- 1二次元好きの匿名さん23/10/31(火) 23:24:19
トレーナー室には、コーヒーの木がある。
担当で愛バのマンハッタンカフェと行った、いつもの珈琲豆の店で貰ったものだ。
50cmくらいの鉢植えは、いつもテーブルの端に置かれて、コーヒーを飲む2人を楽しませている。
「――あれ?」
ハロウィンという、その日。
朝練から戻った2人が目にしたのは。
小指の爪ほどの、小さく生った2粒の果実。
「コーヒーの実ですね……。私も気が付きませんでした。そう言えば、初夏に花が咲いていたかもしれません……」
シャワー上がりのカフェが、しげしげと眺める。
早目に点けた暖房は。もう部屋全体を温めていて。
コーヒーの木も、心なしか喜んでいるように見えた。
「そっか。これが、いつもカフェに淹れて貰っている、コーヒー豆になるんだなあ。なんか楽しみ。飲めるかな」
大きめのバスタオルで、タオルドライで髪を乾かすカフェから、ジャスミンのような香りが舞う。
コーヒーの木を見るカフェから、笑みが零れる。
それから、鈴を転がすような声。
「それはちょっと難しいですね……。2粒しか生っていませんし……。なにより、ここから熟して赤くなるまでには、来年の春を待たなければなりません。冬を越せるかどうか……」
「そうなんだ。それはちょっと残念だなあ」
「でも、まだダメと決まったわけではありませんから……」 - 2二次元好きの匿名さん23/10/31(火) 23:24:45
シャワー上がりのストレッチまで終えたカフェが、ソファの隣に腰掛けてくる。
コトリ、と。
手ずから淹れてくれた、深い煤竹色のコーヒーが、目の前に置かれる。
いつものように、カフェに頭を預けられる。
彼女の、体操服越しにも感じる柔らかい肌。
髪から匂う、シャンプーの甘い香り。
安心しきった顔で微笑む、彼女のかんばせ。
微かに聞こえるのは、御機嫌なカフェの小さな鼻歌。
「ありがとう」
礼を言ってから、目の前のブラックコーヒーを啜る。
朝の目覚めに、少しだけ濃い目に淹れられたそれは、秋の寒さまで吹き飛ばしてくれるような温かさ。
「……そう言えば、今日はハロウィンでしたね」
思い出したように、カフェが呟く。
「そうだね」
「このような……特別な日には……、よくないものも現れるかもしれません。お気をつけて……」
「そうするよ」
その言葉に、満足気な顔をして。
静かに、身体を離すと。
後片付けをして、カフェは学び舎へと戻って行った。 - 3二次元好きの匿名さん23/10/31(火) 23:25:07
そして、昼。
午前中、ずっとトレーナー室でパソコンとにらめっこしていたので、どうにも身体が強張っている。
……と。
「トレーナーさん、どうぞ」
不意に。
有線マウスの隣に。
コーヒーが、置かれる。
「君は?」
振り向くと、そこに居たのは。
ウマ耳の先から、ウマ尻尾の毛先まで、寸分違わぬいつものマンハッタンカフェ。
だが、纏う雰囲気が、なにか違う。
「カフェ、とお呼びください」
「……それは、聞けないな。『カフェ』と呼ぶのは、担当だけと決めているから」
「では、エスプレッソ、と」
「わかった。で、エスプレッソ、これはなに?」 - 4二次元好きの匿名さん23/10/31(火) 23:25:37
目の前のカップを指差す。
「コーヒーです。なにも入っていませんよ?」
カフェと同じ私服を身に着けて。
くすくす、と笑う彼女。
確かに、変な匂いもしないし、見た目は普通のコーヒーに見える。
「どうして?」
「トレーナーさんが、飲みたいとおっしゃっていましたから」
「……そんなこと、言ったかな?」
とは言え。
見た目は、明るいマンハッタンカフェといった感じのエスプレッソ。
その彼女が、目をキラキラさせて。
こちらが飲むのを、今か今かと期待しているのを見ると、イヤとも言いにくい。
――ええい、ままよ!
おそるおそる、口にそのコーヒーを運ぶと。
「……酸っぱい。苦い」 - 5二次元好きの匿名さん23/10/31(火) 23:25:55
「――そうですか」
こちらが申し訳なるくらいに、意気消沈して。
がっくりと、力を落とす彼女。
手に持ったお盆まで、泣いているかのように、ひそやかに動いている。
「ごめん」
いたたまれなくて、目を逸らすと。
次の瞬間には。
淡雪の溶けるように、彼女の姿がかき消えて。
まるで、最初から誰もいなかったかのように、跡形もなくなっていた。
「……えっ?」
ただ、これが夢じゃないと示すように。
少し冷めたコーヒーの水面が、穏やかに揺れていた。
最後に見た、エスプレッソの瞳のように。 - 6二次元好きの匿名さん23/10/31(火) 23:26:20
放課後。
カフェが、いつものようにトレーナー室にやってくる。
ただ、いつもと違ったのは。
入ってくるなり、キョロキョロと周りを確認して。
それから、ペタペタとこちらに触ってきたところ。
「……アナタは、無事ですか?」
「無事だけど、なにか?」
「……この部屋から、人ならざる気配の残滓があります。アナタがなにもなくて、本当に良かった……」
「そう言えば、不思議なことがあったよ?」
昼休みの顛末を、彼女に話すと。
「……本当に、アナタは無防備です。もっと気を付けてください……。もしかすると、手遅れになっていたかもしれないんですから……」
「でも、悪意は感じなかったよ?」
「それでも……、です……」 - 7二次元好きの匿名さん23/10/31(火) 23:26:51
一通りお説教が終わると。
カフェは、いつものコーヒーを淹れてくれる。
午後のコーヒーは、薄めのアメリカン。
普段のように、隣に腰掛けて、
あいも変わらず、頭を預けてくれるカフェ。
彼女の、サラサラした絹のような髪が触れる。
彼女から薫る、安らげるコーヒーの匂い。
静かに上下する胸から聞こえる、控えめな呼吸音。
満足気に目を瞑り、頬の緩んだ彼女の表情。
ゆっくりとカフェの髪を梳くと。
「んっ」と。
彼女の唇から、心地よさげな吐息が洩れた。
そんな、2人を。
1粒の果実を付けた、コーヒーの木が。
昵と、テーブルの端から見つめていた。 - 8二次元好きの匿名さん23/10/31(火) 23:27:19
これで終わりです。
ありがとうございました。
至らない点もあると思いますが、よろしくお願いいたします。 - 9二次元好きの匿名さん23/10/31(火) 23:42:26
いい雰囲気だ…こんなオバケなら大歓迎だな
- 10二次元好きの匿名さん23/10/31(火) 23:44:34
これ夜にリベンジマッチに来ない?
- 11二次元好きの匿名さん23/10/31(火) 23:46:55
まだ熟してないから珈琲不味かったんだな…
不思議で優しい雰囲気よかった - 12二次元好きの匿名さん23/10/31(火) 23:54:17
熟したらもう1回出てくるのかなぁエスプレッソ…
でもそれでお別れになっちゃうのも寂しいしなぁ… - 13二次元好きの匿名さん23/11/01(水) 00:05:34
不思議で素敵な作品だ……
>「……本当に、アナタは無防備です。もっと気を付けてください……。もしかすると、手遅れになっていたかもしれないんですから……」
>「それでも……、です……」
ここら辺のカフェのじんわり滲み出てるヤキモチがめちゃくちゃ可愛いな
- 14二次元好きの匿名さん23/11/01(水) 00:17:49
よくわからないものがお出しするものを「飲んだ」ら何が起きるかわからないからね仕方ないね
- 15二次元好きの匿名さん23/11/01(水) 07:59:13
ほしゅ
- 16二次元好きの匿名さん23/11/01(水) 08:03:07
怪異は怪異でもエスプレッソちゃんは生きてるからヨモツヘグイにならなかったのは幸いだった。
多分気合で越冬する気だこの子。 - 17二次元好きの匿名さん23/11/01(水) 08:24:44
秒でカフェじゃないと分かるのキモイ(褒め言葉)
なんだこのニュータイプはカフェのこと好きすぎんか - 18二次元好きの匿名さん23/11/01(水) 19:07:09