- 1二次元好きの匿名さん23/11/14(火) 22:58:35
一週間ほど、地方のトレセン学園へ泊まり込みの外部研修に行っていた。
正直なところ、あまり乗り気ではなかったのだけれど、終わってみれば行って良かったと思える研修だったと思う。
中央と地方の違い、所属するウマ娘の在り方、特有のトレーニング方法。
実際に目にして学ばなければわからなかったことがたくさんあり、今後に役立つ経験となるだろう。
そして、今日は中央のトレセン学園に帰って来て、初日なのだが。
「……ヒシミラクル、サボってないだろうなあ」
自分の担当ウマ娘であるヒシミラクルのことを思い出す。
どこにでもいるような、普通のウマ娘────を自称する、立派なG1ウマ娘だ。
無論、本当に普通だったらG1に勝利することなど出来はしない。
それだけの素質を持った、前途あるウマ娘だと、俺は思っている。
……ただ、まあ、いわゆる意識の高いタイプの子ではないのは事実であって。
少し背中を押したり、追い詰めてあげないとすぐに諦めたり、サボってしまうところはある。
最初の頃に比べればかなりマシになったものの、今でも多少なりともその片鱗があり、出張前には。
『いない間も食べ過ぎないように、トレーニングメニューもしっかりね』
『もぉ、わかってますよー、トレーナーさんってば心配性だなあ』
『……こっち向いて言ってくれるか?』
『……い~や~で~す~』
『…………ヤエノムテキとバンブーメモリーに頼んでおくか』
『わぁん! トレーナーさんの鬼! 悪魔! 国語の先生!』
『日本語もダメなのか……』 - 2二次元好きの匿名さん23/11/14(火) 22:58:52
そんな一幕があったりした。
……なんか思い出したら不安になってきたぞ。
信頼して出張に送り出されたら、担当がボテ腹で待っていた、なんてこともあるかもしれない。
俺は早足でトレーナー室へ向かう。
今日は復帰初日のミーティング、流石にサボらない、はずだ。
トレーナー室の扉に手をかける、鍵は開いている、とりあえずは来ているようだ。
俺は逸る気持ちを抑えられず、ノックをしたら返事を待たずに扉を開けてしまった。
「わわ! トレーナーさん!? ……おっ、お久しぶりですー、返事くらい待ってくださいよーびっくりしたなー」
「……ごめん」
芦毛の肩にかかるくらいの綺麗な髪、右耳の黄色いリボン、青と白のストライプのイヤーカバー。
長椅子に座っているヒシミラクルは垂れ目を大きく見開いて、驚いた様子でこちらを見ていた。
……とりあえず、体型に変化はなさそうだ。
「ただいま、ヒシミラクル。いない間、なんかあったりした?」
「…………いえ、とりあえず何にもなかったですよー」
そう言って、ヒシミラクルはあからさまに目を逸らした。
何かありました、と言っているようなものだが、証拠もないので、今は流す。
「わかった、じゃあとりあえずミーティングを始めようか」
俺はヒシミラクルと向かい合う形で長椅子に腰かけて、ミーティングの準備をする。
それを見て彼女は────何故か立ち上がって、俺の隣に座った。
……当然、普段は向かい合ってミーティングをしている。
突然の奇行に、俺は思わず声をかけてしまった。 - 3二次元好きの匿名さん23/11/14(火) 22:59:08
「……どうしたの?」
「えっ? あー、えっと、ほら、こっ、こっちの方が見やすいじゃないですか~」
「まあ、そりゃそうだけど」
「さっ、ささ~始めましょうそうししょう~」
普段ゆったりとした口調のヒシミラクルには珍しく、慌てたような早口。
不審なものを感じながらも、時間も惜しかったのでこのままミーティングを始めることにした。
「いない間のトレーニングは大丈夫だった」
「ふっふっふっー、心配ごむよーですよ、ちゃんと、ばっちりこなしましたから」
バンブーちゃんとヤエノちゃんのお墨付きですよー、とヒシミラクルはノートを広げる。
そこには出張中のトレーニングの状況やタイムなどが記されていた。
末尾には『頑張ったッス!』と恐らくはバンブーメモリーが書いたであろうメッセージ。
彼女は嘘をついたり、それに加担するような人物ではない、つまりはしっかりトレーニングをこなしたのだろう。
……刹那、自己嫌悪が胸の奥にのしかかる。
「…………ごめん、ヒシミラクル」
「……えっ、わたしなんで急に謝られたんですか?」
「ちょっとでもキミのことを疑ってしまったからね……だから、ごめん」
「あー……その、わたしとしても、ちょっと打算があったり……そっ、そんなことよりー!」
都合悪そうに表情を歪めたヒシミラクルは、切り替えるように笑みを浮かべて、別の紙を広げる。
何かと思って見てみると、それは最近新しく発行されたらしい、近隣のグルメマップであった。
「わたし、とっても頑張ってので、ゴホウビください!」
「またストレートな……まあでも、今日は早めに切り上げて行こうか、ハシゴもして良いよ」
「本当ですかー!? やったあ! ここと、ここが~、期間限定メニューをやっていて~」 - 4二次元好きの匿名さん23/11/14(火) 22:59:22
ヒシミラクルは嬉しそうに尻尾をブンブン振り回すと、身を乗り出してマップに指を差す。
すると、そのふわふわとした肢体が押し付けられて、むにゅりと柔らかい感触が伝わってしまう。
それと同時に鼻先をくすぐり甘い香りと、湯たんぽのように温かい体温も。
……あれ、今日なんか妙に近い気がする。
この後の予定を決めている間に、気づけば彼女は腕を絡ませて、がっつりくっついていた。
違和感と恥ずかしさを覚えつつも、俺は彼女と共にゆっくりと立ち上がる。
直後、一つのことを思い出した。
「そういえば、ジャケットをトレーナー室に置きっぱなしだったよな」
「……あ゛え゛」
「すごい声出たな……向こうでアレなくて寒かったんだよね、確かデスクの椅子に」
「……」
「あの、ヒシミラクル? そうぎゅっとされると、動けないんだけど?」
「……ジャケットなんて、いらないと思いますよ~?」
「いや、流石に冷えてきたし、あれ前提で今日は上着持ってきてないんだよ」
「だっ、大丈夫です! わたしが上着の代わりになってトレーナーさんを温めますからっ!」
「すごいこと言うね……でも普通に上着着るから、一旦離れ」
「い~や~!」
急に、子どものように我儘になったヒシミラクル。
急変に困惑しながらも、無理矢理引きずりながらデスクへと近づく。
本気で止められれば動けないはず、そう思って俺はちらりと彼女の顔を見やった。
彼女は顔を真っ赤に染めて、目を潤ませて、首をぶんぶん振り回しながら訴えかける。
ジャケットを見て欲しくない────でも見て欲しい、そんな複雑な表情。
その意図を理解出来ないまま、俺はデスクの前に辿り着いて、椅子を覗き込む。 - 5二次元好きの匿名さん23/11/14(火) 22:59:36
そこには、しわくちゃになった、変わり果てた姿のジャケットがあった。
……いやまあ、そこまで綺麗にしてたもんじゃないけど、ここまでひどくはなかったはず。
気づけばヒシミラクルの手は俺から離れて、恥ずかしそうに顔を覆い隠していた。
まさかと思いながら、ジャケットを拾い上げると、ふわりと甘い香りが漂う。
さっきまで近くにで感じていたからこそわかる、ヒシミラクルの匂いだった。
「……仕方ないじゃないですか」
ぽつりと、ヒシミラクルは小さな声で呟く。
顔を隠していた両手は降ろされて、悩まし気に指を揉んでいる。
自分でも困惑している、と言わんばかりの表情で、彼女は言葉を続けた。
「トレーナーさんがいなくて、寂しくて、寂しくて、仕方なかったんだもん……」
ヒシミラクルは、感情を吐露するかのように、ぽつりぽつりと語り出す。
「最初の何日かは全然ふつーだったのに、どんどん、ふつーじゃなくなって」
「……」
「トレーナーさんがいないことを意識しないように、トレーニングに打ち込んで」
「…………」
「でも忘れられなくて、匂いが残るトレーナー室に入り浸っていたら、見つけちゃって」
「…………そっか、キミの寂しさを少しだけ和らげられたなら、良かったよ」 - 6二次元好きの匿名さん23/11/14(火) 22:59:55
俺は笑みを浮かべて、ジャケットを羽織った。
まるでヒシミラクルに包まれたかのように彼女の匂いを感じて、どきりとしてしまう。
そして、俺の言葉を聞いた彼女は安心したように顔を綻ばすと、正面からぶつかってきた。
勢いは強くなく、彼女の顔はぽふんと、俺の胸元に埋まる。
耳をピコピコと動かしながら、心から堪能するように、彼女は大きく息を吸った。
そして、上目遣いでこちらを見ながら、ふにゃりと柔らかい微笑みを見せてくれる。
「……えへへ、おかえりなさい、トレーナーさん」
「……ただいま、ヒシミラクル」
「わたし、いっぱい頑張りました、寂しかったけど、我慢して、頑張りました」
「うん、知ってるよ」
「だから────」
ヒシミラクルは、俺の背中に手を回して、更に身体を寄せて来た。
そして今度は頬ずりするように、顔を俺の胸に押し付けて、小さな声で言葉を紡ぐ。
「────今日は、いっぱい、甘やかしてくださいね~?」 - 7二次元好きの匿名さん23/11/14(火) 23:00:28
- 8二次元好きの匿名さん23/11/14(火) 23:03:52
あらやだ、ミラトレイケメン…
とても良かったです - 9二次元好きの匿名さん23/11/14(火) 23:03:53
初対面だが俺はすでに君のことが大好きだ
ありがとう - 10二次元好きの匿名さん23/11/14(火) 23:06:12
甘えるウマ娘にそれを高え包容力で受け止めるトレーナーというのがもう好き
可愛いミラ子をありがとうございました…… - 11二次元好きの匿名さん23/11/14(火) 23:45:12
なんだぁ~ずいぶん素直で可愛いじゃない
- 12二次元好きの匿名さん23/11/14(火) 23:50:53
いつも背中を押してくれるトレーナーが居なくなった途端ダメになっちゃう乙女ミラ子好きだ…解釈一致過ぎる…
それはそれとして、しわくちゃになるほどってどんだけ使ったのミラ子 - 13二次元好きの匿名さん23/11/14(火) 23:52:40
うんうん、良いですねえ
- 14123/11/15(水) 01:10:12
- 15二次元好きの匿名さん23/11/15(水) 01:28:09
中東のお菓子みたいな糖度…!
人によっては医者から止められそうな甘さですね。いいものを読んだので歯を磨いてから寝ます - 16123/11/15(水) 07:05:36
甘さが良い感じに出ていれば良かったです
- 17二次元好きの匿名さん23/11/15(水) 07:26:53
ミラ子とミラ子トレのやさしい感じのSS久々に見れてよかった
やっぱりこーゆうほうが俺は好き - 18二次元好きの匿名さん23/11/15(水) 07:31:53
歯が溶けそうなくらい甘くて素晴らしいですね。脳みそまで溶けそうだ。
でもこれ最後「ちゅーしろ!ちゅー!」ってならない?俺はなった。 - 19123/11/15(水) 16:49:59
- 20二次元好きの匿名さん23/11/15(水) 16:51:02
寂しがりミラ子良すぎて昇天しかけたわ
ありがとう…ありがとう… - 21123/11/15(水) 18:48:15
ミラ子本当にいいよね……
- 22二次元好きの匿名さん23/11/16(木) 01:20:05
- 23123/11/16(木) 06:25:35
- 24二次元好きの匿名さん23/11/16(木) 12:07:22
多分「そうしましょう」の誤字だと思うんだけど、これはこれで茶化して「師匠」呼びっぽくなってて良き
- 25123/11/16(木) 23:13:12
師匠呼びミラ子もありかもしれない