちとしたい気持ちが2つある~状態だったから助かる…

  • 26123/10/22(日) 18:32:09

    >>25

    したいしされたいよね……ワカルマン

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