声よ響け、想いよ届け【トレウマ・SS】

  • 1二次元好きの匿名さん23/11/17(金) 01:42:16

    「天使の絶叫……ですか?」

    恐らく初めて聞いたであろう言葉に、サイレンススズカは首を傾げ、きょとんとした表情を見せた。きっと、"天使"という可愛らしいイメージの言葉とはかけ離れた単語がくっついて来た事への戸惑いも含んでいるに違いない。

    「ごめんごめん、いきなり言われても何の事か分からないよな。俺も最初はそうだったよ」
    「あ、いえ……」

    恐らくは気の利いた言葉を探しているであろうスズカの少し困ったような笑顔を見て、彼女のトレーナーである彼もまた苦笑を浮かべた。
    午後の授業が終わり、いそいそとトレーナー室へやってきたスズカがまず目にしたのは、イヤホンを耳に真剣な表情で何かを見ているトレーナーの姿だった。すぐにスズカに気付いたトレーナーがイヤホンを外しながらスズカに応えると、スズカも挨拶を返しつつ、イヤホンから流れる音について訪ねる。
    その答えが、これだった。

    「『天使の絶叫』なんて、何を食べていたら思い付くんだろうな……俺には無いセンスだよ」

    そうしみじみと語るトレーナーの隣にそっと寄り添いつつ、スズカはPCの画面の画面を覗き込む。そこに映っているのは、ウマ娘よりも遙かに速い世界に挑むレーシングカーの姿だった。
    鮮やかなオレンジとグリーンのカラーリング。各所にプリントされたロゴマーク。ゼッケンのように記された車両番号は"55"。おおよそ100年の歴史を誇る世界一の耐久レースにおいて、長らく日本唯一の覇者であったその車が、全盛期そのままの姿で画面の中のコースを走り抜ける。ウマ娘の世界にはない複雑なコーナーの数々を鮮やかにねじ伏せ、長いストレートをウマ娘の何倍もの最高速度で駆け抜けるのだ。

    「……聞いてみるかい?」
    「ええ、是非」

    自身の趣味と、スターウマ娘とは言え自身より一回り若い年頃の少女であるスズカとの認識の差が不安になったのだろう。どこか慎重に問いかけた彼に、スズカは即答した。

  • 2二次元好きの匿名さん23/11/17(金) 01:45:57

    自身にも、多少の驚きはあった。と同時に、即答の理由にも心当たりはあった。

    サイレンススズカというウマ娘は、一言で言ってしまえば、型破りなウマ娘である。その走法は、"大逃げ"。唯只管に、誰よりも速く、ウマ娘の本能そのままに先頭の景色を追い求める。
    そんな彼女の走りを、常軌を逸している、と誰かが言った。けれど、サイレンススズカは出会った。そんな彼女に魅せられ、彼女の走りへの想いを誰よりも理解し、追い求める景色まで共に走ってくれる人に。彼と共に歩み、一つ、また一つと追い求める景色へと辿り着いたスズカが、彼に特別な感情を抱くのに、そう時間はかからなかった。
    想いを寄せる人の趣味趣向を知りたくなるのは、ある意味当然の感情と言える。彼に寄り添ったまま、スズカはイヤホンに耳を当て、画面を見つめた。

    「それじゃ、再生するから、うるさかったら言ってくれ」
    「はい」

    彼が動画の再生ボタンをタップする。
    最初は、大勢の人が見守るシーンから。メーカーの整備士を初めとしたスタッフだろうか。彼らに想いを巡らせる間に、車は劈くような轟音を上げて走り出した。見守っていた大勢のスタッフと、ホームストレートのスタンドに集まった観客達がそのエキゾーストノートに歓声を上げる。
    大歓声に背中を押されるように、車は速度を上げ、最初のコーナーへ。ウマ娘のレース場には無いコーナーを、かつては全長6Kmもあったというストレートを駆け抜けていく。
    事前に彼から聞いていたからか、自在に操るドライバーの腕前故か、ただ一台でコースを往く脳を突き抜けるような音は、機械的でありながらも、まるで感情の籠もった声のようだった。そこには、走りへの喜びが溢れているように思える。そして、ピットに帰って来た車を囲むスタッフの一人が、完走したドライバーを出迎える。

    『ありがとう』

    感謝の言葉を受け取ったドライバーが晴れやかに表彰台へ立つ姿で、動画は締めくくられていた。
    スズカは思わずほう、と息をつき、イヤホンを耳から離す。

  • 3二次元好きの匿名さん23/11/17(金) 01:50:44

    「ありがとうございました」
    「どうだった?」
    「そうですね、『天使の絶叫』と例えられるだけの事はあるなぁ……って。あと……」

    そこで、しばし逡巡し、トレーナーに向き合いながらスズカは続けた。

    「最後の一言が、とても印象に残りました」
    「ああ、俺もだ」
    「でも、どうしてこの動画を?」

    そう訪ねつつ、スズカはキラリと目を輝かせた。と言うのも、中央トレセン学園のトレーナーが日常から、あるいは他のウマ娘のトレーニングやレースから担当ウマ娘の為の新たなトレーニングのヒントを拾ってくるのは日常茶飯事だし、彼もまた例外では無かった。
    ウマ娘とはかけ離れた世界ではあるが、レースという点では同じ世界に居るこの走りから、一体どのようなヒントを得たのか。スズカはそれが気になったらしい。
    興味津々のスズカに対し、トレーナーはそうだな、と呟くと、静かに語り出した。

    「実はな、この間、今年最後のメイクデビューの動画を見たんだ」
    「メイクデビュー……ですか?」

    思っていた答えと違い、思わず空気の抜けたような声を上げたスズカだったが、真剣な眼差しの彼を瞳に移すと、自身もまた静かに彼の言葉を待った。

    「例えメイクデビューでも、最後の最後まで、自分の可能性を、勝利を、ただひたすらに信じて、たった一つしかない1着を目指す……今年は特に凄いレースだったよ、最後は三人並んで、最終直線を突っ込んできた。絶対に負けたくない、勝ちたい、その想いを言葉にならない叫びにしながら……」

    その時の光景が、鮮やかに彼の脳裏に蘇る。全力を出し切りながらも掲示板へ顔をやって、自分のゼッケン番号が1着に表示された瞬間、全ての感情が込み上げて、混ざって、涙になって、声となって晴天へ叫ぶ。そして、自身を初めての1着へ導いてくれた人と、歓喜を分かち合う。

    「さっきの動画はさ、俺が小さい頃、レースゲームに影響されてよく見てた動画なんだ。今はウマ娘のレースに夢中だけどね。あの頃は、ただ好きなモノを見ていただけだった……けど今なら、あの『ありがとう』に込められた意味が、分かる気がする」

    彼の隣で静かに聞いていたスズカも、彼が見た光景を、同時に脳裏に描いていた。これまでの全てが報われた瞬間の、涙と笑顔。応援してくれた大勢の人達への感謝の気持ちを、どれだけ言っても尽くせない想いを、一言に込めて。

  • 4二次元好きの匿名さん23/11/17(金) 01:54:41

    「トレーナーとしての、初心を思い出させてくれたよ」
    「初心……」
    「時に挫けそうになる事もあるかもしれない。強いライバルの存在に心が震えるかもしれない。けれど、それをバネにして、それでも絶対に勝ちたいという気持ち。そして、応援してくれる大勢の人達への感謝の気持ちを、決して忘れない。今の俺に、ピッタリだなって」

    そう言ってスズカを見つめる彼の瞳は、どこか晴れやかな表情と相まって、未来への輝きを放っているように見えた。スズカは、静かに微笑みつつ、真剣な眼差しで彼に応える。

    「それなら、私も同じ気持ちです」

    小さい頃から、ずっとずっと憧れてきた、静かで、どこまでも綺麗な、スズカだけの先頭の景色。ウマ娘の、世界の頂点目指し発足した『プロジェクトL'Arc』においても、その想いは変わらなかった。世界で一番美しい景色を目指して積んできたトレーニングは、日本ダービーで、ニエル賞で確かに発揮された。
    それでも────"異次元の逃亡者"を以てしても、届かない頂。世界の壁を知った。
    けれど、それでも。

    「まだ、挑戦は終わっていません。これからです、トレーナーさん」

    決意を秘めた瞳で、スズカはトレーナーを見つめる。

    「次こそは、必ず。必ず先頭で、トレーナーさんの元へ帰って来ます。一緒に見に行きましょう、世界で一番、綺麗な景色を」
    「ああ、勿論だ。一緒に行こう、最高の景色を見に」

    スズカは、トレーナーへとそっと手を伸ばす。彼もまた、スズカと同じ決意を纏いながら、スズカの手をしっかりと握り返したのだった。

  • 5二次元好きの匿名さん23/11/17(金) 02:04:43

    それから、幾度かの代表交流戦を経て、グランプリレース・宝塚記念と、前哨戦であるフォワ賞を制したスズカは、再びこの舞台に立った。ロンシャンレース場、世界の頂点を決めるレース『凱旋門賞』へと。

    今年の凱旋門賞は、先日突如として発表された号外の影響からか、会場の外にまでファンが押し寄せる程の熱気を帯びていた。
    圧倒的な末脚で最後尾から全員を抜き去ってこのレースを制した『欧州の至宝』リガントーナ。
    初めてGⅠレースに挑戦して以来、数多くのレースを制し、凱旋門賞をも制した『レジェンド』モンジュー。
    前年無敗のまま凱旋門賞へ挑み、スズカをも抜き去ってそのまま世界の頂点に立った『天才少女』ヴェニュスパークに加え、ウマ娘の世界では知らぬ者の居ないレジェンドの緊急参戦は、ターフへウマ娘達が姿を現す前からロンシャンレース場を熱狂の渦に包んでいた。
    その中で、スズカは────。

    「スズカさんっ! 私、誰よりも大きな声で応援しますから!!」
    「ありがとう、スペちゃん。とっても嬉しいわ」
    「焦るなよ、スズカ。あの時よりずっと速くなったお前なら、必ず……!」
    「勿論よ、エアグルーヴ」
    「スズカさんっ!! シラオキ様のご加護を!!」
    「御守りをありがとう、フクキタル。きっと叶えてみせるわ」

    日本から、このフランスの地まで支えてくれた、大勢の人達からの応援に背中を押されるように、ターフへと脚を向け、そして。

    「スズカ」

    ずっと側で支えてくれた人に、一緒に最高の景色を見に行くと誓った大切な人へ、決意と共に微笑みを。そして、彼からも、大切な彼女へのエールを。

    「行ってきます、トレーナーさん」
    「最高の景色を見に行こう、スズカ。ゴールで待ってるよ」
    「……はい!」

    ウマ娘達の枠杁は順調に進み、遂に最後の一人がゲートに入る。一瞬の静寂が、ロンシャンレース場のターフを包み込んだ、次の瞬間────。

    『さあ、世界の頂点を決める凱旋門賞! 今、スタートしました!!』

    世界の頂点を決める、2400mの戦いが始まった。

  • 6二次元好きの匿名さん23/11/17(金) 02:15:16

    レースは大方の予想通り、"異次元の逃亡者"サイレンススズカがレースを引っ張る形となった。後続のウマ娘はスズカの背中を追いつつ周囲の出方を伺い、自身のスタミナとスパートの位置を見極めていた。先頭を駆けるスズカは、最終コーナーへ向かう下り坂に差し掛かっても尚、その速度を維持し続けていた。そして、フォルスストレートを前に一気にスパートを掛け、更に加速していく。"逃げて差す"。スズカが追い求め、極めた究極の走りに、ロンシャンのターフが湧き上がる。ゴールで待つ者達も、スズカへ向けて精一杯のエールを届ける。

    「スズカさーんっ!! けっぱれーっ!!」
    「お前ならもっと先へ征ける!! スズカ!!」
    「スズカさーん!!」

    だが、その異次元の走りを目の当たりにして尚、世界への頂点に立つ者は、その資質を持つ強者は、歴史に残る勝負に心を躍らせ、力の限り脚を踏み込む。

    (これ程までに心を躍らせてくれるなんて……フフ、そうでなくては!!)
    (スズカ……もう一度、貴方の逃げを越え、師匠達も越えて!! 私が勝ちます!!)
    (このレース、歴史に残る至高のレースとなるだろう……さあ、勝負だ!! 若き英雄達よ!!)

    フォルスストレートから凄まじい末脚で追い込んでくる”天才"と"レジェンド"。スズカのすぐ後方まで迫り来る蹄鉄の轟音、そして、スタンドの大歓声。歴史に残る勝負の、その最終直線。スズカは、胸に思い切り息を吸い込んだ。そして────。

    「……ぁぁぁぁぁぁ……!」

    あと、190m、180m。少しずつ、世界の頂点が近づいてくる。1秒が、1歩が、これ程までに長く感じた事は無かったかもしれないわ。

    「ぁぁぁぁぁぁああああ……!!」

    後ろから迫って来る譲れない想いと、凄まじいプレッシャー。それでも、ただゴールだけを見据えて、私はただ走る。誰にも譲りたくない、先頭の景色を目指して。その気持ちに、脚が、腕が、心が、応えてくれる。そして、何よりも。

    「ぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!」

    貴方と、勝ちたい。

    「す、スズカさんが……!」
    「叫ん、だ……!?」

    ロンシャンのターフを劈くような、スズカの声。その想いは、スズカの脚を更に前へ、前へと押し上げて、直前まで差を詰めてきたヴェニュスパークを、リガントーナを、そして、モンジューさえも引き離す。前へ、前へ。大切な人が待つ、ゴールへ向かって。

  • 7二次元好きの匿名さん23/11/17(金) 02:22:22

    「スズカぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
    「あああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」

    彼は、身を乗り出し、スズカと共に叫んだ。スズカに、自身の想いを、全力で届ける為に。そして、その想いは確かにスズカに届いた。二人の声が、ロンシャンレース場のゴールに重なる。

    だって、約束したもの。一緒に、最高の景色を見るって。

    『欧州の至宝が! レジェンドが! 天才少女が! 追いつけない、追いつかない!! 勝者は! 世界の頂点は、サイレンススズカ!! 天使の飛ぶが如く"異次元の逃亡者"! 天使の絶叫が、燃えるような気迫が!! レジェンドの走りを突き放しました!!』
    『サイレンススズカ!! 日本のウマ娘が! 遂に……遂に悲願を成し遂げました!!』

    実況と共に、大歓声がロンシャンレース場を包み込む。共に海を渡ったスペシャルウィークが、エアグルーヴが、マチカネフクキタルが、スズカの勝利に喜びを分かち合った。そして、その感動は遠く離れた日本の地にも遍く届く。

    「ハァ……ハァ……ハァ……ッ!!」

    肩で大きく息をしながら、スズカはスタンドへと身体を向ける。大勢のファンが歓声で、拍手で、スズカの勝利を祝福していた。

    「スズカ!」

    不意に届いた声の方へ振り向くと、その大歓声の中心で、共に最高の景色を誓った人が、笑みを浮かべていた。その瞳からは、想いが溢れて、止まらない。
    瞳に映った彼の姿を見て、スズカの瞳にも万感の想いが込み上げる。けれど、スズカはそれを飲み込んだ。走りきったその脚で、力強く彼の元へ歩み寄る。そして、二人は同時に口を開いた。

    「ありがとう、スズカ」
    「ありがとうございます、トレーナーさん」

    一番に、ずっと側で支えてくれた大切な人へ、誓った夢と共に自身を信じて走り続けてくれた大切な人へ、想いを込めた感謝の言葉を。2人の絆が掴み取った勝利を、ロンシャンに集まった全ての人の祝福が包み込んでいた。

    その日、サイレンススズカと、そのトレーナーが一緒に凱旋門賞のトロフィー掲げた記念写真は、2人が歩む未来を永遠に色褪ない輝きと共に照らし続けてゆくのだった。

  • 8二次元好きの匿名さん23/11/17(金) 02:27:09

    以上です。ありがとうございました。

    『天使の絶叫』の元ネタはお話にも出てくる通り日本のレーシングカーなのですが、ウマ娘達がプリティーをかなぐり捨てて勝利へ向かって叫ぶ姿はまさにこの言葉が当てはまるのではないかと思いお話にした次第です。
    普段そういった激情に縁の無さそうなウマ娘が叫ぶギャップとかあると惚れちゃうな……とも思ったりします。

  • 9二次元好きの匿名さん23/11/17(金) 02:50:41

    トレーナー室来てからずっとトレーナーの側を離れないスズカさん好き
    からのレースにめちゃ熱いスズカさんも好き

  • 10二次元好きの匿名さん23/11/17(金) 04:27:13

    このレスは削除されています

  • 11二次元好きの匿名さん23/11/17(金) 08:42:57

    スズカさんカッコ良い……ってなるなった
    ストレートで回転数上げるように低音から高音に向かって叫んでるであろう描写も良き

  • 12二次元好きの匿名さん23/11/17(金) 12:03:08

    プリティーフィルター解除したスズカさんからしか摂取出来ない栄養素がある。後個人的にサポートメンバーの面子構成がスズカ推し部隊なのも尊みポイント高い

  • 13二次元好きの匿名さん23/11/17(金) 20:15:08

    おもしろかったです

  • 14123/11/17(金) 21:37:59

    読んで頂きありがとうございます。


    >>9

    お話書く為にキャラスト読み返したら、あれ割と初めから距離近くない?と改めて思うなどしたのでつい。

    レースへの熱い想いが走りに出るのすごくすごい良いですよね……(語彙)。


    >>11

    仰る通り、スズカさんの叫びはホームストレートの回転数を上げるエキゾーストノートをイメージしている、という雰囲気で書きました。競馬もそうですが、轟音を立てながら目の前を走り抜けていくのがカッコ良いんです。


    >>12

    プリティーを解除したスズカさんのギャップは男の子はこういうの好きなんでしょセンサーに素早く届く(※個人の感想です)。

    ラークシナリオだとサポートメンバーはシナリオリンクのキャラが行っていますが、関係が深い子達が自ら名乗りを上げたりしてると良いよね、と思う次第です。


    >>13

    ウワーッ!金曜日の神絵師様!!いつもお疲れ様です!そしてありがとうございます!!

    FAの方、ありがたく保存させて頂きます。先頭の景色を譲らない1人と一台をイラストで見れるとは……感無量であります!

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