変なオジサンの話

  • 1二次元好きの匿名さん23/10/24(火) 23:56:39

    随分昔、まだオレがガキンチョだった頃の話なんだけどさ。
    町の名前は伏せるんだけど、当時オレが住んでたトコにはいわゆる「名物おじさん」みたいなのが居たんだよ。
    ボッサボサの白髪をバッフロンみたいにして、ちょうどキタカミの里みたいな緩いジンベエ着てて。小汚い、老人に片足突っ込んだようなオジサンだよ。
    そいつは大抵、日が出てる時は公園のベンチに陣取って、なんかボソボソ言ってるんだ。
    両手で大事そうにモンスターボール抱えてさ、薄気味悪いよな。でも、それだけ。
    向こうからは何もしてこないし、何なら子連れにベンチ譲ってんのも見たことあるぐらい話は通じてそうだった。無害極まりないって感じで、周りの対応はもう公園の風景とおんなじようなもんだったと思う。
    当時のオレの通学路は、オジサンのいる公園を通り抜けると近道で。毎回ヤツの目の前を横切って家路に着いてた。だからオレも特に気にしてはなかったんだよな。
    だけどある日、オレはふとオジサンが何を喋ってんのか気になった。まぁあんだけ近くで、あの奇行を見続けてるんだからいつかは興味が出るって話だな。しかも喋りかけてる相手がモンスターボールときた。ポケモン出すわけでもなく、モンスターボール越しにだぜ?そりゃ、気になる。
    ただ、人間不思議なもんで。一度気になるとさっきまで風景だったモノにも過剰に警戒してしまう。普段勢いよく横切ってた公園もなかなか通れなくなっちゃうんだ。暫くはオレの方が挙動不審に見えて、周りから心配される時期が続いた。

  • 2二次元好きの匿名さん23/10/25(水) 00:20:53

    で、チャンスは突然訪れた。
    その日は確か体験入塾とか何とかで習い事に行かされて、帰りが遅くなってしまったんだよ。
    本来なら母さんに向かいにきてもらうはずだったんだけど、そんな日に限ってうっかり酒飲んじゃったから車運転できないって。
    幸い塾から家は通学路の延長みたいな感じで、オレはまぁ徒歩で帰ることにしたんだ。
    夜の町ってのは通い慣れてる道でも案外分からないんもんで、オレは何度か転んで擦り傷を作っちまった。ジンジン響く痛みはガキンチョには結構辛い。
    それで、少し涙声が漏れてしまった。

    ちょうどあの公園の辺りで。
    オレはそれに気づいて、俄然不安になった。アイツが居たらどうしよう。昼は安全でも夜が安全かは分からない。脳裏にあの関わりたくない風貌が浮かんでくる。どうか、どうかオジサンが居ませんようにと縋るように周りを見渡したら

    偶然そのオジサンと目があっちゃったんだ。

    オレは今すぐにでも逃げ出したかった。だけど頭が真っ白になって、暫く動けなかった。そして、相手も黙りこくっていた。嫌〜に長い沈黙だけが夜の公園に響いている。そのまま一分なのか二分なのか。
    体感ではもう永遠にも感じられた。

    頼む、命だけはとまで思考が行きかけた時にオジサンは口を開いた。痰混じりの粘ついた声だった。

    「け、け怪我してんじゃないか坊主、ちょっと待ってろよ」

  • 3二次元好きの匿名さん23/10/25(水) 00:40:17

    オジサンはオレをベンチに座らせて、それから懐をゴソゴソして何個かのきのみを取り出した。
    「こ、こいつならお前ぇにも使えるだろ…ちょっと傷口見せろ、ほら!」

    本当に怖かった。どこに入れてたんだと言いたくなるような生暖かい、しかもポケモン用のきのみを、無理に押し当てられて。
    果汁が傷口に染み込む。ジュワリと痛みが広がってオレの頭の中で何かが弾け飛んだ。

    「ぉおい!待て!あぁあぶな、危ないからら!」

    必死の全力疾走。どうか、どうか家まで無事に帰らせてくれと。自分のありったけの力で。

    一歩、二歩、三
            四

              五
                六七八転倒。

    砂に塗れる。擦り傷に粒が深く突き刺さった。痛みで動けなくなる。後ろから足音がどんどんどんどん大きくなってくる。
    もう、オレはここで終わりだと思った。殺すなら殺せ、せめて楽に殺せ!とまで投げやりになった。

    「ぃいやゃ、殺すなんてとんでもねぇよょ!?」

    オジサンは何故か、意思を汲み取った上で真摯に答えてくれた。そこがまた怖かった。

  • 4二次元好きの匿名さん23/10/25(水) 00:55:09

    ベンチにもう一度座らされて、オレはもうずうっと泣いてた。心のどこかがダメになってしまってるみたいに、声も出ないのに目から涙が止まらなかった。
    それを見てなのか、オジサンはずうっとオドオドしながら、こっちに顔を向けてを顔をめちゃくちゃにひん曲げたり、ニャースとオジサンのキメラみたいな、嫌な金切り声で成立してもないジョークを繰り返し唱えた。

    きっと彼は、不器用なりにも優しく接してくれたのだろう。だけど、どれもこれも年齢一桁のオレには恐ろしすぎた。どんどん涙の量が増えてく。足元に水溜りができ始める。オジサンの困惑も大きくなり続け、ついに彼も何故か泣き始めた。大声で泣き喚き始めた。

    「パニック中に誰かのパニックを見ると人は平常心に戻る」とはよく言ったもので、オレの頭の中で遂に何かが一周した。みるみるうちに冷静になっていく。
    気づくと、何故かオレがオジサンを慰めていた。

  • 5二次元好きの匿名さん23/10/25(水) 01:15:33

    オジサンはずうっと吃りながら、やがてポツリポツリとオレに身の上話を聞かせてきた。
    彼曰く、自分は昔それなりに名の知れたポケモントレーナーだったという。

    相棒の二匹のポケモンと共に、どんな環境でも適応して新たなエリアを切り開く。いわゆる人類未到の地というのを好んで冒険してきたんだ、と。
    やれあの洞窟は実は例の砂漠と繋がってるだの、鉱山になる前のネジ山に登ったことがあるだの。
    どこか目をキラキラさせて、まるでオレと同い年のガキみたいに浮ついた声で。

    ふと、そこで気になった。オジサンの相棒は二匹と言っていたが、今彼の手元にあるモンスターボールは一つだ。

    もしかしたら、オレのクエスチョンの答えがここにあるかも知れない。少し躊躇したが、好奇心が勝った。

    「オジサン、もう一つのモンスターボールは?」

    急に嗚咽が止まった。彼は至って落ち着き払ったように、ゆっくりと話し出した。

  • 6二次元好きの匿名さん23/10/25(水) 01:37:51

    ある時、オジサンはいつもの、一人と二匹の布陣でね。伝説のポケモンがいるとも言われる未踏峰、つまり誰も登りきったことのない山を登ることになったんだ。
    オジサンはとにかく慎重だからね、天気も、風向きも、全員のコンディションも最高の状態で臨んだよ。それこそ1年間も張り付いて。
    おかげでその日は快晴、相棒達もとにかく元気だったよ。全ては順調に進んでいた。

    全体の半分まで登り切った時だ。
    突然、急激に吹雪いてきた。いや、これくらいは想定内。ポケモンの居る山で天気がずうっと一定なんてありえないからね。
    野生で「ゆきふらし」を持つポケモンがいる事も把握していたよ。ちゃんと対策はあった。
    ポケモン達は天気を変える力を使えたんだ。
    特に「ポワルン」……知ってるのかい、勉強熱心だね。そう、彼のおかげもあってオジサン達はここまで来れたんだよ。

    ところが、アクシデントはもう一つあった。
    吹雪は思いのほか強く、そして長かったんだ。そして、ポワルンの相方はあまりの吹雪の強さのせいで力を発揮できなかった。計算では、二匹合わせてこの山は登り切れるはずだったのに。……連携を取れなかったんだ。責任は、私にある。

    私たちは登頂を諦め、相棒を失って下山したんだ。たった一つのチームの命も守りきれない、こんなことでは冒険者失格だ。それで、私はこの街に骨を埋めることにしたのさ。

    ……相棒の故郷なんだ、この街は。

  • 7二次元好きの匿名さん23/10/25(水) 01:51:46

    オレはなんだか、とても申し訳なくなった。これまで恐怖の対象だったオジサンが何者なのか。そして、どんな道のりを経てここに辿り着いたのかを知ったから。……彼は、きっとこんな公園でもポケモンを放つ資格が無いと思っているのだろう。

    一通り話すと、オジサンは突拍子もない提案をしてきた。

    「坊主、私じゃもう残った相棒をどうする事もできないんだ。コイツは遠慮してくれてるが、きっとまだ冒険への意思に燃えてる。オジサンのために、そしてコイツの未来の為に、どうかこのボールを受け取ってくれるかい?」

    ……うん、オレ、絶対大事にする。
    オジサンの見れなかった景色も、一緒に見てくるから!だからそれまで長生きしてくれよ!

    「……ありがとう。さ、こ、ここまで長く付き纏ってるとオジサン捕まっちゃうからね。気をつけてお帰り。」

    歩き始めると、すっかり足の痛みは消えていた。さっきのきのみを思い出す。きっと、あれも冒険家の知恵なのだろう。

    モンスターボールを大事に抱えて、オレは家路を急いだ。

  • 8二次元好きの匿名さん23/10/25(水) 02:14:21

    次の日から、オジサンは消えていた。
    夢を冒険家に定めたオレは、出来かかった師匠の行方を必死に探したけど、どこにも。本当にどこにも見当たらなくなった。
    とても寂しかったが、それでも彼の遺してくれた夢のために、オレは再びもうオジサンのいない通学路を歩き出した。

    これがオレの体験したあるオジサンの話だ。
    今オレは、あのモンスターボールに入ってたポワルンとともに世界各地を冒険して回っている。先月は遂に、オジサンが立てなかったあの頂に立つことができた。彼がいる場所は分からないけど、少しでも僕たちの存在が届いていたら、それより嬉しいことはない。

  • 9二次元好きの匿名さん23/10/25(水) 02:15:09

    ……ところで一つ、引っかかってることがあるんだ。オジサンのもう一匹の相棒について。
    「連携が取れなかった」とオジサンは言ってたけど、普通天気を変える技は単独で使うことができる。コンディションが最高なら「うまく力を発揮できなかった」なんてことは起きないはずだ。
    ……もしかして、もう一匹は自力で天気を変えることができなかったんじゃないか?
    ポケモンの技は一匹に四種までだ。オジサンの手持ちは二匹。
    両方が天気要因だと、使える技枠が一つ減ってしまう。
    あそこまで、準備を欠かさないオジサンの手持ちにしては、違和感がある。

    ポケモンの技には幾つか相手の技をコピーできるものがある。オウムがえし、さいはい、ものまね……へんしん。

    ……あのオジサンは本当にオジサン本人なのか?

  • 10二次元好きの匿名さん23/10/25(水) 02:16:22

    彼は何故か一人称を使い分けている。彼には「私」と「オジサン」を使い分ける必要があったのではないか?

    何故彼は僕にこのモンスターボールを託した?「トレーナー」じゃない彼はモンスターボールを「開けなかった」のではなく、「開けられなかった」のではないか?

    彼は、唯一残った相棒を託すために、「オジサン」を演じていたんじゃないか?

    ……いや、考えすぎだな。忘れてくれ。
    あー、何というか。変なところに着地してしまったな。
    ひとまず、これで昔話はお終いだ、聞いてくれてありがとよ。

  • 11二次元好きの匿名さん23/10/25(水) 02:35:47

    手当が乱暴だったのは、そもそも人じゃなかったからかな
    一人ぼっちでどこにいっちゃったのかね 登頂見ててくれてたらいいね

  • 12二次元好きの匿名さん23/10/25(水) 06:59:20

    おじさん……

  • 13二次元好きの匿名さん23/10/25(水) 09:06:28

    とりあえずちょくで打ち込まないでテレグラフでまとめて打ってくれると読みやすくて助かる

  • 14123/10/25(水) 10:46:34

    あれっ!?消えてる!?ナンデ!?


    >>13


    変なオジサンの話随分昔、まだオレがガキンチョだった頃の話なんだけどさ。

    町の名前は伏せるんだけど、当時オレが住んでたトコにはいわゆる「名物おじさん」みたいなのが居たんだよ。

    ボッサボサの白髪をバッフロンみたいにして、ちょうどキタカミの里みたいな緩いジンベエ着てて。小汚い、老人に片足突っ込んだようなオジサンだよ。

    そいつは大抵、日が出てる時は公園のベンチに陣取って、なんかボソボソ言ってるんだ。

    両手で大事そうにモンスターボール抱えてさ、薄気味悪いよな。でも、それだけ。

    向こうからは何もしてこないし、何なら子連れにベンチ譲ってんのも見たことあるぐらい話は通じてそうだった。無害極まりないって感じで、周りの対応はもう公園の風景とおんなじようなもんだったと思う。

    当時のオレの通学路は、オジサンのいる公園を通り抜けると近道で。毎回ヤツの目の前を横切って家路に着いてた。だからオレも特に気にしてはなかったんだよな。

    だけどある日、オレはふとオジサンが何を喋ってんのか気になった。まぁあんだけ近くで、あの奇行を見続けてるんだからいつかは興味が出るって話だな。しかも喋りかけてる相手がモンスターボールときた。ポケモン出すわけでもなく、モンスターボ…
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  • 15二次元好きの匿名さん23/10/25(水) 10:47:15

    お~まとめて読みたかったのでありがたい

  • 16二次元好きの匿名さん23/10/25(水) 11:08:20

    良い雰囲気の作品だ

オススメ

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