- 1二次元好きの匿名さん23/10/25(水) 22:57:39
浜辺の合宿所の夜。
今夜は、担当で愛バのエイシンフラッシュとの、最後の夏合宿の、最後の日の夜でもある。
彼女とは、この夏もたくさん思い出を作った。
力の極限まで、一緒にトレーニングした。
時間一杯まで、一緒に話をした。
タイムリミットまで、一緒に夏祭りを楽しんだ。
でも、それももう終わり。
そう、頭ではわかっているものの、心は落ち着かなくて。
最終日の、夜回りの当番となったのだ。
――どうせ、眠れないだろうから。
薄暗い蛍光灯の灯りだけを頼りに、木造の合宿所を歩く。
年季の入ったそれは、ギシギシと軋んだ音を立てて。
外から聞こえる、夏の虫のハーモニーとは違う、不快な音を奏でている。
寄せては返す、静かな波の音。
先ほどまで、祭りの余韻の鐘の声が響いていたのが、嘘のような静寂。
開け放たれた廊下の窓からは、涼しげな風と共に、やさしげな星々の煌めきが、そっと入ってくる。
「トレーナーさん?」
不意に、声をかけられる。
出所を探せば、それは廊下の突き当たりの、少しだけ大きな窓際。
そこに、慣れ親しんだシルエットが、顔を覗かせていた。 - 2二次元好きの匿名さん23/10/25(水) 22:58:06
「フラッシュ。どうしたの?」
「――今日が、貴方と過ごす最後の夏合宿でしたから。なんだか、寝るのが勿体なくて。目が冴えてしまいまして」
フラッシュの元へ歩み寄ると、彼女と一緒に月を見上げる。
薄雲がかかり、うすぼんやりとした光を浴びる。
「それより、トレーナーさんはどうしてこちらに?」
「夜番の見回り。トレセン学園の生徒は品行方正だけど、それでもたまには抜け出す娘がいるからね」
「今の私のように、ですね?」
クスクスと笑うフラッシュ。
――そうだ。
さっき、話しかけられた時の疑問を聞いてみる。
「そう言えば、なんでさっきは俺ってわかったの?」
「トレーナーさんの足音ですから。何千回、何万回と聞いた愛する貴方の足音を、聞き逃すはずも、聞き間違えるはずもありません」
「何を当たり前のことを」といった顔で、平然と返すフラッシュ。
その時、満月にかかった雲が消え、彼女の全身が浮かび上がる。
深夜にもかかわらず、パジャマ1枚という薄着。 - 3二次元好きの匿名さん23/10/25(水) 22:59:15
「ありがとう」
だから。
それだけを言うと。
手早く着ていたパーカーを脱ぎ、彼女の方に掛ける。
「夏とは言え、海辺は冷えるから、そのパジャマだけでは冷えるよ」
「それなら、貴方が温めてくれませんか?」
すると、左隣のフラッシュが、こちらにしなだれかかってくる。
ゆっくりと左右に揺れるウマ耳が、薄いTシャツの生地越しに胸を刺激してくすぐったい。
彼女の綺麗な尻尾が、くるりと一巻き、俺の腰を一周した。
「今日は、甘えん坊だね」
左手で、彼女の腰を抱き寄せると。
右手で、ゆっくりと彼女の髪を撫でる。
「――そうですね。たくさんの思い出の詰まったこの場所での、貴方と過ごす最後の夜になるかもしれないと思うと、いささか感傷的になっているのかもしれません」
「――それは、俺も同じだよ。フラッシュとの日々がずっと続いて欲しいと思っているけど、時間は流れていく。だから、今日あえて夜番に入ったんだ。今のフラッシュと一緒で、今夜は眠れないと思ったから」
「……っ!」
フラッシュの、息を呑む気配。 - 4二次元好きの匿名さん23/10/25(水) 22:59:57
「……こんな時でも、貴方は私を口説くのですか? まるでWerwolfですね」
「ヴェアヴォルフ?」
「知りませんか? 満月になると、オオカミになってしまう男の伝説を。トレーナーさんも男性ですから、このような美しい満月の日には、私を狙っているのでしょう?」
茶目っ気たっぷりに、こちらを揶揄うフラッシュ。
巻き付けられたままの尻尾が、パタパタと先の方だけ揺れて。
機嫌の良さを、示している。
「それは、違うな。美しく、可愛らしくて、気立ての良いフラッシュのことは、満月に関係なく、いつも狙っているから」
「……っ!」
彼女の腰に回していた左手を操って。
フラッシュを抱き寄せると、両腕でギュッと抱き締める。
それから。
「さあ、そろそろ寝なさい。帰るまでがイベントだからね。明日、いつものフラッシュになれるように。眠れなくても、横になっていれば案外疲れは取れるものだよ」
「……いやです」
彼女に部屋に戻るように促すと、珍しく反抗した。
「まだ、トレーナーさんと離れたくありません。スケジュールに支障をきたすのは十分理解しています。それでも、心が。貴方とここで別れることを、驚くほどに拒否してくるのです」 - 5二次元好きの匿名さん23/10/25(水) 23:00:50
溜息を、吐く。
だが、日頃からひたむきで素直な、身勝手なことを言わないフラッシュの、珍しいおねだりだ。
――叶えて、あげたい。
「仕方ないな。今日は宿直だから、宿直室で1人だったんだけど、一緒に来る?」
「良いんですか!?」
「しょうがないじゃない。天使のように可憐なお姫様の我がままに、男は弱いんだから」
「……っ!」
「でも、朝までね。朝になったらちゃんと自分の部屋に帰ること。そうしないと、みんなが心配しちゃうから」
彼女の、腰と膝に手を回して、ゆっくりと抱き上げる。
お姫様抱っこ。
自分とフラッシュとの間では、よくやっているがゆえに、彼女はスムーズに手をこちらの身体に回してくれる。
「フラッシュ、この体勢好きだよね?」
「貴方も、でしょう? 私も好きなのは認めますが。この状況、貴方に包まれて、大事にされている感じがして、とても心がポカポカしてきますから」
「……否定はしない」
彼女の重みを感じながら。
鴬張りのように鳴る廊下を、ゆっくりと歩く。
大事に、丁寧に、手を離さないように。 - 6二次元好きの匿名さん23/10/25(水) 23:01:26
――いつしか、月は中空を過ぎて。
――恥ずかしがるように、その身を叢雲に隠してしまっていた。
――フラッシュという花には、こんなに素敵な風が吹いているのに。 - 7二次元好きの匿名さん23/10/25(水) 23:04:06
これで終わりです。
ありがとうございました。
初めてのスレ建てなので、至らない点もあると思いますが、よろしくお願いいたします。 - 8二次元好きの匿名さん23/10/25(水) 23:06:27
あーいいですねぇ!非常に良いです、寿命が延びますねぇ!
- 9二次元好きの匿名さん23/10/25(水) 23:08:07
助かる
- 10二次元好きの匿名さん23/10/25(水) 23:15:11
えっちえっち!
- 11二次元好きの匿名さん23/10/25(水) 23:41:52
こういうのが欲しかった ありがたい
- 12二次元好きの匿名さん23/10/26(木) 07:55:33
ほしゅ
- 13二次元好きの匿名さん23/10/26(木) 17:36:08
- 14二次元好きの匿名さん23/10/26(木) 21:20:20