キングちゃん! また事件だよ!

  • 140レスくらいまで捜査パート23/11/11(土) 11:11:11

    「ええー!? じゃあバクシンオーさん、壁をこわしちゃったのー!?」
    「ぐぬぬ……学級委員長としてあるまじき行為。しかし、犯人は私に間違いありません!!」
     驚くウララさんに、頭を抱えるバクシンオーさん。
    「キングちゃん! 本当にバクシンオーさんが犯人なの!?」
     思わずため息が出てしまう。
    「もしそうなら、生徒会が今も調査してるわけないでしょう」

     日が傾き、オレンジ色の光が窓から差し込む時間。私達は汚れたジャージを着たまま、廊下にいた。ウララさんが穴のあいた壁を見つけてしまったから。早いところ、寮に帰りたいのに……。

     以前、ドトウさんの事件を解決したことで、ウララさんの探偵ブームに火を注いでしまった。彼女は空き時間に、学園中を歩き回って事件を探すようになった。昼休みだろうと、トレーニング後だろうと、休日だろうとお構いなし。当然のように私も連れ出された。とはいえ、事件と呼べるようなことはめったに起きない。平和な日が続き、ようやく探偵に飽きかけてきたと思ったら、今回の事件を見つけてしまった。

    「またわたしたちで解決しようよ!」
     キラキラした笑顔を向けてくるウララさん。
    「イヤよ。一流のウマ娘は、トレーニング後の休養も怠らないのよ」
    「ええー! きっとキングちゃんならできるよ! いいよね? エアグルーヴさん!」
    「協力してくれるというのなら歓迎する。早急な調査のため、多くの者の考えが欲しい。頼りにしているぞ」
     え、エアグルーヴ先輩まで……。幸い、前回と違って生徒会の人達が仕切っており、目撃者や容疑者が既に集まっている。推理・調査のための土壌は整っている。
    「わかりました。やれるだけやってみます」
     面倒事は嫌だけれど、関わる以上は手を抜くわけにはいかない。それが一流のウマ娘よ。とにかくまずは、事件について詳しく知らないといけないわ。
    「バクシンオーさん、事件当時のことを話してください」
    「ハイ! わかりました!」

  • 2前より長くなります許してくださ23/11/11(土) 11:11:32

    「今日の1時から3時半頃まで、私は補習を受けていました! マリンストライドさんと2人で受けていたのですが、ストライドさんは3分ほど先に終わり、教室を出ていったのです! クラスで待っていると言われたので、私も補習を終えてここへ向かいました!」

     バクシンオーさんの言う通り、この近くに彼女のクラスがある。校舎1階の端にある教室だ。事件は、そこに隣接した廊下で起こった。

    「すると、ストライドさんがその……よろしくない本を持って、廊下の奥に立っていたのです! 学級委員長として見逃せないのでバクシンしたのですが、ストライドさんの前で転んでしまいまして。同時に、壁が崩れてしまったのです!!」

     廊下突き当りの壁が壊れ、穴があいてしまったわけね。穴からは外が丸見えになっている。向かいのカフェテリアまで見える。これがその穴の様子。なぜか、その穴の形が、バクシンオーさんのシルエットと酷似している。



    「私のバクシンが速すぎるあまり、余波で壁を突き破ってしまったのです! ゆえに、穴の形が私ソックリになってしまったのです!」

    「そんなわけないでしょうバクシンオーさん!」

     思わず声を上げてツッコんでしまった。そもそも、走った余波で壁が壊れるわけがないわ! 誰がどう見てもおかしいのだけれど、なぜかバクシンオーさんは自分がやったと認めてしまっている。


     バクシンオーさんは壁にぶつかったわけではない。本当にぶつかったとしても、前髪や耳など柔らかい部位まで再現されるはずがない。というか、まず人型の穴になるとは思えないわね。だけど、この形の穴があいてるということは……。


    「エアグルーヴ先輩、これはもしかすると……」

    「うむ。大方バクシンオーに罪を着せるために、わざとこの形の穴をあけ、埋めたのだろう」

     さすがは先輩。気づいているわね。


     穴がこの形になる理由はただ1つ。あらかじめ壁を壊し、バクシンオーさんの形の穴をあけておく。その時に出た破片を穴に埋め込んで、今日まで隠しておいた。これ以外あり得ないわ。

  • 3◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:11:59

    「容疑者の方達は集まっているんですか?」
    「ああ。この教室に全員集めてある」
     エアグルーヴ先輩は、バクシンオーさんのクラスの教室へ手を向ける。そこには、7人の生徒と2人の大人がいる。
    「容疑者は、現場近くに居合わせていた生徒5人だ」
    「じゃあ、室内の全員が容疑者じゃないんですね?」
    「先生2人は後から現場に駆けつけた証人だ。容疑者から外れる。生徒のうち2人は、お前と同様に手伝いを頼んでいる」
     私以外にも協力者がいるようね。だけど、犯人が事前に穴をあけたのなら、近くにいる人だけが容疑者とは思えない。
    「ここの人以外の容疑者はいないんですか?」
    「それについては、生徒会で調査している。お前達には、この中に犯人がいないか確かめてほしい」
     つまり私達の仕事は、現状の容疑者達に犯人がいるのか、吟味することになるのね。

    「彼女らはすでに30分ほど拘束している。先生も証人として居ていただいているが、できれば早めに聞き込みをして欲しい」
     先輩の頼みに、私は首を捻る。聞き込みより前に、現場を調査してしまいたい。
    「……すみません、エアグルーヴ先輩。まずは現場を見させてもらいたいです」
    「そうか。わかった、10分以内には済ませてくれ」
     10分ね。なら、しっかり見れそうね。それでも足りなければ、聞き込みをした後にやればいいわ。先輩の言葉を承諾し、私はウララさんの方を見る。
    「バクシンオーさん、大丈夫! ウララたちが真犯人を見つけるからね!」
    「いえ、真犯人は私です……私のスピードが速すぎるあまり、こんなことがぁ……!!」
     バクシンオーさんは聞く耳を持たず、拳を頭に当ててグルグルさせている。
    「ウララさん、現場を調査しましょう」
     彼女の手を引き、私は穴へと近づいた。



     改めて、壁の穴を見てみる。室内と外を区切る壁なだけあって、結構分厚い。上方を見ると、壁紙がベロンと垂れ下がっている。穴を埋めた後、犯人が隠すために貼ったのね。
    「キングちゃん、なんで穴はバクシンオーさんの形なの?」
    「誰かが最初から穴をあけてたの。バクシンオーさんを犯人と思わせるためにね」
    「えぇー? どうしてそんなことをするの?」

  • 4二次元好きの匿名さん23/11/11(土) 11:12:01

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  • 5◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:12:33

     どうしてって……どうしてでしょうね。この形にするのって、かなり手間かかかるよね?それも、人目につく場所の壁でやっている。それでもやったのだから、犯人はバクシンオーさんを相当恨んでいたんでしょう。けど、こんな方法で罪を着せるかしら? 他の悪事をなすりつけてもよかったでしょうに。壁を壊せば容疑者をウマ娘に絞ってしまうし、穴をあけたり埋めたりするところを目撃されるリスクもある。

     どうして、こんな方法を選んだのかしら?

     少し考え込んだけど、その末に1つだけ浮かんだ。

     穴が元からあいていたら?

     誰も気づいてないだけで、元々この壁には穴があいていた。犯人はそれを知っていて、その穴を利用したの。1からあけるよりは手間がかからない。だとしても壁をわざわざ選んだ理由は?

     それは、過去に自分で穴をあけたから。当時はうまく隠せていたけど、最近になって穴を隠すのが困難になった。だからその穴を利用し、自分の罪も帳消しにしようとした。これなら筋が通る。その線で考えていきましょう。

    「でもすごいねー! こんなにキレイに穴をあけるんだもん! どうやってやったのかな?」

     ウララさんの言葉に、私の中でまた疑問が浮かぶ。犯人がこの形の穴を作った方法。細かく形作られているため、素手で行うのは不可能。必ず道具を使ったはず。現場に落ちていればいいけれど。

     壁から視線を落とし、床を見る。壁の破片がたくさん散らばっている。事件当時のまま保存されているようだ。現場を保存するのは刑事モノでも鉄則よね。けど、特にあやしいものは……。
    「ん? なにかしら、これ」
     私はしゃがみ、小さな破片の1つを見る。他の破片と比べて色が薄い。真っ白。周りを見ると、他にも真っ白な破片があった。数は少ないけど、変ね。
    「ねえねえ、この破片ツルツルだよー!」
    「ちょっとウララさん! 勝手に触っちゃまずいわ!」
    「ほら! キングちゃんも触ってみてよ!」
     ウララさんに引っ張られ触ると、確かにツルツルしている。これは、コンクリートではないの? 犯人が穴を埋める際に、他の物を利用したとも考えられるわ。明らかに他の破片よりキレイだし、手がかりになりそうね。

  • 6◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:13:54

     今度は穴をくぐり、外へ出てみる。目の前にはカフェテリアがある。横を見ると、近くにプランターが置いてあった。多分、エアグルーヴ先輩達が育てている花ね。特に気になる物もない。壁の下には、こちら側にも破片がたくさん落ちている。手がかりになりそうな物もない。

     現状でわかるのはこんなところかしらね。ただ、時間も5分ほど余っている。まだ考えてないことを推理してみましょう。

     まず、現時点でわかったことを図解すると下の画像のようになるわね。

     犯人はどうやって事件の時刻に壁を壊したのか。本人が直接殴った? それとも、道具か何かを投げた? 殴ったのなら、一緒にいたマリンストライドさんが見ているはずね。投げたのなら、周辺に証拠が落ちているはずよね? まさか、犯人が持ち去った? どのタイミングで?

     わからない。現段階では、いろんな可能性が考えられる。これ以上、現場の調査をしても仕方がないわね。

    「ここからは聞き込みをしましょう。ウララさんも、気になったことは遠慮なく聞きなさい」
    「うん! 聞き込みがんばるぞー!!」
     ウララさんは張り切って、教室のドアを開けた。

  • 7◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:14:42

    「はーっはっはっはっは! やはり来たね、キング君! ウララ君!」
     教室に入った瞬間、大きな声が教室に響いた。オペラオーさんだ。
    「は、はっはっは! しょ、しょうぶですぅぅぅ!」
     それに続いて、胸を張るドトウさん。2人は、入り口近くで私達を待っていたらしい。
    「あら、あなた達も容疑者なの?」
    「いいや! ボク達は容疑者じゃないよ! エアグルーヴ先輩の協力者さ!」
     2人も犯人特定の手伝いに来たのね。先輩も手伝う人は多い方がいいと言っていたけれど、オペラオーさん達までいるとは思わなかったわ……。
    「キングさん、ウララさん。ぜ、前回は、ありがとうございましたぁ!」
     ドトウさんが笑みを浮かべながら頭を下げる。
    「ドトウから聞いたよ! にゃーさんを盗んだ犯人を、君達だけで暴くとはね!」
    「えへへ。ウララたち、すごいでしょー!」
     笑顔で褒めてくるオペラオーさんに、胸を張るウララさん。

    「そして、今。前の事件を解決した君達2人と、前の事件に関わったボク達2人がいる。この意味がわかるかい?」
    「いみ?」
     ウララさんは頭をかしげる。一体、どういうことかしら。疑問に感じていると、オペラオーさんの表情が険しくなる。
    「宣戦布告さ。今日はボクも推理する。つまり、君達のリヴァルとなる。覇王の名を持つボクと、キングの名を持つ君。どちらが真の世紀末推理王なのか、勝負だ!」
     高らかに宣言するオペラオーさん。推理に勝負も何もないと思うけれど……というか世紀末推理王って何?
    「とにかく、ボクは失礼するよ。君達への挨拶も済んだことだし、現場の再調査をしたいのでね」
    「あの、がんばってくださいぃぃ!」
     そう言い、オペラオーさん達は教室を出ていった。既に聞き込みを終えていたようね。

    「オペちゃんとキングちゃん、ライバルになったんだね!」
    「別にライバルじゃないわ。でも……」
     これでもし私が真実にたどり着けば、私が推理王になるのよね! キングの名がかかっている以上、先を越されるのは許せない。
    「絶対に、オペラオーさんよりも先に犯人を見つけましょう!」
    「よーし、ウララもがんばるぞー! まずはアルバイト確認だよね!」
     それを言うならアリバイよ、ウララさん……。

  • 8◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:15:43

    「あれ? 君達は中等部の子かな?」
     私とウララさんに気づき、教壇から近づいてくる女性がいた。
    「えっと、あなたは……」
    「知らないのも無理ないわ。関わりがない先生なんて、いちいち覚えないでしょう?」
     あっけらかんと言う女性。確か、今年入ったばかりの先生だった気が……。
    「はじめまして! わたし、ハルウララ! 名探偵やってるんだ!」
    「おお? 探偵さんかぁ、心強いね。アタシは柏田実って言うんだ」
    「じゃあ、みのり先生だね! よろしく!」
     ニッコリと対応する先生。初対面の人相手にもまったく怯まないわねウララさん……。でも、自己紹介を聞いて全部思い出したわ。

     柏田実先生。長身でメガネをかけた、クールビューティーな女性。26歳らしい。美術科の先生で、高等部の授業を担当している。長いスカートと赤いペレー帽がトレードマーク。見たところ、ウララさんみたいな子の相手は慣れているようね。

    「中等部のキングヘイローです。柏田先生は、容疑者ではないんですよね?」
    「ああ。アタシはバクちゃんの担任でね。ここで大きな物音がしたから、3階の美術室から駆けつけてきたのよ。そしたら壁が空いてて、ビックリ。それからは、生徒会の人達に協力してるってわけ。ちゃんと真犯人を見つけてやるんだから!」
     なるほど。自分のクラスの生徒がトラブルに巻き込まれたから、解決に動いてるってわけね。良い心がけじゃない。
    「正直、仕事が溜まってるから早く美術室に戻りたいんだけどね……ここ1週間残業続きだし……」
     先生は頭を抱えた。色々と大変そうね。



    「柏田先生。生徒の前でそういうことを話すのは良くないですね」
     教室の後ろの方から、男の人が歩いてくる。
    「大林先生、聞こえてました?」
     柏田先生は青ざめる。
    「自分のクラスの生徒が問題を起こしたんですから、もう少し緊張感を持ってくださいよ」
    「まだバクちゃんと決まったわけではありませんよ!」
     男性の飛ばす嫌味に、反論する柏田先生。この男性は、面識はないけど知っているわ。

  • 9◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:16:31

     大林正人先生。40代の男の先生。髪は短髪で、いつも仏頂面をしているらしい。担当教科は国語で、高等部の授業を受け持っていたはず。厳しいとウワサされてる先生で、一部の生徒からとても嫌われている。中等部の私でもその存在を知っているほどウワサは広まっていた。

    「まったく、若いからといって楽をしていては困りますなぁ。あなたがちゃんと生徒に向き合っていれば、今回のようなことはならなかった」
     まだ嫌味を言い続ける大林先生。それを聞き、柏田先生も拳を握りしめている。イラ立っているみたいね。

    「それは違います!」
     急に教室の扉が開き、バクシンオーさんが中に入ってきた。
    「柏田先生は、とても良い先生です! 私の絵を褒めてくれます! 『芸術はバクシンだ!』と、バクシンとはなんたるかを理解している方です!!しっかり生徒に向き合っています! 失礼しました!」
     それだけ熱弁すると、すぐに廊下へ戻っていったバクシンオーさん。柏田先生は驚き、彼女の方を見つめていた。大林先生も、これにはたじろいでいる。私達も聞き込みしないと。

    「はじめまして! ハルウララです!」
    「キングヘイローです。今回の調査の手伝いをしています」
     大林先生にあいさつする。先生もこちらに気づいた。
    「そうなのか。早いところ、犯人を見つけて欲しいものだね」
     反応が薄い。無愛想というか、傲慢そうというか。さっきの柏田先生への態度といい、あんまり仲良くなれそうにないわ。
    「大林先生は、なぜここに?」
    「彼女らの補習を見ていてね。特にバクシンオー。あやつの成績は伸びなさすぎるから。今日はみっちりやるつもりだった。合格するまで再テスト、再々テストと続けるつもりだった。やはり、2時間はかかったね」
     ああ……この人、成績悪い人にキツくなるタイプの先生なのね。
    「それで補習が終わったのはいいんだが、廊下で大きな音がしてな。現場へ駆けつけたんだ。後から柏田先生も降りて来て、2人で周りの子を集めたんだ」
     壁が壊れてから現場に来た。だから2人は容疑者じゃないってことね。
    「おっと、私も今日中の仕事があるんでした。先に上がらせてもらいます」
     そう言い残し、大林先生は足早に教室を出ていった。
    「なんなのよ、アイツ。アタシに全部押し付けて……身勝手だと思わない?」
     口を尖らせて言う柏田先生。あなたもさっき戻りたいと言っていたけど。

  • 10◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:17:12

     さて、ここからは容疑者に聞き込みをしていこう……と思ったけど、その前に。
    「先生、この教室にいる方達を紹介してもらえませんか? 初対面の方もいるので」
    「いいよ。誰について聞きたい?」

     先生から容疑者について小声で教えてもらった。教室に集められていた容疑者は5人。うち2人は知っていたので、残る3人について聞いた。

    「情報、ありがとうございます」
    「大変だろうけど、聞き込みがんばってね」
    「うん! アリクイ確認がんばるね!」
     だから、アリバイ確認よウララさん……。



     いよいよ聞き込み開始ね。まずは、バクシンオーさんと一緒にいた彼女から。
    「はじめまして。キングヘイローです」
    「ハルウララだよ! マリンストライドさん、だよね?」
    「え? あ、はい。そうです」
     こちらに気づいた彼女は、席を立ち上がる。

     マリンストライド。メガネをかけた小柄な栗毛のウマ娘。バクシンオーさんと同じクラスで、彼女とはとても仲が良いらしい。今日も一緒に補習を受けていた。見た目や雰囲気から、どことなくゼンノロブロイさんを連想してしまう。

    「ストライドちゃんでもいい?」
    「あ、はい! それで大丈夫です! ウララさんに、キングさんですね?」
    「うん、そうだよ! アリボウ確認させてもらうね!」
     緊張しているのか、キビキビと話すストライドさん。そして、アリバイ確認よウララさん。アリボウって何よ? グミじゃないんだから。

  • 11◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:18:03

    「壁が崩れる前からお話しします。大林先生の補習を私が先に終えて、ここの教室に行きました。でも、教室の中を覗いた時に、前の方にバクちゃんの机があるんですけど、その引き出しの中に……」
     ストライドさんの言葉が止まる。視線を逸らし、人差し指同士をくっつけモジモジしている。
    「い……いかがわしい本が入っていて。その、大人しか見ちゃいけないような」
     え? ああ、そういうこと。いわゆるその、セクシーな本が机に入っていたと。バクシンオーさんが『よろしくない本』と言っていたのも、その本のことね。
    「キングちゃん、いかがわしいって何?」
    「大人になったらわかるわ。ストライドさん、続けてください」

    「はい。驚いたんですが、納得できなかったので、私は本を持ったんです。バクちゃんの物なのか、本人に確認しないとって思って。それで、前の扉から廊下に出ました。でも、万が一バクちゃんのものだったら、勝手に持ち出しちゃったらマズいと思って、1分くらいどうしようか迷ってました」
     なるほどね。あの真面目なバクシンオーさんが、そんな本を持ってるとは思えないけど。ましてや学校に持ち込むなんて。

    「すると、バクちゃんが廊下の向こうから走ってきたんです。それで、私のところにたどり着く前に転んでしまって。前にズコーって感じです。同時に、私の後ろの壁が崩れてしまったんです。その後は先生達が来てくれて、今に至ります。これが、私の見た事件のすべてです」
     ストライドさんは話し終えると、ふぅー、と息を漏らす。今の話からすると、ストライドさんの方が壁の近くにいたのね。図解するとこういう風になるのかしら。

  • 12◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:18:26

    「ストライドちゃんは、バクシンオーさんが壁を壊したと思うの?」
    「あり得ません! 転んだ衝撃なんて大したものじゃなかったですし、何よりバクちゃんには壊す理由なんてないよ!」
     彼女も、バクシンオーさんが犯人だと思っていないようね。

    「ストライドさん。これだけ大きな穴があいたなら、外の様子は見えましたか?」
    「あ、はい。穴の外に、2人のウマ娘の姿を見ました」
     えっ!? 崩れた瞬間、外にいた人物を見てるのね!? 直接壁を殴って壊したなら、その2人のどちらかが犯人ってことになるわ! これは重要な証言よ!
    「ストライドちゃん、犯人を見たの!?」
    「はい。いえ、犯人かはわからないんですが……あの、そこにいる2人です」
     彼女がこっそり指を差した先には、見覚えのあるウマ娘がいた。ウララさんは目をパッチリ見開いていた。私も驚き、息をのむ。次は彼女達に聞いて確かめてみましょう。



    「ライスちゃん! ブルボンちゃん!」
     ウララさんの方から2人に話しかける。
    「ひゃっ!? ウ、ウララちゃん……?」
     ライスシャワーさんは肩をビクっと上げる。
    「ライスちゃんたちも、容疑者なのー?」
    「う、うん。そうなんだ……」
     無邪気なウララさんに対し、ライスさんはうつむいた。
    「データログ参照。ウララさんと、キングヘイローさんですね」
     隣にいたミホノブルボンさんもこちらを認識した。
    「ウララちゃんとキングさんも、事件の調査なの?」
    「うん! ウララたち、名探偵なんだ!」
    「そ、そうなんだ? すごいね、ウララちゃん……」
     言葉とは裏腹に、ライスさんの顔は暗い。
    「オペレーション:聞き込みと認識。先程、オペラオーさんに複数の質問をされました。こちらも回答の準備、完了しています」
     対して、ブルボンさんはいつも通り無表情ね。
    「キングちゃん! やっていこうよ、聞き込み!」
     ワクワクしているウララさん。前置きをしても仕方がないし、早速始めましょうか。

  • 13◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:18:53

    「ライスさん達は、事件当時はどこにいたんですか?」
    「えっと、ライスもブルボンさんも、外にいました。崩れた壁のそばにいたんです」
    「はい。ライスさんの証言に間違いありません」
     ライスさんはうつむいた。今の発言は、ストライドさんの証言と一致している。この2人が犯人なのか追及したいけれど、なぜかライスさんは落ち込んでいるみたい。彼女への聞き方は配慮しなければいけない。ウララさんへの影響も考えないといけないし……やりづらいわ。

    「あ、あの、キングさん、ウララちゃん……」
     何を聞こうか考えていると、ライスさんの方から話し始めた。



    「あの、ライスね……真犯人かもしれないの」

    「……えっ? どういうことです?」
     あまりに唐突な言葉に、考える前に聞き返してしまった。
    「ライスのせいで、壁が崩れちゃったかもしれないの……!」
    「ええーっ!?」
     両手で顔を覆うライスさん。叫ぶウララさん。
    「ど、どうしてそう思うんですか?」
     私も刺激しないよう言葉を選びつつ、質問する。
    「ライスのまわりにいると、不幸なことが起こっちゃうから……きっと、ライスが近くを通ったせいだ!」
    「え? いやでも、それだけで犯人にはならないわ」
     と、私が話してもライスさんの表情は暗いままだ。彼女の様子を見るに、本気でそう思っているみたい。ど、どうしようかしら……。

    「いいえ。ライスシャワーさんが壊したわけではありません」
     隣のブルボンさんがフォローに入った。これなら安心ね。



    「壁は私が壊しました」

  • 14◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:19:09

     ……え? え、えぇ? 突然、ブルボンさんが自白した。驚くあまり、言葉が出なくなる。ウララさんも口を開けたまま固まっていた。

    「ち、ちがうよ! きっとライスが近くにいなかったら、ブルボンさんが壊すこともなかったんだ!」
     ライスさんがそれをかばい始めた。ようやく思考がまとまってきた。ブルボンさんの方は詳しく聞く必要がありそうね。
    「ブルボンさん、壁を壊したことについてお話できますか?」
    「承認。オーダーを開始します」
     相変わらず無表情のままね。この調子なら、証言はスムーズにしてくれそう。

    「事件当時、あの壁の前にはベニヤ板が置かれていまいた。壁が隠れるほどの大きさです。私はステータス:不法投棄だと判断。オペレーション:ゴミ捨てを実行しようと考えました」
     ベニヤ板? さっき見た時はもう無かったけれど、事件の時にはあったのね。それをゴミ集積所まで持っていこうとしたと。
    「しかし、ベニヤ板を持ち上げようとした際、手の甲と壁が接触。その5秒後、ベニヤ板を抱え後ずさりをしている時、板から音声データ『カコン』を確認。同時に、壁は割れて崩れました。私の手の接触が原因であったと考えられます」
     手の甲が当たったから壁が崩れた、ね。あり得るわ。それじゃあ、犯人はブルボンさん? ベニヤ板を片付けようとした時に、意図せず崩してしまった。

     いや、ちょっと待って。今の証言には違和感があるわ。

     手の甲の接触してから壁が崩れるまで、5秒かかっている。ぶつかってから時間差で壊れることってある? よっぽどボロボロの壁でもない限り、そんな壊れ方はしない気がする。

     そもそもの話、穴は事前に誰かがあけてあったはずよね。だからこそ、バクシンオーさんが犯人じゃないって判断になるわけだし。

    「ライスさん、ブルボンさん。おそらく2人は犯人ではありませんよ」

  • 15◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:19:45

     私は事前に穴があけられているという推理を話した。

    「つまり、犯人はバクシンオーさんに罪を着せようと、事前に穴を用意していたんです」
    「そ、そうだったんだ……」
    「情報を修正。再思考の結果、真犯人は私達ではない可能性があります」
     どうやら、2人とも自分が犯人じゃないってわかったようね。オペラオーさんに追及されてそういう風に考えてしまったのかしら。

     ……ちょっと待って。
    「2人の話に対して、オペラオーさんはなんて言ってました?」
     私達より先に彼女に聞き込みをされてるはず。その時オペラオーさんは、2人が犯人じゃないって言わなかったの?
    「えっと、ライスたちは犯人じゃないって言ってたけど……」
    「データログ再生。『ハーッハッハ! 君達は悪くないさ! 風が吹けば桶屋が儲かると言うだろう? たまたま事件のタイミングに居合わせただけだ! 真犯人は、ボクという眩い光が! すぐに指し示すことだろう!』とのことです」
     風が吹けば桶屋が儲かるって、使い方が違う気がするけれど。オペラオーさん、壁の穴が事前にあいてたことは伝えてなかったのね。2人の疑惑が晴れたところで、もう少し聞き込みを続けましょう。

    「ライスさん、ブルボンさん。事件について、何か気になったことはありますか?」
    「気になったこと……あ!」
     ライスさんの耳がピーンと立つ。
    「崩れた時、壁がバラバラになって下に落ちていったんです。けど、1個だけ上に跳んでいく破片があったんです」
    「上?」

     壁の破片が跳んだ? それは変よね。下に崩れるはずの破片が、上に跳ぶなんてことあるかしら? 地面に落ちた後、跳ねたの?

    「跳んだ破片はどこへ?」
    「その、びっくりしてたら見失っちゃって……うう、やっぱりライス、役に立てない……」
     再び顔を手で覆うライスさん。
    「そんなことないですよ。今の証言は重要になります」
    「ほ、本当かな……?」
    「そうだよライスちゃん! キングちゃんが言うんだから、ゼッタイ重要だよ! 大丈夫!」
    「ウララちゃん……そうなら、いいな……」
     ウララさんの励ましで、ライスさんに笑顔が戻ってきた。

  • 16◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:21:34

    「私の方から補足します。跳んだ破片は、ベニヤ板の音と関係があるかと思われます」
     ブルボンさんが話す。確かブルボンさんは、『カコン』という音を確認したって言っていた。崩れた破片がベニヤ板に当たり、音が鳴ったってことね。その破片が、板に当たった衝撃で跳ねた。これなら筋が通る。

    「わかりました。証言ありがとうございます」
     私は2人に頭を下げる。
    「犯人探し、がんばってください! ウララちゃんも、がんばってね!」
    「うん! 見ててねライスちゃん! ウララたちでババーンと犯人を当てちゃうんだから!」
    「手伝えることがあればお伝えください。オペレーション:応援を実行します」



     2人の激励を後に、私達は再びストライドさんのもとへ行った。
    「ストライドさん、もう1つ質問いいかしら?」
    「ひえ!? は、はい! なんでしょう?」
     いきなり質問され、ストライドさんの体は震え上がる。
    「あなた、壁が崩れた時、ライスさんとブルボンさんが見えたって証言していましたね?」
    「え? ええ、そうですけど……」
     縮こまるストライドさん。私は真剣な表情のまま続ける。

    「ライスさんとブルボンさんによると、壁が崩れた時、ブルボンさんがベニヤ板を抱えていたはずです。真っ先に目に入ると思うのですが、見えなかったんですか? 見えたのなら、なぜ言ってくれなかったのですか?」

  • 17◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:22:22

     語気を強くして問い詰めると、ストライドさんは目を閉じてうつむいた。そして、段々と体を震わせていき、せきを切ったように話し出した。

    「事件と関係ないと思ったからですよ! 確かに見ましたよ、ブルボンさんがベニヤ板を抱えているとこ! なんならそのベニヤ板がいつからあったかも覚えてます! 2日前の午後から、それもトレーニング後の16時からですよ! 私が犯人なら、こんなこと言いますか!?」
     眉を吊り上げ、一気に話すストライドさん。怒らせてしまったらしい。
    「わ、わかりました。疑ってごめんなさい」
     頬をふくらせる彼女に、私達は頭を下げるしかない。
    「言っておきますけど私、犯人のことゼッタイに許せないんです! みんなが大好きなバクちゃんを落ち込ませるなんて、サイテーです!」
     身を乗り出し、熱弁する彼女。思わず後ずさりしてしまう。
    「だから犯人を、必ず見つけてください!! お願いします!!」
     今度はストライドさんが頭を下げた。ここまで言われたなら、犯人を見つけるしかないわね。

     次の聞き込みの前に、今の証言でわかったことを思い返す。ベニヤ板があったのは2日前の16時頃から。このベニヤ板自体、壁に穴をあけて埋めたのを隠すために使っている気がする。つまり、犯人が穴をあけたのは2日前の午後? もしくは昨日かもしれない。全員の証言と照らし合わせて、犯行の方法を考えましょう。

  • 18◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:22:50

    「あ? んだテメー……」
     次に私達は、金髪のウマ娘へと近づいた。イスにふんぞり返りながら、鋭い目でこちらを睨んでいる。見るからに不機嫌そうだ。
    「キングヘイローです。事件の調査を手伝ってます」
    「ウララだよ! あなたは?」
    「……シャインメイカー。ジロジロ見てんじゃねえぞコラ」
    「シャインちゃんだね! よろしくね!」
    「チッ……」
     ウララさんにも態度を変えないなんて、なかなか曲者のようね。

     シャインメイカー。キレイな金髪ストレートヘアのウマ娘。外見はお嬢様にも見えるけど、性格や言動は不良っぽい。目付きも鋭い。バクシンオーさんのクラスメイトでもある。数々の問題を起こし、彼女から説教を受けたこともあったのだとか。

    「あなたは事件当時、どこにいましたか?」
    「そん時は外にいたよ。なんか文句あっか?」
     いちいち突っかかってくるのはどうにかならないの? 面倒だけど、もう少し追及しないと。
    「外で何をしていたのですか?」
    「カンケーねえだろ。んなこと聞くな」
     関係あるかは聞かなきゃわからないというのに。

    「外とはいえ、現場の近くではあったんですよね? 窓から中の様子とか見えなかったんですか?」
    「何言ってんだ? 見えるわけねえだろ」
     わかんないわよそんなの! 外とだけ言われてもどこかなんて! 本当、シャクに障る人ね。こうなると何を聞けばいいのか……。

  • 19◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:23:20

    「ねえ、キングちゃん」
     ウララさんが小声で耳打ちしてくる。
    「見てなくても、聞こえたんじゃないかな?」
     そう言われて気づく。音は重視してこなかったけど、これで事件を知っていたかどうかの判別はできる。
    「ところでウララさん、なんで小声で話すの?」
    「だってシャインちゃん、こわいんだもん」
     ウララさんが怖がるって相当ね……。

    「現場は見えなくても、音は聞いてたんじゃないかしら?」
    「聞こえたぜ。ドカーンて感じの。だから集められたんだろうが」
     ああ、これは聞いてたのね。

    「その後、あなたは何を?」
     この質問を聞き、シャインさんは少し考え込む。
    「…………トレーナーと一緒に、音の方へ行ったよ」
     なんだ、現場まで行ってるじゃない。けど、今の発言の前に妙な間があったわ。

    「あなたは、外でトレーナーを話していたんですね? 何を話されていたんですか?」
    「教えるギリなんざねえよ、チッ」
     また舌打ち……! いつまでこんな態度取り続けるのよこの人は! でも、今の質問は事件とはあまり関係ないでしょうし、スルーしましょう。

    「現場に行った後は何をしたんですか?」
    「どうもしてねえ。その場でトレーナーと話の続きをしてただけだ」
     トレーナーと話し続けたのね。あやしいところはない。一応、あれも聞いておきましょう。

    「あなたとバクシンオーさんとは、どんな関係ですか?」
     動機を探るために、私は質問した。シャインさんに関しては、バクシンオーさんのことを恨む要素が多い。
    「学級委員長だって立場を振り回して、テキトーなこと言ってる、うぜえヤツだよ」
     シャインさんの表情がさらに険しくなる。これは、相当嫌っているみたいね。説教されすぎてウンザリってところかしら。罪をなすりつける動機としては充分でしょう。ここまで聞ければもういいわ。

  • 20◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:23:49

    「コラァッ!! シャイン!!!」
     突然、教室のドアがガラガラっと開き、男性の声が響く。教室内の全員が、声の方へ視線を向けた。
    「人様に失礼な態度を取るのはやめろって言ってるだろ!?」
     その男性はこちらへ近づいてくる。ハンチング帽を被った若い人だ。ドシドシと歩いてきて、シャインさんの前で止まった。どうやら、シャインさんのトレーナーのようだ。
    「なんでそう失礼なことばかりするんだキミは!!」
    「チッ……何しようが勝手だろうが」
     シャインさんは不貞腐れている。

    「ちょっと、トレーナーさん!」
     今度は柏田先生が近づいてきた。
    「は、はい。なんでしょう先生?」
     萎縮し、声が小さくなるトレーナー。
    「急に大声出すのはやめてください。他の生徒もいるんですよ?」
    「ああ、すみません。つい、2人きりの時の勢いがですね……」
     愛想笑いを浮かべながら、彼は頭を下げている。シャインさん相手の時と打って変わって、物腰柔らかな態度ね。
    「柏田先生、私達なら大丈夫ですから」
     私が間に入る。
    「そうだよ! ちょっとびっくりしちゃったけど、トレーナーさん優しそうだもん!」
     ウララさんも仲裁に入った。
    「まあ、それならいいんだけど……」
     柏田先生はちょっと不服そうに、教壇へ戻っていく。

    「すみませんね、2人とも。大声上げちゃたし、シャインもキツかったでしょう?」
     私とウララさんへ謝るトレーナー。彼は私達に対しても、腰が低い態度で話している。
    「シャインのヤツ、ああ見えて根は真面目なんです。許してやってください」
    「チッ……」
     そんな彼の言葉にも舌打ちするシャインさん。真面目って本当……? 信じられないわ。
    「2人も事件調査ですよね? 僕も事件の時にシャインといましたから! なんでも聞いちゃってください!」
     笑顔で胸を叩くトレーナー。話が早いわね。彼にも聞き込みしましょう。

  • 21◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:24:28

    「事件当時は、校舎近くでシャインと話してました。国語の補習やってる教室の横ですよ。内容は今後のレースについてね。結論は出なかったんですが。そしたらバコーンって感じの音がして、行ってみたら壁が崩れてたってわけです」
     場所について判明したわね。シャインさん達は、バクシンオーさんの補習の部屋の横で話していた。

    「その時、現場には誰がいました?」
    「ライスシャワーさんとミホノブルボンさんだったね。その後はシャインと話の続きをしました。結論は出ませんでしたがね」
     これもシャインメイカーさんの話と一致するわね。けど、そうだとしたら不思議な点が1つ。

    「事件後もシャインさんと話を続けたそうですが、先程までどちらに行ってたんですか?」
    「トレーナー室に戻ってました。今後のレースの出走予定表、印刷してシャインに渡そうと思って」
     手に書類は持っているし、筋は通るわね。あと気になるところは……そうね、あれを聞こうかしら。

    「レースに関しての話は結論が出なかったそうですが、どうしてでしょう?」
    「僕が悪いんです。つい、2日前のことを話題にしてしまって」
    「2日前? 何かあったんですか?」
    「シャインがね、カフェテリアでケンカになったんですよ。その時、仲裁をバクシンオーさんがやってくれてね。そのこと、彼女は根に持ってるみたいで……」
     トレーナーが話している途中、シャインさんは机をガンと蹴った。
    「コラ! またキミはそういうことを!」
    「余計なことをしゃべってんじゃねえぞ、ジジイ!!」
     すごい剣幕でシャインさんは言う。自分のトレーナーにジジイって……どういう関係なのよ、この2人……。

    「ところで、キングヘイローさん」
     今度は、トレーナーの方から話しかけられる。
    「さっき、柏田先生と言ってたけど、あの人がそうなのかい?」
     教壇にいる彼女を指差しながら、彼は聞く。
    「ええ、そうですけど」
    「やっぱりそうなのか。ううむ……」
     彼は腕を組み、何かを考え込んでいる。

  • 22◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:24:51

    「柏田先生が、どうかしたんですか?」
    「いや、先輩トレーナーに同じ苗字の人がいてね。柏田哲平さんって言うんだけど、その妹さんなのかと思ってね。先輩、6年前まで中央に勤めてたんだけど、今は地方にいるんだ。でも違うかなぁ……どっかで見たことある顔なんだけどなぁ……」
     つまり、柏田先生とは別の、柏田トレーナーがいたってことね。事件とは関係なさそうだけど、今の話には引っかかる点がある。

    「その柏田トレーナーって、中央から地方に行ったんですか? どうして?」

     普通、地方のトレーナーががんばって中央へ来るってことはあるけど、その逆はほとんどない。なぜわざわざ地方へ移るのかしら?

    「ああ、柏田さんは中央にいた頃、担当ウマ娘と一悶着あったみたいでね。その子、レースは早期引退になってさ。卒業後、行方不明になっちゃったんだ」
    「ええ!? 行方不明!?」
     思いがけない言葉が出てきた。何よそれ、そっちの方が大事件じゃない!
    「今もどこにいるか見つかってないんだって。それが自分のせいだって、勝たせてやれなかったからだって、責任感じて……」
     そういうこと……。中央に居続けることに耐えられなくなったのね。地方の方が気楽でしょうし、それなら納得できる。

    「すまないね、こんな話してしまって」
     シャインさんのトレーナーは暗い顔をしていた。
    「いえいえ。お話ししていただいてありがとうございました」
    「ありがとね、トレーナーさん!」
     私達は礼をした後、最後の容疑者のところへ行った。

  • 23◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:25:12

    「こんにちは! ハルウララです!」
    「キングヘイローです。メルトスイーツさんですね?」
     窓際に座る彼女は、じっと外を眺めていた。
    「あら、ごきげんよう。そうですわ。何かご用でして?」
    「事件の話を聞かせてほしいのですが、よろしいですか?」
    「ええ、構いませんよ」
     彼女はこちらを振り向き、ニッコリと笑う。

     メルトスイーツ。小柄で鹿毛のウマ娘。瞳が特徴的で、十字に光り輝いている。フクキタルさんみたいね。柏田先生曰く、とても上品でおっとりした優等生だけど、どこか他の人とズレているらしい。得意距離は短距離で、バクシンオーさんとも何度も戦っている。

    「本日はわたくし、午後はトレーナーさんとミーティングを行いましたの。3時まで続きました。その後、カフェテリアで紅茶をたのしみましたわ。そして3時30分頃、わたくしは玄関から校舎に入りましたの。美術室に忘れ物をしたと気づきましたから」

     笑顔のまま、ゆったりと説明するメルトさん。玄関は校舎中央のところで、美術室は3階。階段は玄関の近くにある。今の話だと、彼女は事件現場にはいないことになる。

    「その時、壁が崩れたことには気づきましたか?」
    「ええ。大きな音がしましたので」
    「その後はどうされたんですか?」
    「美術室へ向かいましたわ。忘れ物がありましたから」
     ……え? 壁が崩れたのに、気にせず美術室に行ったの?

    「崩れた壁の方へ行ったり、現場を見たりはしなかったんですか?」
    「しませんでしたわ」
    「気にならなかったんですか?」
    「ええ、特には」
     表情を変えずに言うメルトさん。柏田先生が言ってた『どこかズレてる』ってこういうことかしら……。質問を変えましょう。美術室に向かったのなら、あの人とすれ違ってるはずよね。

    「メルトさん。美術室に行くまでの間、誰かと会いませんでしたか? 階段とかで」
    「うーん……」
     メルトさんは指を頬に当て、上を見つめる。しばらく間を置いて、口を開いた。

  • 24◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:25:23

    「おぼえてませんわ。誰かとすれ違ったような気もしますし、すれ違わなかったような気もします」
     再び笑顔になるメルトさん。すれ違ったか覚えていないなんてこと、あるかしら? 追及してみましょう。

    「それはおかしいです。すれ違った人くらい、覚えているでしょう?」
    「そう言われましても。あまり周りを気にしない性格なんですの」
     メルトさんは、平静な態度で答えている。とてもあやしいけど、ウソをついているわけでもなさそう。アリバイに関しては、柏田先生にも確認した方が良さそうね。

    「メルトさん! 忘れた物ってなんだったの?」
     今度はウララさんが質問する。
    「セロハンテープです。今日の授業で使ったのですが、教室に持ち帰るのを忘れてしまいまして」
    「そうなんだ! 見つかったの?」
    「いえ。見つかる前に生徒会の方に呼び出されまして。後程、もう一度探そうかと思っておりますの」
     ウララさんに対しても、笑顔を絶やさないメルトさん。まだセロテープは見つかってないのね。
    「もしよろしければ、お手伝いしていただけないでしょうか? 他の方のお力をお借りしたいのです」
     メルトさんが尋ねてくる。
    「うん、いいよ! ウララたちも手伝うよー!」
    「ありがとうございます。探す時にはわたくしからお声掛けします」
     ウララさんがすぐに快諾してしまった。調査を続けたいから、手伝うつもりはなかったのだけど……こうなった以上、やるしかなさそうね。

     最後に、あの事について聞きましょう。
    「メルトさん。あなたはバクシンオーさんと同じレースに、何度か出走していますね?」
    「ええ。それがなにか?」
     心なしか、彼女の返事がとげとげしいと感じた。でも、気にする必要はない。

  • 25◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:25:44

    「あなたは、彼女のことをどう思っていますか?」

     その瞬間、場の空気がピーンと張り詰めたように感じた。メルトさんの顔から笑みが消え、うつむいていく。心の中がざわつき、冷や汗が額から伝っていくのがわかる。何? 何なの、この焦燥感? 体が、動かない。メルトさんから、目が離せない。

     しかし、そんな沈黙も長くは続かなかった。

    「良きライバルであり、模範である方。わたくしはそう、思っていますわ」

     口を開いたと思った瞬間、急に笑顔に戻るメルトさん。しかし、ウララさんも私も見逃していない。それまで見たことない、彼女の険しい顔。その迫力に押され、私達はしばらく黙り込んでしまった。

    「…………ご、ご協力ありがとうございました。話は以上です」
    「犯人探し、がんばってくださいね」
     私達は一礼し、彼女から離れた。



    「キ、キングちゃん……! 見た? メルトさんの顔」
     ウララさんは、まだびっくりしている様子。
    「ええ。あの顔はきっと、バクシンオーさんのことを……」
     恨んでいる。あるいは、羨んでいる。そんな顔だった。メルトスイーツさん、なかなか底が見えない人ね。後でセロテープ探しを手伝うのが怖くなってきた……。

     とりあえず、メルトさんにも動機はありそう。アリバイを確認するためにも、もう一度柏田先生に話を聞きましょう。



    「え? 階段でメルトさんとすれ違わなかったか?」
    「はい。彼女は3時30分頃、美術室に向かっています。見ているはずです」
     私の言葉に、柏田先生は「ああっ」と声を漏らした。
    「会ったよ。2階3階の間の踊り場で。走りながら見たけど、絶対彼女だった」
     今の証言で、事件当時メルトさんが美術室に向かっていたのは間違いなさそうね。

  • 26◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:26:17

    「あ! そういえば、みのり先生は事件の時なにしてたのー?」
    「さっきも言ったけど、アタシは美術室にいたよ。音がしてから下に下りたんだ」
    「じゃあ、美術室にいる間はー?」
     今日は鋭いわね、ウララさん。私が聞こうとしたことを先に聞いてくれたわ。
    「その時は片付けをしてたんだ。今日の授業で、大きな模造紙と絵具を使ったんだけど、授業がちょっと延びちゃってね。今もまだ片付けが済んでないんだ」
    「そうなんだ! 大変だね~」
     柏田先生は美術室の片付けをしていたのね。ウララさんには、もう一歩聞いてほしかったけど、上出来でしょう。あとは私が聞きましょう。
    「授業が終わってから、3時間以上経ってますよね? 片付け、まだ終わってないんですか?」
    「うん。実は1時から3時までは、書類作成をやることになっててね。はぁ……」
     肩を落とし、ため息をつく先生。仕事、相当溜まってたのね。

     それじゃあ、もう1つの方も聞きましょう。
    「メルトさんとバクシンオーさんはどういう関係なんですか?」
    「どういうって?」
    「その、ただのライバルや友達、というようには見えないと言いますか……」
    「ああ! そういえば伝えてなかったね!」
     柏田先生は納得したのか、笑みを浮かべてうなずいた。

    「メルトさんも短距離路線だって話したでしょ? ここ最近ね、出てるレースが全部バクちゃんと被ってたの。表情には出さないけど、悔しいでしょうし、目の敵にしてると思うわ」

     そういうことだったのね。彼女が直近で出ていたレースは、CBC賞、セントウルステークス、スプリンターズステークス。いずれも短距離のレースで、そのすべてでバクシンオーさんが1着。メルトさんはずっと負けていることになる。なんで気づかなかったのかしら。うっかりしていた。

    「けど、バクちゃんのトレーナーさんって変な人よね」
    「え? 変?」
     急に、柏田先生から意外な言葉が出た。
    「いやね、バクちゃんが長距離でも頂点に立てるって、同僚達にまで話してるらしいの。彼女の適正はわかりきってるはずなのに。前も、1200メートル×3で3600メートルだ、ってバクちゃんに言ったらしいし……」
     よくわからないけど、確かにバクシンオーさんのトレーナーは変わってる人みたいね。

  • 27◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:27:05

    「……と、そろそろ美術室に戻りたいかな。エアグルーヴさんに言えば出ていいって言ってたし」
     腕時計を見ながら、柏田先生が言う。こちらとしても話は聞き終わったし、問題はない。
    「ごめんなさいね、話があったら美術室にいるから!」

     先生は帳簿を抱えながら駆け足で教室を出たが、その時に何かが床に落ちた。先生は気づいてない。
    「何かしら? ペン?」
     拾い上げると、高級そうなボールペンだった。似たようなペンを学園内で見かけたことがある。おそらく、柏田先生が抱えていた中から落ちた物ね。ペンには、アルファベットで『YAMANO SHION』と印字されている。
    「やまのしおん? って書かれてるわ」
     聞いたことのない名前だ。どこかのメーカー? 誰かの名前? 当然、『柏田実』とは違う。とにかく、柏田先生を追いかけましょう。



     廊下に出ると、柏田先生は階段を上がる寸前だった。
    「先生! これを!」
     私が大声で呼び止めようとするが、先生は構わず階段を上がってしまう。私より先にウララさんが追いかけ、柏田先生の服を掴んだ。
    「ひゃあっ!? オバケ!? きゃあっ!!」
     柏田先生が跳び上がり、そのせいで足を滑らせてしまった。
    「あぶなーい!!」
     よろけて下りてくる先生の体を、私とウララさんが受け止めた。

    「先生、私の声が聞こえなかったんですか?」
    「ごめんね。時々、耳が遠くなってね。それで何か用かな?」
     私は先生に、先程のボールペンを見せた。
    「え? ああ、落としちゃってたのか!」
     そのままペンを受け取る先生。
    「ねえ先生! 『やまのしおん』って何?」
    「シオンはアタシの昔の友達なんだ。これは彼女からプレゼントされたペンなんだ。拾ってくれてありがとう!」
     そう言って、柏田先生は階段を上がっていった。

  • 28◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:27:20

     一通り、聞き込みは終わった。けど、まだ犯人は絞り込めそうにない。動機がある人はいても、事件当時のアリバイがある人が多い。メルトさんも柏田先生が見てるし、他の人達は2人で行動していた。単独犯では不可能よね。もしくは、何かトリックがあれば可能なのかしら……。



    「ウララさん、キングさん」
     後ろから急に声をかけられた。振り向くと、そこにはメルトさんがいた。
    「先生もいなくなったことですし、わたくしも美術室に探しに行こうと思うのです。いかがでしょうか?」
     そういえばそうだったわ。ウララさんが承諾してしまったのよね。もしかしたら3階にも手がかりがあるかもしれない。けど、そのためにも……。

    「メルトさん。手伝いをするのは私だけでもいいかしら?」
    「それは、どういうことでしょうか?」
     メルトさんの顔から笑顔が消える。
    「ウララさんには私達と並行して、3階を調査させてもらいたいんです」
     その言葉を聞き、ウララさんがこちらを見て「ええっ?」と言う。
    「わたし1人で調査するの?」
    「そうよ。いろんなところを探してちょうだい。何かあやしい物があったら、LANEで教えて。テープを探し終わったら、私がそこに行くから」
    「うん! わかった!」
     ウララさんにもちゃんと伝わったみたいね。
    「調査のために必要なことなんです。お願いします」
     私はメルトさんへ頭を下げる。
    「顔を上げてくださいまし」
     見上げると、メルトさんに笑顔が戻っていた。
    「いいですわ。キングさんがお手伝いしてくださるのなら」
    「ありがとうございます!」
     私達3人は、早速3階へと向かった。

  • 29◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:28:20

    「ありゃ? キングさんにメルトさん。どうしたの?」
     美術室に入ると、柏田先生が絵具を整理していた。
    「メルトさんがセロテープを忘れたみたいで」
    「え? 何だって?」
     先生に聞き返された。また耳が遠くなっているみたいね……。
    「メルトさんの忘れ物!! 探させてください!」
    「ああ、忘れ物か。いいよ、好きに探しちゃって~」
     そう言い、柏田先生は片付けを続ける。私とメルトさんも探し始めた。探すと同時に、美術室を見回す。机の上には色々と描かれた模造紙が置かれたままになっている。使用済みの絵具や筆などは、窓際へ集められている。セロハンテープらしき物は一切見当たらない。というか、美術室なのにセロテープすら無いのね……。あやしい物も無かったが、違和感のあるところを見つけた。

     教室端にある棚。横長の棚の上に、胸像が1つだけ置かれている。しかし、その奥にはあと2つほど置けるスぺースがあるのに、そこには何もない。なぜか手前に1つ置かれているだけ。普通、大きな物は奥の方に置かない? 落とすと危ないし。

     その疑問はすぐ解消された。その近くに、大きなゴミ袋が置いてあった。中には白い石膏の破片がいくつも入っている。つまり、誰かが落としたか何かして割ってしまったのね。

     しかし、その中の破片の1つだけ、どうにも質感が違うように見えた。袋に近づき触ってみると、思ったよりゴツゴツ、ザラザラしている。あれ? これ、コンクリートじゃない? コンクリート片と同じ触り心地だわ。これも壁の破片だとしたら、なんでここにあるの? 犯人はわざわざこの部屋に来て処分した? というか、なぜ1個だけそんなことをするの?

    「コラ。忘れ物を探すんじゃなかったのかい?」
     気がつくと、すぐ後ろに柏田先生が来ていた。眉間にしわを寄せ、こちらを覗き込んでいる。
    「い、いえ! もしかしたらここに入ってないかな~と思いまして……」
    「そこには入ってないよ、ゴミ袋だし。早めに探してよ?」
     先生から言われ、テープ探しを再会する。するとすぐに、机の下にプラスチック製の物があることに気づいた。奥の方にあるため手が届かない。
    「メルトさん、長い物を持って来てくれないかしら?」
    「わかりましたわ」
     彼女は、美術室にあった黒板用の物差しを持ってきた。それを使い、机の下から引っ張り出した。

  • 30◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:28:55

    「これです! わたくしのセロハンテープ! この机の下にあったんですの?」
    「ええ、そうですけど」
     それを聞いた彼女は、首をかしげる。
    「おかしいですね……先程見た時は無かったように見えたのですが……」
     さっきは無かった? 確かに床と色が似てるし、机の下は暗いけど、探し物をしていれば気づきそうな感じね。現に、私が数分で気づいてるわけだから。これは、どういうこと?
     そう考えていると、ウララさんからLANEが入った。
    『トイレにあったよ!』
     その文と共に、写真が添付されている。そこに写っていたのは、釣り竿だった。



    「スカイさん!? なんでここにいるの!?」
     すぐに女子トイレに向かうと、そこにはセイウンスカイさんがいた。
    「いや~、先週ちょっと変なウワサを聞きまして。3階トイレに釣り竿が封印されてるって。それを確かめに来たんですよ」
     ジャージ姿の彼女は答える。そんなウワサ、いつ広まったのよ……。
    「セイちゃんのウワサ、本当だったんだよ! ほら!」
     ウララさんが掃除用具の入ったロッカーを開ける。その中には、送られた写真と同じ釣り竿があった。
    「すごいよね! なんでトイレに釣り竿があるんだろ~?」
     そう言いながら、竿を手に持つウララさん。あちこちに細かい傷がついており、使い古された物であることがうかがえる。手元には、透明なリールがたくさん巻かれている。

     なぜそんな物がトイレに? 明らかにあやしいわ。トイレの、それも掃除用具のロッカーに隠してあるなんて。犯行と関わりがあると考えましょう。

     犯人は壁を壊すために、釣り竿を使ったの? どうやって? 直接竿をぶつけた? 糸だけ使ったとか? 糸の先に石か重りを結び付けて、壁に向かって下ろすことも可能ね。糸の先に何か残ってないかしら?

  • 31◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:29:45

     そう思い竿の先端を見てみるが、特に何も付いていない。
    「スカイさん。釣り竿って保管する時、針やウキも外すものなの?」
    「そうだよ。針が付いたままじゃ危ないし。それどころか、リールを外して洗う人だっているくらいだね」
     つまり、糸の先に何も無くても不自然じゃないってことね。

    「ウララ、ちょっと貸して」
    「いいよ!」
     スカイさんへと釣り竿を渡すウララさん。受け取ると彼女は、竿をじっくりと見つめていた。メーカーの表記やリールの部分を気にしているみたい。
    「これ、本格的だね。なかなか高価な竿だよ。私以外にも釣り好きがいるもんだね~」
     どうやら高級品らしい。釣りは詳しくないから全然わからないけど。
    「そんなに高価な物なの? その釣り竿」
    「中古でも1本数万円はするね」
     中古で数万!? 所詮棒だと思って侮っていたけど、ずいぶん値が張るのね。釣り竿の品質ってそんなに変わるものなの?

     私が驚いていると、スカイさんはリールを手に取り、ピンと引っ張った。
    「多分リールはPEラインだね。かなり長く巻かれてるし、こっちにもお金かけてるね」
     確かに、プラスチック製で硬そうに見える。犯行に耐えうるだけの強度はありそうね。けど、PEラインって何かしら?
    「おやおや? もしやPEラインをご存知ない?」
     スカイさんはニヤニヤしながらこちらを覗き込んでくる。
    「も、もちろん知ってるわ! あれでしょ、プラスチックで硬いヤツでしょ!」
     私の答えを聞き、スカイさんは眉をひそめた。
    「そりゃあそうだけど……見ればわかるじゃん、それくらい」
     あれ? ちゃんと答えたのにさらにバカにされてない?
    「ただね、このPEラインって確かに硬いんだけど、意外と切れちゃったりするんだよね~」
    「え? 硬いのに切れるの?」
     不思議な話ね。硬いなら、それだけ頑丈なのかと思ってたんだけど。
    「伸縮性が無くってね。急な力がかかると伸びないからプツン! といっちゃうんだ」
     なるほどね……釣り糸って、硬さ以外の要素も重要なのね。私も知らないことだらけだわ。

  • 32◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:30:19

     しかし、3階に釣り竿があるのだとしたら、他にも3階に手がかりがあるかもしれない。ここで犯行を行った可能性は……低いけど、ここで証拠隠滅をしようとしたなら、他にも何か残っている可能性はある。
    「ウララさん、3階を全部調べるわよ!」



    「ここからだと、廊下の様子は見えないわね」
     現場のすぐ上まで来て、窓から見下ろしてみた。最初は、廊下を調べてみることにした。ここの窓からは、どんなに身を乗り出しても、1階の廊下が見えることはない。

     もし3階から犯行を行ったのなら、犯人はどうやって、バクシンオーさんが来ていることを確認したのか? これが最大の疑問になるわ。1階廊下の中を、直接目で見る手段がない。カメラでも設置していたの?

    「あ、見て見てキングちゃん! 鳥さんがいっぱい!」
     開いた窓を指差して、ウララさんが声を上げる。今はそれどころじゃないでしょ、調査中なんだから、と思いつつも窓を見てみる。確かに鳥が集まって飛んでいた。……1羽だけ妙に大きいのが印象的だけど、事件とは関係ないわね。

    「……あれ?」
     廊下に視線を戻す際、窓枠を見て気づいた。枠に細い跡がある。何かがこすれたような、斜めに入った細く浅い傷。これだけだと手がかりとは言えないけど、1つだけ仮説が浮かんだ。
     
     この傷は、釣り糸が引っ張られてこすれた跡。犯人がこの窓から釣り糸を垂らし、引き上げた。おそらく、この窓から離れた場所から糸を引いた。だから糸が張り詰めて、窓枠を斜めに傷つけた。しかし、なぜ犯人はそんなことをするの? 壁を壊す方法として糸を引くというのは変よね。証拠を釣り上げるため?

     いや、糸を引いて壁を壊す方法があるのかも? 糸の先に重りを付けて、壁の穴に糸を通しておいて、廊下内に設置。糸を引くと、重りが外に向かうので壁を貫いて穴が空く。これならいけそうだけど、実行前にバクシンオーさんやストライドさんに気づかれるはずよね。

     ……いえ、そうじゃない。糸を引きながら、2人に気づかれずに壁を壊す方法はある!そうと決まれば、もう一度現場から証拠探しを……待って。そうすると、やはりタイミングがネックね。犯人がバクシンオーさんが来た瞬間を知る方法があったのかしら? とにかく、今は引き続き3階を調査しましょう。

  • 33◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:31:21

     その後、3階の空き教室と廊下を調べてみたが、先程の窓枠以外にはほとんど気になるところは無かった。ただ廊下の最奥にて、壁が妙に膨らんでいた。その正体はすぐわかった。
    「ゴールドシップさん、何してるんです?」
     彼女は大きな紙で自分の身を隠していた。しかし、目の部分はそのまま穴があいている上、耳の部分がはみ出していた。
    「シー! 潜入任務中だ。日本一のニンジャ娘を目指して、秘伝書を探ってるんだよ」
     潜入も何も、ここは高等部の校舎よ。ニンジャ娘も初めて聞いたし、秘伝書って何? 相変わらず何を考えているかわからない。
    「ウララもやるー! かくれみのじゅつー!!」
     ウララさんまで紙の後ろへと隠れる。収拾がつかなくなりそうだ。

    「ゴールドシップさん、いつからここにいるんです?」
    「あ? 授業が終わってからずっとここにいるぜ?」
     ええ……放課後になってから、ずっと隠れてたのね……。けど、もしかすると。
    「それじゃあ、3時頃から今まで、この廊下に来た人物が誰かわかりますか?」
     釣り竿がある以上、犯人は3階に来たはず。廊下の端にずっといたゴルシさんなら、見ていてもおかしくない。
    「おう、オメーら以外に3人いたぜ」
     3人もいるのね。その内の誰かが犯人よ。

    「ストライドと、メルトスイーツ、あと柏田の野郎だな」
     女性の先生を野郎呼びって……。でも、これではっきりした。おそらく、この3人の中に犯人がいる。もっとも、それは犯人が釣り竿を使っていた場合の話。逆に言えば、犯人は必ず釣り竿を持っていたはず。

    「時間は……よく覚えてねえが、最初に柏田が来たぜ。んで一度下に下りていたが、入れ替わりでメルトが来たよ。すぐ生徒会のヤツらに連れてかれたけどな。その後、ストライドが来たな。多分トイレに行ってたぜ」
     来た順番がわかれば充分だわ。ストライドさんは、生徒会の調査が始まってから一度、3階のトイレに来ている。わざわざ3階に行くのはあやしい。釣り竿を処分しに来たのかしら。

    「その中に釣り竿を持っていた人物はいましたか?」
    「いねえと思うぜ。でも遠いからはっきりとはわかんねえぞ」
     あら、いないのね。さすがに遠すぎて見えなかったのかしら。けど、有力な情報は手に入れたわ。あとは1階を再調査しましょう。

  • 34◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:32:04

     私とウララさんは1階の現場へ戻ってきた。崩れた壁の周辺から、証拠となりそうな物を探す。床を全体的に見ているが、目ぼしい物はない。

     ふと、先程の窓枠の傷を思い出す。もしかすると、今回のトリックで傷ついた場所は他にもあるかもしれない。

     廊下の窓枠を端から見ていくと、3階のものと似た傷を見つけた。教室後ろの扉の対岸の窓だ。今度は、上から見た時の窓枠に対し、垂直な向きに入った傷だった。これは、1階にも糸を通した証拠よね。でも、なんで1階にも通したのかしら?

     また釣り糸が残っていないか、床を探っていた時。後ろの扉近くの壁に、光を反射する物を見つけた。テープだ。セロハンテープが、壁に貼ってある。しかも、短いリールらしき物を壁に貼り付けている。床下から20センチほどの高さにある。セロハンテープと言えば……メルトさんが持っていた。何か関係がありそうね。しかし、短いリールが貼ってあるのは不思議ね。あの釣り竿の糸なんでしょうけど、なんでわざわざ短いものを貼ったのかしら? これもトリックに使われたの?

    「見て見てキングちゃん!」
     ウララさんがはしゃぎながら近づいてくる。壁の破片を手に持っていた。
    「これね! ベロンってめくれてる中にハートがあるの!」
     その破片の壁紙が剥がれかけており、めくれた部分には黒い線で描かれたハートがある。その下にも何か描いてあるようだけど、壁紙に隠れて見えない。
    「全部めくってみよう! えいっ!」
    「ちょっとウララさん!?」
     止める間もなく、ウララさんは壁紙を剥がした。しかし、そこにはまた壁紙が貼ってあった。こっちもめくれているけど、1枚目の壁紙とは色が少しだけ違う。つまり、この壁には二重に壁紙が貼ってあったということ。犯人は過去にも穴をあけ、壁紙で隠していたことが確定したわ。
    「もう1枚あるね。えいっ!」
     考えている間に、またしても剥がしてしまうウララさん。現場の保持なんてあったもんじゃないわね……。でも破片1個くらい、大丈夫でしょう。

  • 35◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:32:47

    「あっ! ハートの傘だ! かわいい~!」
     見てみると、確かに相合傘らしきものが描かれている。ハートと傘の下に2人の名前を書いて恋愛成就を願う、あれだ。しかし、名前の部分は残っていない。崩れた際に分かれてしまったのね。一応、それも探してみることにした。

     コンクリート片を1個1個ひっくり返していると、文字が書かれた破片を1つ見つけた。壁紙を剥がし、全文を確認する。そこに書かれていた名前は……『シオン』だった。

    「シオンだって! これって、ヤマノシオンちゃんじゃないかな?」
     ウララさんも気づいたらしい。トレセン学園にこの名前があるということは……今までなんとなく人間だと思っていたけど、『ヤマノシオン』ってウマ娘の名前だったようね。でも、今回の事件とは関係なさそう。これ以上の詮索は……。
    「キングちゃん、柏田先生に聞いてみようよ! もう1人は誰なんだろ~?」
     ウララさんは調べる気満々だ。
    「ヤマノシオンのことは事件と関係ないわ。調べても時間のムダよ」
    「ええー? 調べようよ! 傘の中のもう1人が誰か、気になるよー! 早く行こ―!」
     こうなると、ウララさんは止まらないのよね。探偵ブームだって、最初はこんな感じで始まったんだもの。仕方がない。
    「わかったわ。ヤマノシオンさんのことを聞きに行きましょう。ただし、柏田先生にだけよ。いい?」
    「やったー! じゃあ行こー行こー!」
     私の言葉にはしゃいで、ウララさんはすぐに階段を上り始めた。



    「柏田先生。ヤマノシオンさんのことですが……」
    「え、何? シオンがどうしたの?」
     私の声に、振り向く先生。美術室に着くと、先生は絵具の片付けを終えたようだった。
    「崩れた壁の破片から、こんな物が見つかりました」
     私は、スマホで撮った破片の写真を見せた。相合傘とシオンが書かれた破片の写真。それを見た先生の表情は、引きつっているように見えた。
    「この相合傘の相手、誰だったんですか?」
    「え? い、いやあ、わかんないなあ。シオンとは、その頃連絡を取ってなくてね……」
     明らかに動揺している。何か知っているはずね。少し、カマをかけてみましょうか。

  • 36◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:34:03

    「先生は、他にも隠し事をしていますね?」
    「え? 隠し事?」
     キョトンとする先生。首をかしげていたが、思い当たる節があったようで、すぐに口を開いた。
    「まさか、胸像が割れていることかい? あれは先週、授業中に生徒が落としてね。先生方には報告済みだよ」
    「いいえ。そのことではありません」
    「じゃあ、なんなのさ?」

    「その割れた胸像の入ったゴミ袋の中、1つだけコンクリート片が入ってますよね? なぜでしょう?」
     私の言葉を聞き、先生は「うぎっ」と小声を漏らした。この反応はアタリのようね。
    「し、知らないよ。本当に入ってたのかい?」
    「ええ。セロテープを探してる時に確認しましたから」
    「な、なるほど……だけど、それはアタシが持ってきた物じゃないよ」
     焦っているけど、自分がやったと認めない先生。まだ白を切るつもりなのね。それじゃあ、ガツンと言ってやりましょう。

    「いいえ。あれは先生がここへ持ち込み、捨てた物です」
    「アタシが捨てた? 何を根拠に……」
    「その破片には『名前』が書かれていたんです。その名前は……」
    「な、名前だって? そんなわけがないだろう」
     そう言いながら、先生はこちらから目を逸らす。その隙に、私はゴミ袋の方へと近づいた。
    「あ、コラ! 勝手に見るんじゃ……!」
     迫ってくる先生に構わず、袋の中から壁の破片を手繰り寄せ、ひっくり返してみる。そこには、予想通りのものがあった。

    「やはり、書いてあったわね。『柏田』って名前が」
     柏田先生の顔が一気に青ざめる。
    「現場からここへ破片を持ち去る理由。それは、先生がヤマノシオンと『恋仲』であることを隠したかったから。おそらくさっき美術室に上がった時、長いスカートに忍ばせて持ち込み、バレないようにここへ捨てたんです。同性愛だったから隠したかったのか。それとも、その関係は長く続かなかったのか……」
     その質問に対し、先生は黙り込んでしまった。
    「無理にとは言いませんが、お聞かせいただけませんか? シオンさんと先生との間に、何があったのか」
     先生は渋い顔で地面を見つめた後、こちらを向いてゆっくりと話し始める。
    「最初から、順に話していくね」

  • 37◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:35:19

    「アタシとシオンは、中学時代の友人なの。お互い、当時は友人は少なかったから、すごく仲が良かったんだ。当然、シオンはトレセン学園に行ったから、アタシとは別々の学校になったんだ。それ以降も連絡は取り合ってたし、時々会って遊ぶこともあった」
     
    「けど彼女の距離の詰め方が、友人のそれじゃないって感じ始めてね。アタシも忙しくなったから、しんどくなって……距離を取ったんだ。連絡も減らしていって、最後は無視するようにした」

    「そして高校3年の春頃。彼女がレースを引退するって話を聞いたんだ。心配だったけど、またあの関係に戻るのは嫌だったから……そのまま連絡は取らなかった」

    「だけどその2年後、トレセンから大学に進学した彼女が行方不明になったって。それを聞いて血の気が引いたわ。もしかするとアタシが無視したから、頼れる人がいなくて、それで……」
     先生は、急に口をつぐむ。
    「それで……?」



    「自ら命を絶っちゃったのかも、って」

    「ええーっ!?」
     唐突な言葉に、ウララさんも驚いて叫んでいた。
    「知らせを聞いて、すぐに連絡を取ろうとしたんだ。けど、携帯電話は番号が使われてなくて、彼女の両親からも連絡が取れないって。1人暮らしの住所を訪ねても、もぬけの殻だった。これはもう、そうだとしか考えられないのよ!」
     先生は声を荒げた。今まで見たことないくらい取り乱している。
    「先生、まだわかりませんよ! 遺体だって見つかってないでしょう?」
    「そうだよ! シオンちゃん、生きてるかも!」
     私とウララさんが励ますが、先生の様子は変わらない。

    「いえ、今回の事件でわかったわ。シオンの幽霊はいるのよ」

    「えぇ……!?」
     思いもよらぬ言葉に、体が震えあがってしまう。ゆ、幽霊!? ウソ!?
    「アタシさ、残業で夜遅くまで残っているんだけど、最近音が聞こえるんだ。ミシミシって。あれは、シオンがあの壁を壊そうと……」
     先生は青ざめながら話している。ウソをついているように見えない。それじゃあ、ヤマノシオンの幽霊は実在するの!? それで、あの壁を壊した!? いや! いやいやいやいやいや! そんなわけないじゃない! ゆ、幽霊なんているはずないのよ!

  • 38◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:37:01

    「せ、先生。ゆゆ、幽霊に壁は壊せないはずよ! だって、すり抜けるでしょう……!?」
    「でもさ、あの形の穴、おかしいと思わなかった?」
    「ど、どういうことです……?」
     
    「幽霊なら、自分の体の形の穴だってあけられるんじゃない? 壁の中で実体化したら、その形に穴があくとかさ! それに、深夜とかに誰からも見られずに穴をあけられる! ありえそうでしょ!?」
     鬼気迫る表情で、声を荒げる先生。それじゃあ、あれはバクシンオーさんのシルエットじゃなくて、ヤマノシオンのシルエットだったの!?
    「じゃあ、犯人はシオンちゃんのユーレイなのー!? すごーい!!」
     ウララさんは、無邪気に喜んでいる。

     否定してしまいたくなるけど、妙に納得できるところもある。もし幽霊がやったのなら、穴があの形になってもおかしくないかも。今回の場合、ヤマノシオンにも壁を壊す動機が存在する。柏田先生が構ってくれなかったから、頼れる相手がいなかったから、レースの苦しさに耐え切れず命を絶った。それなら、先生のことを恨んでいるはず! それで、相合傘を壊したかったか、それか先生に存在を知らしめたかったか。次は先生を殺すという脅しかもしれない。けど、なんにせよ幽霊がやったことなら証明しようがない! それに、深入りすれば、私達にも被害が及びかねないわ!

    「う、ウララさん、今回の事件は諦めましょう。私達じゃ手に負えないわ……」
     いろんな意味で焦っている私に対し、ウララさんは楽しそうだった。
    「ユーレイが犯人っておもしろい! でも、どんな証拠があるんだろ~?」

     ウララさんの言葉を聞いてハッとした。そうよ。ここまで、犯行の証拠になりそうな物を見つけてきたじゃない。釣り竿と、窓枠の傷。幽霊が犯人なら、この2つの物の説明がつかない。やっぱりこれは……。

    「柏田先生。事件の犯人は実在する人物です。幽霊ではありません」
    「でも、シオンはアタシを……」
     戸惑う先生へ、私は笑顔を向ける。ようやく落ち着いてきた。大丈夫、今の私は冷静よ。
    「ヤマノシオンさんが失踪したのも、先生のせいじゃないです。きっとまだ生きています。犯人を見つけて、それを証明します!」
    「ウララたちにまかせて! シオンちゃんは今でも先生の友達だよ!」
     ウララさんの眩しい笑顔を見て、ようやく先生は少しだけ口角を上げた。
    「そっか。まかせたよ、小さな名探偵」

  • 39◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:37:36

    「キングちゃん、ヤマノシオンちゃんのこと、もっと調べてみよう!」
     1階の廊下に下りた後も、ウララさんはヤマノシオンのことを追いたがっていた。
    「言ったでしょう。柏田先生に聞くだけでおしまいって」
    「でも、事件に関係するかもしれないよー? 実はヤマノシオンちゃんが隠れてて、真犯人だったりして!」
     そんなわけないでしょう……ここにいるなら、行方不明になんてなってないわよ。

    「ヤマノシオン! なつかしい名前だ!」
     不意に、後ろから男性の声がした。シャインさんのトレーナーだった。
    「あら? シャインさんは一緒じゃないんですか?」
    「実は、また言い合いになっちゃいましてね……教室から追い出されちゃったわけです」
     苦笑いを浮かべるトレーナー。それで廊下にいるのね。追い出すところが容易に想像つくわ。
    「トレーナーさん、シオンちゃんのこと知ってるのー!?」
     彼のさっきの発言が、ウララさんの好奇心に火を点けてしまった。

    「知ってるとも! 柏田先輩の担当ウマ娘だからね」
     え? あ、そうだったの!? そういえば、地方に行った柏田トレーナーも、担当の子が行方不明になったって話だったけど、それが『ヤマノシオン』だったのね! 点と点がつながったわ!

     あれ? そう考えると、相合傘の相手の『柏田』ってまさか。

    「あの、シオンさんと柏田トレーナーは仲がよかったんですか?」
    「すごくよかったと思うよ。学園にいる間はずっと一緒だったらしいし。休みの日は、2人で釣りに行ったりもしてたって。先輩も、妹みたいだって喜んでたよ」
     やっぱり! シオンさんの相合傘の相手、柏田先生だと思ってたけど違う! 柏田トレーナーの方だったのよ!
    「その2人、恋仲だったのではないですか?」
    「え? ああ、確かにそう見えるくらい仲が良かったけど、先輩は既婚者だったんだ」
     なるほど……トレーナーは既婚者だったのね。その言葉で、色々と納得できた。
    「仕事中は指輪を外していたんだけど、年の差もあるから、先輩は恋愛対象にはならないだろうと思っていたんだ。ただある日、釣りに行った時に指輪をつけて行ってしまったらしくて、そこで彼女に知られてしまったって」
     シオンさんは彼を好いていたけど、その恋は実らないと知ってしまった。だから相合傘を書いた壁を破壊して……って違うわ。幽霊は犯人じゃないもの。

  • 40◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:38:19

     そういえば、釣り好きって言ってたけど、まさかあの竿も柏田トレーナーの物? って、そんなわけないわね。男子トイレじゃなくて女子トイレにあるんだもの。でも、一応聞いてみようかしら。
    「柏田トレーナーは、釣りが好きだったんですか?」
    「大好きだったみたいだよ。毎週のように行ってたみたいだし。釣った魚の写真をしょっちゅう送ってきたし、家にあった釣り竿も見せてもらったよ。筋金入りの釣り好きだね」
     柏田トレーナーが釣り好きだという裏は取れた。それじゃあ、実際に見せてみましょうか。一応。

    「この釣り竿、見覚えありませんか?」
     トレーナーにスマホで写真を提示すると、彼は目を見開いて「おおっ」と声を漏らした。
    「あったよ! 何年も前だけど、家で見た! 2万する竿だから、メンテをかかせないんだって自慢してたね。ただ『ボロくなってきたからそろそろ捨てようかな』とも言ってたな。でも、どうしてこれが学園に?」
     首を捻るトレーナー。それはこっちが聞きたいくらいなんだけど……。柏田トレーナーが学園に置き忘れた物を、誰かが利用したってことになるのかしら?

    「ねえトレーナーさん! シオンちゃんって、どんなウマ娘だったの~?」
     ウララさんも質問する。
    「元気いっぱいな子だったよ。あの日まではね」
     急に、トレーナーの顔から笑顔が消える。
    「あの日?」
     首をかしげるウララさん。
    「初めてのG1レースに挑んだ日さ。あの日から、ヤマノシオンが崩れていったんだ」
     深刻な表情のまま、トレーナーは話し始める。

    「それまで、彼女はデビューしてから全戦全勝だったんだ。けど、クラシック秋のスプリンターズステークス。彼女は初めて負けた。5着だった」

    「それ以降での重賞レースはすべて掲示板外。最後に、短距離G1の高松宮記念に出たんだけど、結果は最下位。そのすぐ後、ヤマノシオンは引退を宣言して、レースから去ったんだ」

    「えー? シオンちゃん、レースやめちゃったんだ」
     ウララさんの声に元気がない。
    「ウララもいっぱい負けちゃうけど、たのしいのに……」
    「そうだね。ヤマノシオンも、本当にあっさり引退しちゃうとは思わなかったな……しかも、その翌年に行方不明ときた。先輩は何を思ったのかな……」

  • 41◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:39:13

    「なんかかわいそうだね、シオンちゃん」

     負け続けて引退、ね。気持ちはわからないこともない。私も、散々な結果だったから。でも、その後行方をくらませてしまったのは、どうしてかしら? 失恋に耐え切れなかったから? それとも、自分の競走成績を恥じたから? それとも、柏田トレーナーのことを許せなくて? いや、トレーナーを許せないからって、なんで失踪するのよ。復讐をするとかなら、もっと他に方法が……。

     待って。いや、でも、まさか。

     ……あり得る。あり得るわ。そう考えると、辻褄は合う。これは、もしかすると……!

    「わかったわ、ウララさん。この事件の真実が」
    「え!? ホント!? キングちゃん!」
     ウララさんは驚いた後、目を丸くして私の顔を覗き込む。正直、驚いたのはこっちよ。
    「あなたすごいじゃない! 犯人を当てるなんて!」
    「んー? どういうこと?」
     人差し指を頭に突き立て、首をかしげるウララさん。まあ、わかってないでしょうね。私だって、さっきまでそんなわけないって思ってたから。



    「た、た、大変ですぅ~!!」
     突然、ドトウさんが教室から出てきて、こちらへ走ってきた。
    「ど、どうしたの? ドトウちゃん」
    「お、オペラオーさんが、推理を発表するって、みなさんを集めてますぅ!」
     なんですって!? 一足遅かった!
    「ドトウさん、オペラオーさんは誰が犯人だと?」
    「そ、それが……」

  • 42◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:39:56

     ドトウさんの口から出た名前は、私の考える真相とは違っていた。

    「オペラオーさん、動機も証拠もつかんでますぅ。ど、どうしますか?」
     ドトウさんが不安そうにこちらを見る。
    「キングちゃん、あの人が犯人なの!?」
    「……私の考えでは、違うわ」

     証拠は揃ってないかもしれない。でも、行くしかない! ただその前に……!

    「エアグルーヴ先輩!」
     教室に入ろうとする先輩をなんとか呼び止めた。
    「どうした? 妙に急いているようだが」
    「先輩! 最近、誰かが学校のお金で物を買ったかって、調べることできますか!?」
     まくし立てる私に、先輩はちょっと引いている。
    「一体どうした、お前らしくない……」
    「お願いです! 事件の証拠になるかもしれないんです!」
     私の頼みに、先輩はため息を漏らした。
    「つまり、最近経費で何が買われたか、それを誰が買ったのかを、確認すればいいんだな?」
    「できるんですか!?」
    「ああ。事務員に聞けばわかるはずだ。事情を言えば、一覧を書類でもらえるだろう。生徒会の者に手配させておこう」
    「ありがとうございます!」
     私は全力で頭を下げた。

    「キングちゃん、今の話ってどういうこと?」
     エアグルーヴ先輩との話、ウララさんにはわからなかったようね。でも、大丈夫。

    「やれることは全部やったわ! 行きましょう、ウララさん! 真犯人を暴きに!」
     私達は、教室の扉を開けた。

  • 43捜査終了! 事件についてまとめ23/11/11(土) 11:41:14

    <事件概要>

     今日の午後3時30分、高等部校舎の1階廊下の突き当りの壁が崩れた。壁にはサクラバクシンオーと似た形の穴があいていた。事件前に、犯人がこの形にあけておいたと考えられる。


    <見つけた手がかり>

    ・コンクリート以外の破片

     現場から見つかる。真っ白でツルツルした面がある

    ・釣り竿

     3階女子トイレから見つかる。高価な物

    ・リール

     上の釣り竿に巻かれている物。PEライン。頑丈だが急な力に弱く、切れやすい

    ・窓枠の傷

     3階のものは斜めに、1階のものは上から見た窓枠に対し垂直に入っている

    ・『柏田』が書かれたコンクリート片

     3階美術室のゴミ袋から見つかる

    ・セロテープと短いリール

     バクシンオーの教室後ろの壁に貼られている。短いリールも貼り付けてある

    ・相合傘、『シオン』の破片

     現場から見つかる。分かれているが、ピッタリとハマる



    <校内図>

    ・高等部校舎

    ・事件現場周辺

  • 44◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:41:46

    <関係者の事件当時の動向>

    ・サクラバクシンオー

     補習が終わった後、マリンストライド目がけて廊下を走る。教室前で転び、同時に壁が崩れる。


    ・マリンストライド

     バクシンオーより3分前に補習を終わらせ、自分達のクラスへ行く。そこで、バクシンオーの机にいかがわしい本を発見。それを抱えて、前の扉から教室を出る。考えているうちに、バクシンオーが走ってくる。事件後も現場からは離れなかったはずだが、3階に行ったところをゴルシが目撃。


    ・ライスシャワー

     トレーニング後、事件現場近くを通る。ミホノブルボンと同行。壁が崩れた時、上に跳んだ破片を見る。


    ・ミホノブルボン

     トレーニング後、事件現場近くを通る。現場にあったベニヤ板をどかそうとするが、その時に手が接触。5秒後、壁が崩れる。


    ・シャインメイカー

     事件前、バクシンオー達の補習の教室の外でトレーナーと話す。事件が起きた時は、壁が崩れた音を聞き、現場へ向かう。事件後、その場でトレーナーと話を続ける。


    ・シャインメイカーのトレーナー

     シャインメイカーと同様。生徒会の調査が始まった後、印刷をしにトレーナー室へ戻る。


    ・メルトスイーツ

     3時まではミーティング、その後はカフェテリアで過ごす。3時30分頃、美術室のセロテープを忘れていたため、取りに行くために高等部校舎へ入る。入った際、壁が崩れる音が聞こえたが、気にせず美術室に向かう。柏田先生が階段ですれ違っている。


    ・柏田先生

     1時から3時まで職員室で書類作成。3時からは美術室で片付けをする。壁が崩れる音を聞き、1階に駆けつける。


    ・大林先生

     事件直前まで、バクシンオー、ストライド相手に国語の補習を行う。壁が崩れる音を聞き、現場へ駆けつける。

  • 45◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 11:54:04

    ここまでお読みいただいて、ありがとうございます。
    毎度とても長くてすみません。

    解決編は2時頃から投下予定です。それまで推敲します。
    解決編も長いので、のんびりとお読みいただければと思います。

    今回は、動機も推理材料が出ています。当てられたらすごいです。

  • 46二次元好きの匿名さん23/11/11(土) 11:55:55

    おつ

  • 47二次元好きの匿名さん23/11/11(土) 12:01:31

    面白い、期待してる

  • 48二次元好きの匿名さん23/11/11(土) 12:09:29

    あんまりSSとか読む人じゃないけど、読みやすかった
    続きも楽しみ

  • 49二次元好きの匿名さん23/11/11(土) 12:32:54

    応援してます。

  • 50二次元好きの匿名さん23/11/11(土) 13:45:05

    予想
    柏田先生は帽子とスカートで耳と尻尾を隠したウマ娘でヤマノシオン
    教室のドア→1F窓→3F窓で糸を張ってバクシンオーが脚を引っ掛けたら糸が切れて反対側の重りが落ちる等の仕掛けでタイミングを知る
    壁の穴を埋めた破片のひとつに糸を付けておき釣り竿で巻き取って引き抜くとバランスを崩して壁が崩れる、引き抜く破片は美術室にあってもおかしくない石膏像のもの

    わからない部分
    動機
    上述の仕掛けのみでは付近に補習の生徒しかいなかったとしてもバクシンオーではなくマリンストライドが廊下の糸を切ってしまう可能性があるのでバクシンオーに絞る方法、またはどちらでもよかった?

  • 51◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 13:50:54

    ちょっと早いですが、推敲終わったので続きを投下します。

    しおり代わりに安価つけておきます

    >>1

  • 52◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 13:51:29

    「これより、テイエムオペラオーによる華麗な推理劇をご覧に入れよう!」
     事件の関係者達と、生徒会の何人かが教室に集まった時。オペラオーさんは教壇に立ち、高らかに宣言した。皆はそれぞれ、教室の座席に座っていた。私とウララさんも、隣同士の席についていた。

    「オペラオー。その推理が真実かどうかは、我々生徒会が吟味する。推理を外した時は、わかっているな?」
     彼女を鋭い目でにらむエアグルーヴ先輩。
    「わかっているとも! 外れた時にはお詫びの品として、バラ風呂1か月分と、テイエムオペラオー像を贈ろうではないか!」
     いや、オペラオー像はいらないんじゃないかしら……。
    「どうするかは、犯人呼ばわりされた者次第だろう。では、さっそく聞かせてもらおうか。貴様の推理を」
     先輩の言葉を受け、一礼するオペラオーさん。顔を上げると、表情が引き締まっていた。

    「まずは事件についておさらいしよう」

     オペラオーさんは事件概要をまとめて話した。

    「注目すべきは、犯人がどうやって壁を壊したのか、だ」
     片目を閉じ、人差しを上に向けるオペラオーさん。
    「犯人は昨日より前に穴をあけ、それを埋めた。その上に壁紙を貼り、外にはベニヤ板を置いてごまかしていたのさ。そして今日、バクシンオーさんが来たタイミングで崩した」

    「ボクは考えた。壁を触らずに崩す方法を。そして答えにたどり着いた。これさ」
     そう言い、彼女はポケットから何かを取り出した。それは白い糸だった。
    「これはボクが用意した物だけどね。犯人は糸状の物を使って壁を崩したのさ。その証拠として、廊下の窓枠には傷が入っている。疑うようなら、後で確認してくれ」
     取り出した糸は、現場にあったわけではないらしい。証拠を独占されてなくて安心したわ。
    「糸を壁の破片の1つに巻き付けておく。事件を起こすタイミングでそれを引けば破片が取り出され、穴を埋めていた破片達がバランスを崩し、落ちていく。これが事件のトリックさ!」
     意気揚々と説明するオペラオーさん。彼女も、このトリックには気づいていたようね。
    「しかし、このトリックを使ったとして問題がある。それは、バクシンオーさんが走ってくるタイミングがわからないと、同時に壊すことができないということさ」
     ここも、私と同じことを考えていたのね。けど、彼女の答えと私の答えは、どこかが違うはず。

  • 53◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 13:51:50

    「では、犯人はどうやってそのタイミングを知った?」
     エアグルーヴ先輩の質問を聞き、目を閉じてニヤッとするオペラオーさん。人差し指を左右に振っている。

    「逆ですよ、エアグルーヴ先輩。タイミングをどうやって知ったのか? そうじゃなく、タイミングを知っていた人物こそ、犯人なのさ!」

     この発言に、あちこちで困惑の声が聞こえてきた。
    「知っていた人物だと? 一体誰だ?」
    「その前に、事件前の居場所についてもおさらいしましょう。シャインメイカーさんは補習教室の横。バクシンオーさんが補習を終えたタイミングはわかっても、廊下は見えないから走ったタイミングはわからないはず」
     それを聞いたシャインさんは、相変わらず目を閉じたままだった。トレーナーの方は、胸をなでおろしている。
    「メルトスイーツさんは、事件当時に校舎内に入り階段を上っていた。タイミングの確認は可能だが、そうなれば階段の窓から糸を引いたことになる。しかし、そんな形跡はなかった」
     メルトさんは穏やかな表情で聞いていた。階段の窓枠は調べなかったけど、さすがに傷は無かったようね。
    「ライスシャワーさんとミホノブルボンさんは、壁を崩すことは可能でも、バクシンオーさんが来るタイミングはわからない」
     ライスさんとブルボンさんは互いに見合い、うなずき合った。
    「それじゃあ、犯人ってまさか!」
     柏田先生が息をのんだ。
    「そう、犯人は……」
     オペラオーさんは、ビシッと指を差した。




    「マリンストライドさん! あなたですね!!」

  • 54◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 13:52:22

     周囲の視線が、ストライドさんに集中する。

    「え、ええ!? 私ですかぁ!?」
     指名されたことに、ストライドさんは驚きを隠せないようだ。

    「バクシンオーさんは、あなたに目がけて走ってきたんです。来るタイミングがわからないはずがない。彼女が転んだ時を見計らって、手に持った糸を思い切り引いた! そして後ろの壁が崩れ、バクシンオーさんのシルエットが浮かび、彼女に罪をなすりつけたのさ!!」

    「あなたは、バクシンオーさんの机にいかがわしい本が入っていたと言っていたが、それを目撃している人物はいない! これはウソの証言で、実際は自分で持ってきた物を抱えていただけだった! 違うかい?」
     問いかけてくるオペラオーさんに対し、ストライドさんは机を叩く。
    「違います! 本当にバクちゃんの机に入っていたんです! そもそも、私がこんなことをしたって言うなら、動機はなんですか!?」
    「ストライドさん。あなたはバクシンオーさんのことが大好きだ。学級委員をやりたがるほどに、ね」
    「……!」
     ストライドさんが初めてたじろいだ。オペラオーさんは笑みを浮かべたまま続ける。
    「他にもやりたがる人はたくさんいた。しかし、バクシンオーさんは例外として、毎回必ず学級委員に選ばれている。一方のあなたはじゃんけんで負け、一度もなったことがないというのに」
    「それは、確かに不満はあったけど……! でも!」
     ストライドさんは言葉に詰まっている。

    「ああ、マリンストライドさん。なんてかわいそうなヒロインだろうか。しかし、時として愛は憎しみに変わる。あなたが過去に壊していた壁を、バクシンオーさんのせいにすることで復讐を果たしたのさ!!」

    「待ってください!」
     ストライドさんは、再び机を叩いた。
    「さっきから好き勝手言ってますけど、私がやった証拠はあるんですか!?」
     ストライドさんの反論に対しても、オペラオーさんは笑顔を崩さない。
    「あなたが犯行に及んだのであれば、不自然な点が1つ。バクシンオーさんが転ばなければ、犯行を目撃されてしまう点だ。しかし、それを解決する証拠品があるのさ!」
     そう言い、オペラオーさんは右手の拳を前に突き出す。そこには、1枚の紙が握られていた。

  • 55◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 13:53:33

    「テスト用紙。ストライドさん、あなたの名前が記名された物です。この教室のゴミ箱から出てきました」
     国語の解答用紙のようで、点数は24点……赤点だ。しかし、現場にこんな物は落ちていなかったはず。
    「そ、それがなんだっていうんですか!?」
    「裏側に靴の跡が残っています。これを踏んだから、バクシンオーさんは転んだんじゃないですか?」
    「そんなわけないじゃないですか!」
     自信満々のオペラオーさんに一切怯まないストライドさん。この証拠は独占していたわね、オペラオーさん……!
    「彼女の隙を作り、その間に糸を引いた。引いた糸と破片は放置し、周りに人がいなくなったタイミングで引き上げたのさ。だから、調査が始まってから一度、3階に行ったんじゃんないかな? 回収した破片を捨てに、ね」

     あれ? オペラオーさん、どうしてそのことを知っているの? ゴールドシップさんはずっと3階にいたはずよね? オペラオーさんも来ていた? ならば、3階窓枠の傷の話が出ないのは不自然。もしかして……!
    「うぅ……! すみません、すみませんぅ!」
     ドトウさんの方を見ると、彼女はこちらを見ながら机に頭を何度も下げていた。おそらくドトウさんが私達を尾行して、話を聞いていたのね。全然気が付かなかった。

    「さあ、ストライドさん。なぜ3階のトイレに行ったんだい?」
    「それは、落とし物を思い出したからです! 美術の授業前に、ヘアピンを落としちゃったかもって思って……!」
    「苦し紛れのウソは良くないね。ボクの前では隠し事はできない。そして!」
     オペラオーさんがストライドさんを指差す。同時に、その表情が真剣になった。
    「その糸の方は今も、彼女が隠し持っているはずだ! それが出てくれば、ボクの推理は立証される!!」

  • 56◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 13:54:09

    「なるほどな。貴様の言いたいことはわかった」
     腕を組みながら、エアグルーヴ先輩がうなずいた。
    「ストライド、お前の荷物と体を調べさせてもらおう」
    「えっ、エアグルーヴ先輩……!?」
     唖然とするストライドさんのもとへ、生徒会の子達が向かっていく。そして、1分ほど彼女の服とバッグの物を探っていた。次々とバッグ内の物が取り出されていく。筆箱、教科書類、トレーニングノート、そして……。

    「副会長! カバンの中から糸が見つかりました!」
     生徒会の1人が手を挙げる。
    「ウソ……!? そんなわけないですよ!!」
     ストライドさんは信じられないといった様子だ。しかし、生徒会の子達の手には白い糸が握られており、それを伸ばし始めた。
    「7、8メートルはあるでしょう。壁の外側から、窓を通して廊下内に入れることは可能です」
     報告を受け、エアグルーヴ先輩はうなずいていた。
    「うむ。犯行は可能だな。破片が3階から出れば、立証されるといわけか」
    「そんな! 違います! 私は犯人じゃない! あの糸は、前の裁縫で使った物を入れっぱにしてて……!」
     ストライドさんは抵抗している。

  • 57◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 13:54:42

    「キングちゃん、ストライドさんは犯人じゃないんでしょ? いいの?」
     ウララさんが私の顔を見た。これ以上、オペラオーさんから情報は出てこないでしょうし、ストライドさんが犯人だという雰囲気ができあがっている。もう、ここでいくしかない……! さあ、私の推理、見せてやろうじゃないの!

    「ああ、ボクという太陽の前には、いかなる隠し事もさらけ出されてしまう! マリンストライドさん、早く罪を認めたまえ!」
     オペラオーさんが生き生きしているところに、割って入ろうと思ったその時。



    「待て! ソイツは犯人じゃねえ!!」

     急に、違う場所から大声が上がった。そして、イスを引き立ち上がる音が聞こえた。私は目を見開いていた。声の主は、なんとシャインメイカーさんだ。
    「は、犯人は……その壁を壊した犯人は……」
     不安そうな表情で、何かを言おうとする彼女。その場にいた誰もが驚きのあまり、黙って見守っていた。





    「犯人は、私なんだぁ!!!」

     迫真の表情で、言い切るシャインさん。突拍子の無い告白に、誰も理解が追いつかない。

    「お、おい。シャイン! そんなわけないだろ……!」
     沈黙を破ったのは、彼女のトレーナーだった。
    「事件当時、君は僕といたじゃないか! どうやって壁を壊した!?」
    「そうじゃねえ。一昨日、壁を壊したのが私なんだ」
     シャインさんは、うつむいたまま話し始めた。

  • 58◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 13:55:02

    「2日前。バクシンオーのヤツに説教されて、ムシャクシャしてたんだ。ケンカはしたが、難癖つけてきたのは相手だったのに、私ばっかり説教しやがったからな」
     話すシャインさんの表情は怒りに満ちている。
    「同時に、今まで受けた言葉を思い出したのさ。『イライラする時や悩んでいる時は、とにかく走るのです! バクシンすれば、すべて解決します!』って。誰もが走れば解決って、うまくいくわけねえだろ。なおさら、腹が立った」
    「ちょわっ!?」
     それを聞いたバクシンオーさんも、うろたえているようだった。
    「あの日のトレーニング後、壁の近くを通った時にバクシンオーを見かけちまった。それで、怒りがぶり返してきた。気づけば、私は壁を殴っていた」
     急に、シャインさんは笑う。
    「驚いたよ。壁がゴロっと崩れちまったんだからな。そんなにボロい壁だと思ってなかったから、ビビったぜ。穴があいちまったしな。崩れてきた破片はなんとか押し込んだが、それでも落ちてきてダメだった」

    「だから、階段の脇にあったベニヤ板を持ち出して、立てかけて穴を隠した。運良く、誰にも見られなかったよ。隠せたことに安心した私は、さらに穴を作ったんだ。人の形に見えるよう、あちこち殴った。そうすりゃ、壁を殴っただけの私が犯人だとバレねえと思ってな」
     
    「そんで、咄嗟に壁紙に使えそうな物を探した。これも運良く美術室のカギが開いてて、ちょうどよさそうな壁紙があってよ。廊下内から貼って穴を隠した」
    「え、ウソ……おとといアタシ、カギ閉め忘れてたの!?」
     柏田先生が驚いて声を上げた。周囲の怪訝な視線を浴び、先生は頭を下げながらイスに座った。
    「その壁が、バクシンオーが転んだ衝撃で崩れた。これが事件のすべてだ」
     シャインさんはうなだれている。聞き込みの時の威勢は、もう無かった。他の人も、彼女を責めるような雰囲気はなく、ただただ黙っていた。

  • 59◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 13:55:30

    「ふむ。つまりお前は2日前、壁に穴をあけてしまい、埋めた後にベニヤ板で隠した。それが今日衝撃を受けたことで崩れたと。だがなぜ今になってそれを言う?」
     尋ねるエアグルーヴ先輩の目は鋭かった。
    「私はよぉ、筋の通らねえことがキライなんだ。怒られるのは気に食わねえから黙っていたが、他の悪くねえヤツが犯人扱いされてるのは、見過ごせねえよ。ストライドのことなんか、これっぽっちも恨んでねえしな」
     憑き物が落ちたように大人しくなったシャインさんに対し、先輩はまだ怪訝そうな表情をしている。
    「しかし、お前が犯人だとするなら違和感がある。なぜ、バクシンオーが転んだタイミングで壁に穴があく? 直接ぶつかったわけでもあるまい」
     
    「エアグルーヴさん。それは私がお答えします」
     今度は、ミホノブルボンが口を開いた。

    「本日、壁を壊した犯人は私です」

     一同は、彼女の方へ振り向く。

    「事件当時、私はベニヤ板をゴミ集積所へ運ぼうと抱えました。その際、私の手の甲と壁との接触が発生。5秒後に壁が崩れています。壁に穴があいた原因は、私だと考えられます」
     淡々と述べる彼女に、みんな騒然としていた。
    「シャインが隠した壁が、ブルボンが触ったことで崩れてしまった、ということか」
     エアグルーヴ先輩はそう言いながらも、指を顎に当て宙を見つめる。納得できないようだ。
    「これを聞いた上で、貴様はどう考える?」
     聞かれたオペラオーさんは「フン」と鼻息を漏らしてから、笑顔で答える。

    「ボクの意見は変わらない。シャインさんが壊したことでストライドさんがその存在に気づき、今回の犯行を行ったと考えるよ!」
    「えぇ!? だから、違いますって!!」
     姿勢を変えない彼女に、必死に否定し続けるストライドさん。
     
    「ふむ、やはりそうか。私も同じ考えだ。シャインのしたことは別で罰するとして、今回壁を崩した者はこの2人ではないだろう」
     エアグルーヴ先輩もオペラオーさんに賛同している。これ以上、情報が増えることもないでしょうね。
    「では、生徒会の皆は3階にてコンクリート片を探し……」

  • 60二次元好きの匿名さん23/11/11(土) 13:56:09

    このレスは削除されています

  • 61◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 13:57:16

    「待った!!!」



     教室中に響くよう、声を張り上げる。一度言ってみたかったのよね、これ。
    「ストライドさんも、犯人ではないわ!」
     私はその場に立って叫んだ。それを聞いた全員が目を見開き、私を見ていた。

    「おお、とうとう来たかキング君」
     オペラオーさんは相変わらず笑顔のままだ。
    「では、誰が犯人だと言うんだい? タイミングがわかる人物は2人、メルトさんかストライドさんだ。メルトさんが犯人だと言うのかな?」
     余裕そうに尋ねてくるオペラオーさん。今に見てなさい! その笑顔、崩してあげるわ!

    「ではまず、犯行のトリックから説明しましょう」
    「トリック? 不要だね。ボクがさっき説明しただろう?」
    「確かに、部分的には合っていたわ。けど、私の推理とは違う点があるの」
     私は一呼吸置いてから、説明を始める。

    「壁の破片の1つに糸を巻き付け、それを引くことで壁を崩す。この部分は合っています。しかし、犯人はこの破片を直接引いたわけではないのです」
    「直接引いたわけではない? どういうことだ?」
     エアグルーヴ先輩が首をかしげている。

    「教室の壁、後ろのドアの近くにセロハンテープが貼ってありました。切れて短くなったリールと共に、ね」
     私が指差す方へ、皆が一斉に振り向く。
    「犯人は糸、もといリールの端を持っていたのではなく、それをテープで貼りつけていたのよ! そして、バクシンオーさんが通った時に、リールに引っかかって転ぶ。リールは室内へと強く引っ張られ、破片が飛び出し、壁が崩れたのよ!!」

    「ほう? おもしろい推理だね」
     オペラオーさんは気づいていなかったようだけど、まだ余裕そうな表情だ。

  • 62◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 13:57:56

    「だが、そうなればボクの証拠はどうなる? ストライドさんの糸とテスト用紙は、犯行を示す証拠になるだろう?」

     反論してきたけど、焦ることはない。彼女の推理には、おかしな点があるのだから。

    「オペラオーさん、ストライドさんは手で糸を引っ張ったんですよね? その結果、窓枠にこすれて傷がついたと」

    「ああ、そうさ。我ながら素晴らしい発想だろう?」

    「ならば、傷はどんな向きでつくのかしら?」

    「そんなもの、すでについているじゃないか! 見ればわかるとも!」

     ……言ってしまったわね、オペラオーさん。私はうなずいてから、説明を続ける。


    「ストライドさんの立ち位置は、前の扉を出たところ。そこから糸を引いたのなら、窓枠に『斜めの傷』がつくはずです。実際はどうですか?」

    「なっ!?」

     驚きたじろぐオペラオーさん。



    「上から見た時、窓に対し『垂直』な方向についていたな」

     エアグルーヴ先輩が代わりに答える。


    「その通りです。ストライドさんが犯人なら、傷の向きがおかしいのよ!」

    「ぬあああああっ!?」

     オペラオーさんは机に拳を突き立て、こちらをにらんでいる。

    「そして傷の向きは、セロテープの場所へと向いている! これは、私のトリックが正しいことを示しています!」


    「つまり、オペラオーさんの推理はムジュンしているのよ!」

    「ぐぅぅ!」

     思い切り、彼女へ人差し指を突きつけた。なかなか気分がいいわね、これ。オペラオーさんは机に突っ伏していたが、しばらくして起き上がる。

    「ふっふっふ……見事だね、キング君」

    「納得してくれたかしら?」

  • 63◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 13:58:44

    「残念ながら、君の推理にも穴があるようだ!」
     人差し指をこちらに向け、言い張るオペラオーさん。
    「セロテープでリールを貼り、破片を巻き付けていたのなら、犯人はどうやってバクシンオーさんが来たタイミングを知った?」
     そんなの簡単よ。と答えようとしたら、立て続けにオペラオーさんが話す。
    「知る必要がない、だろう?」
     ニッコリと笑うオペラオーさん。
    「なぜならば、ストライドさんが彼女を誘導させたんだからね!」
     そういうこと……まだ、ストライドさんが犯人だと思っているのね。
    「ストライドさんは早めに補習を終えた! 3分の間に準備はできる! これなら辻褄が合うだろう!」
    「なっ……!?」
     た、確かに辻褄は合うわ。これを反論できないと、私の推理は完全な物にはならない。どうにか、反撃の一手を……。

    「あれ? オペラオーちゃん、リールはどこにあるの?」
     隣にいたウララさんが急に尋ねた。
    「ん? それはもちろん、彼女が持ち去って……」
     答えている途中で止まった。その後、オペラオーさんは「ああっ!」と叫び、たじろいだ。
    「そうよ、そうだわウララさん! よく気づいたわね!」
    「えへへ! ウララだって探偵だからね!」
     ウララさんと笑顔を向け合った後、オペラオーさんの方へ向き直す。
    「さっきストライドさんの身体検査はされたけど、糸は出てきてもリールは出てこなかった! オペラオーさんの推理は、やはりムジュンしてるわ!!」
     再び指を差し言い放つが、彼女はまた笑顔に戻っていった。

    「はっはっは! まだ穴があるよ、キング君!」
     な、なんですって? まだ何かあるの?
    「君の言うトリックは、ストライドさんがいることで成立しなくなる!」
    「ストライドさんがいると成立しない? どうしてです?」
    「この廊下はバクシンオーさんより前に、ストライドさんが通っているんだよ? なら、ストライドさんが作動させてしまうじゃないか! しかし、壁はバクシンオーさんが来たと同時に崩れた。これこそ、ムジュンではないのかな?」
    「なな、なんですってぇぇぇ!?」

  • 64◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 13:59:47

     うっかりしていたわ! 確かにストライドさんが先に教室へ来ている以上、彼女がトリックを作動させてしまうはず……あれ? ストライドさんって後ろから教室に入ったんだっけ? 出た時は前だったけど……いえ、そうよ。ムジュンしないじゃない

    「いいえ、オペラオーさん。ストライドさんが先に来ていても、トリックを作動するのはバクシンオーさんになるのよ」
     それを聞き、オペラオーさんは笑みを浮かべながら首をかしげる。
    「ストライドさんは教室にてバクシンオーさんを待っていたんです。彼女の目的は、教室に入ること。補習の教室から来た時、普通は近い方のドアから入るんじゃないですか?」
    「ああ。そうだね」
    「その場合、後ろの扉から入りますが、リールは扉より奥に仕掛けられています。そして前の扉から出て、その場で考え込んでいた。つまり、ストライドさんはリールが仕掛けられているところを通ってないんです!」
    「な、なんだってぇぇぇ!?」
     オペラオーさんは叫び声と共に、その場に倒れてしまった。



    「ではキング。マリンストライドが犯人ではないなら、誰が犯人なんだ?」
     エアグルーヴ先輩に尋ねられたけど、答える前に説明しなきゃいけないことがある。
    「その前に、トリックの説明を続けさせてください」
    「トリックの説明? 一通り済んでいたように思ったが」
     先輩は首をかしげているけど、説明をさせてもらいましょう。

    「実は、3階のトイレから釣り竿が見つかりました。同時に、3階廊下の窓枠にも傷跡がありました」
     私とウララさんがスマホ画面を皆に見せる。釣り竿と傷の写真を見て、各々がいろんな声を上げていた。
    「先程のテープで貼られていたリールは、おそらくこの釣り竿の物です。リールの中腹に破片を巻き付け、壁の中に埋めたんです。そして、片方の端を教室後ろの壁へ、もう片方は釣り竿につながっていた」

    「バクシンオーさんがリールに足を引っかけて転んだ時、リールは室内に向かって強く引かれ、破片が引き抜かれる。その後、犯人はリールを巻き上げて、証拠を回収したんです」

  • 65◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 14:00:09

    「あの短いリールが釣り竿の物である証拠として、PEラインであることが挙げられます。このリールは、急に働く力に対しては弱く、切れてしまうことがあるそうです。そのため、転んだ時の急な力によって切れ、テープに短いリールが残ったんです!!」

     私の説明を聞き、みんな納得し、うなずいている。ただ1人を除いて。



    「異議あり!」

     机に腕をかけ、立ち上がるオペラオーさん。というか、もろなセリフ出したわね、あなた!
    「君の推理にはまだ穴がある。今日の午後、3階に行った者は3人いるはずだ。ストライドさん、メルトさん、柏田先生の3人。ストライドさんの犯行は可能だよ!」
     あなた、ストライドさんの線、まだ諦めてないのね……。
    「オペラオーさん。犯人はセロテープでリールを貼ったんですよ?」
    「うん? それがどうかしたのかな?」
     あら、気づいていないのかしら。
    「ストライドさんは持ってなかったでしょう? 先程、カバンの物を出して調査していたけど、テープは出てこなかった」
    「ああっ!!」
     オペラオーさんはまたもたじろぐ。
    「見たところ、この教室にもセロテープはありません。ストライドさんがトリックを仕掛けられる時間は、バクシンオーさんが来る前の3分間のみ。他の部屋に取りに行く余裕があったとは考えられません!」
    「ぬわあああああっ!」
     またしてもオペラオーさんは倒れてしまった。

  • 66◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 14:00:55

    「今の話だと、事件当時セロテープを持っていた人物が犯人となるわけか?」
     エアグルーヴ先輩の質問に、私は大きくうなずいた。
    「ええ、そうなります」
    「それなら、メルトスイーツが犯人か? 先程、テープを持っていたのを見た」
     先輩がメルトさんの方を見る。
    「あら、お忘れですか? 事件当時、わたくしは美術室にセロテープを忘れていたのです」
     メルトさんは笑顔のまま言い返した。
    「ああ、そうだったな。しかし、そうなればシャインやブルボンが犯人というわけか……?」
    「いいえ。シャインさんもブルボンさんもライスさんも、犯人ではありません」
     私の言葉に、皆はこちらへ視線を向ける。

    「キングちゃん、犯人って誰なの?」
     ウララさんも私の顔を見つめている。ようやく、この時が来たわね。

    「事件当時、美術室にあったメルトさんのセロテープを使い、教室前にリールを仕掛けることができ、3階に行っている人物。それは、1人しかいません!」
     満を持して、私は犯人へと人差し指を突きつけた。





    「柏田先生! あなたが真犯人よ!!」

  • 67◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 14:02:11

     皆は「ええっ」と口に出し、一斉に柏田先生の方へ向く。視線を集めた先生は、キョロキョロしている。戸惑っているようだ。
    「あ、アタシが犯人? キングさん。これは、何かの冗談かしら?」
    「冗談ではありません。あなた以外に考えられないんですよ」
     笑みを浮かべながら言う私に、エアグルーヴ先輩は厳しい表情を向ける。

    「貴様、先生を犯人呼ばわりするか。外れていた場合は相当の処罰が下るぞ」
    「大丈夫です。根拠もありますから。それはそうと、頼んでいた物はどうなっていますか?」
    「む?」
     先輩は少し考え込む。
    「時間を考えれば、そろそろ来てもいい頃合いだが……」
     そう言った時、ガラッと教室のドアが開いた。
    「副会長! 頼まれていた書類です!」
    「ああ、そのままキングへ渡してくれ」
     生徒会の子から書類を手渡される。目を通すと、1か月分の経費と使用用途が記されていた。しかし、今回の事件と関わる物は一切載っていない。けれど、これでいい。頼んだ時は何かが載ってればいいと思っていたけれど、今はむしろ、こうなることを望んでいた。私はそのまま説明を始めた。



    「では、犯行の流れから説明しましょう」

     事件よりかなり前。柏田先生はあの壁が一度壊されていたことを知っていた。というより、自分で壊していた。その壁を壊した罪を誰かになすりつける気でいた。

     2日前。先生はシャインさんが壁を壊したことを確認した。自分が壊した壁にベニヤ板が置かれているんだから、何かあったと考えるでしょう。見てみると、穴がいくつかあけられていて、それを埋めてあった。しかし、ベニヤ板も破片の支えになっていたでしょうから、その時に破片が崩れてきたことでしょう。先生は再び戻そうとしたけど、同時にある考えが浮かんだ。

     この穴を誰かのシルエットに寄せてしまえばいい、と。

     それからは2日前と昨日とで、穴を加工してバクシンオーさんのシルエットを完成させた。だけど穴を広げた上、細かく作ってしまったせいで、破片で穴を埋めつくせなくなった。そこで、美術室の割れた胸像の破片を使った。小さい隙間を埋めていき、崩れないようにしたの。そして、破片のうち1つに伸ばしたリールを巻き付けて埋める。廊下側に壁紙を貼って完成。

  • 68◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 14:02:39

     そして今日。1時から3時までは書類作成をしていたけど、3時以降はトリックを準備していた。リールを窓の中にたぐり寄せ、テープで固定。バクシンオーさんの机の中に、いかがわしい本を仕込んだ。

     準備が完了した先生は3階トイレへ向かい、壁が崩れるまで待機する。崩れたのを確認したと同時に釣り竿のリールを巻き上げ、破片を回収。これが、ライスさんの言っていた「跳んだ破片」の正体ね。そしてそれを、美術室のゴミ袋へと入れて隠す。その後、1階の現場へ駆けつけた。だから、大林先生よりも後に着いた。

     バクシンオーさんが出てくる時間を知っていたのは、事前に大林先生から補習のことを聞いていたからでしょう。再々テストなんてやるのなら、2時間はかかると見積もるはず。それより前に補習が終わったなら、後日に回せばいいだけの話。

     唯一誤算だったのは、現場の目撃者マリンストライドさんの存在ね。彼女も同じくらいまで残っているとは思わなかったんでしょう。彼女のせいで、バクシンオーさんが穴をあけたという線はなくなり、真犯人探しが始まってしまったのだから。

    「柏田先生は、ここ1週間毎日夜まで残業していたと言っていました。今回の下準備を夜の間に行えば、誰にも見られずに犯行の用意できるんですよ!!」
     皆、私の説明を黙って聞いていた。説明を終えると、大体の人がうなずいていた。
    「柏田先生! あなたは、生徒に自分の失敗を押し付けたのですか!?」
     大林先生が彼女に向かって大声を上げる。
    「違います! アタシじゃない! 大体、アタシがやったっていう証拠もないでしょう!?」
     柏田先生も必死に反論している。

    「ありますよ、証拠は。それもいくつも」
     私の発言で、先生の顔が引きつる。正直、証拠としては弱い物が多いんだけど、ここは勢いで押し切るべきね!

  • 69◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 14:02:59

    「まず、美術室のゴミ袋から出てきた破片です。それも『柏田』という名前の書かれた物。これが美術室にあるのは不自然でしょう」
     私はスマホで皆に写真を見せた。
    「それは、犯人がアタシに疑いをかけさせるために、捨てたかもしれないじゃない!」
    「その可能性もありますが、ならばなぜ、割れた胸像の破片と一緒に捨ててあったのでしょう?」
    「あっ……!」
     先生の顔が青ざめる。
    「あなたに罪を着せたいなら、なぜわざわざバレにくいところに捨てたんでしょうか? もっと目立つところに置かないと、あなたを疑う人はいない。普段なら私も気づかなかったと思いますよ?」
    「そ、そんなの犯人が考えてることよ? わかりっこないでしょう!」
     まだ怒るだけの元気はあるようね。でも、こちらの話の方が筋が通っているはず。

    「次に、メルトさんのなくなったセロテープです」
     この言葉を聞き、ほぼ全員が首をかしげた。
    「なぜなくなったセロテープが証拠になる?」
     エアグルーヴ先輩からの質問に、私はニヤニヤしていたことでしょう。
    「先程行った時、美術室にはセロハンテープがなかったんです。メルトさんの物以外は。そしてメルトさんが最初に探しに行った時、セロテープは室内から出てこなかった」
     説明の途中で、メルトさんがハッとしていた。
    「しかし2回目に探した時、私はすぐに見つけられました。机の下に落ちていただけでしたから。なぜ、1回目で見つけられなかったのでしょう?」
     私の問いかけに皆しばらく考え込んでいたが、エアグルーヴ先輩が最初に口を開いた。
    「……先生が、メルトのセロテープを犯行に使って、ずっと持っていたからか」
    「その通りです」
     それを聞き、さらに顔を引きつらせる柏田先生。いよいよトドメね。

    「最後に、先程のシャインさんの発言です。シャインさんは壁紙を、美術室から持ち出したと言っていた。なぜ、美術室なんかに壁紙があるんでしょう?」
    「それは、美術室の壁紙を貼り替えようとしてたから……!」
     やはり、そういう反論が来るわね。もう少し煽ってみましょうか。
    「美術室の壁? 特に問題ないようでしたけど?」
    「君にはわからないかもしれないけど、結構ガタが来てたんだよ!」
     イライラしているみたいね。語気が強くなってきている。けど、まんまと引っかかってくれたわ。

  • 70◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 14:03:33

    「では、貼り替えのために購入したんですよね?」
    「そうだと言ってるじゃないか。証拠にはならない!」

    「それはおかしいですね。先程生徒会からもらったこの書類ですが、今月の経費と使用用途について書かれているんです」
     それを聞いても、柏田先生は態度を変えない。構わず続ける。
    「しかし『壁紙』が購入されたなんて、どこにも書いてありません。学校の壁を貼り替えるために自腹で買うなんて、先生太っ腹ですね!」
    「ああっ……!」
     今更気づいたようね。でももう遅いわ!
    「これはつまり、先生は壁紙を私的に使おうとしていた! そう! 今回の穴を隠すために使ったのです!」
    「ぬぅぅっ!」
     先生は胸に手を当て、こちらをにらんでいる。

    「これら3つの証拠が、先生の犯行を裏付けています! 柏田先生が犯人で間違いないわ!!」
     もう一度、先生へ人差し指を突き出した。柏田先生はその場でうつむき、動かない。



    「見事な推理だ、キング。よくぞここまで考えたな」
     エアグルーヴ先輩が褒めてくれたが、その表情は笑顔ではなかった。
    「しかし、今の話で納得いかないことがある。それは、先生が過去に壁を壊していたことだ。廊下の壁など、どうやったら先生が壊せる? 柏田先生は人間だ。ウマ娘じゃない」
     確かに先輩の言う通り。人間の力なら、壁が壊れることはない。

    「それだけじゃないよ、キング君」
     今度は、教壇の方から声がした。オペラオーさんが、机の上に這い上がっていた。
    「今の君の推理における致命的な穴……それは、動機さ!」
     彼女は笑顔で告げる。そうね。そこには全く触れてないもの。
    「自分が壁を壊した罪を誰かになすりつけたいなら、バクシンオーさんのシルエットにする必要はない! 罪を着せる相手を絞っている以上、動機が無ければ成立し得ない!」
     鬼気迫る表情で論じてくるオペラオーさん。

  • 71◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 14:04:27

    「オペラオーさんの言う通りです! キングさん、柏田先生が犯人なんてあり得ません!」
     とうとうバクシンオーさんまで反論し始めた。
    「先生はとてもいい人です! 生徒のどんな相談にも乗ってくれる、頼りになる担任の先生です! 犯人であるはずがありません!!」

    「そうだよ! バクちゃんの言う通り!」
     今度はストライドさんが話し始める。
    「キングさん、私を犯人じゃないって言ってくれてありがたいけど、でも先生なわけがないよ! だって柏田先生は誰より優しいから!!」
    「あなたたち……」
     2人にかばわれ、柏田先生も彼女らをじっと見つめている。そして、表情を引き締めた後、こちらへ向き直った。
    「みんなが言ってくれた通りよ。アタシにはバクちゃんをはめる動機がない。犯人じゃないの」
     認める気はないのね。なら、言うしかないわ。この事件の真実を。

    「エアグルーヴ先輩が質問した『先生が過去に壁を壊したこと』と、オペラオーさんの指摘『犯行の動機』。これらを答えるために、聞いていただきたい話があります」
     私はゆっくりと息を吸い、話を始める。



    「今から8年前までこの学園に在籍していたウマ娘、『ヤマノシオン』の話です」

     その名前に、大半の人が首をかしげる。
    「ヤマノシオン? 彼女とこの事件に、なんの関係が?」
     シャインさんのトレーナーが尋ねてくる。
    「事件現場に、こんな物がありました。ウララさん、見せてあげて」
    「わかった!」
     私の指示を聞き、彼女はスマホで相合傘の画像を見せた。
    「相合傘? それと、シオンの名前? あの壁に落書きされていたのか?」
    「ええ。これはヤマノシオンが、現役時代に書いたものです。おそらく、負け始める前に」
     その言葉に、トレーナーは息をのんでいた。

    「シャインさんのトレーナーによると、ヤマノシオンはトレーナーととても仲がよかったそうです。休みの日には、一緒に釣りに行っていたほどね」

  • 72◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 14:04:55

    「そして、彼女のトレーナーの名前は『柏田哲平』。そう、相合傘のもう片方に入る名前は、美術室のゴミ袋にあった『柏田』なんです!」

     私の話に、柏田先生の顔がさらに険しくなる。

    「しかし、その恋は叶うことはなかった。ヤマノシオンは彼と釣りに行った時、指輪をつけていることに気づいたんです。柏田トレーナーは既婚者だと知ったシオンは、あの壁を壊した。落書きした相合傘を、3つに割るためにね」
    「それじゃ、彼女は柏田先輩を恨んで!?」
     トレーナーが目を丸くしていた。私はうなずいてから、話を続ける。

    「彼女はある時期から負け続けていたようです。そんな時に、好きだったトレーナーが既婚者だと知ったら、さぞショックだったでしょう。もしくは、既婚者だと知ったから調子が落ち、負け続けたのかもしれません」

    「負け始めてから6か月、翌年3月にヤマノシオンは引退しました。シニア級に上がって間もない頃に。トレーナーと結ばれないと知ったことで、彼女の気力は戻らなくなってしまった」

    「さらに翌年、彼女はトレセン学園を卒業。その後大学へ進学したのですが、行方不明となっています。いきなり音信不通になったそうです」

     長々とした私の説明を聞いても、みんなは首をかしげたり、眉をひそめたりしている。

    「ヤマノシオンのことはわかったが、事件との関係性が見えない。柏田先生が、その柏田トレーナーと血縁関係だったということか?」
     エアグルーヴ先輩も、まだ真相に気づいていないようね。

    「なぜ、ヤマノシオンは行方をくらましたのでしょう?」
     私の問いかけに、聞いていた人達はさらに首をかしげた。それはそうでしょうね。

    「質問を変えましょう。ヤマノシオンは、柏田トレーナーのことを恨んでいた。彼女は学園を卒業した後、何をしようと考えたでしょう?」
     それを聞き、エアグルーヴ先輩は「ううむ」と唸った後、答える。
    「まさか、柏田トレーナーへの復讐か?」
    「その通りです。しかし、ヤマノシオンのままトレーナーに近づけば、彼に逃げられてしまうと考えた。だから、行方不明となることで『名前』を変えたんです」

  • 73◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 14:05:37

    「おいおい、じゃあヤマノシオンって、まさか……!」
     シャインさんのトレーナーは目を見開いた。

    「ウララさん、あなたの推理は正しかったわ」
    「え?」
     ウララさんは頭を捻っていた。彼女へ微笑んだ後、私は前を向いて指を差す。



    「柏田先生。あなたの正体は、『ヤマノシオン』だったのよ!!」



     私の声が教室に響く。その場にいた全員が息をのんでいた。

    「アタシがヤマノシオン? 何を根拠にそんなことを……」
     柏田先生は露骨に不機嫌になった。

    「では先生。帽子を取っていただけますか?」
    「っ!!!」
     わかりやすくたじろいだ。図星ね。

    「今まで違和感があったのよ。お若いのに、妙に耳が遠いんだもの。それもそのはず。耳を帽子の中に隠し続けていたんですから。ご自身がウマ娘じゃないというなら、取っても問題ないでしょう?」
    「くぅ……!」

     私は先生へ詰め寄る。しばらく沈黙が続いた後、先生は肩を落とした。そして、被っていたペレー帽を手に取り、机の上に置いた。その頭には、ウマ娘の耳が生えていた。

  • 74◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 14:06:07

    「ちょ、ちょわっ!? では先生は本当に、ヤマノシオンさん、なのですか……!?」
     それを見たバクシンオーさんの口元が震えていた。
    「そ、それは違う! 違うのよ!」
    「柏田先生! あなた、どこまで嘘を重ねるのですか……!!」
     大林先生までもが、彼女に対し圧をかける。

    「ウマ娘であることを隠し、名前を偽っていた。これはキングの推理が合っていることを裏付けている。柏田先生。事件の犯人として、責任を取っていただきます」
     エアグルーヴ先輩も、先生を鋭く見つめていた。ようやく、事件の犯人が彼女だと決定した。後のことは生徒会の人が……。



    「異議あり!」

     不意に、教室内に響いた。教壇にはやはり、オペラオーさんが立ち上がっていた。

    「確かに柏田先生はウマ娘だった。犯行は可能だ。だが、彼女がヤマノシオンであるとは限らない! 他のウマ娘が自身を偽っていた可能性が残っている!! それに! ヤマノシオンだとしても、動機の説明にはなっていない!」
     彼女は必死に訴えている。
    「フッフッフ……はっはっはっは!」
     それを聞き、柏田先生は大声で笑った。
    「そう! シオンはアタシの友人なんだ! 確かにアタシはウソをついていたけど、それは間違いない! それともなんだい? アタシがヤマノシオンであるという証拠でもあるのかなぁ!? ないね、そんなもの! 過去の人物と一致するかどうかなんて、証明しようがないだろう!!」
     威圧的にまくし立ててくる柏田先生。その様子に、周囲の人達は驚いて引いていた。だけど、動機の点から攻めてこないということは、動機があると認めているようなもの。当たっているわ、私の推理!

  • 75◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 14:06:49

    「柏田先生。先生は先程、教室でボールペンを落としました。それも『YAMANO SHION』と書かれた物をね」
    「だから、あれはプレゼントされた物だと言っただろう!!」
     言い訳してくる先生に、私はニッコリ笑いながら反論していく。
    「個人名が印字されていることから、おそらくあのペンはトレセン学園の卒業記念品だったのでしょう。それを友人にプレゼントする、というのは少し変じゃないかしら?」
    「変だと言われようが、プレゼントされたんだ。そういう好意を向けられていたんだから、それくらいはするだろう」
     今度は、余裕そうに笑みを浮かべながら言い返された。そう言い逃れするのね……でも、先生への疑いは深められたでしょうし、このまま追撃しましょう。

    「先生の言い分は認めます。確かに、これだけでヤマノシオンだと証明はできない。けれど、もう1つ証拠があるのよ」
    「はん! どんな証拠だろうが、証明できるわけがないさ!」
     先生は高をくくっている。

    「もう1つの証拠は、3階女子トイレの釣り竿です」
    「あっ!!」
     柏田先生ではなく、違う人物が声を上げた。
    「シャインさんのトレーナーさん。この釣り竿は柏田哲平さんの物、ですよね?」
    「ああ。あれは、柏田先輩の持ってた釣り竿だ。2万はするやつだって、先輩は言っていた」
     柏田先生もハッとして、青ざめていく。
    「それがなぜ、この学園の女子トイレにあるのか? 答えは1つ。柏田トレーナーは、ヤマノシオンに釣り竿をプレゼントしたんです。一緒に釣りをするためにね! 彼女は今もそれを持っていて、今回の犯行に使用したのです!!」
     柏田先生は、顔を引きつらせたまま黙っていた。もう、反論のしようがないってところかしら。



    「最後に動機ですが、その説明をする前に……」
     目を閉じ、深呼吸をする。ここからは、慎重に事を運ばなくてはいけない。

  • 76◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 14:07:22

    「バクシンオーさん。一度、この部屋から出ていただいてもいいですか?」
     急に告げられた彼女は、目を丸くする。
    「な、なぜですか!?」
    「後で私からお伝えします。だから今だけは、席を外していただきたいんです」
     私の言葉に、何やら真剣な表情をするバクシンオーさん。しかし、その顔にはすぐに笑みが浮かんだ。

    「心配ありません!」
     胸を張りながら、彼女は言う。
    「先生が本当に犯人だとしても、受け入れます。どんな話であろうと聞きます。いかに不条理な真実が待っていても受け入れる。それが、学級委員長です!」
     言いたくなかったのだけど、本人がこう言っている以上、仕方がない。できるだけ、彼女が傷つかないよう配慮しつつ、話していくしかないわ。

    「なぜ柏田先生、もといヤマノシオンは、バクシンオーさんを恨んでいたのか? それは、自分と似た境遇でありながら、幸せな道を走り続けていたからでしょう」

    「バクシンオーさんのトレーナーは、彼女が長距離でも頂点に立てると言っているようです。同僚のトレーナーに言い張るくらいにはね。だけど、バクシンオーさんの戦績を見ればわかる通り、彼女の適正は短距離。普通のトレーナーなら長距離で頂点を取らせようとはしないはず」
    「そうでしょうとも! 私のトレーナーは素晴らしい人ですから!」
     バクシンオーさんも満面の笑みでうなずいている。
    「それを聞いた柏田先生は、彼女のトレーナーを『嘘つき』だと思ったんです。自分の担当ウマ娘に、思っても無いことを言い続ける嘘つきだと」

    「そして、ヤマノシオンもトレーナーのことを嘘つきだと思っていたんです。学園では指輪をつけていなかったのに、既婚者だったわけですから」

    「しかし、バクシンオーさんは負け続けることもなかった。嘘をつかれているのに、一度も負けることがない。自分はトレーナーとの恋が叶わないせいで、競技人生が台無しになったのに。同じ状況下で、何もかも持っているバクシンオーさんを許せなかったんです」
     私の話を聞いて、柏田先生はがっくりとうなだれた。

  • 77◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 14:08:05

    「だから、これだけ手の込んだことをしてでも、彼女に罪をなすりつけたかった。しかし、思わぬことが連続し、それも叶わなかった。これが、今回の事件の真相です」
     ストライドさんが現場に立ち会った、私達が調査に参加した、シャインさんのトレーナーが柏田トレーナーのことを知っていた。どれかが欠けていれば、柏田先生が犯人だとわからなかったでしょう。



    「…………ここまで当てられちゃ、もう言い返す言葉もないね」
     柏田先生はうつむいたまま口角を上げた。
    「そう。アタシはヤマノシオン。これが本当のアタシの名前」
     先生は顔を上げ、メガネも外した。
    「そ、その顔……! 思い出した!」
     シャインさんのトレーナーが声を上げる。先生の顔に見覚えがあったのは、現役時代のヤマノシオンを知っていたからだったのでしょう。先生は、うっすらと笑みを浮かべたまま、話し続ける。
    「バクちゃんはね、本当にいい子だった。だから、余計憎かった。あんな詐欺師に騙され続けてなお、光り続けているから。理解できなかった」
     それを聞いたバクシンオーさんはわかりやすく動揺していたが、黙って聞き続ける。
    「バクちゃんの形の穴をあけておけば、自分が壁を崩したって思い込むし、周りも彼女がやったと認めるはずだと思った。けど、周りにあれだけ目撃されちゃ、そうはならなかったね」
     目を閉じ、少し黙り込む先生。やがて、片手で机をドンと叩く。
    「柏田哲平……その名前を聞くだけで、体中が震え出すよ。あの男のせいで、あのクソ野郎のせいで! アタシの華々しい競技人生は闇に染まった!」
    「違う!!」
     シャインさんのトレーナーが立ち上がり、叫ぶ。
    「柏田先輩は、君のことに責任を感じていたからこそ、中央から下りたんだ! それを君が、君が勝手に勘違いしただけで、全部あの人のせいにするのか!!?」
     相当怒って叫ぶ彼に、先生は一切動じない。
    「だからなに? そんな事情なんて知らないし、アタシを捨てたのはアイツの方なのよ」
     先生は冷めた目でトレーナーを見つめ返していた。
    「だから違うって!」
    「やめろ、トレーナー」
     まくし立てようとした彼を止めたのは、シャインさんだった。
    「こんな事件のために自分を偽ったヤツだ。言葉が通じる相手じゃねえよ」
    「ぐぅ……!」
     拳を握りしめながら、トレーナーは席に座った。

  • 78◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 14:08:16

    「アタシは、アイツを殺してやろうと思ったんだ。それか家を特定して、奥さんを殺してやるってさ。名前を変えてトレセン学園に入り込めば、出会う機会はあるはずだから」

    「だけど、肝心のアイツは学園からいなくなっていた。しかし、学園に勤務してしまったために、多忙な生活を余儀なくされた。探すことすら、まともにできなかった」

    「せめて壁の処分だけは、やらなければと思ってた。誰か、罪をなすりつけたい相手が現れた時のため、準備だけは進めておいた。2日前、シャインさんが壁を壊したことに気づいた時、チャンスだと思った。大林先生から、今日バクちゃんの補習をやるって聞いてたから」

    「大急ぎで穴を加工したよ。仕事そっちのけでね。そのせいで、今日の3時までは拘束されたけど、その後の時間だけで充分だった。本をバクちゃんの机に仕込んで、リールを壁に貼った。あとは彼女が気づいて走れば犯行成立」

    「ストライドさんが現場にいたと知って焦ったわ。バクちゃんのせいにできないって。なんとか釣り竿を隠したかったんだけど、生徒会の人も集まってきて、抜け出すタイミングがなかった。やっと美術室に行けたと思ったら、君達が先にトイレへ入ってしまったよ」
     そこまで言うと、先生はため息をこぼし、肩をすぼめる。そして、ニヤッと笑いながら顔を上げた。
    「ホント、やられたわ。子どもだからって甘く見てたよ。まあでも、暇つぶしにはなったかな」

     暇つぶし……? 生徒を巻き込んでおいて、悪びれもせずに暇つぶしですって……?

    「柏田先生……あなたは、あなたは一体なんなんですか!?」
     気づくと私は、机を思い切り叩いていた。
    「罪のない生徒を巻き込んで、自分の失敗をすべて他人のせいにして押し付けて、それでも教師ですか!!? 恥ずかしくないの!?」

    「恥ずかしい? そんな感情、あるわけないだろ?」
     先生は鋭くにらんでくる。冷酷な目。低い声。すでにこの人は、柏田先生ではなくなっているのかもしれない。
    「こっちは怒りと憎しみと、殺してやるって執念と、殺すことも叶わないと知った絶望だけで、8年生きてきた。人並の感情なんてもう微塵もないわ」
     淡々と言う彼女。その言葉を聞いているうちに、怒りが哀れみに変わっていった。彼女の声に、どこか、悲しみを感じたから。

  • 79◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 14:09:11

    「ほらエアグルーヴさん。さっさとやっちゃって」
     そう言いながら急に、柏田先生はスマホを放り投げた。先輩はキャッチしたが、戸惑っている。
    「やる、というのは?」
    「警察だよ、ケーサツ。一応アタシが壁の破壊者だし、名前とか偽ってたんだから文書偽造で犯罪なんだよ。知ってるよね番号? 生徒会なんだしさ。ほらはやく」
     自暴自棄になっているのか、やけに早口で強い口調を使う先生。
    「いえ、一度先生方に報告し、通報するかを決めていただきます」
     エアグルーヴ先輩は毅然と返答をした。

    「ね、ねえ、バクちゃん。これって夢、なのかな?」
     体を震わせながら、ストライドさんが尋ねる。おびえているようだ。
    「…………」
     一方、口を閉ざしているバクシンオーさん。何かを考え込むように目を閉じていたが、やがてその口を開いた。
    「現実ですよ、ストライドさん。柏田先生は事件の犯人だった。それだけのことです。たった、それだけのこと」
     言葉とは裏腹に、バクシンオーさんの口元が揺らいでいる。瞳や眉も震えていた。





     その後は職員室に向かい、私達は先生方に事情を説明した。先生方の間でも少し話し合われたが、結果柏田先生を通報することになった。警察が学園に到着してからは、一通り事情を説明した。先生は罪を認め、事情聴取は警察署にて行われることとなった。ある程度の刑罰は受けるだろうと、警官から伝えられた。

     柏田先生が、2人の警官に連れていかれようとしたその時。

    「待ってください、先生!」
     校門前にて、バクシンオーさんが呼び止める。
    「何? バクちゃん」
     表情を変えず、柏田先生は振り向いた。

  • 80◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 14:11:09

    「先生は犯人だった。悪いことをしたんです。その罪は償ってください」
    「そう」
     真剣な目で見つめるバクシンオーさんに動じず、再び歩き出そうとする柏田先生。

    「だけど! 先生は、いい先生でした!」
     バクシンオーさんの言葉に、先生は足を止める。
    「はっ、なに言ってるの。アタシは犯罪者だよ」
    「いいえ! 犯罪者であろうと、先生の言葉、先生と過ごした時間は嘘ではありません! 私、絶対に忘れませんから!!」
     彼女の叫びを聞き、先生はしばらく立ち止まっていた。しかし振り返ることなくパトカーへと乗り込んだ。バクシンオーさんの方を見ると、目元を腕でぬぐっていた。パトカーが出発した頃には、すっかり日が暮れていた。



    「キングちゃん。みのり先生って悪い人だったんだね。びっくりしちゃった」
     荷物を取りに皆で教室へ戻る途中、隣からウララに話しかけられた。
    「私も驚いたわ。本当にヤマノシオンが犯人だなんて。ウララさんの言った通りになったわね」
    「え? わたし、そんなこと言ったっけ?」
     覚えてないのも無理はないわね。けど今回の事件は、ウララさんがいたからこそ解決した。私1人なら、ヤマノシオンが犯人とは考えなかったから。

    「でも、バクシンオーさん悲しそうだね」
     ウララさんは不安そうに彼女を見る。
    「無理もないわ。バクシンオーさんは先生を本気で慕っていたのよ。先生が悪いだけの人じゃないって、信じたいの」
    「たしかに先生はやさしかったよね! なんでこんなことしたんだろう? ふしぎ~」
     ウララさん、今回は暗い雰囲気に飲まれておらず、明るく振る舞っている。対して、バクシンオーさんは先程からうつむいたまま、ずっと黙っていた。こんな彼女の姿、今まで見たことがなかった。なんとか励まそうと、私は彼女に近づく。

    「バクシンオーさん、大丈夫ですか?」
    「え? ええ! 問題ありません! 学級委員長ですから!」
     すぐに笑顔に戻り、大声で言うバクシンオーさん。しかし、数秒経つと再びうつむいてしまった。
    「先生のこと、つらいですよね」
    「いえいえ! お気になさらず! 柏田先生は悪い人だった! それだけの、ことで……」
     今度は言っている途中に表情が暗くなる。とうとう足まで止まっていた。皆もそれに気づき、歩みを止める。それからしばらくして、バクシンオーさんは口を開いた。

  • 81◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 14:11:32

    「わからなくなって、しまったのです……」
     彼女の口元は震えていた。
    「先生は、とてもいい人でした。でも、今回の犯人で、悪い人なので、それはつまり、私達とのことは、全部嘘だったのかもしれないと……」
     再び、彼女の瞳から涙がこぼれそうになる。

     先程は、連行される先生へ嘘じゃなかったと言っていたけど、本当はそうだと言い切れる自信がなかったのね。

    「バクシンオーさん。確かに柏田先生は犯人でしたが、バクシンオーさん達のことも好きだったと思います」
    「そ、そうなのですか……?」
     不安そうに聞き返される。彼女はきっと、最後の最後でバクシンオーさんを恨んでしまっただけで、事件前までは生徒達のことを好きだったはず。絶対に。

    「先生は、柏田トレーナーに復讐することを目的としてここへ来たと言っていました。しかし、彼はここにはいなかった。けれど、その後もこの学園に居続けたんです」
    「それは、そうでしょう。先生になったのですから」
     まだ彼女の表情は晴れない。
    「ヤマノシオンの名を捨てた時みたいに、また行方をくらますことも可能だったはず。けれど、それをしなかった。それはなぜでしょう?」
    「し、しかし……」

    「それに、最後の最後まで、バクシンオーさんのことを『バクちゃん』って呼んでたでしょう?」
    「あっ……!」
     バクシンオーさんは目を見開く。

     先生は復讐のためだけに生きてきたと言っていたけど、きっとそんなことはない。もしそうなら、さっさと学園をやめるはずだもの。落書きした壁なんて放っておいても問題ないわけだし。それに、バクシンオーさんやストライドさんに、あれだけ信頼されてるんだもの。ここで過ごすうちに、彼女の心にもやすらぎがあったはず。教師として、生徒を好きになっていたはずよ。

    「先、せいぃ……!! うわああああああ!!」
     バクシンオーさんは、せきを切ったように泣き始めた。隣にいたストライドさんも、彼女を抱きながら一緒に泣き声を上げた。暗くなった学園内に、2人の声がこだましていた。

  • 82◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 14:12:07

    「はーっはっはっはっは! 完敗だ! ウララ君、キング君! 見事な推理だったよ!」
    「お、お見事でしゅ、でした~!!」
     教室に着き、皆が一息ついていた時。ドトウさんとオペラオーさんが近づいてきた。
    「あら、ありがとう。でも、あなた達の推理もなかなかだったわ」
     実際、ヤマノシオン関連の話が無ければ、私も彼女を犯人にしてしまったと思う。ウララさんが一緒にいてくれて、本当に助かったわ。けど!
    「これで推理キングの称号は、私達の物ね!」
    「ああ! その世紀末推理覇王の栄誉を称えて、キング君にもオペラオー像を贈ろう!」
    「ちょっと! そんなものいらないわ!!」
     聞いてないわよそんなこと! というか勝手に世紀末推理覇王にしないでちょうだい!
    「オペラオー像っておもしろそう! キングちゃん、もらおうよ!」
     ニコニコでこちらを見てくる。ウララさんまで欲しがらないで!!
    「そうだ! ストライドさん用のバラ1か月分とオペラオー像を準備しないと! 先に失礼するよ!」
    「ま、待ってください~!」
     そう言い、オペラオーさんとドトウさんは外へと走り出したストライドさんも大変になりそうね……。

    「今回は世話になったな、キング」
     今度は、エアグルーヴ先輩が話しかけてきた。
    「事件解決をしてくれた礼に、生徒会から何か贈呈したいのだが……」
    「それなら、お礼はウララさんにお願いします。ウララさんがいなければ、今回の事件は解決しませんでしたから」
     それを聞き、ウララさんが目を輝かせて見つめてくる。
    「じゃあウララ、にんじんプリンが欲しいな!」
    「にんじんプリンか。わかった、考えておこう」
     先輩は微笑みながら、教室を後にした。ウララさんは「わーい!」と、しばらくはしゃいでいた。

  • 83◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 14:12:29

    「すごかったね、ウララちゃん!」
    「2人とも、お見事でした。オペレーション:名探偵、任務完了ですね」
     次は、ライスさんとブルボンさんが近寄ってきた。
    「えへへ! そうでしょそうでしょ! キングちゃんがね、わたしがいなかったら解決しなかったって言ってたんだよー!」
    「ええ。だって、その通りだもの」
     ヤマノシオンを調べたがったのはウララさん。それが無ければ、真相にはたどり着けなかった。
    「でも、バクシンオーさん、大丈夫かな?」
     ライスさんが不安そうに視線を向ける。その先には、席に座ったきり動かなくなったバクシンオーさんがいた。そのそばにいたストライドさんも、暗い表情でうつむいている。
    「ステータス:疲労困憊かと思われます。ともあれ、事件が解決したことは何よりです」
     ブルボンさんは無表情だったが、声色はどこか柔らかく聞こえた。
    「キングちゃん! バクシンオーさん、どうしよう?」
     ウララさんも彼女を心配しているようね。けど、柏田先生のことは既に伝えた。後のことは、私達がやるべきではないわ。
    「見守りましょう、ウララさん」



    「なんだテメーら。なにそんなにしょげてんだよ?」
     ふと、2人に近づく人がいた。シャインさんだ。
    「らしくねえぞ、ストライド。いつも楽しそうにしてたじゃねえか。バクシンオー、テメーもいつもの感じに戻れよ」
     彼女の言葉を聞いても、ぼーっとしている2人。

    「じゃねえと、怒られる甲斐がねえじゃねえか。」
     なんと、シャインさんの声が弱々しくなった。2人の雰囲気に飲まれてか、さびしそうな顔でうつむいている。
    「怒るのは私のためだなんて、わかってんだよ。納得いかないこともあるけどよ、納得いくこともあるんだよ。だから、これからも説教してくれよ。じゃねえと、問題起こしまくるぞ、こらぁ」
     彼女の震える声を聞いて、2人も目を丸くした。
    「え? それって励ましてるの……?」
    「う、うるせえ! そんなんじゃねえ!」
     ストライドさんの問いかけに、大声を上げるシャインさん。

  • 84◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 14:12:40

    「シャインさん、どうしてあなたまで……」
    「だからちげえよ!! 励ましてるわけじゃねえ!!」
     否定されたものの、彼女の激励を聞いたバクシンオーさんの目に、輝きが戻ってきた。

    「でも、クラスのみんなも、いつものバクシンオーさんがいると安心するんじゃないかな?」
     いつの間にか、ライスさんが2人の近くにいた。
    「きっと、先生が警察に捕まっちゃって、みんな不安だと思うんだ。でも、バクシンオーさんが元気いっぱいなら、みんなも元気になるんじゃないかな?」
    「ライスさん……」

    「彼女の言う通りです」
     今度は、ブルボンさんも話し始めた。
    「担任の先生がいなくなった以上、代わりが必要になります。その場合、立場、人望ともに、このクラスの学級委員長であるバクシンオーさんが適任であると思います」
    「私が、柏田先生の代わり……?」
     ブルボンさんの言葉に、上を見上げて考え込むバクシンオーさん。
    「それでも精神状態『不安』であれば、送りたい言葉があります。『四の五の言わずに走りなさい』。マスターの受け売りです。今から走りましょう」

    「そう……そうですね」
     呟いたと同時に、ようやく、バクシンオーさんの顔に笑顔が戻ってきた。
    「皆さんが安心して学校生活を送れるように! 私が、先生の代わりを務めましょうとも!」
     胸を張る彼女を見て、ストライドさんも笑顔になる。
    「そうだよ、バクちゃん! 」
    「ストライドさんも、お手伝いしていただけますか?」
     彼女の頼みを聞き、ストライドさんは目を丸くした後、満面の笑みを浮かべた。
    「もちろんだよ! バクちゃんのために、なんでもがんばる!」
     うれしそうに返事をするストライドさん。みんな、かつての元気を取り戻していた。

  • 85◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 14:13:13

    「キングさん、ウララさん! 改めて、ありがとうございました! ブルボンさんの言葉通り、さっそくバクシンして寮に帰りたいと思います! それではまた!」
     こちらに近づいたかと思えば、それだけ言い残して、バクシンオーさんはすぐさま走り出してしまった。
    「あ、今回はありがとうございました! 私のことも守ってくれて! 待ってバクちゃん!」
     ストライドさんも一礼してから、彼女の後を追っていった。
    「ライスたちも走って帰るね! またね、ウララちゃん!」
    「オペレーション:バクシンを開始。失礼します」
    「うん! バイバイ、ライスちゃん! ブルボンさん!」
     手を振るウララさんを尻目に、2人も走って行ってしまった。教室に残ったのは、とうとう私達だけになった。

    「私達も行きましょうか、ウララさん」
    「うん!」





    「いや~、すごかったね。キングの推理」
    「ひゃあぁぁぁっ!? お、オバケぇ!?」
     ドアを出た瞬間、横から誰かに声をかけられた。暗くてよく見えなかったから、オバケかと思ってしまった。
    「ひどいなあ。人のことをオバケ呼ばわりなんて」
    「す、スカイさん!? どうしてここに?」
     
    「実はね、私もずっと聞いてたんですよ。教室の外でね」
     え? ずっと廊下にいて聞いてたってこと? 全然気づかなかったわ……。
    「しかし、どうしてキングはそこまで推理したがるのかな? この前の件といい、今回のことといい、ノリノリで推理してるよね?」
    「どうしてって……う、ウララさんが探偵をやりたがるから仕方なくよ……」
     私の話を聞いても、スカイさんはニヤニヤしたままだった。

  • 86◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 14:14:14

    「私、見ちゃったんですよ。ウララが部屋に入る時、キングの机に置いてある物」
    「えっ!?」

    「キレイに並べられた探偵マンガをね」

     ぐっ……よりによって、スカイさんに見られてしまうなんて。

     実のところ、ウララさんの探偵ブームの火を点けてしまったのは、私かもしれなかった。私が推理マンガや推理ゲームを観賞していると、ウララさんがよく覗き込んできた。私の本は勝手に読まないようにと言っていたけど、1人で部屋にいる時に読まれている可能性は充分にある。というか、絶対にそう。

    「本当は名探偵をやりたいの、キングなんじゃないの~?」
    「だから、名探偵になりたいのはウララさんよ! 私はただの助手! 一流の助手よ! 行くわよ、ウララさん!」
    「えー? セイちゃんと一緒に帰ろうよ?」
     ウララさんには申し訳ないけど、私は彼女の手を引き早歩きで校舎から出た。
    「ちょっと待ってくださいって~」
     後ろからスカイさんの声が聞こえる。追いかけてくるつもりね。
    「私達も寮まで走るわよ! ウララさん!」
    「わかった! よーい、ドン!」

     散々振り回されるし疲れるけれど、私自身、そんな日々を楽しんでいた。いつまで続くかはわからないけれど、ウララさんの気が済むまで付き合い続けるつもりよ。

     学園の事件は解決してみせるわ! 一流助手の名にかけて!

    ―――おしまい

  • 87二次元好きの匿名さん23/11/11(土) 16:32:55

    読み応えがあった。乙。こういう犯罪者の真っ黒な心にも確かに光はあって、それを心地よいと心のどこかで感じていたのかもしれないって描写に弱い

  • 88◆.SBffrpxUgai23/11/11(土) 19:10:20

    肝心な前作URLを貼り忘れていたので、ついでにちょこっとだけ後書き


    おかしい……穴の形がバクシンオーというバカげた事件でコミカルな回にするつもりが、なぜこうシリアスになってしまったんだ……。


    ウマカテのSSに求められているものとは、書き方も内容も違うのはわかっています。私には文章力もないですし、そこは開き直って書いてます。なので、普段SS読んでいる層とは違う方にヒットすればいいなぁと思いながら公開してます。とはいえ、毎回反応に怯えているので、良い反響が多くて嬉しいです。ホッとしてます。


    そして今回も犯人を当てられてしまいました。すっご……なんでわかるんだよ?


    続きは気分次第ということで……。


    前作↓

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    こちらも放置してますが、過去に書いた物もよろしければ

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