- 1SS初心者23/11/18(土) 12:54:13
──さて、これらをどうするべきか。
土曜の午後。美浦寮の談話室の暖かな風を受けながら、エコバッグを抱えるシンボリクリスエスは内心唸っていた。
あらゆるものには使命がある。それを果たさせるのが、クリスエスの信条だ。そのために、値引きされた商品を端から買ってしまうことがよくある。
時折トレーナーなどが手伝ってくれることもあるが、あいにく今日はオフの日である。トレーナーのもとを尋ねて手伝ってもらうのは申し訳ない。だが消費期限が今日までなのだ。自分ひとりで食べ切るには腹を括る必要があるだろう。
つい険しくなってしまった視線の先に──
栗毛の耳をぴょこぴょこと動かして、グラスワンダーがいた。
いつもの彼女ならば、落ち着いたおおらかな佇まいをしているはず。しかし今日のグラスは少し様子が変だった。
今週のレースの様子が中継されたモニターをチラチラと眺め、そのたびにため息をついて、お茶をすすっている。まるで、何かを案じているような。心配しているような。
「──グラス」
「ひゃぁっ!? く、クリスエス先輩。こんにちは〜」
気がついたら声を掛けてしまっていた。
だが困った。そこから何を話そうか、クリスエスはまるで考えていなかった。
「どうかされました?」
不意に、グラスの視線がやや下を向く。
そうだ。自分には、やらねばならないことがあったのだ。ちょうど良い。それを彼女に手伝ってもらおう──ふと、そんなことを思いついた。
「……これを」
「はい……?」
クリスエスは、重いエコバッグをテーブルの上にドサっと置いた。 - 2SS初心者23/11/18(土) 12:54:30
「……すごい。たくさんのお団子ですね〜♪」
「──これを、食べてほしい。……よければ、一緒に」
クリスエスがバッグから出したのは、値引きシールが貼られたたくさんのお団子のパック。
馴染みのスーパーで消費期限ギリギリだったが故に見捨てられなかったことを説明すると、グラスはいつものように口に手を当てて微笑んだ。
「素晴らしいことだと思います。ふふ、どれも美味しそう。『残りものには福がある』……かもしれませんね♪」
「そうか。──それは……よかった」
「よろしければ、先輩のぶんのお茶も淹れますね」
「頼む」
はい、と返事をして立ち上がったグラスの尻尾が嬉しそうに揺れていた。
少しは、彼女の緊張や不安感もほぐれたかもしれない。肩の力が抜けたのを感じて、クリスエス自身もわずかに緊張していたのだと気がついた。
「お待たせしました〜」
しばらくしてグラスは茶碗をふたつ、テーブルに置いた。Green tea ──緑茶の程よい熱さが、外気ですこし冷えた身体に染み渡る。
「──Thanks. 」
「You’re welcome……です♪ では、お団子もいただきますね」 - 3SS初心者23/11/18(土) 12:54:51
「ごちそうさまでした♪」
あれほどたくさんのお団子が、あっという間になくなってしまった。未だ慣れぬもちもちとした食感を口の中で転がしている間に、グラスはテンポ良く胃に収めていく。その様子は、わんこそばなるものを思い出させた。
「それで、先輩。いつもこのくらいのお団子やおまんじゅう、おひとりで食べているんですか?」
「──……この程度の量、ならば。──私ひとりで食べるつもり……だった」
「まあ、それは……」
まるで我が事のように彼女は深刻そうにしている。レースで見せる雰囲気と相変わらない。食べ物に関してここまで真剣になるとは。グラスワンダーというウマ娘は食い意地も強いのだろうか……。
「……これだけの量。いつもおひとりで食べるのは大変なことでしょう。でしたらこれからは、タイキ先輩のバーベキューの際に持っていくのはどうでしょうか?」
「──タイキの?」
「はい。先輩のバーベキューは私もエルも……大勢の方がいらっしゃいますし。それなら、ひとりでたくさん食べることもないと思います」
「──なるほど。それならば……皆も、喜ぶだろう」
「きっといいスイーツになります〜。それに……」
「……?」
「アメリカンな食事は味付けが濃いですから……みたらしやあんこの甘さが恋しくなってしまって……」
また知らない一面を覗いた気分になった。彼女は協調性を重んじる人物とばかり思っていたが。他者への思いやりも当然持ち合わせつつ、私欲が入り乱れるときもあるのだと、クリスエスは少し困惑して、瞳を閉じる。
「お前は、意外と…… egoistic……?wide-awake ──というような……」
「ちゃっかりしている……あたりでしょうか?」
「Maybe. その表現が──適切だろう」
「それにしても……ふふ。利己的、ですか。そうかもしれません。私の走る理由も、結局は私自身のためですから」
「……ふむ」
「先輩のような揺るがぬ強大な壁を乗り越えることができたならば、己が目指す頂点へと一歩、近づくことができるでしょう。お団子のお礼といっては何ですが、今度トレーニングの機会がありましたら、ぜひご一緒させてください♪」
青い炎が、燃え上がったように見えた。
己が蒼炎とぶつかりそうになったところで、それは火種だけになり、霧散してしまう。
東京第11レース。メインレースのファンファーレが鳴っていた。 - 4SS初心者23/11/18(土) 12:56:13
「ありがとうございました、先輩」
「……どうかしたか」
「その……先輩に話しかけられる前の私はとても情けない顔をしていたでしょうから」
「Don’t worry. ……放っておけない、気分だった」
日本のレースを盛り上げる。己が使命を為すためには、レースのモニターを観て暗そうにしているウマ娘の姿は見過ごせなかった。きっと、それだけだった。
モニター。そうだ、モニターだ。なぜ彼女はそんなに不安げだったのだろう?
疑問を呈すると、彼女は柔らかな笑みを浮かべた。
「実は、次のレースで私の後輩が走るんです。東京の、第12レース。久々のレースですから、うまく走れるのか不安で」
「──そうか」
パドックでのウマ娘紹介が始まる。とあるウマ娘のテロップが出ると、あの子です、とグラスが手を差し向けた。
「あの名は……」
「あら? ご存知でしたか?」
「ああ。──私と親しかった後輩から……妹がいる、と聞いたことがある」
「なるほど〜。あの子のお姉さんと繋がりが……」
「But, 私も──お前とあの妹が親しい、とは──知らなかった」
「……ふふ。お互い様ですね」
「お互い様、だな」
茶碗に残っていた緑茶を一気にひと飲みする。すっかりぬるくなっていたものの、まだ熱は残っているように思えた。
「今はまだだとしても、この先、必ず彼女は花を咲かせて栄光を掴めると信じています。それこそ、先週の彼女たちのように」
「oh……あのウマ娘たちも、お前の──」
グラスが挙げた名はいずれも日本のレース界を大いに盛り上げている名ウマ娘ばかりで、目を丸めてしまった。それを眺めるグラスの笑みはどうにも感情が読み取れない。底知れない笑みを持つ者は結構多いのだと、クリスエスは少し冷や汗をかいた。 - 5SS初心者23/11/18(土) 12:56:29
本馬場入場も終わり、ゲート入りが始まる。まるで自分が走るかのように、グラスとクリスエスはモニターを静かに見つめた。
いつか、『名ウマ娘の妹』ではなく彼女自身の名で。誇らしい結果が残せるよう──
「Good Luck. 」
ふたりで祈った。
『各ウマ娘、ゲートに収まって……スタートしました!』 - 6SS初心者23/11/18(土) 12:56:50
前々からクリスエスとグラスの組み合わせを提唱していた者です。ちょうど良い機会でしたので非常に短いですがSSを書きました。
同じアメリカ出身であり有馬記念を連覇している強者で日本文化を学んでいるクリスエス、日本文化に精通しているグラス、良いと思いませんか???
ネタとしては夏頃からぼんやりと考えていましたが、いつのまにか冷房が暖房になっていました。ネタの賞味期限ギリギリですがなんとか完成できてよかったです。ふたりとも推しなのでもっと公式での絡み増えて♡ - 7二次元好きの匿名さん23/11/18(土) 13:17:30
ブックマークしますね……。
- 8SS初心者23/11/18(土) 14:26:00
ありがとうございます!!
- 9二次元好きの匿名さん23/11/18(土) 14:36:15
珍しい組み合わせから出力される良SSからしか得られない栄養素がある
この尊さはDNAに素早く届く - 10SS初心者23/11/18(土) 16:15:20
今回のSSは勝利祈願の意味もあったのだが、呪いになってしまっただろうか…………
いずれ頂点で花を咲かせることを祈っています、ペリファーニア…… - 11二次元好きの匿名さん23/11/18(土) 16:15:42
良いなぁ…尊いなぁ…
- 12二次元好きの匿名さん23/11/18(土) 21:41:03
実際この2人って共通点(アメリカ生まれ、ロベルト系、有馬連覇、一子相伝)多いから少しは絡むんだろうなと思ってた