- 1二次元好きの匿名さん23/11/19(日) 20:13:30
「褒め合いっこしましょう!」
「ごめん、なんて?」
休日のトレーナー室。
ちょっとした仕事をしている俺の前に、突然現れた担当ウマ娘であるキタサンブラックが訳の分からないことを言い出した。
褒め合いっこ? 何故? というか褒め合いっこって何だ? なんでそんな事するんだ?
わけが分からない俺は、もう一度聞き返すことしか出来なかった。
「あれ? 聞こえてなかったですか?」
「ごめんな。仕事中だったから、良く聞こえなかったかもしれない。悪いけどもう一度言ってくれるかな?」
「そうでした! ごめんなさいトレーナーさん……」
「気にしないでいいよ。それでなんて言ってたんだ?」
聞き間違いであることに、望みをかけてみることにした。キタサンは俺の言葉を聞き、申し訳無さそうな顔をしながら頬をかいている。
大丈夫、キタサンは真面目な良い子だ。もしかしたら、突拍子も無いことを言うこともあるかもしれない。でも意味が分からないことは言わないはずだ。だからきっと別のことを言ったに違いない。うん。絶対にそう。
額から謎の汗が出ているのを気づかないふりして、キタサンの出方を伺う。頼み……空耳であれ!
「褒め合いっこしましょうって言いました!」
「そっか……」
空耳じゃなかったか……。俺は気づけば天を仰いでいた。反対にキタサンは後光が差すかのような笑顔。それが今だけは何だか痛かった。
いや、目を逸らしちゃ駄目だ。担当ウマ娘の願いを叶える。それがトレーナーなのだ。例え素っ頓狂なことであろうと叶えられるなら叶えるようにする。そうするしかない。
俺はもう一度キタサンに向き合う。キタサンの表情は呆れるくらいに眩しいままだった。 - 2二次元好きの匿名さん23/11/19(日) 20:13:51
「一応聞くけどさ……。なんで褒め合いっこするの?」
「よくぞ聞いてくれました!」
俺の疑問に反応したキタサンは、扉の前から俺の座っている机の前まで走って近づく。そしてこっちに向けて人差し指を突き出てくる。俺はそのあまりの勢いにのけ反り、背もたれに体重を預けてしまう。
「トレーナーさん。最近あたしに対して少し塩対応気味ではないですか?」
「そうか? そんなことないと思うけど」
「ありますよ! 例えばデビュー戦前後! あの頃はいっぱい褒めてくれてました!」
「む……」
デビュー戦前後か……。
確かにあの時は一生懸命に走り抜くキタサンに多くの言葉を掛けてあげてたっけ。
君ならやれる! 良いトモだ! 体力オバケ!
確かに……いや、でもなぁ……。最後褒めてるのかな? オバケ嫌いによくそんなこと言えたよな俺……。
「ですが最近はどうですか? いいぞキタサン! 流石だキタサン! ……言葉が少なくなってます!」
「ふむ……」
確かにそうだな……。
通じ合ってると思い込んでるから、褒め方が単調になってきているかもしれない。
なるほどな……。とりあえず、もう少し聞いてみようかな。 - 3二次元好きの匿名さん23/11/19(日) 20:14:08
「あたし自身も、褒められてるからまぁいっかと思ってそのままにしてましたが……。このままではダメです! 最悪契約解除になりかねません!」
「…………」
徐々に熱が入る言葉を俺は黙って聞く。
凄いな。昨日から考えてたみたいに言葉がつらつらと流れてる。やるなキタサン。
そんな風に考えていたら、俺の頬が緩んでいるのに気づいた。いかん、いかん。しっかりと聞かないと。
「だからこそ! 褒め合いっこです! お互いの良いところを上げていくことで、関係をより良くしていくんですよ!」
「……」
「関係を良くすることで! あたし達に敵はいなくなります! 褒めることはそれだけ効果があるということなんですよ!」
「建前はそれくらいにして本音は?」
「トレーナーさんにもっと褒めてもらいたい!! そしてあたしもトレーナーさんを沢山褒めたい!! …………あっ」
俺の一言でキタサンの勢いは止まった。そして俺の言葉が図星だったのか、突き出した人差し指が力を無くしたかのように下に落ちる。最後にキタサンはゆっくりと俺から目を逸らした。
まぁそんなことだとは思ってたよ。相変わらず嘘をつけない子だよな。
緩んだ頬のまま小さく笑ってしまう。 - 4二次元好きの匿名さん23/11/19(日) 20:14:23
「ふふ……なるほどな」
「い、今のは違います!その……言葉の綾です!」
「別にそのぐらいならいくらでもするのに」
「だから! 今のは違うんです!」
「おいでおいで……」
「違うのに……」
そう言いながらも俺の目の前に移動して、ゆっくりと頭を差し出すキタサン。
褒め合いっこだよな?この頭は一体?
不思議に思いつつも、差し出された頭に手を伸ばして、ゆっくりと頭を撫でてみる。
ふんわりとした髪が手のひらに吸い付く。最近サトノダイヤモンドから教わってるらしい整えられた髪は、絹のようになめらかである。
「キタサンは誰かのために動くことが出来て、本当に偉いな」
「えへへ……」
撫でながら言葉を紡いでいく。それに合わせるように、俺の手を擦るように頭を動かすキタサン。
頭と一緒に耳と尻尾も左右に揺れている。どちらも大きく動いているためか、耳は俺の手に当たっているし、尻尾は音を立ててしまっていた。その姿がまるで、大型犬がじゃれ合うように思えて、見ているだけで癒やされてしまう。……なんて。キタサンには言えないけどな。 - 5二次元好きの匿名さん23/11/19(日) 20:14:31
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- 6二次元好きの匿名さん23/11/19(日) 20:14:52
「もっと、もっと……」
「素直なところも可愛いよ。可愛くて強い、最高のウマ娘だ」
「ふへへ……」
表情は伺えないけど、喜んでいるようだ。さっきよりも手に当たる耳が痛いし、尻尾の音も大きくなっている。
ふへへは……女の子としてどうかと思うけどな……。
少し複雑な気持ちではあるが、撫でる手を止めようとは思わなかった。
そう思っていたのだが、キタサンの動きが止まってしまう。それにつられて俺も手を止めてしまった。
もしかして何かしてしまっただろうか?
「キタサン、どうかしたのか?」
「いえ、次はあたしの番だなぁ〜って思っただけですよ」
「キタサンの番?」
「えへへ〜」
どういうことだろうか?
そう思っていたら、頭に置いていた手をゆっくりと降ろされた。そのまま立ち上がって、座っている俺を見下ろす。
何をするつもりだろうか?俺は困惑するしか無い。
キタサンは緩みきっている頬のまま、ゆっくりと手を伸ばして。
「キタサン?」
俺の頭にその手が置かれた。
手のひらの感触が頭に伝わっていき、なんとも言えない感覚に襲われる。
というか……。 - 7二次元好きの匿名さん23/11/19(日) 20:15:04
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- 8二次元好きの匿名さん23/11/19(日) 20:15:08
「な、なんで頭に手を……?」
「言ったじゃないですか、褒め合いっこだって」
「い、言ってたけど……」
「だから……あたしが褒める番ですよね!」
なるほど。キタサンが褒める番か。ということは、この手は褒めるためってわけだ。なるほど、なるほど。あはははは……。
ちょっと待て? それじゃあ何か? 俺は頭を撫でられながら褒められるのか? 大人になって? しかも年下に?
その考えが頭に浮かんでしまい、背筋が徐々に冷える。俺がやるべきことは決まっていた。
「離してくれキタサン! 褒めるのはいい! だけど頭を撫でられるのは恥ずかしいんだ! やめてくれ!」
「なんでですか! トレーナーさんだって頭撫でられるのは嬉しいでしょ! 離しません!」
「教え子に頭を撫でられるのは違うだろ! 離せ!」
「いや! 絶対離しません!」
キタサンの手を離すために、俺は自分の腕を伸ばす。そして全身全霊をかけてその手を剥がそうとした
しかし悲しいかな、キタサンはウマ娘。それも体を鍛えるのが好きな子だ。俺の力なんかくすぐられた程度にしか感じていない。くっ……ウマ娘の前では無力なのか……。
悲しむ俺に追い打ちが来た。キタサンの空いた手が俺の両手に手が伸ばされる。
赤子の手をひねるかの如く、俺の両手は取り払われてそのまま。 - 9二次元好きの匿名さん23/11/19(日) 20:15:35
「よしよし〜」
「ぐっ……」
キタサンは俺の頭を撫で始めてしまった。俺は絶望感と羞恥心に支配される。されるのだが……。
悔しいことにキタサンの手は心地よかった。まるで毛布に包まれるかのような感覚といえばいいのだろうか? その温かさに俺の中の絶望感は徐々に薄まっている。
でもな……やっぱりよしよしはないんじゃないか? 絶望感と逆に、羞恥心だけは増すばかりだ。
「トレーナーさんは沢山のことが出来て凄いですね〜」
「ぬぅ……」
「いつも頼りにしてますよ〜。本当にありがとうです!」
「ぐぐ……」
不味い……やっぱり駄目だこれ……。顔が熱くて仕方ない……。
気づけば歯を食いしばってる俺。キタサンは反対に憎らしい程の笑顔でこっちを見ている。
ぐ、ぬぬぬ……こうなったら……。
俺は少し立ち上がり、キタサンに手を伸ばす。そしてキタサンの頭にもう一度手を置いた。
「と、トレーナーさん……!?」
「そろそろ俺の番だろ……!」
頭の上に置かれた手に驚き、手が止まるキタサン。
その様子に心の中でニヤリと笑いながら、反撃の一言を投げかける。 - 10二次元好きの匿名さん23/11/19(日) 20:15:56
しかしキタサンは。
「えっ! また撫でてくれるんですか!」
「な……!」
恥ずかしくするどころか、瞳を輝かせながら更に笑顔の輝きを増してしまった。
だが、俺は止まらない。止まるわけにはいかないのだ……!
「ああ……そうだな……! これは褒め合いっこだからな……!」
「……♪ よ~し! あたしも気合い入れなきゃですね!」
俺の手に乗っている手から妙な力強さを感じる。だが負けるわけにはいかない。
非力ながらも俺も手のひらに力を込める。
「友達多い! 体力オバケ! お助け大将!」
「勤勉! 見る目が凄い! お助けサポート能力No.1!」
お互いにお互いを撫で合いながらの褒め合戦。
言葉に想いを込めながら相手に響かせるように伝える。
「人懐っこい! 太陽のような笑顔! 綺麗な瞳!」
「優しい! 大きな手! 素敵な笑顔!」
それから暫くの間、俺達は言葉を限りなく出し続けた。
キタサンの耳と尻尾は初めよりも激しく動いているし、俺も恥ずかしさが完全に消えていつの間にか笑顔に変わっていた。
俺達のこの戦い? は、偶々用事があってトレーナー室にやってきたたづなさんが入ってきて、少し引いた顔で声を掛けるまで続くのだった。