【長文怪文書・トレウマ注意】いつまでも共に、そして巡り合う

  • 1【今一度、あの頃の君と】23/11/05(日) 02:20:48

    桜も散りかけ春も終わろうとしている頃、とある家の部屋に一人の老人がベッドで上半身を起こしている。
    その側には歳を取り白髪になった一人のウマ娘が椅子に腰掛けながら、そしてその周りには二人の子供とその家族が老人を見守っていた。
    「昨日までが嘘みたいに…大丈夫なのですか?」
    「いや、もう長くはないさ。最期の力を振り絞ってるのか、神様が少しだけ時間をくれたんだと思う。でもこうしていられるのもグルーヴのおかげだ…」

    椅子に座っているのはかつて女帝としてその名を轟かせたエアグルーヴ。そしてベッドにいるのは女帝の杖たる彼女の元トレーナーでもある夫。おしどり夫婦として名高い二人であったが、その終わりの時が刻一刻と近づいていた。

    「何か、して欲しい事はありますか?」
    そうグルーヴに尋ねられた彼は少し目を瞑った後に口を開く。
    「最期に…君と…"あの頃"の様に語り合いたい」
    「え………?」
    「今だけ…二人で"あの時"に戻ってみたいんだ」
    まさかの言葉に一瞬目を丸くしたグルーヴであったが、その意図を理解し微笑んだ。
    「分かりましたよ。…ショパン、そこの化粧箱を持ってきてくれるかしら?」
    二人が最後に授かった娘…その出産時にグルーヴは生死を彷徨ったが奇跡的に一命を取り留めた。その時産まれた娘の名前がショパンである。

    グルーヴの言葉にはいと答えるとすぐさまショパンは化粧箱を持ってきた。グルーヴはそれを受け取り箱を開け、普段のものとは違う久しぶりのアイシャドウを塗り、大事にしまっていたあの時の耳飾りを取り付ける。
    そして彼女は深呼吸して彼へ向き直ると———
    「全く…最期の最期でそれを望むとは…相変わらず貴様は変わり者だな」
    「そういう君も満更ではなさそうじゃないか」
    「たわけ」
    その瞬間、周囲の空気が変わった———

    その光景を見た全員が息を呑んだ。
    そこにいたのは普段の様なおしどり夫婦ではなかった。
    子供たちがテレビの映像や写真でしか見ることができなかったその姿。
    かつてレースを席巻し周囲から模範とされ畏敬の念を抱かれてきた女帝エアグルーヴ。そしてそれを支え続けてきた杖たるトレーナーの姿がそこにあったのだから。
    そして女帝と杖はあの時の思い出を語り始める。

  • 2【回憶〜女帝と杖の旅路〜】23/11/05(日) 02:22:24

    「思えばこの頃だったかな。君が前のトレーナーとの契約を破棄して俺と出会ったのは。それで契約する条件として……」

    『トレーニング以外には口出しするな。守れないなら分かっているな?』
    『分かった。それじゃあよろしく』
    『ふん…』

    それを聞いて周囲は驚いた。よく語られる話ではあるが自分達の親の出会いがドラマチックの様な出会いではなく、成り行きで、しかも母が父をレースに出られる条件を満たすだけの存在…そうみなしていた事が本当であったことを。
    「あの時は仕方あるまい。トレーナーという存在に反吐が出る程不信感を抱いていたからな…」
    「最初はそれでも良かったさ。でもレースに生徒会に後輩の指導に…それを全て一人で抱え込む君の姿を見て放っておけないと思ったんだ…」
    「それであの時私との言い争いもあったからな…」

    『貴様…トレーニング以外に口を出すなと言ったのが分からないのか!』
    『全て一人でこなすのは無茶だ!出来る事は手伝うから少し休んで!』
    『そんなものなど必要ない!貴様などに心配される筋合いもない!私を無礼るな!』
    『君が目指し超えようとする母親の背中は!君が目指す理想や模範たる姿は!そんな独りよがりで成せるものなのか!エアグルーヴ!』
    『———ッ!?』
    それは杖が初めて主の道を示し直した思い出———

    「まぁその後"偶然"通りかかった会長さんの仲裁とか色々あって仲直りしたもんな」

    『ごめんグルーヴ…言い過ぎた…』
    『私こそ意固地になってしまいすまなかった…』
    『グルーヴ、頼りない俺だけどさ……その…』
    『それ以上は言わなくとも良い…頼ってやる…そこまで貴様が言うのなら頼ってやる。いつどんな時でも貴様を頼ってやるからな!』
    それは二人が本当に共に歩み始めた思い出———

  • 3【回憶〜女帝と杖の旅路〜】23/11/05(日) 02:22:54

    「あの時の貴様の言葉で気付かされた…全て一人でこなす事が理想への道だと決めつけていた事を…そしてそれが全てだと思い込み他人の意見を拒み…それは私の理想とは程遠い所に居たと…」
    「それに…貴様だけは違った。今までの者は私の理想そのものに疑問を呈してきた…だが貴様は私の理想のあり方に疑問を呈して…私の理想を否定しなかった…」
    「そんな貴様にいつしか私も惹かれていた…そして貴様の事を放っておけなくなった…」

    『貴様…私が作ってやるから食事くらい摂ったらどうだ?』
    『ふ…ふふふっ…ここまで掃除に燃える日が来るのは初めてだな!』
    『たわけ!あの時私に言っておきながら無理して倒れる奴がいるか!あの時貴様が言ったように…私を頼れ…いつでも私を頼ってくれ…!』
    それは女帝の心に何かが芽生えた思い出———

    最初は二人の出会いに驚いていた周囲だったが、話を聞くにつれ、目の前の二人が自分達が知っている二人になるルーツがそこにあると納得の頷きをしていた。
    「そうして互いに理解しあってレースに臨んでいったんだよな。…悔しい思いも沢山させてしまったけど」

    『勝たせてあげられなくてごめんなグルーヴ…』
    『何を謝るんだ。次勝てば良い。全て勝てなければ理想へ至れないとは微塵も思わん。…ただ、今は少し…こうさせてくれ…ううっ…』
    それは敗北が二人の糧となり絆となった思い出———

    「それがあるからこそ勝った時の喜びも一層強くなった。たとえ負けてもそれまで積み重ねたものは無駄ではない…それを貴様は教えてくれたのだぞ?」

    『オークス優勝おめでとうグルーヴ!』
    『ああ…ああ!貴様がトレーナーで良かった…!』

    『スズカに…勝った…私が…勝てた…!』
    『おめでとうグルーヴ!本当におめでとう!』
    『ありがとう…トレーナー……!』
    それは二人の勝利が祝福に包まれた時の思い出———

  • 4【回憶〜女帝と杖の旅路〜】23/11/05(日) 02:23:16

    二人が挑んできた数多くのレース。もちろん全て勝てた訳ではない。だがそれでも彼女の走りは、その背中は多くの者たちの憧れに、彼女の振る舞いは多くの者たちがそうあろうと目指す模範となった。
    そしていつしか女帝のその歩みは多くの人の心に、歴史に深く刻まれていったのだった。

    「それに、俺達が結婚してからも色々あったな」
    「ああ、お互い経験がない事の連続だったからな…」
    だが二人の歩みはそれだけでは止まらない。残された時間が許す限り、二人のその後の旅路を振り返る。

    『今日からここで暮らすのか…緊張するな…』
    『何、これから慣れていくさ。それに掃除はしっかりやってもらうからな、あなた?』
    新しい住まいに引っ越す時の事を———

    『グルーヴ!頑張ったな…!ありがとう…!本当にありがとう…!』
    『私の方こそありがとう…あなたがいたから頑張れた…あなたと私の子を産む事ができた…!』
    『よろしくね…アドマイヤ…私達の新しい家族…』
    初めて新しい家族を授かった時の事を———

    『ほら、お父さんに行ってらっしゃいは?』
    『いってらっしゃい、たあけ!』
    『こ、こら!そんなこと言っちゃダメだろ!?』
    『それじゃ、たわけ頑張っちゃいますか!』
    『あなたも悪ノリするな!たわけ!』
    『たあけ!たあけ!』
    新しい家族と共に日常を過ごす時の事を———

    『お母さん!』
    『み…みんな…それに…あなた…?』
    『グルーヴ!良かった…勝手にこの子達を…勝手に俺を置いてきぼりにするなよぉ…ううっ…』
    『この子の声が…みんなの声が聞こえた…そしてあなたが私の手を引っ張ってくれて…戻ってこれた…ありがとうみんな…。ごめんねあなた…心配かけて…』
    二人の愛と家族の絆が試練を乗り越えた時の事を———

  • 5【回憶〜女帝と杖の旅路〜】23/11/05(日) 02:23:36

    「いろんな思い出があったな…」
    「ああ、数え切れないほどの思い出が…」

    「いつも真面目で思いやりの心が強くて…周囲の模範となれるよう常に妥協せず全力で取り組む…そんな君の凛とした姿が俺の理想だった…」

    「どこか抜けているようで優しくて…常に支えていてくれて、どんな事でも向き合って受け止めてくれる…そんな貴様の暖かさが私の理想だった…」

    「自らの道を全力で駆け抜けるそんな君の事を…」
    「誰かの為に全力で尽くすそんな貴様の事を…」

    『エアグルーヴさん、どうか俺と結婚してください!』
    『はいっ!よろこんでっ!』

    「「今もずっと愛している」」

    同時に言い終わった後、二人は目と目が合いクスリと笑い合う。その姿を見て、そしてその話を黙って聞いていた周囲は静かに涙を流す。これが二人の愛なのだと、これが二人の絆なのだと、そう実感しながら。そしてそんな二人の子供、家族であることに感謝をしながら。

    「愛しているからこそ大胆な思い出もあったな…ほら、毎回祭りの時に浴衣を来て楽しんでさ、その後二人でこっそり誰もいない静かな所まで抜け出して———」
    「たわけ!その思い出は墓まで持っていけ!」
    直後、その場にいた全員が顔を赤くしどっと笑い出す。一つの思い出と引き換えに周囲の空気は明るくなる。
    ため息を吐く女帝と苦笑いする杖。二人は再び思い出を語り合った。

    だが始まりがあれば終わりがある。

    コツリコツリと時計の針が部屋に響く。
    風が吹き、残った桜の花びらが舞い始める。

    着実にその時は近づいていた———

  • 6【杖の最後の役目と約束】23/11/05(日) 02:24:25

    「あの時のように君と思い出を語り合えた…こうして君を杖として支える事ができて嬉しかった…ありがとう」
    「……嫌だ!まだ少し!もう少しだけ貴様と一緒に居たい!杖がなければ…貴様がそばにいなければ女帝はもう歩けないのだぞ!?」
    「駄目だ、出会いがあれば別れもある…君のお母さんも最期に言っていただろ?」
    「でも…でもぉっ!そんなのいやだ!いやだぁ…っ」
    思い出を語り合いながら堪えていた想いが溢れかえり、感情を爆発させ泣きじゃくるグルーヴ。そんな彼女の顔を引き寄せて彼は軽く唇を重ねる。
    「え…あなた…?」
    突然の事に素に戻る彼女を見つめながら彼は語る。
    「これが杖として最後に君にできる事。今、君におまじないをかけた。たとえ杖が無くともしっかり歩んでいけるおまじないをね。それに俺だけじゃない…周りの皆が支えてくれる。みんな、頼んだよ」
    グルーヴが後ろを振り向くと家族が皆頷き微笑んでいた。彼の問いに心配ないと力強く答えながら。
    「たわけぇ…っ!そんなこと言われたら…受け入れる事しかできないだろぉ……ううっ…ぐすっ…」
    そんな彼女の涙をその手で拭いながら彼は続ける。
    「女帝の道も最終直線…一足先にゴールで君が来るのを待っているよ。そして見せてくれ…女帝の意地を!その生き様を!君の全てを込めた走りを!」

    かつてレース前に彼女へ送っていた激励。あの時と同じその声は女帝の魂に再び火をつけた。
    「…ああ!貴様のまじない…確かに受け取った!ならゴールで見ていてくれ!私の走りを!駆け抜けたその瞬間を!」
    あの時の様に力強い声を出す二人。その言葉は互いの心に、そして周囲の心に響き刻まれた。
    これで心残りは無くなったとホッと安堵の息を吐く彼は後ろにもたれかかる。

    時計の針は止まることなく、一秒一秒を刻んでいく。
    より強く風が吹いたのだろう。外の桜の花びらも更に舞い散り始めた。

    もう、その時が迫っていた———

  • 7【杖の最後の役目と約束】23/11/05(日) 02:24:50

    「我儘を聞いてくれてありがとう…もう普段の様にしてもらってもいいよ。無理させてすまな……」
    「いや、このままで良い。最期まで…"女帝"として貴様のそばに居させてくれ……頼む」
    「分かった…でも…なんだか…眠くなってきたな……グルーヴ…最後に…あと一つだけ…お願いがあるんだ…」
    「………ッ、何だ?言ってみろ」
    その言葉に動揺しながらも平常心を保つグルーヴに彼は深呼吸してその願いを伝える。
    「次の時もまた…俺を女帝の"杖"にしてくれないか?」
    「——————!」
    その言葉にグルーヴは目を見開き、耳や尻尾が跳ね上がった。
    まるで生まれ変わり、その先で伝えるプロポーズを先取りしたかのような彼の最後の願い。そこには揶揄いでも冗談でもない、またいつか巡り会える…そう確信している顔があった。
    「本当に…ほんとうにきさまは……だが約束しよう。今度もきっと貴様という杖を選ぶと。あの時とは違い他の者には目もくれず真っ先にな。だから貴様も、他の奴の杖になんてなるなよ?御伽話の主人公が剣を手に取る様に、女帝の物語はは杖を手に取るところから始まりなのだからな!」

    もう彼のその時が目前に来ている…そんな中、今できる精一杯の笑顔で答えるグルーヴ。
    「御伽話の剣と同じか…それ…もわるく…ないな……」
    その言葉を聞いて彼は安心したのか先程より更に力が抜けた様に横たわる。

    静寂の中、彼の呼吸の音をかき消すように時計の針の音が更に大きくなる。
    桜の木が並ぶ外の景色を、一陣の風が強く吹き抜ける。

    遂に、その時がやってきた———

  • 8【永訣〜二人の旅路の終わり〜】23/11/05(日) 02:25:28

    「さいごに…かっこいい…ことのひとつで…も…い…えればとおも…った…けど…なにも…おもいうかば…ないな…だけど…これ…は……これだ…けは…」
    彼は最後の力を振り絞り家族の方を振り向いた。
    「ありが…とう…みん…な…おれの…かぞく…なってく…れて…」
    言い終わった後、彼は最愛の妻の方へ向き直る。
    気丈に振る舞う妻…グルーヴの瞳から涙が無意識に流れて溢れ落ち、彼の顔を濡らしていた。
    彼はグルーヴの手を改めて取って精一杯握り、最期の言葉に自らの全てを込める。
    「あり…がと…ぐるーゔ……おれを…えらんで…くれて………すき…で…いてく…れ…て………おれ…を…あいし…て…いて……く…れて…」
    「たわけ…!それはこちらの台詞だ!……ありがとう…私を支えてくれて…私を愛していてくれて…!」
    その言葉に震える声で答えながら頭を撫でるグルーヴ。まるで子供を寝かしつける様に、愛を注ぐように優しく優しく何度も何度も撫でていた。
    「あぁ…ほんと…うに……おれ……は…しあわ…せ…な…たわ……け…だな……………」
    「そうだぞ!貴様は…あなたは…私達家族は…!他の誰よりも一番幸せで…最高の家族なんだ…!」
    「あ…あ……そ…う………だ…な…………………」
    「あなた…………?」
    「………………………………」

    瞼が落ち、愛しい瞳が閉ざされる。
    握っていた力が抜け、暖かったその手が滑り落ちる。
    時刻を知らせる時計の音が、心を震わす様に鳴り響く。

    「……本当にお疲れ様、あなた…お休みなさい……そしてありがとう……私の…私だけのトレーナー……っ」

    桜吹雪が風に乗り、そして舞う様に散っていった———

  • 9【女帝の理想、その道の終幕】23/11/05(日) 02:26:08

    あれから幾年の時が過ぎた———

    春の終わりかけ…あの時と同じ時期、あの時より更に年老いたウマ娘が…エアグルーヴがあの時の夫と同じ場所に横たわっていた。
    その後、彼の最後のまじないを受け、そして周囲に支えながら自らの道の最終直線を駆け抜けていった彼女。
    そして今、そのゴールの瞬間が間近に迫っていた。
    「なぜかしらね…全然怖くはないの。きっとあの人が先で待っているからなのかしら」
    見送る側から見送られる側になったグルーヴ。しかし寂しさを見せながらもその顔は笑顔に溢れていた。
    「でも、あの人ったら"待ってる"なんて事言って、きっとあっちで迷子になってるでしょうね…早くあのたわけさんを見つけてお尻でも引っ叩かないといけないかしら…」
    それを聞き、彼の事をよく知る家族や親友達から笑顔が溢れる。
    彼女はあの時の彼がそうした様に力を振り絞り、家族の方へ向き直る。
    「大丈夫、私達は向こうで見守ってますよ。だから皆も自分の道を全力で駆け抜けてゴールを目指して。私達はゴールで…あなたたちのお土産話を聞けるのを楽しみに待っていますから……ズルして早くゴールするのは許しませんよ?」
    その約束に全員が頷き、言葉で伝えずともその真剣な面持ちと決意を秘めた瞳でグルーヴに答える。
    「ふふっ、流石あの人と私の子どもと家族達…なんてね。アドマイヤ、みんなをよろしくね」
    「分かりました、お母様!」
    そう言うとグルーヴの長女、アドマイヤグルーヴはすぐさま答える。それに続くように「大丈夫」という数多くの声が連鎖して響き渡る。
    「これで思い残す事はありません……そろそろあの人に"最後まで駆け抜けてゴールした"って伝えないとね………」

    (聞こえているかこの声が…これが理想…私が駆け抜けた女帝の道。今、ゴールしたからな。……ふっ、貴様に会うのが楽しみだ……今行くからな、たわけ…)

    向こうの彼に思いを馳せ、微笑みながら女帝は長い眠りについた。

    あの時の様に桜吹雪が風に舞い、散っていった———

  • 10【二人の旅路の果てに】23/11/05(日) 02:27:00

    青空と草原が広がる空間に一人の男…エアグルーヴのトレーナーは若い頃の姿で立ち尽くしていた。見渡す限り青空と草原、気ままに歩くには丁度良い。先に何かあるのだろうと只々真っ直ぐに歩いていると…
    「ここにいたのか…全く…こんな所でも迷子かたわけ」
    背後から聞こえた懐かしい声と共に尻を叩かれる。
    「痛い!ってグルーヴ!?……そうか、君もここに来たのか」
    そこには彼にとって最愛の妻…エアグルーヴが女帝として名を馳せた頃の…懐かしき姿でそこにいた。
    「ああ、それより見ていたか?私の走りを、私の歩んだ残りの道を、私がゴールしたその時を」
    「見ていたよ。無事、最後まで駆け抜けたその瞬間を…おめでとう。そしてありがとうグルーヴ」
    「たわけ…それはこちらもだ。あの時の貴様のまじないが無ければ私はあそこまで辿り着けなかった…ありがとう、トレーナー」
    その瞬間、周囲の草原が一面の花畑へと咲き誇る。
    「奇麗だな…」
    「…きっと私達を祝福してくれているのだろう……」
    すると先程までトレーナーが歩んでいた道の先から、二人を呼ぶ声が聞こえる。

  • 11【二人の旅路の果てに】23/11/05(日) 02:27:19

    「懐かしい声だ…」
    「私にも聞こえる…そうか…私達も…」
    それは先に旅立った友の、好敵手の、家族の声。改めて向こう側に来たんだと二人は苦笑する。
    「さて、そろそろ行こうかグルーヴ」
    「ああ…皆が待ってるからな」
    二人は指を絡ませ手を繋ぎ、ゆっくりと歩み始める。
    「皆にお土産話をするのが楽しみだ…それに…アドマイヤ達がいつか辿り着いた時、俺たちが迎えてやらないとな。……それはもっと先の話だけど」
    「そうだな。だから私と貴様で見守っていこう。あの子達の道を、あの子達の歩みを…」
    「皆を見守って…皆を迎えて…そしてまた俺達がめぐり合ったら…また歩み出そう、俺達の道を」
    「ああ、今度も私と貴様で共により理想たる姿を目指す…そして今度はもっと幸せを目指すぞ。…だからあの時の約束、破るなよ?」
    「もちろん、君のほうこそね」
    「たわけ…私が破るものか…」



    「なぁグルーヴ」
    「なんだ?」
    「愛してる」
    「私も、あなたを愛してる」
    微笑み合いながら、二人は光の中へと消えていった。

    爽やかな風を受けて、誰もいない花畑が穏やかに揺れていた———

  • 12【二人の変わり者】23/11/05(日) 02:27:52

    ここは東京都府中市に所在する日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセン学園。
    ここでは日々、ウマ娘達が切磋琢磨をし、夢に向かって進んでいく場所である。
    勿論、切磋琢磨するのはウマ娘達だけではない。彼女達を支えるトレーナー達も日々研鑽を重ねている。
    そんな学園も冬が終わり、春を迎えていた。


    一人の新人トレーナーがいた。
    サブトレーナーとしての修行を終えて独立した彼であったが、未だ担当がいないのである。
    当然、選抜レースを見に入っているが彼が言う事には「ピンとこない」らしい。
    いつもの様に選抜レースを見に行く彼。今日も同じ日々が続くのだろうと思っていたその時、
    ある一人のウマ娘の走りに目を奪われた———

    一人のウマ娘がいた。
    ショートヘアに目元のアイシャドウが特徴でそれが彼女をより大人びた様に醸し出す。
    さらに彼女のその走りは壮麗さと力強さを備え、選抜レースのメンバーの中で一際輝いていた。
    当然新人、ベテラン問わず多くのトレーナーが彼女の走りを称賛し、彼女をスカウトしようとした。
    しかし、彼女がその申し出に答えることはなかった。
    彼女が選抜レースに出る度に我こそはと申し出が絶えなかったが、トレーナーを決めることはなかった。

    一人の新人トレーナーと一人のウマ娘、それぞれなぜ担当を決めないのかと周囲からは呆れられていた。
    だがそんな声を受けても二人は担当をすぐには決めなかった。
    まるで誰かを探し、待っているように———
    風は無く、春の日差しが桜の花を照らしていた。

  • 13【邂逅〜歩む者と支える者】23/11/05(日) 02:28:20

    そんな最中、選抜レースを終えた直後にその新人トレーナーとそのウマ娘の目と目が合う。すると他の者には目もくれず、そのウマ娘は彼の方へ歩き始める。

    「貴様、初めて見るな。ここへ見に来たと言うことはスカウトの類だろう。なら私の走りをどう見る?」
    「素晴らしいパフォーマンスだけど…もう少しフォームを変えてピッチの改善が必要かな」
    「ほう…私の走りに口を出すのか?」
    「褒めるだけなら簡単だからね、それに最初は褒めるだけで契約後に口出しするなんてスカウトするためのリップサービスみたいだし」
    そうトレーナーが答えるとそのウマ娘はクスリと笑う。
    「確かに貴様の言う通り、他の者達はただ私を称賛するだけだった。別に褒められる事が嫌と言うわけではないぞ?ただ奴らは私の求める理想を遮り、自分たちの思い描く道をただ語っているだけだった」
    彼女の夢…それは憧れの母の背中をいつか追い抜く事、そして後輩の指導や所属している生徒会の仕事もこなし、周囲の模範として、理想として在りたいという事であった。
    「だが担当トレーナーがいなけれは私は目標のレースに出られん。それに貴様からは他の者達とは違うものを感じ取った。貴様が良ければ担当契約を結んでも構わないがどうだ?」
    「俺も君のその走りに心奪われた。だけど俺はまだ新人、君を導く事は難しいかもしれない…だけど君の歩みを"杖"の様に支える事はできる…それでもよければ…」
    「———ッ」
    「どうしたの?急に……あれ?なんで俺も?」
    突然涙を流すウマ娘、同時に彼も涙を流していた。
    まるで大切な物を見つけ出した時の喜びのように———
    風が吹き始め、桜の花を揺らし始めた。

    「その言葉を…ずっと待っていたのかもしれない…決まりだ、貴様をトレーナーとして…"杖"として選んでやる。行くぞ、契約の手続きをしなければな」
    「ありがとう…さあ用紙を取りに理事長室へ行こう」
    驚く周囲のざわめきを背に受けながら、二人は歩き出していった。

  • 14【そして、二人は再び巡り合う】23/11/05(日) 02:28:51

    運命の出会いや宿命という言葉がある。
    担当がいないトレーナーとトレーナーがいないウマ娘。
    それを見つけることに消極的だった二人がまるでパズルのピースのようにピッタリ噛み合った。
    そんな出会いに対して周囲は口を揃えてそう呼ぶのだろう。

    ———だが違う。
    二人のこの出会いは"運命"や"宿命"の言葉ではきっと表せない。

    「そういえば自己紹介がまだだったな」
    「その必要はない。それよりも……何か言う事があるだろう?」

    たとえ悠久の時が過ぎようとも、たとえ世界が夜空に瞬く星のように遍在しようとも…
    きっと二人は時を越え、世界を渡り、そして巡り合うのだろう。

    それは"運命"や"宿命"でもなければ"偶然"でもない。

    この出会いはきっと———

    「……待たせたなエアグルーヴ。約束、守れたよ」
    「…遅いぞたわけ…約束、守ってくれてありがとう…」

    二人の"愛"が紡いだ奇跡なのだから———


    再び歩み始めた女帝と杖の物語
    巡り合った二人を祝福するように
    歩み出した二人を後押しするように
    暖かい春風が桜の花びらと共に駆け抜けていった

  • 15二次元好きの匿名さん23/11/05(日) 02:29:41

    以上になります
    人を選ぶ内容の上、長文失礼致しました

  • 16二次元好きの匿名さん23/11/05(日) 02:46:13


    こういう転生してまためぐり合う的なの弱い本当に好き
    ただなんでこんなド深夜に書いた!?

  • 17123/11/05(日) 02:52:13

    >>16

    ありがとうございます

    深夜投稿についてはここまでの長文投稿しても大丈夫だろうかと足踏みしてたらこんな時間になっていました…

    なので深夜テンションでの勢いで投稿した次第でございます

  • 18二次元好きの匿名さん23/11/05(日) 03:00:10

    深夜に泣かすなや明日目がパンパンになるだろ

  • 19123/11/05(日) 03:12:23

    >>18

    ありがとうございます

    この物語をそう感じていただけて何よりです

  • 20二次元好きの匿名さん23/11/05(日) 07:18:48

    このレスは削除されています

  • 21123/11/05(日) 09:11:03

    改めて読み返すと誤字脱字がちらほら…
    多めに見てやってください…

  • 22二次元好きの匿名さん23/11/05(日) 18:40:53

    女帝とたわけはやっぱり最高だな!

  • 23二次元好きの匿名さん23/11/05(日) 19:18:53

    いいSSやこれは…
    素晴らしい作品をありがとうね

  • 24123/11/05(日) 19:49:33

    >>23

    こちらこそ、読んでいただきありがとうございます

  • 25二次元好きの匿名さん23/11/06(月) 07:40:56

    また二人がめぐりあうの良いよね…

オススメ

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